事前調査よりカムオン・シェシェの活動に着目した音声概要
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サマリー
このエピソードでは、横浜市瀬谷区で活動する通訳翻訳グループ「カムオン・シェシェ」の取り組みに焦点を当てています。彼らは、ベトナム語と中国語の「ありがとう」を組み合わせた団体名が示すように、単なる言語の壁を越えるだけでなく、文化的な仲介や「言語的ヤングケアラー」問題といった機械翻訳では解決できない課題に取り組んでいます。情報保障の概念に基づき、「ハサミの法則」という優しい日本語の原則を提唱し、多文化交流カフェやライフステージに合わせたIT活用を通じて、外国にルーツを持つ人々と地域社会の間に信頼関係を築いています。彼らの活動は、日常のコミュニティ作りが災害時の命綱となる最強の防災インフラであることを示し、日本人と外国人が共に支え合い、コミュニケーションの構造自体をアップデートするプロセスを追求しています。
導入:言葉の壁とカムオン・シェシェの活動
あの相手にありがとうって純粋に伝えたはずなのに、なぜかそれが強烈な皮肉とか嫌味として受け取られてしまうっていう。
あーはいはいありますね。 なんか今ネットの世界でそういう奇妙な現象が実際に起きているらしいんですよ。
えーそうなんですよね。感謝の言葉が持つ意味とか重みって私たちが思っている以上にその簡単に変わってしまうというか。
うんうん。
でもその一方で全く異なる言語のありがとうっていう言葉をつなぎ合わせて、現実のコミュニティに文字通り命名を作ろうとしている人たちもいるんですよね。
そうまさにそこなんですよ。今回集めた資料を読んでいて、私が一番ハッとさせられたコントラストがそこでした。
えー。
というわけで新しいことを深く知りたい、社会の仕組みを根本から問い直したいと思っているそこのあなたに向けて、今日もこの深掘りを始めていきたいと思います。
よろしくお願いします。
今回フォーカスしていくのは神奈川県横浜市の瀬谷区というところで活動している通訳翻訳グループのカムオンシェイシェという団体の取り組みについてです。
はい。今回はですね、NPO法人の活動報告書とか自治体の多言語対応の現状、あとは言語学的な考察から現代のネットスラングまで結構多岐に渡る資料を横断して読み解いていきます。
かなり幅広いですよね。
そうなんですよ。
なので単なる外国人支援団体の紹介に留まらず、そもそも言葉の壁を越えるっていうのはどういうメカニズムなのか、そこを探求していけたらなと。
いやーこれ自分の身近なコミュニケーションを見直すいいきっかけになると思いますよ。
あなたにとってもアハ体験になるんじゃないかなと。
そうですね。
「ありがとう」の多様な意味とカムオン・シェシェの由来
で早速なんですが、このカムオンシェイシェっていうユニークな名前、これについてちょっと掘り下げたいんですけど。
はいはい。名前の由来ですね。
これベトナム語のカムオンと中国語のシェイシェですよね。どっちもありがとうを意味する言葉をくっつけたっていう。
そうですそうです。日本に住む外国籍の方の主要な母語から取られているわけなんですが、これ言語学的な背景を見るとすごく面白くてですね。
ベトナム語と中国語って全く別の言語系統なんですけど、実はベトナム語のカムオンって漢字の漢音、つまり音を感じるに由来してるんですよ。
そうなんですか。音だけ聞くと全然漢字っぽくないというか、気づかないですよね。
しかもベトナム語って声調、音の上がり下がりが極めて柔情な言語でして。
あー中国語とかタイ語みたいな。
そうです。例えば北部ではカムが下高調で発音されたり、南部では少し平らになったりするんですね。
さらに重要なのがベトナム語で感謝を伝えるときって単にカムオンって言うだけじゃ不十分なことが多いんですよ。
えー不十分ってそれだけだとちょっと失礼に当たるとかそういうことですか。
はい。相手の年齢とか立場を瞬時に見極めて適切な代名詞を後ろにつける必要があるんです。
へー。
自分より年上の男性や女性にはカモンアインとかカモンチン、年下ならカモンエムみたいな感じですね。
なるほど。つまりベトナム語のありがとうはただの提携文じゃなくて、相手と自分の社会的な関係性を常に確認して調和を保つためのツールになってるってことですね。
まさにその通りです。
で、一方で同じ漢字文化圏の中国語の谢谢、谢谢の方を見てみると、現代のインターネット社会で全く違う進化を遂げちゃってるんですよ。
あ、資料にあった中国のネットスラングの話ですよね。
ええ、thank you、thank youという言葉なんですけど。
これ、英語のthank youを漢字の音に無理やり当てはめた言葉ですよね。これが皮肉になってるっていう。
いるうちに意味が反転してしまって、今では不条理な状況への諦めとか精神的な疲弊、あるいはこんなひどい目に合わせてくれてありがとうよみたいな強烈な皮肉として使われてるんです。
うわー、言葉って生き物ですね、本当に。
ええ。
提携化された感謝の言葉が文脈次第でそんなネガティブな感情の霧になっちゃうなんて。
だからこそ漢字の謝るっていう字、謝罪の謝とか感謝の謝ですね。
この字の本来の成り立ちがすごく示唆に富んでるんです。
成り立ちですか?
