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#90-2 【番外編】フェデラリストとリパブリカン-アメリカ史から読み解く共同体論②-(松崎さんによる報告会)
2026-05-11 1:35:02

#90-2 【番外編】フェデラリストとリパブリカン-アメリカ史から読み解く共同体論②-(松崎さんによる報告会)

本エピソードは友人の松崎さんによる「アメリカ史から読み解く共同体論」2回目の報告会の音声データです。
この報告会は奥会津・三島町という過疎地域から、アメリカ史を共同体論の視点で読み解く試みです。#90の本編と合わせてお楽しみください。
※1時間26分以降は質疑応答からの切り抜きです。


当日の資料
アメリカ史から読み解く共同体論


以下は、音声データの文字起こしを元にしたClaudeによる要約

■ 何の報告会か(テーマ)
今回は副題に「フェデラリストとリパブリカン」を掲げ、アメリカ建国期(独立戦争後〜建国初期)に焦点を当てた回です。
前回が「日本の中でアメリカ史を学ぶことの意味」を中心に据えていたのに対し、今回はアメリカ合衆国という共同体が「どう形成されていったか」を、建国の父たちの政策論争を軸に読み解きます。
共同体論の基本軸(中央集権と独裁防止のバランス、各州の独立性と連邦の統合)が、アメリカという若い国家の成り立ちの中でどのように現れたかを確認する回です。

建国期のアメリカは、各州がバラバラに作られた共同体を、いかに「合衆国」としてまとめるかという難題に直面していました。中央集権を強めなければ州レベルで処理できない問題に対応できないが、強めすぎれば独裁になる──このバランスをめぐる葛藤が、フェデラリストとリパブリカンの対立として現れました。
そしてこの「物事を決めるためには権力が必要だが、権力は暴走する」という共同体の根本的な難しさは、トランプ政権下の現代アメリカ、ナチス・ドイツ、戦時中の日本にも通じる、人類普遍の課題です。
何かを決めるためには権力が必要だが、それが強くなりすぎると共同体を作った意味そのものが失われてしまう──合衆国の成り立ちから、この共同体の根本的な難しさを具体的に見ていく回として締めくくられます。


🎧カバーアート
参考書籍の一部をAI加工したもの


耳で旅する週末-ミミタビ-
働くあなたの週末に、耳で楽しむ非日常のひとときをお届けします。毎週金曜日の18時更新、飲んだ帰りの電車の中で、ちょっとゆっくり過ごしたい土曜日の朝に、忙しい日常の合間に、耳から始まる物語を。

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では、本日2026年2月22日、アメリカ史から読み解く共同体論の②ということで、今回は副題にフェデラリストとリパブリカンというものをつけました。
で、先月までやったのは本当にどちらかというと、日本の中でアメリカ史を学ぶっていうことがどういう意味を持つのかっていうことを中心に話していたんですけど、
今回は本当にアメリカ史の特に建国期と呼ばれる初期の状態のところから共同体っていったものがどういうふうに形成されていったのかっていうお話を見ていきたいと思っています。
ちなみにこの内容っていうのは結構いつでもなんかどうもしっかりしたトピックみたいで、これは今回参考にもしたんですけど、
アメリカ革命っていう上村さんって東大を卒業して、僕の1個上なんですよ、今。すごい。だから長谷部さんと同い年の方なんですけど、ものすごいたぶんブイブイ言わせてる感じで。
もう新書書いてますし、あと今関西学院大学かどこかの準教授か何かされてるんですけど、東大出て、東大の大学院行ったのかな。
で、基本的に西洋史でどうも三権分立とか憲法とかの研究されてる人が今回そのアメリカ史に関しても本を書いてるっていう。
で、このアメリカ革命っていうのが独立戦争からアメリカの憲法制定までを描いたやつなんですけど、すごくこれ新しい本なんですけど、とても面白いですし、
もうこの人が結構指摘してることが、今まで言われてた従来のやつをすぐに新しい知見で、今までこう言われてたんですけど実はこうでしたみたいなことも紹介しているので、
未だにこのアメリカの独立革命の時期っていうのは研究テーマとして大変大きいトピックで、多くの研究がなされてる大事なところなんですね。
でもそれってアメリカっていう国をとってみても多分単純にやっぱりそれは納得できるところがあって、今でもアメリカって非常に憲法が大きい国なんですよね。
それが憲法に適してるかどうかっていうところで、最高裁というか連邦裁判所でも判例を出すっていうようなことで。
逆に言うと、アメリカっていったものが非常に人工的に作られていった国家でもあるので、ヨーロッパ、イギリスから独立戦争を起こして各国の移民の人たちも含めて一つの共同体としてまとまろうとしていった国家なんですけども、
その国家の礎、つまりなんでこの人たちがアメリカ国民と言えるのかっていうその定義であるとか条件であるとか、そういったものが基本的にはアメリカの憲法といったものに集約されてるんですね。
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アメリカ憲法っていうのは大変世界史的に重要な憲法で、世界初の成分憲法、つまり書かれた憲法として成立したというふうに言われてます。
で、それが一つの全ての憲法のある意味スタンダードを作ってるっていうところもあって、当然日本の明治憲法とかもこのアメリカの憲法を参考にして、必ずしもこの連邦性を取ってるわけではないんですけども、それにしたってフランス革命とかにもやっぱり影響を与えるようなところとかもあったりして、どっちにしてもこの今の世界のスタンダードの一つになってるんですね。
で、それがどういうふうな形で作られていったのかっていうのを見ると、大変非常に面白いなと思うところが多々あるところがあります。
で、ちょっと今回お渡しした資料が3の両面ズリのところで、基本的にこれに沿ってちょっとこのお話をしていきたいなと思います。
で、一番のところ、まずはじめにっていうところなんですけども、1ページで。
建国の父たちっていう、ファウンディングファーザーズっていうふうな呼ばれる人たちが、いわゆるアメリカの独立戦争の時の指揮をとっていたワシントンであったりとか、それこそちょっと今日触れるトマス・ジェファーソンとかアレクサンダー・ハミルトンとか、こうした非常にアメリカ建国期の英雄たちのことを最初にちょっと紹介したいなと思ったんですけど、
ただ、この観点自体は今のアメリカ史の研究者にとってみると、ちょっと批判されているポイントでもあるんですね。
つまり、建国の父たちって言った時に、なんで男性のしか出てこないんだっていうのがまず1点挙げられると思いますし、しかもこうアメリカ合衆国を作ったのは本当にこの建国の父たちだけだったのかっていうような問われ方もしているわけなんです。
当然、いろんな独立革命をやる上でも、女性の参加もそうですし、そもそもそこまで独立戦争を起こせるくらいの財政的基盤が各州どういうふうに整えられていたかっていうと、黒人奴隷とかの存在もいるわけで、そういった中で今この建国の父たちっていう表現はあまり歓迎されない表現だそうです。
建国の人々とか、そういう言い方に言い直されているようなところがあるらしいですね。
今回はある種の通例として、とりあえず建国の父たちっていうふうには書いたんですけども、これ自体がやっぱり今問われている中身になっている。
でも逆にそれくらい、アメリカにとっての歴史の解釈っていうのは、現代社会においても重要なところなので、何回も何回も問われるような形になっているっていうところですね。
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一応、アメリカ人らしく最初に英語の文章を引用してみました。
ちょっと読み上げることはしないんですけれども、一応この英文の下に僕が適当につけた日本語の和訳をつけたんですけど、これはベンジャミン・ラッシュさんっていう、特にアメリカの精神医学の父って呼ばれてる人なんですけれども、
実際にお医者さんで独立戦争にも従軍された方なんですね。
その人が書いていることなんですけれども、日本語訳の方で話すと、アメリカ革命とさっきの独立戦争を混同することほどよくあることはない。独立戦争は終結した。
しかし、アメリカ革命はそれとはほど遠い。反対に偉大なるドラマの第一幕が閉幕したに過ぎない。これは独立戦争が終わったってことですね。
で、我々の新たな生態を創設し完成させること、さらにその後に備えて、我らの市民に原理、モラル、マナーを身につけさせることが未だ残されているっていう言い方をしていて、
アメリカの独立戦争とアメリカ革命は本質的に違うんだっていうお話をされてるんですね。
当然なんですけど、独立戦争っていうのは、その後パリでの講和条約によってイギリスとアメリカの新しい独立国家が条約を結ぶことによって一応終結したということが言えるんですけども、
じゃあアメリカ革命っていうのはどこまで続くんだとか、いつまでどうなる状態になったらそもそもアメリカ革命というものができたと言えるのかっていうのはとても難しい課題だったりするんですね。
で、それはそもそもこのアメリカ革命の意義っていうのが、イギリスからの植民地であったところから独立して新しい国家を形成するっていうことになるんですけども、
その国家を形成するっていうこと自体が非常にいろんな法律とか憲法とかの制定も含めて難しい問題ですし、
さらにその新しくできた形作った政治共同体に参加する人々の定義をどういうふうにすればいいのとかとか、
その参加する人々にどういう権力を与えてその政府の統治とかにおけるのかとかね、そういった諸種の問題があるわけなんですよ。
だからここでベンジャミン・ラッシュが言ってることに、我らの市民に原理、モラル、マナーを身につけさせることっていうふうに書いてあるんですけども、
それはこの新しくできた生態にその当時の人々がそもそも馴染むことができるのかっていったことも大きな課題だったわけなんです。
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これはもともとイギリスという王権制、イギリスの国王がいて、その国王の下に貴族院であるとか、あとは庶民院だとか、
