第56回 スケッチと建築 〜描くことで観察するか創造するか〜
2026-10-23 23:09

第56回 スケッチと建築 〜描くことで観察するか創造するか〜

おたよりを送る

生活の中に「スケッチ」はありますか?観察をするスケッチと創造をするスケッチに違いがある?有名建築家のスケッチから読み取れることや、スケッチと写真の違い、はたまた本を読む人と絵を描く人はどちらも同じ?などなどスケッチにまつわる色んな話を雑談します!


●みなさん最近スケッチしてますか?

・買ったクロッキー帳を寝かしてるシュン

・この数ヶ月ぜんぜんしてないトッキー

・設計をしないとスケッチしなくなる?

●2種類のスケッチ

・なにかを観察するためのスケッチ

・なにかを伝えるためのスケッチ

・仕事だと伝えるスケッチが多くなる?

●学生の頃は課題でも観察スケッチをしてた

・小説『時の家』の主人公も観察スケッチ

●富永ゆずるさんのレクチャー

・ル・コルビュジエの「東方への旅」にて

・スケッチを描くためのルール

・素早く描くことで手と目が大事なことを選択する

・何を記録に残すべきか?

●意外とスケッチしてこなかったなぁと

・伝えるためのスケッチが多かったトッキー

・インプットのスケッチvsアウトプットのスケッチ

・インプットスケッチが多いマキ

・あまり絵を描かないシュン

●早稲田大学にて石山修武先生の講演

・ずっと前から写真は撮らない

・すべて素描で記録する

・帰ってから色つけしていく

・コルビュジエ「写真は撮るな!」

●写真の希少価値は下がっている

・いつでも誰でも"撮れる"時代

・スケッチは時間がかかるからこそ良い

・大事にしないと認識の解像度が下がる?

●スケッチで気づく自己認識

・アジア人女性を塗るときに無自覚な自身の差別意識に恐怖を感じる

・スケッチは現実とリンクしている

・自分の中の意識も立ち現れてくる

●ダンサーを描くトッキー

・男性にスケッチの対象としての興味を持てないトッキー

・身体性が自分とつながらないと描けない

●建築パースの添景として人を描く

・人間のサイズを意識して描くことの大事さ

・設計をしなくなってから描かなくなった

・後輩の3D点景が気になったシュン

・空間の創造において人も大事

●スケッチは2次元だけれど想像の足がかりになるもの

・自分の描いたものが設計につながってる

植物、動物、ダンサーを描いてたトッキー

・子供の頃は人間が好きだったマキ

●描くかどうか、何を描くかの揺らぎ

・めっちゃ本読むやつ/めっちゃ絵描くやつ

・本読む時間がなくても絵は描ける

・生活にスケッチが入っているか

●スケッチを描く媒体

・タブレットに絵を描けないマキ

・iPadでしか絵を描かないトッキーの妹

・描く媒体で何か変わるかもしれない

●積極的にスケッチしていこう


感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

建築に関わる3人が、スケッチには訪れた空間を観察・記録するものと、設計意図を伝えたり形を創造したりするものがあると話します。富永譲さんのレクチャーで紹介されたル・コルビュジエの旅のスケッチや、石山修武先生の素描による記録を例に、素早く描くことで手と目が残すものを選ぶこと、写真との違いを考えます。スケッチを通して、自分の身体感覚や無意識の差別意識まで現れるという話から、建築の中で人のサイズや動きを描く意味にも広がります。最後は、本を読むことと絵を描くことの時間配分、紙やiPadなど描く媒体の違いについて語り、生活の中で積極的にスケッチしていこうと締めくくります。

