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今はね、荷物をしてるんですよ。何の荷物をしてるかっていうと、明日から僕はね、試合でコーチに行きます。
試合って言うと、「ああ、はいはい、コーチまた院卒でしょ?」って思ったそこのあなた、違いますよ。僕はね、試合に出るんですよ。
出るんですよ、試合に。そのために1ヶ月練習をしたと胸は腫れないけど、まあ大人がね、それなりにはやったかなという感じで準備はしました。
で、なんで出ることになったかっていうとね、3月の下旬にうちの母が大腸がんが見つかったんですよ。
で、どうやら結構範囲がひどいということで、見つかって1週間以内に手術の日程が決まるとかっていう、そのもうすごい速さで進んでいってたんですね。
その最中で、「結構ひどいかもしれんぞ。」というふうに言われてたので、僕は調べたわけですよ。
で、そしたらやっぱり、まあどうやら話と照らし合わせるとステージ3ぐらいかもしれんと。
となると手術で成功してもリンパに転移してたら抗がん剤治療も必要だと。非常にしんどいと。
で、その中で何か希望があればいいかなと思ったので、6月に僕が、「よし、わかったと。地元に帰って試合出るから母ちゃん早く元気になって見に来てくれよ。」
ということでね、エントリーをしたわけですよ。
で、うちの母親はね、あのー、水泳の試合を見るのが好きでね。
まあ元々は僕とか妹とかを見てね、応援してたんですけども、まあそのうちね、僕の教え子とかを見るのも、うちの母はね、それが楽しみになってたところがあったので。
まあ僕としてもね、やっぱりその力が、やっぱりその、与えたいなというところもあったので出たんですよ。
で、結果ね、まあその、がんは、えーと、リンパイの転移もなく抗がん剤治療もしなくてもいいステージ1だったということで、まあみんなでほっとしてね。
今はね、あの元気になっておかげさまで、少しね、あのー、水の中で歩いたり泳いだりとかができるようになって、食事制限も割と取れてきたかなというところですので、まあ元気に回復していると。
まあそうなったらね、あのー、まあまあ、あとは僕は何のために試合に出たんだっていうところもあるけどね。
うん、まあでも、ただね、練習し始めるときは、本当に体が動かなくて、これは運動会で父ちゃん全力で走ったらこけるよなって思いました。
まあ自分はコーチだから、頭で客観的に自分の泳ぎを分析すると、もうひどいと、もう全然ダメだと。
ただ、やりたいことの正解は分かっているから、こうしたらいいってあるけど、筋力が足りなくて、体が重くて、そして体力がなかったので、何も実現することができなかったんですよ。
でもね、まあ偉いもんでね、まあさすがにそれは嫌だなってちょっと思ったんです、僕も。
だから、そっからはね、きっちり練習をし始めて、なんとか体がある程度動くような状態にはなってきたかなと。
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元気時代とはもちろん比べもならないし、もう今後それを超えることはないけど、俺、俺って言ってしまったけど、初めてなんか水泳を自分が大人になってして、上手くなったなって感じたんですよね。
過去と比べてた20代で、やっぱその10代に勝てない、20代前半に勝てないなと思ってたんだけど、今40になって運動し始めると、そもそも10代や20代前半の自分と競わないですよね。
だから今の現状からどれだけ上手になるかっていうのを考えていくと、初めてなんか水泳をしてて、大人になってね、上手になったなって思ったら嬉しかったんですよ。
これだと思ってね。人が上達する時にやっぱそれを感じた時ってすごい嬉しいので、それさえ感じればまた明日もやろうかなって思うんですよね。
だからなんとなくその指導にとって大事なものっていうのを再認識できたなという感じがします。
やっぱり上達したね、すごいねって言ってあげようと、選手たちにね。大人の人もそうですけど言ってあげようかなというふうに改めて思いました。
ということでね、試合にちょっと出てくるんですよ。
もちろん大人として大会に出るので、前日も軽く美味しいもの食べて、当日終わっても美味しいもの食べてから帰るような、そんなねマスターズ大会とはいえ、そういった意味合いで楽しんでいくような大会に大人としてやっていきたいなと。
リレーも組むんですよ。もともとね、高知県記録保持者だったね、僕とすごく仲の良い二高上の平泳の先輩と一緒にリレーも組んだりするので、まあ一応ね、全員そこそこ泳げる人たちが、まあ練習はそんなにしてないので、誇れることはそんなないですけども、楽しくね頑張っていきたいなというふうに思ってます。
で、あのね、まあだからうちの、僕妹もいるんですけど、母ちゃんがガンだった時っていうのは妹の方がもうね、相当絶望しててね、もう絶対ダメだこれ、もうこれ絶対ダメだって、で、まあすごい言ってて、で、僕は逆に、いやもうそんなこと今言ってもしょうがないやん、だからわからんこと考えるんやめようぜって言ったんですけど、まあそれにはあんまり共感せずに、いやもう絶対ダメやっつってね。
で、今ではね、もうだから元気になったからね、あの自分のね、子供を預けてね、母をフル活用してくれてるんで、まあそれも僕にとってはね、あの安心できる材料ではあるんですよ。やっぱり人の面倒見なきゃいけないと思うとシャンとするしね、で、まあ僕はだから、結局よくわからないまま試合には出ていくんですけども、なんか母のね、まあこれがなければ僕は試合に出なかったし、
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なんか水泳を泳ぐことももしかしたらなかったかもしれない。やっぱ僕にとって水泳っていうのは教えるもんであって、自分が楽しむもんではないなと最近思ってて、まあそれがもうなんかそうだろうと決めつけてたところがあったんですけども、やっぱりなんか楽しいかなってちょっと思ってね。
だから、あのまあ母がね、無理やり僕をスイミングに突っ込んで水泳がスタートしたんですけども、40代超えてまたね、母親きっかけで自分が泳ぎ出すなんてことがあるのかなってちょっと思ったけど、まあ今はね、あの楽しいし、まあ明日ね、移動して明後日の試合、まあちょっと頑張ってみようかなと思います。
どれだけできるかなんてわかんないしね。だから選手にも言ってない。もうこっそり出てます。でも結果出たら言ったろうかなって思ってはいるんですけども、まあまあ大人ですからね、怪我せずね、楽しく過ごしてクリアしてみたい。楽しくね、あの結果が出たらいいなとは思ってますが、家庭も楽しむのが大人ですので、まあなんか楽しんでいきたいなというふうに思います。
それではまた。