そういったものが作られた形成から完全に変更して、そういった共同体ではなくて、アメリカ国民の選挙による合衆国大統領を選んで、
さらにそこから上院、下院の議員を選び、さらに連邦裁判所を作りというようなことだったりして、
非常にあらゆるものを変えていかなくてはいけなかったということの苦労がとても大きかったんですね。
しかもそれって簡単に歴史的に一直線に進んでいったかっていうと全然そんなことはなくて、
こうやって独立戦争を起こしてアメリカ革命とかをやろうとしても、アメリカのその旧植民地の場所に全然いまだにイギリス国王に忠誠を誓う人がいっぱいいるんですよ。
そういう人たちは、そもそもアメリカ革命みたいなものに反対して、いろんな憲法の制定とかにも反対しますし、
あと単純にもうそこからだんだん迫害っていうか逃げていってカナダの方とかに行ったりしたりまして、
簡単にコロッとある日突然全てが変わったとかではないんですよね。
だからそういったことをどういうふうに共同体として形成できるのかっていったものはアメリカの中でも大きな課題だったっていうふうに言えると思います。
今回そのいわゆる建国の父たちと呼ばれる中でも2人の人物を取り上げたいと思います。
1人目がトマス・ジェファーソン。この人はバージニア州出身で農園経営者。非常に浮遊なというか、その当時のアメリカの大陸のところにおいて大変有望な名士の家柄みたいな感じなんですね。
弁護士でもあったと。アメリカの合衆国ができたときの初代国務長官。
最終的にはこの第三代大統領を務める人です。
ジェファーソンの人の説明として、ジェファーソンは哲学者にして政治家、貴族主義者にして民主主義者、世界市民的アメリカ人であったというように不可解な矛盾の連続っていうふうに書かれてたりするんですけども、
なかなか一様にはいかない。ジェファーソンってこういう人ですっていうことが言えないくらいいろんな活動をして、かついろんな能力を持っていた人でもあったっていうところなんですね。
このあたりの説明に関しては、基本的にこのアカシさんの先行研究のトマス・ジェファーソンと自由の帝国の理念っていうところを参照して書いてます。
もう一人紹介するのが、このトマス・ジェファーソンとの最大の政治的なライバルだったと言われる人で、アレクサンダー・ハミルトンっていう人なんですね。
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この人は逆にこの非常にバージニアの名望家であったジェファーソンと違って、西インド諸島、カリブ海のところにある島なんですけれども、そこのところのネビス出身で、
どうも父親がアイドランド系だったかな、イギリスのどこかのところ出身とかで仕事でこっちに来てたみたいな感じらしいんですけれども、
そのところで結局私政治みたいな形で生まれた人で、その後非常に貧しいような生まれなんですけれども、かなり詳細もあって、かつ学問のなんかすごいひらめきとかもあって、
最終的にいろんな協力を得ながらニューヨーク州の現コロンビア大学で学ぶに至ったと。この人の経歴がすごくて、22歳の時にはワシントンの副官として独立戦争に参加してるんですね。
で、合衆国憲法の起草者というふうな形にもなっています。合衆国憲法の父って言われるのはマディソンというちょっと別の人になるんですけれども、この人も合衆国憲法の制定に大きな力を及ぼした人物です。
で、ハミルトンは初代財務長官で、このフェデラリストであり、商業の交流に尽力した人物です。ここでちょっと対比的に書いているのが、ジェファーソンはリパブリカンという共和派の人で、それに対してハミルトンはフェデラリストって言われる連邦派であったっていうところなんですね。
で、アメリカの当初、最初の建国の時って、このリパブリカンであることとフェデラリストっていう政治的諸派の違いとか考え方の違いっていうのが、その共同体を作る上で大きな違いとして現れてくるっていう。
かなり思想が、根本的にとまでは言わないんですけども、かなり違っていて、お互いに思想が異なるから、もちろん政策も異なっていくと。一方が一方をやっぱり反論してやっていく中で、アメリカ政治が培われていくっていうようなところがあるので、この違いが非常に大きいところとしてありました。
で、ちょっと独立戦争の話をするととても長くなってしまうので、いきなりもう革命後のアメリカ社会まで飛んでしまうんですけども、2番のところで危機の時代っていう風になってるんですが、アメリカがイギリスとの独立戦争を果たして、アメリカが圧州国として、国家としてやっていくっていう風になるんですけど、いきなりその危機を迎えるんですね、国家としての。
というのも、今の経済大国であるアメリカっていう認識は本当に現代的な観点で、当時のアメリカってもう弱小国もいいところっていうところで、この弱小国で、最初はアメリカ大国の東海岸の方の13州がようやくまとまって、仮初めのアメリカ圧州国ってものを作ってくるんですけど、
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同じ大陸の中に、当然まだイギリスも独立戦争終わったとはいえ、カナダにね、軍をいたりしますし、そもそもアメリカ大陸のほとんどの土地がスペインの領土だったりフランスの領土だったりっていう状況下なので、もうさらに当時インディアンと呼ばれているネイティブアメリカの人たちともずっと紛争をっていうか、戦争を繰り返している状況だというところなので、
かなりこうアメリカっていうのは弱い、とても弱い国家としてまず形成されていったと。で、最初のところなんですけど、莫大な戦費っていうところで、独立戦争をやっているときに全然お金が足りないので、戦時交際っていう、まあ要するに借金なんですけど、をすごいするんですよ、アメリカは。
で、この戦時交際がもうそもそも莫大にありすぎて、これどうやって返済すればいいんだっていう状況だったりするんですね。もうだから国家として黒字であるところが完全な赤字から始まってるんですよ。で、その赤字の国家をどうやってこう、もう経済的にも盛り立てていくのかっていうところで、しかもこれは外国にもお金を借りてますし、
プラス当時のアメリカ革命に賛成した市民の人たちもこの戦時交際を買ってくれたりもしてるし、で、かつそういった中で実際にこう戦争に参加した兵隊となった人たちにも今度この戦争の報酬をちゃんと渡さなければいけないというところで、もう最初から借金まみれのすごい大変な財政の中でスタートしてるというところなんですね。
で、そうしたものもあって、こう各州が独立戦争終わった後で、州にもよるんですけど、いきなりすごい課税をするんですよ。あの、まあ州によって規模は違うんですけども、この独立戦争で荒廃してる中で、でもお金がないから、結局そのそこに住んでる人たちに税金をものすごく取ろうとするというところがあるんですね。
で、それに対する反発もすごく大きくなってしまって、2番目で大役軍人シェイズの反乱っていうのを書いたんですけども、これはまあ1786年に起きて、結構長くやってた反乱でもあるみたいなんですけども、これはまあ大役軍人のシェイズって人が中心になってるんですけども、実際そこに賛同していった人っていうのは、この戦時復興に対する住家税への農民反乱みたいなところがかなりあるんですね。
で、まあそういった反乱が起こるくらい、そもそも経済的にも不安定だし、さらにそこに税金を貸そうとして大変な思いもするしっていうようなところなんです。
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で、ちょっとさっきと繰り返しになってましたけど、イギリス軍はカナダにまだいるし、スペインはルイジアナとフロリダを植民地支配してるしというようなところで、こう軍事的にも経済的にもかなり難しいところからスタートしてるっていうところなんですね。
で、ちょっと2ページのところに行くんですけれども、しかもこうやってイギリスから独立したにもかかわらず、イギリスに独立した中ですごいいろんな嫌がらせを受けるんですよ。
もともとは植民地の一つとしてずっとそのイギリス本国とかとの貿易をやってるんですけれども、この貿易に対してイギリスからの制限というか圧力とかが加えられたりもしていて、それでこう、そうするとどうやってこうアメリカのものを輸出してお金を手に入れればいいんだっていうようなところがあったりして、しかも未だにこのイギリスからも大量にものを輸入してるっていう状況なんですね。
で、ちょっとジェファーソンが書いてる資料の中で、合衆国の外国との通商における特権と制約に関する報告っていうのが1793年に出されてるんですけれども、これがちょっと今出した中でイギリス、フランス、スペインの輸入額、輸出額をちょっと書いたやつなんですけれども、これ見ると、今2ページの上のところなんですが、
イギリスの輸入額ってフランスとかスペインとかを足しても合わないくらい輸入してるんですよ。もうそれ以上に倍くらいのものを輸入してる。しかも輸出になってくると、もうフランスとスペインとそもそも桁が違うっていうくらいの輸出をしてるっていうところで、なんか変な話なんですけど、独立したの?って言えるような、全然独立してないじゃないかって言えるような状況だったりすんですね。
もう完全に輸出乳をイギリスに依存していて、この状況の中でやっていくしかないみたいなところになってたりするんです。ただ、これに対して共和派、さっき言ったジェファーソンみたいな人たちのようなリパブリカンの人たちっていうのは結構楽観的なところも持っていて、確かにイギリスにこの輸出乳を依存してるんですけども、
アメリカはイギリスにとっての必需品を輸出しているっていうのも、当時のアメリカがイギリスに輸出しているものっていうのは小麦であるとか米であるとかの、あとタバコもそうなんですけど、基本的にこの農産物なんですよ。
で、それは非常に人間の生活と密接に関わっている生活必需品になってくるので、非常にイギリスも実はアメリカをそんなに無視できないでしょっていうような観点をアメリカは持ってたんですね。
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で、かつ、イギリスから輸入してるっていうのは免製品であるとか、他のものとか、どちらかというと写真品っていうか、あんまり生活必需品ではないものを輸入していたっていうようなことがあったみたいです。