観察と創造、二種類のスケッチ
トーク・オン・キャノピー 〜羽休めの建築雑談
このチャンネルは、大学の同期で、それぞれ建築関係の仕事に携わるマキ、シュン、トッキーの3人が、毎回一つの日常のテーマと建築の接点を探りながら雑談するトークバラエティです。
はい、では今日のテーマを、マキさんお願いします。 はい、今回はスケッチと建築です。
お! 羽休めさん、最近スケッチしてますか?
最近スケッチしてますか? スケッチね、なんかね、1ヶ月前ぐらいに、ふとなんか絵を描きたいと思って、
あの、何、クロッキー状みたいなのを買って、あの、ちょっとだけ描いてから放置してます。
スケッチね、ちゃんと放置してます。補完してます。
私は結構スケッチ、描く方だと思ってたんだけど、この数ヶ月全然描いてないかも。
多分なんか仕事が、その直接その設計をする仕事っていうよりかは、あの、ナレッジ部門っていうのかな、みたいなところに今配属してるから、
全然スケッチしてなくて、今日スケッチと建築やるって聞いて、ちょっとギグ、ざわって。
でも時期とかにもよるよね。
時期とね、なんかスケッチは多分2種類分かれると思ってて、
その、なんか訪れた場所とか景色とか見た時の空間をこう記録するためのスケッチと、
あと、我々は設計の仕事をしているから、なんかこういう空間を作りたいんだとか、こういう収まりにしたいんだっていう時に描く、
なんか伝えるためのスケッチと2つある気がして。
我々今多分校舎の方しか、なかなか描けてない状況が続いてるんじゃないかなと思って。
ル・コルビュジエの旅のスケッチと観察
なるほどね。
確かにね、伝える方のスケッチ、伝える、うん、そうだね。
なんか学生の時とかさ、それこそ課題でも出たけど、
旅に行って訪れた建築の空間をスケッチして来てくださいみたいな課題とかあったけど、
あれ結構良かったなと思って。
うん。
なんか仕上げとか、あとなんでこうなってるんだろうとかっていうのも、
その描くために見ることっていうのがよく鍛えられていた気がして。
最近、あれ描くっていうより観察する行為だもんね。
うん、ね、結構よく言われてることだけど。
こうして観察するみたいな。
なんかそれこそ前、しゅんが読んだ本、なんだっけ?
時の家でしょ。
時の家だ。
時の家は、その主人公がスケッチしていって、
スケッチすることで、よりその場の状況を観察していくみたいな話とかあったよね。
そうそうそうそう、普段気づかないものにまで目が届くというか、
スケッチしてるからみたいなのもあるよね。
この話したかったのが、こないだ大学のレクチャーで、
富永譲さんってコルビジェの研究をしてる人のレクチャーを聞いたんだけど、
その時に、これが東方への旅っていうので、
イタリアとか色々各地回ってた時のスケッチブックをその場で書いていて、
それを元にして、この旅先でどういうことを考えていたのかっていうのを、
富永さんが分析してそれを語るっていう形なんだけど、
その中でコルビジェが残した文言の中に一つあるのが、
スケッチを書くためのルールみたいなのをコルビジェが残していて、
それが、スケッチする時にはとにかく素早く書くっていうのが一番最初のルールとしてきていて、
そうすると、もう空間とか一瞬見た時に何を記録として記憶として残すかっていうのを、
手と目が判断するから、それだけを記憶するためにスケッチで素早く見て書くっていう。
本人にとって何が一番印象的だったっていうか、
何が一番目についたみたいなところを抽出、
そうすることについて自然とそういう風に抽出するよみたいな。
そう、もう一瞬見た時に、自分の中で何がスケッチとして全てを記載はできないから、そんな時間の中で。
ってなると何を残すべきかみたいなのを一瞬で判断しないといけなくて。
手と目が選択してるみたいなことだよね。
そうそう。
勝手にね、意識の外で。
それ結構、建築を見る目もそうだけど、
なんか批評する時の目とも、なんか似てくるんじゃないかなと思って。
建築の中で何を我々が見て、何を記憶しようとしたのかっていうのは、
