#87 善意が裏目に出るとき
2026-03-25 10:35

#87 善意が裏目に出るとき

「人は全く手を差し伸べない人よりも、差し伸べた手が不十分である人に怒りを向ける」——Xで見かけたこの言葉をきっかけに、人助けと期待値の関係を語る回。無料塾にクレームが殺到して閉鎖に追い込まれる話、仕事で親切心でやったエクストラ対応がいつの間にかスタンダードになってしまった経験など、2人とも思い当たる節が満載。心理学的には、手を差し伸べた瞬間に期待が生まれ、99%助けても残り1%の不足に目がいく「ネガティビティバイアス」が働くという構造があるらしい。高校時代に「ノブレスオブリージュ」という言葉に出会い覚悟を決めたまりかと、無料相談を設けない理由を語るたま。飲み会の幹事経験に例えた「リーダーシップを取った側にしか分からない視点」の話も印象的です。
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/686f34ea55550b9192869a57

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:05
こんにちは、たまです。 こんにちは、まりかです。よろしくお願いします。
今回はですね、我々がいつも大好きな X からの情報研究ですけど、
昨日すごいわかるなと思った投稿があったので、 その話をしたいんですけど、
人助けをする場合は、人は全く手を差し伸べない人よりも、 差し伸べた手が不十分である人に対して怒りを向けるっていう言葉があって、
いろんな時にそれをすごい思うなと思ったので、 ちょっと今日はその話ができたらなというふうに思います。
例えばよく聞くのが、避難所、地震とかで起きた避難所で、 いろいろ手伝いをしている人が、ボランティアでやっているだけなのに、
これが足りないって言って怒られるとか、 結構私の中ではすごい衝撃なのが、
無料でなかなか塾などに教育費を払えない ご家庭向けの無料塾とかをやっていると、
もっとこれを教えてほしいとか、どうして これはやってくれないんだみたいなことが、
結構クレームが殺到して、それをやっている人が メンタル的にしんどいってなって、塾を閉じちゃうとかを結構見ていると、
やっぱりどこかしこでもこういう事象が 起きているんだろうなというのがあります。
なるほどね。我々、割と当てにされやすいというか、 何と言いますか、ぼにょぼにょというところなので、
手を差し伸べないという選択肢もあるのに、 結果的に差し伸べると文句を言われるというパターンは、
多分無限回数経験しているかなというのは 正直思いますね。
どんどんエスカレートしていくというのも、 確かに実体験としてあるかなと思っていて、
そうですね。私だと、やっぱり過去の仕事で、 ちょっと親切を思って、
ちょっとだけエクストラでやってあげたら、 それが気づいたらスタンダードになっちゃって、
何でやってくれないんだみたいになったりとか、 それで結局オペレーションが複雑化していっちゃうので、
最終的にオペレーション見直しと書いた時、 何でやってたんだとか言われて、
うるせえなみたいな感じになるみたいなのとか。
良かれと思ってじゃないんですけど。
そうですね。やっぱり無料でとか、 自分の善意でやることっていうのは、
相手をちょっと悪いキャラにしてしまうみたいな、 危険性をはらんでるんだなって思いますよね。
これの前に事前にクロードちゃんたちなどに、 何でそもそもこれって起きるんだろうねみたいな話を聞いていたので、
もしよければその話をしていただけると。
そうですね。一応心理学的にはいろいろ理由があって、
なぜせっかく助けてるのに文句言うっていう行動になっちゃうかっていうと、
03:02
手の差し伸べた瞬間に期待が生まれてしまうっていうのがあるらしいんですね。
要はこの人助けてくれるんだっていう期待値。
このくらいまでならやってくれるかもという期待値が生まれるので、
それが満たされなかったら裏切られた感覚になってしまう。
助けなければそもそも期待値そのものがないからそういうこともない。
ただやってしまったのがために。
中途半端にやるっていうことによりなりやすいので、 無料とかでやってたりすると。
ここまでやってくれるのはなんでこれをやってくれないんだっていう、
中途半端に見えてしまうから、それを指摘する人が出てくるっていうところとか。
あとは関係性が生まれる以上、もっとやってほしいって言いやすくなるっていう、
親切そうだしみたいなところもあって、
最終的にはもらったもののほうがはるかに多くて、
もう足りなかったもののほうが頭に残りやすいっていうのは、
これネガティビティバイアスって言うんですけれども、
99%助けてもらっても残り1%の不足に目が行って、
これはみたいな感じになってしまうっていうような構造らしいんです。
分かるなという。
やってあげたことによって、ゼロがゼロじゃなくなることによって、
100じゃないこととか、1なら2ができるだろうとかっていうふうに、
