1. すいみーすいまーの初志貫徹🐳
  2. 恩師との突然の再会✨✨
2025-08-25 12:43

恩師との突然の再会✨✨

恩師と言える人はそんなに多くはないですが、節目節目で助けてくれた人に思いがけず会えたのは嬉しかったなぁ✨✨
思わず抱き合うぐらいテンションの上がった日ꉂ🤣𐤔

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皆さんにも恩師と呼ばれる存在の方ってね、1人とか2人とかいるかと思うんですよ。
小学校、中学校、高校、大学、もしくはスポーツにおけるコーチとかね。
僕にもいるんですよ。数は少ないですけども、水泳の中でもこの人はとっても好きだなって思うコーチがいたんですね。
高校生の時、僕はどちらかというと、まあ難しい子だったんですよ。
意思が強い頑固者って感じで、本当に気分屋で、コーチはとても苦労したと思うんですよね。
県の合宿なんか行っても、この子ちょっとね、誰が見る?みたいな話を実はしてたみたいなんですよ。
後から聞いたんだけどね。だからその時にいつも手を挙げてくれてた女のコーチがいて、
女のコーチ、そのコーチはね、当時でまあ50代ぐらいかな。
競泳でね、オリンピック候補にもなったような人で、
その後ね、高知県の水泳会をしっかりとリードしてくれる非常に強い女性のコーチだったんですけども、
そのコーチが毎回、なぜか僕のことをとっても可愛がってくれてて、
生意気な僕に対しても全力を尽くしてくれてました。
覚えているのがね、外のプールで、まあ適当にサボってやらーってバタ足してる僕に対して、
今はダメだけど、当時は別に何とも思わなかったんだけど、
ビート盤で頭をバシーンと叩かれるんですよ。
それも別にね、痛いわけじゃないんですよ。
なんかもう本当にヘロヘロみたいなパチンぐらいなんで全然痛くないけど、
ちゃんとしなさいって言われるんですよ。
ちゃんと練習をやりなさい。それじゃダメって言って怒られるんですね。
僕はあまりね、そんなに怒られた経験も少なかったんで、
なんかでもこの人に怒られても嫌じゃないなとは思ってたんですね。
だから結局、だんだんその人の言うことを聞くようになっていくんですよ。
そのコーチのことはね、すごく好きで、
僕が選手を立ち上げる時に、県内のコーチで、僕が好きなコーチに、
僕は今から選手のコーチになるんだけども、
何を大切に子供たちに接していったらいいのかって言った時に、
その女のコーチが僕に言ってくれたのはね、
自分の信念を持って、それを決して曲げずに進んでいきなさいって言われたんですね。
コーチにもまだなってない僕には、信念なんだろうなぐらいの感じだったんだけど、
やっぱりね、今思えばそのコーチを始めたら、いろんな境遇に巻き込まれていって、
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自分のこれをしなきゃ、これだけは絶対に譲れない、みたいなことを譲らなきゃいけないシーンも出てくるんですよね。
そういったとこでも、やっぱり自分の信念を貫き通す強さを持てという意味合いだったんじゃないのかなと、
今になってはね、そう感じてはいます。
当時はね、そんなわからなかったけど、この人の言うことだったらと思ってね、
言葉として大切に胸に秘めてね、今もやってるんですけども、
そのコーチがね、僕は高校生の時に50とかだから70を越しているぐらいかな、
70代の中盤に入るぐらいだと思うんですよね。
そのコーチと次に僕が会うことになるのは、僕の祖父の葬儀の場なんですね。
僕はその祖父の葬儀の時に母主だったんですよ。
母親がね、どうしても人前でそういうことをするのがあんまり好きじゃない人で、
僕自身も祖父にとても可愛がってもらってたので、母主っていうのをやると。
ただ僕自身もね、初めて自分の大切な身内がなくなって、それを聞いたのが夜だったんですよ。
夜それを聞いて泣きながらシャワーを浴びてね、
いろんなものを本当にふわふわしているような状態の中で荷物を詰め込んで、
車に乗って地元に帰るわけなんですよ。
帰って家族と再会した時に、みんな一様に下向いているから、
母主である僕はちゃんとしなきゃいけないって思ったんですよね。
ちゃんとしなきゃいけないけど、自分で何をすればちゃんとしているのかも分からないんですよね。
まだ当時23、24歳くらいだったかな。
だからよく分からないけど、とりあえずちゃんとしなきゃ。
俺がちゃんとしなきゃって思っている時に、僕の中学時代の恩師がドアをドカンと開けてね、
駆け込んできてくれて、
お前大丈夫かよ。ここの受付は俺がやっちゃうから、そこは心配するなよ。
他に困ったことがあったら何でも遠慮なく言えよって言いながら、
いろんなことを手伝ってくれてめちゃくちゃ助かったんですよ。
ありがとうって言いながら、僕はいろんなことを済ませて、
もちろん挨拶とかも。
祖父がすごく顔が広い人で、高知県の校長会の会長もしてて、
銀行にも後々顧問で入ってたりもしたので、
指揮もすごく大きな指揮でね。
だから僕自身はちゃんとしなきゃ、ちゃんとしなきゃ、ちゃんとしなきゃって思いながら、
なんとか乗り切ったんですよ。
無事全部終わった後で、
その女のコーチもね、うちの祖父とも、おばとも非常に仲が良かった人だったので、
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その人が不意に僕のところに来てね、
僕の名前を呼んでくれてね、
よー頑張ったねーって言って、
頭をなぜながら抱きしめてくれたんですよ。
