そこからでしたね。なんだかんだ先週ぐらいかな、食べ物インテグラルもついに再生回数1万回を超えまして。
素晴らしい。ありがとうございます皆さん。
ありがとうございます。本当にこんなマニアックなポッドキャスト1万回回るとはみたいな。
本当だね。1万回?
1万回だよ。すごいよ。
すごいな。ちょっと待って、平均2000くらい回ってるってこと?
500?200とかかな。
今ね、フォロワーがスポーティファイだけしか見てないんだけど、この画面だと。スポーティファイだけで200名います。
ありがたい。
なので、あとAmazonカバーとAppleポッドキャスト出したらもうちょっとそこそこいらっしゃる。
すごいと思うよ。
これ相当ニッチですからね。
食べ物ラジオのリスナーがこちらに流れてくる可能性はまあまあ低いわけですよ。
こんなテックによってるというか、全くジャンル違うんで。
どうなんでしょうね。両方聞いてる人ってどれくらいいるんでしょうね。
たまに聞くけど、かなりコアな人よね。
たぶん、SKS界隈だと食べ物ラジオは本当に有名なんで、たぶんみんな聞いていって、
そこからこのインテグラルができたぞって言って、両方聞いてる人はSKS側は多そうなんですけど、
食べ物ラジオさんから入っていて、食文化がすごくコアだった人からすると相当遠いかもしれない。
そうですね。もうちょっと文系なイメージですもんね、食べラジがやってることって。
そうだね。
文化読み解き系なので、それとビジネス界隈って見えない薄い壁ありますよね。本当はないはずなんですけど。
本当はないはずなんですよ。
学問ジャンルで見るとめっちゃ遠く感じるじゃないですか。
感じます。
あれなんなんでしょうね。
私文系だし。
確かにその話ありましたね。それ一番びっくりしたんですよね。
本当ですか。
文系って何専攻だったんですか。
経済学なんですけど、どちらかというと経済史をやってて、多分経済学で結構数理系の人と文系の人ってまだその中で分かれるんですけど、
私は完全に文系寄りで、あとは政策とかそっち側をやってたんで。
経済史なんかもろ文系ですもんね。土文系ですよね。
経済史って経済の歴史ってこと?
歴史を経済の方を焦点に当ててやるので、産業革命とか。
古典ラジオっぽいやつ。
確かに確かに。
日解。
日解かな。食べラジの方で最近勉強してるフランチャイズの構造の成り立ちとかの方向とかね。
その辺の産業構造を歴史的視点で時間軸を追って見ていくみたいなのもありそうですよね。
なんでそっちに行こうと思うんですか。
私ですか。
すごくぶっちゃけて言えば、そっちの方が就職できそうだなっていうところは。
あの当時はね、もし本当に文学部とか行ってしまうと、マジで就職できないかもっていう時代だったんで。
そうなんだ、確かに。
そこはあったんですけど、ただ自分としては結構歴史とか、あとは語学とかそっちにすごく興味があったんで。
実際には経済学部には所属してたんですけど、いろんな科目としては語学取ったり歴史取ったり、いろんなとこになんか潜り込んでましたね。
確かに。我々の世代ってくくっちゃうタイプですけど、いわゆる氷河期世代ぐらいから上の世代って超履系優位時代でしたよね。
そうそうそう。
就職しやすさで言ったら履系が10に対して文系3とか4みたいな、そんな扱いをされてたんで。
少ないね。
俺も高校で分離分かれていく時が、それ以降大学も当然引っ張られるじゃないですか。文系取ろうとしたんですよ僕。
物理と数学も好きだったんで、履系でもよかったんですけど、ちょっと文系やりたいなと思ってたら、
他人の教師から塾の先生からいろんな人にやめとけって止められましたね。絶対履系だと。
分かります。
そういう時代です。
仕事がないのか?っていうこと?
就職先。
就職先。
あの頃はもちろんエンジニアリングとかそういう履系か、ITみたいなそっち系かっていうところが主に募集が多いのはそういうところだったので。
なんかあれですよね、実学じゃないと意味ないみたいな風潮ちょっとありませんでした?
刑事上学的な思想とか文学とかやってても飯の種にならないから、実用的な学問をやっとけよみたいなのが強かったかもしれない。
その学校から岡田さんはそのまま就職になるんですか?
大学の時は経済学部で経済学っていうのを専攻して、私大学院に行ったんですけど、その時は国際公共政策っていう政策論の方に行って、そこが経済学系の人と法学系の人と政治学系の人が混ざって勉強するっていう結構学際的な学科に行ったので。
その時、実はミクロ経済学とかあと計量経済学とか、もうバリバリ理系の科目が本当に必修かつ、この論文のベースが計量経済学だったので、なぜ私はまだ未だに数学をやっているのかって思いながら大学院を過ごしてたんで。
そういう意味では本当は理系のこともやってはいたんですけど、自分としては文系っていうアイデンティティで生きています。
めっちゃ謎ですけどね、どんな勉強をしたかすらピンときてないくらい、ふわっと名前からするにっていうのが分かるんですけど、実際って何するんだろうっていう。
僕は高専なんで、分かりやすくロボットを作るための基礎学問も全部です。
そうなんですか。
基盤作成とか設計とかもやりますし、重工業もやるし、プログラミングもやるしっていうのは割と目に見えて分かりやすいものなんですよ。
分かりやすいのかな?
