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反抗的な選手がいたらどうしますか?っていう質問が来てたんですけども、最近本当に減ったなぁと思います。
10年前と比べても減った気がする。なんだろうなぁ、この尖った感覚。それが反抗期と合わさって、本当に尖りまくってるような子たちっていうのはだいぶ減ってきた。
ある種、かっこよさの定義が変わってきたのかなとかっていうのもちょっと感じたりする。
そんな感覚で減ってはきましたけども、僕は個人的には好きなタイプかなと思ってます。
僕ね、変な子って言ったらあれだけど、割と癖が強い子が好きなんですよね。
なんでそんなこと考えるんかなとか、なんでこんな行動するんだろうとか、あとは別に尖りまくってたって全然構わないんですね。
ただ尖る方向に意味は欲しいなとは思ってます。
例えば反抗期って家でお母さんにうるせえや、ババァみたいに言ったりする。
それ自体は成長段階として普通なんで問題はないと。
学校で何か暴れるということがもしあったとしても、それも成長の中で意味のないイライラというか、風が吹いてもムカつくみたいな。
なんかそんなのはあってもいいと思うし、練習の中でもそういうのがあっても別にいいかなと、今の年齢の僕だったらまあいいかなっていうふうに全然捉えれるんですよね。
ただその反抗だからやらねえわみたいな、理由はないけどやらねえわみたいなのとか、
あとは、うちのチームの事情もあるけど借りている施設で何か物を壊したりとか、他の人とのトラブルが多いとかっていう、そういうのはダメだけども、
僕に対して自分の行き通りをぶつけてくる分には精一杯生きてるなってそういうふうに思う。
だからバカにしてるんじゃなくていいなと思う。
ただ、なんか芯は欲しいなってちょっと思っちゃったりはするかな。
強くなりたいとか、早くなりたいんだ。だからお前のやってることが合ってるかどうか俺にはわかんねえんだよって言われたら、一生懸命説明したりするんじゃないのかな、今の僕だったら。
今ね、僕にそういう機会が与えられないんですよね、環境的に。
なぜかというと、ずっと見てる子、小さい頃から見てる子がしかいないんですよね。それか大学になって出会ったかどちらかなんですよ。
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ちっちゃい頃から僕と出会ってそのまま大きくなっていく過程で、それは口を聞かないとまではいかんけど、少し擦れた感覚になるのは全然あるんですね。
ただそれが家でやってるぐらいの反抗的なやつっていうのは本当にいない。
この10年で2人ぐらいかな、思い出す。そいつらも結局僕にとっては可愛かったんだけども、その程度でほとんど減ったかなって感じがするね。
そういう昔で言うちょっとした尖った不良みたいなのは、今の時代かっこいいとは思われてないんだろうね。
だから目指す先はそこではないのかもしれんし、見てるもんとかも全部違うんだろうしね。
昔に比べて自分の好きを言いやすくなったのはいい時代だなって思うんですよ。
僕の時代で例えば女の子のアニメとかが好きだって男の子が言うと、えーって言われてたけど、今は別にそうは思われないし、
みんながみんなそれぞれの好きがあるんで、そこの多様性っていう言葉はあんま好きじゃないけど、
それぞれが自分の好きを胸張って言えてるのはとってもいいんじゃないのかなというふうに感じてます。
で、それで仲間ももしかしたら見つけやすくなったんかな、なんか同じようにそれが好きな仲間がいたりとか。
で、なんか怒り狂ってるような子も最近僕あんま見たことないんですよね。
なんかこう爆発しそうな表情で道を歩いてるような子もあんま見たことないんで、
何から何までね、時代がちょっとまろやかになりつつある。
まあ、あのー、ちょっと悲しい言い方をすれば、正しいことと間違っていること、
まあいいことと悪いことの線引きがものすごいはっきりとされてきたので、
あの、公に悪いことを言えないような感覚で、だから人と接するときはいいことばっかり言う。
で、裏で何をしてるかわかんないけど、まあいいことばっかり言わないとなかなか厳しいと、
悪いことはダメだよと。ただ、まあね、なんかその日、
なんていうかな、日の当たる部分が強くなったらもちろん影も強くなってくると思うんで、
