1. すいみーすいまーの初志貫徹🐳
  2. 言ってることが違うわけではな..
2025-10-29 08:43

言ってることが違うわけではないよ😳

段階によって伝え方が違うだけね💡
それは必要なことだと思うから🥺

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先ほど話しててね、また思ったんですけど、 まだ続くんかいっていう話なんですけど。
まあなんか、トレーニングってなると、努力として受け取れる人もいれば、我慢したりとか、耐えたりする、まあしんどいことに対してそこに持ってきたりする人も多いと思うし、
そんな経験を皆さんしてきたと思うんですよね。 じゃあ、我慢すること、耐えることと努力って何が違うの?って考えると、僕はそこに明確な目標があるかないかによって決まってくると思ってたりします。
だから、指導者に指示されたことをクリアしていくって考えると、自分に対してそんなに目標がない、もしくは言われている目標が自分でいまいち捉え切れてないと、結局メニューに対して耐えることと我慢することなんですよね。
我慢して耐えることをずっと続けてた子っていうのは、その後また続けてそれを、例えば高校になってやるかとか、大学になってやるかってなったときに、やらないの選択肢の方がやっぱり多くなるんですよね。
だって、我慢すること、耐えることって、次できるかなって考えたら、もうできないって思うことの方がもしかしたら多いかもしれない。
ただね、そこにその競技の特性として、それが好きだっていうのがあれば、我慢、耐えるでも、もしかしたら続ける子はいるかもしれないけど、
それは僕は本来の競技との向き合い方とはちょっと違うんじゃないのかなって最近感じてるんですよね。
僕は、自分はどうだったんだろうって考えると、我慢とか耐えるとか一度も思ったことないかもしれない。
むしろ目標のために努力をするっていう適切な方向性を持っててやってたから、逆に言うとその努力もそんなすごい努力をしたとも感じてはない。
と考えると、我慢、耐えるっていうのは、それに異常に強い人はそれでいいと思う。そういう人もおる。
だけど、普通の人はそれはなかなかできないと思ってたりする。じゃあ、我慢、耐えるっていう子がそれでも自分の自我を大切に保った上で頑張ろうとしたときに、
よくありがちなのが、コーチとしてもやってしまいがち。こいつ、よく耐えてるな、我慢してるな。でも本当は内容を理解してないだけかも、目標設定ができてないだけかもしれないけど、
しっかり耐えてるわっていう子に、いけるぞ、やれよ、いけよ、おっしゃ、頑張れよみたいな。これ言ったらお前あれやぞみたいな。
言って本人も無理やり、よし、やるぞ、イエーイ、おっしゃ、みたいな感じのポジティブシンキングみたいなのっていうのは、現状でいくと問題解決にあんまりなってないというふうに捉えれますよね。
勢い、ノリと勢いでクリアしないと、しんどすぎてできない、怖すぎてできないとかっていうのは、一時的な感情の起伏でそれを超えたとしても、根本的には我慢、耐えるがベースになっていると問題解決はしてないわけなんですよね。
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もちろん、よっしゃ、イエーイは必要なんだけども、それでレベルアップするかっていうと、実はその状態って本当の自分に蓋をして競技に挑むようなイメージになるんじゃないのかなと感じてるんですね。
だから僕自身は、ある一定のレベル競技者として取ったときには、もしかしたらハイテンションとか興奮状態っていうよりも、若干落ち着いて冷めてるぐらいのほうが実力を発揮できたりするのかなっていうふうに感じてるんですね。
だからハイテンションでよっしゃーって行く子もいれば、本当に静かな炎と共に立ち向かう子もいて、それはどちらでもいいんですけども、双方たどり着く前にちゃんと目標があって努力をしてきてそこに立ってたら、最後、もう最後これだけのことやったんだからよっしゃ行くぞーはオッケー。
