はい、りょうたです。耳で旅する週末耳旅第108回です。 今日は上野公園を寛永寺の境内として歩いてみたので、その時の話をします。
はい、今週もユウコちゃんが来てくれているので、夫婦で喋っていきます。ユウコちゃんよろしくお願いします。 よろしくお願いします。
はい、ということでね、東京旅行3部作ですね。 空海ディズニーシーに続いて、最後がね、上野公園寛永寺。
というところでね、今日3本撮りでやってますけど、最後のね、上野公園ですね。
あの、我々の東京旅行の完結編ということで、もうちょっとね、喋っていきたいなと思うんですけど。
で、上野公園をね、歩いてきたんですよね。 聞いてくれている方、上野公園ってどんなイメージですかって聞くと、
もともとの俺もそうだったんだけど、多分美術館とか博物館が並ぶ大きな公園。
国立博物館とかね、国立西洋美術館、あと上野の森美術館とかね、他にも文化施設がいろいろあったりっていうのもあるし、
あとやっぱ動物園と忍ばず池とかのイメージも多いのかなと、自然が多い公園とか、東京の自然が多い公園みたいな感じでね、
思っていたんですけど、実はね、国立博物館の裏手あたりに寛永寺っていうお寺があるんですよね。
で、実はこの江戸時代っていうのは、上野公園の全域は寛永寺の境内だったんですよね。
で、上野公園ね、散歩されたことがある方はわかると思うんですけど、結構歴史的なものがちょこちょこちょこっといろんなところに残ってるんですよね、上野公園って。
で、これが実は寛永寺の時代の名残だったりっていうのが結構あって、
で、これはね、僕は今回上野公園を寛永寺の境内として歩いてみようということで歩いてきました。
で、寛永寺とはなんぞやっていうと、東永山、東の永山っていう山口になっていて、
京都から滋賀に比叡山縁落寺があるわけじゃない。
で、それをね、習ってできたお寺が寛永寺ですね。
山口は東永山。徳川家の母大寺になっていて、天会っていうね、お坊さんが改ざんしたお寺になってます。
ほんと江戸時代は関東最大級のお寺になっていて、幕末なんかだと母親戦争の一つの上野戦争の戦場になってしまっていて、
その時に結構がらんの多くが燃えちゃったりしてましたと。
あと明治維新後はね、徳川家のものだったということで、明治政府に経営を募集されて、その後公園として整備されるようになりましたと。
そんなね、当時のものが残っていて、あと幕末前後のいろんな歴史的なね、面白いものがあったりしたので、
そんなね、上野公園を歩いた時の話を今日はしていきます。
はい、ということで上野公園を散歩してきたんですけど、どんなルートで行ったかって言ったら、
東京の人は結構イメージ湧くと思うんですけど、一番南側、上野公園山下っていうところの方から歩き始めました。一番南側ですね。
そこをスタートに歩き始めて、北側の国立博物館の方に向けて歩くような形で今回歩いてます。
上野公園の一番南っていうのは、最初にね、西郷隆盛像があるんだよね。ここが散歩のスタート地点というか、歩き始めて。
ね、ゆうかちゃん西郷像初めて。
うん、初めて見ました。
犬連れてんだよね。
うん、連れてる。
なんか、大きいよね。
大きかった。
やっぱシンボリックだよね。ここから散歩始めるっていうのは。
なんかもっとみんな見てるのかと思ったけど、誰も見てなくて。
そうなんだよね。なんかちょっと右におれないといけないっていうのもあるのかもしれないけど、歩き、メインの通りから。
意外とそんな待ち合わせ場所とかに戻ってるわけでもなく。
そうだね、渋谷の八甲はね、今回いたらもう行列、写真。
だからさ、写真の行列できてた。
別に、外国人。
西郷像はね、意外とそんなでもなくみたいな。
っていうところからね、歩き始めていくと、次ね、将棋隊の墓があるんだよね、将棋隊師。
将棋隊っていうのは上野戦争でね、幕府軍側で戦った大臣になるんですけど、
その時に、亡くなった方のお墓ですね。
一応歴史の流れで言うと、この上野戦争が終わった後に、戦略が東北に流れていって、