で、こういうこともあったので、共和派としては、いや、別にアメリカは最終的に農業国家としてスタートしているので、農業的に自立できるから、実はイギリスとの貿易とかもそんなに関係ないんだっていうようなね、そういう主張もしてたりするんですけども、
ただ、これはフェデラリストであったハミルトンっていう人は全然こういう楽観主義には賛同してないんです。
というのも、ちょっと後でも触れるんですけれども、当時アメリカができたばかりのアメリカ合衆国で、しかも借金まみれの国であると、こうなってくると、これ以上もそもそもアメリカって借金できるのかっていうような問題とかもあったりして、
借金できない国家って、そもそも財政的に運営できるのっていうような、そういうこととかもあったりして、そもそもこの辺は観点がかなり違うんですね。
そういうこともあって、後でも触れますけど、ハミルトンはこの農業大国であるアメリカだけではなくて、非常に商業についても力を入れてはいかなければいけないっていう発想の持ち主だったりもします。
でも、いずれにしろこういうふうな形で莫大な戦時交際があったり、あるいはこの農民氾濫がところでどころで起きたりとか、しかも軍事的にもこうやって他国がすぐ我々の領土のそばにいるっていうような状況で、各州のレベルだともう処理できないでしょうと。
これはもう連合規約っていったものを改正して、もっと強い中央政府を作っていかなくてはいけないんじゃないかっていうようなところがかなりあったんですね。
で、これは独立戦争をした時って基本的に各州ごとに戦うみたいなところがあって、もちろん大陸会議っていったものが開催されていたので、各州で土地とのやり取りはあったんですけども、
基本的に州建制、各州のやり方がそのまま採用されるという形で、他の州は別の州には口出しできないっていうような、そういう状況だったりもして、でも実際問題はもう州のレベルを超えてあるわけで、
こういった問題に対応するためにはもう中央政府をきちんと確立しなくてはいけないっていう、こういう発想になってくる。
で、これはリパブリカンであろうとフェデラリストだろうと同じような考えを持っていた。その強い、もっと強い中央州県の政府が必要だという認識は一致してたんですね。
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ただ当然そのやり方はかなり違っていたっていうところもあるんですけども、で、このところで3番のハミルトンの政治改革っていうところに行くんですけども、
ハミルトンっていう人は、ジェームズマディソンっていう第4代大統領と、あとジョン・ジェイっていうニューヨーク州の憲法起草者と一緒に、
パブリウスっていうペンネームを使って、ザ・フェデラリストっていうものを新聞に連載を開始するんですね。
1987年から88年までっていうことみたいなんですけども、この時に当時の合衆国市民に対して、新聞の投稿でこの強い中央政府の創設が必要であるっていうことを論文というか投稿して説得にかかっていくっていうところなんです。
で、結構ハミルトンっていう人はちょっと変わった人でもあって、この人は基本的にニューヨーク州の代表として憲法制定会議とかにも出席してるんですけども、結構難しいのが、
合衆国憲法を作るときって、独立戦争の真っ只中にその合衆国憲法を作る会議が開かれるんですね。
で、各州の中で呼ばれていって、その代表になる人たちが機密保持の意味合いもあって、すごい狭い閉ざされた空間で何ヶ月も議論して合衆国憲法っていったものを作っていくんですけども、これが全然まとまらないんですよ。
何ヶ月もかかってるっていうからそうなんですけど、しかもハミルトンなんかはニューヨーク州、当時大きい州っていうとジェファーソンがいたバージニア州、あとこのハミルトンがいたニューヨーク州、あとペンシルバニアとかそのあたりがかなり大きい州だったんですけども、
その州の代表として、3人の代表でハミルトンは合衆国憲法の制定会議に出席するんですけど、ハミルトンは強い連合政府を作るために合衆国の憲法を制定するにも推進の立場だったんですけど、他の2人は反対の立場だったんですね、そのニューヨーク州の代表の3人のうち。
だからニューヨーク州の中でもいかにも意見まとまってないところで、この合衆国憲法を作ろうとするっていうところで、ハミルトンなんかはその中でもう自分が不利な立場だっていうのがわかってるので、ある日突然6時間くらいずっとね、いかに憲法が大事かっていうか必要かみたいな話をばーっと他の人たちに6時間くらい延々と話したそうです。
で、しかもその時にモデルにしたのが完全にイギリスの国家モデルで、ハミルトンってどっちかっていうとイギリス主義だったんですよ。で、イギリスからこう独立戦争をやってる中でイギリスがどんなに素晴らしい政体かみたいな話をして、合衆国憲法がだから必要なんだみたいな話をするんですけど、これは全然採用されなくて、で、この人はその途中で怒って帰っちゃうんですけど。
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で、ただその政定会議の時に途中で怒って帰っちゃうんですけど、最終的にはしれっと戻ってきて、一応憲法の賛成案に署名してたりもして、ちょっと変わってる人ではあるんです。
ただこのハミルトンって人は多分生まれの影響もあるのかわからないんですけど、決してあの富裕な人ではないし、土地を持っている人でもないし、農園とかを経営してるわけでもないしっていうことで、非常に商業的なものとかには敏感な人だったんですね。で、そういうことも含めて、あのちょっとこのいわゆるリパブリカンの人たちとは違う発想を持っていたというところもあります。
で、合衆国憲法に関しては、ザ・フェデラリストっていうものの、翻訳をされている方が解説もしてるんですけども、その中の方が言ってるのが、諸外国の例を含め、本書以外の憲法コメンタリーはすべて学者の書斎で書かれ、法理論を整然と展開しているのに比べ、本書は矛盾と繰り返しを含み論争的である。
それだけに、人間の愛憎、利害特質感覚の機微に触れ、その認識の上に市民政府のあるべき姿を当時の最大の政治局次して論じている。それだけに人間的であり万人に説得的であるっていう言い方をしていて、合衆国憲法って本当に難しいのがあって、各州の代表の人たちがその議論とかもして、
かつ、ザ・フェデラリストみたいな形で市民にも呼びかける形で、いろんな意見を募っていくんですけども、そもそもこの憲法制定会議に参加した人たちって、この憲法が一応形としてまとまって署名した上で、ほぼ全員が批判的というか、出席した全員が、この憲法は多分ダメだろうっていうような予測を持ってたらしいんです。
というのも、結局、いろんな人の意見を聞きすぎて、まとまりがないし、なんかよくわからないし、いろんな解釈ができてしまうようなモドンとして出来上がってしまったので、これはもうみんな失敗だろうと思ったらしいです。
でも、他の国の政治の体制を作るときに、どちらかというと、この当時の政治権力を持っている人が大きな力を果たして、一つの憲法のようなものを作っていくものと全く違って、アメリカ合衆国っていうのは本当にいろんな人間が関わって、いろんな意見が取り入れられて、かつそれぞれが喧嘩して批判し合いながら出来上がったものなので、
これが今の世界のスタンダードになっていったということなんですね。だから、当時の参加者は決して満足は全くしてないんですけど、でも今の時代からすると、やはり一つ非常に有望な憲法として出来上がっていったっていう、このところが非常に歴史の産物でもありますし、
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多分この当時のアメリカ社会の状況でなかったら、この憲法っていうのを作るのは難しかったと思われるくらい、やっぱり大きな意味を果たしたものでもあるというところなんですね。
で、アミルトンにとってみて、当時の中央政府をもっと強くして作っていきたいっていう人たちが抱えていた課題で大きかったのが、2ページの今真ん中のところの星のところになるんですけども、各州の均衡を保ちながら、連邦政府に権力を集中し、かつ独裁を防ぐっていう、こういうすごい難題があるんですね。
つまり、連邦政府っていう強い中央集権を作っていきたいっていう思いはあるんですけど、でもこの中央政府が独裁に陥るのはダメだっていう発想なんです。
それは、そもそもイギリスっていう国家が王権制であったから、当然王の方に大きな力を持っていたっていうところと、反対のものを作る必要があったので、その強い権力を一つのところに集中させるっていうのはダメだっていう発想なんですね。
だから、中央集権的な政府を作りたいなって思いつつも、独立は防がなきゃいけないっていう、じゃあそのバランスはどうやって取っていったらいいのかっていう、こういう複雑な課題もあるわけなんです。
で、しかも各州がそれぞれに、各州は州で、その州政府を作って政治を行っているので、その中の均衡も作っていかなきゃいけない。
で、さっき、州の中でも強い州として、大きい州としてニューヨークであったり、バージニアであったり、ペンシルバニアとかはあったんですけど、反対に弱い州っていうのも当然あったんですね。
で、憲法制定会議の時に揉めたのが、この強い州と弱い州の中での意見の対立っていうものがあって、
みんな憲法制定会議を作る時に、自分の州にとって有利な憲法を作りたいっていう発想で、この会議に参加しているので、当然バージニアとかも自分たちのほうが強くなるような、この憲法を制定することによって自分たちが有利になるような条件で憲法とかを作っていきたかったんですけども、
それに反対していたのが、やっぱりその小さな州であったりもして、で、最終的にいろんな妥協の下、結局州のその権利は一応同格で、各州は1票の権利を持つっていうような形でまとまってはいるんですけども、そういうこともあって、
各州の中でも勢力が決して均等ではない、強い州もあれば弱い州もあるっていうところで、この州のそれぞれの独立性というか均衡も保たなければいけなかったっていうのもやっぱり難しいポイントだったりするんです
