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#90-3 【番外編】アメリカのデモクラシー-アメリカ史から読み解く共同体論③-(松崎さんによる報告会)
2026-05-12 59:40

#90-3 【番外編】アメリカのデモクラシー-アメリカ史から読み解く共同体論③-(松崎さんによる報告会)

本エピソードは友人の松崎さんによる「アメリカ史から読み解く共同体論」3回目の報告会の音声データです。
この報告会は奥会津・三島町という過疎地域から、アメリカ史を共同体論の視点で読み解く試みです。#90の本編と合わせてお楽しみください。


当日の資料
アメリカ史から読み解く共同体論


以下は、音声データの文字起こしを元にしたClaudeによる要約

■ 何の報告会か(テーマ)
今回は副題に「アメリカのデモクラシー」を掲げ、独立から半世紀を経た19世紀前半のアメリカ社会を、フランスの若き貴族トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』を軸に読み解く回です。前回の建国期に続き、建国の父たちが世を去った後の合衆国がどう変質していったかを確認します。

第二次米英戦争を経て製造業が発展し、白人成人男性への普通選挙権が普及したこの時代、第7代大統領ジャクソンの就任は共和主義的エリートから多数者を背景にした政治家への交代を象徴していました。トクヴィルは彼を「多数者の奴隷」と評し、デモクラシーが多数者の支配に堕する危険を見抜きます。
一方で彼が「アメリカ以上のもの」として見出したのは、タウンシップにおける自治の力でした。ただし平等化の先には、個人主義への閉じこもり、経済格差、社会への無関心、そして独裁への道も待ち受けています。それでも希望は、人々が日々他者と結びつき自治を担う営みにある――民主主義は日常の積み重ねの中で培われるという視点から、現代社会を見つめ直す回です。


🎧カバーアート
参考書籍の一部をAI加工したもの


耳で旅する週末-ミミタビ-
働くあなたの週末に、耳で楽しむ非日常のひとときをお届けします。毎週金曜日の18時更新、飲んだ帰りの電車の中で、ちょっとゆっくり過ごしたい土曜日の朝に、忙しい日常の合間に、耳から始まる物語を。

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感想

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まあ、というわけで、今回第3回目になるんですけれども、ちょっと話の枕のところで、今年の1月からこういったことを始めて、2月に2回目をやって、
で、3月にちょっと私、あの祖父が亡くなったんですね。 で、それが母方の祖父で、沖縄に住んでいる人で、僕はまあちょっとそれの知らせで、
最終的にちょっと隣住のところに立ち会って、お葬式に参加してきたんですけれども、
まあ、僕はその母が沖縄出身だったので、子供の頃から定期的に沖縄に行って、で、それでアメリカっていったものを基本的に目の当たりにしていった。
まあ、米軍基地みたいなものもそうですし、米軍のヘリだとか、そういったものを飛んでるので。
で、その沖縄のおじいさんなんですが、自分で結構本を書く人で、自分史みたいなものをこまめにまとめる人で、
で、それを僕は兄が沖縄で結婚式をあげたときに、その本を始めてもらって読んでみたら、
祖父がそもそも沖縄の出身ではなくて、テニアン島っていうサイパンの隣の島で生まれた南洋開拓民の2世だったんですね。
まあ、それは知らなかったんですけど。まあ、それもあって、ちなみにテニアン島っていうのは最終的にというか日本に縁が深いのだと、
原爆を投下した戦闘機が飛び立った島ですね。
っていうところなんですが、まあ、それで改めてこうちょっと3月はバタバタしていって、かつ、まあアメリカ的なものを改めてちょっと考える感じでもあったんですけども、
で、まあちょっとそれが引きずってたというか、なかなかちょっと勉強する気にもならなかったんですが、
最近ようやくちょっとやる気がを取り戻して、この4月の末の日にやれることになりました。
で、今日は3回目で、アメリカのデモクラシーっていったものを主題にやっていきたいと思います。
で、これちょっと前回の話を踏まえないと結構わかりづらい話ではあったんですが、
一応前回の2回目の話のちょっと復習みたいなことだと、前回はアメリカの本当に建国期の独立当初の時代を取り扱って、
その独立からアメリカの合衆国憲法を制定し、連邦政府を形成する人たちの話を取り上げていったんですけれども、
やっぱりあの時の時代ってすごくその当時の人々にとってもこれは特別な時代だっていう意識があったみたいで、ものすごく環境は厳しかったんですね。
イギリスから独立したって言っても輸出乳とかはほとんどイギリスに依存してるし、他のところに何かを輸出しようとするとイギリスが嫌がらせをしてくるしっていうのもあるし。
イギリスから独立したと思ってみれば国内の情報も全然定まってなくて、いや俺らはまだイギリス国王に忠誠を誓ってるっていう人はカナダの方行っちゃうしっていう感じで。
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しかも独立したのがアメリカで13州、東海岸の13州だったんですけど、この13州も合衆国憲法を制定はするんですけども、
もうその憲法制定の会議でずっと喧嘩ばっかりしてるということで、それぞれの州が結局一応一つの合意のもとに連邦政府っていうのを作るは作るんですけど、
みんな自分にとって価値のあるものにしたいというか、自分たちにとって意味のある政府、だから結局帰属先が州なんですよね。
自分たちの州が第一で、その州に役に立つんだったら連邦政府的なものの力をちょっと使わせてもらいたいみたいな。
で、大きな州もあれば小さな州もあって。で、結局妥協の産物として合衆国憲法が制定されるんですけど、参加した全員がこの憲法はもうダメだと。
みんな多様な意見と理由入れすぎて、こんな憲法は多分役に立たないだろうみたいな結論を出してしまうみたいなところもあって。
でも結果的にそうやって多様な意見でまとめられて、しかも新聞で市民の意見とかもどんどん反映していった合衆国憲法が、
世界で初めての成文憲法、文章で書かれた憲法っていうものになっていって、これが世界の憲法のスタンダードを作っていったっていう、そういう歴史があるわけなんですね。
で、今日お話しするのは、その憲国に関わった人たちがほとんども、そのアメリカ合衆国の社会の中からこうなくなっていって、
その後で、じゃあこの社会はどうなっていくのかっていうもので、そのアメリカを見たフランス出身の若い20代のトクビルという人が、当時のアメリカ社会をどういうふうに描いていったのかっていうお話をします。