それを残したんだっていうのが、結構批評になる気もする。
同じ美術館とか、同じ景色とか見ても、多分人によって何残すかとか違うし。
気になる解像度とかも、スケッチにどう残していくか。
なんかあの、
私、思い返してみたら、建築スケッチってあんましてないかもしれないっていう。
思い返してみると。
なんか写真撮ったりとかはすごい好きなんだけど、
なんか建築行って、その建物、その建築をスケッチするっていうことを全然してこなかったなっていう。
ちょっと反省した方がいいかもしれないって一瞬今思ったんだけど、
どっちかっていうと、スケッチは誰かに伝えるためにスケッチしてることの方が、
というか、形を作るために、設計をするためにスケッチしてるっていうことの方が多かったんだなっていう。
インプットのスケッチじゃなくて、アウトプットのスケッチしてたんだなってちょっと気づいたんだけど。
でもなんかそれこそMakiとかは、インプットスケッチ、アウトプットスケッチ両方するタイプなのではと。
アウトプットのスケッチは全然してないね。
逆に?
うん。
人によって結構違うのかもね。
しゅんは?
俺は数えつか。
あんまり意識もしてなかったな。
俺そもそも絵描かないからね、絵下手だから。
下手だから描かないと言うとちょっと逃げな感じするけど、
割と3Dのモデル作ったりとかの方が比較的得意な人間だからさ、
仕事上とかでもパース作るときに基本的に自分の手からゼロから描くみたいなタイミングっていうのは割と少ない。
本当に一番最初からアイデアを考えたりするときだけ、まずはちょっと描く。
そういう意味でいうとアウトプットの描き方の方が多いかもしれない。
うん。
こんなに違うんだね。
うん。
アウトプットって言うとニュアンスが違うのかなって気もするんだよな。
なるほど。
観察家、創造家みたいなことじゃない?
そうだね。観察家、創造家みたいな感じだね。
写真とスケッチ、記録の解像度
うん、なんかそんな感じがするな。
あ、忘れた。石山先生の講演会に行ったときに、何十年前かからわかんないけど、写真とか撮らないと。
携帯も持たない。
基本的に建築に訪ねたときにはスケッチで全部記録するみたいな。
いろんな国に出かけていて、海外に行ったときとかも、建築のみならず人とか全部スケッチして描いていく。
それを現地だと色付けとかまでする時間がないから、もう素描で全部とりあえず描いていって、
で、帰ってから色付けをするみたいな。
色付けをするときにすごく楽しい、楽しいというか面白さが見えてくるみたいな。
話してたんよ。
あとは自分の考えてる建築とかも、講演会のときは実物みたいなのも見れて、
いろんなの描いてて、それこそ想像で描く方法も多分あるんだけど、
そういうパターンもあんのかって。
どっちもね、別に完全にドローイングっていうか手描きでやっていくみたいなのもあんだなと思って。
なんかはぁと思って。
コリビジェも写真は撮るなって言ってたのを思い出した、そのルールの中に。
時代もあるけどね、その写真1枚撮るのがめちゃくちゃ高価だったっていうのもあるけど、
基本はスケッチで残すための旅だから。
なんか前撮影と建築家なんかで話したけど、写真の価値って今爆下がりしてるもんね。
そうだね。
価値というか、何希少価値。いつでも誰でも撮れる時代。
誰でも撮れちゃうみたいな。
でも写真撮る時に意識しなくても撮っていいことになってるから、
それがスケッチと違うのかなみたいな。
スケッチはさ、時間がかかるじゃん、どうしても。
なるべく削っていったりみたいなところに意識持っていって、
なおかつ時間かけるからこそ大事に描きたいじゃん。
みたいなところで意識は、自意識が強く反映されるというかさ。
でも写真ってマジで時間かかんないし、
今だとスマホとかの容量もでかくなってさ、何枚でも撮っていいわけじゃん。
そうすると意識せずに撮るよね。
無駄に枚数だけ増えて、
謎にスマホの容量をストレッチパンパンみたいなさ、
結構よくあるよね。
振り返らなくなるしね。