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で、その中でハミルトンがどういうことをやっていったかっていうところなんですけども、この人が最初に取り組んだのが1790年の公信用に関する報告書っていうものなんですけども、これが財務長官としての最初の取り組みっていう風になってます
で、これは連邦政府の借入能力、借り入れの能力を上げ財政を安定化させたいと、公信用っていうのはつまり借金できるくらいの信用を作らなきゃいけないっていうことなんですね
すごい当時の合衆国は赤字経済みたいなところがあって、その経済の中で不安定な政権は維持できないわけですよ
資金的な裏付けがないので、財政的な裏付けがないのにいろんな政策をやろうとしたってできないわけなので、だからこそその公信用を何とか上げなくてはいけないっていう形の発想なんです
で、公債所有者への差別待遇反対論っていったものをこの人は、ハミルトンは次論として展開していくんですね
で、これはさっき言った莫大なその戦時公債のその返還の時にどういうやり方をしていくかっていうところだったんですけども
この戦時公債っていうのは最初はつまりイギリスとの独立戦争に勝ち抜くために結構市民の人が身銭を切って
新しい政府を作るために自分のお金貸しますよみたいな意味合いでその戦時公債を買っていくわけなんですけど
これって実は途中でちょっと意味内容も変質していくんですよ
というのも、例えばですけど自分の旦那さんがね、実際にその独立戦争に従軍して戦死してたりすると
残された家族とかは当然経済的にも行き詰まっていくわけなんですね
で、そうなってくると戦時公債もその額面通りに支払われる保証がないところで
自分が不利に損になるのがわかった上で安い金額で他の人に渡しちゃったりするんですね
それはそもそももう自分の財政っていうか家計も厳しくなっている中でそういうことがありますし
あともう戦時公債自体を一つの株式取引みたいな感じで
これはやがてこう、なんて言うんですかね
後でこうおいしいお金になっていく可能性があるので
投機目的で資本家みたいな人たちが株式投資をするような感じで戦時公債を集めてたりもするんですよ
こうなってくるとこの戦時公債の所有のあり方とかその持っている人の背景が全然変わってきてしまうので
そうなるとこの戦時公債を額面通りに本当にこの新しいアメリカ合衆国が支払っていいのかどうかっていうことで
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結構その議論を呼ぶんですね
ここでまたフェデラリストとリパブリカンでも反対の意見があって
ジェファーソンとかのリパブリカンは、いやこれ戦時公債のその返還には差をつけるべきだっていう意見だったんです
さっき言ったみたいにもともと持ってた人が不利な立場で手放してしまったっていうようなこともありますし
投機目的で資本家の人たちがかき集めていったようなところもある中で
同じ金額を渡すっていうのは現状に合わってないというような形で
基本的にこの戦時公債を差別待遇して、待遇に差をつけて召喚していくべきだっていう発想をするんですけど
ハミルトンはそれに対して反対して平等にやっぱり返済しなくちゃいけないっていう立場を取るんですね
で、これは何でそういうことをしなきゃいけないのかってハミルトンが考えたかっていうと
結局その債権としての契約っていうのはその債権にかかれた金額をきちんと返す
これが一つの取引として正常なあり方だっていうふうな見解を示すんです
で、これはそういった約束ごと取引の約束ごとを守らない国家には信用がついていかないっていうような発想でもあるんですね
で、結局その信用を得るために政府が何をしなくちゃいけないかっていうことは
日本銀行権を例えば1万円だったら1万円分の価値があるっていうふうに認めるっていうようなことと同じことで
1万円って書いてあることを5000円の価値と決めたり3000円の価値しかないって決めたりするっていうのは
非常にこの信用取引に関わってくる問題だっていうことでハミルトンはそれに反対していくんです
だともっと言うとハミルトンはこの再建者っていったものをそれぞれの立場であるんですけども
基本的に平等に扱うことで国民っていったものがすべて平等に対応されるっていう
この考え方を当時のアメリカ合衆国の中でもっと普及したいっていうふうに考えていたっていう
そういうふうに言ってる研究者もいます
そういった中でとにかくハミルトンが重視していくのは平等の姿勢になってくるんですね
かつ当時の戦時国債っていうのは大陸会議っていう一つの連合機関が出した戦時国債もあれば各州で出した戦時国債とかもあって
とにかくその国債の内容もバラバラなんですよ
そうすると各州によってもこの債務の取り扱い方が変わってきてしまうというところがあって
そうなってくると結局じゃあこの戦時国債持ってる人にとってこの合衆国と誰の言ってることを信用すればいいのかっていう問題も出てきてしまうんですね
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つまり州はこのやり方でやるし連邦政府はこのやり方でやるしということでバラバラになってしまうと
結局それ持ってる人は誰に従えばいいのかっていうことにもなってくるので
この時にハミルトンが考えていたものは全てのとにかく国債っていうのを連邦政府が引き受けて一元化しようっていう発想になるんです
それが結局州と州の間の対立も防ぐことになるし中央政府の権力が増していくっていうことにもなってくるので
だからこそこの国債を連邦政府がまとまっても引き受けますよっていうようなことでなっていくんです
これって今の我々が考える現代世界の中ではそんなに珍しいことではないのかもしれないんですけども
当時のアメリカ合衆国にとってはものすごくこれは論争を呼ぶテーマだったし各州でも意見が違うし
当然フェデラリストとリパブリカンでも意見の対立があるしっていうところで
でもなんとかハミルトンは新しい合衆国政府っていったものの一体化というか
この新しい政府の信用をとにかく確立していきたいっていうような発想があったみたいです
でちょっとあの太字のところでも書いた2ページの下の方のところになるんですけども
ちょっと読み上げるとこの連邦に活力を与えこの連邦を保持したいと思うならば
連邦政府が国の市民に対してではなく市民の集団としての確保に対して立法するという無益なやり方を廃止しなければならない
つまり市民がいてその上に州があってその上に連邦政府があるっていうような階層上のあり方っていったものを
ハミルトンは必要するんですね
そうではなくてとにかくこの連邦政府が一括して市民との関係性を築いていくっていうことが大事なんだということで
アメリカのここの市民に対して直接連邦政府の法律を及ぼすべきなのであるっていうそういう考えを持ってます
でこれはこのハミルトンにとってその国の国民がどうやったらその政府に信用を持つかとか親しみを覚えるかっていうと
とにかく様々なやり取りを繰り返すしかないっていうような発想を持ってるんですね
この時に窓口が州になると結局州との国民との間での関係性はどんどん築かれていくんですけども
連邦政府と国民との間のやり取りが築かれていかなくなってしまうのでそうではなくて
もう州も省いて連邦政府とアメリカ国民がそれぞれの立場でどんどん取引とかいうかいろんな行政とかの政策を直接及ぼすことで
42:00
関係性を築いていくことが大事なんだっていうこういう発想を持ってるんです
こういうことに対してもとにかく結構ハミルトンって実理的な人間ですごい人間性的なものを信用してないんですね
結局取引とかを繰り返すことによって信用を得るとかそういう行為があるからこそ
その政府が国民にとっての意味のあるものになっていくとかそういう発想を持っていて
自然にその国民が何かその政府に親しみを覚えるとかあるいは政府がこれがこの唯一の政府だから
とにかく支持しろと言ったとしても国民はそんなことでは支持しないっていうような発想を持ってるんです
だからハミルトンが言ってることで人間性の持つ自然の傾向を歪めたりねじ曲げたりしてはいけないっていうような
そういうことを言ってたりするんですね
これは当時の古典共和主義者って言われる人たち
アメリカの建国の父たち呼ばれる人たちは大抵そういう思想的な基盤を身につけてるんですけども
この時はどっちかというとその人間の徳みたいなものを重視するんですよ
人間にはちゃんと徳が備わっていて
きっとその徳を持った人同士で関わり合っていれば自然と分かり合えるので
人間はとにかく徳を磨かなければいけないと
徳を磨くことによってその連邦政府とかも支持されるようになるし
人々にとっても新しい共同体が作られるだろうっていうような
こういう徳を重視する立場がリパブリカンの人たちなんですけども
これに対してもう全然ハミルトンはそんな人間のそういう自然に徳が備わって
その徳を持った人たちでいろいろその共同体を作っていけばうまくいくだろうっていうような発想を持ってないので
むしろそれには全然否定的で
とにかく制度を整えてそれできちんと国民と政府が
いろんな立場で政策とかも含めて関係性を保っていくっていうことが大事なんだっていうような
そういう価値になっていくんですね
1791年には製造工業に関する報告書っていったものも作って
通称立国的共和制っていったものを構想していくと
つまり商業通称なんですね
これをかなりやっぱり重視したっていうところなんです
これは1ページのところのジェファーソンのところの紹介であげたところだと
ジェファーソンは下のリパブリカンであり農業共和国主義っていうふうに書いたんですけれども
その農業主義の人たちとは相入れない考え方を持ってるんですね
だからアメリカの共同体を作るときに
そもそもアメリカは当時農業国なんですよ
45:01
さっきイギリスに流出してたほとんどは農産物だっていう話をしたんですけども
自然と基本的には農業を主体としてる人たちが多かったんですけど
それに対してハミルトンはちょっと異色なんですね
商業の方も農業と同じくらい重視していたっていう人なので
ちょっと変わってる人だったんです
3ページのところに行きまして
ハミルトンがなんでそうやって商業を重視していたかっていうところが
3ページの上のところになるんですけども
農産物っていうのは結構不安定なものじゃないですか
