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【家事・育児】俺ばっかりやってる!と思わない捉え方
2026-05-31 16:45

【家事・育児】俺ばっかりやってる!と思わない捉え方

#家事のみかた
「ぱぱしるべ」さんの記事はこちら
自分ばかり我慢してる!?家事分担で不満を感じる夫婦に伝えたいアドラーの教え
https://papashirube.com/learn/communication/adler_uneven_distribution_of_the_burden/


#子育て #家事 #育児 #共働き
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はい、どうもおはようございます。たからんです。
この前ですね、ちょっと家事のお話っていうのをいくつか話したところなんですけれども、
ちょっとそんな話をしてね、ノートの記事にするのをそろそろやめようかな、もういいかなとか思ってたんですけどね、
ちょっと一つの記事を見つけちゃったので、それに関する話をしていこうかなと思ってます。
ノートにするかどうかわかんないですけど。
パパシルベっていうですね、パパの育児を応援しているというかですね、そういうサイトがあるんですね。
この記事をちょっと目にしました。このパパシルベさんはですね、
私が以前パパの育児コミュニティを運営してやってた時に、知り合って協力して一緒に講演してもらったりとか、
セミナーしてもらったりとかっていうこともあって、何度かお世話になっているところなんですけれども、
そこでね、今回は家事のお話で、これはパパさん目線ですね。
自分ばっかり我慢している。家事分担で不満を感じる夫婦に伝えたい。アドラーの教え。
そんなタイトルで書いてあります。
ちょっとこれについてね、自分ばっかり我慢してるじゃんっていうふうに、
夫側、パパ側が思ったっていうところから始まっているという話なんで、
ちょっとこれについていろいろ記事見てたらね、個人的に記事の内容も面白いし、
ただ個人的にはこう思うなっていうところがあったりするので、それも話していきたいんですけど、
ちょっと2回に分けようと思ってて、前半はちょっと一般的な話です。
この記事を見て感じたこととかっていう感じなんですけども、それを言いつつ、
ちょっと2個目撮るときは、ただ私も結構最近ね、
この俺ばっかり我慢してんじゃんみたいな感じで切れたっていう話がありまして、
そっちの話とか面白いと思うんですけど、
まずはちょっと1回、この記事のね、思ったことを話させてもらおうと思ってます。
この話ですね、まずパパさんの質問者のコメントというか質問の内容が書いてありますね。
夫婦共にフルタイムで働いていて、どちらも日常的に家事や育児をしています。
うちも同じですね。
ただ、週末など子供を連れてお出かけに行くのはいつも自分で、パパさんが言っていると。
これも似てますね。
ちょうど私、今朝の7時頃で、また今部活があるんですよ。
子供が小さいときとはまたお出かけとは違うけど。
部活の大会があってですね、今子供たちを連れてきたところなんですね。
駐車場で待っているところで撮ってます。
そんな風によく外に連れてきますけども。
で、妻は、お出かけに行くのはいつも自分で、
妻は家で休んでいることが多かったり、何かと自分ばっかり我慢しているように感じて不満が溜まっています。
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これはもうどうしようもないのでしょうか。
そんな感じの質問が書いてありますね。
この後に記事の中でね、アドラーの考え方で解決しましょうよという話が続くんですけども、
一瞬でかな、ファーストエイムスプレッションで私がこれを読んだときに、
個人的な感想は、
妻は本当に家で休んでいるの?というところですね。
どうなんかな。休んでいる暇なくね?ってちょっと思ったんですよね。
自分が外に出ているということは、家の細々したことを、子供もいないね、自分一人で動ける時間帯に、
いろいろ、フルタイムでしょ。だってフルタイムとも働きしてるんでしょ。
休みの日にしかできないじゃないですか。細々したことを。
絶対そういうことをやってると思うんですよね。
じゃあ寝てたとしても、本当に休んでいる。
寝てたとして、例えばですよ。
今私、子供たちを連れて駐車場にいるって言ってましたけど、
駐車場でこんなの撮っている暇があるわけですよ。
この時間帯の間に、妻もこの後一緒に、子供が出現するときに合わせて時間が来るんですけど、
集合が早いから私が送ってきてるんだけど、この時間の間に家の片付けしてるんですよ。
それ普通の日常の片付けなんですけど、そういうことやることあるよねっていうのがあるのと、
あと、私はここに来るために早く家を出なきゃいけない。子供たちと一緒に早くできないからって言うんで、
すごく急いで朝の支度をして来たんだけど、その前に妻は子供の弁当を作ってるんですよ。
休みだけど弁当なんか必要なんですよ。
弁当作ってるし、昨日の夜は妻は弁当作ることがあって早く寝るんだけど、
夜は夜でやってることがあって疲れてるしっていうので、