はい。言弁、つまり言葉というパーツと弓矢を射るの、射るというパーツからできてますよね。
確かに、射と謝ですね。
弓を射るときってピンと張っていた弦の緊張がふっと解けるじゃないですか。
つまり謝るっていうのは心の緊張を言葉として放って、相手との関係の小暴りを解きほぐす行為っていう意味があるんです。
ああ、なるほど。すごく腑に落ちました。言葉を通じてお互いの心の緊張を解き放つ。
そうなんです。
ってことはこのカモーシェーシェーっていう団体名も単なる挨拶の羅列じゃなくて、張り詰めた関係性を解きほぐすっていうそういう象徴なんですね。
機械翻訳の限界とカムオン・シェシェの役割
ええ。彼らのビジョンがまさにそれで、外国にルーツのある親子をただ支援されるだけの存在、お客さんとして扱っていないんです。
ほう。
日本での子育てを経験した先輩の外国人ママが、今度は次に困っている家庭を支える側に回るっていう、そういう循環型のコミュニティを作ろうとしてるんですね。
棚梨として関わっていく仕組みですね。でもここでちょっと意地悪な見方というか、突っ込んだことを聞かせてください。
はい。何でしょう。
今って2026年じゃないですか。スマホの翻訳アクリとかAIって信じられないくらい優秀ですよね。
ええ。本当に進化しましたよね。
なので、例えば学校からのお便りを読むくらいなら、わざわざ人が通訳しなくてもお機会で十分なんじゃないかって思っちゃうんですが。
ああ、それは本当に多くの人が抱く最もな疑問ですね。ただ、カモンシェイシェが直面している子育て通訳という最前線を見るとですね、機械翻訳では絶対に乗り越えられない壁があるのがわかるんです。
機械じゃ無理な壁ですか。
はい。資料から決定的な違いがいくつか抽出できるんですけど、一番象徴的なのが文化的な仲介の問題なんですよ。
文化的な仲介。えっと、それは単純な単語の意味の違いみたいなことですか。
例えば、小学校からの手紙で、明日は給食がないのでお弁当を持たせてくださいという文面があったとします。
はいはい。
これをAIで完璧に一言一句間違えずに母語に翻訳できたとして、日本のお弁当文化を知らない親御さんはどうすると思いますか。
うーん、なんかタッパーに白ハイメだけ詰める?あとは袋入りのパンとリンゴをそのままドーンって持たせるとか。
そうそう。海外だとそれが普通だったりしますよね。でも日本の学校でそれをやると子供が周りから浮いてしまったり、
親が子育てに無関心なんじゃないかって先生から誤解されたりするリスクがあるんですよ。
あー、なるほど。そこまで考えないといけないのか。
他にもPTAの役員決めとか雑巾を2枚縫ってくることみたいな日本独自の暗黙のルールとか文脈を補足して説明してあげないと単なる直訳じゃ意味をなさないんですよね。
いや、それすごくわかりやすいですね。つまり、言語っていうソフトウェアを翻訳するんじゃなくて、日本社会っていうOS、オペレーティングシステムそのものの仕様を解説してあげるマニュアル兼サポーターが必要なんだ。
まさにその通りです。それともう一つ非常に深刻なのが言語的ヤングケアラーの問題なんです。
あ、ヤングケアラー、言葉の面での?
子供って学校に行けばすぐに日本語を覚えますけど、親御さんは仕事や家事に追われてなかなか習得できないことが多いですよね。するとどうなるか?
うわ、もしかして子供が親の通訳係をやらされるってことですか?
