#52 ガストロノミーシンポジウム掛川【前編】〜掛川から問い直す、日本の食文化と『身体知』の未来〜
2026-06-04 57:58

#52 ガストロノミーシンポジウム掛川【前編】〜掛川から問い直す、日本の食文化と『身体知』の未来〜

2026年2月に開催された「ガストロノミーシンポジウム掛川」を総括!大規模なカンファレンスでは見落とされがちな、地域を支える「5等星・6等星」のような農家や職人の光をどう捉え、食の全体像を描くかを議論。ガストロノミーはすでに800年前に道元が説いていた?、西洋のロジックとは異なる、日本人が身体レベルで受け継いできた「言語化できない知恵(身体知)」を話します。単なる特産品の紹介に留まらず、歴史や知性を「編集」し直すことで見えてくる、食の豊かなエコシステムのあり方とはなんなのか。作り手が「面白い」と思える主観的な熱量こそが、日本の物作りを救う鍵になるのではないだろうか。

栄醤油:https://sakaeshoyu.co.jp/

番組HP

▶フードイノベーションの最新動向やUnlocXが仕掛けるコミュニティイベント情報をお届けするNewsletter「Foodtech EYES」

▼パーソナリティ

⁠株式会社UnlocX⁠:田中宏隆・岡田亜希子

⁠たべものラジオ⁠:武藤太郎・武藤拓郎

▼メッセージ・出演希望等

⁠https://tabemonointegral.com/contact/⁠

▶掛茶料理むとう(会席料理):⁠https://kacha-muto.com⁠

合成音声:VOICEVOX:琴詠ニア

キーワード

ガストロノミーシンポジウム掛川 / SKS Japan /ローカル / ごちゃ混ぜのエコシステム / 小倉ヒラク / 発酵ツーリズム / 三河・遠州 / 身体知 / 道元禅師 / 典座教訓 / 身体理解 / 言語化できない知恵 / 西洋のロジック / 教養 / 藩校 / 芋こじ / 二宮金次郎 / 佐藤洋一郎 / 地政学 / 特産品からの脱却 / 文明の交差点 / 抹茶ブーム / 仕事の面白さ(クリエーション) / 木桶醤油 / 技法の伝承 / 栄醤油 / 垂直方向の軸 / 親子三代

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

このエピソードでは、2026年2月に開催された「ガストロノミーシンポジウム掛川」の前編を振り返る。シンポジウムのきっかけは、スタートアップや大企業だけでなく、地域を支える「五等星・六等星」のような農家や職人の存在に光を当て、食の全体像を描く必要性から生まれた。西洋のロジックとは異なる、日本人が身体レベルで受け継いできた「言語化できない知恵(身体知)」の重要性が語られた。また、ガストロノミーは800年前に道元禅師が説いた「典座教訓」にも通じるという指摘や、掛川藩校「教養館」の歴史から「教養」という言葉が生まれたという話も紹介された。 さらに、シンポジウムの開催に至るまでの経緯として、小倉ヒラク氏、村井さんざいめん氏、武藤太郎氏の3人による「三河・遠州」地域でのイベント開催の試みや、掛川でのシンポジウムの準備の裏側が語られた。セッションでは、佐藤洋一郎氏による掛川の地政学的な視点からの分析や、特産品に頼らない「編集文化」の重要性が示唆された。抹茶ブームの中で静岡のお茶産業がどう向き合うべきか、そして作り手が「面白い」と思える主観的な熱量が日本の物作りを救う鍵になるという議論も展開された。 最後に、栄醤油の深谷氏の話から、醤油の「味見」の難しさや、その価値を伝えることの課題が浮き彫りになった。代々受け継がれてきた「技法」や「身体知」といった、言語化しにくい日本の食文化の深層に迫る内容となった。

