#47【いんディグ】 Butterfly Lab前編「真面目に遊ぶ」が社会を変える?〜食と共創体験が変える関係性と街の未来①〜
2026-04-19 1:01:45

#47【いんディグ】 Butterfly Lab前編「真面目に遊ぶ」が社会を変える?〜食と共創体験が変える関係性と街の未来①〜

今回は変容デザインラボ Butterfly Labの松村大貴さんを迎え、食を通じた「社会変容」の可能性を深掘り。

テクノロジーによる効率化の限界を感じた松村氏が辿り着いたのは、複雑な社会システムをデザインする「トランジションデザイン」。

東京駅周辺で行われた「コミュニティビールプロジェクト」を事例に、無機質な都市を「人の繋がりがある村」へとアップデートする挑戦を語ります。

「仕事じゃねぇ、遊びだ。真剣にやれ」という言葉の通り、合理性やコスパを超えた「遊び」の力が、いかにサステナビリティや行動変容を加速させるのか

。江戸時代から続く日本の「遊び心」を現代に再実装し、未来の食システムをデザインするためのヒントが詰まった回です。


▼コミュニティビールプロジェクト

https://regenerative-city.jp/media_regene/articles/rcit_7_1/


キーワード

システミックデザイナー / 行動変容 / 社会変容 / トランジションデザイン / Community Beer Project / コミュニティビールプロジェクト / クラフトビール / 東京駅 / 日本橋 / 京橋 / オーナーシップ / 街と人の繋がり / ありがたさ / 豊かさ / 茶室 / お祭り / 伝統の再実装 / 遊び心 / 真面目に遊ぶ / 仕事じゃねぇ、遊びなんだ。真剣にやれよ / ロジックとアート / ビジネス合理性 / 進化と探索 / コーポレートトランスフォーメーション / 社会システムのデザイン / 共同体験 / 文脈(コンテクスト) / 食と体験 / SKSJAPAN

番組HP

▼パーソナリティ

⁠株式会社UnlocX⁠:田中宏隆・岡田亜希子

⁠たべものラジオ⁠:武藤太郎・武藤拓郎

▼メッセージ・出演希望等

⁠https://tabemonointegral.com/contact/⁠

▶掛茶料理むとう(会席料理):⁠https://kacha-muto.com⁠

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サマリー

今回のエピソードでは、変容デザインラボ「Butterfly Lab」の松村大輝氏をゲストに迎え、食と共創体験を通じて社会変容を促す可能性について深掘りします。テクノロジーによる効率化の限界を感じた松村氏は、「トランジションデザイン」という複雑な社会システムをデザインするアプローチに辿り着きました。東京駅周辺で行われた「コミュニティビールプロジェクト」を事例に、無機質になりがちな都市を「人の繋がりがある村」へとアップデートする挑戦について語られます。「仕事じゃねぇ、遊びだ。真剣にやれ」という言葉の通り、合理性やコスパを超えた「遊び」の力が、いかにサステナビリティや行動変容を加速させるのか、そのヒントが語られました。日本の伝統的な「遊び心」を現代に再実装し、未来の食システムをデザインするための示唆に富む内容となっています。