そうなんです。日常のスーパーでの買い物くらいならまだいいんですけど、例えばあなたのお子さんは発達に課題があるかもしれませんみたいな学校からのネガティブな指摘とか。
はい。
あとは複雑な家庭の事情とかいじめの問題なんかをまだ10歳そこそこの子供自身に母語で親へ通訳させるっていう事態が起きるんです。
いやいやいやそれは残酷すぎますね。子供にとって精神的な負担が大きすぎるし。
そうですよね。
下手したら親子の力関係とか信頼関係すら壊れちゃいますよね。
だからこそ子供の母語支援と親向けの通訳支援は明確に分けて大人の専門家が介入しないといけないんです。
機械翻訳には誰が誰にどんな感情を伴って伝えているかっていう矢印の配慮はできませんからね。
情報保障の必要性と「ハサミの法則」
なるほどな。実際資料を見ると2022年度には小学校からの依頼だけで延べ134件の母語支援とか通訳を行っていると現場にはそれだけ切実なニーズがあるんですね。
ええ。
ただこれって制約には公的なサポートセンターみたいなものはないんですか。
それがですね実は制約には国際交流ラウンジと呼ばれるような多文化共生を専門とする公的な拠点施設がないんですよ。
え、ないんですか。じゃあ行政とか学校からの重要なお知らせは誰がどうやってサポートしてるんですか。
多くの部分はこうしたボランティアとか各機関の努力に委ねられちゃってるんです。
でも複雑な行政手続とか医療教育に関する情報が難しい日本語だけで一方的に提供され続けると結果として彼らの生存権とか教育を受ける権利そのものが脅かされてしまう。
ここで重要になってくるのが情報保障という概念なんです。
情報保障なんかちょっと固い言葉ですね。
バリアフリー建築でいう車椅子用のスロープみたいなものを情報のやり取りにも用意しようみたいなイメージですかね。
ああ素晴らしい例えですね。その通りです。
車椅子の方が階段を登れないのって本人の努力不足じゃなくて建物の構造の問題ですよね。
はい。
同じように言葉の壁って聞くと私たちはつい外国人が日本語を勉強して乗り越えるべきものって考えがちなんですけど。
そうですねそう思いがちです。
実は壁を作っているのは日本人側のコミュニケーションの構造でもあるんです。
うわあなるほど。外国の方が日本語を理解できないんじゃなくて私たちが無意識に使っている日本語が複雑すぎるんだ。
そこでカムオンシエシェが日本社会側に向けて提唱しているのがハサミの法則というものです。
ちょきちょき切るハサミですか。
はい。優しい日本語を使うための3つのルールなんですけど。
あっはっきり最後まで短くの頭文字でハサミですね。
その通りです。
例えば私たち日本人ってもし可能であれば明日までに提出していただけるとありがたいのですがみたいな具合に
相手を気遣って語尾を濁したり一文を長くしたりする傾向がありますよね。
やりますやります。クッション言葉みたいな感じで。
でもこれ日本語を母語としない人にとっては最大のノイズになっちゃうんですよ。
じゃあ明日提出くださいとはっきり最後まで短く言い切る。
日本人の感覚からするとちょっとぶっきらぼうに聞こえるかもしれないけど
相手に正確に情報を届けるっていう意味ではそっちの方がよっぽろ親切なんですね。
これ外国の方相手だけじゃなくて職場の部下とか家族との会話でもなんか普通に使いそうなテクニックですね。
おっしゃる通りコミュニケーションの普遍的な原則ですよね。
コミュニティ形成と賢いIT活用
彼らはこのハサミの精神をベースにして言語を教えるだけじゃなくて
コミュニティの接着剤になるような場を次々と作っているんです。
例えば2024年度に18回開催された多文化交流カフェのフラットとか
修学前親子のためのお手紙サポートなんかですね。
資料にはセネガル出身のゲストを招いたお話会とか
ムスリムの文化を理解する講座
それにみんなで浴衣を着て盆踊りに参加する様子なんか載ってましたね。
はい。
言葉のサポートを入り口にして多様な文化が交差する物理的な居場所を作っていると。
そうなんです。
ただこれだけ多岐にわたる活動を限られた人数で回していくのって至難の技ですよね。
そうですよね。
そこで彼らがどうしているかというと
ここがまた非常に面白いんですけど
決して数百万かけて専用のAIアプリを開発したりはしてないんです。
ハイテクではないけれど
極めて賢く最適化されたITの活用を行っているんですよ。
どういうことですか。
限られたリソースでどうやってITを活用してるんでしょう。
例えば、ラ・ラク・ラという地域密着型を多言語サイトがあるんですが