私たちが今住んでる藍寿若松の鶴ヶ城の藍寿戦争とかに流れていくっていうのが流れになるんですけど、
まあそのね、将棋隊の墓があるので、幕末好きな方はね、ぜひ将棋隊の墓もね、解説版とかね、あったからね、そういうの読むといいかもしれないですね。
っていう感じで、さらに進んでいくと、今度ね、清水観音堂っていうね、お寺が見えてくるんですよね。
で、これ、清水って言ってるぐらいだから、これ京都のね、清水寺を模した、見立てた建物になっていて、
で、結構ね、この上野公園って、この京都を見立てたっていうのがたくさん出てくるのね。
東永山、遠慮寺に並って東永山って呼ぶのも、この京都を見立てて、ある種ギュッとしたような形の造りに、画欄配置にしていたみたいで、
清水観音堂っていうのも、この京都の清水寺を見立てた観音堂で、
だからね、お堂からね、この忍松一家の方が景色が広がるように見えたり、舞台作りになってるんだよね。
で、これはね、観音堂は江戸時代の初期の建物として、天界が建てたものとして、今も残ってるものですね。
結構良かったね。
なんかやっぱ、全然、将棋隊とか最後高森像は上野公園の中って感じだったけど、
観音堂はね、上がった瞬間、なんかちょっと別空間に来たなっていうような雰囲気があってね、結構良かったね。
お寺を感じられるというのがあればね。
金沢稲荷神社っていうのがね、左手の方に現れるんだよね。
この稲荷神社がね、急に現れるのよ。
あの稲荷神社だから赤い鳥居がね、たくさん連なってる景色が、
山道がね、現れるんだけど、
まあちょっと寄ってみようかと思って、
その山道降りていくと、鳥居くぐって降りていくと、
あの稲荷神社と御上天神社っていう、
こじんまりとしてるんだけど、すごい綺麗なね、神社が二つ並んでいてね。
まあそういったところに、そういう空間に出るんだよね。
で、なんかパワー感じたよね。
そう。
パワースポット的な。
うん。あそこに寄ったっていうのは、
まあ私が行きたいって言ったんだけど、
それがなぜかっていうと、
あの、こないだ焼肉屋さんに行ったでしょ。
地元でね。
そう、家の近所の。
焼肉屋さんに行って、
なんかこう、自分が座った席の隣に棚があって、
その棚にお稲荷さんの狐の人形っていうのかな、
お着物みたいなのが置いてあって、
お、お稲荷さんだと思って、
で、なんとなくこう印象に残ってて。
で、家に帰って、なんとなくインスタを開いたら、
まあなんか全然その焼肉屋とか全く関係ない、
なんかたまたま流れてきたリールに、
その焼肉屋さんにあった置物とほぼ同じ置物のなんか画像が出てきて、
え?って思って、こんなことあると思って、
なんかこれ、お稲荷さんっていうか稲荷神社あったら、
ちょっとお参りした方がいいのかなと思ってたの。
ああ、呼ばれてるかもって。
そうそう。で、上野公園に会社行ったら、
稲荷神社があって、で、
あ、今だって思って行きたいって言ったらよかったんだよね。
で、本当になんか綺麗に、綺麗っていうのはなんていうの、
丁寧に整備されて、ちゃんとお掃除されてるというか、
大事にされてるんだなっていうのがわかるね、
あの稲荷神社でね。
なんかお宮参りしてる人の家族もいて。
お宮参りしてる人だね。
こんな雰囲気もね、いいなって思ってたら、
なんかあの年配のね、男女2人、ご夫婦かなが歩いてきて、
穴稲荷行ったことある?って。
違うよ。
ああ、狐の寝蔵ねって言ったんだよね。
あ、なんか、狐の寝蔵ねって。
え、何、狐の寝蔵って思って。
昔行ったからいいやみたいな感じのこと言ってて、
狐の寝蔵ってなんだろうって言って、
この辺にあんのかなって言って、
ちょっと探そうと思ったら、穴稲荷っていう。
そうそう。
あの。
さらに奥の方になんかあったんだよね、稲荷神社みたいな。
この穴稲荷っていう、いかにも古そうな看板みたいなの立ってて、
えっと思って、覗いたら、なんか赤ちょうちんがね、たくさん並んでいて、