ガストロノミーシンポジウム掛川開催の背景と目的
この番組では、食をテーマに、食にまつわるニュースや人物などから変化し続ける現在地を学び、食の未来像をあらゆる視点で探っていきます。 MCを務めますのは、たべものラジオの向藤太郎です。
向藤太郎です。
アンロックスの岡田亜紀子です。
本日もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、ということで、新年度を迎えました。4月でございます。
ということで、新年度一発目の収録は何でいくんでしょうか。
何でしょうか。
2026年2月23日に開催をいたしました、ガストロノミーシンポジウム掛川の振り返りでございます。
振り返り。
なんか振り返りにさ、若干トラウマを覚え始めましたよね。
まとまり振り返りやっちゃうと、SKS JAPANとガストロノミーシンポジウムで1年が終わる。
できれば1本で終わりたい。
そうですね。他にもいろいろとね、イベントありますから。
出さなきゃいけないものがいっぱい溜まってるんですよ。
ということで、じゃんじゃんいければと思います。
まずはね、このガストロノミーシンポジウム掛川とは何かっていうところからちょっと簡単に太郎さんからお願いできますか。
きっかけになったのはやっぱりSKS JAPANに参加させていただくようになったことでしたよね。
やっぱりスタートアップだけでなく、ビッグテックもあり伝統的産業もあり、ある意味全方位的なカンファレンスになってるじゃないですか。
僕たちはSKS JAPANに参加させてもらって、かなり大きな衝撃を受けたんですね。
一方でこのサイズのカンファレンスでは、やりたくても手の届かないゾーンがあるなっていうのも2年目ぐらいに気がついたんですよ。
それはもっと目立たない人たちが見えなくなりそうだなという感じですね。
これは昨年の2025年のガストロノミーシンポジウムの冒頭でもお話はしてるんですけど、僕は星座に例えたんですよね。
夜空の星を見上げると、僕はオリオン座がわかりやすいんでそれを例に出しましたが、
四角に3つの点っていうのは基本的に一等星です。
オリオン座の形を見るには、五等星、六等星まで含めて初めて人間っぽいような図柄が浮かんでくると思うんですよね。
一等星、二等星をスタープレイヤーたるスタートアップだったり大手企業さんだとすると、
ローカルで頑張ってる農家さんだったり、お茶を加工してる職人さんだったり、そういった人たちは五等星、六等星のように見えてしまう。
実際は強い光を放ってるはずなんですけど、見えづらくなってくる。
そうすると日本全体にある食品の産業とか文化とか社会とかいったものを違った形で捉えてしまう。
つまりオリオン座で言うと四角と3つの点しか見ないっていうことになってしまうので、
全体像を見落としてしまうんじゃないかなっていうことがあると思うんですよ。
もちろんこれはたぶん岡田さんも田中さんもご理解されてるところだと思うんですけど、
SKSジャパンではちょっと規模的にも仕組み上やりづらい。コンセプトも違いますしね。
ていうので、逆にローカルに根差した飲食店をやってる僕らだからできることがあるだろうなと思って、
まずやってみましたというのがガストロミシンポジムの始まりですね。
細かる?
いや特に。
なんか言えよ。
本当に前からね結構SKSジャパンに出る前かな初めて行く前くらいからもうそんな話はあったんだよね。
ローカルで何かやりたいっていう。
食のことでやっぱ何かやっていかなきゃなっていうのがあって、
SKSジャパンにお呼びいただいて出るようになってより一層はっきりわかるようになってきて、
やっぱローカルのものってもう少しちゃんと見ていかないといけないんだなっていう確信をだんだん得るようになって、
僕らも忙しかったんですけどそのタイミングで、
いやでももうやっちゃえみたいな。
もう本当に今やらんかったらいつやるのっていう感じのノリで日付を設定して動き出したのがその初めての年の半年前。
それまで本当にいつもの厨房で話してるだけっていう段階で何の構想もその具体的なとこまで落とし込んでなくて、
でも日付決定したが最後みたいな感じでもうこの辺はもう田中さんとか岡田さんに見習っても日付だけ先に決めるみたいな。
あと何とかなんだろうみたいなのはあって、で初年度が開催できたということでした。
初年度盛り上がりましたよかなり。
そうですね。狭かったのもあって余計盛り上がりがありましたね。
あれはすごかった。
いきなり1年前の話しちゃうんですけど、第1回岡田さんに参加していただいてどんな感想を持ちました?
もう1年以上前ですけど。
第1回の感想ですよね。
いやー正直やっぱり掛川の一お料理屋さんの場所でやるってなった時にどんな風になるんだろうなっていうのは思いながら行って、
もちろんアジェンダも聞いていたし、あと結構知り合いもたくさん行っていたので楽しみに行ったんですけど、思ったより内容がめちゃくちゃ濃密で、
実は今年の感想にもつながるんですけど、本当にやってもらって私たちが行けるっていうことがすごい良くて、
それはお二人が今言ってくださったことと相対する話なんですけど、私たちってどうしても東京でしかできない。
東京の人たちってもちろんそれぞれにふるさとがあるから、地域に対する思いはあるけれども、やっぱり大きな売りにしていろんな人に集まってほしいって思ったらやっぱりどうしても東京になるし、
でも東京でやってるとなぜかすごい冷たい雰囲気も、冷たくはないんですけどね、何でしょうね、ビジネスビジネスするっていうか。
そうですね、クールな感じがありますね。
もちろんそれを狙ってるのでいいんですけども、でもやっぱり食の持つ多様な価値って私たち散々いろいろ言っていて、
でもそれっていろんな地域でもうすぐ目の前に海があるとか山があるとか、なんかそういうところじゃないと、そこの空間に行かないとどうしてもかもし出せない何かがあるって思っていたんですが、
やっぱりそういう場がなくてどうしても。もちろんね、いろんな地域でいろんなことをやられてるんですけれども、これぐらい広く見るっていうことを諦めない状態で地域でやるっていう。
外食なら外食で固まるのか、なんか例えば郷土料理なら郷土料理で固まるのか、なんかそういうのだったらあるかもしれないんですけど、お二人ってだってガストロノミーって言い切っちゃいましたからね。
そう言われてみればそうですね。
そう。
確かに。
まあまあすごいですよ、ガストロノミーシンポジウムですからね、しかも。
そうですよね。食という文字入ってないからね。
まあね。
逆に言うならば、その分かりやすいところを入れてない。