基盤作るってだって基盤って回路を設計するじゃないですか。
分かりやすい。
分かりやすいじゃないですか。経済学とかになってくると、もっと概念的な部分とかを勉強するんで。
そうですね、経済学はそうかも。
ものがないっていうその概念には、当たり前の概念なんで。その辺が何をベースに学んでいくんだろう。
確かにね。私が特に大学院で勉強してた時は、例えばある政策を実行した時に、どれぐらいのインパクトが出そうなのかとか、そのインパクトってどういう要素から来るのかみたいな、係数は何なのかみたいなところを、
いろんな無数の統計のデータとかから引っ張ってきて、回帰分析するみたいな、なんかそういう話かな。
私が論文としてやっていたのは、なんでこんなちょっと話になったのかよくわかんないけど、結構コーポレートガバナンスって言われる領域で、
例えばそういう社風とか会社の文化がどれぐらいその会社の業績に影響があるかみたいなところを、回帰分析して一番聞きそうな係数を探すみたいな。
回帰分析にそれを係数として持ってこれるんですか?感情じゃないですか、目標というか会社の理念みたいなのって言えば言葉なので。
そうですね、だからどっちかっていうと西洋寄りとか東洋寄りとか、そういう係数があるんですよ。だから、という意味ではもう少しザックでした、分析でした。
日本企業だったら東洋寄りっていう考え方だし、アメリカの会社だったら西洋寄りっていうふうに分けて、
どっちの方がその係数がインパクトあるかみたいなところがあって、例えば何かこう、当時結構通貨機器みたいな経済機器みたいなのがあって、
すごい倒産する会社とかがたくさんあった時に、その会社がある国が結構債務者に有利な法律なのか、債権者の方に有利な法律なのかっていうので、どっちの方が復活のスピードが早いかみたいな。
ほとんど統計に近くなる。
統計ですね。だから、いろんな要素を全部入れてみて、でも実はやっぱりそこの会社が置かれている文化事情とか、その法律の寄って立つ文化かなっていうのかな。
そこがやっぱり実はやっぱり影響してるっていうところがあって。それはなんか、実態は確かにタクローさんおっしゃるように見えないところ。
なんか、合ってるかもしれないし、合ってないかもしれないっていう。統計的には傾向出てるっぽいけどっていうのが僕のふわっとした統計学のイメージで。
めっちゃボス取れるやつとかならいいんですけど、精度高くなると思うので。結局でも外れ値、特にフードテックとか食関係って外れ値しかほぼないので。
傾向もクソもあるかいみたいな。これ統計役に立たねえなってちょっと思ってて、そこに今岡田さんが突っ込んでいるのがまたおもろくて。
なんか勝手なイメージですけどね。統計取ろうと思ったら数が必要、母数が必要はいいじゃないですか。母数を取ろうとすると、自然科学だったら実験すればいいっていう話ですよね。
その実験の回数を世界中でやればなんとか精度高くなりますようなんですけど、ちょっと大きい人類社会みたいなものを一つの実験と見立てると、70億人の社会を一つの実験体としてみますったら1回しかできないじゃないですか。どうしても。
これを複数回にしようと思ったら時間軸縦に取る以外にないんですけど、そうすると歴史が統計学になってくるんだけど、今度違う要因が死ぬほどいっぱい入ってくるから、同じ条件で実験できないみたいなね。
マウス実験みたいに固定化してればいいけど、無理だもんね人間って。
人間は物語で生きてるんで、50年100年1000年っていう単位で、前の時間軸からすごい影響を受けまくるから、実験で言ったら同じ環境だったことが一度もないっていうね。
だからもう統計上ふわっとこういう傾向ありそうよねくらいしか言えないようなイメージ持ってますね。その中でなんか異常に再現性高いやつは、これはあるなっていうのは。こんなふわふわしてるのにめちゃくちゃ再現性高かったら絶対あるでしょうぐらい確信しちゃってますけどね。
そうね確かに。で外すんだよ。
なんで、ちょっと話は飛ぶんですけど、よく日本企業は事例が好きだっていう話があって、なんか新しいことをやってみようとした時に、それが成功したっていう事例をたくさん見て再現性を探すみたいなことってすごく好きなんですけど、
でも本当に太郎さんおっしゃるように、それはその時の要素があって、その人だからとか、なんかたまたまこの時このテックが急にやってきて、なんかほぼ情報コストがゼロになったとか、異常値がいろいろあって成り立ったみたいなこと多くて。
たしかに氷河期世代みたいなもんだよね。
そうそうそうそう。
だって今別に理系も文系もそんなに就職率いったら変わんないと思う。何なら文系の方が若干有利になりつつあるんだよ。理系の中では有利だけど、特化してなければ。
てか理系特化して頑張って院卒になった方々がすげえ優秀で東京大学院卒業してるに就職できないとかあったからね。
それだから氷河期って呼ばれてるんだから。
異常自体ではある。
異常だね。
中にネットの書き込みだとその世代の天枝みたいなことを言ってる別の世代の方々いるんですけど、でも社会学的に就職氷河期、氷河期世代って名前がつくってことは近代史の歴史の中で異常値だから言われてるわけで、それはつぶさに観察した方がいいと思うんだよね。
今も戦争があったり石油が止まったりとかさ、いろんな異常値が発生してますけど、この中で特に岡田さんはフードテックスのアナリストサーチャーもやられてると思うんですけど、この異常値の中でどうやって見ているんだろうなっていうこの世界を気になってきました。
でも本当にそこは実は食べ物ラジオさんからすごいヒントを得てるなってやっぱり思っていて、異常値っていうのも時間軸によると思いません?