自己紹介と「変容デザインラボ」の活動紹介
この番組では、食をテーマに、食にまつわるニュースや人物などから変化し続ける現在地を学び、食の未来像をあらゆる視点で探っていきます。
MCを務めますのは、たべものラジオの武藤太郎です。
武藤拓郎です。
アンロックスの岡田希子です。
本日もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
本日は特別インタビュー回です。
本日お招きしているのは、変容デザインラボ、またフライラボ、松村大輝さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ということで、今回はですね、このたべものインテグラルに初の出演希望のメールが来ましてですね。
嬉しかったですね。
嬉しかったですね。本当に。
この番組本当にメールが来ないというか、結構聞いてる人いらっしゃるんですよ。
結構な数の方は聞いていらっしゃるんですけど、何の反応もないということで、寂しいなという時に、
まさかの松村さんから出演依頼をいただくという、コメントを飛び越えて出演依頼というね、大変嬉しいことをいただきました。
ということで、メールだけ簡単に紹介しますね。
いつもありがとうございます。パタフライラボ全所属はハルモニアの松村です。
田中さんたちにも支援してもらった、街の未来デザイン×クラフトビールのプロジェクトがあり、
これをつまみに食と競争体験が変える関係性と街の未来みたいなテーマで語り合えたらと考えています。
よかったらご検討ください。
今年はビールに限らず、様々なひと皿にビジョンを込めるプロジェクトもできないかと企んでいまして、相談もできたら嬉しいです。
参考までにネクストプライムフードイベント時の資料です。
ということで資料の全部までいただくというね、もうフルコンボできました。
ありがとうございます。
いやーめちゃくちゃ嬉しいです。
食べラジも好きだし、
たぶんそっと食べ物インテグラルが始まった第一回を見つけて早速聞いた記憶があるので、
ご一緒できてとても嬉しく思ってます。
ありがとうございます。
早速なので、またちょっと松村さんに自己紹介を少ししていただきまして、
さっきのメールにも書いてあったんですが、
もともとはハルモニアという会社で立ち上げられていて、
今、変容デザインラボっていうキーワードもめちゃくちゃ気になるところなんですけども、
ちょっとどういうことをやられているのか、ちょっと簡単に自己紹介ぜひお願いします。
はい、今紹介していただいたバタフライラボでシステミックデザイナーという肩書きを名乗っている松村大輝です。
食べることと飲むことが大好きでして、
半分はデザイナーの仕事なんですけど、半分はもうなんか自分の趣味みたいなことを掛け合わせていろんなプロジェクトをやっていたりします。
松村さんはだいぶ前からね、一緒にお話しする機会はあったんですけど、
結局今も何者かってあんま分かってなくて、実は。
そうね。
なんかいろいろやってる人だなと思ってるんですけど、
はい。
で、いつも僕らが企画するイベントとかにもわざわざ掛け合わせにお越しいただいたりとか、めちゃくちゃフットワークも軽いですし、
年末年始にちょうどNHKのやつを見てたら松村さんが急に出てきてびっくりしたっていうのは覚えてます。
はい。いろんなところに顔を出しながら。
だいたい武藤さん、武藤兄弟とお会いするときはお酒入ってますからね。
大体懇親会とか。
そうですね。
一日お疲れ様打ち上げみたいなところで話すことがほとんどなんで。
確かに。
真面目な自己紹介とかしたことないなという気がします。
そうですね。
なんか私がお会いした、たぶん最初の方だと思うんですけれども、
その時は行動変容っていうところがキーワードで、ワークショップを開催されていて、行ってみたところ、こんなに難しい内容なのにものすごくわかりやすく教えてくれるすごい先生がいるなと思ったのが私の第一印象で、
確かその時はもともとはプライシングとか結構そういうところもやられていて、でもこうだんだん人々がどういうふうにすればもっとサステナブルとかリジェネラティブな行動に移っていけるかみたいなところをテーマにお話ししてくださっていて、
私たちもよくお話ししていると思うんですけど、もちろんサステナブルな行動っていうのはいろいろ推奨されてはいるが、実際に自分からプロアクティブにやっていくことってすごい難しい話なので、しかもそれをわざわざちょっとエクストラなお金を払ってまでやるかっていうともっともっと難しい話で、
やっぱり企業ではそこが本当にネックになってなかなか踏み出せないっていうことが多いんですよね。そういう中で松村さんがちょっとこう行動変容っていうところをキーワードにいろいろ解説してくださるっていうことがあったので、私はちょっとその印象が非常に強いですね。
そうですね、たぶん自分と職のつながりみたいなのも岡田さんたちにいただいた縁だったなと思っていて、FKFジャパンの自分が登壇させてもらったのは2024だと思うんですけど、あの時の職と行動変容のテーマでお話しさせていただいたんですよね。
自分はそれまでも食品ロス問題とかに特に強く関わっていて、それをいわゆるダイナミックプライシングと言われるようないわゆる値引きですよね。スーパーで夕方にだんだん値引きしていくことをもっと加額することによって無駄になってしまう、捨てられてしまう食品を減らそうみたいなことをやっていたので、食と関わる部分ではあったんですけど、
なんかよりそれが食産業全体とかフードシステム全体みたいなところに問題意識が向いて、より強く関わり始めたのが実はSKSが最初だったなというのを思い出してますね。
もともとは松村さんのキャリア的にはどういうパスで今ここまで歩まれてきてるんですか?
今バタフライラボっていう会社をやってるんですけど、この前までは本当にテクノロジーとスタートアップの世界みたいなところにずっといて、いわゆるベンチャーのCEOをやっていました。
それこそ食品ロスに関わる、先ほどお伝えしたようなサービスをいわゆるエンジニアチームとかデザイナーチームと一緒に作っていって、資金調達もして、いろんな企業の方にそれを使っていただくみたいなことをずっとやってきたキャリアですね。
ただコロナ明けぐらいから、例えばこの3、4年ぐらいになって、やっぱりテクノロジーだけだと問題解決できないなっていう限界も感じるようなものがあって、特にビッグデータっていわゆる領域とかAIとか、それをダイナミックプライシングに使うみたいなことをやってると、
スマートそうなんだけれども、別に生活者、自分も含めた生活者って価格だけ見て物を買ってるわけじゃなくて、いろんな多様な、お店の例えば照明だったりとか、たまたま昨日話した話とかいろんな複雑な要因があって、物を買ったり買わなかったり買いすぎてしまったり、食べきれなくて捨ててしまったりみたいな全体の行動が起きているっていうのが分かってきたので、
なんかテクノロジーだけじゃ、特にデジタルテクノロジーだけじゃ解けないなっていうところの限界を感じて、もっと広い行動変容全体を描けたりとか、社会実装したりとか、それを多くの人が使えるようにしていくことに自分の情熱が向いていったっていうのがありまして、
それがSKSでお話しさせてもらったような行動変容をフレームワークにして、いろんな職に関する企業がそれを使っていってほしいとか、地元で応援していきたいみたいなお話に繋がったかなと思います。