まあ僕らの感覚だと食べ物ラジオの現代版ローカル版かつリアルみたいな。フィールドオフワークに行けない代わりに皆さんに来てもらうっていう、ある種お茶食なフィールドワークやってるような感じですよね。その分なんとなくウェットな感じありますね。
確かに。
コミュニケーションがウェットな感じ。
あのね、それすっごい面白くて、1回目の時に前の方に食べラジサポーターが選挙してたんですよ。
はいはい。
してましたね。
彼らはサポーターだから、なんかすごいみんなミッションを感じて、例えば空調がちょっと暑いってなったら窓開けるとか、みんな動くんですよ。
今年はついにそこから司会者が登場したりとか、登壇される方が現れるとか、そこすごい面白かったですね。
今年は完全運営側だったんでね、前列を選挙することもしなかったんですけど、やっぱりみんな来てくれましたからね。
なんか率先したお弁当を配ってくれたりとかもしましたし、おっしゃっていただいたように司会者もサポーターさんですし、プロナンサーじゃないですしね。
最終セッションのあたりには登壇もあるし、なんか不思議でしたね、それは。
ごちゃ混ぜだったね。
これちょっと各セッションに行く前に一つ思ったのは、この食べ物インテグラルに前にゲストで来てくれたミソベーションの斉藤さんの時にも、360っていう話が散々出たと思うんですよね、後半の方で。
もう一つのものを全方位から見る、すべての方向から光を当てて一回見てみようみたいな話だったと思うんですよ。
で、それが僕らがやってることってそれなんだろうなって思ったんですよね。
ローカルのフードシステム、エコシステムもそうだし、カルチャーもそうだし、全部含めて360で一回見ましょう。
で、そこには当然人が付随してくるので、人も360度で混ぜちゃえみたいな、いうような感じかなっていうのが後になって思いますね。
確かにね。
シンポジウムの準備と地域連携の試み
ちょっとなんかどんなセッションがあったのかっていうところもいきますか。
そうですね。まずごちゃ混ぜ感でいくと、このオープニングセッションの前から話さなきゃいけないんですよね。
確かに。
そうなんですよ。今回、多分これ日本でも初なんじゃないかなと思うんですけど。
無謀とも言える試み。
1回目にやった時に、僕は1年前、第1回のクロージングセッションで、こういうローカルでやるガストロミシンポジウムっぽいものが全国に100箇所ぐらい自然発生的に生まれてきて、
それが横でそっと手をつなぐようなコミュニティーになればいいよねって話をしてたんですよね。
そしたら、それこそ何であったんだっけ、村井唯一郎さんとふっと会った時に、
俺やりますよってさらっと宣言して、言ったねって。
で、たまたまその場に田中さんがいたんですよね。
フードスコープスかな、なんかの時にオンラインで、部屋が分かれた時にオンラインなんだけど3人きりになったんですよ。
なるほど。
僕と田中さんと村井さんの3人に。
そしたらその話になって、シンポジウムこんなんだったよねって当然3人とも参加者だったので。
そしたら村井さんが、いや私やりますよ。田中さんが言いましたよね。
田中さんの推しね。
で、ぐっとハマって。
で、その後に小倉ひらくさん、発行デザイナーの小倉ひらくさんが、昨年の5月6月かなに発行ツーリズム東海という巨大な発行ツーリズムをやって、
で、約2ヶ月で延べ12万人動員するっていう巨大。
すごいですよね。
すごいですよね。あっちこっちでセッションがあったり見学会があったりツーリズムがあったりっていう感じで、
すげーなーと思ったしめちゃくちゃ応援もしたし、助けられることやるよみたいなことだったんですけど、
プログラム見てたらあれ待てよ、静岡入ってないのに東海ってどういうことやねんっていうね。
俺たち静岡は東海じゃないんかよと。
めちゃくちゃ東海だと思ってるからね静岡県は。
これはね、以前小倉ひらくさんがうちに来て収録をした時にもちょっとその辺で僕感じたんですよ。
無糖の料理を食べた時に東海っぽいって言ったんですよね。
東海じゃないんでしたっけ。
ひらくさんの認識の中で静岡は東海地方に入ってない可能性がある。
で、おやおやと思ってたらそれをちょっとXで絡んだんですよね。
次はうち混ぜてよって言ったらあろうことが隣の愛知県である三河の地域がやっぱり入ってないと。
静岡が県タインで入ってないのはまあそういう勘違いもあるよねとか、
中京圏ではないからちょっとずれるよねとか、水系が違うよねっていうのはわかるんですけど、
まさかの村井さんがいや三河も入ってないんだけどってなって。
2人でおいおいっていうもうじゃれ絡みをしてたんですよ。
ひらくさんと3人で。
そしたらメッセンジャーグループ3人のグループができて、
やっちゃう?うちらは2地域だけで3円でやっちゃうか三河園集だけでやっちゃうかって言ったら、
ひらくさんがいいじゃんいいじゃんやれやれってお前のせいだよみたいなノリでやり始めた結果、
なんと影川のシンポジウムの前々日に豊橋でシンポジウム、
名前はコージザキッチンっていう名前ですけど、
こちらがあり、2日目に豊橋から影川に向かってツーリズムのバスを走らせ、
で3日目に影川でやると。
この3日間はなんとさっきのチャットグループ3人がずっと同行してるんだよね。
すごいっすね。
小倉ひらく、村井さんざいめん、武藤太郎がずっと一緒にいるっていうね。
くどい。
濃いね。
もう3日間しゃべり倒した。
行けなかったけど、話に聞く限りやっぱり濃かったね。
特にバスの中はひどかったです。
何人ぐらい来てたんですか?
バス乗車人数25だったかな、我々も入れてですけど。
結構ガッツリでしたね。
気づいたらマイクロじゃなくて大型バスになったもんね。
マイクロバスではなかったです。普通に観光バス借りました。
ちょっと設計ミスってたけどね。
あれはね、しんどいって。
主催が一つじゃないってやっぱ辛いので、結局村井さんが主軸になって全体の企画はしてくれたんですけど。
細かいツーリズムのどこに立ち寄ってどういうストーリーにするかとか、
この並びにしたらこの3人だったらこういう話題があるよねっていう。
バス内をトークセッションにしたので、そのトークセッションを加味したプログラミングしなきゃいけなくて、その辺は一緒にやりましたけどね。
ツアー自体はね、最初からちゃんと組んであったんだけど、そのバスのね、2転3転しちゃったからね。
ああ、そうね。足回りのところは何せ。
人数増えたしね。だんだんだんだん増えていって、あれ?あれ?これじゃ足りない、足りないみたいな感じになって、もう最大の大型バスまでいくっていう。
そうですね。私と村井さんの組み合わせが本当に足回りとか事務系の仕事に向いていなくてですね、最悪のコンビなんですよね。
これはもう工事屋さん在門の社員さんがすごく頑張ったと。石井さんのおかげですと、いうことですね。
ちゃんとお礼言わないといけない。
