1. 水中の会社員たち 〜30代ふたりの雑談Podcast〜
  2. 10|積読でビオトープを構築する
10|積読でビオトープを構築する
2026-08-05 48:00

10|積読でビオトープを構築する

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『なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論』野村泰紀 著

https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000362613


『僕たちはどう生きるか 言葉と思考のエコロジカルな転回』森田 真生 著

https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/bokutachi/


『積読こそが完全な読書術である』永田希 著

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480440891/


紀伊國屋じんぶん大賞 読者と選ぶ人文書ベスト30

https://store.kinokuniya.co.jp/event/kinokuniya-jinbun-humanities-awards/


出演:村田、中野

収録日:2026年8月3日  

感想

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サマリー

今回のエピソードでは、村田さんと中野さんがそれぞれの近況と読書体験について語り合います。村田さんは北海道旅行から帰宅後、急激な寒暖差で体調を崩した話や、お子さんの成長に伴う日々のバタバタについて触れます。一方、中野さんは、宇宙論に関する専門的な書籍を読み進める中で、数式が少ないことによる理解の難しさや、専門家から直接教わりたいという願望を語ります。 後半では、二人が「本好き」という共通点から、それぞれがどのような本に惹かれるのかを深掘りします。村田さんは、コロナ禍に発売されたエッセイに共感し、著者の洞察力や言語化能力に魅力を感じると述べます。特に、独立研究者である森田真生氏のエッセイに触れ、子供との畑作りといった生き方に憧れを抱いていることを明かします。対照的に、中野さんはエッセイよりも、生きていく上での「ツール」となる知識や、世界の仕組みを解き明かすフレームワークを得られる本に魅力を感じると語ります。資本論や「責任の生成」といった書籍から得た知見を、自身の人生にフィードバックさせている様子が伺えます。 さらに、読書に対するアプローチの違いも浮き彫りになります。村田さんは、読んだ本を深く理解するために何度も読み返し、自分なりに整理する作業を重視する一方、中野さんは、情報過多な現代社会において「積読」も価値があるとする「積読こそが完全な読書術である」という本に触れ、情報との付き合い方や、気になる本を買う行為そのものに意味を見出す考え方に共感を示します。最終的には、読書体験を通じて、人生をどう生きるか、他者とどう関わるかといった問いに向き合っていることが語られます。