あんま大事にしない媒体で何かを残そうとすると解像度が下がるって可能性はあるのかなみたいな。
石山さんのさ、旅先でスケッチをするけど色を載せるのが後みたいなのはさ、
なんか面白いね。
なんか遅れてやってくるセカンドインパクトみたいなのがあるらしいよ。
そのスケッチしたりとか目で見てた記憶のところから、
色を呼び起こして載せる。
スケッチに現れる身体感覚と意識
なんか、それちょっと話脱線するかもしれないけど、
アジアの人のスケッチ。
色をつけるときに恐怖を感じるって言っていて、
ごめんね。
女性とかの色を塗るときに、
有色人種、アジア人っていうのは有色人種だから、
どうしてもその色で表現すると思うと茶系の色を混ぜるみたいな。
でも茶色の色を人の顔の上に塗るっていうのが、
なんだか気遅れするみたいな。
でもそれが気遅れするっていう感覚っていうのは、
自分の根底に眠る微妙な人種差別の心なんだって、
自覚するときに恐怖を感じるって話をしていた。
話を繋げるとすると、そのレベルまで解像度を持てるかどうかみたいなのって、
結構大事なのかなみたいな。
スケッチして自覚するってすごいわかる気がするな。
たかが二次元上のスケッチだけど、現実とリンクしてるというか。
むしろ立体的にというか。
自分の中の意識みたいなのも立ち現れてくるみたいな。
私は結構建築のスケッチ描かないんだけど、
しかも男性も描かないんだけど、女性のダンサーの絵を描く。
男性は全然描かない。
なんか興味がないみたいな。
それ差別の心ですか?
差別かもしれない。
身の中に眠る差別の心じゃないですか。
多分、差別なのかな?興味がないなと思う。
私バレエやってて、ちっちゃい時。
だから自分の体の可動域とかっていうのをなんとなくわかるの。
でも男性の体の可動域って、ちょっとやっぱり構造が違うから、
頭の中でリンクしないみたいで、興味を持てなくて描かない。
興味を持てない。
人を描くことと建築空間の想像
差別する。
人間の絵はダンサー単体か、
それか普通に典型として人間の絵を描いたりとかさ。
自分の課題で提出する建築のスキッチの中に、
典型って言うと人間ね。
人間を描いて描くとかっていうのはやるんだけど、
それはすごくやっぱり人間のサイズを意識して建築作ってることに、
やっぱりダンサーを描く行為がそっちに繋がってる感じがあって。
最近ダンサーの絵とかも全然描いてないのは、
多分設計の仕事をしてないからなのかなってちょっと思ってて、
そこに脳が行かないっていうか、
多分人間の身体のことを考えてから建築作るみたいなのが今までだったのが、
そもそもそこじゃなくてっていうところで、
ダンサーも描いてないなっていうちょっと今思いました。
この前事務所で後輩が3Dでモデリングしたパースを作ってきたんだけど、
3Dモデルで今人とかも置けるじゃん、モデルで。
確かに。
その人を入れたまんまのパースで出してきたときに、
全然楽しそうじゃないなっていう話をしたの。
その風景が。
固定された3Dの人たちってある程度ポーズはあるけど、
そんなに楽しげなポーズってないわけよ。
全然楽しくなさそうだから手で描いたほうがいいんじゃないみたいな話をしたりとかして、
それスタディの段階だから別にラフでいいから、
とりあえず自分で手で描いてみたほうがいいんじゃないみたいな話をしたことがあって、
そういう意味で人とか結構大事だよね。
空間を説明するみたいなさ、
想像するみたいな時にもさ、
どう使ってるかみたいなのとかの描写。
結局さっきマキはあくまで2次元みたいな話をしたけど、
2次元でもとりあえず足掛かりがあるだけで想像力って
開かれるところがあるから、
なんか描いてるだけでちょっと想像がしやすいし、
チームで議論がしやすいし、
先に進むきっかけになるんだよね、スケッチって。
うん、確かに。
っていうのを今ダンサーの話を聞いて急に思った。
ダンサーの話というか、トッキーの後半のね。
典型の話かな。
典型の話かな。
結構何の絵描いてても結局建築につながるってところもある気がするんだよね。
あるね。
