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いやー、オリンピックね、素敵でしたね。僕はフィギュアスケートを食い入るように見つめておりました。
ひげ皿のね、おっさんが、本当にいろんなね、人間ドラマと素敵なね、結果もとって、本当に見てて面白かったなというふうにね、思いました。
夏のオリンピックは、やっぱり自分がね、水泳競技のコーチもしてるということで、必ず見てるし、現地にもね、28年は行こうかなというふうに思ってるんですけども、こうやってね、冬のオリンピックをまじまじと見たことっていうのはあんまりないんですよね。
昔のスケートって、もうちょっとギスギスしてませんでしたっけ?なんかこう、ギスギスっていうと言い方悪いけど、やっぱりそれぞれが一番になるために準備をして戦っているって、これはギスギスという表現というか、
夏のオリンピックと同じように自己計算してきたその技、能力っていうのをいかんなく発揮するためにそれぞれが必死でやっているという感覚だったんですけども、なんかね、今年見てるとチームの雰囲気がすごく良かったし、
なんか自分の競技があったとしても、誰かの応援に向かう、それは頼まれたとかではなくて、自分が行きたくて行ったように見えたんですけども、なんかそういうふうに、何かこの人から力をもらいたいから、私も応援したいし力ももらいたいって思いながらそこにいたんじゃないのかなとかっていうのを想像していくと、
今年のこの冬のオリンピックの日本選手団、特にスケートを僕は中心に見ているんですけども、非常に素晴らしいチームづくりをされているなという印象がありました。
で、互いをリスペクトするっていう感情っていうのはどのスポーツ選手にもあるかと思うんですよね。
だけども、水泳競技とこのスケートは違うなって僕が思った点は、リスペクトの表現が上手、スケートの選手のほうが、本当にフィギュアスケートの選手が他の選手に対するリスペクトっていうのが、本当にすごく高いなというふうに思ってました。
タイムを競う競技と表現だから、その辺が違うって言われたらそこまでなんですけど、それでもアスリート同士ですごい身体能力を持った人たちが世界ナンバーワンを決める中で、あのようなリスペクトの感情がどうして生まれるのかなってちょっと僕は考えてみたんですね。
非常に素晴らしいことだから、これはやっぱりうちのチームにもこういうね、規模は違えと、こういう雰囲気があったらいいなって思ったから考えたんですよ。
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考えてみると、水泳の練習って命がけな瞬間ってあんまりないんですよ。しんどいですよ、苦しいですよ。まあそれは大変ですけども、ただ、なんかね、こけて大怪我をしたりとか、鋭い歯で例えばどっかが切れたりとか、大きな怪我をしたりとか、そういうリスクっていうのはそんなに多くないわけですよ。
泳いで腕回してて骨が折れたって聞いたことないし、どこかでぶつけたらあるかもしれないけど、それも本当にごく稀。だから、命がけで練習をしてるんだろうなと。アスリートの命がけっていうのは本当に命がけだから、もちろん水泳の選手の練習もすごいんですよ。
すごいんだけども、本当の意味で命がかかってる。リフトなんか落ちちゃったらどうなんだろうとか。それを考えると、あんだけ例えば一生懸命練習してて、素人から見るとね、もううわーって思うようなすごい技、危険にも見えるその技を相手に身を委ねて華麗な技に消化させて、
ああやってね、舞っていく姿っていうのも、たぶん練習過程はすごく過酷だと思うんですよね。で、日本においてもたぶんたくさんの練習場で練習はできないから、日本でスケートをするんだったらこことかっていうのはね、全然僕わかんないけど、ここっていうのが例えばあったら、そこでね、なんか今のオリンピック出てる人たちも一生懸命練習をしてるはずなんですよ。
