1. すいみーすいまーの初志貫徹🐳
  2. 指導者が密かに求めているもの💎
2025-05-09 14:37

指導者が密かに求めているもの💎

教える側やけど、教わる人からもなんか学びを提供して欲しいなんて思ったりします👀とくにプライベートレッスンなんかしてると強く思う😊

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スポーツとか競技をしている人は、僕は最後まで続けてほしいなと思って、今自分のチームは運営してるんですね。
で、なぜそう思うのかっていうと、例えば小学生で伝説級の速い選手が育ったとしても、それあくまでも小学生レベルなんですよ。
それは、やらされている練習の中でやらされたっていう。だからすごい記録に対して、その競技が嫌いだっていう人もたくさんいると思うし、大人になって小学生の時はこうだったって胸を張ってる人もいないと思うから、結局小学生のうちっていうので何か結果を残しても、それは先にはつながりにくいと思うんですね。
そこから何か違う道に枝分かりしていって、そこで活躍するんだったら全く問題はないと思うんですけども。だから、中学生もじゃあどうかっていうと、中学生っていうのは、僕は本当に未完成かつ扱いにくい、すごく厄介な年齢だと思ってるんですね。
でも、その厄介な年齢ってね、どんなに頑張る子も一瞬嫌になる時があるんですよ。その競技とか、もしくは親御さんとの関係であったりコーチの関係から、どんな子でも一回は辞めたろうかなって思うようなぐらいの年齢がそこに来ると思うんですね。
じゃあ、そこで辞めさすか続けるかっていうのは、その本人の意思にもよりますよね。やりたいけどうまくいかんからクソって思ってるんだったら、そこはそれなりのアプローチをして続けたほうがいいし、もうやりたくないっていうのは明確になるのもその年齢だと思うんで、その場合は辞めたほうがいいと思う。
で、高校生になってくると、またね、その中学生の面倒くさーく、面倒くさーいんですよ。すごく面倒くさいんですけど、その面倒くさい事件を自分でも面倒くせえなと思いながら乗り越えてきたから、あとはじゃあ高校生だからやろうかなっていう状態にもなってくれてるので、比較的ここから始めて、その競技者としての会話がコーチとできるようになる年齢じゃないのかなと思ってます。
特に高3ぐらいになってくると、自分のことじゃなくて他の人のこともそれなりに議論できるようになってくるから、何か対話が成り立つんですね。僕はここに競技をしてた子のいろんな視野の広さとか、そういったものが凝縮されてくると思うんですよ。
だから、最後まで続けてほしいし、そこで何かを得てほしいなっていうのは、とっても僕が感じてることなんですね。で、面白い話をね、その高3の男の子と話してたんですけども、コーチ、うちのチームは優しすぎるよと。優しすぎるって。それは何か問題ある?って僕が聞いたら、
なんかこの、僕がちっちゃい時は少し意地悪な先輩がいて、ほとんどツンデレ。9意地悪1だけ優しいみたいな。だけど、なんか好きで一緒にいたけど、練習中はお前どうせ勝てんやろうとか、そんなこともできんのかとかって言われて、何くそって言って練習を踏ん張ってたんだと。
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で、そこに対して、例えばたまに勝ったりすると、また勝ったら勝ったでめっちゃ言われると。いや、なんかお前、その最後の1本だけ勝ってもしょうがないぞとか、今日勝ったって明日はボロ負けやろみたいなことを言われて、でもそれでも何くそってやると。
で、仲はいいんだけど、ちょっとディスられたりとか、ちょっといじられたり、いじめられたりするような感覚はあったんだっていう話をしてて、まあ確かにその観点もあるかなって僕はちょっと思いましたね。
自分では思わなかったよ。一生懸命やれる集団を作りたいって言ったら、そこに何て言うかな、仲はいいけど、負けたくないし、負ける悔しさを味わうとちょっと言ってしまうって人はあるじゃないですか。
なんかそういう先輩後輩の関係も確かにあることによって何くそ根性みたいなのは培われるかなというふうには思ってる。で、その子が言ってたのはね、うちのチームもあの子とかがほらちょっと意地悪になったらいいんだよみたいなことを言ってて、いやあいつは意地悪にはなれんやろうとかって言いながらね、まあまあでもいい子たちなんだけどねっていう話をしてましたね。
だから子供の視点ってすごくまあ高校生も僕は子供だと思うから、子供の視点ってすごく面白くて、大人がいやこれでいいだろうと思ってることと、なんか子供がこれでいいだろうって思ってることって結論が一緒にもう過程が違ったりするんですよ。