なるほどね。
で、行動変容もまたこれだけでも問題が解けないなってのが見えてきて、1人とかNイコール1とかNイコール100みたいな特定の人たちの行動変容を、ある場を設計して起こすみたいなのができる。いろんなやり方があるし、方法論も見えてきたし、ある程度フレームワークにできてきたんですけど、結局その場の行動が変わるだけだとその場が劇。
日常の習慣も変わっていかなきゃいけないし、生活者側の習慣が変わるだけじゃなくて、結局バリューチェーン側、職をどっから作って、どう加工して、どう届けて、食べ終わったものとかどう廃棄してリサイクルしてみたいなところを含めた全体のバリューチェーンの変容っていうのが必要だなっていうのもまた痛感して。
で、行動変容だけじゃなくて、社会変容ですね。
社会のシステムは産業ごとのシステムとか、もっと根深い文化、人の価値観、自然と人間の距離感みたいなところを含めた、その社会の変容とかその社会のシステムをデザインしていくことっていうのをやっぱり本腰を入れて専業としてやっていきたいなっていうのがあって、
その行動変容と社会変容をやっていくラボとして、変容デザインラボっていう風にカテゴリーを決めて、今、去年ぐらいからこの活動を始めているというところです。
めちゃくちゃ広い範囲ですね。範囲というか、もう範囲がないようなものですよね。この行動変容っていうと人そのものですもんね。
そうなんですよ。結局、誰かの行動を変えたいとか、自分の行動を変えたいっていうのって、やっぱりすぐ人間はなぜそういう行動をとるのかっていう問いに繋がりますし、
そうなると社会はどういう仕組みなんだろうとか、社会がどういう仕組みだから人々って今こういう行動してるのかみたいな探究につながっていきますし、
その中で自分はなんでこういう行動してるんだろうみたいな、人間ってなんだろうみたいな探究につながっていくので、めちゃくちゃ面白い出発点だなと自分でも思っています。
「豊かさ」の概念と食・体験の繋がり
今まで前の会社ではそういう金額の部分とか、本当にAI使った、本当にITでどうにかしようみたいな部分だったと思うんですけど、今度人じゃないですか。人ってどっから手をつけたらいいんですかね。
それこそ太郎さんが食べラジで話してるような、多分いろんな角度、いろんな学問分野、いろんな歴史、文化人類学、哲学みたいなところ参照しながらプロジェクトやってるんですよ。
こういう取り組みをやろうとすると、例えば職以外でもウェルビーイングに関わる方、人の心の豊かさとか精神的な充足感、ウェルビーイングみたいなことをどう高めていけるかっていうプロジェクトもお手伝いしてるんですけど、そっちはもう広すぎてテーマが。
幸せとは何か、私たちはどういう時に豊かさを感じるんだろうか、豊かさって何だ、みたいなことを毎週毎週いろんな本を読んだりとか、いろんな有識者の方にインタビューしたりとか、実際これ本だけだとわからないんで、どうも東京と比べてもスローなスピードで文化が流れてる街に実際行ってみよう、行ってフィールドワークしようみたいなこととかを重ねながら取り組んでいるのは広げた時の変容デザインの中身っていうか普段やってること。
ちょうどその豊かさっていう部分に関しては、僕もコーチ時代にいた道の駅と第三セクターの会社のコンセプトを考えた方、梅原誠さんっていうデザイナーさんがいらっしゃるんですけど、もう本当に豊かさとは何なのかみたいなのをずっとコンセプトに持っておられて、田舎で豊かさっていうのと都会で豊かさっていうのは何が違うのとかそういうのをずっとやってきたんで、ずっと聞いてきたんですけど、
結局いろいろですねって話もあったり、僕らができることって何だろうって落とし込まないと到底前に進めるような話じゃなかったので、それを今度は松村さんがどういうふうにやるかっていうのはすごい興味が湧いているとこです。
ありがとうございます。
これはなかなか話が拡散しつつ収束する気配のない遠大なるお題ですよね。
若干その食べラジオを説明するときの難しさと同じような匂いを感じるんだけどね。
どんな番組ですかって言われる感じで。
でも食べ物ラジオは結構な人の行動を変えてる気がしますけどね。
行動を変えようと思ってやってるのはなくはないんですけど、僕のアプローチ、個人的な感覚ではですね、まず価値観が変わることとか、その辺からスタートするのがいいのかなっていう感覚を持ってるんですよね。
よく言うじゃないですか、考え方が変わると行動が変わって、行動が変わると習慣が変わって、習慣が変わるから成果が変わるみたいな、ビジネスの初期のお勉強会でもやらされるような内容ですけど。
そこで行くと、一番最初の考え方が変わるための材料としての情報を届けるっていうのが、食べ物ラジオのコンセプトの一つではあると思ってますね。
豊かさって時代によって定義がどんどん変わってっちゃうじゃないですか。
そうですね。
それはまあ象徴的に世代に現れることもありますけど、例えば僕らにもずっと上の世代で高度経済成長期に元気バリバリだった方々の豊かさの価値観って、割と経済に比重が高いわけですもんね、どうしても。
その人たちと我々からさらに下の世代になってくると、そっちじゃない時間だったりとか過ごし方とか、最近顕著なのは心の自由度みたいなのをしきりに言うようになりましたから。
僕らも、僕の世代ですら人権の概念変わったなって感じますもんね。
ちょっと前まで人権ってね、物理的な権利、自由さの主張が強かったと思うんですけど、最近なんかだと、私は自分のことを女だと思ってるのを認めろって、これ完全に物理じゃなくて心の世界入ってますから。
そこの思考の自由度に豊かさを求めるように、この10年20年で大きく変わってきてるなっていうふうに感じるんですよね。
その辺をどう捉えるかっていうのを、僕も個人的に興味があって考えたり読んだりしてるんですよね。
これ、特価化になるかどうか試しに出してみますね。
しばらく前にちょっと読んだ本の一節に坂井家大地さんの文章が引用されてまして、ザクッと彼の言ってる主張をまとめると、
あり余るほど大量のものをジャブジャブと使うこと、そして足りないものを慈しむ心、情緒、これを豊かさだと定義しようというようなことを言ってるんですよね。
例えばすっごい昔の時代に遡って平安時代とかになると、お金も少ない食料も少ないけど時間だけはあり余るほどある貴族。
時間をたっぷり使って物事を味わっていく和歌だとか、レンガの貝だったりとか、ものづくりだったりとか、そういう時間を大量に使うことで豊かさを感じる。
代わりになかなか手に入らない食料とかを大事に大事に慈しむように楽しむみたいな感じなんですよ。
最近だと逆に時間はどんどんどんどん少なくなるんで、貴重なものとして扱うようになるけど、代わりにAIが出て顕著になったのは情報の氾濫ですよね。
超大量の情報、これは贅沢にジャブジャブ使って使い捨てていくみたいな、こういうところにパラダイムが映っていくみたいなのが想像できるんですよね。
こういう価値観の違いっていうのは、さてシステム的にデザインするとなると、どうすんだこれ本当に。
豊かさと近い概念として有難さっていうのをキーワードにするといいんじゃないかなというふうに思っていて、
実は有り余るほどある、溢れているような、例えば自然資本とか、いろんな人が支えられてるなっていう思いとか、
こんなに熱量が一ところに集まってるんだ、みんなこれ何とかしたいと思って集まってるんだみたいなことを含めた豊かで溢れているようなものに、