私たちもいろいろやりますけど、運営側の気持ちにもちょっとなってしまうので、お察ししますね、いろいろ。
感謝しかなく、頭がありがりません。その流れでオープニングに登壇したのが、やっぱりその3人で、小倉ひらくさん、村井さん在門さんと私。
この3人でいきなりオープニングやると絶対まとまらないなということで、アンロックスから田中さんにモデレーターをやっていただくということでご登壇いただきました。
制御する人がいないとね。
無理だと思う。よかった、いてもらって。
本当にね。
オープニングセッション:ガストロノミーと身体知
でも本当その最初のセッションで、これ多分田中が言ってたと思うんですけど、その1年前に比べて多分2倍ぐらい、多分参加者の数もそうですし、もちろんその前々日からの流れっていうのも初だし、
あと展示も今回は協賛された方々とか、あと掛川氏の方でしたよね、お茶。
あって、なんかその1年前と比べて場所を変えたっていうのもあるから、すごくフォーマルになったというか、シンポジウムらしくなったというか。
そうですね。
悩んだんですよ。1回目に来た方々はやっぱりお店がいいんじゃないかっていうね、雰囲気もありって思ってたんですが、来る人どのぐらいいるかなっていうので、ちょっとSNSとかで声掛けしてみたりとか、
直接知ってる人から聞いてみたりすると、案外人いて、結局集客は苦しむんですけど、案外希望者がいて、あ、うちの店じゃ入んないなという感じでしたね。
そうね、ちょっと駅からあるんだよね。
うちの店がね、うちの店が。
あと希望的にも半分以下になっちゃうんで、去年は割とすぐ埋まっちゃったんだよね、そこに関しては。
そうね、1回目が最大40で完全に埋まって、今回は最大120ぐらいまでキャパはあったんですけど、80名くらいかな、という感じになりました。
で、ブースに関しては会場を見た時に、あれ、スペース余るじゃんって話になって。
どうしようどうしようって、じゃあここで展示ブース出すって急遽取ってつけてやったので、なかなか苦しみましたけど、それなりに集まりましたね。
結構広かったんだよね、思ったより。テーブルを使うとかやめちゃったから。
そうね、また他にも会場候補があるんですけど、いろいろとまた次は考えていこうかなという感じでしたね。
なんか全部でセッションが8本?
はい。
オープニングとクロージング含めてあって、でまた全部一個一個やるとちょっと沼にはまる気がするので、
多分聞き手としては私が会場に行ってずっとセッションを聞いていて、お二人はどちらかというとモデレーターをしたり、運営の方で走り回ってたりしてたので、
ちょっと私が聞いてた時にちょっと気になったキーワードとか言っていってもいいですか、ちょっと。
はい、ぜひ。
オープニングのセッションのところで本当に面白いなと思ったのは、改めてまたガストロノミーとは何かっていう話になったんですよね。
あとその、結構ガストロノミーってこれは太郎さんが教えてくれている話ですけども、
ガストロは胃で、でなんとかノミーっていうと学問っていう話になるから、要は胃の学問であると。
そうするとかなり食をもう丸ごと学ぶのがガストロノミーだっていう話で、じゃあなぜこのガストロノミーってことが日本で流行らないのかっていう話が出てきて、
これは多分太郎さんが言ったのかな。
いや道元がすでに言ってたんだよね、800年くらい前にみたいな話をしてて、だから日本では当たり前すぎるんだよねっていう話をしたのはやっぱりすごい印象的でしたね。
1200年代後半ぐらいから。
そうですね、特に歴史の長さだけでいくとガストロノミーっていう単語自体はギリシャ時代のことなので、古代ギリシャ文明で考えたら相当もっと前のはずなんですけど、
一般人に浸透したかどうかでいくと、道元の言っている日本の仏教の相当集の回想ですよね。
彼が記した腐食反法とか天造教訓っていう書物を転挙とするような考え方、これが江戸時代を通して一般庶民の生活レベルまでに入り込んでったんですよね。
というのも私たち日本人ってこれほど宗教感がないにもかかわらず、なんとなくわびさびわかっちゃうし、言われればとか見せられれば。
外国の方だと、今桜の時期ですけど桜の散ってる様子綺麗と思う人って少ないらしいんですよね。
何が綺麗なの?みたいなね。とか雨水が滴る様子がいいね風情があって。
この感性はなんかもう遺伝子レベル、文化的ミームとして引き継いできてると思うんですよ。
これが同じように食に対してどういう姿勢でいるかっていうのが禅宗なのでね、元の相当集っていうのが。
これがいろんな宗教の宗派か、仏教のいろんな宗派のところに入り込んでいって、文字も読めない人も並々だぶつって唱えればいいよみたいな感覚で、
とにかく日常の行動に置き換えて理解していく。文字理解じゃなくて身体理解の方に行っちゃうんですよね。
これ僕が言ってるんじゃなくて、鈴木大雪っていう方が本でそういう風に書いてあるんですけど、生活習慣としての宗教みたいな感じになってくるので、
もう言語理解を失った状態で文化レベルに染み込んでるっていうイメージ。
だから言葉にされると逆に違和感がある。そんなものいちいち言葉にするなんてダセーなみたいなね。
なんじゃないかなという風に僕は何冊かの本を読んで、そういう風に読み解いたというところですね。
言語化できないから面白いみたいな。
これ面白いのが、これざっくり凄い乱暴に分けるとですが、西洋の哲学って言語化、ロジックが優位なんですよね。
ロジックで語りきれないものはないに近い扱いをされるんですけど、東洋の哲学って地位が100あるとしたら言語化できるのって30ぐらいしかないよねみたいな感覚なんですよね。
だから残りの70くらいのところは言語以外のところに地が埋まってるので、それを身体で取りに行こうっていう思想なので、そこに大きな違いがあるんじゃないかなと思ってますね。
で、その70とかのほうが優勢なので、上位みたいな感覚があるから、分かったものは言葉を捨てて体にすり込む、以上。
凄いざっくりした流れが、こういったガストロノミーという単語の浸透具合と実装具合とで差があるのかなっていうふうな感覚です。
これは日本特有なの?中国も含める?
どうなんだろう。中華文明はですね、リセットボタンが付いてるので。
確かにね。色々変わってますからね。
完全リセットではないけど、ちょいちょいファミコンでリセットボタン押してくれるから、ちょっと分かんないね。
日本語を解説した外国人の話がちょうどこの間中で見て、日本語だけだったね。
わしとかさ、僕とかさ、私とかさ、話し方によってコロコロ自認する言葉を変えていくっていう。
一人称がね。
あと一文でどんな人が喋ったかをニュアンス的に捉えられるのが日本語で、普通の一文じゃ分かんないって言った。英語とかだと。
