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自分たちごとという言葉の真意
2026-09-24 04:49

自分たちごとという言葉の真意

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ずいぶん前にSBCast.で話を聞いた「自分たちごと」という言葉。これについてここ最近思っていることについて話しました。 #声日記 #ちえラジフリートーク

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サマリー

SBCast.で7年前に聞いた「自分たちごと」という言葉について、最近の活動を通して再考したフリートーク。当初は懐疑的だったこの概念が、子どもたちとの関わりや社会への思いを通じて、個人的な理解を超えた共感の重要性を示すものだと気づいた。自分ごとにはできない領域が多くても、隣接する誰かの困り事を自分たちごととして捉えることで、皆が居心地の良い社会を築けるという真意を語る。

導入と「自分たちごと」の再考
ちえラジChat木曜日始まりました。今回はですね、フリートークということで、「自分たちごと」という言葉の真偽について話をしようと思います。
ずいぶん昔の話になります。 SBCast.の#5の時ですね。もうこれこれ7年前ぐらいなんじゃないですかね。
この回で、「自分たちごと」という言葉が出てきたんですね。 自分ごとではなくて自分たちごとっていう言葉。
その時はなんかカッコつけちゃって何言ってんだろうねみたいなふうに気持ちでちょっと受け取ってたんですが、この言葉についてね最近ちょっと思ったことがあるのでちょっとその話をしようかなというふうに思っています。
SBCast.と横浜コミュニティデザイン・ラボの背景
そもそもこの話をしている横浜コミュニティデザイン・ラボ。 割と横浜市内の特にベイエリアのコミュニティでは大きめなところで割といろんな活動をしています。
ヨコハマ経済新聞っていうイベントサイトを運営してたり、他の団体と活動のサポートとかも結構してたり、自分自身もイベントの裏で割と名前をよく聞く団体だったりしています。
自分自身もねそういうつながりもあるのでってことで SBCast.の初めの方にとにかく話聞いてみようかなみたいな話で、そんな話でオファーを投げてみたっていう感じだったかなというふうに思います。
当時はねすごい近場だったのでね普通にリアルで収録っていうような感じになっておりました。
当時何でしたかねなんかパソコンにマイク直付けしてインタビューしてたみたいなねそんな感じだったような気もします。
だからね今のすごく音質が違うかなというふうに思います。 リアル収録だったんですよ当時はね。
子どもたちとの関わりから見えた「自分たちごと」
でそれはそれとして、この自分ごとという言葉、自分ごとではなくて自分たちごとにするっていう言葉がここで語られていたんです。
まあそこでねそうですねやっぱり自分たちごとっていうのがすごくいいかなと思いますとか適当なことを言って自分もずいぶん調子いい奴だなというふうに思うんですけれども、まあそれはそれ。
でただ何でしょうねまあ自分自身もここ最近街のお茶の間子どものフリースペースというのを山手縁乃庭という場所でやっててそこで子どもたちとよく関わったりするっていうのことになって改めて思ったんですよね。
自分にとってこの子たちの将来とかその辺はすごく自分たちごとなんだなっていうふうに思うんですよ。
この子らには自分自身特に特別関係があるわけではないし、まあね縁乃庭のドアをくぐってしまったら赤の他人なわけです。
そして住んでるエリアも自分は岡村、あの子らは山手ということでまあそれなりに近いとは言ってもね電車で一駅分あるわけですからね。
そしてさらに自分の場合はバスで1本分まあそれでも電車で一駅分ぐらいはある。
そこまで来るとじゃあ休日に徒歩で歩いて会いに行けるかっていうと、んなわけないよねっていう距離だったりします。
なんで結局完全な他人なんですよね。でもまああの子たちのことはまあそれなりにその後のこととかもちょっと考えたりはする。
やっぱりあの子たちが息苦しいなって思うような社会っていうのは嫌だなっていうふうにはやっぱり思ったりはするんですよね。
だからそれって考えるとなんかすごく自分たちごとだなっていうふうに思ったんですよ。
「自分ごと」の限界と共感の難しさ
昔ね、ドラゴンクエストVIIの原作の方だったかな。
「人は誰かになれる」っていうキャッチコピーがあって、あれすごくね個人的にはモヤモヤしてたんですよ。
他人になれるわけないじゃん。実際自分ごとっていう言葉も自分もねなんかあんまりこの言葉好きじゃなかったんですよね。
まあ同じようにどう頑張っても自分ごとにできない領域ってたくさんある。
例えば男性の体である自分にとって女性の生理の痛みとかそういうのものは理解できないし。
まあこれはね、まあ同性でも理解できないことあるって聞きますしね。
それだけやっぱり理解できないものっていうのはある。
特定の職業の難しさについても自分は想像することしかできません。
まあある程度ねゲームで疑似体験できるものもあったりはしますが、それでも自分ごとにはできないっていうことだよねっていうふうにはすごく思います。
ただそれらもやっぱりある程度自分たちごとにはできるかななんていうふうに最近思うんです。
「自分たちごと」が創るより良い社会
自分としては困ってないんだけど、まあ隣接してる誰かが困るんだったらここはこうした方がいいのかなとかそういうふうな考えが連なることでなんとなくみんないろんな人が居心地がなんとなく良くなる世界になるんじゃないのかななんてね。
そういうようなことを意図して自分たちごとって言われていたのかななんていうのね。
ここ最近まあいろんな活動をしてて思った感じでこんな話をしてみました。
まとめと次回予告
というところで今日の話はこれくらいで終わりにしていきたいと思います。
明日金曜日、週替わりテーマAIについてですねお話ができればと思います。
ではでは。
04:49

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