一番の始めにのところなんですけれども、ちなみにトクビルっていう人の書いた、このアメリカの民主主義、アメリカのデモクラシーっていう本なんですけど、
この人ですね、この人、この若い20代の方です。これが元々のフランス貴族の人であって、この人が当時のアメリカを見てできたアメリカの民主主義っていう本は、アメリカの古典的名調に今でも数えられていて、
アメリカの独立期から、古典と呼ばれる時代のもので代表的な作品は、前回でも取り上げた、合衆国の憲法制定とかに関わっていた人たちが書いたものとして、
ハミルトンとかですね、そういった人たちが関わったThe Federalistっていう本があって、これとこのアメリカの民主主義、アメリカのデモクラシーっていうのが、2つのアメリカの成立期のすごく著名な本になっていて、
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大体のアメリカ大統領はこれらの本を参照して、合衆国の歴史を学ぶっていうのでありますし、アメリカのデモクラシーに関してはクリントンとかがすごく気に入っていた本とか、あとオバマとかもたびたび言及してた本なんですね。
それくらいインパクトのある本をフランス人の人が書いたっていうのが面白いところだっていうところでもあるんです。
ちょっと冒頭のところなんですけども、この若き20代のフランス人のトクビルがアメリカで何を見たかって言ったときに、私はアメリカにおいてアメリカ以上のものを見たと告白する。
私は民主主義の傾向、性格、偏見、情熱、つまるところ、民主主義そのものの真の姿をアメリカにおいて追求しているのであるということを書いていて、ここのところが多分一番有名なこの本のところで、
何回も何回も言及されたり参照されたりしてくるんですけども、じゃあそこで見たアメリカにおいてアメリカ以上のものって言ったものは何だったのかっていうのが、このトクビルの本を題材に考えていくべきことなんですけど、これがかなり何回といえば何回というか難しい話でもあるというとこなんですね。
で、その次の資格のところなんですけども、まず1826年7月4日の死と独立宣言50周年記念日っていう、この日は1776年の同じ日にアメリカはイギリスに対して独立宣言を宣告して、その50周年を祝う日だったんですけども、この日にそれこそ建国の父と呼ばれた第二代大統領のジョン・アダムス、
フェデラリスト連邦派の人だったんですけども、と第三代大統領トマス・ジェファーソン、リパブリカンで共和派の人だったんですけど、この二人がちょうど亡くなった日でもあるんですね。
ジェファーソンについては前回の方でもちょっと取り上げた人で、非常に当時のアメリカ人の気質とか思考を代弁するようなすごく有望な政治家の人だったんですけども、
こういった人たちがいなくなった、今度19世紀前半のアメリカ社会がまずどうだったのかっていう話し直します。
まず第二次米英戦争っていう、アメリカとイギリスがもう一回戦争するんですね。
あんまり知られてないっていうか有名ではないんですけども、これが大体3年間くらいあって、イギリスからの
経済的精神的独立を果たしたというふうに言われています。独立戦争の時って
確かに1700代後半のところでイギリスと戦争をして、最終的にアメリカ合衆国は独立13州を元に合衆国として独立するんですけど、
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まだまだイギリスとの関係っていうのは根深いものもありましたし、いつまた襲ってくるかもわからないような、そういう時代状況だったんですね。
たびたびイギリスはアメリカにちょっかいを出しますし、あとイギリスとフランスでナポレオンが対抗してくるような時代の時には、
かなり両国がヨーロッパのほうで争ってますので、その両国と一緒に貿易していたアメリカ戦とかをイギリスもフランスも略奪とかしてたりするんですね。
そういうこともあって、まだまだアメリカっていうのはイギリスフランスに比べると弱い国家だったんですけども、
それが今回この第二次米英戦争によって、ほとんどもうイギリスが手出しできなくなるくらいの、すごく明確な戦果というか、戦争の勝利だったというわけではないんですけれども、
でもこれ以降、たぶんイギリスはほぼアメリカの独立っていうものを実質的に承認せざるを得なくなったっていうのもあるし、
あとアメリカ自体がこの時までに結構工業とかがどんどん繁栄していったんですね。
それがちょっと2番目のポチのところで製造業の繁栄って書いたんですけど、アメリカっていうのは基本的にずっと農業国としてイギリスからの移民たちが入っていって、
そこで農業を基本的に行って、それで農産物、当時で言うとタバコですとか小麦ですとか、そういったものを主にイギリスとかに輸出して成り立っていた国だったんですけれども、
イギリスがたびたび嫌がらせをしてくるんで、だんだんイギリスに頼れなくなったところ、しかも第二次米英戦争も起きるんで、
ということになってくると、ほとんど今までメン製品とかの工業製品をイギリスからの輸入に頼っていたんですが、この頃になるともうアメリカの国内である程度製造業っていったものが発展していったっていうところだったんですね。
だから就業人口が127%増加っていうふうに先行研究のほうで書かれてあったんですけども、といったことが行われ、もう産業革命のちょっと予兆みたいなものが生まれ始めていたと。
これはつまりメン製品を工業的に作っていくっていうのが主なものになってくるんですけれども、そうしたことで、イギリスからの本当に輸入に頼らずとも、工業製品も自国でまかなえるようになってきたし、
もともと農産物は作ってた国なのでそこらも安定したっていうことで、そういった意味でもイギリスからの経済的とか精神的独立が非常に行われていったっていうところです。
あと1820年代から北部の白人成人男性の普通選挙権が普及していったっていうのがあるそうです。
で、これはかなりバラつきがあったというか、どこの州も統一的にこれが行われてたわけではなくて、先進的な州というか大きい州とかから特にこの普通選挙権が普及していったんですけれども、
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ただこれは本当に南部の方ではほぼ普及してなかったですし、当然その選挙権を持ってたのはあくまで白人の成人男性であって、
白人の女性も持たなかったし、黒人も当然持たなかったしっていうような、そういう形ではあったんです。
ただこれによってかなり、何て言うんでしょうかね、多くの人がアメリカの連邦政府というか、アメリカ社会の政治的な部分に関われるようになったっていうのは間違いないようなところだったんですね。
で、そこで一つの時代の象徴的な人物として、アンドリュー・ジャクソンという人が第7代大統領に就任します。
この人は南カロライナ州の奥地の賓館に生まれ育ち、西部フロンティアの軍人として第二次米英戦争に従軍。
