「ビジネスに役立てられるから」という動機でいろいろな文化に触れる。その際自分自身がそれを好きかどうかは大事ではないし、だからこそ何かに深く没入するよりは大雑把に「全体」を知れば良い。そうやって手広い知識を持ってビジネスシーンをうまく渡り歩く、(中略)そんな考え方を、筆者は「ファスト教養」という言葉で定義する
上記は2022年に集英社より刊行された『ファスト教養 -10分で答えが欲しい人たち-』から引用した一節です。今回は本書の内容 に端を発し「ファスト教養」の現在地を勝手に考え、「いま本当に必要な教養」ってなんなんだろう?という話をお届けします。
刊行から4年が経ったいま、本書に登場するビジネスマンたちのメディアでの扱われ方、ファスト教養の対象として列挙されている音楽や映画との接し方にも変化がありました。何を推しているのか、その作品を是と非どちらのスタンスで捉えているのか、noteやXやYouTubeといったプラットフォームの「どこでマネタイズしているのか」など、これらの変化は資本主義で生きる我々にとって当然なのかもしれません。もう少し付け加えると、「カルチャー畑」に「ファスト教養っぽさ」の内在化が起こった感覚です。
もちろん強者たちによるカルチャートークは面白いし、作品に触れた際の視野の広がり・深さも提供してくれます。ただ、いまの界隈の様相を眺めていると"なんだか"寂しい。逆張りやマウティングばかりも"なんだか"見てて辛い。つまり今回は、その"なんだか"についてあれこれ考えてみようという回です。『メモの魔力』みんな買ってたよなという話から、久保建英と福原遥の結婚、ドパガキ時代のPodcastの価値まで。タイトルには全く関係ない話も多分に含んでいますが、計らずしも「Podcastのいいところってこういうところだよね」という回になったと思います。「必要な情報」だけでなく、こういう無駄話もあってもいいかなと思いますので、最後までぜひお聞きいただければ幸いです。
『ファスト教養』(レジー・集英社新書)を読んだ/ファスト教養からドパガキへ/「え、お前まだ『ちいかわ』見てないの?」←この外圧コミュニケーションどこいった/カルチャー界隈と"ファスト教養ぽさ"の融合/そもそも教養は必要なのか/ハック系自己啓発コンテンツへの違和感/『人間にとって「教養」とは』(岡田渥美・文理閣)を読んだ/なぜTAKEはまいんちゃんと結婚できたのか/『なぜ働』も読んだ/もっともっと無駄な話が必要だ/「感想がマネタイズできること」も原因/ドパガキ時代のPodcastの価値/Podcastに重要なのは「笑い声」/人間性と無駄を磨こう
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