カフェで横で話してても、この人の背景はこんな感じなんだろうなは読み取れなくて、
カフェの中で横で聞いてても英語だとその時の聞いてまんまの情報は分かるけど、
それ以外の背景部分、バックグラウンド部分って透けて見えてこない。ただ日本語だと分かっちゃうっていうのが全然違うよねって言ってた。
へえ、そうなんだ。
わしとか言わないらしいからね。
確かにね、一人称単数が変かもしれない。
私とか、わたくしとか、僕とか。
俺とか。
僕っ子みたいな感じの女性の言葉ないらしいからね。
僕っ子ね。
僕っ子。
そうね、一人称単数はどんどん増えていきますからね。
単数って言わないのか、一人称はね、どんどん増えていくんでね。
その辺の文化の違いっていうのは、日本語でこんだけ頑張って表現してるのに、それでも7割足りないと思ってる日本人やばいなと思う。
そうね、あれこれ言語の勉強しなきゃいけない気がしてきたな。
そういうことだね。じゃあ来年はちょっと言語の勉強からして、ガストロノミーに挑むと。
掛川の歴史と「教養」の概念、そして「芋こじ」
なんかその流れでちょっと言うと、もう一個名言があって、教養という言葉は掛川から生まれたっていうところが、
単純にね、新幹線の掛川駅にポスターが貼ってあって、教養という言葉は掛川から生まれたって書いてあったんですよ。
何だろうこれって思ってたんですけど、太郎さん曰くそれは掛川人には常識な話だと。
そうですね。もともと江戸時代の掛川藩ですね。掛川には藩がありましたので。掛川藩の藩校、各藩にある学校ですよね。
藩校の名前が教養館なんですよ。そもそも。
学校の名前、例えば自体が。
そうなんですよ。この教養館って、普通藩校だと主に武士だけとか、武士優勢なんですけど、ここ商人とか農民の子供とか武士の子供とかみんなごちゃ混ぜなんですね。
この藩校を作った盾役者になった豪将がいて、後にそこは天皇家があちこちを巡るときの宿泊所になるようなところで。
たくならわかる掛川の松川家と呼ばれている旧山崎家邸宅があるんですけど、重要文化財になっていて。
彼らがその藩校の立ち上げに関わっていて、彼らと当時の藩の武士の人たちが、学びが大事だと、教養が大事だっていうのを歌い始めて、以来ずっと教養という言葉が染み付いています。
学校って意味かいわゆる。 教養? 小学校とかそういう感じじゃなくて。
藩校? 藩校。 藩校っていうのは各藩にある学びの場ですね。日本の各地にありましたよ。
各地にはあったんだ。 結構有名なところ、パッと今名前出てこないけど、明林館とか。
ああいうところもあるし、四宿もあるし。
で、掛川教養校だったんだ。 教養館というのが藩校の名前。
なるほど。だからね、やっぱりガストロノミーシンポジウム発祥の地にふさわしい掛川だというところで、こういうセッションでしたね。
ちなみに、これ教養の文脈じゃないんですけど、第1回目のガストロノミーシンポジウムをやるよっていうのを、いろんな掛川の知り合いに触れて回ったんです。
それこそ70代の方も含めてですね。したら、こんなことやりたいんだ、あんなことやりたいんだって言ったら、うーん芋こじだねってスルッと返ってきて。
芋こじね、言われたね結構。 これは法徳司法の中に出てくるんですけど、芋をたらいの中にゴシャっと入れて、棒を突っ込んでガシャガシャガシャガシャかき混ぜる様子のことを芋こじって言うんですよね。
芋と芋同士が擦れ合って磨かれていく。息は止まってたらいから外に出たやつはそっと戻してやるっていう様子になぞらえて、人が集まって話し合って擦れ合って磨き合っていくっていうことを金次郎は芋こじと表現したんですよね。
それを5年配の大先輩が、なんだ武藤くんがやりたいことは芋こじだねって言って。 すごいね、本質ついてますね。 そうなんですよ。そういうのがやっぱりさっきの教諭と一緒で地元に染み付いてるのかもしれないですね。
当たり前の感覚はあったよね、確かに。 観光アピールみたいな、詩のアピールみたいになってきちゃったな。
いやでも本当に冒頭にも私ちょっと言ったんですけど、食を特に分類するってわけでもなく、とにかく全方位見るんだっていうところのセットアップができたセッション1になってたんですけど、これがさらにセッション2で佐藤洋一郎先生が出てきたことによって、
地政学と「編集文化」:特産品からの脱却
ますます結構掛川とは知性学的に何ぞやみたいな話に結構なっていって、先生がオリジナルの地図を作ってくださっていて、ちょっと画像がここにないんで説明しがたいんですけど、つまり静岡ってほとんど沼だったよねっていう話をされてて、
確かにめちゃくちゃ川が多くて、天竜川、大井川、安倍川、富士川、鹿野川?5本ぐらいおっしゃったんですよね。 天竜川、大井川、安倍川、富士川が大きいやつですね。間に掛川とか菊川とか原巻川とか細かいのありますが。
だからむしろ掛川よりも、もうちょっと北の方の森町とかの方が栄えてたっていう話とかもされていて、私祖母の出身が森町だから。
そうですよね。
そうかっていうふうに、すごい画点がいった個人的にはセッションだったんですけど、どうです?ここは太郎さんは結構佐藤先生と今までもずっとお話しされてたんですが。
僕と佐藤先生って呼んでたら、佐藤先生から先生って呼ぶんじゃねって言われちゃったんで、佐藤さんなんですけど。
僕と佐藤さんは年に数回お会いする機会があって、年に1回か2回居酒屋とかで一緒になるんですよね。その時の会話がこんな感じなんですよね。
もうそれこそ先ほどおっしゃっていただいた知性学的なものとか地学ですね。土壌がどうだとか。
そういう話もあれば物流の話、歴史的な文化交流の話。社会の教科書でいうとこの日本史と地理を中心に食文化を読み解いていこうっていうアプローチですよね。
ここね、すごく私的に面白いなっていうか、結構本質だなと思ったのが、結構掛川って多分聞いてる皆さんも行ったことがない方も多いと思うんですけど。
正直そんなすごい特別なことありましたっけっていう街な気はするんですよ。
おっしゃる通りです。
富士山のふもととかそういうわけでもないし、でもある種日本にいっぱい掛川っぽいところはたくさんあって、むしろ。
これ太郎さんが多分おっしゃってたと思うんですよね。
なんかみんな特産品に飛びつきすぎるんだよねっていう話をしてて。
多分ね、静岡も全体的によくわかんないねっていう話があったのかな。
そうですね。
なんかスンプ料理とか静岡料理ってないよねっていう。
静岡にはでも特産品はたくさんあるね多分。
みんなすごく特産品に飛びつきすぎるから、魚をとりあえず切って出しとけばいいみたいな話になるけど。
佐藤先生が実は京都って何にもなくて、何にもないからこそめちゃくちゃ頑張って何と何は合うのかベストマッチを考えていった結果、ああいう料理が生まれていったみたいな話されていて。
