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2025-05-29 07:27

過保護な親の子どもと支配的な親の子どもの共通点

自分で何かを選び出すのが難しいように思う🤨
自分のことなのに興味ない🤨
望む返答だけを探り出そうとする🤨

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最近、子どもたちと接してて、「あ、なんかこれ同じかもなぁ」みたいな共通点を見つけたんですよ。
それは何かっていうとね、一つは僕がよく話題にする過保護な子。
で、もう一つはめちゃくちゃ支配的な家の子。
例えば何をするにも、例えばお父さんがこういった通りにやれ、みたいな感じ。
この2人の子どもたちってすごく似てるんですよ。
育っている環境は全然違うと思うんですね。
一つは、とにかく何でもかんでも親御さんがやってあげて、
子どもは何不自由なく暮らせるように親が頑張っているところ。
もう一つは、お前は俺の言う通りにやれという過程で、
子どもに、これももしかしたら、
例えば間違った方に進まないようにするための親の愛情かもしれないですけども、
この2家庭の子どもって、僕も指導している中で出会うことはあるんですけども、
そうなって、なんか同じだなと感じたのが、
自ら学ぼうとする意思であったりとか、
自ら選択することとか、
何かに対して粘り強く取り組むみたいなのが、
著しく低くなっている気がするんですよ。
これは僕の肌感覚だから、合っているか間違っているかというのは分からないし、
ふと思ったんですよね。
何を言っても響かない子が中にいるんですよ。
厚い言葉でも、例えばそれが叱責だったとしても、
全くそれが響かない子に対して、
なんで響かないんだろうって考えてたときに、
何でもかんでも親御さんがやってるから、
自分で何かを選択して選ばなくてもいい子であったりとか、
もしくはこの通りにやれよと、
どちらかというと支配的な教育と言っていいのかな、
そういった形も結局自分では選んでないわけですよ。
言われたことをやっている。
だからそこに対して自分の意見やこだわりってあんまりないんですよね。
競技をしてて競技者を見てると、
やっぱり自分なりにこれが好きだとか、
ここに対してこだわりがあるよっていう子は、
やっぱ熱量も違うし粘り強いんですよね。
支配的な子は怒られ慣れてるから、
多少学生コーチが何か言ったところでそこに怖さはないとか、
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むしろ響かせることがなかなか難しい。
怒り出したな、じゃあ僕は心を閉じて耐えましょうみたいな感じになると、
例えば出したいアドバイスとかもうまく入り込まなかったりしますよね。
過保護な子に関しては他人事のようにその話を聞いている感じもするから、
この2点に僕は共通点があるとすれば、
やっぱりその気力がどうしても足りないなと。
じゃあその子たちに何をしたらいいのかなって僕は考えたんですよ。
それで考えてみた結果、やっぱり自分の感情を表に出したりとか、
本音を探らないといけないなと。
それがすごく時間がかかります。
うちの選手に支配的な家で育った子はいないけど、
親に強めに怒られている子はいるんですよ。
強めにね。
それは結構厳しいことにはなっているから、
人よりはアドバイスが響きにくいなって感じるし、
家康の子は本当に選択ができないです。
例えば次の試合、何出るの?って言って、
これとこれとこれと、いや分かんないな、ちょっとお母さんに聞いてみるとかね。
でも、いやいやお母さん泳がんで、
自分が何したいか自分で決めないとって言って、
もうなかなか決まらない。
すぐに決めてくる子がたくさんいる中、すごく目立つんですよね。
選択するっていうことの楽しさであったりとか、
例えば選択したことが間違うことってあるじゃないですか、いっぱい。
選択したけどうまくいかなかったなって思うこともまた一つ経験だと僕は思うんですよ。
子供の時の失敗であったりとか経験って、
なかなか大人になってできないことが多いし、
失敗のリスクってものすごい少ないですよね。
だから、できるだけあなたはどうしたいのっていうのが言えるようには、
うちの選手たちにはちょっと伝えたいなとは思ってます。
この二家庭がパターンとしては違いますけども、
似通った反応になる。自衛のためなのか無関心なのかっていう違いはあるんですよ。
そこは一つ面白いかなと。
僕結構試合中もそうだし、練習後の親子の会話であったりとか、
結構見てないふりして見てるんですよね。
何話してるんだろうとか。
あとは子供たちは結構言ってますよ。
いやいや、家でこんなこと言われたとか、
なんであんたベストでんかったんてね、いつも怒られるんよとか言ってたりもするし。
それは家それぞれだし、特に幼少期ほど親御さんはそうやって熱心だから言うし、
それは僕は普通なことだと思うんですよ。
それが大きくなるにつれて、ただ外で応援するみたいな感じに、
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そばで応援するみたいな感じになっていくんだと思うので、
何にせよ子供を育てるっていうのはとっても難しくて、
僕はたまたま他の人よりも子供たちと接する機会が多くて、
しかもさらに珍しいことに、年中ぐらいからずっとその子たちを見てるから、
ある種、よく卒業していく子供たちの親から言われるんですけど、
親の次にこの子と一緒にいましたっていうのをすごい言われるんですね。
それ言われたときにやっぱそうだよなと、
それだけの責任っていうのは負ってるよなっていうのは感じますね。
だから僕も長くいるということはそれなりに、
例えばこの子これが足りないな、それはよす様の子にそれを言い続けるのも失礼な話ですけど、
これが足りねえよなみたいな感じなのがあれば、
それを芽生えてくるような、そんな形で接していけたらええなというふうに思います。
なんかね、今プールを練習するところの公園で話してるんですけど、
もうハートにめっちゃ囲まれてますね。
僕は餌やらないけど、めっちゃ餌が欲しそうにしてますけど、
僕は餌をあげません。
それではまた。
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