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どうも、しいたかこと、わぱぱたかしです。
今日はですね、昨日は3月11日だったということで、
ちょっといろいろ思うことをお話ししようかなと思います。
きっかけはですね、昨日夜サムナに行きまして、
外気浴で空を眺めていたらね、星が見えたんですけれども、
そのね、見えた星の光っていうのは、今時点で光っている光ではないんですよね。
光の速さでどれぐらいの距離があるのかわかりませんけれども、
過去に光っていた光、もしかしたらその星はまだあるのかもしれないけど、
もしかしたらね、例えばその星までの距離が100光年だとすれば、
その光はね、僕らが見ている光は100年前の光ということになるんですよね。
それぐらい宇宙って広いんだなっていうところですよね。
これを聞いた時になんかすげえなと思っていて、
やっぱり宇宙ってやっぱり広いんだなっていうところの、
今見えている星が光っているのが、
例えば100光年の距離があるものだとすれば、
100年前の光を見ているっていう感覚がなんか不思議というか、
なんかすごい壮大だなって思うというか。
僕らって別にね、100年前の僕らなんか見えるわけないじゃないですか。
星みたいに光っているわけでもないしさ、
今現在進行形で生きているのが全てじゃないですか。
まずその星の例えから、
壮大な世界に僕たちは生きているんだなっていう、
なんか不思議というか、なんかね、そんな感じ。
そして昨日は3.11ということで、
震災から15年が経ちましたっていうことなんですけれども、
やっぱり人の命って尊いんだなということですね。
当時ね、やっぱり生きたくても生きらなかった人もたくさんいると思うんでね。
そう考えるとやっぱり、
自分が今こう生きているっていうのが不思議というか、
まあ当たり前ではないんだなっていうことをなんか思いましたし、
あの千と千尋の神隠しの歌の歌詞の一部にね、
生きている不思議、死んでいく不思議っていうね、
あるんですけれども、
いやなんかまさしくそうだなと思ってて。
なんで生まれたんだろうとか、
なんで人生は終わっていくんだろうとか、
なんで始まりがあって終わりがあるんだろうみたいな。
でもこの宇宙は、始まりってじゃあどこなんだろうとか、
終わりってどこに向かっていくんだろうなとか、
いろいろごちゃごちゃ考えてたんですけどね。
そのうちだんだん眠くなってきて、体も冷えてきて、
またサウナに向かうという繰り返しで終わりました。
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昨日はね、初めて2リットルのペットボトルの水を持ち込んで、
全部飲んできました。
3時間ぐらい入り浸ったのかな、サウナに。
サウナというか施設に入り浸りました。
おかげさまで整いましたけれども。
その整う途中で保証をポケット見ながら
そんなことを思ってました。
そしてね、やっぱり人って同じ人はいないしさ。
同じ施設を利用している人を見ているときに、
やっぱり人それぞれ性格も違いし、
考え方も違うし、
本当に嬉しいときはみんなで喜んで、
悲しいときはみんなで悲しんで、
喧嘩するときは喧嘩して、
時には殺したりとか戦争になっちゃったりとかっていう、
人間の温かい部分と悪というかね、
そういう醜い部分と、
そういうのを持ち合わせているのが人間なんだなっていうのを
思いました。
戦争とか喧嘩も結局、
正義対正義の構図ってよく言うじゃないですか。
お互いに自分が正しいと思ってそこでぶつかって、
解決しなかったら物理的なダメージを与えたりとか
してしまうのが人間なんでしょうね。
逆にポジティブなこともあるかなと思いますけど、
そういう不完全な生き物なんだな、
人間ってそうなんだなって思うとね、
人を見る目が変わったし、
誰かの発言に対しても聞き方が変わってくるのかななんて
勝手に思いにふけておりました。
何を言いたかったかは分かりませんけれども、
とりあえずちっちゃいことでウジウジしがちなんですけれどもね、
宇宙から見たら本当にどうでもいい悩みなんでしょうね、きっと。
僕の悩みはもう所詮、本当に規模、宇宙レベルで見ると
本当にちっぽけなもんだと思います。
なんでそんなちっちゃいことで悩んでたのかなと思って
バカバカしいなと思ったりもしました。
けど実際ね、仕事とか育児とか辛いことを目の当たりにするとね、
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ついつい気がめいってしまったりとか落ち込んだりしますけども、
そこをね、宇宙視点で見て、本当に誤差みたいな、
そんな悩みなんて誤差みたいなもんだろうなと思いながらね、
ちょっと今日から生きていこうかなと思います。
なんか突然チックでになってしまいましたけどね、
あの方の力を抜いてきていただけたら嬉しいです。
ではでは。