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2025-01-03 11:46

できるだけ「保身」ではなく「願い」から生きていきたい


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サマリー

このエピソードでは、保身ではなく自分の願いに従って生きることの重要性が語られています。生存本能と願いの両方を持ちながら、自分の内面を見つめ直し、自由な人生を送る方法を考察しています。また、本音で人とつながることの大切さや願いに従って生きることについても触れられています。保身に走ることがあっても、素直な気持ちを大切にすることが強調されています。

保身と願いの探求
はい、こんにちは、たけしです。このラジオでは、より自由に、より自分らしく理想を生きるためのヒントを一日一つお伝えしていきます。
はい、というわけで今回はですね、保身からではなく、できるだけ願いから生きようと思った話というテーマでお話ししていきます。
タイトルだけを見て、再生してくれる人いるのかなとは思いながらも、直感的にこういうタイトルにしようと思ったので、今回はこのタイトルにしようと思いました。
僕らは当たり前ですけど、生きてるじゃないですか。
まあ今この放送を僕自身も撮っていますし、あなたもですね、聞いていただいているということは間違いなくね、今この世にいて、生きていらっしゃると思うんですけれども、
僕らって何によって生かされているんですかねっていう話で、なんかスピリチュアルに聞こえたら申し訳ないんですけど、それは何によってっていうのはまあ起点の話ですね、動機の話と言ってもいいです。
何を動機に僕らは生きているのかなっていうのがあって、最近ね、めちゃくちゃその心理学というか人の内部モデルっていうんですかね、内側の世界っていうのをめちゃくちゃこう探求、自分っていうね実験台みたいなものを通して探求してるんですけれども、
どうやらですね、大きく分けて僕らは生存本能ですね、つまりより自分がこう快適で安全で人から嫌われないように、ムラ八分にされないように生きる方法、生きる生き方と願いですね、つまりもうそんなこと関係ないと、嫌われてもいい、損してもいい、もう無価値だと思われてもいいから自分のやりたいことをやるんだみたいな、
自分のありたい姿でいるんだ、自分の思いを通して生きていくんだみたいな、そういうね、生存本能、保身とも言えますと、保身と願いの両方どっちかからね、基本的に生きています、なのでこの、今この瞬間の行動とか、今この瞬間に湧き上がっている感情が一体どこを起点に、つまり願いなのか、保身なのか、
一体どちらから湧き起こってきているのかっていうのをね、やっぱりこう見ていく必要があるなっていうのはすごく思うんですよ、で、保身で正直言うとどっちもあっていいんですね、どっちもあっていいんですけど、保身のエネルギーってめちゃくちゃその内側に溜まり込むというかね、内側だけにしか、なんて言うんですかね、こう、まあ言ってしまえば、保身って何が起点かっていうと恐れなんですよね、
つまり身体的な安全、自分の今の快適な暮らしを手放したくないとか危険な目にあいたくないとか、他にも人から嫌われたくないとか孤独になりたくないみたいな、このね、痛みを味わいたくないから生存本能っていう保身ですよね、っていうのが生まれてきますので、保身が強くなりすぎると当たり前なんですけど、
いわゆるわがままな自分勝手な自己中になっていて、相手がどういうふうに今思っているのかとか、相手のことをね、全然こう、ないがしろにしちゃう、気が回らなくなっちゃうんですよ、なぜなら自分の保身で精一杯だから、自分の身を守ることで精一杯だから、相手を簡単にないがしろにしちゃうっていう不の側面がありますし、恐れを起点にしているので行動がブレーキがかかるんですよね、はい、なのでそのブレーキがかかっちゃうし、
逆にこう、恐れから逃げるためにですね、猛烈にこう、強いストレスでこう動き回っちゃうみたいなことも起こりますと、そう、だからですね、やっぱりね、保身に動く、保身で動くっていうのは結構ね、そういうリスクが高い、相手を傷つけちゃう、人をないがしろにしちゃう、まあ簡単に言えば人を道具みたいなね、自分が自分のその保身、その身を守るために人をね、こう道具化させちゃうっていうのが、
まあやっぱりあるし、それでまあ結局ね、あんまり幸せになれないんですよね、はい、やっぱり、で、一方でじゃあ願いとは何かっていうと、もう少しね、純粋で自分がありたい姿とかこういうことをしたいっていうね、ピュアな思いですよね、で、こっちに繋がることによって、まあやっぱりね、こう、生きやすくなるというか、結局、人を傷つけたい人なんていないんですよね、正直言うとこの世に、やっぱりみんな大事、自分も含めてみんながやっぱり大事、
だから当たり前なんですけど、人を傷つけたらその罪悪感が生まれるんですよね、多分あれね、もう人間の純粋なね、あの、なんて言うんですかね、人間のこう持っている特性だと思うんですよね、なので、えっと、あなたは今この瞬間どっちに繋がっていきますかっていう話で、当たり前なんですけど、やっぱりね、こう保身にね、繋がっちゃうっていうのがね、やっぱり多いというか、まあ多分ね、大抵の人がもうほぼほぼ日常生活の9割ぐらい、
を保身で生きていると思うんですよね、今の世の中で、この保身の割合をどれだけこう減らせるか、そして逆に願いから生きられる瞬間瞬間っていうのを増やせるかっていうのがね、おそらくいい人生になっていくし、その人らしいね、ユニークなハッピーかつハッピーな生活になっていくんだろうなって、まあすごく思いました、何を言ってるのかね、伝わってればいいんですけれども、はい、そうですね、もしかしたら今、
