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見えない境界線の向こう側
2026-09-11 09:07

見えない境界線の向こう側

小さな歩みを積み重ねてこられたのは、「うん、うん」と聞いてくれる誰かがいたから。
#声日記

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こんばんは、すみのひとりごとです。 9月11日、今日の声日記を残します。
最近ね、頭の中にはいろんなことがあるんです。 考えていることもいっぱいあるし、
これ声日記で話してみようかなって思うこともあります。 ただね、いざ取ろうとすると、話せなくなることっていうのもある。
なんでなんだろうっていうのを考えていたんですけど、 多分、私ね、知らないうちに、
声日記で話している私っていうのをね、選んでいるんじゃないかなって思いました。 例えば、これは話してもいいとか、これはちょっとカッコ悪いからやめておこうかなとかね、
これはうまく説明ができていないから、もう少し考えてからにしようとか、 もう小さなプライドとか見えみたいなものもあるのかなって、
誰かに見せる自分、そういうのを自分なりに選んでいるっていうふうにもね、取れますよね。 そんなことを考えていると、話せなくなっちゃうんですよね。
自然に話したいと思って始めた声日記なんですけど、 その自然な私で話そうって考え始めると、その自然な私がわからなくなって、
だんだんまたね、同じことを繰り返すことになっちゃうんですけど、 9月の私ね、まだ9月の10日ぐらい、11日だから10日ほどしか過ぎてませんが、
私的にはまあまあ優秀ですと言いたいです。 配信できてるできてると。
これはちゃんと褒めておこうと思います。 そんなことを考えていた今日なんですけれど、
午後に一つの音声配信を聞いていたんです。 その配信を聞きながら、自分の中にいろんな感情が出てきたんですよね。
ただね、それをこううまく言葉にできなくて、 文字にしようとしてもなんかうまくできなくて、なので
その中で一つ思ったことがあって、 話したいなと。
人ってね、きっと誰にでもコンプレックスがあって、 その大きさも違うだろうし、形も違うし、
誰かから見たら、そんなこと気にしなくてもいいのにって 思うようなことでも、
もちろん本音にとってはね、ずっと心のどこかにあるもので、 そしてその人がどうしてそれを気にするようになったのか、
何があって今そこにいるのか、 外から見ているだけではね、きっとわからないことの方が多いんですよね。
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私自身、今は比較的安定して生活をしています。 仕事も始めたし、絵を描くことも楽しみ始めたし、
こうやって恋日記をとったり、普通に毎日を過ごしているなと思います。
でもね、20代後半の頃、精神的に大きく崩れてしまった時期があったんですね。
その時は入隊員を繰り返していて、今でもその時期の記憶というのは、 数年に渡るんですけど、断片的にしかやっぱり残っていなくて、
当時、統合失調症って診断がされて、その診断を言われた時に、 自分が何を思ったのか、その時何があったのかって、
それをここで順番に話せるほど記憶が残っていないんですよね。
ただ、そこから十何年経過する中で、自分なりに変えてきたことは覚えていて、
人のことを最初から決めつけないようにしようとか、 自分が間違ったなら謝ろうとか、
人と話していると、ついつい自分の話をしたくなっちゃうんですけど、
まず相手の話を聞こうとか、本当に一つ一つです。
今でも全てがちゃんとできているわけでもないんですけど、
ただ何かをきっかけに、突然全部が変わったわけじゃなくて、
今日一つ、また明日一つって、そんな風に少しずつ変えてきただけなんですよね。
今こうして生きているということも、その当時の私にとっては、実はもうすごいことになっていて、
こういうことを言うのも少し恥ずかしいんですけれど、 でも今日は言ってもいいかなという風に思って話しています。
世の中には見えない境界線みたいなものがたくさんあって、
例えば病気がある人とない人、何かできる人とできない人、
簡単な行くわけで言ったらそういう表現になっちゃうんですけど、
誰が引いたのかわからない線なのに、いつの間にか実はそこにはいっぱいあって、
その線のこっち側にいるとか向こう側にいるとか、そんなことで悩んだり傷ついたりしている人がたくさんいるんだと思いました。
そんな境界線なくてもいいのになって思うことがたくさんあります。
人からどう見られているんだろうって気にしてしまう人も、
きっと過去に気にせずにはいられなくなるような扱いをどこかで受けたからなんですよね。
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だから簡単に気にしなければいいとは言えない。
私にも話をたくさん聞いてくれた人がいました。
何か特別な答えをくれたわけでもなくて、うんってただ聞いてくれた人。
その時はそれだけだったのかもしれないんですけど、
でも私はその話を聞いてくれた人たちに心の中でありがとうって何十回も何百回も言いながら、
今日までの一日を生きてきたんだと思います。
今日聞いたその配信からそんなことを思い出しました。
私がここまでコツコツ本当に小さな歩みで積み重ねてこれたっていうのは、
自分が強かったとかじゃないんですよね。
全部一人で乗り越えたわけでも全くないです。
その時々にやっぱり自分の話を聞いてくれた人がいたからだった。
見えない境界線がたくさん張り巡らされているように感じるちょっと苦しい世の中でもあるんですけど、
その線を気にせずにただ私の話を聞いてくれた人がいたっていうのはすごく大きかったんだなって、
今日改めて思い出すことができました。
なので今日聞いたあの配信にありがとうって伝えたいと思います。
何か答えをもらえたっていうよりかは、
自分の中にずっとあったものを思い出させてもらったような感じです。
そして、今日この話を小絵日記でしようって思えたことも、
最初に話した小絵日記で話している私を選んでしまうっていうところから考えると、
少しだけいつもなら選ばない私なんじゃないかなって、
それをここに残せたのも良かったなと思いました。
自然な私っていうのが何なのか、まだね、相変わらずよくわからないんですけれど、
でも今日は昔の自分とあの頃に話を聞いてくれた人たちのことを少し思い出した日になりました。
今更届かないありがとうっていうのもあるんだけれど、きっとたくさんあるんですけど、
それでも今日は心の中で言いたいと思います。
スミのひとりごとでした。
今日はここまで。また明日も話せたらいいなと思います。
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ありがとうございました。
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