思います。
めちゃくちゃ長く撮ると実はそうでもないとかそういうこともあるし、なんか自分も確かに生きてきて、これはなんか前代未聞だとか想定外だっていうことって何回もあって、阪神大震災も関西には地震は来ないとかって謎の神話があったけど来たし。
そうなんだ。
日本にはテロはないとかって言っても地下鉄サレン事件は発生して、原発は大丈夫だとかって言いつつ、震災があったらああなるんだっていうのは体験して。
シンギラリティはまだかと思ったらなんか意外ともう今のこの生成AI結構来てるなとか、思ったより早いとかそういうことってもうずーっと発生するんですけど、でもやっぱりことやっぱり食が本当に面白いのは人類はずっと食べ続けてきたっていうのがやっぱりあって。
そうですね。
しかもこれは身体的な欲望から来るところというか、身体的な話でもありながらものすごく社会的なことでもあるので、こここそ文系理系関係ないよなっていう世界だから、非常に面白いなと思ってるのと、本当にその先が見えないからこそ、あんまり再現性ってことは、もちろん食品を作ってくっていう意味では皆さん再現性は必要なんですけども、
なんか必ずこうなるよねみたいなところっていうのは言えないっていう時に、でも先人何百年も遡ると、あの時もきっとなんかこう落ち着きたくて茶室に入ってたんだろうなみたいな。
なんかそういうなんか人間としてなんか変わらないところはどこなんだろうなっていうのはすごく意識するようになりましたよね。
確かに、確かにね。
そこはすごく共通意識があって、すごくふわふわとしているからこそ、ぶれないコアみたいなのは逆に一本線が通ってるはずだみたいなイメージがあるんですよね。
そうですね。
だって何百万っていうサンプルの中で一個だけ共通点があるんだったらそれはぶれそうもないなっていうイメージで。
でいくとなんだろうな、僕は職って全体的に見てアートだなっていうふうに思ってるんですよ。
アート。
例えば建築だってさ、合理的に考えたら雨風しのげてさ、面積最大効率で取れてさっていうのがベストなわけじゃん。
ガウディ何やってんのって話でしょ。
ガウディ?
うん、なんかすげーでかい聖堂作ったり500年かかってまだできませんみたいなのとかもあるし、ゴジック建築がとかスキア作りがとかいっぱいあるわけじゃないですか。
もう完全に合理的の外側なんだけど、大きい目で見るとそれが人間の精神に及ぼすからマクロで見たらめっちゃ合理的だったりするわけじゃない。
だからファインアート、純粋芸術みたいに目的を持たないものって言うとなんかちょっと違う気もするんだけど、完全な遊びになっちゃうから。
でもオーククリのいわゆるリベラルアーツっていう意味では職って完全にアートの世界にいるんだなって思うのね。
だって俺たちカロリーメイト以外のものを食べてるし、なんなら完全栄養食だつってのにバリエーション作ってんだから、意味わかんないじゃん。
栄養だけ取るんだったら無味無臭でいいんだから。
いらないね。
なのにバリエーション作ってるっていうところに僕はアート性を感じていて。
アート性ってローマ時代のやつとゴシック建築とか、時代によってどんどん社会的な趣味思考が変わっていくじゃないですかね。
なるとアートとして捉えて、どんどんどんどん移り変わるよねっていうぐらいに捉えていくのがいいかなっていうのと、
アートだと思うとあんまりでかいビジョン立てても意味ないなっていうイメージもあって。
だって流れてっちゃうから流されていくっていうイメージもちょっとあるんですよ。
流されていく。
なんかビジョナリーな部分とタオ的なね、同胸におけるタオ的なね。
タオね。
水の流れるが如くみたいな。
タオ一回解説してもらうんでかなんちゃうね。
それは老子読んでください。雑談会で説明しても長くなるだけだから。
なんかそういうのが両立してて、アート、ファインアート、日本で言ったらそこに工芸っていうのが出てきて、民芸っていうのが出てきてとか、
アートもどんどんどん再分化してジャンル変わっていくじゃないですか。
いわゆる伝統工芸の工芸って工業的芸術の略で工芸なわけだから。
工業ね。
そう。工業生産的芸術の略して工芸って付けたわけなのね。明治時代に言葉作った人がいて。
だから芸術なんだけど工業製品って言ったら陶磁器、器とか漆器とかさ、ああいうのを作りますみたいなのが工業的だよね。