その有難さに気づき直すっていうこともありますし、一方でその希少さの方の有難さってもちろん言葉通りあると思っていて、
今今年のこの魚が食べれてるのって、来年は食べれないかもしれないみたいなこととか、
いろんな奇跡と偶然があって、今ここに自分が生きてるのもそうですし、仲間とすごい素敵な時間を過ごせているみたいなこととか、
本当に美味しい店の恵みと料理人の方の思いがあった一皿って今食べてるんだみたいなこととかって、
僕やっぱりよく感動するんですね。
よくこうありがてえありがてえって言いながら友達とご飯を食べたり、
あとその素晴らしいサウナに入ったりとか、いろいろこうおもてなしなり、誰かがそこに思いを乗せてくれて用意してくれた素敵な空間とか時間とかに、
ありがたいって思う気持ちとかって、たぶんその別は自分って豊かな状態なんだとか、
自分って豊かさを持ってるんだみたいなことに気づき直すトリガーな気がしていて、
いかにありがたさを思い出せる瞬間を作っていくかとか、
そこにたぶん美味しい食べ物とか旬の恵みみたいなものとかってすごい繋がるんじゃないかなっていう気もしていて、
だからこの食と幸福、ウェルビングみたいなもの、すごい密接な関係にあるテーマなんだろうなっていうふうにお聞きしながら思い出しました。
そうですね。僕がしゃべるとこれ尺長くなるのか、まあ言っちゃおう。
今の話を聞いててね、パッと浮かんできた映像ってやっぱ茶室なんですよ。
茶道って精神的なものの元になってるのは禅宗、その元になってる道教的な思想があると思うんですけど、
理休が体制した茶道の仕組みですよね。あれもうデザインだと思うんですけど、
あのデザインそのものがありがたさ、希少さ、つながりみたいなものを感じられる仕組みを随所随所に入れてってるんですよね。
自然との接点、季節との接点、人の思いとの接点、人と横に並んでどういう作法でやると感じられるのかみたいな、
心情の動きまでを全部ハックしに行くような仕組みが、実はすげえ綿密にデザインされてて。
一見表層的にはただ楽しい豊かな空間なんだけど、ちょっと知識がついてくると何層にも積み重なってるんで、
同じ環境でも読み手の感覚がどんどんどんどん深まっていくと、違う読み方ができていく。
本2回目に読んだら気づきが増えるみたいな環境ですよね。あれをね、どうやら作動って綿密に組み込んでやるらしいんですよ。
なるほどね。
コミュニティビールプロジェクト:都市と人の繋がりを再構築する試み
いや、ちょっと全然違う角度から行くと、これまでもお話ししてるんですけど、アメリカでどうやったら飛満をなくせるかっていう話になると、
茶室どころではなくて、ゴリゴリにスマートウォッチをつけて血統値センサーをつけて、そのデータのアップダウンを見て、
強制的にもう変えねばならんみたいな感じに追い込んでいく、めちゃくちゃスパルタな行動変容と、
なんていうか、北風と太陽で、とにかく北風型でですね、やっていくことをよく聞いてるわけなんですよね。
環境問題もそうで、それよりはもう少し緩いんですけども、やっぱり社会としてそこに気を使わないなんておかしいみたいな、
そういうモードに持っていったり、コンビニではレジ袋は有料ですみたいな、やっぱりそういう社会システムを作っていったりしているっていうようなところもある中で、
そういうすごい機能的な行動変容の実装と、今の茶室みたいな話はどっちかというと情緒的というか、カルチャーに持っていって喜んでそれをやる、だけど実はいいことが後ろで起こっているみたいな、
なんかちょっとそういう感じもしていて、いやもしかしたらちょっとそれが松村さんが持ってきてくださっているそのプロジェクトのお話にも通じるのかなと思いまして、
あとそのクラフトビールのプロジェクトのお話、ちょっと持ってきてくださっていると思うので、なんかちょっとそれと行動変容の関係性みたいなところもちょっとお話しいただけると嬉しいのですが、どういうプロジェクトなんでしょうか。
振っていただいてありがとうございます。
2025年、去年ですね、東京駅の周りの八重洲、日本橋、京橋エリアでコミュニティビールプロジェクトっていうのをやりました。
自分はここの企画とか全体の設計とかファシリテーションって言われるようなことをしたんですけど、すごく簡単に言うと、街のその東京駅周り、東京駅の特に東側ですね、八重洲側の街の人たちと一緒にオリジナルのこの街ならではのクラフトビールを作ってみようっていうプロジェクトです。
ちなみに参加者はいろんな方が集まってくださったんですけど、例えばその街の老舗日本料理屋さんとか、いろんな飲食店、5代目、6代目ですみたいな方にご参加いただいたりとか、
またその街の全然違うオフィスワーカー、同じ街を共有してはいるんだけど全然違う仕事の仕方をしているような方に集まっていただいたりとか、あとはその街の作り手ですね、いわゆるデベロッパー。
今回で言うとその東京建物さん、AKS JAPANにもご参加されてますけど、東京建物さんが結構そのホスト役というか、全体の温度を取ってくれたりとか作りをしてくれて、あの街にすごく詳しいとか長年やってらっしゃるので、街の方に呼びかけをしてくれて形で作られていったようなプロジェクトです。
これ結局誰が作るんですか、その物自体は、そのビールとかって。
ローカルに、正確に言うとその日本橋エリアにブリワリーがあって、ローカルのブリワリーがあって、そこにご協力いただいて一緒に作りましたね。
そこのブリワリーの方も一緒にそのワークショップ、ミーティングに参加してくれて、街の人たちの意見も集めつつ、そのブリワリーの方も街の一人なので、一緒にその街の残念なところと面白いところの両方を議論したんですけど、それを入っていただきながら、実際ビール作りというのはそのプロの方にやっていただいた形ですね。
みんなでその味を決めて作ろうみたいな感じなんですかね。
そうですね、方法論的な背景を少しだけお話をすると、デザイン領域って今どんどん射程が広がっていて、昔はこうトスターのデザイン、グラフィックデザインとか、プロダクトデザイン、製品を作るデザインとか、全体のデザイン、グラフィカルなデザインをするみたいなところがいわゆるデザイナーのイメージだったと思うんですけど、
それがどんどんUXデザイン、ユーザーの体験のデザインをしましょうとか、さらに最近広がっている社会システムのデザインとか、すごい抽象的な、手に触れないようなものだけれども確かにこの社会に存在していて、私たちに大きく影響している社会のシステムのデザインという領域がかなり今最先端の領域としては研究されていて、
その中の一つにトランジションデザインっていうフレームワークがあります。
自分はこれ結構素晴らしいなと思って参考にしているんですけど、今回のコミュニティビールプロジェクトはこのトランジションデザイン的な考え方とクラフトビール作りっていうのをかなりのジャンプがある結合をさせて、一緒にやってみたらどうなるかなっていうのを多分世界で初めてなんですけど、やってみたプロジェクトです。
なのでその最終的にはビールを作るんですけど、手前はトランジションデザインのセオリーに則っていて、まずその街の課題を深く深く構造化しに行く。
それこそ街のフィールドワークもするし、歴史も勉強する。江戸の昔からの日本橋の歴史を調べたりとか、さらに昔はこの辺海だったんだよねみたいな話とか。
どういう風にその後、文化、歴史、いろんな事実が重なり合って今があるのかみたいなのを歴史を掘りに行ったりとかをして、なぜ今こういう状態なのかっていうところを構造的に捉える。