特産品に飛びついてこれがすごいって出すんじゃなくて、
もっとその周りにある価値観とか美意識みたいなのも一緒に出していかないといけないっていうか、そうならないと面白くないみたいな話を太郎さんはしてました。
ちょっと記憶があるかわかんないですが。
今だんだんと思い出してきましたけど、例えば京都って佐藤さんがおっしゃるようにこんなに食材のない街はない。
いうくらい歴史上食材の乏しい街だったから工夫が生まれて独特のものが生まれたということなんですよね。
これ実はヨーロッパに置き換えるとフランスなんかもまさにその通りで。
かつてのフランスっていうのは農業大国になる以前ですね。
もうほとんど森ですからあそこは。
するとものがなくてあれこれ工夫しなきゃいけないかった結果現在に続くフランス料理の原型がオリジナリティを持ったものが生まれてきたということだと思うんですね。
一方でものがあふれている地域、例えば日本もそうですしグローバル言ったら中国とかトルコとかも割とそれっぽいとこですよね。
それなりの独特な文化はあるものの、食材という意味ではそこまでスペシャリティなものがあるかっていうとちょっとピンとこない。
トルコの特産品何ですかって言うとちょっと困っちゃいませんか。
みたいな感じなんですけど、じゃあなぜトルコ料理が世界三大料理に数えられているかっていうとあそこは文明の交差点だからなんですよね。
イランも当然ペルシャですから文明の交差点という意味では交差点は交差点なりの独自の文化を持っていて、特産品によらない文化の発展の仕方があると思うんですよ。
っていうのは僕多分このセッションの中で編集文化っていう表現をしたと思うんですけど、まさにかけがわはそういう物の交差点であり人の交差点であるからこそ、
人や物や文化を全部編集してカスタマイズしていくっていうものが生まれやすい土壌だっただろうし、もっとワイドに引いてみれば日本全体がそれっぽいところがある程度ある。
ただアジアの端っこなんでね、完全な編集文化にはならなかったかもしれませんけど、目線を特産品から一回外して違う角度で、
自分ところのアイデンティティとなる食文化っていうのを眺めてみるっていう、ある種トレーニングになったらいいなっていう思いがあるんですよね。
なのでかけがわのことを知ってくださいというよりは、今回場所がかけがわなので佐藤さんと僕がかけがわの食文化についてあれこれ語ってみるので、
この考え方を皆さんの街に持って帰ってやってみたらいいんじゃないですかっていうご提案ですね。
そうですね。
それがすごく伝わってきていて、結構ね日本ってどういう料理なのかってすごく大雑把に聞かれてもめちゃ困るじゃないですか。
各地域に郷土料理はあるっていうのはそれは素晴らしいんですけど、みんなそれぞれに結構ね、お茶が有名だったり、何かしら果物が有名だったり、お魚が有名だったりあるんですけど、
みんな大体そうなんですよね。
そうなんですよ。
みんな大体多かれ少なかれそうで、だから贅沢な悩みなんですが、特産品がありすぎるというかあるがゆえにそれを強調したくなるんだけど、それを強調するとみんな同じに聞こえるっていうジレンマがあって。
シンポジウムじゃないとこでどっかで話、ネタで使うんですけど、僕の知ってる大学の先生がですね、とても面白い写真を見せてくださったんです。
みなさんこの看板を見て駅にこんな看板がありました。おそらく観光協会とか観光課と言われるところの街のPRためにこんな看板を作ってるんですよ。
さあみなさんこれがどの駅か当ててください。ヒントは静岡県内のJRの駅です。書いてあったのが歴史と水の街って書いてあったんですよね。
誰も答えられないというね。もうすべての市長層に当てはまってしまう。
こんな何も言ってない看板はないですよねって。日本ってそうなんですよね。
そうなんですよ。だからでもなんかあるじゃないですか。だからそれを本当に編集文化とか、その特産品の周りでどういう価値観が生まれてるのかみたいな、そういうやっぱりコンテキストっていうのかな。
そこの話がちょっと面白かったセッションでございました。
歴史的インフルエンサーの影響と地域文化
あとちょっとこのセッションでも触れましたし、前々日前の三河と移動のツーリズムでも話出てたんですけど、歴史上のインフルエンサーの影響力ってやっぱり大きいよねっていうことは肌身で感じましたね。
特に三河円州地域ですと徳川家康の痕跡っていうのは植文化にまで残っていたりしますし、それはなんか既出的なものにもあるんじゃないかなとは思ってたりしますね。
すごく大雑把ですけど、静岡県を東と西に大雑把に分けると、大きな都市が東に静岡市、西に浜松市があるんですね。
なんとなくですけど、静岡市ってちょっとクゲ風というか貴族風文化なんです。
お祭りもそうだもんね。
お祭りが、僕ら地元では静岡の町はチントンシャンっていう表現をするんですけど、なんとなく。
西の浜松を中心としたお祭りってソイヤソイヤって感じなんですよ。
大凧とかね、ああいうデイスにあるような。
だしを引き回してと。
そういう文化差があって。
家康が大御所時代に住んでいたのは寸布城なんで静岡なんですけれども、文化的には今川時代の影響が強く残っていてですね。
割とクゲ文化に憧れた土地柄に対して、漫画表現物の中では田舎侍代表やぼったい徳川家康が描かれてますが。
羊羹県宮城とか知らねえよっていうような風潮。
もっとよく言えば合理性を大事にする方ですので。
その合理性でいくと浜松とか特に三河もそうですよね。
そういった文化が真相心理レベルで根付いている感覚を覚えるんですよ。
そう考えるとやっぱ戦国の話しましたけど、例えば幕末とかもそうでしょうし江戸を通してもそうだし、もっと前の室町時代とかもそうでしょうし。
いろんなインフルエンサーの痕跡っていうのが実は我々の生活習慣に紐づいていて。
という感じはします。
抹茶ブームと茶産業の未来、仕事の面白さ
面白かった。次はお茶の話でしたね。セッション3番目。
世界は空前の抹茶ブームに乗るかするか。どうする静岡の茶産業。
これめっちゃ長くなるもんね。抹茶ね。
抹茶?この抹茶の話に関してはインテグラルでも一度触れてますよね。
そうですね。
まさにあれが起点になってますね。ニュースがきっかけになり、僕の中でこの抹茶ブームの中で実際のお茶屋さんたちどうする気でいるのかなっていう疑問が湧いてきました。
本当にリアルだなと思って、やっぱりこれお二人ともあれかな、代々続いているっていう。
どちらもまだ3代目とかですかね。
まだって言ってもまあまあすごいと思うんですが、やっぱりどんどん今中国とかベトナムの方の品質も上がってきていて、
そもそも結構製粉っていうかそっちの機械側の方も海外に行ってるっていう話だから、最終的には栽培方法ぐらいしか差がなくなってくるかもみたいな話をしてて。