じゃあ今日この時間に休んで寝てたとして、必要だよねって感じがしますよね。
他のことやってんだからっていうふうに思うから、妻ばっかり休んでるには、
本当?家で外に出ている2,3時間その間に妻が家でやってること全然寝てましたなのか。
寝てたのはなんで寝てたか。眠いから。どう眠いのかって言ったら、
前の日とか同じところでずっと休めてないからとか、なんかそういうのがあるんじゃないかなと。
そういうのなんじゃない?っていうふうに思うところがありますね。
そこにつながるような話が後から出てくるわけなんですけども。
今のは全部私の感想ですね。
この記事の中ではですね、自分だけやってるって感じたら、
どうしてそう感じるのかっていうのを俯瞰的に見てみましょうと言ってますね。
同じように家事や育児をやっていて、たくさんやっているっていう感覚は人それぞれだと。
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例えばこの例に書いてあるのが、コップにジュースが半分ちょうど入ってたときに、
半分も残っているって感じる人もいれば半分しか残っていないって感じる人もいますっていう例が出されていて、
同じように感じるかどうかわかりませんよっていうふうにまずありますね。
うん、まあそうだね。それはそうだねっていう感じなんですけど、
これどうかな。家事とかでね、あんまり量で物事を。
ここは私の考えですけど、量で物事をあんまり考えないほうがいいんじゃないかなって気がするんですよね。
こんだけやってるって、こんだけっていうのって、相手も何回やってますよね。
それが量としてとか、自分にとってはそれ簡単だって思うこととかっていうのが、
人にとってね、こういう不時計があって、負荷っていう負担、ストレスっていうのは違ったりもするし、
あと、優劣とか時間とかじゃないんですよね。家事とか育児でやるって、
生活に必要なこととしてやらなきゃいけないこと、誰かがやらなきゃいけないことを誰かとしてやるので、
家の一員として誰かがやるなんですよね。大人だけじゃなくて子どもも含めてだと思ってるんですけど、
できる能力があってできるその時のタイミングの時間と、そういうのがあって誰かがやる。
誰がやるっていうのはそこは家族としてのチームワークだと思ってますけど。
やっぱりたくさんやってるっていう感覚、それは自分の感覚だよねっていうようなことをここでは言っていますね。
だから相手の目線で見る。自分の視点だよね。相手だったらどういう風に感じてるのかっていうのを見ましょうっていう。
そんなことが書いてあります。
その時に、そもそも自分だけだ自分だけだって言ってると、
自分ばっかり我慢してるから不満がたまるんだ、相手が悪いっていう風に正当化する、そういう論理になってしまうそうです。
そうすると勝手に自分の中だけで相手が悪いっていう感情ばっかりが増幅されるってありますね。
本来は協力して楽しくやっていくってゴールなんでしょ。そこから離れちゃいますよね。
だから自分の視点をちょっと置いて俯瞰して見てみたらどうなりますかっていう風に。そんなことを書いてありますね。
タドラ心理学のポイントっていうのがあるそうです。
恋愛と結婚には社会生活以上に深い共感力が必要だ。相手を思いやる心が幸福を支える。
相手の立場を理解し尊重する努力は欠かせないということです。って書いてあるんですけどね、共感。
そりゃそうだろう。そりゃそうですよ。難しいですけどね、相手の共感、相手の立場に立っているっていうのは本当に難しいんだけど、
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結構本当にね夫婦で、私もね、妻とも恋人生活みたいなのを8年間ぐらい続けて、結婚して3年ぐらいかな、2,3年で子供が生まれて。
子供が生まれてから16年ぐらい経ちますけども、正直相手がどういう風にあるものとか家事とか育児教育、
いろんなことに対してどう感じてるのかっていうのが分かんない部分もまだ結構あるし、分かってたと思ったら違ったっていうのもあるし。
本当、まあ難しいですね。他人なんでね、もう自分以外の人はやっぱりもう他人なので、分かんないんですけど。
でも、そうだね、なんていうのかな、共感力を持ちましょうなんですけど、思いやりを持ちましょう、思うばかりましょうって私もよく言ってるんですけど、
私がどうしたらいいかなって今ちょっと考えたときに、
私どう感じてるのかな、妻のね、妻が嬉しければいいなっていうふうに思ってるところがありますね。
妻が嬉しければいいなっていうふうに思ってる。
それは多分自分の嬉しいポイントとかと違ったところもあるし、共通の部分もあるし、共通で2人で笑って楽しいねってなることもあるし、
自分がどうか、自分としてそこに価値を感じているか分かんないけど、妻は結構喜ぶよなっていうところに、そこに注力しようかなっていう感じがありますね。
なんていうのかな、たとえ、たとえが、たとえになるか分かんないけど、妻はね、かりんとうが好きなんですよ。
かりんとうが好きなんですよ。
初めて出会ったときの、サークルで出会ったときに自己紹介したときに、かりんとうが好きだって言ってたんですよ。