本番の技ができるために練習中に本当にたくさんの失敗をしてるはずなんですよね。で、やっぱりその失敗っていうのを、まあそのね、ペアじゃなくて個人でやってる人たちとかも横とかでもし見てたら、あの時あんなになって大怪我してもうダメだって思ってたような何かがあったりとか、もう怖いからこんなことできないよ、でも信頼して頑張ってみようみたいなのが、例えばそういう瞬間があったのを見てるとね、
それは見てると、本番であんな華麗なね、演技をすると感動しますよね。で、感動すると、まあそれは拍手もしたいし、言葉もかけたくなるし、力ももらえるし、だから私も頑張ろうっていう、その何か良い連鎖が繋がってるような気がした。
で、悔しいことはもちろんあったと思うんですよね。まあいろんな意味で、本番でもいろんな意味でね。悔しいこともあれど、でも、だから自分が悔しいっていうのはあれど、まあそれでも何か最高レベルの表現と、あのね、しっかりと自分の実力を発揮したことに対してのリスペクトを素直に出せるっていうのも、まあ普段一緒にやってるからこそ見れる、
なんていうかさ、努力の裏側を知ってるからこそ、これが作られたんじゃないのかなっていう、全部僕の妄想で。お前の妄想解って話なんですけど。でね、そうなのではないかっていうのを僕は見ながらね、だから僕は勝手にそれを妄想して、勝手にすごく感動してた。
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なんか仲間のその競技を見てね、感動して涙が出るって、僕は現役時代にそれを体験できなかったんだけど、ただコーチになるとね、なんかそういう選手一人一人のバックボーンを想像できて感動するシーンっていうのはあるけど、でもなんかこういういい意味での涙、
そして力をもらえるっていうのは、やっぱストーリーをたくさん知ってれば知ってるほど、そこに対する思いとかっていうのは強くなるからね。で、まあ人は涙もろくなるとかってよく言うけど、まあそれはその通りで、なんかなぜそれをしてるか意味がわからない人にとっては、まあこの競技を見ても別に、で終わると思うんですよ。それが良いとか悪いとかじゃなくてね、そういう人もいると思う。
だけど、まあ好きで見てる中でいろんな背景やその一人一人のことを知れば知るほど、ジャンプの時にはね、ちょっと手をこう重ねてこう祈るように見るし、成功した時の弾ける笑顔を見るとよっしゃーって思うし、頑張れって言いながら、で最後バーンって決めたらもううわーって思うし、なんかその一体感ってすごく素敵だなって僕は思ったんです。
で、うちの選手にね、それを中学生や高校生ってさ、やっぱり人生経験はまだこれから先多くなっていくから、40のおっさんの人生経験とはちょっと違ってくるとは思うけども、なんかこの素晴らしさを伝えたいと思ったので、まあね、ほらTVerで見れたじゃない、だからこれ見てねって言って、すごく良かったかなって言って。
で、そしてやっぱ何人かは見てくれてね、すっごい感動したって話をしてくれたんですよ。で、僕も言ったんですね、もうなんかあれを見て感動したって言って興奮気味に話してくれる、俺はお前と、そういうお前となんか水泳がしたいんだっていう話をしててね。
だからなんか、うん、知らんわとかってやつよりも、あれでちょっと涙が出たとか、いやなんかすっごい感動したって言ってくる中学生男子、高校生男子とね、まあ話をして、いやもう俺はお前らと水泳やりたいって。だから俺らもいつかこういう大きな感動を人に与えられるような何かしようぜっつってね、言いながらやってました。
だからオリンピックってやっぱすごいなと、でもそれって4年に1回のもう本気の最低っていうか、本気のもう一番そこで勝ちたいんだっていうところでやるっていう世界なんだけど、そこにね、殺伐って言うこの表現はあまり合わないかもしれないけど、殺伐とした雰囲気ではなくて、なんかリスペクトと愛あふれる、あのフィギュアスケート。
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僕はね、ものすごい見れてよかったし、すごい楽しかった。だから、なんかちょっとロスになるよね、終わったから。いやでも面白かったなあ。みんな見ました?すごい感動した。そんな人と一緒。僕は水泳がしたい。泳ぎたくなったら一緒に泳ぎましょうって。