1. すいみーすいまーの初志貫徹🐳
  2. 何でもわかった気になる時代に..
2025-10-27 09:15

何でもわかった気になる時代に足を使うことの意味を問う🐾

ある意味チャンスなのかもしれんなぁ🤔
他者と差をつけるチャンス💡

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最近、僕が指導している子供たちにはいないですが、
なんか知ったかぶるやつって結構多いなって、すごく感じるんですね。
例えば、聞かれたことに対して、コーチとしてこう答えますって言ったら、
あー、それ知ってます?とか、これどこどこで見ました?とか、
うーん、まあそうだよねっていうところで、
スマホでピピピッと検索すりゃ、それは動画も見れるし、
なんか言ってること聞こえるから、なんかそれでやった気になるんだけど、
それは全然違うのかなって僕は思ってる。
逆に、上達してる子っていうのは、情報っていうものを自分の体に入れる努力ももちろんしてるし、
さらに入れてからもう一回動画を見て、さらにもう一回やって、動画を見て、もう一回やってって繰り返さないと、
そもそも体験をするということまで消化しないし、
体験をして、そこから理解して、習得して、
実際にそれを無意識で使えるようになるまでが何段階もあるんだけども、
新しい情報に触れて満足して、また次の新しい情報を見て満足して、
見て終わる、見て終わる、見て終わるを繰り返して、
なんか知識としてうっすら知ってるけど、何にもできてないと。
そうなってしまったときに、あまり中身はないよなって、僕なんかは指導者としては思う。
だから、情報を得ることっていうのは本当に入り口の段階で、
でもあなたがしたいことっていうのは、その動画を見ることですか、
それともその動画を見て、自分の中で何かを得て形にしたいのですかってなったときに、
後者であるにも関わらず楽である見る方だけをすごくやってるような感じがするんですよね。
僕も選手たちに共有のLINEとかで動画を送るときは、
ここを見てほしいとか、ポイントをいくつか並べて、
見た上で、次の週からの練習メニューでこういうのを入れますよって、
そのときにこれができるようにしてくださいねぐらいまでやらないと、
動画を送ってもやっぱり見るっていうのは少ない。
まあ、表面だけ見るやつも。
ただ、メニューはほうほうこれで、で、これを見てこれを活かすんかって、
そこまで考えたやつとかっていうのは、もう翌週来て話したらだいたいわかるんですよ。
コーチこれって動画ではこうだったんですけど、実際やってみたらこうなんですけど、みたいな。
ああ、それはねっていう。
それを何人もがそれを言ってると、見てないやつは、え、なになにって思うし、
見ただけのやつも意味がわかってないんですよね。
だから、それをでもね、あまりにも繰り返していくと、
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やばい、送られてきた。これ見とかんとあかんなって。
なんでコーチこれと一緒にこのメニューを貼ってきたんやろう。
ちょっと考えようかが出てくるんですよ。
ただ見るだけでやった気になっても1ミリもうまくなってないから、
その見ることに対して考えることもそうだし、見たことを試さないといけないし、
試した後も見ないといけないし、それをさらに見た後試してっていうので、
徐々にこの理解を深めていくっていう。
なんかそういうのがすごくなくなってるなって感じがする。
そこに対して、地頭がいいっていう表現がいいのかわかんないけど、
考える能力がある子。
これはテストで点を取れるのとはまたちょっと違うんだけど、
なんでこれはこうなってるんだろうって考えることができる子の方が伸びてきてる。
逆に何も考えない子っていうのは、情報は同じように得るけど進歩はしてない。
そこが今の時代の恐ろしいところであるなというふうに思うんですよね。
なんでもわかった気になってもあかんなというふうに思います。
僕はこの間、ボクシングの世界チャンピオンの村田さんに会った時に、
本物ってこうなんだって肌で感じたんです。
これは会いに行く、足を運ぶ、失礼ながらコネクションでも何でも使って話せるようにしてもらった状態で、