それはシステミックに捉えるって言うんですけど、捉えて、その後じゃあこれの悪い部分が解けた未来ってどうだろうっていうその未来のビジョンを作って、その間を埋めていく。
その現在と未来のビジョンの間を埋めるのがまさにトランジションっていうその移行の過程ですね。
今から未来に向けて、ビジョン作って終わりじゃなくて、ビジョンに向けて具体的にどうやってそこにたどり着くのっていう道筋を描くのがそのトランジションのデザインなんですけど。
堅苦しく聞こえることを町の人たちと楽しくビールを飲みながらやって、それで見できた町の未来ビジョンをキーワードとかコンセプトにして、こういうビールでこういう食材もできれば使っていただいて表現してもらえるとぴったり来るんじゃないかなっていうところまで結晶化していって、それをブリワギの方にお願いしてっていうような流れでした。
ビジョンを描いて、初めの一歩としてこのクラフトビールというものを選んだというところで、ビジョンと何を目指して最初の一歩がクラフトビールだったのかっていうのをちょっと聞きたいんですけど。
2024年のリジェネラクションっていうイベントがありまして、SKSジャパンの近い時期に、去年は一緒にコラボとかしてたから同じ種類やってましたよね。
そういうイベント、コンファレンスがあって、その後もワークショップがあって、自分は参加者として入って、この東京という町の課題を一緒に考えようみたいなのに入って考えてみたんですね。
他の参加者と一緒に議論をしたりとか、この町の良いところ悪いところって掘っていくと、とても便利だし、歩道も広くて安全だし、地下街も便利で濡れないしみたいなのがやりやすいんだと思うんですけど、
なんか人の繋がりが気迫な気がする。町の課題解決したいのは山々なんだけど、僕みたいな人からすれば、サステナビリティ、特に自然資本の話とか、職に関わるところとか、交通、都市部下に関わるところの課題解決って面白そうなんだけど、
この町の未来を何とかしたいと、そもそも思ってもらえるような、町と人の関係性っていうのは失われちゃってるんじゃないか、みたいなのが見つかったんですね。仮説として。
その問題を解く前に、そもそも問題を解こうと思うような、町に対するオーナーシップを持ってる人が減ってきちゃってるんじゃないか。ただ便利だから、ただ東京駅前で交通の便がいいから、物流の便もいいから、ここを選ぶっていう人がいると、もっと利便性のいい町があればそっちに引っ越してもいいよみたいな方々だったりするわけじゃないですか。
なので、町と人の繋がりが失われつつあるんじゃないかとか、人と人の繋がりが失われつつあるんじゃないかとか、この町に通勤してる人と、この町でずっとお店をやっている人の繋がりっていうのも、あんまり色どり豊かなもんじゃなくなっちゃってるんじゃないかっていう課題仮説があったので、そこから解きたいなっていうのが初期的な思いでしたね。
確かに。僕、やいすんはもちろん町なのは分かってるんですけど、頭では。駅のある場所で、東京の交通網の拠点であるぐらいの、でっけえバスターミナルみたいな感覚のイメージで、たぶん過ごしてたんですね。
で、行くたびに絶対そこは絶対通るのに、町としての認識が僕はなかったんですよ。町っていうのはもちろん町の中にあるので当たり前なんですけど、田舎の僕らみたいな掛川とかの町とかをイメージするのと、東京駅前を町としてイメージするのって、たぶん全然僕の中では違うものだと考えてたので、確かにそうやってみると、なんか都市機能として見てたなっていうのは今すごく感じました。
なんかどうでもいいんだけどさ、星の王子様思い出しちゃった。
なんで?その心は。
星の王子様はいろんな星もあって、最後地球に来て、で、いろんなのに出会うんですけど、その中でキツネに出会うんですよね。
キツネ。
その前にバラに出会って、もともといた星に一輪のバラがあって、王子様はそのバラのことすごい大事にしてるんだけど、地球に来てみたら何万本もバラがあって、あれ?一緒じゃん、オンリーワンじゃなかったっていう体験をして、その後にキツネに会ったら、そんなに急に仲良くなれないよ、ちゃんと慣れさせてよっていうような話をするんですよ、キツネが。
で、どうやったら懐くっていうことが起きるの?って言ったら、そんなに急に近づいたらダメだよって、ちょっとずつ同じ時間に来て、毎日視界に入るだけでいいから、みたいなのを繰り返していくと、どうなるかっていうと最終的に何十万人中のたった一人の王子様だし、何百万匹中のたった一匹のキツネになるだろう、これが懐くってことなんだよ。
だから君のバラは何万本の他のバラと一緒じゃないんだよね、みたいな話をするんですよね。そういう懐くとか馴染むとか、さっき松村さん言ったオーナーシップ的な感覚だったりとかって、時間をかけて構築する必要があるし、意外と現代人その術を失ってるんじゃないかなって思ってて。
で、それがあるからサンテグベチュッペリはあの本に書いたんだと思うんですよね。もう何十年前の本なんだけど、もうその時点から多分キックしてたんだと思うんですよね、ヨーロッパとかで。だからなんかそれを改めて現代版で再構築してるんだろうな、みたいな感じを思いましたよ。
なんかそう考えるとあれだね、かけがわとかだと祭がさ、ようだにみんなで頑張って1年間かけて作るっていう、祭が終わったら祭が始まるっていう文化なんで、なんかその中で中心に回るのはお酒なんですよね。
それで考えると多分、このビジョン自体も多分その気迫さっていうのは考えると、かけがわってかなり祭に参加してるメンバーって他の地区でも市内であればというか、なんていうんですかね、祭りも何箇所か同時にあるので区ごとでもっと広い範囲であるんですけど、それがまた1週間ずつずれたりしてて、もうお互いに行き来する人たちが結構いて、そこで繋がりをすごい持ってるんですよね。
そういうのと、そこに飲みながらみんなで繋がっていくっていうのがやっぱり繋がりを維持していくのに、なじむとかなつくとかそういうところに生きてきているんだろうなっていうのは今感じました。
あれね、お祭り地区によっていろいろ違うと思うんですけど、かけがわのお祭りって出汁が出て、地区単位で1個の出汁、その出汁につくのが何十世帯みたいな、それがいくつもいくつもって何十丁もあるみたいな感じなんですけど、もちろん同じ次長内ではすごく密接に繋がるわけですよね。
一年通してずっと変わってるから。ただ全然違う町の人なんだけど、ハッピー来てると、お前んとこも同じことやってるよねって言うだけで、なんかねライバルでありながらすげえ仲間意識が持つんですよね。もしかしたらじゃあ八重洲前でクラフトビール作りましたって言ったら、今度神田の方でも同じことやりましたっていうグループがいたら、何お前もやってんのいいじゃんみたいなね。
そういうアメーバ的な繋がり方もあるかもわかんないなって思いますね。
確かにね、中心としてはすごくこのクラフトビールが興味湧くのは、やっぱ飲みが好きな人はビール引かれるよ、単純に。軸としてはすごい分かりやすいかな、食、その食べ物の好きなものの中で。
そうですね。
かついろんなバリエーションがあって、広くビール好きって人たちの中にも、ライトなのが好きな人もいるし、なんかもっとこうアルコールと強いのがとか苦いのが好きとか、いろんな人もいて、どれも美味しいんだけど、この街の未来に合わせるならどれだろう、みたいな問いで飲み比べとかして、めちゃくちゃ面白かった。