ゼロだったら何かけてもゼロだからいいんだけど、
それを数字を出した瞬間にそっちが見えてしまうっていうのが、
せっかくやってるのにそこが逆効果になるっていうのが虚しいっていうかね。
どうしたらいいでしょうねっていう感じですけど、
私はそういう経験をしてきた結果、
この人は多分無意識に依存をしていくんだなっていう人には早めに線引きをする。
ここまではできますけど、これ以上なのであればちょっと別で、
例えば家庭教師とかだったら別で相談としての枠を設けて
お申し込みいただけますかみたいな話にするとかっていうのは
早めにするっていうのは一応やってますかね。
私も無料相談とか設けてないのはそういうところがあって、
無料相談だけを連続でやるっていうのは多分すごい消耗してしまう。
無料だったらチャットGPT無料版とかに聞いてもらった方が
相互ハッピーかなっていうのもあるので、
最初からいきなり課金にしてるんですね。
もっとリーズナブルなやつ求めてるみたいな人は
あんまりビジネス上の関係性は持たない。
対象の入り口を無料にしないっていうのも私も。
入り口の怪談現象ですね。
ただ合わせて冷静に考えるとちょっと覚悟してるというか
06:00
それはやむを得ないかなってちょっと思ってるところもあって。
フランス語なのかな?
ノブレス・オブ・リージュっていう言葉あるじゃないですか。
要は恵まれた立場にいる人間がそこは折れなきゃいけないみたいな概念なんですけど。
それは高校生ぐらいのときにその言葉を知ったときに
自分は恵まれてる方の人間だと思ったので、そのとき。
それはもう一生やらざるを得ないんだな、それを。
っていうのが覚悟を決めた記憶がありますね。
15、16歳のときだったと思うんですけど。
なので、強いて言えばやんなきゃいけない。
そちらが犠牲に払わなきゃいけないのはもうそういうもんなので
どういう状態でどのぐらい犠牲を払えるかっていうのを
結構気をつけているっていうのはありますね。
でも結構トゥーマッチになっちゃうんですけどね。
過剰適応みたいに私はなりがちなので。
あとそこは今のオンゴーイングの課題ではあるんですけど。
覚悟をするしかないんじゃないかなって。
ゼロにはそういう被害というかはゼロにはできないけど
少しでも少なくするためのハードルというか
何か起きたときに止められるっていうような意識を持っておかないと
無限に搾取されてしまうから難しいけどね。
そうですね。相手に悪気はないですしね。
だから立ち上がりですけどね。
そうそう。だいたいそういうことが多い気がしますね。
そうですね。
こういう助けられる側にいることも人間あると思うんですけど
助けられる側にいたときに
相手はそれにどのぐらいの労力とか姿勢を払ってくれてて
それがその人の生活全体でどのぐらいの負荷になっているのか
というのを薄く意識しておいた方がいいんじゃないかなって私は思ってて。
何かやろうかって言われたときに
大丈夫ですって全拒否するっていうのも失礼は失礼だけど
例えばそれが相手にとって随分負担になることをやってくれてるなとかって思ったら
それは上手い落としどころに直すみたいな
境界線を引き直すみたいなのがあってもいいんじゃないかなって思ってて。
持続可能じゃないんじゃないですか。
そうですね。
微妙に変わるかもしれないけど
私はやっぱり自分がそういう側になりがちだから
何かをやってもらったとしても
それはあくまで向こうのこれは善意でやってもらってるんだな
みたいなことを考えて配慮しようという気持ちがあるけど
でもそれって多分エスカレートされたりする経験がある側だからこそ
気づけることなのかなという気がしていて
そういうことを気にせずに
09:00
もっともっとって要求している人って
逆に飲み会の漢字とかに近いような気がしていて
飲み会の漢字とかをやったりしたことがある人って
その大変さだったりとか
いろんな人がいろんな意見を言っているのをまとめながら
調整している大変さがわかるから
誰かが代わりにそれをやってくれるとめっちゃありがたいと思うけど
でもそれをやったことない人からすると
何か中華食べたくないみたいな感じで気軽に言ったりしちゃうし
リーダーシップを取った経験があるかないかと
また似ているのかなという気がしていて
その側になったことがある人は優しさが持てるけど
なかなかその立場にならないと
なかなか分かり合えないのかなというのがちょっとふと思いましたね
そうですね
自分のできる範囲でしか頼られたこと
あんまり頼られたことがない人っていうのも多いでしょうからね
全体化すると
それはそれで全員と分かり合える必要はないけど
という感じですね
我々は少なくとも手を差し伸べてくれる人がいたら
負担になってないかはちょっと気にしつつ
っていうのを心向けたいなっていうのは改めて思っちゃいましたね
無理のない程度にやっていけたらいいですね
本日は以上にしたいと思います
ありがとうございました
10:35

コメント

スクロール