その辺は何というか、ある種ちょっと抗えないところではあると思うんですが、結構お二人とも新しいお茶のスタイルというか価値というか、そういうところを探そうといろいろ挑戦されていて、その辺面白いなと思ったのと、
なんかでも一番印象に残ってるのが、これどっちの方だったかな。なんかお客様のニーズに合わせるだけだと仕事が面白くなくなるって言ってて。
石川みきろですね。
石川さんですかね。これは名言じゃないかと思って。
それは僕も覚えてます。
その後、このセッションの後、ランチで彼と一緒になってたんですけど、頼むから楽しく仕事をやらせてほしいんだよねって言ってました。
だからこういう本当の作り手さんたちが一番テンションが上がることを、なんかちゃんと作っていくってことめっちゃ大事だなと思って。
なんか僕も料理人としては感覚わかるんですよね。なんか定食の仕事をやったことが過去にあるんですよ。もう20代の時のでずいぶん昔ですけど。
その頃、初めのうちは面白いんですけど、そのうちになんだろう、ルーティン作業になっていって、クリエーションしてる気がしなくなるんですよね。
自分がロボットでもいいじゃんっていう感覚になってくると、どんどん仕事が面白くなくなっていってしまうんですよ。
それは長続きしないよねっていうのを思うので、もしかしたら、ものづくりをしている職人さん、それはステレオタイプの職人さんっていうイメージのものじゃなくて、いろんな職人さんいると思うんですけど、
ものづくりをやってる人たちって、なんだかんだ面白いからやってる部分ってあると思うんです。
彼らから楽しい面白いを奪ってしまうと、日本全体のものづくり産業はどんどん落ちていく。これはオールジャパンとしては危機なのではって思いますよね。
売れるものを求められるのと、ただ売れるものっていうのは多分説明をしなくても売りやすいものっていう感じなのかな。
別に説明したらめっちゃ売れるんだけど、説明するを誰がするのか問題。
ここね、少し違う業界に目を向けてみると、また新たな考え方が出るかなって僕は思うんですけどね。
例えば音楽とするじゃないですか。令和の日本の音楽シーンっていうのはかなり多様性が多くなりましたけど、
僕が若い頃、20代の頃とかって、もうマスはJポップです。Jロックです。以上みたいなね。
こんなところでジャズなんかは食っていけないし、アシッドジャズなんて日なとこ行ったらもっとわかんないし、
プログレッシブロックって言われたらピンとこないじゃないですか、みたいな世界になっていくんですけど、
これが例えば同じ時代、1990年代後半のアメリカだとすると、ジャズ一本で食っていけるんですよ。
それも超メジャーにならなくても。ジャズが好きなパイが大きいから。
しかもその人たちがCDを買う、当時はCDとかレコードで稼いでましたけど、CDを買う、ジャズを買う人たちはクラシックも買うし、
ポップスも買うし、みたいな感じで被ってたんですよね。だからマスに寄らなくてもみんな生きていける、
多様性を担保できる音楽シーンが当時のアメリカにはあって、日本にはなかったんですよね。
っていうことを考えれば、作り手側とか、もしくはこの中間事業者ですね、届けて、
バリューチェーンを担う人たちがどう伝えるかっていうのを工夫さえすれば、
いろんな多様性を担保したまま、マーケットをかぶせながらみんな生き残っていける世界ができるんじゃないかなとは思うんですよね。
ちょっとイージーになりすぎてる感はあるんじゃないかなと思います。売れるものっていう思い込みによって。多分これも幻想の一つですよ。
あんまり対して考えずに買ってる消費者も多いですからね。
いいと思えばいいじゃないですか。
あとは流通とかかな。流通の問題とかかな。
あると思いますよ。
かぶるところが多くなりすぎちゃって、好きなジャンルの近くのものが多く手に入りすぎちゃうとか。
あるし、今とは別かもしれないけど、例えば音楽で言ったらCMで起用される音楽が偏るとか、
テレビ番組で流される音楽が偏ったら、ニッチな人、マニアックな人たちは別だけど、ほとんどの人たちはそこを入り口にしてますからね。
音楽と触れる最初の入り口にしてるんで、それ以外のジャンルに触れられないじゃないですか。
1万人いて、そのうち100人が他のジャンルのライブハウスに強引に連れてかれたら、そのうち10人がハマる。
ポップスも好きだけど、ジャズも好きって人が生まれてくるみたいなことがあると思うんですけど、
接点を確立的にしてしまったのは、今までのメディアを含めた情報の届け方なのかなっていう気がします。
これね、実はこの次のセッションが、この伝統を引き継ぐっていう話の時に、
醤油の伝承と価値の伝達の難しさ
これ深谷さんは清け醤油ですよね。
で、おっしゃってたのが、じゃあ清け醤油とは何ぞやっていうのは、すごく時間をくれたら説明できるけど、
10秒で言えって言われたら分かんない。
そうですよね。
国内に28社って言ったか、数字はちょっと置いてないかもなんですけど、清け醤油の製造者さんたちがいらっしゃるんだが、
お互いをどう差別化するってすごい難しくて。
言ってましたね。
確かにそうだろうなと思いつつ、そこで争ってても、どっちかっていうと、
日本でどうやって清け醤油を残していくかって今問題だとは思うんですが、
確かに当事者からすると他とは違う清け醤油なんだっていうのが多分必要で、
それが多分100年続いてる清けなのかとか、そういうところに多分行ったりするのかもしれないんですけど、
結構似てる話だなと思って、説明することが難しい。
冒頭の言語化できないところにも通じますけど、そこがめちゃくちゃ多いですよね。
特に知る機会を大きくするっていう見方と、深掘りしていく見方と2つ軸があって、
今のタイミングでは面を広げるたくさんの人に知ってもらうっていうところで、
目詰まりを起こしてそうだなって気がしますね。
特に発酵を含めた食品業界って人間が食べられる回数に限度がある以上、
アッパー決まっちゃいますからね。
この醤油っていうものを考えたときに、
例えばお酒や味噌と同じ発酵食品として並べてみるじゃないですか、
味見がしづらいんですよ、醤油が一番。
日本酒は利き酒ができます。
それはイベントとしても楽しいです。
カチャ料理無頭で日本酒5種類飲み放題利き酒大会やりますって1万円でーすって言ったらわーって人集まるじゃないですか。
同じこと醤油でやったと思ったらどう思いますって話で。
ちょっと商品化しづらいし、
例えば味噌だったら味噌汁っていうキラーコンテンツがあるんで、
味噌ボックスみたいにして日本中の味噌を毎月毎月いろんな味楽しみますよっていう入り口作れるんだけど、
醤油難しくないこれ。
醤油ねー、うちも堺醤油さんずっと家で使ってるけど、
あーそうなんですね。