今の話でいくと、何くそ負けるか根性が子供たちの中で繰り広げられている中で自分が頑張れたと。で、僕としてはそんなことは何でもよくてとにかく頑張れてたらそれでいいという感覚だって、結局頑張る、頑張れた、今日頑張れたぞっていうのを作り出すのが、まあその子供側の側面と大人の側面はちょっと違うけど結論が同じだとずれてないような気がするんですよね。
そこにでもずれがあると、例えばそれがどんどん大きくなっていくと、その子たちが仮にいなくなってしまうと、もう一人の何くそ根性で頑張ってた子が頑張る原動力みたいなのがいなくなると頑張れなくなる可能性もあるじゃん。
その時にコーチはなんでこいつ今まで頑張ってたのに急に頑張れなくなったのかなとか考えたりするかもしれない。だからやっぱある程度話すことは必要だなというふうなのも彼から学べる。
だから高校生だって初めて教えることが多かったちびっ子が、いつの間にかいろんなことを俺に返してくれるようになってるんですよね。
それが指導してる時にすごく面白いなと思うことなんですよ。もちろんね、小学生から学ぶことも中学生から学ぶこともたくさんあるけど、高校生からの学びはその中でも極上でハッとすることが多いんですよ。
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だから、やっぱり人としての成長っていうのは、何か本質をついてくる。本人はそう思ってなくても、例えば長く僕といるから、僕の考えも理解した上で、そのとはちょっと違う観点からポンと突きつけられた言葉とかっていうのは意外と僕にしっくりとはまったりするんですね。
だから話したいなと思うこともいろいろ増えてくる。これは人としての成長なんだろうなと思ってるんですね。
昔というほどじゃないけど、3、4年前僕はやっぱり人間的な成長っていうのも掲げてたんですけども、人間を育てることっていうのはものすごく難しいなということに気づいたんですよ。
だから、人間的な成長を掲げて上辺だけの言葉で接していっても、人は成長してくれないから、泥臭くてもいいから、やるべきことをちゃんと伝えて、ダメなものはダメだって言いながら真剣に取り組んでいくことで、結果として人が育ったにしないといけないよなって、これも行く先は同じですよ。
人として成長してほしいっていうことだけど、それを俺が育ててやるわじゃなくて、こういうことはちゃんと言うべきことは言う、やるべきことはやるってやっていくうちに育ってたっていうぐらいで、それを人間性やそれに対する成長をないがしろにしてるんではなくて、それを大切にしてるからこそカッコつけずにちゃんと向き合っていく必要はあるよなっていうのを最近すごく感じてるんですね。
だから、教わることがあると指導者はすっごい嬉しいんですよ。今皆さんもね、何か例えば、習い事があったとして、その習い事で自分が思っている疑問点や不思議に思っていることっていうのは、
言ってみたら結構、指導者の方は面白く感じてくれるんじゃないのかなって、僕なんかは思いますね。ただ、いやいや、そんなことはコーチに言えんわとか、そんなことはもうコーチわかっとるやろうってなると、なんとなくその認識とか、もしくはそんなことはよう言わんとかっていうんじゃなくて、ちょっと言ってみることによって、こっちはね、気づきを得ることができるんですよ。
で、僕がコーチをしている中で本当に面白いなと思うのは、人が成長した瞬間と自分が学ぶ瞬間が、僕はすごく好きなんですね。だから、教わる側だから、情報全部与えられてるばかりではなくて、真剣にする中で何か問いがあれば、それがこっちへのギフトにつながることもあるので、
まあ別に習ってる人がね、教えてる人にも私も教えてやろうって思わないだろうし、思ったとしても、思わないか、そんなことは。まあ先生が言うんだからそうなんだろうなぐらいで思うかもしれないけど、先生が言うことはそうなんだろうけども、それでも自分がわからないことや自分が感じたことは言ってみてもいいと思う。
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まあね、本当、あまりにも失礼なこと言って怒られましたって言うと、それはまあ僕はたきつけたみたいで申し訳ないんだけど、指導者が飢えてるのって、やっぱ自分自身が同じようなことをずっと繰り返してるわけじゃないですか。いろんな人にいろんなアプローチはかけるけど、人を成長させるっていう段階の中で、一番嬉しいのは自分が成長したと感じれた瞬間が一番面白いんですよ。