さらにインディアンと呼ばれるネイティブアメリカンの人たちへの制服運動によって、かなり有名となって、政界に結局参加して最終的には第7代大統領に就任したっていう人なんですね。
これまでの第6代までの大統領っていうのは基本的に名望家とか資産家とか、あるいは自分できちんとプランテーション的な農地をちゃんと持っていて、
バックボーンがしっかりした人たちがほとんどだったんですね。しかもそれは大体においては大きな州、特に西洋側の方の、東海岸の方の方の州の出身の人たちっていう、特にニューイングランドとかのところと呼ばれる地域とかの人たちの政治家というか大統領が一般的だったんですけども、
これに対して結局ある程度その選挙権がいろいろ普及していったこともあるし、あとどんどんアメリカという国家は東海岸の方の独立13州から始まってだんだんと領土を拡大していって、西部劇に現れてくるような西側のところの地域とか、そういったところもどんどん領地として拡大していったので、
だんだんとこの政権運営がずっとこの北部の独立州によって担われてたことの不満とか、あとはそのいわゆる貴族はいないんですけども、大土地所有者であったり名望家資産家の人たちがずっとその政治の表舞台にいるっていうことへの不満とかもかなりあったみたいで、
そういった労働者層の不満であるとか、あるいは新たにアメリカの領地として加わった西部だったり南部だったり、そうしたところの領地の人たちの支持を得て、アンドリュー・ジャクソンが大統領に就任していったと。
これはやっぱりさっき触れた第二代大統領のジョン・アダムスであったりトマス・ジェファーソンだったり、そういった人たちとはバックボーンがかなり違う人たちがもう大統領として就任してるんで、かなりアメリカ社会自体が転換期にあったっていうふうに言えるかと思うんですね。
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ただし、このトクビルはこのアンドリュー・ジャクソンに関してはかなり辛口の評価をしていて、ちょっとここを引用した部分ではあるんですけれども、あの河川の部分だけを見上げると、彼を最高権力の地位に運んだものは地方文献的情熱であるっていう、これはつまり西部の開拓した新たな土地とかからの支持があったっていうことですし、
あと、彼がその地位において維持され、そして栄えているのはいつでも彼がこの情熱にへつらっているためである。ジャクソン将軍は多数者の奴隷であるっていうふうに言っていて、あのなんか非常に辛口の評価をしてるんですね。
で、ここの評価っていったものは、これまでのアメリカの政治文化とか精神文化とはかなりかけ離れた人間が大統領になっていったっていうのも一つの時代の転換としてあるんですね。
これまで政治になっていた大統領の人たちっていうのは、いろんな連邦派とか共和派とかの立場的な違いはあるんですけれども、もともとはかなり共和主義者というか共和国といったものを思考してた人物たちによって占められてたんですね。
で、共和国っていうのは今でもいわゆる民主国家と共和国家とそれぞれ実は微妙に違うんですけれども、共和国っていうのはそれぞれの人々のなんていうか公共的利益を行うために優れた人たちがある種自分たちを奉仕してというか自己犠牲によってその共和的な理念のために働いていくってことを良しとするような。
そういう統治的なあり方なんですね。だからある意味ではやはりそのエリート主義といえばエリート主義だし、でも逆に言うとやっぱり当時までにいろんな身分の差とかもあって、当然その教養のレベルとかも全く違うんですよ。
現代日本で考えるとなかなか想像できないんですけど、当然字が読めない人とかものすごくいたわけですし、文化も知らないし教養もないし、そういう人たちがいる中でそれでもこの人たち全てを導くためにはかなりこの有力なリーダーというか政治的指導者が必要なので、その人たちによって政治というのは担われるべきだっていう、こういう発想を持ってますね。
なので、ザ・フェデラリストとかも書いていた人たちにしてみると、民衆国家っていうのは決して評価されない国家で、その時に治愈されていたのは結局いろんな人が参加することによって何が正しいとか何がその共同の値にとって意味があるのかわからないけれども多数者の意見が全部まかり通ってしまって、ある種の修具政治に陥ってしまうというか。
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そういうことになることをものすごくアメリカの連邦政府を作った人たちっていうのは懸念していて、だからこそアメリカっていうのは上院と下院からなっていて、上院、下院の方は普通選挙で選ばれますけど、上院の方は州の代表じゃないと選挙権を持てないとか、そういった縛りがあって。
これはそのイギリスの方の貴族院と庶民院を習ってのものになってるんですけれども、やはりその政治的指導者っていうのはある程度の強要であるとか、そういったものをわきまえてる人じゃないとなれないということでなってたんですね。
それがこのジャクソン大統領の就任によってかなり反転していった。そういった意味ではこの時代っていうのはとてもアメリカという国家が変わっていった時代でもあるというふうになるんですね。
この時のその多数者の奴隷であるっていう言い方が、この後もずっとこのトクビルがアメリカのデモクラシティっていう民主政治を語る上で、その民主政治の弊害というか懸念される点として取り上げている点でもあります。
ここではちょっと2番のところに行きまして、トクビルの人がどういう人だったのかっていう年風のところを紹介してるんですけども、2ページのところで。
トクビルは普通に優秀たらしきというか、フランスの貴族の人間であって、県知事とかを務めた人物がお父さんとしていて、しかも母方の方は本当にかなり王に近い形の貴族の人たちで、ものすごいつまりエリート家系の一人なんですね。
この人が1805年に出生して、パリ大学で法学を学ぶと、そのまま本当にエリートコースですよね、確実に。
1827年、ベルサイユの臨時ハンジに就任ということで、基本的には彼は法学を学んでこういうハンジに就くとか、そういった法畑の人だったんですけれども、
ただ、トクビル自身はどっちかというと歴史とか、そういったものの方が好きな人だったみたいで、一つの理由として、当時の法学っていったものが、
法学って元々かなり人文系としてはいろんな分野にまたがるような学問だったんですけれども、このトクビルが生まれたフランスの状況っていうのは、もうすでにフランス革命が行われた後の時代で、いろんな民衆がどんどん権力を持っていった時代なんですけれども、
でも、ナポレオンが今度、それで失脚していって、一回王政の緩め落としが起こるんですね。ブルボン家がもう一回台頭してきて、王政を基本的に強いていくっていう時代もあって、そういうこともあって、かなりこの王政の時代の時には、