やっぱりその天候とかその年にもよって取れ高も左右されるっていうのもありますし
あと農産物自体が非常に生物だっていうものもあるので
当時の技術的に言えば
輸出できる割合とかが限られてるんですね
そのままにしたら腐ってしまうもので当然なんですけど
例えば農産物がそうやって作ったはいいけれども
なかなか輸出できなかった場合
イギリスもやっぱり嫌がらせもしてくるしっていうところもあって
そうすると結局アメリカは輸入超過になっちゃうじゃないですか
輸入ばっかりして輸出ができてないっていう状況になってるんで
そうするとその国にあったお金もどんどん外国に行ってしまうっていう
そうなってくるとなおさら信用が失われていくと
そうすると結局その独立国としての手をなせていかないっていうところがあるので
だからこそ農産物を輸出して外貨を稼ぐっていうだけではダメだということで
国内市場の安定化が必要だっていうことを考えていたんですね
そうするとじゃあアメリカ合衆国がどうやってその生産というか
制御を成り立たせていくか産業を形成していくかっていったときに
南部の農産物と北部の工業化による国内市場の形成を機とっていう風にして
だからこそこの工業化とかも重要だっていう風になってくんです
そうするとだんだん農業国からは離れていくじゃないですか
商業を重視したりあるいは工業化を重視したりっていうことになってくるので
だからこのハミルトンの考えはめちゃめちゃ批判されます
でも当時の人々にとっては農業が中心なので
その農業から逸脱するような真似を何でするんだっていうようなことで
めちゃめちゃハミルトンは攻撃されていくんですけども
しかも結局そうやって工業化したり商業とかを重視してくると
アメリカがどんどんイギリス化してしまうじゃないかっていう批判もあるんですね
結局イギリスみたいな国家に近づいていくっていうことになるんですよ
ハミルトンはイギリス主義なところがあったんで全然問題にしなかったんですけど
でもやっぱり当時の人々にとってイギリスから独立戦争までして
こう植民地支配から離れていったのに何でイギリスみたいな国家にしようとするのみたいな
批判は当然あるなんです
48:01
そうなってくると結局そのイギリスみたいなことになってくると
国家としても解体されちゃうっていうかまとまらないでしょっていうような
そういうこととかもあって
だからやっぱりハミルトンは批判されてあんまりこの案も採用されていかないんですけど
でもやっぱりハミルトンの言ってることも結構一理あったりしますし
しかもハミルトンにとってはそれぞれ今アメリカ合衆国の中で各州があって
みんな対して仲良くもなくて一つの意見言ったら10倍くらい批判されるような感じの
その国家の状況の中でどうやったらこのやっぱり連邦政府っていったものの一体性を担保できるのかっていう
これをやっぱすごく考えていたんですよね
そうすると国内市場が活発になることで利益の緊密な関係性が官州として人々に需要され
遠隔地の対処に対しても愛着をいただくことができると
そういうふうな発想を持ってたんです
つまりいろんな州がある中で各州と各州がそれぞれに
でも合衆国のなっていう一つの共同体の中のこの一州ですよと
他の州ともやっぱり関係がありますし仲良くやっていきますよって言った時に
結局そういったものでどうやったらそのそれぞれの関係性を築けるかっていうようになった時に
ハミルトンが持っているのはやっぱりそのとにかくその国内市場とかが活発になると
それぞれのたとえ遠くにある場所でもいろんな取引とかを行うようになって
物のやり取りも生まれるようになるから関係性ができるでしょっていうようなこういう発想なんですね
でこれって結構今のこう世界経済においてもやっぱ同じようなところを持ってると思うんです
だって我々はもう日本国内で全ての必需品を賄ってるわけでもないですし
さっきあの長谷部さんのお話でもありましたけども結局その会津塗りの漆も輸入して成り立っているっていう
だからこういったことになってくると多分漆をやっている人にとってみればもしかしたらですけど
会津の中での例えば他のね九州とかの県とかよりも多分中国の同行の方に目を向けている人もいると思うんですね
でももともと他国じゃないですか地理的にも離れていると
それでも商業的な関係性を築くことによってより関係性が近くなるし
それぞれの取引も活発になるし親しみも覚えていくとこういうことは十分あり得ると思うんですね
そういった中でやっぱハミルトンっていうものはすごく実直で実際的な人間なんですけど
そういうことを当時の感覚からすると珍しくらい持っていた人間だったっていうところがありますね
これはもしかすると彼が生まれたそのカリブ海のところの地域っていうのがものすごくその輸出乳っていうか
51:04
とにかく他の国との貿易によって成り立っていた土地柄っていうのもあるのかもしれないです
そういうのもあってハミルトンっていうのはこういったものをすごく意識として持っていて
利益の共有意識こそが得に変わって公的な秩序をもたらすっていうような発想を持ってるんです
これは農業共和国を支持する人にとってみると大変全く確実した考え方もあって
だからこそなかなかまとまらなかったっていうのもあります
今入ったお話のハミルトンとは今度また逆に農業共和国的なものを求めていったジェファーソンっていう
第3代大統領の人たちのこの考え方を見ていきたいと思うんですけど
今3ページの4番のところになります
ここでのは副題としてジェファーソンが求めた自由の二重制っていうのを書いたんですけども
さっき言ったハミルトンのところで結構ハミルトンのやり方って批判されながらも
それなりに政策が反映されていったところもあるんですね
ハミルトンが財務長官をやっていた時にだんだんと経済的にも安定していって
かつ連邦政府の権力が高まっていったっていうところもあるんですけど
それに対して結構いろんな出来事が起こったりもして
その一つがフランス革命の影響によってフランスとの関係が悪化していくんですけども
その時に当時のフランス革命から逃れていったような政治逃亡者の人たちが
アメリカに結構入国してくるんですね
かつ当時フランスも政治的にはかなり混乱した状況になっていくんです
アメリカってイギリスとの独立戦争の時に結構フランスからかなりお金を借金で入れてるんですよ
むしろフランスの財政援助によって何とかなっていったみたいな側面があるんですけども
だから当時のアメリカの中ではフランスに対して親しみを覚えている人かなりいたんですけど
ただフランス革命が勃発することによってかなり政治が不安定になっていって
アメリカとの関係も悪化していくんですね
その影響で確かフランスの当時タレーランが首相だかの時に
アメリカの外交官に対してすごい公然とワイドとかが要求されたりもしていって
それに反発してみたいなところとかもあったりして結構フランスとの関係がまずくなってくるんですけども
その中で1798年に外人法先導法という法律が制定されていくんです
これは総称としての外人法先導法という話なんですけど
その中身はこの1から4までのところで
帰化法、外国人法、敵国人法、先導法っていうので
54:03
特に外国の人がアメリカ合衆国の国民としてなるための条件をどんどん厳しくしていったり
あるいはその当時戦争する可能性があったその敵国の方の出身の外国人の人たちには
なかなかその合衆国の国民としては認めなくて
むしろ強制退協みたいなものを図ったりとかそういったものを作ったりするんですね
で、4番の先導法っていうのはそれのある種の一環なんですけども
アメリカの国内においてこの外国の勢力と公然と手を結ぶことしたり
あるいはスパイみたいな立場になったりとか
そういうふうなことで先導していく人たちを取り締まるための法律ということでやっていくんですけども
ただこの法律ってすごく強力な法律だったんですね
当時の合衆国の法律の中では
しかも外国人法みたいな形でやっていくのに
実はその法律を定めても
1とか2、3つまり帰化法、外国人法、敵国人法で
これによって捕まったケースってほとんどなかったそうです
こういう危険性がある人はほとんど国外に逃亡してしまったっていうのもあるんですけど
ただ4の方の合衆国市民が先導法で25名逮捕されてるんですね
さらにそのうち10名が有罪になったというところがあって
結構この時には確か新聞とかを発行して
かなり公然と政府批判をしているような人たちとかも
取り締まりの対象になって逮捕されるみたいなことがあったみたいなんです
こうしてくるともともとさっき言った合衆国憲法っていったものは
確かに合衆国の中央集権化も図りたかったんですけど
独裁を防ぎたかったっていう話もしたじゃないですか
でもこういう法律が制定されちゃうと
どちらかというと独裁寄りに走ってしまうっていうような
こういう影響があったんですね
これに対してハミルトンもこれは結構批判だったんですけど
ただハミルトンが属してた党派のフェデラリストの人たちが
結構この法案を推進していったっていうのもあって
それに対してこのジェファーソンがものすごく反対していくんですね
それが一つ第一次ケンタッキー決議っていうのが1798年にあるんですけども
ジェファーソンの草案を端緒として当時のケンタッキー衆議会が
この外人法、先導法っていうのはもう憲法違反だと
だから連邦政府の一件行為で
これは連邦政府が憲法違反で間違ってるっていうような
そういう決議案を出すんです
そうするとジェファーソンにとっては
憲法っていったものは非常に厳密に解釈されなければいけないと
57:01
基本的に連邦政府が行えることっていうのは
憲法に定められていることしかできないはずだっていうことなんです
このジェファーソンが展開していったのは
でもこの外人法、先導法っていうのは憲法に明記されている内容でもないし
何を基にこれを制定したのかということで批判していくというところなんです
これちょっと難しいところが
確かにこの合衆国憲法には明記されてないんですけど
一方で合衆国憲法は基本的に行政権というか
大統領的な立場の人たちが必要な処方立法というか行政権については認めてるんです
つまり統治する中でいろんな法案を策定しなくてはいけないし
いろんな行政的な権限に基づいて政策を決定していかなきゃいけないんですけど
そのところで憲法で書かれてあるのが