近況報告と体調の変化
いや、ちょっと先週すいませんでした。
あー、むしろ大丈夫なの?もう?
うん。ちょっとね、本調子じゃないけど。
喉は。体は元気よ。
なるほど。
あのー、北海道に行ってて。
おー。
で、北海道涼しくてさ、最高気温25℃とかやって。
へー。
で、帰ってきたら大阪がいつの間にか40℃ぐらいになってたから。
それの寒暖差で完全にやられてしまって。
大分違うな。
そうそうそう。で、喉がおかしくなってたわ。
北海道普通に旅行ってこと?
うん。北海道旅行で。
へー。
例のあのー、福利厚生の。
あー。
休暇がめちゃくちゃもらえる、プラス10万円もらえるっていう。
あ、その10万で。
そうそう。夢の福利厚生で行ってきましたわ、九州路。
いいっすねー。
良かったよ、めっちゃ。初同等に行ってきたわ。
同等ってだいぶ行けるぐらいじゃん。
うーん、あ、でも東京からやったら直行で行けるで。九州路まで。
あ、そうなの?
うん。
へー。
うちは大阪からの直行便がないから羽田乗り継ぎで行ったけど。
あ、そうなの?で、羽田から九州路なの?
そうそうそう。九州路空港っていうのがあって。
へー。
もうねー、野生のキツネとか野生のエゾオジカとか見ましたわ。
すごいな。
いやー、さすが北海道って感じだったわ。
確かに。
子育てと成長の記録
今日はどうでした?
毎回のトピックにやっぱコラボになっちゃうけど、当然、子供をこういう風に預けるところを毎朝やってるんだけど、
今日はなんか結構、子供も朝起きるの遅かったし、
最近子供は徐々に自我というか嫌っていう感情とかがちゃんと出てきたりして、
ご飯とかもなかなか食わへんタイミングとか。
食べずにポークで遊びだしたりとかの時間が増えだして。
9時に保育園に一応登演させるっていう感じでやってんねんけど、
今日はほんまにギリギリでもう58分ぐらいに登演したわ。
いつもは45分ぐらいだいぶゆとり持って登演してんねんけど、
今日はマジバタバタ、最後バタバタでこれ遅れるかもしれないぐらいの気持ちで、
今まではだいぶやっぱ楽で、やってればオンタイムでね、登演できてたけど、
今後こういうことがいっぱい起こるんやろうなーというのちょっとヒリヒリした。
子供の機嫌に依存する。
そうそう。っていうのを感じた初日やね。
そういう意味では。
成長やなそれも。
いやそうやね、こう一筋縄でいかんくなるんやなというか。
ほんま一人の人間になっていくからな。
いやそうやね。
思い通りにいかんよな。
それの目が出てきた感じがしたわ今日。
記念やな。
8月3日。
宇宙論への探求と理解の難しさ
俺は何かあったかな。
いや今さ、なんか今日ってわけ、もちろん今日もやねんけど、
読んでる本があって、
これちょっとまたもうちょっと読み進めたら中野にもいろいろ質問したいなって思ってる本があってさ。
質問。
なぜこのブルーバックスの、なぜ宇宙は存在するのか。
初めての現代宇宙論っていう。
この中に一般相対性理論とか、特殊相対性理論とか、量子力学みたいな。
なんかそういう話。
あと物理学みたいな話が出てきて。
で、ブルーバックスやから一般の人向け、ちょっと難しいんやけど、
でも専門家じゃなくても頑張れば理解できるぐらいにはこう、
下がってきてくれてて、著者が。
レベルを下げてくれてて、何とか頑張って理解しようとしてるんだけど、
やっぱりこう、読んでるだけやったら、今半分、3分の2ぐらい読み進めて、
ちょっとやっぱり読んでるだけやったら、分かる風。
そうやね。
完全に腹落ちしない感じやから。
ちょっと一旦全部読んでから、もう一回最初から読んで、
ノート取りながらみたいなのをやろうかなって思ってるんやけど。
はいはいはいはい。
結構その説明が、数式とかもあんまり書いてないね。
きっとその数式とかを知ってたら、見たら分かるというかさ、
式を見たら分かるやん。
はいはいはい。
エネルギーが高いということは、暑いか早いかみたいな、例えばな。
きっとそういうのって、等式でこっちが高かったら、
イコール、例えば掛け算とかやったらさ、これが高いかこれが高いかのどちらかだみたいな。
でも数式が書いてないから、よく分からへん。
もうそういうものとして受け取るしかないから、
なんかこの辺をな、ちょっとそういう理論が分かる人に教えてほしいなと思ってて。
で今日、同僚とかにもさ、大学の時何研究してましたかみたいなの聞いて。
えー。
理学部じゃないですよねとか言って。
ああ、なんか残念ながら俺は工学部やわみたいなの言われて。
ああそうですか、じゃあいいですみたいな。
そうよね。
そうやわ。工学部しか見つからんかったわ。
そんなにたくさん聞いてないけど。
まあメーカーはそうやろうな。
うん。
ちょっと分かる範囲であれば。
でもめっちゃ面白いわ。
おお。
この宇宙の成り立ちみたいな話をしてんね。
うん。
宇宙の最初は、なんかよく言うのはさ、ビッグバンが起こって宇宙ができましたみたいな。
うん。
でも実はそれより前にインフレーションっていうフェーズがありましたみたいな。
うーん。
でその、じゃあインフレーションの前は何なんかみたいなのはこれからやねんけどさ。
はいはい。
今めちゃくちゃ過境でいいってことやわ。
まあロマンやな。
ほんまに。
宇宙物理ってマジロマンやねんかな。
ほんまにロマン。
これを知ったからといって何言ったわけじゃないんやけど。
うん。
趣味やな。
いいんじゃないですか。
うん。
本界やろ。
俺こそ。
言葉遊びと読書体験の共有
本界?
うん。
また難しい言葉やな。
本に懐かしい。
本に懐かしいかな。
そうやね。
本界。
本界初めて聞いたかもしれん。
あのちょっと意味違うか。
それでこそやろってことやろ。