学ぶ内容、法学として学ぶ内容は、かなり限定されていたというか、成文法しか学べることができなかったみたいなことがあるみたいで、だからこそ、トクビルからすると物足りないところがかなりあったっていうところがあるみたいです。
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あと、トクビルの家系が貴族的だっていう話はしたんですけど、このトクビルの家系はフランス革命によってものすごく影響を受けたところで、かなり王のほうの近い政権のところにもいたっていうのも理由だったんですけれども、
本当に父親とか両親は、もう少しすると処刑される寸前だったっていうような人物で、ただその当時のロベス・ピエールだったと思うんですけれども、政治家が失脚することによって何とか処刑を免れたみたいな形で、だからトクビルの家柄っていうのはゴリゴリの王政派で、フランス革命に超否定的な家系なんですね。
フランス革命によって、わからない民衆たちが集まってきて、それによって自分たちの身分も追われるような危険性があったわけですし、というわけで、もうフランス革命っていうのはなかったことにして、やっぱりこの貴族による統治が望ましいと思われていた、そういう家系だったと。
そういったことで、実際トクビル自身はそのあたりに関してはすごく複雑な心理を持っていたみたいなんですけれども、それであんまり臨時反時の職も興味を持てなかったというか、あんまり自分としては良くなかったと思っていたみたいで、
最終的には、当時の方の王権に懇願を出して、自分の私費でアメリカに滞在するようになったんですね。9ヶ月くらいの滞在だったと思うんですけれども、彼がこの自発的にちょっとアメリカという社会を見ていきたいっていう。
で、これはやっぱりフランスではフランス革命後に、結局民衆の第三身分が台頭してきて、共和制が成立するかと思ったら、それも結局ナポレオンとかが台頭してきて、また皇帝みたいな帝国主義みたいなものが出てきますし、さらにそれも倒れて今度王政が復活してくるという、ものすごい政治がどんどん混乱していくような時だったので、
それに対してアメリカっていうのは一応共和政府というか、アメリカの共和国連邦が成立して、ある程度の独立を保って政権を維持しているっていう、これに関してすごく興味があったみたいですね。
なので、実際にアメリカに行って、そこの現地でアメリカ社会を見てきたかったということになります。
で、トクビルはその後、このアメリカで見たことを元に1835年にアメリカの民主政治、アメリカのデモクラシーっていうのを出版するんですけれども、
彼がただ基本的にこのアメリカの民主政治を書いたのはフランス語だったので、大体の読者はフランス人を対象にしてたんですね。
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で、特に自分の家族によく読んでほしかったというか、自分のその貴族である家族たちが今後そのアメリカという国家を元に、
民主政治みたいなものが台頭してくるとどうなるのかっていったことをきちんと学んでほしかったっていうのがあるみたいです。
で、この後トクビルはボローニュの大儀式にも当選していって、非常にその政治活動も行っていくというか、政治家としても長年勤めていったっていうところがあって、
最終的にはルイ・ナポレオン内閣の外相にも就任してますので、かなり政府の中枢にいた人物っていうふうにもなってます。
で、アメリカに関してはアメリカの民主政治っていう本を書いたんですけど、その後アンシアン・レジームと革命っていう、これは特にフランス革命を中心に取り扱った本で、
今度はヨーロッパを主題にしてフランスであるとかドイツであるとかイギリスもだったかなっていったものの比較したある種の政治体制に関する本だったんですけども、
そういったものも書いてます。で、特ビルは本当にそういった意味で多くの活動をされた人でもありますし、さっきも言ったようにこのアメリカの民主政治っていうのはアメリカの国家の本当に最古典として、
現代でも繰り返し読まれ続けている本になっています。で、それに関してこの役者の人がこの特ビルの評価をどういうふうにしてたのかっていうのが次の引用なんですけど、
彼の民主主義の根本的理念としての地位の平等にしても、フランス革命の本質的理念にしても、これらの事実は全て太古以来の一貫した持続的事実であるというのが彼の一つの独創的哲学理論である。
そして彼のこの事実の理解方式があらゆる学問に深く影響を与えているのである。
フランス革命は過去との断絶を意味するものであるというのが当時の、そして現代さえもの一般の普通の見解であったが、
彼はこの考え方に一種の革命をもとられし、太古以来のもの、ことに旧制度以来のもの、旧制度から持続しているものとみたっていうふうに言ってるんですね。
特ビルは、この特ビル研究者のウノさんという方も書いてるんですけど、平等と不平等っていったものが今後このあらゆる国家で進展していく一つの基本理念になっていくっていったものを
アメリカ社会を見た後で展開していくんですけれども、非常にこの、僕もこの本を読んでいて、特ビルに対して思ったのが、
彼はやっぱりその、もうあるいろんな制約を乗り越えて一つの思想を結実させた人物であるっていうふうに読んでて思いましたね。
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僕はの第1回目の時に、アメリカ氏の研究状況みたいなところを踏まえた時に、基本的に歴史学っていうのはその歴史学が持っている国家の制約であったり、
それを学んだ国家の制約とか、その後、歴史家自身が持っているこの認識論的なものとかも含めて、すごく制約がある学問だっていうふうな話をしたんですけれども、
特ビルは自分が貴族出身なんですけど、その貴族の主演をもたらすようなこの民主主義っていったものが今後展開されていくっていうことで、
ある意味この自分という観点から離れた上で自分の思想を展開することができているっていうのも一つありますし、
かつそれが一つの現代状況から見た結論というだけではなくて、それが過去からの一つの流れとして現代まで到達し、
さらにそれが未来に向かって進んでいく一つの理念だっていうふうにそういう話を進めているんですね。
これは多分我々の現代社会においてもある程度納得できるところの点で、当然全ての差別とかがなくなったわけではないですし、
現在社会の全ての人類が平等であるっていう話ではないんですけれども、しかし少しずつ確実に平等になってきているっていうことは多分言えると思うんですね。
そういった意味で、この今後続くすべての時代の流れの一つの理念を彼は導くことができたという意味で、
自分の時代、自分がいる今この現世の世界から抜け出すような思考法を持つことができたっていう意味で、
やはりかなり得意な人物だったというか、一つのやはり大きな思想家であったと言えると思うんです。
そういう人物が書いている本で、アメリカのこのデモクラシーって今、約本になっていると全3巻本みたいな感じになっているんですけど、