そうなんですよ、妻が好きでずっと買ってるんですけど、もう何年だろうかな。
5、6年以上ずっとなんですけど、
日々使うと初めて堺醤油とか清けってとかちゃんとしたお醤油ってずるいなっていう、
なんでもかんでも美味しくなっちゃうんで。
適当に入れても最後なんか味気ないなーで醤油足せばとりあえずそれで美味しくなるっていう、
これがいつも売ってるキッコーマンとかのペットボトルの醤油とかだとそれはやっぱできないですよね。
なるほど。
ちょっと高いは高いんですよ、そういう大量生産系のキッコーマンさんとか、大量生産でもそんなないんですけど、
そういう醤油と違うっていうのはわかるんですけど、
でも実際普段使ってて初めて気づく部分でかなり大きいなっていうのをこの数年感じてます。
なるほどね。
わかりづらいですよね、わかりづらいけど慣れちゃうとやっぱ堺醤油じゃないとなんか美味しくないっていうのはあるんですよね。
これを伝えるって言語化しようと思ってもなんだろう薄っぺらくなるというか、
試してもらっても1回じゃわかんないこれみたいな、いろんなパターンで初めて気づくっていう。
キヨケ醤油は香りが割とパンチがあるというか、そんなに嫌なものじゃなくて香りが立つんで、
僕なんかからすると魚や肉類の臭みをマスキングするのには最強だなと思いますけどね。
うしお汁みたいなもの、タイのだしを使ったお吸い物ですけど作ると下手すると、ちょっとだしを失敗すると魚臭さが気持ち残っちゃうんですよ。
だからみんなにんにくとネギっていうのを入れてバランスとったりするんですね。
で塩味は塩でコントロールするっていうのがお吸い物の特徴ですけど、ほんの一滴二滴隠し味にキヨケ醤油入れると一瞬でマスキング完了するんですよね。
旨味と酸味と香りでもって。こういう使い方ができるんだよっていうことをどう伝えるか。
これに関しては特に動物食が日本よりも多いはずの、伝統的に多いはずの西洋文化圏とかね、大陸の料理なんかだったら向いてると思うんですけどね。
ここどうつないでいくのか。
売れてくれないことにはキヨケの維持ができないですからね。
そうですね、おっしゃってましたよね。作り変えなきゃいけないんだけどっていう。
昨年行ったんですよ、我々ね。
行ったね。
びっくりしますよ。人間がドボンって落っこちたら窒息しますっていうレベルのデカいオケなんですけど、普通に溺れるレベルのオケがいくつか並んでいて。
一番新しいオケが10年ものって言ったっけ。
まだ育ちきってないよみたいなこと言ってて。
その次に若いのが30何年ものとか言ってて。深谷さんと同世代ぐらいなんですよね、30何年ものって言ったら。
その向こう側に80年元120年ものが転がっていて、30年ものはギリギリ数ミリ動かしても大丈夫だけど、100年超えたやつは1センチ動かしたらばらけるリスクがあるって言ってましたね。
いやーこれちょっと妄想ですけど、キッコーマンさんとかそういういろんな醤油メーカーさんもいらっしゃって、わりとファミリーでずっとついでいられる会社さんも多くて、
片方はそういうキオケっていうところにすごくこだわって続けてきているし、一方でそういう大量にキッコーマンさんとかってアメリカ行ったらまずキッコーマンだっていう状態までやっぱり広げていったっていう。
多分あれで日本の醤油を知った人ってすごい多いと思うので、結構すごい存在じゃないですか、それはそれで。
そうですね。
でもなんかこう争っている場合ではなく、これはね確か、もう一人出ていただいていたシンバさんっていう菊崎市の方がおっしゃってたのが、
海外の醸造家ってすごく地域とか自然を残したいって言うけど、日本の場合は技法を残したいっていう方が多いっていう話をしてて、
そうかと思って、技法にこだわるのが日本なのか。
技、人から人へみたいなのは好きですよね、なんか。
多分道具とか、キオケもそうだしきっとお二人もそうかもですけど、お父様から多分受け継いでいるような、ガジェットって言わないな、なんだろう、道具か。
道具もありますけど、なんだろう、意思送電ではないか、なんかそういう垂直方向の感覚値も含めた伝承に重きを置いている感じがしますね。
一応文字でも残すんですけど、受け取ってるんですが、文字にならない感覚みたいなものを引き継ぐということにすごく重要性を感じている感覚がありますね。
僕が会ったトウジさんだと、トウジさんって結構やっぱり雇われなので、
酒蔵の今まで作り上げてきた味の方向性みたいのは守りつつ、たまに自分の気に入ったものを作っていくけど、
あまり酒蔵の味をぶらさないように気をつけながら、そこは守っていくみたいなことをやってる感じがしてましたね。
やっぱ時期が来ると、トウジさんまた別のとこに行く人もいますし、ずっとそこにいらっしゃる方もいますし、いろいろですけど。
いや、こういうね、こういう技を、トウジさんの技を、エンジニアリングの力ですごいパワーにしてる藤原テクノアートさんっていう会社さんあるじゃないですか。
またそこはそこですさまじいエンジニアリングの力と、あとそういう言葉にならないところをうまくこう聞き取って機械に落とし込むという。
なんかそこもすごく日本らしいなと思っていて。
確かにね。なんか前日にツーリズムで訪問した一番最初の場所がビヨックだったんですよ。
工事屋さん材もね。無勤ルームにはもちろん入れませんけど、その手前のところで少し見せていただいて。
そんなにコアなところを見たわけじゃないんですけど、訪問した時にふっと思い浮かんだのが、この工事ってどうやって品質管理してんのって話になったんですよ。
この種工事って原料の原料だから絶対にブレちゃいけないんですよね。
現代だったらサイエンスでもって数値である程度軸を決められるわけですけど、村井さんのおじいちゃんの時代どうしてたんだろうねって言ったら、いやそれがさあみたいな話になって。本人もわかってないんですよ。
でもう村井さんとひらくさんと僕の3人でずっとアルコール議論重ねた結果、やっぱ垂直軸ってすごい大事だねって話になったんですよ。
つまり味見をする時に常に親子3代でチェックし続けるからブレないっていうあるじゃないですか。
親と子だけだとちょっとずれたらベクトル変わっちゃうけど、3人目がいることで軸がブレにくくなるみたいな垂直軸の流れがあって、それを29台やるんですよ。
その間に種麹の中でもこれは黒麹だとか赤だとかっていろいろバリエーションを作りながら増やしながらそれもまた垂直奥にビシッと通し続ける。
その間には気候も変わるわけですよ。江戸時代の方が寒いわけだから。
それをずっと通してきてるっていう過去があるとそれは引き継ぎたくなるよねとは思いますね。
深井さんとかも十何代目とかでしょ。
そうだね。
そんな感じなんじゃないかな。
これは本当に面白かった。
57:58

コメント

スクロール