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今の高知業で個人事業主で一人で働いていて、食べていけているのかっていうのは、わりかし死ぬほど聞かれるような質問にはなってるんですけども、今回結構丁寧に質問をいただいたので、改めて考えてみようかなというふうに思います。
死ぬほど聞かれている理由というのは、大半が興味本位であったりとか、哀れんだりとか、下に見たり聞いてくる人は多いですけども、最近はなくなりました。
やっぱりそれを結果で全部覆していこうというふうに捉えたので、やっぱり高知の仕事って結果が全てなところもあるので、どんな結果を出してますかを重視していくと、あまりそういうふうなことは起きなくなったのかなと、この5年間ぐらいで起きなくなったのかなというふうには思っています。
個人で、いきなり、例えば19歳からいきなりやりますっていうと、僕は失敗してたかなと、僕のパターンでは失敗してたなというふうに思ったりしてます。
一人でやるってことは、一人で全てをやらなければならないんですよ。
はい。
で、コーチだけしたい人って、コーチングと指導技術だけなんですけど、興味があるのがそこなんですけども、そこも入門的な子どもたちの水泳教室から、あとは専門性のある選手クラスであったりとか、あとは大人の人とか。
いろんな人ってそれぞれ指導方法が違うんですね。
僕はその経験をうまくミックスさせながら、継続させてつなげていくことが重要になってくるので、全ての指導をトップレベルでやらないと、一人でやるのは難しいと思います。
赤ちゃん来ました、できますよ。90歳の方来られました、できますよ。18歳、バリバリのアスリート来ました、できますよってなるには結構時間かかるなというふうに思ってます。
指導技術であったりとか、接客も全て自分に一人でかかるので、結構難しいところはあるかなと思います。
それだけで指導面においても難しいんですよね。
それ以外にも、やっぱり運営とか経営とかスケジューリングっていうのも、かなり難しいことだと思ってます。
じゃあお前、なんでそれをやろうと思ったのかっていうと、今になって思えば、ちょっとずつ自分の中でピースが埋まっていって、最終的にこういった形に今なってるんで、その話をね、今からしていきます。
もともと僕は、高校の時に商業高校に入学することになったんですね。
なったっていうのは、要は先輩が言ってるから行こうかぐらいの感覚ですけども、今思えばそれは結構いい選択だったなっていうふうに思ってて、商業高校には母規とか会計とか、そういったものを習う授業っていうのがあるわけなんですね。
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大半の生徒はそんなに好きじゃないんですよ。本当に。でもね、僕はこれがすごい楽しいなって思ったんですよ。楽しいなって思って。
あとはそこに対して、最終的に3年生で資格を取りますよっていうのがあって、当時日商募金の2給っていうのはなかなか高校生で取るのは難しいというふうに言われてました。
今はどうかわかんないけど。僕はね、全商募金の1給を取って、日商募金の2給を受かりたかったので、練習ももちろんあるけど、珍しく練習を遅れてまで勉強して、その試験に挑んで結果を受かることができたんですね。
その資格は今役に立ってるかというと、別に役には立ってないんですけども、役に立ってないんかい。その過程で、母規を勉強するのが楽しいんだっていうのが僕の頭の中にインプットされたんですね。
そこからしばらく、母規や会計とかそういったジャンルの出番が出てくるのはもうずっとずっと、その20年ぐらい先の話になるんですけども。それを経て、僕は大手スポーツクラブに入ることになるんですけども、そこで初めて指導の難しさ、本当に難しかった。
人に何かを伝えることがこんなにも難しいのかと。もうね、アルバイトの時代の時もあったんですけども、大体学生の時ね。その時はもう行きたくないなと思いました。なんか行って、できてない、できてないって言われるのが嫌で、行きたくないなって思ったりしたんですね。ただ、やっぱり練習は休まない。それも普通だったので。
だから、もちろんアルバイトも休むことはなく、そこに向かっていったわけですね。だけど、嫌な時期を経験していくと、だんだんお客さんに救われるというか、教え子に救われるというか、そんなシーンが多々あって、結局僕は何とか折れずに、最初の導入期というかね、何もわからないところから少しわかる時代に成長していって、学生を終えるわけですね。