多分なんかもともと絵描きとは言わないけど、
絵を好んでちっちゃい時からずっと描き続けてきたことが、
自分の建築のその設計につながってるなっていう感覚はすごくあって、
やっぱりなんか植物と人間と動物の絵が多かったのかなっていうか、
ちっちゃい時から小中高書いてたのは。
でも建築はスケッチで描くんじゃなくて、それこそなんか3Dで起こしたりとか、
なんか図面で描くみたいな、なんか線的なものとして捉えてるのかもしれない。
俺なんか聞いてて逆になってきたなと思って、
小さい頃とかは人間とか、天のスケッチとか好きだったんだけど、
今は全然建築しか描いてないなと思って。
人間のスケッチを全然してない。
確かに。
でもなんかさ、それ結構さ、揺らぎあるよね。
スケッチ描くか描かないもそうだし、
何について描くかみたいなのって多分波というか揺らぎみたいなのがあって、
本を読むこと、絵を描くこと、生活の配分
時期によって描くか描かないあると思うし、
あと人によって全然別だなって思ったのは、
この前研究室の同期と飲みに行ったのよ。
一人めちゃくちゃ絵うまいやついて、一人めちゃくちゃ本読めやついて、
喋ってて、絵めちゃくちゃうまいやつが大人になると本当に本読めないよねって話をし始めたの。
それに対してめっちゃ本読むやつが、
わかるわ、最近3日で1冊ぐらいしか読めないわみたいな。
めっちゃ読んでる。
その読めないの度合いが全然違うわけ。
でも全然本読めないんだよなって言ったやつは、
インスタとかでスケッチを上げたりとかしててさ、
こいつめちゃくちゃ絵描く時間あるけど、
めちゃくちゃ本読む時間ないんだなと思って。
結局は自分の時間の取り方というか選択でしかないし、
多分時期によってそれの量とか配分みたいなの変わってくるから、
大人になって本が読めないっていう人も、
実は絵なら描けるのかもしれないみたいな。
やっぱその人の考え方とか、何で考えるかみたいな。
何で情報をインプットしてるかとか、
もう生活の仕方だよね、それはね。
生活にスケッチが入ってるかどうかみたいな。
うん、その感じだと思った。
そうね、しかもどっちもまだインプットだしね。
スケッチで観察するのも、本読むのも。
そうそうそうそう。そんな感じかね。
紙とiPad、描く媒体の違い
まきさんはね、あれっすもんね、絵うまいからさ。
そうそう。
そうね、描くことあるけど、
基本、何で描くかっていうのもあるけど、
iPadで描いてると、全然想像力が感化されないなと思って。
iPadで描くのは、両者に伝えたりとか、
あと設計者間で会話するときに使うけど、
それだともう頭の中に描いてるものを落とすためだけの作業みたいになっちゃうから。
これね、私違うんじゃないかなって思うんだよね、それ。
本当?
もう多分、うちらって紙に描くことの方が当たり前なんだと思う。
写真は当たり前のように撮れるのと一緒で、
私妹がiPadでしか絵描かないの。
建築じゃないけどね。
よく描けるなと思って。
全部iPadベースなんだよね。
考えてる、こういうこと描くとか、そういうのも全部。
それがすごい面白くて。
住んでる世界が全然違うなって。
そうだね。
我々の世界の中だと、紙とかが染み付いてる部分が紙に対しての難点だ。
紙でスケッチ描いたときにちょっと抽象度高いから、
それによって仕上げが決まってないか、ちょっと飛躍したりとか、
現実じゃないものが生まれたりとかするようなことをちょっと期待してる気もして。
なるほど。
描くベースになるメディアみたいなのもスケッチのとき大事だなと思いながら、
スケッチ描かなくちゃなと思っております。
勝手に描いてください。
そんな感じですかね。
結構面白かったね。
そうだね。やっぱりカラーが出るね、スケッチ。
一つの話で。
みんなね、それぞれね、描いたりしていきましょう。
じゃあ、今日もありがとうございました。
ありがとうございました。
チャンネルのフォローもよろしくお願いします。
それではみなさん、また来週!
23:09

コメント

スクロール