でもアートだよねって言って工芸ってなってんだけど。
食文化も全く同じことでいいんじゃない。
工芸的な職やってる人もいれば、さらに江戸時代に逆らって伝統工芸やってる。手仕事やって器用系で醤油作りますみたいな人もいれば。
いろいろじゃないですか。
中にファインアートで目的を持っちゃいけない、食べるためですらないかもしれない、栄養摂取ですらないかもしれない、表現のための表現としての料理作ってる人もいるわけじゃん。
それが今世界のトップレストランとかになってるでしょ。
一応食べれる感あるよね。
あれがなんかヨーロッパ的だなと思う。ファインアートと日本で言うと美術ね。目的持っちゃいけない純粋芸術と比べると、クラフトっていうのは一段下がる存在として見られてきたんだよね、ヨーロッパって。
工芸品だから。
ものづくりの職人さんが作った器とかってファインアートよりも下だよねっていうのが元々ヨーロッパにあったわけですよ。19世紀とか20世紀とか。
だからクラフトがアートになれないんだけど、ヨーロッパ人から見たら日本がちょっと異常で。
クラフトのはずの器がすげえアートしてる。何これみたいな。巻き絵って何これ。絶対アートなのにクラフトって言ってるけどなんだこれみたいな。
実用品なわけですよ、日本のアートって。なんで箸にあんなに巻き絵装飾を施してるのよみたいなね。
きらきらのね。
もう意味わかんないんでしょ。
擦れちゃうからね、箸だからね。
ありとあらゆるものにそういうことをやっちゃうジャパニーズの特性があって、ヨーロッパ人がびっくりして解釈できない時代が100年くらいあると。
で、我々がちょっと西洋化したせいでその区別が未だにできなくなってしまっている日本も今いるみたいなイメージ。
だから料理とかフードテックとかあらゆるものの評価基準がぐちゃぐちゃに見えるんですよ。
それが確かに。
同じ職を語ってるのにファンアートの文脈で言ったらなんか量産品の大手メーカーはダメだみたいなこと言うし、
逆に工芸の目線から言ったらファンアートなんて栄養素ゼロだから意味ねえだろみたいなのも言われちゃうし。
そこちょっと切り分けて話したらいいんじゃないのかなと思うんですよね。
切り分けたほうがいい?
切り分けないとだって目的が違うし方向性が違うんだから次に打つべき戦略があるとしたら違くなんないかな。
実用品作ってるんだこっちゃっていうのと。
で同じ例えば漆塗りでも装飾じゃなくて塗布剤としての漆ってもあるわけじゃん。
接着とコーティングっていう意図があるわけだから。
コーティングを目的とした漆だったらそこに装飾なんか意味ないわけで。
買う人も一般庶民大衆向けなわけだから価格も安くしましょうって。
なったら食べ物で言ったら大手の食品加工会社さんこれやってるわけでしょ。
何がダメなのって話でしょ。
食パンとかね。
別に食パン本来ちゃんと作ったら硬さにもならないし見た目にならないけどあれは大量生産して均一化する最大の問題ね。
これダメよとかダメだよって買わないよってなったら何割かの人は飢えちゃうかもしれないよ困っちゃうよみたいなね。
その辺の役割とかが違うかなーみたいなのは思って。
なぜか最近工芸の方の文脈も勉強し始めてるんですけどね。
だからこうやって出てくるの。
そういうことね。
工芸ね確かに。
日本人はやっぱこの合理性、無駄が嫌いなのかな単純に。
どうせ作るならいいやつ一人面白いもの作ってやりたいみたいな感じなのかね。
これ俺の見解を語っちゃっていい時間なのかなこれは。
わかんないですけど。
僕が勝手に今思ってるのは2つポイントがあって。
1つは仏教的な思想ですね。
仏教的。
なんか盆栽とかもそうだけど小さき世界にずっと集中していくみたいなことがあると思うんですよね。
これ鈴木大説なんか無分別地みたいな観点で語ってますけど。
わかりやすいのは僕らの世代だとバカボンに出てくるレレレのおじさんね。
あれ手裏半読。
よくわかる。
わかります?
あれ手裏半読っていう仏陀のお弟子さんがモデルになってるんですよね。
でその手裏半読がもうちょっとね血の指数が低かったらしくて伝説によると。
で周りの修行仲間サンガの仲間からはあいつ何もわかってねえなっていうのは
勉強しても勉強しても文字が入ってこない人なんで時間がかかるんですよ。
学ぶのに遅いと。
でもお釈迦様はあいつは悟ってるっていう評価をしていて。
悟ってる?
