1. すいみーすいまーの初志貫徹🐳
  2. 学校水泳は必要💡ただし…
2025-06-27 14:00

学校水泳は必要💡ただし…

大人の議論も必要だけど『大人が子どものための判断』をしてあげないとなぁーって思う😊
お金が、、施設が、、負担が、、わかるけどね😊

思ってるだけだとダメかと思うから僕は長年ボランティアで小学校水泳と関わっている🏊‍♂️

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学校水泳は必要なのかどうかっていうのは、最近議論されるようになってますよね。僕も至る所でその議論を見てて、必要である、不要であるっていうのが、よく言われるようになってきてるんですね。
僕は教員用の水泳の指導教本も見てるし、実際にプロとして水泳指導を行っています。そして小学校の水泳の指導も行ってる僕が感じた、小学校水泳指導は必要なのかっていうと、ちょっと悩むなっていうところは実はありますね。
水泳指導って、もともと昔、船の転覆事故か何かでたくさんの子どもたちが亡くなって、それを機に水泳を、東京オリンピックもあったし、その水泳っていうものをちゃんと国民ができるようにしましょうということで始まったのがきっかけなんですね。
ただ、最初はそうだったんです。泳げるというか、身を守ることがおそらくポイントだったはずなんですよね。ただ、スイミングクラブが普及して、当たり前のように身の回りで水泳ができる環境を整えるようになってくると、身を守ることから泳ぐこと、教員の観点というか早く泳げることを重視し始めたんですよね。
それが今になって、それは必要なのかと言われてるのが、僕の中で感じてる水泳小学校の姿勢が必要かどうかのポイントになってくるので、教員の観点であったりとか、タイムを競う点で必要なのかというと、僕はあんまりそうは思わなくて、むしろそれよりも、例えば川で子どもが亡くなったり海で亡くなったりって毎年聞くたびに僕は本当に胸が痛くなるんですよね。
どうしたらいいのってなると、川も海も泳げる僕や、例えば選手の子がいったって川でも流されるんですよ。
僕はそれを強烈な体験として、高校生も全国でも入賞してる絶対に水泳自信のある僕が川で流されたんですよ。
その時に流れながら思ったんですね。全力でこの流れに逆らってやろうと思って、思いっきりグラーンってクロールで泳いでみたんですよ。
そうしたら、その場に留まれるけど前に進めなかったんです。その時思ったのが、川っていうのは泳げる泳げないは関係ないよ。
だから、威力を高めて溺れないようにするというよりは、危険だっていうことを認識した上でそこに対処する。入らないも一つの方法だし、
じゃあ流されてる友達がいて助けに行ったって自分だって全力でやっても流されたっていう経験から、川というか自然には勝てないなと思って。
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海もやっぱり微力なんですよ、人の力っていうの。泳げたってたかが知れているところでね。
ただ、じゃあ別に学校の水泳必要ないのかっていうと、僕は身を守るとか安全っていう観点では必要かと思ってるんですよ。
例えば着衣水泳ね、最近またプールが汚れるから民間のプールでできないけど、学校こそあんなの外だったらやったほうがいいと思うんですけど、
靴履いて服着てね、着衣水泳とかも必要だし、あとはね、流れがあるところでどんなに危険かっていうのをちょっとわかってもらったりとか、
水に対する安全や危険っていうのを学ぶ場であったりとか、あとは単純に、僕はそんなに子供の頃裕福な家ではなかったんですけども、
だからスイミングを習わすっていうのは割とお金がかかるんですよね。でも学校で水泳の授業があったらせめて顔つけてちょっとだけ進めるよぐらいまでは学校でも行けると思うんで、
それは残しておいてあげたいなと思うんですね。教養の観点でいっぱい泳げるとか何秒で泳げるとかっていうのを無理に学校水泳に任せなくてもいいと思う。
だけども廃止することに対しては僕は反対ですね。みんながちゃんと安全で水に接することができるっていう知識が少しでもあったほうがいい。