そのさらに左奥に、建物と石垣の間みたいなところに細い道ができてて、
そちらに穴稲荷って書いてあって、
えっと思って。
なんかちょっと洞窟の中みたいな。
そうそうそう。
俺って言ったらさ、え、みたいな。
うん。
なんかちょっと怖いくらいの。
そうそう。怖い雰囲気というかさ、すごい異空間さが漂ってる空間があって、
何ここと思ったら、これはもう創建当初からあるみたいなんだけど、
その天界がさ、簡易寺作るときに、
ま、あそこ開発するわけじゃん。
今の上野公園行った絵をさ、
そのときに狐が寝床押しなんだよね。
そのために、狐の寝蔵っていうか、穴を掘ってあげるんだよね。
掘ら穴を。
その掘ら穴が残ってるんだよね。
で、そこにちゃんと神様として稲荷神社というか、狐が祀られてるっていうような空間になっていて、
なんか、なんだろうな、ディープな雰囲気というか、
なんか、なんだろうな、すごい原始的な雰囲気を感じたよね。
そうだね。なんかその岩をくり抜いてみたいな感じ。
で、そこにいた精霊というか動物というかを祀るっていうかさ、
っていうだけなんだけど、
なんか、あいうのってなんか根源的な、
なんていうの、信仰の出発点というかさ、
なんか、祈ることとかさ、
祀ることの出発点みたいなものを感じる空間だったな。
で、なんか東京にこんな場所あるんだみたいなさ、
上野にこんな場所あるんだみたいなさ、というところがね。
で、なんか撮影禁止ってなってて、
本当にネットで見ても上がってないんだよね、写真とか。
あれ見るとね、やっぱ撮ろうと思わないもんね。
怖いよね。
写真撮ろうとは思わない。
なんか写ったら嫌だなとかさ。
でもそういう雰囲気でね、本当に。
私実際、多分ネットで検索したけど写真出てこなかったから。
そうだね。入り口のところはあるけど。
っていうのがあったんで、ちょっと探してみてください。
探せばすぐ見つかるんで。
花園稲荷神社入ってね、探せば大丈夫なんで。
これはね、だいぶ印象的だったな。
で、まだまだ続くんですけど、
で、これがようやく最後になるんですけど、
簡易寺から国立博物館の方に戻って、正面玄関の前も通り過ぎていくと、
左手に改ざん堂っていうのがあるんですよね。
改ざん堂っていうのは簡易寺を改ざんした次元大使こと天会と、
天会が尊敬していた自衛大使っていう両大使っていうのを祀ったお堂が最後に改ざん堂っていうのによって、
最後終わったっていうような感じですね。
他にもね、歴代将軍の御霊廟とか、もっとさらに博物館の裏手側にあったらしいんだけど、
ちょっと時間足りなかったね。2時間ぐらいを想定してたんだけど、
ちょっと急いでみても2時間じゃちょっと足りない。
広い。
広かったね。
当将軍も入れなかったし、歴代将軍の御霊廟にも行けなかったから、
いずれね、また上野に行くことあれば、泊まることあれば、ちょっと時間かけてみたいかなっていうところですね。
なので、上野公園を簡易寺の境内として歩いてみた感想だけど、いいね。
なんか見ごたえがあった。
見ごたえあるよ、これは。
いろんな時代のものが残ってるから、いろんな時代のこれはこういうことかみたいなこともたくさんあるし、
あと、なんかもうこれはパワースポットだなみたいな。
なんかこう圧倒的な雰囲気を、空気感を有してるところもあるし、仏像も見れるし、
だからいろんな方が行っても楽しいんじゃないかなって。
だし、今知ってる上野公園とは全然違って見えるんじゃないかなって。
結構やっぱそういうふうに歩いてるなって感じる人いなかった?他にも。
うん。
同じような感じで歴史散歩してるなみたいな。
俺、今までそういう人気づかなかったけどさ。
博物館とかやってる時に寄ってた上野公園ではそういう人がいるって存在に気づかなかったけど、
そうやって歩いてみると同じように歩いてる人結構いるなって。
なんか全然ちょっと話違うんだけどさ、なんか昔の軍人みたいな格好してた人。
いたいた。
あの人なんだった?