面白そう。
ぜひ東中野にある雑談とコラボしてほしいですね。
あそこもいいですね。
ポッドキャスターを倒しては、今度ポッドキャスターを始めるという噂を聞いたので、ポッドキャスターのスイッチ。
一回収録行ったことありますよ、雑談。
収録終わった瞬間にクラフトビールが飲める素晴らしい店ですね。
飲みながらやらないですか?
その時は終わったら飲もうって言いながら収録をしましたけど。
めちゃくちゃ真面目でした。
そこも大好き。
すいません、店長は初期の頃飲んでましたんでね。
お祭りと今回のクラフトビール作りみたいなのはすごく多分近い。
お祭りのようなものに近づけたい体験としてあったんだろうなというふうに思っていて。
やっぱり僕自身もあんまりゆかりがない土地なんだけれども、今回のプロジェクトでご一緒して、何ヶ月か一緒に議論したりとか話を教えてもらったりとか。
参加者の方がやってるお店に僕も食べに行ったりとかしている中で、顔見知りを超えた一緒に作った仲間たちみたいな関係性が生まれて。
ハードとしては全く変わらない、さっき拓郎さんが言ったように便利な高機能な都市なんだけれども。
そこに子としてはこういう人間がいて、こういうAさんがいてBさんがいて。
Bさんの子供がこういうことやっていてみたいな人が多層的に見えてくるとか、自分とその街の人の繋がりができたことによって全然見え方が変わった。
自分のホームの一つになったなという感じがするし、行くとちょっとおまけしてくれるような関係性がいろんなお店にできたりとか。
これがすごいありがたい話だし、お金払ってそこで官僚の取引関係じゃなくて、もう少し超えた生身の関係性っていうのができたなっていう気がしますね。
そこに多分寄与できたんじゃないかなというのと、参加者の方の中にもまさに無機質な街に見えていたけれど、今回のプロジェクトを通じてここも村なんだって思えたっていうふうに発言をしている方もいて。
実は村なんだここも、カタカナの村みたいなところのイメージを持たれた参加者の方もいたのはすごく面白かったなというふうに思います。
確かにね、本当これ気づきだけですもんね。気づきと体験だけですもんね、言ってみれば。周り何も変わってないっていう。
別にビール立てたわけじゃないし、街を変えたわけでも、ルールを作ったわけでもないんだけれども、ただ共同体験をして、
それがデスク上の、機上の議論だけじゃなくて、一緒に飲めるものを作って乾杯までするみたいなことをすると全然違って見える。
直接参加した人以外にもビールを飲んでもらうこととか、ビール飲んでもらいながらその会話をすることによって、
追体験的に入ってきてもらいやすくなるっていうのも、ビールでやってよかったなというふうに思ったところですね。
確かに。話すきっかけとしてはすごく、その、取っ掛かりしやすいようなものですもんね。
本当にビールから人に行ってもいいし、ビールから街の物語に行ってもいいし、ビールから味につながって、その味を作った人の話とか、ストーリーの話とかもしやすいですもんね。
そうですね。このクラフトビールにした理由の結構大きいところに、ビールの肩の力を抜く力っていうのがすごくあるなというふうに思って。
ビールの話をするときになんかシリアスなことをシリアスな顔で語ってもしょうがないじゃんっていう感じですね。
確かに。
多分これワインだと違ったんだと思うんですよ。
ワインだとそもそもそんなカジュアルに作れないし、比較的その格式に伝統に重きを置くカルチャーがワイン周りのカルチャーにあると思っているんですけど。
ビールって人のカジュアルなガードを下げさせるような力がある媒介だと思っていますし、ビールを作るから集まりなよっていうふうに声をかけると、
街の課題を考えて未来のビジョンを作ろうよって呼びかけると全然参加者が違ってくる。
全然違いそうですね。
関心を持ってくれる方の幅の広さが全然変わってくるので、裏側ではシリアスな狙いとか真面目なテーマを置いても、
表側は半歩ずらしたような面白さとかおいしさとか楽しさみたいなものを全面に出した形の呼びかけ方とか体験の入り口作りみたいなのは今後もすごくキーとなるんじゃないかなとは思っています。
松村さんはなんでこのジャンルに行こうと思ったんですか?こういうことをしようみたいな。
「遊び」の力とビジネスへの応用
全部いただいた機会だったりはするんですよね。
カンファレンスとかワークショップとかに呼んでもらって、自分も参加者の一人として入ってみたりとか。
それこそ、たぶんSKSジャパンとかで出会った人たちに声かけてもらって、次こういうイベントあるんだけどって言って誘ってもらって、そっちに参加して縁ができたりとかっていう。
どんどん呼ばれて引き込まれていった。
そこで一参加者で留まるのはあまり楽しくないので、せっかく入るなら自分が企画しようみたいなところで、今回のコミュニティビルプロジェクトも立ち上げていったというのが直接な理由ではありますね。
ただなんかもっと出前に食への好みというか、食いしん坊なところがあるので。
食いしん坊的、そしておいしいだけじゃなくて、やっぱりおいしさってコンテクストを知ると全然変わってくるので。
どういう文脈があって、どういうこだわりとかうんちくがあって、今この食材がここにあるのかみたいなのを聞きながら、
特にローカルな取れた場所と近いところで食べたりとかする体験が自分は大好きなのもあって。
でもその後に現体験的になって、この食と体験と人と人をつなぐプロジェクトみたいなのに、今なんか面白いなと思っているんじゃないかなと感じています。
確かに食好きじゃなかったらやらないですもんね、もともとね。
そうでしょうね。
あとはそのストーリーが好きなのと人に関わるのが好きっていうのはやっぱあるんだなと思いますね。
松村さんなんかいつも誰かと話してるイメージなんで、ポンポンポンってこっちの人と話してたと思ったらまた次の別の人とまた話をしてて、
あのひっきりなしに話しながらでもちゃんとご飯食べて飲んでるみたいな。
ちゃんと優しく聞いてくれるんですよ、松村さん。
確かに、そうですね。
僕一人飲みとか一人飯大好きなんですけど、だいたいカウンターの横並びの人たちと友達になっちゃう。毎回やっていて。
僕は松村さんをあまりよく知らない理由は松村さんがめっちゃ聞いてくれるので、松村さんの聞くタイミングが回る前にまた違う話になっちゃったりとか、
他の方が入ってきたりとかして、結局松村さんの話聞かずじまいっていうことが多くて。
なんでなんかすごい話したことはあるけど。
ようやくお話できましたね。
なんか今お話を聞いた限りで松村さんってこんな人なんだろうな、こういうところに興味があるんだろうなみたいなのがなんとなく見えてきて、
もともとITとかそういうシステム的なエンジニアリングのところだったのかもしれないんですけど、多分ね、やっぱ日本人なんだなって思うところもあるし、
食べ物ラジオとかもそうですけど、例えばビールならビールっていう料理食材一つ取っても、実はそのものの側にすごい膨大なプロファイルがあって、
機能性、栄養面、作り手の思い、一時産業から始まるような小流の物語全体もあるし、歴史的な流れもあるし、
消費者側も飲む時の環境とか隣にいる人との関係性とか、ものすごい膨大な情報が一本の缶の中に全て詰まってるはずなんですよね。
それを見てるか見てないかだけだと思うんですよ。僕たち見る側が。