これの何が優れているかというと
情報が利用者のライフステージに沿って再構築されている点なんです。
ライフステージ。
はい。妊娠・出産とか保育園・小学校・入学といった具合ですね。
あーすごくユーザー視点ですね。
役所のサイトって子育て支援課とか住民登録課とか
行政の縦割り構造のまま情報が置かれてるから
自分が欲しい情報がどこにあるのか
日本人ですら迷子になりますもんね。
まさにそこです。
さらにウェブサイト上の日本語の書き方自体にも工夫があって
ただ外国語に翻訳するんじゃなくて
日本語の文章の意味のまとまりごとに空白を空けるみたいな
視覚的なレイアウトそのものを優しくしてるんです。
なるほど。根本の日本語自体をリファクタリングしてるんだ。
さらに全てのページを自分たちの手で多言語に翻訳するんじゃなくて
ひらひらのひらがな眼鏡っていうウェブ上の漢字に
ルビーを振ってくれる外部ツールをサイト内で紹介しているんです。
ほうほう。
つまり魚を与えるんじゃなくて
魚の釣り方を教えるアプローチですね。
かすこいですね。
既存の無料ツールを組み合わせることで
持続可能なシステムを作ってるんですね。
ええ。日常の連絡集団も徹底したハードルを下げていて
日本語の電話に恐怖心を抱く人のために
Googleフォームを入り口にしたり
はいはい。
あとは2025年の3月に大雪が降った日があったんですけど
その時は移動が困難な参加者のために
急遽Zoomを併用して勉強会を開催したりとか。
なんかITとかツールを支援を無人化とか自動化するために使ってるんじゃなくて
対面での温かい支援につなぐための摩擦のない入り口として機能させているんですね。
技術の使い方がすごく人間的というか。
そうなんですよ。
防災インフラとしてのコミュニティと社会のアップデート
そしてこうした緻密な情報の翻訳と関係性の構築が
最終的にはある究極の課題に直結するんです。
究極の課題。
それが防災です。
防災。
ああ、確かに災害時に情報が遮断されることは
そのまま命の危機に直結しますね。
はい。2026年の1月などにも防災イベントを実施してるんですが
いざ大地震が起きた時、難しい日本語の避難指示だけでは
外国籍の住民は逃げ遅れてしまう可能性がありますよね。
それに普段からハザードマップを渡されていても
その情報源を信頼していなければ行動に移せませんよね。
なるほど。あそこに聞けば大丈夫だとか
あの人が言ってるなら避難しようっていう
そういう日常の繋がりがあるからこそ
いざという時の情報が命を救うアクションにつながるわけですね。
日常のコミュニティ作りそのものが
非日常における最強の防災インフラになってるんだ。
そういうことなんです。
カムオンシェシェの活動は日本語がわからない外国人のために
親切な日本人が通訳をしてあげるっていう
一方通行のサービスじゃないんですよね。
日本人と外国人がともに支え合いながら
地域社会のコミュニケーションの構造自体をアップデートしていく
そのプロセスそのものなんです。
いやー言葉の壁を越えるっていうのは
単に辞書を引くことじゃなくて
お互いの歩み寄りで作る新しいOSのインストールなんですね。
本当にそう思います。
まとめと問いかけ:感謝の言葉が繋ぐ社会
あなたも明日職場とか地域で誰かと話すとき
少しだけハサミ、はっきり、最後まで短くを意識してみてください。
それだけで無意識のコミュニケーションの壁が
少しだけてくなくなるはずです。
ぜひ試してみてほしいですね。
さて今回の深掘りいかがでしたでしょうか。
最後に一つ今回のソースから一歩踏み込んで
あなたに問いかけたいと思います。
番組の前半で本来ありがとうという意味だった言葉が
ネットスラングのセンキューのように
皮肉とか明け目に変わってしまう現象について触れましたよね。
ありましたね。
一方で今日見てきたカムオンシェシェのように
異なる言語のありがとうを丁寧に綴ぎ合わせて
新しい絆を作ろうと奮闘している人々がいます。
もし私たちの身近なコミュニティから
お互いに純正な感謝を伝え合う共有の感情の語彙が
完全に失われてしまったとしたら
その社会のシステムは一体どれほど早く崩壊してしまうのでしょうか。
制度や法律あるいはどれほど便利なAI翻訳ツールがあったとしても
私たちの社会を根底でつなぎ止めているものは何なのか。
ぜひあなたも考えてみてください。
それではまた次回の深掘りでお会いしましょう。
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