上野当勝区出て、上野公園の前通り過ぎようとしたら、
俺の前を昔の軍服、軍人みたいな人が上野公園の方に歩いて行って、
俺最初気づかなかったんだよね。
そう。
そうそう、目の前通ってたんだけど。
そしたらゆう子ちゃんが、あれ?見えてないの?って。
いや、私にだけ見えてるのかと思って、亡霊かなと思って。
軍人の亡霊が現れたみたいな。
違うよ、しかもあの人一人で軍人の格好して動物園に入ってたんだよね。
そうそう、動物園に入ってたんだよ。
怖いと思って。
なんなんだろうね、でも上野公園って軍服売ってるお店があれらしいから。
西立ってじゃない?あれなんか。
そういうコスプレなのか、オタクとかマニアミスなのかなと思ったけど。
でも荷物とかも何も持ってなかった?
持ってなかった、手ぶらでね、ほんと。
刑帽みたいなのをさせて。
ちょっとそうだね、ほんと戦時中のやつだね。
昭和の、大正から昭和ぐらいにかけての、軍服っていうか、
たぶんちょっと将校クラスとかが着そうな、もっとシュッとしたやつだね。
戦闘服っていうか。
ちょっと緑がかった。
義将兵とかまではいかないけど、将校とかが着てたんだろうなっていうようなフィンキューの服を着て、
俺の名前を通り過ぎて上野公園に入っていった人がいた。
やっぱいろんな人いるなって思った。東京は。
パフォーマーなのか何なのかよく分かんないけど。
ほんと一瞬、いろんな時代のものを見てきたからさ、
一瞬あれって、別の時代に来ちゃったかなみたいな。
タイムリープした。
タイムリープしたかなみたいな、フィンキューがあったけどね。
たぶんまだまだ歩けばあるんだよね。
マサオカ式が野球やってたような野球場とかしかあるんだよね。
いろんな時代のいろんなものが残ってるのが、上野公園のいいところだなって。
なので歴史好きはそうだし、仏教好き、仏像好きも楽しめるし、
やっぱ散歩にちょうどいいね。2時間ぐらい歩くのに。
いろいろ見てゆっくり歩くと2時間ぐらいかかるので、
そういうのでもいいのかなというふうには思ったかな。
やっぱ今回歩いて思ったのがさ、天界ってすごいなって。
天界って謎の人じゃん。
江戸時代初期に徳川三代に仕えてさ、
とうしょう具を作ったりさ、
実在な影響力を持った天伝宗の僧だけどさ、
明智光秀説もあると思うんだよね。
そうそう、伝説もあるさ。
なんかさ、本当に家康が一緒に祀られたいって言ったりさ、
あと海山堂って言ってさ、
関円寺の中に天界を祀ってるお寺があったりさ、
本当フィクサー的にさ、黒幕的にさ、語られることあるしさ、
光秀説みたいな陰謀論も出てくるけどさ、
なんかわかるよね。
天界何者なんだみたいな。
謎に包まれた。
謎に包まれた存在なんだよね。
今回さらに謎が深まったなみたいな印象がある。
何者なのっていう。
そんな天界は実は藍寿出身なんだよね。
そうなんだよね、これが信じられない人。
皆さん知ってるかどうかわからないけど、
これ天界は藍寿出身なんだって、
藍住里町っていうところがあるんだけど、