なぜかっていうと手裏半読に直接みんなで聞きに行くと。
手裏半読よお前は幸せかってはい幸せですって。
なぜだって。
いやいつもバカにされたけどお掃除っていうことをやってたらみんなからすごく褒められるし
ありがたがってくれます僕は生きてるだけでとっても幸せですな。
滑ってから解放されて取られてねえだろって。
これだよ苦から逃れるっていうのは。
お前たちは余分なことを考えすぎてできねえんだよみたいなのがベースにあって
それが天造教訓みたいなのに引き継がれて最終的にバカボンのパパのレレレのおじさんまで行っちゃうんだけど。
常にね掃除にすると。
しがみ外してそこに集中することで自分の幸福度とか瞑想の時間とイコールになってるものづくりがね。
みたいなのが一つには大きくあるのかなと。
人はいろんなものに意識を分散させてるとそこに生きてる感がなくなるみたいな。
生きてる感じがしなくて地に足がついてないっていう言い方が正しいのかどうかしらけど。
現実感がなくて空想の幸せを追い求めすぎて何やってるのか分かんなくなるみたいな。
のを現実に引き戻すのがそういう一点集中するみたいな。
なんかすっごい簡単に言うとタコなんかね物作るの好きだし。
今日いないけど田中さんプラモデル作るじゃないですか。
ああいうのやってる人って出来上がったものじゃないんだよねどっちかっていうと。
作ってる時間が幸福感に満たされてるわけですよ。
完成キットとか買わないもんね。
それやっていくともう何世代にも渡っていくと新しいことをやらなきゃいけないから、
そうじゃないと没入できないから。
没入感を求めていったらなんかよくわからんことになりましたみたいなのは一つにはあると思ってるんですよね。
やりすぎると同じ作業を続けると作業感出てくるよね途中から。
何も考えずにただ同じことを繰り返してる感。
なんかあれなんかすごい何もしてないのと同じような感覚に落ちる。
多分負荷が必要なんじゃない多少の。
そっか職人の負荷を求めていったら究極そういうところに行くっていう。
っていうのが一つともう一つは社会的分業化っていうのがあるかなと思いますね。
食料生産みたいな。
もうそうだし例えば飲食店でスープ作ります出汁作りますって言ったってさ、
例えばフランス料理だったら野菜買ってきて肉買ってきてキッチンの鍋で水から炊くことでスタートするわけじゃないですか。
我々どこからスタートしてるかというとですね、
漁師さんがコブを取ってきて乾燥させます。
また別の地域の漁師さんがカツを釣るところから始めますってなって、
もうスープのベースをある程度作ってくれてから我々のところに来るんで、
5分10分で出汁ができるみたいな話でしょ。
だから漁師さんがあって言っちゃうと農家さんがあって言うので野菜と一緒になっちゃうんだけど、
その間の工程で加工する人がいるから。日本の場合はねたくさん。
乾燥させたりとか加工ね。
そういうのがあるせいでなんか分業化が進んでいるようなイメージ。
分業か。それ分業だね。
だって漆の木に傷をつけて液を取ってくる人は専門家だし。
確かに。
その漆の木を削る鉋を作る専門家いるし。
意味わかんないでしょ。
木造の彫刻作る人、下地塗る専門の人、巻き付ける専門の人、仕上げる専門の人。
さらに絵を作る人も、デザインする人と絵を描く人って別だし。
みたいな死ぬほど分業化したらその世界に特化するんじゃない?
そうか。
そうなるとめっちゃ広いっていうのと、もう1つ今思ったのは、
インテグラルでタベラジと一番違うのはピンポイントの人が出てこないね。
そうかも。
個人の頑張りみたいな。この人めっちゃここで頑張ったんよみたいな話ってあんまないね。
モノはあるけどこういうテクノロジーがこの辺から出てきてみたいな。
やっぱモノベースの話が、現在進行形だとそうなっちゃうのかな。
まだ確証が得られないというか。
未来から見ないと現在は多分この人がやったことが後にこういう功績になっていったみたいな流れがわからない。
だから人にフォーカスすることは少なくなるっていうこと?
インディグ面白いよ。
それインディグは面白いね。インディグは普通にインタビューだし、現在進行形だからさ。
ただ今のバイオニクとかもあったじゃないですか。
バイオニクをいろんな会社がやって失敗してみたいな。
今だから失敗したっていう結果を知ってるから、その前をたどってどこでこの人が何をしたのかっていうのが語れるけど。
そうね。
失敗したの知らなかったらわかんないじゃん。
現在進行形の話がやっぱり多いから。
この先どうなっていくだろうっていうのはまだわかんないところの方が多いですよね。
ってなるとスタートアップの本当出だしの人たちの記事とかも見つけて、ちまちまと全部紹介しないといけないという。
歴史のこの点をいっぱいインテグラルで打っていけば、もうちょっと解像度というか面白みは上がるのかなってちょっと思った。
めっちゃ大変やけどね。
確かにそういう意味ではあれなんですよ。
私ハイテクのリサーチを昔やってたんですけど、その時ってトップ10とかそういうところを中心的に見ていれば大体その領域のこれからの動きって読めたんですけど、
いつからかどっちかっていうとスタートアップの方が先に進んでいくっていうようなことにだんだん逆転していったんですよね。
そうするとどれぐらい投資家から資金調達しているかみたいなそっちの方のランキングで今度はこのトップスタートアップというかそこを見ていくみたいな感覚だったんですけど、
職になるとわかんない。
わかんない。
わかんない。
いや、もちろんね、もちろんビジネス的に成功しそうかとか、このテクノロジーはいけてるのかっていうのは100歩譲ってめちゃくちゃちゃんと頑張ればわかると思うんですよ、それは。