適正かつ何とかの範囲っていうか何て言うんだろうな
明文化されてないんですけど
ある種の適正な範囲だったらそういう権力は行使してもいいみたいなことが書かれてあるんです
でもその適正な範囲ってどこまでなのかっていうのが非常に解釈で
いろんな見解を生んでしまうっていうところもあって
その中でジェファーソンはとにかく厳格解釈論の立場で
憲法に書かれてないことは行政っていうかその執行者はやってはいけないと
大統領政府はやっていけないっていうようなことで
そういう考えの下批判していくんです
ただこのケンタッキー決議っていうのはほぼ全ての州がものすごく反対してくるんですよ
外人法、先導法っていうのは結局連邦政府が定めた法律だから
それは合憲なんだと憲法に合致してると
連邦議会の法律の審査権が各州には持ってないでしょうと
つまり各連邦が定めた法を一つの州がそれに反対するっていうことは
それはやってはいけないことなんだっていう発想を他の州も持っていて
だからこそケンタッキーが独自にこの連邦政府が定めた法律をケンタッキーだけが反対して
しかもそれを憲法違反とするような
そういう権利はないっていうような言い方で各州は反対してくるんですね
だからそれくらい逆に言うと当時のこのケンタッキー決議を認めてしまうと
じゃあその合衆国の中で州と連邦政府どっちの権力が上なのっていう問題を引き起こしてしまうんですよ
だってそれは連邦政府が定めた法律を一つの州が反対できるっていうか
基準しなくていいってなってしまったら
そしたらもうその州は独自でいろんなことやってもいいっていうほどにもなってしまうんで
このケンタッキー決議を認めてしまうとアメリカ合衆国が分裂してしまうでしょっていうことで
1:00:00
他の州はやっぱり反対していったっていうところがあるんですね
ただこのジェファーソンはそれでも諦めてなくて
今度第二次ケンタッキー決議っていったものを出すんです
この時にはケンタッキーだけではなくて
当時ジェファーソンの出身であったバージニアもこの決議には乗っかっていって
つまり連邦政府が憲法によって認められている以外の権限を行使した時
各州はそのような行為を無効であると宣する権利を有すると
これはいわゆる無効宣言って呼ばれるものになるんですけれども
こうしたものを各州は持ってるんだということをまた主張していくんですね
これはすごくアメリカにとって大事な権利というか
一つの歴史的出来事にもなっていて
この実際に無効宣言が後の世でも行われたりするんです
これは結局その連邦政府の行政権とその合衆国憲法を比べた時に
最終的にこの合衆国の中で一番強い地点を持っているのは何だって言うと
合衆国憲法だっていうことになるんです
だから憲法を違反した連邦政府に対しては
州は従わなくてもいいっていうような見解を出すんですね
これは現在でも認められている権利になります
だから後の時代でも当時の政府が重過税を独自に定めてしまって
通商の時の貿易の中での課税の権限をすごい高めて
重過税を発送した時に州がやっぱり反対して
それは無効宣言であるということをやった例もあって
これはこの合衆国という政体の中でも非常に重要な権限に
州にとっての権限になっていくっていうことになるんですね
ただこれに対してもやっぱりすごく賛否両論はあったんです
だからこうなってくるとやっぱり州の強さっていうのもだんだん出てきて
州の権力も認められていくっていうことになるので
もうこの当時の時期においてフェデリアリストの人たちっていうのは
こんなこのジェファーションのような発想を認めてしまったら
そうしたら結局その連邦憲法も内実を失ってしまって
内戦の可能性が出てきてしまうんだっていうことをすでに言ってるんですね
これはある意味では実際に後の50年後くらいには
現実の南北戦争として現れてくるので
決してこのフェデリアリストの不安も意味のないことではないというか
実のあることだったっていうところでもなるんです
だからジェファーソンは確かにそういった意味で国家の暴走的な
独裁制みたいな体制に対する州の権力を認めるような形で
1:03:06
主張はできたかもしれないんですけれども
その分この内戦の不安というか内戦の可能性も
当時の連邦政府にとって出すような可能性を与えてしまった
っていうようなそういうことも言えると思います
ただ最終的にこの外国人法、先導法っていったものは
今度ジェファーソンが1801年に第三代大統領に就任することで
結局そのジェファーソン的な主張がある程度通って
あんまりこれは問題視されなくなってくるっていうところになってくるんですね
だから当時やっぱりだんだんとフェデラリストの建制力が弱くなっていって
今度リバブリカンのハミルトンたちを代表とする共和派の権力
ハミルトンじゃない、ジェファーソンたちを中心とする
共和派の権力がどんどん合衆国の中では強くなっていくっていう
でもなかなかジェファーソンもいいところを言うなっていうのがあって
3ページの下のところで、その第三代大統領に就任した時の演説で
意見の総意は必ずしも原理の総理であるとは限りません
我々は異なった名で呼び合ってきましたが
皆同じ原理を報ずる同胞であります
我々は全員共和派であり連邦派であります
っていったことをジェファーソンは言うんですね
ジェファーソンが大統領に就任する時って
当時の結構近差でフェデラリストからリパブリカンの方に
この権力が移っていくことになるんですけれども
ただハミルトンも当時ジェファーソンとの対立候補だった人と比べると
ジェファーソンの方の大統領就任を最終的には認めてるところもあって
認めてるっていうか悪口なのか微妙なところがあるんですけど
ハミルトンがジェファーソンのことを
ジェファーソンはとにかくコロコロ意見を変えると
その場しのぎでいろんな意見を変えていって
その当時のある程度決まったところに
自分の意見を擦り合わせてしまうということを言ってるんですけども
それは半分批判なんですけど半分認めてるところでもあって
つまり最終的にやっぱり支持基盤の違いによって
2つに割れてしまうっていうこと自体が
連邦政府の統一っていう意味ではあまり良くないことなんですよ
だからこそジェファーソンは確かに意見は日和みみなところがあるんですけど
でもそういうところを持ってるから
この難しい分裂したアメリカ合衆国を
まとめていけるだろうっていうような期待もあったりして
その意味でジェファーソンが第三代大統領に就任したことっていったものが
国民にとっても認められていくっていうところなんですね
1:06:02
このジェファーソンの政策として今度1803年に
フランスからルイジアナを1500万ドルで購入
これはこの時フランスはナポレオンが政権を握ってるような
地域になってくるんですけども
ルイジアナっていう広大な土地を購入することで
一気にアメリカ合衆国の国土も2倍になっていくというようなところがあって
しかもジェファーソンたちにとってみると
共和派の世界観として国土の拡大っていったことはすごく評価されていくんですね
というのも彼らはやっぱり農業共和国
農業を基盤にした国づくりをしていきたいんで
国土があればある分だけ農地が開拓されるし
農業に充実する人が増えていくので
こういった開拓農民の拡大を支持していくということになります
ただこれはアメリカ合衆国にとってみればこういう見解を出すんですけど
これって要するにフランスから購入するっていう風になってるんですけども
実際そこにはネイティブアメリカの人たちが住んでたりするんですよ
だからそれを購入したとはいえ
そこに住んでる人たちとのすごく闘争というか紛争というか
住んでる人たちに対して人をどんどん攻撃していって開拓していくみたいなところがあって
たぶんアメリカの古い西部劇の映画とかでも
かなりインディアンと呼ばれてる人たちとの戦いを描いたものってたくさんあるんですけど
ああいうことで現地住民の人たちを倒していって国土を拡大していくっていうのがあるので
農業共和国って言うんですけどめちゃめちゃ戦闘的だったりするんですね
だから彼らの持ってる徳っていうものが実は先住民の人たちには対象となってなかったり
しかも農業をやるっていうことは黒人奴隷の数も増えていくっていうことでもあるので
この農業共和国の拡大っていったものは
かなりアメリカのある種の帝国主義的なものとか
植民地をどんどん増やしていくっていうようなところとも結びついているので
なかなかこういったものは単純に農業が流生していくっていうふうにも見えないところがあるんですね
ただこうやって農地を増やしていくことっていうのが
やっぱりジェファーソンにとってはプラスのところがあって
ジェファーソンとかにとってみると都市的なものっていうのはあんまり認められないところなんですね
やっぱり農村共同体みたいなものが一つ未曾有の共同体としてあって
そういう場所がどんどん人が増えて都市化していって
商業が活発になったり工業が活発になってくると
やっぱり人間は堕落していくっていう発想があるんです
つまりそうなってくるとある種銀行みたいなものとか
1:09:00
あるいは金貸しみたいな人たちとかも職業として生まれてくるので
そうなってくると人間が人間をもっと金扱いというかしていって
で、堕落していくと
まあ、つっても黒人奴隷を持ってる隊もするので
この人たちがどこまで批判できるのかっていうのもあるんですけれども
だからその中でジェファーソンっていったものはやっぱりある種の偏った思考も持っていて
我々の政府は農村主義的である限り
とりわけアメリカの至るところに未使用の土地がある限り
有得なままであるだろうっていう素朴な見解を持ってたりするんですけど
ハミルトンにとってみるとやっぱりこういう見解は
実際のところ批判的なものであって
共同体の持つ共感のネットワークは地域的かつ偏向であり
習慣や同化の対立を主と認識していたっていうところでもあります
やっぱり結局その各州の方の共同体の限界もあるんですよね
結局自分たちのオラガ村のところだけが良ければいいっていうことになってしまうところがあるので
そういったものがいくらどんどんできて上がっていっても
結局閉鎖的な共同体が次々と生まれるだけであって
それは統一とはほど遠いところになってしまいますし
それぞれがそれぞれの利益だけを主張するようになって
協力的な関係もつなげるわけではないというところもあって