その後、社会人になって、実際に就職して、そこで社員として働きますよってなった時に、次は指導は楽しかったんだけど、いろんな責任を負わされることになったんですね。当たり前ですけども、僕がね、24、5ぐらいの時に責任が降ってきた。
それは前任者がいなくなるというね、本当失踪ぐらいのレベルでいなくなるという事件がありまして、じゃあ、ナンバー2、お前やれよってことで、僕にその仕事が降りてきて、だから24、5でスイミングの責任者。
スイミングとか他にもね、体操とかダンスとか空手とかいっぱいあったんですけど、それをもうひっくるめてお前がやれみたいになって、分かりましたって言ってね、やり始めたのが責任者としてのスタートだったんですね。
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その時に、例えばシフト調整がすごく面倒くさかったんですよ。24、5ですよ。アルバイトでは4、50のベテランもいればっていうね、18歳の若い子もいると。その中間、いろんなところを取りながらシフト調整をしていくことによって人とのコミュニケーションを覚えたわけなんですよ。
それと同時に、黒字になるためにはどうしたらいいんだろうとか、昔はポスティングって言ってね、チラシを配りに行くみたいなのもあったんですけども、どのエリアにどれくらい配ったらどれだけ返ってくるか、お前本当にそこでええんやない言われて。
分かんねえけどもういいよって最初やってたら、全然返ってこないでポスティングって意味あんのかなとか、いろいろ考えたりとかね。あとはチラシ、最終の確認をこれでいいですかっていうのを僕が全部チェックした後、支店長に出して、それから業者に言ってね、1万部とかチラシがボーンってきたら価格間違ってたっていうのがあってね。
当時の支店長にね、お前確認したんかって怒られたけど、いやお前も確認しただろうがって思ったけど、それを1万枚をね、みんなに頭下げて手書きでね、みんなに書いてもらったりとかね、考えられないですよね。
20代から30代前半ぐらいまでですね。で、30代前半になると僕はでもね、あの企業と僕の役割が変わるんですよね。
やっぱり一番もう本当に印象に残ってるのは、当時僕がもう絶対にこれはいいと思って進めてたプライベートレッスンっていうのがあって、子どもたちがぐんぐん上達していくわけですよ。
で、コーチの能力も高くなるけど、プライベートレッスンをしてると在籍日数が減ると。つまり上手くなるのが早いから、トータルの在籍日数が減ったら店としてはマイナスだよっていうね。
まあ経営としてはすごくわかるけど、コーチとしては矛盾した課題をそこで突きつけられたわけですよ。
上手くするのに時間かけた方が売り上げ上がるじゃんって言われたときに、じゃあ僕は何のためにコーチをしてるんだって思ったんですよ。
やっぱりその当時管理職としていろんなことを回してましたけども、やっぱり心髄はコーチであって、例えば子どもが早く上手くなるに越したことはないと。
大人の人が上達を感じることに越したことはないんだというふうな形で思ってたんだけども、でも一理あるとも思ったんですよ。
例えば上手くなったせいで20ヶ月で全部覚えちゃった人と、上手くならなかったがゆえに60ヶ月いた人。
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企業ときにはどっちがいいですかって言ったら60ヶ月がいいと。だから新旧基準とかも昔は15だったけど20に増えたりね。
ワッペンが20ランク上がっていくごとに。今は30とかになっているところもあるみたいで。
そういう構造にちょっと嫌気がさせたんですね。嫌だなって思って。そっからは自分がやりたいものって何なんだろうっていうのを妄想し始めるんです。
30代前半ぐらいに。もし僕がスイミングをするんだったらこうだよな、ああだよなって。
33ぐらいかな。プール作ったらどうだろうってバカだから思っちゃったわけですよ。
プール作ったらこれぐらいの金額でできると。ただしお客さんをこれぐらい集めてこう回さなきゃいけないってなると結局僕は経営寄りの志向になってしまうことに気づいたんですね。
だからプールは持っちゃダメだと思って。プールを持たないでどうやってやっていくんだろうっていうのを考えていくうちに何となく自分の理想の形っていうのが決まってきた。
これは妄想の世界で決まってきた。こうありたいってやつですね。あとはそのタイミングでどうやら自分が働いている場所は厳しいらしいぞと、閉まるかもしれないっていうのを察知し始めるんですね。
察知し始めたらいつでも立てるように準備はしとこうと思って、もしこうなったらここでこうする、こういうふうな時間帯でこれをしようって決めるんです。