1冊500ページくらいあって、しかもそれがすごくアメリカのことの政治状況とか、
あと今後の民主主義のことだとか、すごくいろいろくれていて、これ読むの結構大変なんですけど、
それを読んだ上で、やっぱりこの本は確かに一つの中国憲法じゃないですけど、スタンダードをもたらした本であるっていうふうには本当に読んでて思いました。
彼がアメリカ境の中でどこにその意義を思い出したかっていうと、
次の資格のところで書いてるんですけど、アメリカのタウンシップにおける自治っていったものをすごく評価していて、
次の引用のところで、アメリカでは共同体、過去コミューンが軍以前に、
軍は州以前に、州は連邦以前にそれぞれ組織されているっていうことを書いていて、
つまりある意味歴史の皮肉でもあるんですけども、
アメリカ社会の規定にあるのはこのコミューンと呼ばれている共同体が基本にあって、
30:03
それが少しずつ拡大していった形態として連邦政府が成立していってるんだっていう、
つまり人々の基盤といったものはこの共同体、コミューンの方にあるのであって、
連邦の方にあるわけではないっていう話をしてるんですね。
これはある意味、第2代大統領とか第3代大統領からすると、
必死に中央集権を目指して働いていた政治家たちからすると皮肉かもしれないんですけれども、
結局この段階においてアメリカっていうのは統一国家、国民国家としての共同体という枠にはほとんどなっていなかったっていう風な観察結果を
トクビルはもたらしていると。
そうではなくて、かなり小さい共同体の種類。
この当時のコミューンっていうのは英語で言うとタウンシップっていう話らしいんですけど、
これが2,000〜3,000人の共同体を指すと。
トクビルがアメリカの政治体制の規定に見出したのが、
このタウンシップにおける人々の自治体制だったっていうことなんですね。
これってつまりオークワイズの一つの町村くらいの単位ですよ、言ってしまえば。
これくらいの単位のものが機能してるからこそ、
アメリカ社会っていったものは実は共和国家というか共和政府として成り立っていたっていうのが彼の見解なんです。
そこの状況を書いていた文があって、
結構長くなっちゃうんですが、
僕は当時のアメリカの様子がわかったので引用として書いたんですけど、
アメリカの土の上に諸君が降り立つやいなや、
諸君は一種の混雷、同体、同様の真っ只中にある自分を見つけることであろう。
そこでは四方八方からワーという騒音が沸き起こっている。
諸君の耳には同時に無数の声が聞こえてくる。
それらの声の一つ一つは何らかの社会的要求を表している。
諸君の周囲ではあらゆるものが動いている。
こちらではある地区の人々が協会を立てるべきか、討議するために集会している。
あちらでは人々は代表者の選択のために活動している。
向こうの方ではある軍の大議員たちがみんなでいくらかの地区的な改良策を告げるために急いで街に向かっている。
別のところには道または学校の計画を討議するために自分たちの畑からやってきたある村の農民たちが集っている。
いくらかの市民たちは政府の方針に反対を宣言する唯一の目的で集会を催している。
他の市民たちは当局者が祖国の父たちであることを宣言するために集合している。
また他の市民たちは酒酔いを国家の外役の重たる源と見なして禁酒の実例を示すために大阪に制約しようとして集まる協会をつくっている。
とにかくここで書かれてあることは彼らの共同体の中での自治の作業なんですね。
あらゆるものを自分たちで考えて自分たちで形作っていくっていうこのすごく力強い姿勢。
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これにすごいトクビルは感動するわけです。
結局彼らのひとりびとりが共同体の一部を構成していて、
共同体を統同しようとして払う苦労に値するだけの自由な強力な団結を
共同体のうちに見出しているからであるというふうに結論しているんですけれども、
こうなってくるとトクビルがさっき言ったいわゆる共和主義の発想とも違ってくるんですね。
共和主義にとってみると民衆っていうのはそんなに当てにはならない存在であって、
彼らの自治能力とかをほとんど認めてないので、
だから強要のある人物たちが彼らを指導しなくてはいけないっていうこういう発想を持っていたんですけれども、
トクビルにとってみると、いや彼らは別にそういうものを必要としていないと。
彼らは彼らで自分たちで共同体を形作りそれを維持するための活動を日々行っていると。
それこそがこの市民生活の元になっていて、それが民主主義の最大の可能性なんだっていうような発想をしているんですね。
だからトクビルによってその当時までに民主主義っていうのは基本的に否定的な政治体制というか否定すべき考え方であったところがあったんですけれども、
トクビルによってこの民主主義、デモクラシーっていうものがものすごくその共同体を維持するための一つの政治機構であり、
あるいは政治思想としての有効性を初めて見出していったって言えるくらいの功績を持っていたんですね。
これは我々の現代社会でもそうですし、特にアメリカなんていうのはものすごく民主主義っていうのを標榜する国家でもあるので、
すごくこのトクビルの古典に頼ってアメリカの国家が形成されていったっていうことが後の社会からでも言えるかと思うんですけれども、
その中でやっぱりそのトクビルの発想っていったもの、このアメリカのデモクラシーっていう本が一つの思想的ですし、あるいは歴史的転換の本になっていったっていうことは言えるかと思います。
ただ、この時にトクビルが見出していた民主主義の可能性っていうのは、あくまで自治に関する協力体制のことを指して民主主義の可能性を展望していったのであって、
民主主義による多数者の支配っていったものはすごく否定的な考えを持ってるんですね。
だから民主主義はトクビルにとっては多数者の支配ではないと、そうではないところに民主主義の可能性があるんだけれども、
でも民主主義はその思想的なとか制度的な基盤には常にこの多数者の支配っていうこの問題も隠されているっていうことを思想として展開していきます。
で、それがちょっと次のところからの話になるんですけれども、多数者の先生という恐怖っていうところで挙げたんですが、
36:03
アメリカ連邦である人またはある党派が不正に苦しんでいるとき、一体それを誰に訴えたら良いのであろうか。
世論に対してであろうか。多数者を作り出すものは世論であって、これではダメであるっていうようなことも言っていて、
結局そうなってきて、民主主義といったものが普及していったその先で何が起きるのかっていったときに、
すごくその多数派っていったものが権力を持っていくっていうのは確かにあり得るっていうことを言ってるんですね。
で、それゆえにその多数者の権力っていったものがどのような不公平なまたは不条理な処置が諸君に対して取られるのしよう、