それは投資家とかも見てるし、それはそれであると思うんですけど、難しいのはそれが本当に社会にとってインパクトのあるものになるかどうかっていうのがまた別問題じゃないですか。
確かに。
そこが難しいんですよね。
それってしかも一社だけがドライブする話じゃなくて、みんながそれいいよねって思わない限りいかないみたいなことって結構あるから、そこが難しいとこだなっていうのは一つ思っていて。
だからこそ人類として私たち何を追求していくんだろうかとか、さっき言ってくださったみたいにやっぱり作ってるプロセスがすごく面白いんだみたいな。
そこって普通、お金にはならないところかもしれないけど、自分で時間をわざわざ作ることの方が喜びなんだみたいなことっていうのは、ビジネスだけ見てると絶対見えてこないから、やっぱり周辺を見ないとわかんないっていうことになって、難しいなって思ってます。
そうなんですよね。ビジネスの目線でいくと、現時点のゲームルールだと数取ったが勝ちっていうルール設定じゃないですか。たくさんの数を取ろうと思ったら、食品なのでいろんなファクターある中で大きな印象で、例えば味がありますとすると、多くの人が求める味ってなったら、すごい大味にならざるを得ないわけですよね。
細かいのやってたら、クラスターが小さくなっちゃうから全部くくろうと思ったら、大雑把な味に、しかも強烈な味にならざるを得ないみたいなことになって、どんどんどんどん肥大化していくと、人類全員同じ味を食べる羽目になって、多様性が失われて、それって私たち本当にハッピーなんでしたっけ?っていうことになって、結果ウェルビーンが落ちますけど。
ヘタすると、それこそバタフライエフェクトだけど、その後に生産効率落ちるかもしれないですよ。人間の幸福度が下がったら、労働意欲が下がるとか、もしあればですけど。
でも結局、好みはみんなバラバラだっていうのは飲食店にあっててよくわかるから、同じものに帰着するというか集約されることはあんまないんだろうね。だからこんだけハックしてても全員がポテチ好きなわけじゃないしさ。
ただちょっと危惧するのは、名前出しちゃうけどマクドナルドみたいなものですよね。多少のローカライズはするけれども、王国で同じ味で統一して、その中で最大規模の括弧でくくれるみたいな状況は現出してるんで。
だから多分ね、僕の根拠のない直感ではこれ以上は行かないだろうと思ってるんだけど。 だってマックだらけのチェーン店の街とか嫌だもんね。何食べに行くって全部マックじゃんみたいな。多分途中で嫌になると思う。
じゃあバーガーキングがあってジャッキンダーボックスがあってとか、なんかいろいろある街になると思うんだよ。例えばアメリカだったら実際そうなってるのね。ちょっと味変えるってなったらタコベルがあってさ。いやいや、メキシカンだけどみたいな感じなんだけどさ。
結局売れる味ってコンペティションなんで、勝者のモノマネするわけだよ。どう考えたって。そうすると全部そこに寄せていくよね。多様性の差異がどんどん細かくなっていく。これね、お茶業界実際そうなんですよ。
ああ確かに。 一番売れるのは最上位のお茶だったのがホンカーネのお茶で。ずっとキング取り続けてた時代があるんで、みんなホンカーネのお茶に味近づけてっちゃうんだよね。それとそれ真似していけば金賞に一番近づくんだもん。
それこそミンゲーが出来始めた時の柳が出てきた頃なんかもやっぱり百貨店で同じこと起きたし。ありとあらゆるところでそれ起きてるのね。お酒もそうだよ。
ポッドキャストも若干その流れあるわ。YouTubeに寄ったりラジオに寄ったりみたいな。対象とればみんなそっちに寄ってくっていうので。 それは我々だってそうですもんね。
ポッドキャストって何なんだっけって議論が今すごい。 すごい。なんか50回目っていう話でまたポッドキャストの話に戻ってきてますね。
コンペティションって良し悪し両面あるんだと思うんですよね。そういうアワードとかコンペがあるおかげで認知度が広がってマーケット広がるっていう効果もあれば、価値を集約するっていう効果もあるじゃないですか。
そうするといつかしますよね。いつかのタイミングで。なるとは言わないけどそのベクトルに住みますもんね。 確かにね。ポッドキャストアワードもここ2,3年間はずっと対象誰が取ったかで揉めて。
揉めてたね。どういうこと? 揉めてんすよ。ノミネートするのも業界色強くなったりラジオ系が増えたり芸人さんばっかりになったりして、でもその前って一般のね普通のアマチュアの人たちが支えてきた文化もあるので、
その辺のねあの子さんというか古い元々のポッドキャスターとインターネットラジオっていう時代から人たちと新しく参入してきた人たちのコンテストでやっぱ芸能人が出てきて大手が帰ってきてやっぱそっち評価されるのかあんな内容なのにみたいなのがあったりとか。
なるほど。 じゃあ雑談形式とこういうナレッジ系とかニュース番組とかどう評価するんだっていう。それこそ職と一緒で全ジャンルなんでポッドキャスターという国の中の。どれを対象に上げるかっていうのはすげえ揉めてるんですよ。評価基準が。
基準がわかりにくいですよね。 基準がわかんないし主催側もいろいろ試行錯誤してるので。当たりのしむっていうかいい年も悪い年もいっぱいあったので。その辺がこれどうなっていくのかなって言いながらも結局やっぱ話がうまいとかまとめる能力が高いとかみんなを引きつけるとか。