特に日本だけじゃないかもしれないですけど、日本人が特にちょっと負に落ちないなっていうのが、機能性、栄養性だけを語られるとすごく関係性が希薄に感じてしまう。
逆にそれアメリカのだとわかりやすくて受けられやすいんですけど、どっちかというと日本人はそれだけじゃねえんだよなみたいなのをどこかに思ってしまうのがあって、
それを食べ物ラジオ的に言えば歴史の文脈から引っ張り出してきて、あるものを引っ張り出してきて自分と接続する作業だし、
今の松村さんのビル作るっていうところは、作るっていう行為を共にすることで物語を過去じゃなくて現在から未来に新しく作り出すっていう行為ですよね。
僕がここから先で言うことで一番日本的だなと思うのが、ちゃんと遊びにしてるところなんですよね。
いわゆる西洋哲学的なところだと、デカルトはわりと明るい人だからだけど、関東なんかもクソ真面目すぎて僕あんま好きになれないんですよね。
シリアルすぎちゃってピンとこない。ニーチェのなんかもちょっとクレイなみたいな。なんだけど、五大五天のあたりの良人秘書とかに出てくるような、
我、遊びをせんとや生まれけんみたいなね。私は遊ぶために生まれてきたんですみたいなのを歌って、それがここからしていくわけですよ、この感覚が。
遊ぶ感覚で模倣しまくるわけなんですよね。昔のすごい人が歌った和歌を自分なりに読み換えて自分の言葉で歌い直してみるとか、
和歌の風景を自分の筆で自分の感性で絵に書き換えてみるとかっていう見立てをずっとやってくると、
模倣することで過去の作品と自分の感情を重ねて自分ごと化していくっていう作業をしてるらしいんですよ。
これすごいよね、もとおり乗りながらこんなこと言ってんだよ、江戸時代の人が。これを現代版にアレンジしてやったら多分これだっていう感じ。
そういうことね。
接続の仕方を現代風にリーデザインして実装するとこれっていうイメージかな。
昔はそれしかそういう道具がなかったからっていうのもあってそういうだけでしょ。
それを現代版でやったらこうなるよって話。
いいことだと思う。だからお酒とかお菓子とかでもいいかもしれないし、
食じゃなかったらアートプロジェクトみたいなのもあるかもしれないし、
そういう一見それ意味あんのってなんか機能的に社会に意味あんのって言っていや別にねえけど遊びだから、
みたいなところの方が人間ってすごく心が動いて入ってきやすいみたいなね。
序盤にお話しされてた、岡田さんお話しされてた、
サステナビリティとかサステナブルな行動にどう変容させていくかみたいな話のやっぱりここが繋がるなと思っていて、
やっぱりシリアスなとかロジカルにこういう栄養をとりなさい。
こういう栄養をとったら健康ですよとか、こういう食材を食べるのをやめて、
こういうふうに節制すれば気候変動が緩和できますよみたいな話とかも、
もちろんデータとかファクトに基づくが超重要だと思いつつも、
ロジカルに説明されてもあんまり動けないよねっていうふうに僕自身も思っていて、
なぜかというとロジックとか機能性とかで語ると結局経済性とか合理性の世界の中で選び得るかっていう問いになっちゃって、
いやなんかコスパが悪いものは買えませんみたいなこととか、
食費がどんどん上がってる中でプラス何百円も出して、
より健康的な食とか、より自然環境にポジティブな食とかって選べないよ。
選んだ方がいいのは分かるけど選べないよみたいに。
その理屈と封じの世界だとやっぱそっちに陥ってしまう。
僕もやっぱりここがプライシングやってて限界を感じたポイントでも繋がるんですけど、
一方で遊びですってなるとコスパの問題じゃなくなるんですよね、問い。
面白いからです。面白いからやってんだよとか、
友達に誘われてなんかまあ興味本位で来て、別に辛くなければ参加するよみたいなこととか、
参加してみたらめっちゃ面白いとか美味しいとかって、
合理的な計算の枠を超えさせるとてもいい、北風と太陽でいうところの対応的なアプローチだなというふうに思っていて、
一回体験してみると結構これ楽しいじゃんとか、
例えばグリーンフード、自然環境にいい食生活みたいなのって、
やってみたら案外美味しい、楽しい。
そして生産者とも触れ合えてめっちゃこれ大事にしたいみたいなとか、
体験があるとそこから習慣も変わっていくみたいなことがあるので、
真面目なデータとかファクトをちゃんと積み上げ、裏では積み上げ、
多くの人とか企業とかに一回入ってやってみようよっていう入り口を作るときとか、
それをずっと続けていくときに、
エコノミクスだけじゃなくて遊びの力、面白さ、楽しさ、美味しさみたいなのって、
すごくドライブになっていくんじゃないかなという気が、
今の話もお聞きしながら感じたところでした。
なんか昔の学生の頃思い出したね、
バカ企画っていう企画がありまして。
企画名がバカなの?
そう、バカって続くのよ。
そこのメンバーやってたんだけどさ、
とにかく毎月、その寮の自治体の中で役職があって、各党から2人メンバーがいて、
そのバカ企画のメンバー2人ずつが6党ある寮から招集されて、
毎月1回企画書をもとにバカ企画をやるっていうのがあってですね。
あの下戸狩りの、御殿場の近くの下戸狩りっていうね、長泉町の下戸狩り駅前で、
冬に1リットルアイスをみんなで食べるとか、
駅前で食べるんだよ、みんなで1リットルアイスを抱えて駅の前に並んで、
しかも企画部の赤いユニフォームを着て全員で並んで食べるとかね、
そんなことやってましたけど、
あの時はなんかね、真面目にバカをやってたね。
楽しいから、だけど企画として面白いことを真面目に企画してバカをやろうだったけど、
なんかバカを真面目にやる方が面白いのかもしれないと思って。
まあ、それって田舎の祭りって多分そうだよね。
まあね。
ね、別に機能性云々とか考えてないですもん。
で、バカ騒ぎしてて踊り狂って、何の意味があるんだっていう、
いや、面白いからだけだからバカ企画だよねっていう話を。
いや、そうだよね。
ただたまたま年一のやつを400回繰り返しただけで、
それが伝統って言ってるだけのことですよ。
確かにね。
まあ確かにそれもずっと続けば、これもずっと続いていけば伝統になるわけですもんね、結局ね。
あの、何だっけ、田森さんが前にテレビで言ってたんだけど、
仕事じゃねえんだ、遊びなんだ、真剣にやれよって。
めっちゃいいマインドですね。
ね、すごいですよね。
それ、僕らの商売そうだもん。
解析料理なんて、機能性よりも先に遊びが立ってるわけですからね。
まあね、うちのチャンネルはね、真面目でやったらこうならんからね。
たぶん、そう、遊び要素を入れるのが、
今とこかく社会全体の風潮としてやりづらくなっていると思っていて、
特にコロナ禍は不要不急なものはなるべく控えてくださいっていうのもやっぱり強く強くメッセージとしてあって、
その後もやっぱり、ちょっとバカなことやると炎上しますとか、
発言をするとすぐ叩かれますみたいな。
すぐ謝罪しなきゃいけません。
なんか、真面目なことやってなくて申し訳ありませんでしたみたいな。
社会的な状態に、なんかジバジバなってきちゃってる。
少し言いたいことも言えないというか、バカなことがしづらくなっているような社会とか、ちょっと感じるんですけど。
わかります。
そんな時代にありても、食って結構遊べるな。
食と遊びは相性が多分良くって、
例えばこの同じように未来を考えようとか、
サステナビリティとかリジェネレーションみたいなことを考えた時にも、
エネルギー業界とか、重工業の業界とかで議論すると全然遊び入れる空気じゃないと思う。