諸君はそれに服従しなければならないのであるっていう、こういう否定的な見解もしています。
で、結構ここで特に宇野さんの本なんかで挙げられてるんですけども、
民主主義の前提として、つまり人々は平等でないと民主主義っていう体制は成り立たないはずなんですね。
だってこれが例えば貴族主義であったり、身分差っていうことを認めてしまうと、
この身分を持ってる人が政治的には正しく導けるっていう共和制の考え方であるとか、貴族制の考え方と変わらなくなってしまうので、
そういった意味で民主主義っていうのは基本的には平等を前提として成り立つ体制なんですけども、
じゃあ本当にこれが例えば平等っていった観念を押し進めていったときに、
あの人も平等、この人も平等ってなってくると、じゃあ誰の意見も採用できなくなるはずなんですね。
つまりこの人が正しいとか、あの人が正しいっていう、そういうことの根本的裏付けがなくなるわけですよ。
全ての人が平等である以上、そこで発想されているものっていうのは常に50-50であって、何も選べるはずがないんですね。
で、そうなったときに、じゃあ人々がどういうことを支持していくかのかっていったときに、
一人一人の人間は50-50であるからこそ、じゃあこの多数者、集まった人間の意見を決めるというか、
それが有力な見解として支持されるっていうことになっていくんですね。
つまりそうなってくると不思議な話というか、まあ考えるとそうなんですけど、
平等を標榜してなっているにもかかわらず、最終的に多数者の方が上になっていくっていう、
こういうものが理念として考えられてしまうので、そういった民主主義の問題っていうのが常にあるというところなんですね。
で、これに対しては、さっきも言ったように、
ザ・フェデラリストとかを書いたハミルトンとかの、いわゆる独立期の建国の父と呼ばれている人たちは、
ものすごくこの多数者の支配っていったものには否定的であって、
ハミルトンのところで引用すると、共和国の自由を転覆するに至った連中の大多数のものは、
その政治的経歴を人民へのこびへつらいから始めているっていうようなことを言っていて、
すなわち先導者たることから始まり、先制者として終わっているのであるというふうに書いてあります。
39:07
で、この多数者に従わなければいけないっていうことは、ものすごくトクビリンにとっても否定的な見解であって、
だからこそ前のページのところで、ジャクソン大統領の評価として、
彼のことを多数者の奴隷っていうふうに言ってるんですけども、
それは民主政治としてはむしろ欠陥であるという、そういうような見解を示してるんですね。
で、やっぱりその多数者の利益っていったものは公共の利益ではないっていう、
これが多分重要なところで、多数者の利益ってなってしまっていると、
今度じゃあ多数者に入れない人たちはすべて切り捨てていいのかっていう反対にもなってしまいますし、
で、実はその共和主義を望む建国の父とかにとってみると、やはり目指すべきは公共の利益。
公共っていうのはつまり誰でもっていう基本的な意味合いになってくるので、
その公共の利益であって多数者の利益ではないというところで。
これはやはり理念としては多数者の利益を望んでしまうと、
結果的にはどんどん多数者に加われない人たちを切り捨てていって、
その多数者そのものが存続できなくなってくるようなところにもなってくるんですね。
なぜかというと結局いろんな属性を当てはめていくと、
多数者じゃない人の方が多くなってしまうというか、
例えば人種的なものもそうですし、
今のアメリカ社会においてももう白人の男性女性っていうのは人種的な割合でいうと少数派というか、
今でいうと確かメキシコ系のヒスパニック系の人の方が人口的には増えてますので、
そういったもので多数者の支配っていうのはそういうのを突き進めてしまうと、
最終的にすべて細分化されていって独裁しか生まないような状況にもなりかねないものになってしまうんですね。
こういったところで、民主主義っていったものが特備理にとってみるとどんどん普及されていく中で、
どういう弊害とどういう可能性があるのかっていうのが特備理のやはり素晴らしい論点のところで、
彼は単純にそのデモクラシーっていったものを支持したとかではなくて、
デモクラシーは一つの時代状況というか、一つの理念としての流れみたいなものであって、
それはいや往々なく進んでいくんですけど、その中でそこから人々が利益として挙げられるものと不利益を被るものが
どういったもので挙げられるのかっていったものをすごく考察していくんですね。
ただ、やはり問題としてはたくさんあって、次のところで3ページの下のところになるんですけども、
地位の平等化とデモクラシーの対等に伴う新たな社会問題というところで、
42:04
さっきもちょっと言わせていただいたんですけども、
誰もが同じ地位の社会ってことは、人々はだんだんと全員が同じっていう立場だからこそ、
誰でもない私を求めるようになるというような見解を示すんですね。
これはちょっと我々の現代においてもちょっと通じるものがあるような発想でもあると思うんですけど、
実はそうなってくると、平等化の末に進んでいくのはかえってある種の個人主義であるというふうになっていて、
そうなると、自らの小社会に閉じこもり、誰の世話にもなってないという意識がなされ、
大社会の圧勢を放任するような利己主義が生まれると、
つまり、自分たちが良ければそれでいいということになっていくということなんですね。
誰もが同じ社会っていうこと自体はかなり現実的にはありえないんですけども、
人々がそういうふうに自分を認識するとか、そういうふうに思うっていうことは当然あり得て、
そういう認識形態を持った人間がどういう発想になっていくのか、どういう行動を取っていくのかっていうところに、
自らの小社会に閉じこもりっていうところは多分にあると思うんですよね。
それは非常に現代日本の状況も多分似たようなところもあって、
つまり非常に例えば投票するパーセンテージが低いとかね、
そういうことも引きになれになるかもしれないんですけども、
基本的に自己という関心から逃れられなくなる。
人々が平等であるからこそ、最終的に平等の中で誰でもない私っていうのを求めるようになるし、
それによって自分にしか向き合わなくなり、自分を取り巻く社会に関しては目を向けなくなると。
そうすると社会の中でどのような不正があったり、
あるいは実はその社会の行動によって自分も多分影響を受けているはずなんですけれども、
その社会そのものの変革には向かっていかないというふうになってくる。
これが一つの課題。
2つ目として富への欲望っていったものが非常にどんどん増やしていくだろうっていうことも特備では言ってます。
それは経済関係のみが人間関係の規定となるっていうような話で、
つまり、ここの引用文に挙げるんですけど、
市民たちがすべて互いに独立的であり、そして無関心で冷淡であるときには、