その時僕はね、涙がバッて出てね。
気を張らなきゃいけない。
俺がやらなければならないんだっていうのから、
一瞬子供に戻ったような感覚でね。
その人がでも助けてくれて、
よー頑張ったよー頑張ったって何回も言ってくれて、
そこからね、
しばらくは本当に会ってなかったね。
あれ以来だから会いたいなと思ってたけど、
気づいたら15年とかそんぐらい経ってて、
今回コーチ系の合宿行った時に、
どうやら木曜日はそこに来てるらしいっていうのが聞いてたんですよ。
会えたらいいなーとは思ってたんですね。
合宿の練習を子供たちにしてる時に、
もう一人女のコーチが、
コーチ系の女のコーチが、
誰か分かんないけど多分お客さんと話しながら、
その隣に子供もいたから、
自分のお客さんがたまたまいて話してるんだろうなと思ってて、
僕、子供の練習見てたんですよ。
そしたら、僕の斜め後ろぐらいに立って、
誰かを探してる様子だったんですね。
気になったけど、お客さんにしてはめちゃくちゃ近づいてくるなと思って、
ちょっと気になったけど、僕のお客さんではないし、
と思いながら子供たちにメニューの説明して、
行けよってやれよとかってやってて、
全然でも5分ぐらい経ってもその場を離れようとしないから、
ちょっと気になって顔を見てみたら、
そのコーチだったんですよ。
でね、そのコーチもどうやら居るらしいと、
僕が居るらしいからって探してたけど、
当時の僕と今の僕はちょっと変わってるから、
色も黒かったしね。
だから第一声が、元気かいって言おうと思ったけど、
こんなに黒く焼けてたら元気かっていうところからスタートして、
その後ね、お互いにね、久しぶりって抱き合いながらね、
ほんと70過ぎの人と40過ぎの人が、
久しぶりって言ってね。
で、ひとしきりこう話をして、
すごい嬉しかったんです。
でもそんなにたくさんの話はしてないけども、話をして。
で、その後ね、その70になった僕の好きなコーチは、
どうやらその子供をちょっと教えてたみたいで、
1時間ぐらいはね、その場を離れてたんですよ。
で、その後ね、レッスンが終わって、
僕の後ろに立ってた時に、僕はちょうど言ってたのが、
映画と練習は途中で諦めるなよと。
自分でやるべきことをちゃんと見つけて、
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下なんか向く暇ないぞと。
ちゃんとやれよみたいな感じの、
ぐわーって熱い感じで話してた時に、
右後ろにいたんですよね。
で、僕ちょっと笑っちゃったんだけど、
でもそれをね、僕がいくぞやれよっていうのを、
ものすごい嬉しそうな顔で後ろから見てたんですね。
その顔を見た時、僕ね、
あー、この人は喜んでるなと思ってね。
で、なんでそんな嬉しそうな顔で見てんの?みたいに聞くと、
いやー、あのね、
あのあなたがこんなふうに、
人にちゃんと何かを伝えることができるようになって、
成長したねって言われてて、
いやもう40やからねって言いながら。
でも、なんかね、嬉しそうだったんですよね。
で、そういうの見れて、僕もとっても嬉しかった。
だから、今回の合宿は、前回の放送でも言ったけど、
この桂浜とか太平洋とか、
なんかそういうのに救われたところもあるし、
あとはなんか、会いたかった人に約束もせず会えた合宿でもあったので、
なんか自分の成長みたいなのはね、
そこで見せれてとっても良かったなというふうに思いました。
なかなかね、会うってなるとまた話は違うけど、
自分が好きなプールで、
そこでね、そこでは習ったことないかもしれないけど、
その同じ県の場で出会って、
そして自分の成長した姿というかね、
そういうのを見せられることができたのも良かったし、
なかなか会う機会は少ないと思うので、
コーチと選手ってどのくらい長い関係性でいられるか分からないけど、
自分が手を焼いた子供、選手、
間違いなく手は焼いてるはずなんですよ。
だから印象は強く残ってて、
でもその子が自分の教え子を持って、
選手として地元で指導しているという、
その姿をね、とても嬉しそうに見てくれたから、
僕もなんかそういうのができるとは思ってなかったから、
そういった点ですごい嬉しい思いはしましたね。
だからいくつになっても、
コーチはコーチだし、
会うとその時代に戻るというかね、
その感覚を僕も自分の教え子たちと共有できたらいいなっていうのはやっぱり思う。
本気の言葉を投げかけてくれた人のことは、
やっぱり子供としてはちゃんと覚えてるし、
逆に適当なことで何となくその場をごまかそうとした人のことは、
本当に覚えてないので、
僕自身もその言葉に関してはね、
嘘偽りのないものをちゃんと子供たちに届けないと、
大人になった時に会う機会がないですよね。
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大人になって会うとまたちょっと違う成長した姿も見れるし、
自分もたぶん頑張らなきゃいけないなって思える機会もあると思うので、
結局はね、
人を助けるということが自分の成長とか、
モチベーションの向上にもつながるっていうのを改めて感じたので、
あそこで会えたっていうのは非常に大きな意味合いがあるなと思ってね、
楽しいひと時でしたね。
これからもね、ちょっといつ会えるかわかんないけど、
人はいつまでも会えるわけじゃないからね。
会いたいなと思った時に会いにはいこうかなというふうに思います。
それではまた。
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