これはなかなか難しいところなんですけども
やっぱりフェデラリストとリパブリカンで
それぞれの思想で有利な点もあるし不利な点もあるっていうところの難しい中身にもなってますね
このジェファーソンの時にルイジアナを購入して国土が広がるんですけども
そもそも外国の領土を併合することは貢献なのかっていう批判もあるんです
つまりこういうことで国土を増やしていって
それは合衆国憲法に記載されてないでしょうっていう批判になるんですよ
そうするとジェファーソン自身がさっきの外国人専道法した時には
憲法は厳密に解釈されなくてはいけないと
書かれたこと以外をやってはいけないっていうふうにそれまで主張していたのに
ジェファーソン自体が大統領になると今度憲法を拡大解釈して
このルイジアナの購入することは貢献であるっていうような主張をしていくんですね
その時にジェファーソンが言うのが
書かれた法を忠実に守ることは良き市民の大切な義務でありますが
最大のものではありません
必要の原則、自己保存の法、危機にある諸国を救うことこそ
より高い義務であります
書かれた法に厳選に従うことは
生命、自由、財産のみならず法そのものを失うことになるのであります
愚かにも法のために目的を犠牲にすることになるのですって書いていて
すいません、これはちょっとジェファーソンが大統領だった時に言った言葉ではなくて
1:12:03
大統領の任を退いた後で振り返った時に言ったセリフみたいなんですけど
かなりこの内容を見てみると
つまり憲法の重要性からちょっと外れた話をしてるんですね
これはだってこの自己保存の法とか必要の原則っていうのは
つまり行政権が強いっていうような考え方にも近づいてくるので
ちょっとジェファーソン自身も考え方を変えてるっていう
逆に言うと、やっぱりその憲法を厳密に解釈するだけでは
その行政を行っていくことの難しさもあるんですね
だって本当に書かれたこと一言一句
この書かれたことしかやっちゃいけないってことになった時に
不足の事態が起きた時にどうやって対応するのかっていうのも出てきますし
結局それは新しいことがどんどん生まれていく中で
新たな問題が発生した時に全然対応できなくなってしまうでしょっていうところもあるので
その憲法を厳密に解釈しなくてはならないっていうのもちょっと限界があったりするんですね
そういう部分でちょっとジェファーソン自身も変わっていくっていうところでもあります
それがもう一つ現れてるのが出向金法っていうのを
1800何年から1809年まで合衆国で制定していくんですけども
これがナポレオン戦争の影響で
当時アメリカはフランスともイギリスとも貿易をしてるっていう風な話はしたと思うんですけど
このイギリスとフランスが戦争していくことになると
どっちもアメリカとの貿易を邪魔してくるんですね
というのも戦争してる時にアメリカからイギリスにせよフランスにせよ
いろんな物資を買ったりして戦争を継続していくとお互いに困るわけなんですよ
だからそれぞれのアメリカとの貿易っていったものを妨害するようとする働きが出てくるんですね
特にイギリス海軍がこの時ひどくて
イギリス海軍がたびたびアメリカの商船を襲って強制的に立ち入り操作して
そのところの中にイギリスからアメリカに帰還したイギリス人がいた場合
それを連れ去ってこの海軍の方に従属させていくっていう
本当に海賊みたいなことを結構するんですね
ただそれはちょっとイギリスの方とは考え方が違ったっていうのもあって
ちょっと書いたんですけど
イギリスにとってイギリスに生まれた人は終生イギリス国籍にあるっていう発想をしていて
当時のイギリスは帰還権っていうのを認めてないんですね
アメリカは帰還権を認めてるので
たとえイギリス人だったろうとフランス人だったろうとアメリカに帰還すればアメリカ国民にするっていうことなんですけど
1:15:05
イギリスではイギリスからアメリカへの帰還は認めてないと
だからイギリス人はイギリス人のままで
従軍しなきゃいけないし
軍隊には参加しなくてはいけないということで
海賊みたいなんですけど
アメリカの小船を襲ってそこのイギリス人を見つけたら
自分たちの海軍に入れてしまうと
そういうふうなことがあったっていうふうになってますね
でもこうなってくるとアメリカもすごい困るんですよ
さっき輸出乳をイギリスにすごく依存してるって話もしましたし
フランスも非常に貿易国として大きな相手だったっていう話をしたんですけど
その中でこうやってどんどんアメリカ人の小船が狙われていってしまうっていうふうになると
アメリカとしても大変困るので
一つの防護策として出港禁法っていうのは
イギリスの船だろうとフランスの船だろうと
アメリカのこの領域というか
そのところからは出港してはいけないっていう法律を出すんですね
住民に寄せ寄って出港してはいけないということで
それで略奪とかを防ごうとしていたっていうところにもなってくるんですけれども
ただこれだってかなり強い法律なんですよ
当時貿易に従事している人たちもかなりいたわけですし
船を出していってそれで政権を立てている人たちもかなりいた中で
出港禁法みたいなことを敷いてしまうとその人たちの経済状況が
成り立たなくなるわけなんですよね
でもこれをかなり中央集権的にというか
強い政権的に定めるっていうふうになってしまうんです
当時ジェファーソンが言った話として
もし英仏両国の政策が改められないのであるならば
議会はその目的を達成するために必要ないかなる手段を
こういうことを話していて
だんだんジェファーソンも実は自分がやっていた
さっきの前のページのところのケンタッキー決議とかで
合衆国憲法に定められていない行政のことは
憲法違反だっていうようなことを言っていたにもかかわらず
今度本当に自分が大統領になって行政権を握った時には
もうその議会っていったものは
目的を達成するためには何でもできるような
そういうことを言ってしまうっていうところでもあって
このジェファーソンの出向金法に関してはかなり国民の批判も受けるんですね
この立場でやっぱり経済的にも損失するし
非常に行政の横暴というか
連邦政府の独裁みたいなところに関して
批判を呼び寄せるような形になってしまって
一人の政治家が言ったことでヘンリー・ビー・リビングストンというものが
このことに関してすごい反対意見を出してたんですけど
法律に反対するだけでは反逆罪にならないと
1:18:02
さもなければ法律を批判したものは全て合衆国に対して
戦争を仕掛けたということになりますっていうことで
このジェファーソンはこの出向金法の批判を浴びた時に
どんどんこの内容を厳しくしていったっていうところがあるんですね
当時の政府に批判的な意見を出していった人たちに対しても
圧力を加えていくみたいなところにもあったりとして
そのジェファーソン自身もどんどん政治的な変質というか
変更になってしまったっていうところがあります
最終的にはこの出向金法というもので
ジェファーソンの政治生命が一つ終わりを迎える
ということになってしまって1809年に
出向金法というのが最終的には廃止されて
かつジェファーソンの大統領任期が終了していくというところになるんですね
ただしこの出向金法にとってみると
一つの意義というか見解として
先行研究で書かれてあったのが
平和的共生の方法が国際政治の場で試みられたというふうにも書いてあって
つまり当時のアメリカっていうのは弱い国家だった
っていうふうな話をしたと思うんですけど
とてもイギリスとフランス相手に戦争ができる国家ではないんですね
両国を相手に同時に戦争なんてそういうことはできなくて
到底アメリカにとってみると
イギリスとフランスが戦争をしている中で当たり障りのないように
お互いに貿易をやって何とか地獄の利益も
かんぽしつつ戦争にはならないようにするっていう
この英仏の戦争にはおかかわらないで中立的立場を保つ
っていうことでそれで出向金法っていったものを
一応制定したっていうところでもあるんですけども
だから逆にこの出向金法っていったものを制定した背景っていったものは
当時のアメリカ合衆国がいかに弱い国家だったか
っていうところでもあるんです
今だったらよその国の兵器で殴りつけに行くっていうか海兵とか
軍隊を派遣して戦ったりするわけなんですけど
当時のアメリカ合衆国にはそれはできないし到底不可能だった
っていうところでもあります だからこれ自体がやっぱり
当時のアメリカ合衆国がこの国際社会の中で
どういう立場だったのかっていったものを示すような
そういう法律の内容にもなってるのかなと思います
ファーストの政策っていったものはただまとめていくと
外人法、先導法の廃止と軍備の縮小っていったことは
やっていたんですけども基本的にフェデラリストの人たちが
やってた政権の政策とは大きく転換はしてないんですね
結局合衆国銀行っていったものも存続したし
国際も平等変換で差別的変換はしなかったし
製造業とか海外貿易の振興も
1:21:00
図っていったっていうところもあって
すごくハミルトンの政策に近いことを結局ジェファーソンも
当時に収集してるんですよ
そういった意味だと逆にハミルトンっていったものはやっぱり
かなり先見の目があったっていうふうにも言えるかと思いますし
当時のジェファーソンが持っていた農業共和国の発想っていうのも
やっぱりちょっと限界があったというところでもあると思うんです
そういうのこでこのアメリカ合衆国っていったものが
共同体を形成しようとしたときに
1ページ目から4ページ目からの話までやっていった
っていうことの流れとしてはやっぱり一つ
それぞれの州が別々にしてあった
当時のアメリカ合衆国の中ででも州のレベルでは
解決できないような問題がどんどん出てきてしまって
だからこそある程度強い中央集権体制として
憲法も制定し合衆国っていったものを
作っていくわけなんですけどもその合衆国の中でも
農業的なものを主体とする共和国を目指すのか
それとも農業とともに商工業も発展させていくような
国家を目指すのかっていうところでリバブリカンと
フェデラリストの間で見解の相違もあったというところになって
最初フェデラリストのハミルトンを中心とする
政策が反映されていくわけなんですけどもそれに対して
どんどんフェデラリストの政策も
ちょっと独裁というか中央集権が行き過ぎたりも
なったりしていってそれで外人法宣導法みたいな