金が支払われなければ各人の協力は得られない。
そのために富の使用が限りなく増えるのであり、
そして富の値打ちも増加するのであるというふうに言ってます。
結構すごく僕は納得する話なんですけど、
富から生まれる差別は他のすべての差別の水滅と減少とに比例して増えていくっていう、
つまり今度、人間関係が平等で、
その身分の立場からは誰も誰に対して命令は言えないわけですよ。
人を動かすことはできないわけで、原理的には。
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じゃあそのときにどうやってこの人々を動かすかっていう、
その人々の間の中にあるのは何かっていったときに、
経済関係しかなくなってくると。
これは非常にトクビルが当時のアメリカ社会を見た中でも、
すごく自分の観察によってそういうものをよく見たっていうような発想なんですね。
アメリカ社会において、結局その経済的なものがすごく優先されていくような
人間関係が形成されていると、
そういうふうにトクビルは見出していたっていうところなんです。
そうなってくると、結局地位が平等っていう前提があるのかもしれないんですけども、
経済格差はどんどんどんどん広がっていって、
実は経済的には全く平等ではない社会が生まれてしまうっていう、
これは民主主義の一つの結末として起こり得るっていうことをトクビルは言っている。
これはすごく同時代の人物でいうと、
トクビルはマルクスと同時代の人間なんですけども、
マルクスはイギリス社会を見た上で、
このトクビルと同じような発想を持っていて、
結局当時のイギリスのところでは、
ものすごく最低賃金以下のお金で、
人々が、労働者が工場とかで酷使されていって、
それによって止めるものと貧しくなるものっていうのがものすごく極端に分化されていったっていう、
そういう社会をマルクスは目の当たりにしていて、
だからこそ共産党宣言であるとか、
階級さっていったものをものすごく注目して思想を展開していったんですけども、
トクビルにとってみれば、やっぱりそれは民主主義の一つの結果として、
この富の関係というか経済関係っていったものが、
ものすごく人間関係のスタンダードになってしまうっていう、
そういうことは述べています。
で、もう一つ課題として挙げているところで、
これはトクビルがたくさん挙げている課題の中の一つではあるんですけども、
独裁者を望む民衆と社会への無関心という根本問題が生じると、
結構なんか僕は読んでいて辛辣だなと思いましたし、
共感するところもあったんですけど、
自分を自分で導く習性を全く諦めている人々が、
これらの人々を統同すべき人々を選ぶことに成功しているとは、
とても考えられないことであると。
自らの代表者たちと自らとにあえて、
うんざりしている人民は、
より一層自由な諸制度を作るであろうが、
まもなく唯一の、唯一人の、
ただ一人の主人の足元にひれつくことに、
再びなってしまうであろうということを言っています。
つまり、民主主義的なもので平等化が進んでいって、
その先に結局、個人個人が個人主義に染まっていくような社会になったときに、
結局、自分でその社会を変革するだとか、
その社会の状態を良くしていくという発想を、
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人々は持たなくなってくるわけですよね。
そうした発想を持たない人々が、
じゃあ政治家とかを選べるのかといったときに、
選べるわけがないというような、
そういう話にもなってくるんですけれども、
その政治家を選ばない代わりに、
かえって独裁者を望むような感じになっていくと。
つまり、人々は自分の個人的なものに関しては関心を持つんですけれども、
社会に対しては関心を持たなくなる。
むしろ社会のことに対しては、
積極的に参加もしたくなくなると、
あとは好き勝手にしてくれという風になってくると、
結局その耳に聞こえの良い独裁的な人物が選ばれていくという、
そういう発想ですね。
これはまさにこの18世紀から19世紀が終わって、
20世紀にはたくさんの独裁者が生まれていったわけなんですけれども、
民主主義国家であったはずのところから独裁者がたくさん生まれているので、
やはりトクビルのこの指摘というのも、
全く戸外れなものではないということだと思うんですね。
そうした中で、決してこの民主主義といったものが、
トクビルによってある程度時代の数勢として対等していき、
さらに今後の世界を決めていく、
一つの思想的運動であり、政治体制でもあるというようなことは言えるかと思うんですけれども、
トクビルはそれ自体に関してはものすごく賛否両論の立場というか、
すごく冷静に民主主義の数勢を考えていて、
これだけの弊害も起こり得るということを見出しているわけなんですね。
ただ、それでもやっぱりトクビルが一つ民主主義の利点として挙げていったのが、
さっきの自治の話なんです。
つまり人々が自分自身の力によって、
自分たちの共同体を形作ろうとする限りにおいて、
そのことにおいて民主主義は評価できるという点もありますし、
このことによって、つまり政治といったものは、
一部の少数のエリートであったり貴族であったり、
そういったものではなくて、
人々が担わなければいけない一つの課題、
社会的な課題や命題として捉えられて、
それに人々が参加することによって生まれてくる力といったものは、
ものすごく大きなものであると。
それは共和主義的な社会とか貴族主義的な社会が持たない力であるというような言い方もしていて、
だからこそ、ここのところでちょっと、
特備でのところで、
結論というか、僕がすごくいいなと思ったのが、
それ故に我々は未来については心を挫折させて無気力にする、
この種の軟弱な無意無能な恐怖ではなく、
健全な懸念を持つべきであるという、
すごく僕は真っ当だなと思ったんですけれども、
そういったことを言っています。
さっき関家さんもお話しされていて、
51:01
花の栽培においても非常に不透明な時代になっていって、
今までの洗礼が通用しなくなると、
でもその代わりに人々が知恵を出して、
自分たちでこの産業をどうにかしてやっていく、
自衛としてやっていくということの中で生まれてくる創意工夫は、
希望しかないというような、
そういうことも確かにあると思うんですよね。
だからこそ、人々が参画して、
そこのところに政治的責任を自ら担っていく、
このことにおいて見知りっていったものは、
意義のある思想なんですけれども、
逆にそこに無関心といったものが蔓延されていって、
社会やこの大きな自分以外の事柄に関して、
興味を持たなくなった社会では、
最終的には独裁に陥ったり、
貧富の格差がものすごく広がっていったり、
あるいは自分自身の中に閉じこもるしかしないような、
人間たちが生まれてくるっていう、
そういうことの懸念ですね。
で、ちょっと3番のところになるんですが、