藍住里町がね、次元君っていうキャラクターを作って、
天界の出身地っていうことで一時期よくプロモーションしてたんだけど、
歴史好きな人に天界って藍寿出身なんですよって言ったら、
えっ?みたいな。
何言ってんの?みたいな。
勝手に起源を俺主張してるみたいな。
天界という人の起源を、
藍住なんですって藍住のものにしようとしてるみたいな。
俺らが嘘ついてるみたいな。
陰謀にハマってるみたいな。
私も昔仕事で、
新宿駅で福島県のプロモーションみたいなのを手伝いに行ったときに、
その藍住里町のブースがあって、
そこにもうデカデカと天界創生、誕生の地、
藍住里町みたいなこと書いてあるパネルを飾ってたんで、
そしたらなんか通りすがりの本当にビジネスマンみたいな人が、
わざわざこっち来て、
天界ってあの天界ですか?みたいな。
あっ、はいあの天界ですって言ったら、
えー?とか言って、
本当に?みたいな。
信じられないみたいな感じで去ってったのが、
もう本当に印象に残ってる。
それぐらいもう知られてる。
俺らもちょっと、本当にちょっと思ってるもんね、俺らは。
いや、私は本当だと思ってたけど。
あるんだよね、その天界が昔子供の時にデッチュボークをしてたお寺っていうのがね。
そうなんだよね、ちょっとそれ一回行かなきゃなって。
竜光寺っていうのが。
そうだね、一回竜光寺行かなきゃなと思ってね。
やっぱさ、日光当将軍の前にも銅像立ってるしさ。
でも天界自身はどこ出身だっていうのをあんまり言ってなかったようなこと聞いたことあるけど。
なんかさ、愛知出身でさ、天台集のトップクラスに入ってさ、
徳川家のナンバーツ三望になるってさ、
どういう老いたちなの?
どっちかならまだ分かるけどさ、
この両方が両立するってさ、
子供の頃から遠慮寺にいてさ、
そこで高僧になって、そっから徳川家に流れたのが分かるけどさ、
子供の頃は藍津の寺にいてみたいなさ、
確かにどういう流れなの?みたいな。
不思議だよ。
ところがやっぱみんな、
あとまあ、謎の人って言われてるのにさ。
光秀説があるぐらいさ。
でもそういうのも含めてね、
いいんだろうな。
展開ね。
そうだね。
でもほんとに、
いいね、上野。
今回俺、初めて上野に泊まったのね。
でもやっぱもうホテルは外国人しかいないな。
スタッフも宿泊者も。
やっぱ人間だね、上野公園のあたり。
網横とかも一体含めてだろうけど。
やっぱりアジア的な雰囲気があるもんね、上野ってね。
いや、ほんとに1000級とか居そうになったもんな、ホテルの中で。
日本語でいいのに。
これがこっちがお邪魔してるみたいな感じがあってね。
やっぱすごいよね、雑多な感じっていうかさ、今も。
だってさ、なんか普通に道歩いててさ、
なんか上から謎の水滴落ちてきても、
ほんとここは日本なのかなって思って。
いいね、上野そうだね。
アジアを感じられる。
いや、ほんと俺は上野好きなんだよね。
やっぱ網横とさ、網横の裏の稼働した?電車の下の。
ガードしたの?