法律が作られていったことに対して今度
共和派のリパブリカンとする
ジェファーソンがその反対の決議をケンタッキー決議
みたいなものでしていってそこからどんどん政策が
転換していって政策というよりは政権が転換していって
今度フェデラリストからリパブリカンに
ジェファーソンが第三代大統領に就任することで変わっていくんですけども
そのジェファーソンもまたこのなかなか
合衆国憲法に記載されていないことも踏まえて
憲法の越前的なところも踏まえて
この制度を新しく形成していったり
外国の領土を併合していったりあるいは
出向禁止法みたいなものを作っていったりして
そこでまたこの共和主義の
リパブリカンもまた中央集権体制がちょっと独裁
に向かってしまうようなところもあったりしてっていうところの
お話をしていきました つまりこうなってくると
やっぱりその行政権がどうしてもだんだんと
強くなっていってしまうというか それがやっぱり難しいところで
最初のハミルトンが考えてた
政策の難しさのところで
1:24:01
中央集権を図りつつも独裁戦にはならないようにしたい
ということで合衆国を形成しようとしていったんですけど
これの難しさっていうのがかなりあるっていうふうに言えると思うんですね
それはやっぱり今の合衆国 アメリカ合衆国にとっても
たぶん似たようなところがあって トランプ政権が持ってる
行政権のものすごい強さというか
憲法違反的なもので最高裁に問われたりもするんですけれども
ただやっぱりその行政権がどうしても
強まっていってしまうっていうところは かなり人類の
普遍的な難しさがある それは
例えばヒトラーの言ったナチスドイツとかもそうですし
日本だって戦時中とか戦前とかはものすごく
大政欲散開みたいな政変が
出来上がっていって 行政権が国民の
いる議会とかを関係なくどんどん
立法権も兼ねてしまうようなことも含めてやっていくところが出てくるので
ここがやっぱり政治の難しさですし
共同体を作る以上何か物事を決めていかなくてはいけないじゃないですか
そうすると物事を決めていくところに
権力を与えなくてはいけない これはそうだと思うんです
でもじゃあその権力を握った人たちがどうなっていくかというと
その権力を持って暴走してしまうっていうところも歴史的にあり得ると
やっぱこれがその共同体の難しさだと思うんですよね
何か決めるためにはある程度の権力がなくてはいけないし
でもそれが強くなりすぎると
そもそも共同体を作った意味もなくなってしまうというようなところもあって
こういうところが今回ちょっと特に
合衆国の成り立ちからも見ていけるようなところかなというふうに思います
すいません ちょっと時間が
1時間半くらいは話していたので
一旦これで僕が今日用意した資料としてはおしまいという形で
したいと思います
各州ができるって言ったときには結構それも
なんでこの州がバラバラなのかというところと結びついていて
州が作られるその形態が全然違うんですよ
一つはすごいスタンダードなこととしては
当時のイギリス国王から
アメリカ合衆国の土地のところの権利書みたいなところを
交付されたり買い取ったりしてここで自治州みたいなものを作ってもいいような
そういった権利を与えられた人たちが
新しく合衆国に行って
そこで自分の共同体というか
そのものを作っていくっていうところもありますし
あるいは当時のイギリスの方では
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宗教革命というか宗教的なところでも
対立が生まれてたりもして
元々のイギリス国教の方では断圧されてたような
ピューリタンと呼ばれてるような聖教徒の人たちが
自分たちの宗教共同体を新しく作りたいから
合衆国の方に行って新しい州となるような
ものを作ったりとか
話せるグループというようなものを予想にして
それの共同体を作っていったのが州民だと
はい そうなんです もちろん登記目的というか
例えば農業とかを図りたいからこっちの方で権利を買って
農業地として開拓していくとかもあるんですけれども
だからその中で結構当時の開拓状況って
すごく過酷で それこそバージニアとかだった
と思うんですけど 17世紀の前半に
合衆国の方に開拓していって 7千人くらいが
とりあえず最終的にどんどん移住していくんですけど
その開墾の中にあって すごく当時の
開墾するってことは つまりネイティブアメリカンとか
インディアンと呼ばれた人たちとの紛争とかもはらんでくるんですね
大型の野生動物とかもいたりして 本当にすごく
過酷な中で開拓をしてるんですよ それとると
7千人くらいの人たちが 最終的に1200人くらいしか
生き残んなかったりもして それくらい厳しい状況の中で
7千人くらいで作ろうとしてた共同体が
1200人くらいしか生き残んなかったとか そういうところもあるみたいです
やっぱ病気のこととかもありますからね
だからその中で各州が
すごく作るきっかけもまた違うんですよ
それぞれの目的が異なる中で各州を作っていくので
そうするとお隣の州のことはもうどうでもいいというか
むしろ敵対関係みたいなところもちょっとあったりもして
例えば同じように農地で
開拓してやったとしても じゃあどっちの方が
輸出として輸出先を設けるかとかも
対立するっちゃ対立するわけですし 凶暴するんですね
州とは でもその中で
イギリスとの関係が悪化していって 独立するっていう気分が
芽生えていったときに それぞれの州がとりあえず
対立してたり意見も合わないんですけど
まずこのイギリスに独立するっていう
戦争を遂行するにあたってある程度まとまりましょうくらいの感覚で
大陸会議っていったものが開催されていくんです
でもさっき言った通り そのような状況になっても
いや我々はアメリカで生まれてるんですけど
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我々はイギリス国王に忠誠を誓うんだ
っていう人とかも一定数いたりもして そういう人は
逆にものすごく独立革命派からすると邪魔な存在なんで
ものすごい迫害されたりもするんです
そういった人はカナダとかに逃げたりもしていくっていうところにもなったりして
だからまとまりがつかないっていうのは やっぱりそもそも
まとまらない形でそれぞれの共同体が作られていって
でもどうやったらその中でまとまれるかっていったところを
模索してる中で憲法案とかが出来上がっていくっていうことにもなっていくので
その辺りがやっぱりアメリカっていうところの難しさでもあると思うんですね
いわゆる連邦制っていうのは
本当にこの時代だけの制のやつで
共和制の人たちがある程度政権を握って
時間が経ってくると ほぼほぼ自然消滅に近い形で
消滅していくんですね 今の二大政党は
この共和派から分裂した人たちっていう考えですね
共和派が生き残らなかって その中で今度共和党と民主党の方に
分裂していくっていうような考えです
その共和派だとか連邦派っていうのは思想基盤としては
ずっと残り続けるというか 常にこれは問われ続けてる話で
つまり中央集権体制を図るのか それとも州の方に
権力をより以上するのかっていったものは今でも揉めてますから
ただこのリベラルも歴史的に変遷するんですね
つまりリベラルと呼ばれるか
それとも保守派と呼ばれるかっていうのは 党派的な色合いよりも
やっぱり当時の時代情勢によって変わっていくっていうところがあって
例えば今は一般的にですよ 現政権は
いわゆる民主党がリベラルの方で 共和党の方が
トナランプ的な保守主義というか
アメリカ主義みたいなところがあったりするんですけど
でも例えばですよ 南北奴隷の奴隷解放宣言をした林間は共和党ですから
当時のあっちにするとあっちの方がリベラルですから
当然林間は共和党だったんですけど
支持基盤は北部の方にあったわけで
だからこそ南北戦争になったときに 北部と南部の戦争になってくる
っていうことになってくるので 時代状況によって
リベラルか保守主義かっていうのは全然違うっていうことですね
だから今日お話ししたことっていうのは
本当にアメリカっていうのは若い国家で
17世紀の初めあたりから移住が始まって
独立戦争が18世紀近くのところに
あって そこから
100年も経たないうちに
ですよね 本当に
だからやっぱりそれでしかも強くなったっていうのは
もちろん農業国としてもある程度強くなっていきますけど
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どっちかというと工業化に成功するじゃないですか
だからそういった意味でハミルトンが持っていた商業意識工業意識っていうのは
やっぱ大事な観点だったというか むしろ先読みしてたところがありますよね
だから政権的には共和派が勝ったとしても
政策としてはほとんど連邦派の政策が
国づくりの方向を決めてるっていうところがあるので
なので共同
共同体っていったものを考える上で基本的な
共和派っていうのはマディソンとか
今日話したジェファーソンとかはアメリカ大陸の中で
農業共和国が広がっていくことを良しとするんですけど
基本的に共和主義っていうのは一般論というか
それまでの話の中では共同体として大きくなってはいけないっていう
発想の方が強いんですね
つまりそれこそ国にレベルになってしまうと共同体としてはむしろ
悪くなっていくというか堕落していくみたいな発想もあって
共同体のちょうどいいサイズみたいなものが決まっていて
その中で政治をやることがいいんだということにもなっていくんです
ちなみに今日お話ししたことっていうのは
本当に独立革命の中での基本の一部のものなんですけど
それが建国の独立戦争から
アメリカ革命のある程度の
推進が決まるまでを上村さんっていう人が
アメリカ革命という2024年のほうでまとめていて
この人ものすごく最初にも話しましたけど
心身経営の学者さんで僕より一つ上の
37歳くらいの子だ今
ものすごい優秀な人のやつなんでこれを読むともっとよくわかります
時間的にもかなりいいところにはなってるんで
とりあえずは話としては終わりにしたいと思います
どうもご静聴ありがとうございました
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