最後はこの宇野さんが、
2020年に民主主義とは何かっていうのを書いていて、
この人はそのトクビルのことも引き寄せながら、
そもそも民主主義っていったものの可能性であるとか、
成り立ちみたいなものっていったものを、
解説している本になるんですけれども、
結構やっぱり、別に宇野さんも民主主義のことを、
常に指示してるとかではなくて、
自分が所属する集団をどこにも見つけられない人々にとって、
代議制は疑問以外の何者でもありませんっていう、
つまり、さっき言ったみたいに民主主義が、
もし多数者の支配に終始してしまうのであれば、
もう多数者になれない置き去りにされる人々っていうのに、
不満が必ず生まれてくるので、
そういった中で社会は絶対安定することはないし、
常にその不満の目によって、むしろ混乱をきたらすと、
そういうところがあるっていうのは、
本当にその通りだと思うんですね。
今、民主主義の世界の中では、
基本的に選挙でもっても、
代議制の民主主義っていったものをとっていて、
自分たちが選んだ政治家によって、
自分たちの社会の運営が担われてるっていう風なことになってるんですけれども、
でもそこにはすごく疑問があって、
確かに僕も自分が選挙で投票した人物が採用されることはほぼないので、
僕もそういった意味だと、
別にこの政権を自分の政権だとはなかなか認められないところもあるんですけれども、
そういう部分の多数者になれない人々たちをどうしていくのかっていうのは、
現代社会の課題でもありますね。
で、宇野さんも言ってる通りに、
民主主義の本質は市民が自ら問題解決にあたることで、
当事者意識を持つことにありますと、
自分たちの手で支えているからこそ、
国や自治体に愛着があき、
それに貢献する意欲も生まれるのです。
54:00
このような愛着や意欲もなしに営まれるものは、
民主主義とは呼べないっていうのが、
特ビルの信念でしたというふうに言ってます。
僕はこの辺りは非常にオクアイズの今後を考える上でも、
現代社会を考える上でも納得するようなところであって、
結局そういった中で、
じゃあこの民主主義で孤立化している人々が、
どうやったらお互いの共同体意識を持てるのかとか、
他者に結びつくのかっていう話をする中で、
宇野さんが言ってることを一つとして、
日常生活において人が他者と結びつき、
他者と共に何事かを実現するための訓練の場が必要ですっていうことを言ってます。
これも僕はすごく納得するところで、
急に我々は何かしらの共同体を築けるわけでもないし、
この過疎に陥ったところで、
人々が急にたくさん集まって、
古代イギリシャのような直接民主主義をできるとは、
僕はとても思えないんですね。
でも逆に言うと、じゃあ何で彼らがそういうことができたのかとか、
このアメリカの18世紀の前半の社会において、
何で人々がこれまで自治、このタウンシップという2、3000人の空間において、
ある程度の自治体制を営めたのかっていうと、
やはりこれは日々彼らが活動してたからですよね。
他の人と活動して、他の人と協力する体制っていったものを、
訓練というか、ある種の日常生活の延長として持っていたからこそ、
この自治体制ができたというふうに思われます。
そういった意味で、こういったことは一朝一夕には行われることではないし、
逆にやらない限り培われる技術でもないと思うんですね。
そういった意味で、この訓練の場が必要ですっていったことは、
非常によく分かる話だなと思います。
特ビルがアメリカに行ったアメリカ以上のもとを見たっていったときに、
一つこの民主主義、デモクラシーの推進っていったものとかを見ていったんですけれども、
宇野さんの解説によると、非常にこの古代ギリシャの面影を見たっていうようなことも言っていて、
古代ギリシャって、民主主義が当時の、今のアテネにおいてすごく営まれてきたんですけれども、
当時のギリシャっていうのはポリスって呼ばれている小さな共同体がいろんな各地にできていて、
そのポリスの中で人々が自治体制を営んでいたんですね。
これはアメリカのタウンシップと同じような形のものがあって、
ギリシャの民主主義ってものすごく過劣で、全員が投票して、全員が政治家となって、
常に全ての物事を全員が集まって決めていくっていう。
なので、ギリシャのアテネのアクロポリスとかの丘のところに全員が集まって、
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投票を普通に挙手制とかでやっていて、それを数える人とかがいてっていう感じらしかったんですけども、
そういうことをただ200年も続けていたっていう。
これ自体、民主主義がアメリカのところでは新しい政治体制ではあったんですけれども、
少なくとも古代ギリシャにおいては200年近くも機能し続けた政治体制でもなっているというところだったんですね。
結局これができてたのは、このアテネの人々がこの制度に深い愛着を抱き、
その維持に努めてきたからだっていうような、そういうことで終わってます。
なので、この当時のアメリカが持っていた一つの価値を、もちろんトクビルはフランスの読者に向けて書いているので、
かなり大げさに言っているところもあるし、戦略的に言っているところもあるんですけれども、
このトクビルが見出したアメリカ社会のこの自治体制、デモクラシーの体制っていったものは、
これが最終的にというか、今現代のアメリカの原点みたいなものになっているんですね。
だからアメリカの民主主義っていったものが損なわれたり問われたりするときに、
常に参照されていくのが、このトクビルのアメリカのデモクラシーっていう本なんです。
だから歴代大統領がずっと読んでいるし、これの本を参照して、
常にこの現人体の彼らの政治体制がどうなっているのかっていうのを見極めるような、そういう本になっています。
だからこそこの18世紀前半のアメリカ社会をモデルにしたこの本っていうのは、
現代の我々にとっても重要ですし、この体制がどうなったのかっていったものを歴史的に学んでいくっていうことが面白いところでもあります。
しかもこの後、アメリカは南北戦争を迎えますので、この統治体制がつまり破綻するわけですよ。
ということになると、この自治として目指していたアメリカのタウンシップの体制が、
トクビルからすると非常に大きなものとして、時代の数勢として現れていたんですが、
これが今度、19世紀の中盤にそれぞれの内戦という形で、アメリカ国民同士が殺し合うということを迎えていると。
これはなぜなのかっていったものがやっぱり次に問われなければいけない点でもありますので、
次回はこれで僕は南北戦争をテーマにしたいと思っています。
というところで一通り今回、第3回目のアメリカのデモクラシーってお話をさせていただきました。
というわけで一旦切りたいと思います。
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