なんでそう思うかっていうとね、これは震災の時にあったデータで質問アンケートを見たんですけども、水がちょっと流れてるところで本当だったら今のうちにそこの水にちょっと入って向こうの岸まで移動しとけば助かるところが、
水が怖くてそこの選択肢がない人が亡くなっちゃうっていう事例があったわけよね。その時に選択肢として少しでも泳げたならばもう助かるための選択肢が何個か増える。
そっから選べるけど泳げないっていう時点でそこにしか留まることができないっていう選択肢しかないっていう状態になった時に、
じゃあ助かるために命を守るための選択肢としてそれが正しいのかってなると、そういった場合で色々な選択肢からなるべく自分の中の裁量を選べるようにするためには水にちょっと入れるとか、そういう選択肢を増えることによって助かる見込みが少しでも上がるんだったらそれはいいよなと。
だからやっぱり僕は学校水泳っていうのは、教育機関がやる学校水泳の場合は速さとかたくさんの距離とかっていうよりも安全であったりとか安心であったりとか、そっちの方に振った方がいいんじゃないのかなと。
逆にスイミングスクールはそこが弱いところだと思うんです。それを無理やり鋭力で何とかしようと思っても、ハッキシュって全国レベルのトップスイマーでも流されたら終了するんで、離岸流なんか自由型の世界記録ぐらいの速さで進んでいけるぐらいの流れていくと、それはもう誰も立ち打ちできないじゃんって。人類無理じゃんってなるじゃないですか。
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ただ水に慣れてるとパニックにはならないんですね。流されてるな、やばいな、横に避けようっていうのができると。だから鋭力は高いということは余裕はあるわけです。一般の人に。僕はよく吉野川でラフティングしますけども、ラフティングも川に飲まれたら、ボードから吹っ飛ばされて落ちたらすごいんですよ。川も波があるからね。
波がへっこんでるときに息をすれば息は吸えるけど、波がへっこんでないとき、高くなったときに息吸っちゃったら水飲むんですよ。それをちゃんと見ながら、落ちたな、やべえな、一回息止めよう。よし、ここで息吸おう。はい、ここで息止めようっていうぐらい頭が冷静であれば水は一切飲まないし、落ちた後で危なかったぜっていけるけど。
これね、それができない子は、もう無理、もう無理ってなるんですよ。だから鋭力があれば、例えばそれは冷静にいろんなことを判断できるぐらいは取れます。ただ、流される流されないでいけばもちろん流されるし、それは仕方ない。
ただ、だからスイミングスクールっていうのは鋭力を高めることによって、頭は冷静な状態をある程度高めることによって助かる率が上がるだろうと。逆に学校水泳でそこまで鋭力を高めるのは、僕も水泳指導行ったからわかるけど、それは先生の力では無理なんですよ。それはもう絶対に無理だと思う。でもそれを求めるのも間違ってるから。
そうではなくて、もっとここが危ないんだぞとか、そういうのを実践として経験できる場であったりとかっていうのを提供していけたほうがいいんじゃないのかなって僕は思ってます。
今僕が言ってる小学校の水泳指導も、もちろん今の形は伝統として近隣の学校対抗戦をしてるから、こういう伝統が残ってる地区はそれでもいいかなと思うんですよ。だから僕はそれとは別に、水の危なさ、怖さとかっていうのもちょっと伝えれるような授業であったりとか、そういうのでも関わっていけたらいいなと思ってます。
これね、小学校の水泳指導って僕、ボランティアでやってるんですね。じゃあ別に自分の時間使ってまでやらなくていいじゃんって思うかもしれないけど、なんかね、お金ではないなとそこは思うんですよ。
水泳が嫌いになってほしくないなっていうね、僕が好きな水泳っていうのを嫌いになってほしくないなとは思うけども、川なんかそこら辺にあるしね、危ないっていうことを知らない子が入っていって助けようと思った仲間思いのやつが、2人揃って死んじゃったってなったら、こんな胸が痛いことないと思うんです。