確かに。
遊びづらい。発電をどうするかみたいな議論で遊びを持ち込むってなかなか難しいんだけれども、
食は遊べるんですよ。
元々やっぱ機能性的な、栄養補給って意味の食と楽しい、美味しい、誰かと分かち合うっていう、
数字にはならないけど豊かに感じる食ってのは常に重なり合っている存在だと思うので、
機能性じゃない方も含めてみんな食っていうのを日常、1日3回接してるっていうのを考えると、
めちゃくちゃこの遊び的な変容の一歩目の入り口として、
食、酒、そしてそれも含む祭りみたいなものとかっていうのがめちゃくちゃ相性いいんだろうなっていう風に、
今日お話をお聞きしながら思いました。
食はね、それこそ食べ物ラジオで歴史やってるとすごく思うんですけど、
食は遊びだらけです。
特に日本の料理、江戸期以降はもう遊びがひどい。ほとんど遊びですよ。
遊びの心がなかったら、握り寿司なんか生まれっ子ないんだから。
2025年のNHK大河ドラマのベラボってあったじゃないですか。
僕あのドラマの中でワンシーン印象に残ったのがあって、
吉原の旦那集のお一人が亡くなるんですね。
亡くなった後のお葬式の後で、江戸期の席に宴会があって、
亡くなった方が、あだ名がカボチャだったんで、
カボチャって呼ばれてたんですよ、そのドラマの中で。
多分本人がカボチャが好きだったっていうことで、
カボチャの野郎どうしたって言って、死んじまったかみたいな話をするんだけど、
死んじまったかの後に、旦那集がみんな集まって宴会やるわけですよ。
お酒囲んでね。そしたらカボチャ料理が死ぬほど出てくるんですよ。
それもいろんな飾り切りがしてあって、お花になってたり、
他の動物に見立てられたりとかして、すごい見事な飾り切りの料理の羅列なんですけど、
全部カボチャなんですよ。
で、駿河屋の旦那さんが、「カボチャかー、やりすぎだろお前!」みたいなことを言ってて、
で、みんながドーンと笑うんですよね。
あれがもう完全に遊びなんですよ。
ちゃんと追悼の意味もあるんだけど、そこには本気だから、
当時の大料亭の技術の粋をすべて突き込んでやってるんだけど、
あえてやりすぎるみたいなね。
あえてやりすぎることで、誰かにやりすぎだよって突っ込ませるところまでが、
ワンパッケージなんです、あれ。
突っ込み待ちの料理。
突っ込み待ちの料理。でもちゃんとうまいっていうね。
こういうのが僕らの先祖たちはずっとやってきたことなんで、
これからもどんどんどんどん遊べる要素を膨らめていったらいいのかなと思いますし。
確かに。
いや、ちょっと時間結構去ってきたなって思いつつ、
ちょっとどうしても最後に聞きたくて、
この遊びはどうやったらビジネスになるんでしょうかっていう根源的な問い。
いや、松村さんがやられてるこのプロジェクト本当に面白いし、
どっち方向からでも身があるプロジェクトだなと思って、
街づくりっていう観点でも人がつながるっていうものもあれば、
ちゃんとクラフトビールっていう新しい食べ物ができて、
これ自体美味しければどんどん広がる可能性もあるし、
だからどっちから入ってきてもすごく美味しいプロジェクトだなと思いつつ、
これ松村さんがいるから多分成り立ってるんでしょうけど、
誰がどうお金を払ってこれを大きくしていけるんだろうかみたいなところを考えると、
どんな感じなのかなと思って、その辺いかがですか。
自分結構、今デザイナーと名乗ってますけど、
経営層の皆さんに向けたコンサルティング的なこともこれまでもやってきたことがあって、
ビジネス合理性のど真ん中の議論もちゃんとこれまで入ってきたところでもあります。
その経験も含めながらですけど、
例えば自分が今ご一緒してる今日ご紹介したプロジェクトとかって、
結構大企業の新規事業系の部門の方とか、
イノベーションとかサステナビリティの担当ですよみたいな部門の方が一番興味持ってくれて、
そこに予算も充てて一緒にちょっと探求してみる、一緒にやってみようっていう風に始まることがほとんどです。
これが何を意味しているかっていうと、いわゆる良機器の経営って言われるようなテーマで、
進化と探索ですよね。やってる今の事業を突き詰めて伸ばしていきましょうっていう連続的な改善の話と、
全然違う横軸に広げていきましょうよとか、新しい違うビジネスのモデルを探しにいきましょうとか、
全然違う企業レベルで変わっていきましょうみたいな探索側の軸が両方大事ですよねっていう風に経営でももちろん語られていて、
この探索側の投資ですよねっていう風に説明されていることがほとんどなんじゃないかなという風に思います。
これはシステミックデザインの話にも近づけていくと、これまでのほとんどのビジネスの議論とか、
経営カンファレンスみたいなこととか、もしくはSKSにおいても新しい事業づくりみたいな話とかでも、
これまでの視点って今のシステムの中でもっと稼げる新しい価値を作るにはどうしたらいいだろうかっていう話が多かったと思うんですけど、
結構多くの企業が特に大企業とか、社会課題とかシステム的に向き合っているレベルのような取り組みをしている企業であれば、
システムごと変えないとこの先この業界続けられないぞっていうのはもう散々世界的に指摘されているし、わかっている通年としてはあるので、
今のシステムの中でもっと稼ごうとかもっと伸ばそうでは別に遊びはいらないんだけれども、
全然違う軸を探しに行こうとか、企業レベルでどっかでコーポレートトランスフォーメーションしないと先がないよみたいなことを、
例えば株主コミュニケーションを言ってたりとか社内で言ってたりとかする企業もほとんどだと思うんですよね。
今のシステムに合わせにいくんじゃなくて、社会のシステムごと何か新しいものを描いていくとか、
そこを目指した活動をしていくっていうことは結構遊びっぽく見えるんだけれども、長期経営合理性はとても高くあるっていう形が。
結構すぐ受け入れてもらいやすくなってきてはいるところですね。
特にイノベーションとか新規事業に関わる皆さんなら多分なおさら普段から通観されていらっしゃるところで、
軸をずらしに行くとか、全然今までと違うところにジャンプするって考えると、それは遊び必要ですよねみたいな話。
そうですね。
通りやすいんじゃないかな。
だって狙ってできるようなものではないもんね、軸をずらすとかって結局。
買う側の感覚が時代とともにこんなにコロコロコロしてもコロナ以降なんかものすごい激しく変わってきた中で、
合わせるって言っても限界がやっぱりありますもんね。
食べラジオを聞いてても、いろんな食材とか今定番になってる料理とか、
だいたい偶然の産物とか、遊びの産物とか、ふざけの産物みたいな感じですね。
あとの世代の僕らが勝手に高尚なものだと思い込むだけのことなんでね。
当時の人はそんなこと一ミリも考えてない。
いや考えてない、花屋陽平は考えてないって。
その後ビジネス拡大して大失敗こくんだから、あの人。
3台で潰れんだからね、あれ。
高級寿司屋が。
はい、ということで、予定通りにやっぱり行きませんでしたが。
はい。
面白い話が聞けたので良かったと思います。
めっちゃ面白い。
面白かったですね、マジで。
はい。
ということで前半はこの辺で一旦終わりたいと思います。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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