ガードしたか。商店街って通りやんじゃん。
やっぱあそこアジアだよな。
日本ってアジアだったって思い出す。
やっぱなんかいろんなレイヤーがあんだな、上野公園。
だからまあやっぱ人気あんだろうなということをね、ちょっと再認識した。
1日だったな。
でね、上野公園散歩する前に、上野公園山下の辺りにルノアールがあるんだよね。
でそうそう、俺ら歩き始めたのが午後になっちゃったからなんだけど、それまで何してたのかっていうと、午前中ビリヤニ食べたいなと思ってて、
上野公園でビリヤニの美味しいところみたいなの探して、そこが11時オープンだったから、11時にビリヤニ食べてから歩き始めたんだよね。
で上野公園山下の方に移動して、ちょっとお手洗いきたいなみたいな感じになって。
晴れ休みも含めて、ちょっと一旦カフェ寄るかみたいなことで、
ドトールとかさ、ちょっと手頃のさ、ずっと入って2,300円でみたいなところがなくて、
ルノアールしかないなと思って。
俺ルノアール最近行ってないけど高いよなと思って。
ちょっとの休憩でお手洗いでちょっともったいないかなと思ったんだけど、
移動するのも大変だから、とりあえずルノアール入るかって入ったら、
コーヒーいっぱい900円で、あれ?って思って、ちょっと一回出ようかなぐらいに思ったんだよね。
あれ?900円なの?って思って、ちょっと出ようかなって思ったんだよね。
おしぼり持ってきてくれてさ、まあいいやと思って、コーヒー2つつって、
2,30分休憩してたけど、やるのは良かったね。
すごい心地よかった。
いや良かったな、ルノアールと思って。
久しぶり、これも15年ぶりぐらい、20年ぶりぐらいルノアール入ったけど、
静かだったね。
静かだった。都会のオアシスって感じだった。
この時間確かに30分で回復したなみたいな。
本当に。
体力が。
ビリヤニ食べすぎてさ、もう動けないかもって思ったけど、復活したルノアールで。
やっぱそういうことなんだね、あの価格は。
いや本当そうなんだよ。
おしぼりとお茶ももらって。
ルノアールって首都圏しかないからさ、東京来たなって。
そうや、本当そうなんだよ。
なんか15年前ルノアールに行ったのは、なんか出張で一人で東京行ってて、
で、時間空いたからちょっと喫茶店行こうと思ってね。
行ったのがルノアールだったんだけど、
その時に本当に平日の昼間で、お客さん結構年配の人が多くてさ、
近くに結構年配のおじいちゃん2人がコーヒー飲んでなんかこう喋ってて、
なんだかんだって喋ってる、聞こえてきたんだけど、
メディアリティらしいがどうのこうのって言ってたんだよね。
ビジネスっぽい。
いやでもおじいちゃんなのよ。
おじいちゃんね。
全然ビジネスマンとかじゃなくて、本当になんかもう定年して何年も経ってる、
80、70、80くらいのおじいちゃん2人がメディアリティらしいっていう言葉を使って喋ってて、
都会に来たって思ったその時。
あいつの喫茶店でそれはあり得ないからさ。
いや都会のおじいちゃんすごいって思った記憶がある。
ルノアールと言えばそれが思い出す。
俺もルノアール20年前くらいだな。
18の時上京してさ。
当時お父さんが東京住んでたの。
で何かの機会で日中会ったのよ。
日中会った時に、中野だったのかなちょっとどこか忘れちゃったけど、
ルノアール商業だったの。
俺上京したてだからさ、ルノアール行ったこともなければ知ってなかったからさ。
ルノアール入ってさ、当時タバコも吸えたからさ。
ほんとおじさんたちがさ、優雅にタバコ吸っててさ。
その印象だよね。
そうだよね。今回も一応喫煙エリアはあったけど、かなり縮小されて。
でもやっぱちゃんと時代に合わせながら需要がちゃんとあるんだな。
選択肢としてあるとやっぱ助かるよね。
ベローチとかドトールだけとかじゃなくてさ、スタバだけとかじゃなくて。
ちょっとワンランクへの空間っていう感じだね。
お金払えば静かで、みたいな空間が変えるみたいなさ。
こういう選択肢がやっぱ東京だなって。
てことで東京を旅行する人はルノアールに入ると東京を感じれるかもしれない。
あとHP回復します。
体力が回復するからね。
そうなんだよね。
そんなところかな。