別に最初から私がその時から妻のことが好きだったわけじゃないんですけども、それがね、すごい印象的だったんですよね。
かりんとうなんてものが好きなの?みたいな。
それがすごい印象に残ってて、付き合い始めた最初のときにかりんとうプレゼントしたら超喜ばれたんですよね。
というのとかね、なんだろうな、そういう感じですよね。
好きな人に喜んでもらいたいというふうに思ってやってるんだけど、その感じでやったときに、妻がどういう行動をしてるかなっていうのは割と観察というか、感じるようにしなきゃな。
しなきゃなっていうのと違いだけど、かなというふうに思ってますね。
仕事、仕事の細かいことまでは知らないけども、忙しくなってそうだなとか、遅くなっているなとか。
子供の元もさんとのいろいろな調整とか、めんどくさそうだなとか、ストレス溜まってるかなとかっていうのを見て、ちょっと休んだほうがいいかなとかね。
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ここは自分がやらなきゃマジだろうなとか、そんなことを考えながらやることが多いかな。
相手の目で見て、相手の耳で聞いて、相手の心で感じるという、自分の主観を一旦横に置いて相手に寄り添うことですっていうふうに書いてあるんですけど。
そういうことかな。そういうことをやってるってことになるのかな。かもしれないですね。
自分と話して、ちょっと客観的に見て、自分は自分でこうしたほうがいいと思っててっていうのはあるんだけど、相手がいいような…
ちょっとここやっぱり説明しようとするの難しいですね。でもさっきの例に近いですね。
喜んだりとか、ちょっと休んで楽になってほしいとか、なんかそういう感じ、そういうのを考えてるといいのかな。
ここの記事ではね、パートナーは敵ではなく同じ方向を向く味方だよってことで、さっきの共感、自分の主観をちょっと横に置いて相手の立場に立ってっていうことが書いてありますね。
こいつはなんだけど、ありきたりと言えばありきたりなんですけども。でもやっぱり今読んでて思ったかな。
やっぱり共感力って簡単にはいかないんですよ。自分と人っていうのはやっぱり違うものなので、
相手になりきるとか相手を完全に理解するっていうのは基本的には無理だっていうのが私の中ではまず前提としてあって。
あるんだけど、どうすればわかるかって言ったら、やっぱり喜んでもらいたいみたいな感じかなって思いますね。
喜んでもらいたいとか楽してもらいたいとか、結構疲れてカリカリしてるような感じになっちゃうのを何とかして、ちょっとニコってした顔を見たいじゃないですけど。
そういうのになるとね、正直自分もホッとするし家もホッとしますよね。子供というか家族というか、家の空気みたいな。
ご機嫌とるっていうのはまたちょっと違うんですけど、そういう感じで見とくと何が相手にとって必要かなっていうのがわかるって感じになるんじゃないかな、そんな感じがある。
そうした時に自分が我慢してるっていう話でしたけど、俯瞰してみるとね、自分がやってることなんて大したことじゃないんですよね。
相手のことが見えてくると、妻もめっちゃやってるしな、俺もめっちゃやってるしななんですけど、でもやってることが違ってそれぞれ一生懸命やってるよね、うちの家のためにっていうことになるんで。
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何をどんだけやってるかとか、この時間どうしてたか、その時間休んでたかとかそういうんじゃなくて、全てトータルで見て、二人で頑張ってやってるよね。
今日はきついねって、俺はきついって、相手がきついっていうのを、その時々で変わるから、やっぱりきつい方はきついって言った方がいいんじゃないですかね。
言って、じゃあちょっといつもよりこっちでカバーするよっていうような風なのをうまくやっていくっていうのが、変に溜まり込まない。
これ自分ばっかり我慢してるっていうのをね、この後のもう一個の方で言いたいんですけど、こんなこと言いながら私、さっき冒頭に言ったように、自分ばっかりって思って、
最近結構珍しくクチンって切れたんですよ。切れたっていうのは怒ったというよりは、ちょっと舵放棄したみたいな時がありまして。
そういうのも、言うっていう、助けを求めるっていう感じでね、うまくバランスを取っていくっていうことをやっていくといいんじゃないかなと。
そんな風に思いました。
はい、じゃあちょっと今回はこの記事をパパシルベさんがですね、アドラーの心理学なダースなんだって思いながらですね、ちょっと思ったことを喋りまして、
ただこういうふうにこうやった方がいいですよって言いながら、やっぱりうまくいかず自分でも自分ばっかりと思ったことがありましたっていうエピソードをちょっともう一個話そうかなと思っています。
はい、ということで今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
私の知らない新しい世界を教えてくれるあなたの存在に感謝します。
皆さんにも素敵な気づきのある毎日になれますように。
ダカランでした。それではまた会いましょう。
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