でもね、いざ、本当に潰れちゃったんですけど、いざ潰れて自分一人で立った時には何もできなかったですね。今まで強気だったのは会社の大きな看板があって、そのうちの一人、だから信頼っていうものがもともと何もしなくてもある状態だったんですね。
でも一人ぼっちでそこに立つと、お前誰やねん。お前に何ができるんだと。こいつ本当に信用できるんかって思ってたかどうかわかんないよ、みんながね。
でもなんかそんな中で負けてなるものかというふうに歯を食いしばって僕は結果を追い求めていくようになるんですね。
それをしていくうちに、人と人との繋がりであったりとか、紹介から人が増えていくとかっていう流れを自分でリアルに経験していくんです。
信頼がちょっとずつ積み上がっていくのも感じます。僕は今信頼をたくさんためている状態ではあるんですけども、それはコーチが言うんだったらじゃあやろうかなって言ってくれる人が少しずつ増えてきたとか、
選手コースとか育成クラスでも、じゃあコーチが言うんだったら行ってみようかなとか。最初はそんなの意味あるって多分思われてたと思うんだけど、そこに関しての障壁がちょっとずつ減っていったかなっていう感じね。
で、今に至ると。今はまた新しいことにチャレンジして、大学水泳についていろいろ学んでいるところではあるんですけども、おそらく悩んでることをやめてしまったりとか歩みを止めてしまうと、
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僕はこういう携帯で一人でやっている分において、先はないんかなってちょっと思ってるんですね。常にうっすらと危機感はあります。動かないとやれない。誰もやってくれないから、自分で決断しなきゃいけないと。
で、そうなった時に、ちょっと安易ながら、ナンバー2が欲しいなってちょっと思ったんですね。それはね、ざっくり1年半ぐらい前かな。
だけどもね、やっぱりそうではなくて、自分でやらないといけないなって。改めて逃げちゃいけないなっていうのを考え出したのは、この半年から前ぐらいかな。そのぐらいから。
だから、いろいろ心境の変化はあるけども、学生時代に募金や会計が楽しいっていうふうに思ってるから、確定申告は別に嫌じゃないんですよ。ちょっとワクワクしてるし、資料作るのも楽しいんですよ。
で、パソコンがとにかく好きで、ExcelやWordももちろん使うし、いろんなマニアックなことをたくさんやって自動化も作ってるんで、こういったパソコンも好きだったと。
で、いろんな要素の中で好きなものが詰まってて、今ここにいるので、一長一短はあれど、一瞬でできることではないと思うんで、積み重ねてそうなった。
そういうふうに思ってます。
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なんかその、自分は歯車の一部だっていうのは、頭では理屈では理解してるけど、心が納得できてないみたいな。論理的思考で全部理解しましたと。
でも、でも、自分はこれがしたいんだって思うのが、死ぬほど突き上げてくる衝動みたいにあったら、飛び出てみてもいい人なのかもしれませんね。
ただ何となく文句を言ってるとか、そのぐらいであれば、今の環境は変えない方がいいと思いますので。
何か参考になればというところですけど、僕はもう本当に、スイマーだから思うんですけど、流れってすごい大事だと思うんですね。
どこに向かって泳いでいこうかなっていうのを考えていく。流れみたいなのがすごい大事で、で、時には流されることもあるんですよ。
行きたい方向と全然違うところに流されていくこともあるんだけども、そこで何を見出すか、流されたことに対する理由を見つけるみたいなのっていうのは、ちょっと大事なポイントなのかもしれませんね。
これはね、スポーツをしている人はよく考えるんですよ。自分の行きたい場所に行ける人って少ないし、毎回行けるわけじゃないんですよね。
思わぬところに行ってしまった先で何を見つけられるかっていうのが、その後の成長に大いにつながるので、若い子も含めてね、しっかりと頑張ってくれたらいいなと。
ちなみに、10代とかの人が40代を、40代っていうのを想像して絶望するならば、40代はわりかし体力があって、わりかしお金があって、わりかし動けるんだぞっていうのはね、声を台にして伝えたい。
だけども、それの基盤を作るのは、やっぱり10代の頃の経験であったりとか、そういった行動みたいなのが、わりかし影響してるなって感じはするんで。
中学生ぐらいまではそんなに大丈夫だと思うけど、高校生ぐらいになったらね、その辺はちょっと僕は考えてもいいのかなって思ってたりします。
なんか思ったより長くなっちゃいました。じゃあこの辺で終わります。それじゃあまた。