行動を通じた内面の理解
この放送もどちらかというと、こう僕自身のね、保身から沸き起こっているのかもしれないし、でもやっぱりね、こういうことを伝えたいという思いもやっぱり一方であるので、なんかね、こう保身とね、願いのね、なんか両方がね入り混じっているような感覚がありますと、で、じゃあどうすればこう保身とか願い、自分がどっちから動いているのかを自覚できるのかっていうと、やっぱりね、これね、いちいちいちいち行動してみて、その自分の内側の世界をやっぱり見つめるしかない。
で、行動って言うと、なんかこう何かをすることって思うかもしれないんですけど、リラックスすることとか、なんかぼーっとすることも一つの行動、何もしないっていうのも一つの行動なので、その瞬間に自分がこれって今自分の心が満たされているのか、それともこうストレスとかが、こう何ですかね、ストレスとかから駆動しているのか、自分は一体どっちから今この行動をとっているんだろうっていうのを見つめることができて、で、区別することができればですね、自然と選べるようになるんですよ。
抵抗から生きるのか、保診から生きるのか、願いから生きるのか、例えば相手にこうバーッと怒られましたと文句を言われたとするじゃないですか、何でもいいんですけど、で、その時にうわって感情的になったら、いや、私そんなことしてませんとか嘘ついたり、自分の落ち度を必死に隠そうとしたりしてしまうわけなんですけど、一瞬でもそこに、あ、今自分抵抗しようとめっちゃしてるって感じになるんですよね。
気づくことができれば、でも本当に抵抗したいんだっけ、自分は本当にどうしたいんだっけ、あ、この人と腹の底から心の底からつながって話したいんだっていう風に願いに気づくことができれば、はい、素直になって、確かにそれはおっしゃる通り私がやったことですっていう風に認めて素直に思っていること、でも私自身はやっぱりそこはちょっと理不尽だと思うんですとかっていう、
本音と本音で腹を割って話し合えると思うんですよね。で、それが結局人がつながるってことだと思うんですよね。なんかこう、表面上で取り繕っても全然人ってつながらなくて、どんだけお行儀よく生きててもやっぱりつながらなくて、人と人がやっぱり本当の意味でつながるっていうのは、もう包み隠さず素直に本音を吐き出した時なんですよね。
お互いがお互いの、君そうやって思ってたんだって本当の心の底から理解できる瞬間ってあると思うんですよね。これまでの人生経験の中でも。その瞬間にやっぱり人って本当の意味で心とつながれるって思うんですよ。つながれますよね。
僕も妻とか友人とかいるんですけど、やっぱりね、自分を身を守ろうとしたり、自分をよく見せようとしたりする時って、やっぱりなんか距離ができるんですよね。でも逆に自分の素直な部分、本音の部分、本当はこう思ってるんだとか、確かにもうそれって素直な気持ちをダイレクトに伝えたり、逆に自分の悪い部分とか落ち度がある部分とかっていうのも素直な気持ちで吐き出す弱みを見せる、できてる。
できてない無価値な自分っていうのをちゃんと伝えるっていうところで、やっぱりね、そこで素直にやっぱり人とつながれる感覚がすごいあるんですよ。
なんていうんですかね、なんか目に見えない絆みたいなのが生まれる。妻の場合だったら愛情ですし、友人の場合だったら絆みたいなものが生まれる感覚っていうのはすごくあるんですよね。
めちゃくちゃずっと抽象的な話でして申し訳ないんですけど、これをね、2025年に限らずですね、もう一生、できるだけ一生その瞬間、できるだけ素直にいる。
保身に走っちゃうことは全然あるんですよ、人なので。で、保身が悪いわけじゃないです。やっぱりね、安全に生きたいっていうのは人間の本能でもあるんで、生存本能でもあるんで、やっぱり保身につながるっていうのも、それも一人の人間として美しさの一部なんですよね。保身っていうのも、実は。
でもやっぱりそれだけだと、なかなか人とつながり合えないので、やっぱり勇気を振り絞って、嫌われる勇気を持って、自分の本音の部分、ドロドロした自分の人間臭い部分っていうんですかね、もう平らだし、何もできないし、自己中だし、失礼だし、デリカシーないし、みたいなところをいかに隠さずに素直に見せられるかっていうと、
やっぱりね、生きていく上でというか、人とつながる上で、もっと言うと自分自身とつながる上で、本当に大切な部分だなって思います。なのでまとめるとですね、損していいし、嫌われていいし、無価値だと思われていいし、カッコ悪くても泥臭くてもいいので、とにかく自分のできるだけ素直な気持ちとつながって生きていこうと、
思います。という宣言ですし、ここまで聞いている方には、ぜひ僕と一緒に願わくば、そういった生き方を完璧にはできなくてもいいので、目指していきませんかっていう提案で、今回の放送は終わりにしたいと思います。
願いから生きること
終始抽象的な話で、大変申し訳ないんですけれども、ちょっとね、今浮かんで、心とね、頭に浮かんできたままに言葉をちょっと紡いでみました。はい、というわけで今回の放送は以上になります。
こんな感じで僕のラジオでは、より自由に、より自分らしく理想を生きるためのヒントを一日一つお伝えしていきますので、少しでも今回の放送が参考になった、面白かったという方は、いいねとフォローをしていただけるとすごく嬉しいですし励みになります。はい、というわけで次回の放送でお会いしましょう。
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