そこに向かっていく。
いくつかアクション行動で、人の協力もありながらその場に立って、
実際に話をして感じたこと。
それを本人に会って感じたから、本人が本で書いてある内容が少し深く理解できるようになったとかね。
これを言ってんだなとかがわかったりする。
だから一つの情報だけですべてがわかったっていうことは基本的にはないと思うんですよね。
でもこれを言ってもあんまりピンとこない子が多いのは、今僕は不思議でならないと。
ただそれがもし世の中のスタンダードであるのならば、
僕自身がもう少しそこを変えて認識を変えていかないと、
やってほしいことができなくなるなっていうのはちょっと危惧してるかなっていう感じがするんですよ。
情報に関しては指で検索するよりも足を使って自ら足を運んでいくことの意味っていうのがすごく大事で、
もしかしたらそれが昔は情報がなかったからそうするしかなかったけど、
今は情報を手に入れた人でさらにそこから行動していけるような人のみが正解にたどり着くのか、成長にたどり着くのかっていう感じがしてるんですよね。
これを僕はなるべく自分の選手たちには伝えていきたい。
もう知ったかぶらなくていいから、わかんないことをどろくさく聞いていけるように。
だから知見は手に入れられるけど、行動していくことも同時にしないと難しい。
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ただ今の世の中はもしかしたら情報があふれすぎて表面だけで満足してる人が多くて、
じゃあそれの本質何ですかって聞かれたときにその問いに答えることができない人は結構多いと思う。
これって何ですか?これはこうなんですよ。でもなんでそれするんですかね?
それはこういう背景があってこうなんですよまではいけないかもしれないってことね。
だったらそれがスタンダードになったときにもうちょっと深みに入る。
僕らみたいな世代の人は足でやるしかなかったから、それをやってた人にとってこれは別にイージーなことではあると。
逆に僕らの年齢はその情報をそのまま鵜呑みにはしないんじゃないのかなと思う。
そうは言ってるけどもって考えると思うし、
その時に自分でジャッジできるぐらいの知識がなかったら流れてくるものを信じるだけ。
でもそれではちょっとあかんよなっていうところもあるので、
今の子には今の生き方がもちろんあると思うんだけども、
もしかしたらですけど人と少しの差をつける。
ちょっとの行動だけで大きな差をつけるためには指先ではなくて自分で足を運ぶ。
何度も一回見るだけじゃなくてもっとそれを深掘りしていく。
なんか一つの情報新鮮なものに飛びついて飽きて飛びついて飽きて飛びついて飽きてだったらそれって習得してないし忘れていくんですよ。
忘れていかないとそんな新しいことどんどんいかないじゃない。
だから知識を増やすと同時に体験をちゃんと増やして経験に変えて習得に持っていくっていう
当たり前の流れが意外とできてないような気がする。
忙しい忙しいって言うんですよ。
何がって思う。本当に。
何がしたいんだっていうふうに考えた時に忙しいっていうのは理由にはあまりならないよなって。
ちょっとコーチとしては思ったりはする。
でも子供はそういうもんであるからね。
だからそれでいいのかなとも思う。
あんまり子供に沢山したものを渡す必要もないと思うんで。
だけど大事なものとか本質っていうのを見抜けるぐらいの経験をちゃんと積んでほしいなとは感じたりする。
僕は教えのコーチだから教えのタイムが上がればいいんだなんて別にそんなことは思ってないんですよ。
タイムが上がるっていうのはやっぱり何か取り組みがあってその先の結果としてタイムが上がったってなるんだったら
タイムを上げたいから頑張るみたいなことではなくて
タイムを上げるために何を頑張るのかっていうところをちゃんと考えるべきで
そこにすごく価値や思う気を置いた方がいいんじゃないのかなってちょっと感じたりしています。
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皆さんはどうでしょうか。
09:15

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