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はい、どうもこんにちは、たからんです。
この前ですね、私の理念的なところで、私こういうところに向かいたいなっていうのがちょっとあって、それを【ふぞろいな和】っていう言葉でちょっと表したっていうので、そんな話をしたんですね。
それぞれ違う人たち、自分も相手も違うっていう、違いがあるっていうことを前提に、不揃いであることを前提に、それもこの【和】っていう共同体というか、強調するっていうのが作れるんじゃないの。
そのためにはちょっと自分と相手の捉え方っていうのとか、そういうところが結構いろいろ重要になっていて、そういうところを育てたり考えたりするのに必要なことだと思っていることを、私はいろいろあっちの分野こっちの分野気になっているんだなっていうのを、そんな話をしました。
その分野分野が関わっているってことはわかったんだけども、その【ふぞろいな和】っていうのを実現するために、何か考えなきゃいけない必要なことっていうのが10項目思いついているんですよ。
勝手な私の自分の中のね。なので、ちょっと頭の整理で10項目何っていうのを話してみたいかなと思っています。
一つ目は、ちょっと全部漢字一文字で表そうとしているんですね。一つ目が自です。自ら。自分の自ですね。これもまさに自分のことなんですけど。
まずは自分を知る。自分を認めるっていうのかな。自己肯定感が低いとかってよくちょっと前から言われてるじゃないですか。日本人は自己肯定感が低いとか。
自己肯定感が大事だとかって言ったりしますけど、自己肯定感って、自分をただ好きだと思ったりとか、自分はこれでいいんだよ。自分のままでいいんだよっていう。そのメッセージも大事なんですけど。
私の中の自分の捉え方っていうのは、やっぱり自分は人と何が違うのかっていうことを知る。知るというか認識する。認知するっていうのかな。
それができると、すごく自分のことを認めるっていう言葉でいいのかな。自分はこういう人間なんだって思える。ただ単純にそう思える。
それが精神的な安定っていうのか、そういうのに結びつくんじゃないかなって思うんですよね。
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私が実際そうだったところがあって、自分って何の目標もあるわけでもないしとかね。何がしたいのかよくわからないとか。得意なものが突出してあるわけじゃなくて、あれも好きだしこれもできるけど別にみたいな感じのところがあって。
何者なんだみたいな感じのところがあるんですよね。自分が何がしたいんだろうみたいな。
なんだけど、やっぱりいろんな人と関わることによって、自分はこういう考え方をするんだとか、こういう言葉を使うんだとか。
こういう普通に自分で普通にやってることって、意外と人はできなかったりとか苦手だったりとか、考えたこと、そういう考え方したことなかったりとかそういうのがある。
そうなるのっていうのを、やっぱりいろんな人を知っていくことで知りますよね。
そのとき初めて、自分って何にもないと思ってるんだけど、何にも全然なくなくて。
自分がどこでそういう考えになったのか、どこでそういう価値観になったのかってわからないし、どっかの経験が絡んでるんだろうけども、やっぱり自分だけの人生生きてるから、かなりオンリーワンなんですよね。
で、それ全部自分がオンリーワンだなっていうふうに思ったときに、自分のこともそうだし相手のことも人のこともそうだし、それぞれがそれぞれに良いとこ悪いとこというか、単純にできるできないとか、こういう特徴があるこういう特徴があるっていうデコボコ感っていうのがあるんだなっていうのがわかる。
わかるから、自分もそれぞれだし相手もそれぞれだよね、こんなデコボコした形だよねっていう、自分と相手は全然違うよねっていうのに気づく。
気づくことによって、あ、お互いそれでいいんだと。で、それぞれの特徴をうまく生かせばいいんだと。
そういうふうな思いが湧くっていうところで、自分ってやっぱり相手との関係性でできると思うんですよね。
10個の要素とかって言って、1つ目が自立だって言ってたんですけど、2つ目は他なんですよ。これ多分別々じゃなくてセットなんですけど、やっぱり自分と他者、相手っていうのが存在して、それで初めてお互いのことがこうなんだっていうふうに認識できる。
自分だけで自分のことずっと考えたり人のことずっと考えたりしてても、たぶんたどり着けなくて、自分は自分のことがちょっと分からないんでね。
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だから他者との関わりとかって中で、自分をちょっと客観視して、主観も大事なんだけど、主観の場までいくと自分の意見がただ普通にあって、それと全然違う、何考えてるか分かんない、異常な相手がいて。
分かり合えなくてきついってなって終わるんですけど、分かり合えなくてきついじゃなくて、たぶんお互い分からない。そもそも違う。
だけど何がどう違うとか、何があったからこういう考え方で違うとか、その辺の違いがあること、違いが何で発生したのかっていうところとかが見えてくると、
なんかそれぞれ違う、違うな、いいなみたいな、そういう感じになると思う。そこを認め合い方、自分が自分も認めるし、自分が相手も認めるし、認めるっていうのは受け入れるとか理解したとかそういうことじゃないですよね。
言葉の調整が難しいんだけど、自分と相手は違うんで、全く相手のことが分かるわけじゃないですよね、その人の気持ち、どんな価値観っていうのが、何となくでも頭では理解したような気がなるけど、実感としてはたぶん本当には分からない。
本当には分からないけど、そういうものなんだねって思える。で、私自身も自分では当たり前に感じてたけど、それはこういうことが好きだったり、そういう癖があったりとかっていう自分なんだねっていう、ちょっと客観的に見るような自分を、
っていうようなことができると、すごく自分も相手も大切に生きるっていうか、尊重し合える、そういう形ができると思うんですよね。まずはそこからだなって思っています。
自分と他者の関係性がちゃんと向き合えるかどうか、向き合う気持ち、向き合うマインドで対峙できるかどうか、それがなければ自分が至って他者が至って、ただのもう無関係、関わりませんっていうだけなんですよね。
別に本当に関わらないほうがいいっていう場合もあるんですけど、でも何て言うんだろうな、ちょっと自分と違うからって、ちょっとというか、いろいろ違うからって、はい、シャットアウトっていう人なら多分全人類自分からシャットアウトしなきゃいけなくなっちゃうんですよ。
そういうことじゃないんですよ。この人たちの仲間だよって言うかもしれないけど、多分全然違うんで。同じだと思っている部分も多分違うんで。これ好きだよね、俺も好きだよって言ってたとしても、多分好きのポイントが違うんですよ。
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何を大事にしているからこれが好きなんだっていう理由の部分と根底にあるものって多分ほぼ絶対違う。だから変にこっちは仲間だけどこっちは仲間じゃないっていう錯覚っていうのを持たずに、人それぞれの違いっていうのを単純に理解できて、
でもやっぱりこういう点で共通点というか、本当に同じこと言ってるわけじゃないけど、でもそれを好きだっていう気持ちに一緒になれるって言うといいよねっていうような、そこに結びつくことで違う人間たちに喜びを分かち合えることの楽しさっていうのを感じるっていうのが、そういう感じになっていくとだんだんとその輪に近づいていくってことになるかなと思うんですよね。
まず第一歩、自分を知る、他人を知る、自分を知って他人を知るからまた自分を知るみたいな、その関係性のところがすごく大事だと思ってます。
10個あるんで、まだ今字とたて2つしか言ってないので、ここからまた8個言っていきたいと思いますが、長くなるんで一気に切ろうと思います。
今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
私の知らない新しい知識を教えてくれるあなたの存在に感謝します。
皆さんにも素敵な気づきのある毎日となりますように。
ダカランでした。それではまた会いましょう。