それを与えてくれる人っていうのは、僕はすごい好きなんですよ。この人のレッスンを真剣にやったら、この人からも何か返ってくるなっていうのがすごい好き。それを大体返してくれる人っていうのは、もちろん真剣にやってくれるけど、それと同時に疑問や考えをぶつけてくれる人っていうのは僕は個人的に好き。すごい好き。
ただ、そういうのが嫌いな指導者の人もいるかもしれないけどね。いるかもしれない。それだったら言わない方がいいのかもしれないけど、僕は教えてやってるんだと思ったことはないけど、教えてるからこそ僕にも何か頂戴って思いながら大人のレッスンとか特にしてますね。
子供は何か頂戴とは思ってないよ。思ってないけど、あいつら何かくれるんですよ、突然。コーチあのねみたいな感じで、いいやつくれたりするんですよ。で、俺が、おーめっちゃええやんって思ってる。今日いい日だなとか思ってるようなすごい特大なものをくれたりするのが子供。大人の人で指導者に何かこう返してくれる人っていうのはすごい少ない。
何ででしょうね。やっぱり大人だからね、本音と建前があって無難にこなそうとしてくれるから争いを避けるとかもね。それがあるからこそ、そのあんまりこうコーチに対して何かをくれる人が少ないんですけど、だけど子供の場合はね、損たくなくね、食ったくなくストレートな表現で言ってくれるから、そこに僕はね、あの指導の喜びを感じる時が多いかなというふうに思っています。
だから、大人になって習い事するのも僕はね、楽しいんじゃないのかなと思うんです。僕は先生に聞くと思う。僕はこう思うんですけどどうですかとか、なぜこれはこうするんですかとか。で、それを聞いてどんな観点から答えが返ってくるんだろう。それが楽しいと思ったら僕はその習い事をもっと熱力を込めて真剣にやるだろうし、面白くないなと思えばやめちゃうだと思う。それが大人だと思うんですよね。
だから、まあなんか教える側だけをやってても多分良くないと思うんで、教わる側にも回りながら、そして教える、その質をもうちょっと高めていくみたいなこともね、考えないといけないなと。
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今僕は習い事でね、一番したいのは、一杯のコーヒーをより美味しく淹れる方法を教えてくれる人が多い。すごいです。コーヒーを習いたい。すごく習いたい。あとはね、まあマーケティングかな。全然関係ないけど、まあ本当にマーケティングはすごく大事だと思うから、もう一回勉強し直したいなと思う。
だからね、あのコーヒー、でもね、僕すごく好きなコーヒー屋さんがあって、そこの、ワークショップしてくれたら絶対行くのになって思うけど、してくれとも言えんのですよ。それはね、でもその人にはその人のペースやこだわりがあるし、教えてできるもんじゃないって思ってるかもしれないし、まあそう思ってもおかしくはないし、だからといってそれが悪いわけじゃないから、そういうの気を使うとね、言えなくなってる。ほらね、言えなくなってるよ。
だからこそ言ってくる人って、ある種大人だったらちょっと空気を見てないかなぐらいの方が、僕は面白い。なんかそういうのに面白いなって思ってしまう人ではある。で、子供もそう。ちょっと変わってる子の方が楽しかったりはするんですが、これは人によってね、違うので、もし習い事をしててね、聞いてみようかなって言ったら聞かれたら嫌な人もいるかもしれないので、
あくまでも僕だったら何でも聞いてくれたらいいし、なんかちょっとその突っ込んだ面白い話ができた人の方が、なんか僕もレッスンしててね、なんか今日楽しかったなとか、今日こんなことに気づけてよかったなって思えたりするから、まあなんか僕の中で、これはいいなということであるので、皆さんに、すべての指導者に該当することではないと思いますが、
はい、皆さんもね、習い事、楽しいだろうし、僕最近習い事なんかしたことないからね、してみたいなと思うし、で、教える側の人がね、もし聞いてたら、教える側ってやっぱり教わることも多いですよね。
なんかそういう場を持っていくことによって、自分自身をもっと高めたいっていうことは多分ね、教える側の人はみんな思っていることだと思うので、ただ忙しいですよね。なかなかそれを実現させるのは難しかったりするので、まあ身近なものからね、始めてみてもいいんじゃないのかなとは思ったりしております。
はい、ということでね、いつか僕はね、おいしいコーヒーをしっかりと入れれるようになったらね、皆さんに振りまいたいと思います。
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