でポッドキャスターの一つの答えの中ではリスナーとのコミュニケーションをちゃんととってコミュニティーを作っていきましょうみたいなところ。これは音声の信頼というこの信頼コンテンツというジャンルなのに信用をためていく部分のコンテンツであるのが音声なのでじゃあポッドキャスターはそこにちゃんとフォーカスしていきましょうっていうのはちょっとありますね。
コンペティション形式のものって僕は2つ種類があるなと思ったんですよ。一つは優劣をしっかりとつけるもの。それは競技であったら絶対必要だし明らかに審査基準がクリアなってればそれでいいと思うんですよ。
だから今までのポッドキャスターワードって優劣を競うような意味合いがありと強くあってその中で基準がはっきりしてないから何々既存のオールデンメディアのあのスタイルがいいのねみたいになっちゃうとポッドキャスター側からするといやそうじゃないでしょっていうのはどうしても出ると思うんですよ。
一方であのベストレストランみたいなやつですよね。ワールドとかアジアとかやってるじゃないですか。ノーマが大賞取ったりとかしてますけどあれ僕の中では優劣じゃないコンペティションに見えるんですよ。
今一番ホットなのどれっていうコンペティション。アーティスト制だとか技術だとかで言ったらいやそれで言ったらそろそろ評定とかグランプリ取れよと僕は思いますしね。
もう500年やってんだし日本の職文化されてきた代表格なんでもうあそこがノミネートされてってないのおかしくないすかって思うとまあ旬じゃないからねって言ったらまあそうねっていう感じじゃないですか。
旬ではない言い方的には。
っていうコンペティションもあるんでこれがなんかごっちゃになってない?アワードとか。
その時の旬が上に行くわけじゃんだって話題になるからね。
主催者側が歌うのか我々受容者側が理解するのかわかんないですけどコンペティションって優劣だけじゃなくて旬かどうかっていう観点も混ざってんじゃないのって思ってみてたらあんまりざわつかない。
僕はね。
ポッドキャストの目的もかなり多様なんでしょうね皆さんね。
そうですね。
企業が情報発信するっていうのはもう再生回数をやっぱ企業側は求めがちなんですよその効果とか。
まあいわゆるねマーケティングのジャンルに入っていくので数字を言われがちなんですけど。
ポッドキャストって数字を求めるとろくなことがない。
間違いない。ほんとそう。
数字を求めたとてむしろ1万売りくり集めたとしても1万のリスナーも100のリスナーに敵わないわけですよちゃんとやってるポッドキャストの。
そこが面白いとこポッドキャストの。
企業の方ほどやった方がいい。炎上を恐れてる企業の方は特にポッドキャストの方が向いていると思う。
そうね離脱が少ないとかね。
そうあの自分で探しに行くじゃんポッドキャストってこれを聞こうと。
あんまりね変なね揉め言というかなんかそういう変な炎上の仕方しないよね。
うん確かに。
SNSでね記事流れてきてうっかり読んで炎上させる人もいっぱいいるけど。
ポッドキャストよっぽどじゃないとねない。てか今のところ聞いたことがない。
あれかもyoutubeよりもリピーター多いイメージがあるかなポッドキャスト。
そうね。
飲食店みたいなので行くとリピーター抱え込むのがどれだけその企業体力があるかと直結するみたいな感じで行くと
ポッドキャストってリピーターが多い方が強いみたいな感覚がある。
確かに初めて聞く番組はとりあえず5本ぐらい聞くから。
分かる?1本で終わらなくない?1本でつまらないと判断するのはまだ早いと思ってるから。
せめて5本聞こうみたいな。でも現実社会で5本聞いたらだいたい最短でも50分は聞くわけよ。
その人の話を。一番短いポッドキャストでも。
確かにほんとだ。
だったらだって5本聞いたら200分。最低200分聞いてくれるのよ話。
こんなメディアある?みたいな。その人の時間200分奪えるんだよ。やばくないっていう。
そう考えるとあんまり無駄なことしてはいけない気がしてきた。
人様の200分を奪っておきながら消防隊から押したらすみませんってなる。
今んとこ大丈夫っぽいね。ちゃんと減ってないからリスナーさん。
良かったです。
皆さんありがとうございますっていう。
本当にありがとうございます。50回記念と言いながら結局話があちこち。
ちゃんと最後ポッドキャストに勝ってきたね。びっくりしたよ。
どこ行くのかなと途中思ったんですけど、今のアワードの話も聞いてて改めて思ったんですが、
これを始めたきっかけというか理由って、
本当に純粋に今フードテックで起こっていることをとにかくいろんな人に知ってもらいたいっていう、それがあって。
だからもちろんリスナーさんの数が増えるっていうことはすごく嬉しいことではあるんですけど、
コンテンツとして完成されてるかって言ったら、私今全然そんなことないと思っていて。
いまだに多分ちょっと模索してるところは正直あるし、
本当に冒頭マイクとかそういう機器の話からしちゃったんですけど、
これは本当に太郎さん卓郎さんにはすごく感謝で、
もう先行して本当にもうポッドキャストずっとやられてる中で、
実は音声の質ってすごい大事だっていうことをずっと強く言ってくださったんで、
それは確かにその通りだなと思い。
そうですね。その音声をちなみに言い出したのの人はつむぎさんっていう方ですね。
つむぎさんはうちのラジオ、うちのポッドキャスト、食べ物ラジオは音がいいからとりあえず聞き始めたって言ってました。
他の番組でもっといい番組、面白いと思った初期の頃、思った番組があったらしいんですけど、
やっぱり音が悪いと聞けないって。
そうですね。
すごい助かったって言ってました。
それはあれですよ。YouTube見ててみんなクリアなのに、