それはオッケー。ただ、もう何か我慢したこれだけのことやってきた、もう何かああああってやってきたんだって思って、そのネガティブな状態がダメだとは思わないけど、何かもう我慢耐えるみたいなことを考えてる時点で隣の奴が俺は楽しくてこれやってんだよっしゃこんなのじゃまだ足りねーよって練習してる奴に勝てるかっていうと、なかなかそうではないかなってちょっと思ったりするんですよね。
じゃあ誰がこの子の子に対して我慢させたりとか耐えろよってさせてるんだろうってなると、ここは指導者なのかなってちょっと最近感じてるで今まで僕はちっちゃい子小さい頃から子供たちをずっと見てきてその子が大きくなって卒業だから凄まじい時間一緒にいるわけですよ。
小学校1、2年生から高3までで卒業させてってなったらものすごい時間僕と一緒にいるわけなんですよね。そうなってきたらどっかで、小学生のうちは我慢耐えるでまあええかなと思うんですけど、そっから先は徐々に自分のペース感に持っていかなきゃいけないけども、そこを変えるのにものすごい苦労したんです。僕は努力っていうものをしてもらう過程ですっごい苦労したちっちゃい時から見てる子は。
ただね、大学生に関しては4月に初めましてってあって、その時にもうお互いのことが白紙の状態からスタートしたので、我慢耐える練習っていうのではなくて適切な努力をするんだよって最初からある程度言えたなって思うんです。で、それを言ってるうちにそれが大事だよなっていうことに僕もだんだん気づいてきたんですよね。
だからあの考えとしては持ってたけど、ちっちゃい頃からの関係性の中でそれをシフトするのがすっごい難しいと感じてたけども、大学生を指導することによってそこのなんか思考のチェンジが元々この考えを持ってたから、思考のチェンジはすごいスムーズになったんです。
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で、その時に、じゃあ中間にいる高校生と大学生の考え方、僕が指導を言ってることがちょっとミスマッチというか、大学生に言ってること、中高生に言ってることが少しずれが生じる。ずれが生じる。
ただこれはずれではなくて、彼らからするとずれかもしれないけど、僕からすれば成長段階で適切に言うことが変わっていって変化しているというふうには捉えてるんだけども。そこでね、LINEを今トレーニングとしてみんなが入ってるLINE、それは中学生以上から大学生までみんなが入ってるLINEと、もう一つね、大学生だけのLINEもちょっと作ったんですよ。
で、それを理由っていうのは、Aということに対して僕がこう思ってるっていうことを言っても、Aということに対して、大学生に対しては違うことを言わなきゃいけなくなるんですよ。これが僕は年齢の区別であって、差別してるわけではないんで区別をしてるんですけども、それをじゃあ中学生が理解できるかというとなかなか難しいというところもあるので、ちょっと分けてたりとかしたりしてます。
ただ、なんかね、思い切ってシフトする、何か自分がやってきたことを少し大きく変更させようと思ったら、考え方も言ってきたこともちょっとずつ変わっていくんです。ただ、そこに対して、お前さっきと言ってること違うじゃねえかよって言ったときに、実はですね、この年齢だとこうでこうでこうでって説明して、それが理解できる年齢の人であれば全く問題ないと思うんですよ。
ただ、まあ中学生ぐらいになるとね、なかなか難しい。そこを理解してくれるのは難しいし、そんなことは理解しなくてもいいかなという側面もちょっとあったりする。
なんか経験をして年齢を重ねて実績を積んだ先に見えてくるものがそこだって考えたら、今はそれよりも無我夢中でやってる方がいいと。
でも大学生に無我夢中でやれっていうよりは、ちゃんと考えて物事を組み立てようよってやると、一生懸命やれよ、何も考えなくていいんだよぐらいのところと、いやいやすごく考えが重要だよっていうところの、なんかその伝え方の難しさっていうのは少し僕は感じる。
まあ難しさでもあるし、もしかしたら面白いんかもしれん、今。なんか今思った話をすることが尽きないから、もしかしたら面白いんかもしれん。
そうか、そうだな。一旦ここで終わっとこう。
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