まあだからどんどんなんか時代は変わってもその光と影のバランスみたいなのはあんま変わらんのかなと。
それが表面で見えてたのが昔で、今はそれが見えづらくなってきてるところは感じる。
僕も何人かですけど、もう本当たくさんの子供たちをね、もう数千人見てきた中で、
何人かこれヤバいなっていうぐらい闇を抱えている子供はいました。でもごく、もう本当に5、6千人に見て、
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3人、4人ぐらいかな、あ、こいつヤベェなみたいなのはいました。それは年齢に関係なくね、低学年でもヤベェ奴はおるし、
ね、高学年になったら少なくはなってくるけど、もう本格的にヤバいやつはスイミングスクールに来なくなるから。
だけど、低学年でも危ないなと思う子もいたりして。その危険っていうものに対しては断固として対応すべきだけど、
まあでも犯行っていう点に対しては、主張はね、あるんだろうね。昔僕の教え子がね、僕に言ってたのが、
何でも言えって言うくせに何言ったって聞かんやんけみたいなことを言われて、でなんかお前の言ってることの筋が通らねえからやってないだけだろみたいな感じで僕もやり取りをしてたんですけど、
まあなんか、これはでもなんか子供対大人あるあるのところなのかなと。で最近は、もしそういうのが例えばそれがね10年ぐらい前の指導だったから、
今の僕が言ったら多分そういうふうにならなかったと思う。なんかもっと感情じゃないところでうまく丸め込む術はあったのかもしれんね。
だけどなんか、それは若いと若いがぶつかる中で生み出されたエネルギーだったので、僕はでもね、その時代のその瞬間、その年代年代で教え子の感覚が変わっていくっていうのは別にいいんじゃないのかなと思ったりはする。
20代の時の僕に出会った人、子供たちは怖かったと思う。30代中盤までも怖かったと思う。今は全然怖くないと思う。
だけどそれはね、僕が元気なくなってきたのか、なんかちょっと落ち着いたのかわかんないけど、あんまりなんかそういうことで起こることはないなというふうに感じています。
だから反抗的な子っていうのは、でも納得したらやるところもあると思うんですよ。僕の中ではね。
なんかその、練習なしじゃないわーっつって毎日来るやつとか、例えばいたとしたら、なんで毎日来るのって聞くと、それよりも練習せんかったら早くならんやろうが、ただお前のやり方気に入らんのやって言われたら、説明は今できますよね、僕だったら。
今の年齢の僕だったらそれは説明はできると思うんで、何のためにそれが必要でこれなんだと。だからとりあえずここを目指そうよっていうのを多分年齢に合わせた言い方で言っていくと、
じゃあやってやるかぐらいの感じでやっていく。結果が出始めて、その後ろで信頼が培われていくっていう感覚にはなると思うんで。
反抗的な子はウェルカムだけど、本当にね、いないね。今、全然いない。なんかここ最近骨のあるやつはね、
県内で見ても、この10年で、とにかく今僕がいる愛媛っていうのはね、本当に平和的でね、表だって何かことをあらたてようっていう愛媛県民は一人もいないと思ってるから、
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それとさらに子どもバージョンだったらほとんどいないと感じてるので、一人だけかな。ああ、ちょっとこいつ根性あるなっていうのは。
でもそれ以外は本当穏やかなもんかなと、今になって思えばね、思ったりはします。
反抗的な子が来た時に20代30代40代の高知で対応って全然違うんだろうなとかっていうのは感じますね。
だから20代でめちゃくちゃ怒ってるとかはあるかもしれんけどね。でもなんか、
おそらくですけど、50代60代になってまた僕が怒り出すなんてことは基本的にない気がするので、
なんだろうね。そこがどれが正しいかわかんない。ただ僕はめちゃくちゃ怒られてきたと思う。それなりに。
昔の指導としてね。だけどそれをしたろうかなとは特には思ってないですね。
まあまあ今のね、現代の子が競技をするわけですから、現代の子に伝わるような言語を獲得、もしくは伝えやすいような表現を獲得しない限りはね、
彼らはね頑張ってくれないですので、その辺はねきっちりとお勉強はしなきゃいけないなというふうに日々思っております。
ということで今日は終わります。それでは。