一番組だけすげえザラザラで見えないとか、見てられないもの。
そうね。
だから皆さんの時間を奪っているわけだから、そこにやっぱりノイズが挟まっちゃうと、
ちょっとさっきも救急車通ってたなってちょっと思ってるんですけど、
ポッドキャストを作るってそこからなんだなっていうのは本当に最初の学びで、
ずっとタローさんともタプローさんともお話ししていて、いろいろ作りたいコンテンツはありますよね、私たち。
いっぱい。
いっぱいある。
めちゃくちゃある。
どうやって作るんだろうなと思いつつ。
そうですね。時間的なものとかね。
時間もそうですし、あとビジネスだとすごい詰め込んだプレゼンテーションっていっぱいあるんですけど、
ポッドキャストでめっちゃ詰め込むと聞けないからそれって。
詰め込む回やってもいいです逆に。
今日は10分で詰め込みますみたいな。
台本側が一番大変ですよね。
確かに。
どっちかというと、そういうのもあえてやるのもちょっと最近ポッドキャストあるかなって。
確かにね、確かに。
だってまだこのインテグラル、食べ物インテグラルってマジでジャンル的には本当に不明な位置にいるので。
不明ですね今ね。
そうなんですよ、ナレッジでもねえしみたいな。
フードの中でも結構おかしい、なんか変なとこにいるし、ビジネスっちゃビジネスっぽいけどビジネスの話メインでもないしみたいな。
もうなんか何でもありになっちゃってるんで。
タグ付けしづらい。
けどフードテックってちゃんと見ていこうと思ったらそうなっちゃう。
いやそうなんですよね。
あんまりどっかだけに特化したくないっていうわがままがあって。
そうですね。
やろうと思えばね、別に技術に特化するとか、ビジネス構造に特化するとかはやり終わって、
多分その方がリスナーつきやすいんですけど、それやっちゃうと意味がなくなっちゃうんですよね。
そうなんですよ。
どんなの聞きたいかリスナーさんに聞いても多分これ答え出てこないんだろうな。
僕らは何をしたいかっていうことなんだろうね。
いいんじゃないですか。
少し幅広いものの方が短期で見ると伸びきらないけど、すごく長くダラダラと売り続ける書籍みたいになっていくと思いますよ。
だから本質的なことからは外したくないっていう思いはすごくありますし、
あと何回かインディグやってますけど、やっぱりああいう本当にすごいことをやっている人たちっていうのはどんどん皆さんにもご紹介したいので、
そうですね。
もっと呼んでいきたいですね。
僕食べ物ラジオもやっていて、岡田さんはアイスケースとかそういういろんなところで発信もされていて、
思うのはインディグってそれを使ってどうこうする場だなって気がしてるんですよ。
インタビュー会とか特に。
あと僕だったら歴史勉強してきました、それを食べ物ラジオで発信してます。
食ってこういう構造になってるのとか産業とかいろんなものを勉強した土台を持って、
なう現在を考えるとこういう質問が出るよねみたいな。
そういう意味でとっても面白い場になってると思うんですよね。
それがいろんなジャンルで飛び交ってるから話があちこち行く。
深くなるけど収集つかないみたいな。
収集つかない。尺長くなりがちだね。
なんとか結論を出そうとするんだけど、よく考えたら結論を一箇所に着地させるということの方が無理がある。
発散型でいいんじゃないっていうのは最近思ってますね。
そうね。こないだのSKSジャパンの振り返り会最終は割と最後は結論が出てるっちゃ出てるけど出てないっちゃ出てないで終わるよね。
とりあえずやり切った感で終わった。
やっぱ振り返りって重要なんだねって終わった。
結論が出ないチューブラリンの状態に耐え続けて次のチャレンジするみたいなのが大事なんじゃない。
本当に時々聞いてますよって言ってくださるリスナーさんの方がいるんですけど、
さすがにSKSの振り返りの長さは皆さん衝撃ですね。
まだやってんすねって言われますね。
途中で前編後編があったりとか謎じゃないですかとにかく。
デイ1デイ2とかみたいなキリでもなく、もはや。
それやってたのは最初の2回ぐらいです。3回目あたりから若干怪しくなってきて。
5、6、7、8とか何喋ったか覚えてないぐらい。
一つ今わかったことがあります。
SKSの振り返りはデイ1デイ2デイ3で区切らない方が良さそうです。
そうですね確かに。
何かのテーマを設定して今日はこのテーマですって言ったら、
そのテーマに引っかかりそうなセッションを全てのセッションから引っ張ってくるぐらいの方が。
順番じゃなくてね。
この目線でいくとセッション1とセッション30とみたいな組み合わせがあり得るじゃないですか。
その方が振り返りとして面白そうじゃない?
もともとがデイ1デイ2デイ3でそれぞれのコンセプトがあって組まれてて、
3日間通して聞くとこうなります。
だけど振り返りの時は全く別軸で話している。
一番最初にアンロックス提案した切り口はアーカイブ見ればいいんで。
そうです。
デイ1デイ2デイ3で区切ってくれてあるんでね。
確かに。
振り返るんだったら別の翼ぐさっと通したらいいんじゃないですか。
全体を覆ったからこそ言える話もあるしね。
そうそれ。
今回多分それっぽくなってた気がするの。
確かに。
2日目なのにいきなり初日の話のあれがさとか3日目のこれがさみたいな話してたりするんで。
確かに。
2日目に3日目の話出てくるとかね。
それ全部聞いてるからできるのもね。
そうそうそう。
そっか。
それそうだね。
そういうことだね。
今回は実験としてやってみてそれが分かりましたと。
僕らとしては成果がありましたと。
そうですね。
次回はそれやろうって話なんだけど。