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だから僕も今のところ幸いなことないけど、自分が水泳指導で教えた子が、例えば川に行って亡くなってしまったりしたらもう本当にもう言葉にならんと思う。だからそういうのは嫌だから、学校水泳っていうのに行きながら、営力を高めるっていう目的で行ってるというより、僕は水に対する怖さをみんながなるべく払拭してくれて、それで楽しんでもらう。
で、水に触れる機会っていうのが増えている中で、自然と危ないところも考慮しながら、自然と遊んでほしいなと。大自然とね、遊んでほしいなと思うんですよ。田舎だからね。
小学校水泳はありですか、なしですかって、よくお金がかかるからなしとか、安易にでもね、僕はプールがもう作れないからなしとかっていうよりは、地域で頑張ってなんとかプール残してほしいなと思う。
じゃあ、スイミングの指導に委託するのはどうなのかっていうのなんだけど、それはいいけど、スイミング指導に委託すると、コーチだからわかる、あんまり企業としてやってるところに儲けはないはずなんですよ。
だから、最初手を挙げるのは、たぶん社会貢献としてやるところは多いけど、どこまで続けることができるのかなっていうのは難しい点かもしれないですね。
それよりも、地域でプールっていうのはちゃんと残るようにしてもらって、そこにコーチを派遣するような形のほうがいいんじゃないのかなとか、ちょっと思ったりはしますけどね。
どっちがどうなんでしょうかね。難しい話はさておいて、とりあえず僕としては様々に議論されてるけど、学校水泳は残したほうがいいし、伝統を次から次へぶっ潰していくのもよくない。
ただ時代に合わせて変革していったほうがいいから、水泳大会はうちの地域だったら水泳大会で残しておいていいけど、じゃあ水泳の本質である命を守るための学校水泳みたいなところはもうちょっとフォーカスしてもいいんじゃないのかなとか言って思ったりしてます。
僕も何年も言ってると学校の先生とはそういう話をすることもあるので、あんまり自分の意見っていうのはそんなには伝えてなかったけど、これからはね、僕もある程度経験も積んだので、先生たちに自分の思うことっていうのを伝えながら、それは学校として何ができるのかとか、
あとは僕みたいな地域の大人が、地域に住んでる子どもたちに一体何ができるのかっていうのはね、ちょっと考えていってもいいんじゃないのかなと。今ね、何でもかんでも配信するのは僕は良くないと思うし、あとは学校の先生の負担っていうのもよく言ってるけど、あんまりでもさ、学校の先生の負担ばっかりを考えていって、子どもが何が示されるのもどうかと思うんですね。
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だからそこは上手くやりたいよね。大人だけが主張して、子どもが全部、子どもの意見は捨てられてとかって。部活動もそうですけど、いろいろ僕は思うところはあるんですよ。言うとね、議論になると思うし、なかなか今日言うっていう気持ちはあまりないですけども。
僕らを支えてくれるのって、でも最終、未来ある子どもたちじゃないですか。だから僕はね、やっぱりそういうところにもしかしたら最終進んでいくのかなって思う。未来ある若者にしっかりと自分の力を使って、その子たちがより良い可能性を取れるような世界を作りたいなとちょっと思ったりしてますね、最近。
何が足りないかっていうと、資金が足りない。そうそう。志はたくさんあるんだけども、それを実現するだけの、何億出してくれって言ったらわかりましたよって、そりゃありゃ出せるけどねえもんな、それっていうところがあるんで、ただ言ってるだけ。
それもあれだからと思ってね、ボランティアでずっと言ってるんですけども、いつかそれが実を結んでね、どっかであの子たちが大人になったときにね、小学校のときに僕習ったよとかっていう子がまだ出てきてないけど、出てきてくれてね、一緒に何か関わるシーンがあれば。
まあなんかそれはそれで面白いなと思ってるので、まずはね、今日とかっていうね、今日の指導みたいなのでちゃんと言ってね、しっかりと記憶に残してね、残ってもらって、何かあるときに助けてもらおうかなと思ってます。ということで今日は終わります。それではまた。
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