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そうか、まだ話すんかいって話でしょうけど、話すんですよ。で、なんかそうかって感じたのが、あのー、いや待てよと、話すんですよ。
まあ、すごい迷惑ですけどね、たぶん聞いてる人からすりゃ。いや話す、なんでこんなに話したいのかなって考えたら、考えてるんです、僕は。
あのー、これで正しいのかなってどうかなって思ってるから、話したいことがいっぱいあるんだろうし、
結構なんか見てるなって思いました、今自分で。新しいことっていうほど新しいかっていうと、まあ、やってることの延長線上ではあるけども、でも僕の中では変えたことがたくさんあって、
その変えた、自分が例えば発言を変えたとか、指導内容を変えたとか、方向性を変えてみたっていうことに対して、
彼らが一体どういう反応をしてるのかっていうのを今すごく見てるんですね。で、見てる理由も、やっぱり指導者として、
この方向で行きましょうって決めたら、間違いたくはないんですよ。僕は方向性を変えることはいいと思うんだけど、
例えばこれで行こうぜって言いながら、いやそれをやめましたって言わずに、また方向性を変えると、これ意味がわからんことになると思うんで、
ここに向かって行きましょうねってやったら、それが間違ってたら、ごめんちょっとこれは間違ってたから、やっぱこっちにすると理由はこうだからっていうのを言って、
前に進みたいっていうふうに思ってるのかもしれない。だから、今自分が言っている発言とかやっていることっていうのは、
一体彼らにどんな影響を及ぼしているのかっていうのをよくよく見てるんだと思う。で、よくよく見てると、ああでもない、こうでもないって考えることが増えるんですよ。
で、増えた時に僕の考え方を整理する方法は、よく喋ること。例えば誰かにその話を聞いてもらうと。聞いてラリーをしていく中で、さらに見つけたりとか。
ただね、ここで厄介なのが、自分でチームを持って自分でやっていると。つまり決定権決断は自分でできるという良い側面もあれど、
一人で物事を考えなければならないっていう、すごく孤独な一面もあったりするんですね。
で、それを考えた時に、このスタイフの中で話すって、誰ちゃん聞いてくれてないよ、別に。聞かんでいいと思う、そんなことは。人の悩みなんて。
聞かなくていいんだけど。でも僕は聞いてもらっているようなイメージで話ができているっていうのは、これ結構な壁打ちになるのかなって感じてたりはするんですね。
人が変化をする過程ってすごく楽しいんですよ。例えば、指導者でよくあるのが、言ったと。
もう、コーチは言ったよ。やってないのお前じゃんけんって、なるんではなくて、コーチはこう言いました。選手はこう変えました。
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素晴らしいですねっていうところまでがセットだと僕は思ってるんですよ。となると、自分が投げかけた言葉や出した指標に対して、彼らがどう変化しているのかっていうのを見ている。
その変化に反応してくれる速度が、僕が思っている以上に中学生が早いなって感じたんですね。
僕は中学生ってそこまで早く反応できるように思ってなかったんですよ、自分の中で。ただ、何か賢いかな。
賢いっていうのはテストで点が取れることが賢いとかって僕は言ってるんじゃなくて、言ったことに対しての本質をつかむ能力であったりとか、適切に受け答えをしてくれる。
別にこれ間違っても全然いいんですけど、そういうことじゃないなって思ったとしても、言ってくるってことはまず大事な段階じゃないですか、中学生になって。
僕はこう思いますとかっていうのを言えるかどうかってすごい大事なんで、そこに正解は全く求めてないんだけども、でも帰ってくる答えが割とすごいじゃんって思うことがある。
で、それがもしかしたら今まで僕がやってたことと今やってることの少しの違いっていうのは、たかんなじきの彼らに影響を及ぼしてる可能性もあるかなと。
で、そういう一挙手一投足を見ていくっていうことによって次の方向性が決まったりとか、調整はしていくわけですよ、修正と調整を。
だから結構今、なんていうか、僕自身も許せる枠って言ったら偉そうになるけど、これぐらいのぶれはいいでしょうっていう枠を最初の3ヶ月は広めに取ってるんですね、10月から12月は。
で、それがだんだんだんだん自然と狭まってきて、最終的にはものすごくピントがあった状態、この写真を撮りたいんだってなった時に、そこの中央にバシーとピントが合ってるような状態に持っていきたいなと思ってるから、今僕自身も許容範囲がすごい広いと。
で、彼らもまだ余力があるから、ちゃんとそこに入りやすいんですね。
ただ、中学生はそこに入れと言われても、そこがどこかわからない子が僕は多いんじゃないのかなと感じてたんだけども、割と中心地点に居座ってるのは今のところって感じはするんですね。
もちろん、メンタルも体力も思考力も技術も、大学生と比べたら比べ物にはならないんですけども、ただ、純粋にそこにポジショニングをできるっていうことが、そんなことが可能なんだなっていうのも一つ僕の中では学び。
で、高校生はさすがにちゃんとやってるなって感じがする。
一人ね、高3の男の子いるんですけど、この子はもう大学で、そこの大学に入ろうと。だから、もう自分も高3でありながらプレ大学生だという認識を持てと僕は言ってるんですね。
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だから、大学生に言ってることも大学生として聞いているっていう感覚はあるんですよ。
だから、彼はまた彼で、高3までの水泳の向き合い方と、大学生としてこういうふうに進んでいこうっていうのの違いがちょっと楽しいんじゃないのかなと思ってるんですね。
で、まあ競技してる上で、まあしんどいやつらいっていうのはもちろんあるんだけど、結果的にその競技が好きかどうかっていうことはすごく大きな要因になると思うので、
そういったふうに思えてるっていうことは、まだ彼が伸びる、伸びしろがある子であるっていうことを示唆してるんじゃないのかなっていうふうに感じております。
とにかく変化のない一日、平穏な一日というのが非常に苦手な僕にとって、こうやって変化のある日常っていうのはすごく楽しいんだと思うんですよ。
楽しいからこんな喋ってんだろうねとも思うし、まあでもね、なかなか面白い変化を見れてるなと、結局は自分の発言を最後まで見届けたいという思いもあるんですよ。
それは昔ね、言われた僕がこのコーチは本物だなって思ってるコーチが言ってたね、言いっぱなしになるなよと、言ったらどう変わったかをちゃんと見ろと、
言われたことにすごく起因してると思うんだけども、そういう遥か昔にもらった言葉っていうのは、今そこで生きてるっていうのはまた面白いし、結局そうなんだとか思うことであったりとか、
よくわからんけどこう言われたなって覚えとこうと思ったのは、何か心が揺れたり響いたりする。その時確実に理解できてなくても、これ大事なことなのかなっていうのは意外と覚えてたりするのかなっていう感じがしたので、
今日また話してみました。話してるうちに思ったんですけど、もう一個僕ね、いいことを習ってたんでそれを言おうかと思います。
まだ続くんかい。