うん、と思ったけど今ググったら本来の願いや志が実現することって書いてるな。
ちょっと違うな。
ちょっとそういうの使えるようになりたいわな。
ちょっとずれたわ。
失礼しました。
この前分水冷使ったわ。
確かにあんま使わへんな。
メーカーやからさ、商品を製造する台数と販売する台数がぴったり合わへんの。
在庫も使う。
足りなくなってみたいな。
で、ある販売会社に対して限りある商品をどの販売会社に何台割り当てるかっていうアロケをちょっと優先順位を考えてて。
ある販売会社の優先順位を上げると例えば200台割り当てられるけど、
違う販売会社の優先順位を上げると100台しか割り当てられへんみたいな。
この200台割り当てる、あるいは100台割り当てるこの割り当て台数が変わるとその案件の受注室中の分水冷になりますかみたいな。
メール書いてて。
分水冷になりますか、エンターターン。
かっこいい。
送信。
気持ちよかったわ。
いいよね。
ちょっと今パッと出てこないかったな。
カウントを出したかったけど。
楽しいわこの本。
そういうのもあってね。
私本が好きなんです。
好きな本の説明しよっかなって最初は思ってんけど。
なんか本紹介みたいになっても面白くないなと思って。
なんかそんな紹介、人に紹介できるほど読み込めてもないっていうのもあるし。
なんで本好きなんやろみたいなのを喋りたいなと思ってさ。
いいですね。
中野も本好きやん。
エッセイへの共感と憧れ
本って一口に言ってもさ、いろんなジャンルあるやん。
それこそこういう物理っぽい話、現象を説明してくれてる本、勉強系の本とか。
あるいはエッセイとかミステリーとか。
全然違うなと思って。
確かにね。
自分どんな本好きなんかなとか、なんでそのジャンル好きなんかなみたいな話をちょっとしたいなと思いまして。
なるほど。
それで言うと、もともとこの本好きやわーで紹介したいなと思ってたんが、俺結構エッセイがどうやら好きっぽくって。
エッセイ以外も読む、もちろん読むし、お本棚見たらたくさん小説とかもあるんやけど。
なんかお気に入りの本選んでって言われたら、3つぐらい選んだんやけど、どれもエッセイやってん。
で、なんかエッセイ好きやなっていうのもあったし、3つ中2つはコロナ禍に発売されたエッセイ。
コロナ禍の、言ったらその非日常を通して著者が感じたこととか、考えたこととかがエッセイとして綴られてるものが、なんかいいなと思ってん。
それ理由は分からへんねんけど、なんかたまたまそういう共通点があって、これなんなんやろなみたいな。
それなんか共感ってこと?じゃなくて。
共感する部分もあって、例えばこうぼんやり考えてるけど言語化できない感情みたいなのが多分自分の中にあって、
それをこう、著者がバシッと言語化してくれてる文章とかを読んだりするとめっちゃ共感するし、
たぶんそういうのが気持ちよかったりする。
それがいっぱいあればあるほど、好き度が上がるのかな。
好き度が上がるし、その、なんかそういう切り口で言語化すればいいんや、やられたみたいな。
この人の洞察力すげえなみたいな。確かにこういう感情なんかもおれみたいな。
言語化うまくできんかったけど、とかっていう文章があったり、文章の表現とかがおしゃれな表現とかがちょっとあったりすると、好きってなるな。
なるほどね。
そう。
確かに。
コロナ禍は、ほんまになんか結果的にたまたまそういう共通点だけだった可能性もあって、
あの、おれが好きポイントがその、普段の、
例えば芸能人のエッセイとかって全然興味ないね。
よりかは、普通よりの人が、普段の生活を通じて、その、考え抜いたこととか、
そういうなんか文章とかを見るのが好きで、
コロナ禍はもしかしたらその、そういう人らも、コロナ禍やからこそ外に出れなかったりとか、
ソーシャルディスタンスみたいなんで、内省する、著者自身が内省する機会を得て、
より、なんか普段の生活を通して、
普段の生活というか日々の生活を通して、考えたことみたいなのを文章にするタイミングやったんかもしれない。
その、多くの人が。
そういう文章がたまたま素敵やったんかもしれない。
確かにね。
あの時期はいろいろ、特殊条件のもと、いろんな人はそうで、
物思い吹ける時間は多かっただろうしね。
その確率は、いっぱいそのいう書き手が増えたからこそ、刺さる文章が確率的に上がってたっていうことかもしれません。
そうやな。
あとは、その普段やったら、こう何も引っかからずに通り過ぎていたことに対して、
著者が引っかかって、それについて書くみたいな。
で、それが結果的にこう読み手にとっては、うわ、こんな些細なこともこういうふうに捉えるんやみたいな。
ひまえたってことね。
そうそうそう。
エッセイこそ、そういう文体というか、その人らしさみたいなのがすごく色濃く出るもんな。
そこ勝負みたいなところもあるもんな。
ある。
文体と着眼点と思想みたいな。
で、俺たぶん結構憧れみたいな感情もあって、
ほとんどの著者が年上やんか。
まだ言うて、俺ら30半ばで、
同い年ぐらいの人が増えてきてるけど、
まあまあまあ、どちらかと言えば、年上の人が多いんやけど。
なんかそういう人らの生活が垣間見えて、
なんかこういう生活スタイル素敵やなとか。
あとはそのある人は、この森田雅夫さんっていう独立研究者。
なんか企業とか大学とかに所属してない独立した研究者の人が書いたエッセイで、
僕たちはどう生きるかっていうエッセイがあるんやけど、
この人はお子さんが2人いて、
コロナ禍に息子さんとかが登園できなくなったんかな。
保育園に。
で、一緒に庭に畑を作って、一から。
保育園に行けない代わりに、この庭で畑作業して、
植物とか虫とか、そういうのからいろいろこう学ぶみたいな。
一緒にやってみるみたいな、なんかめっちゃ素敵やなと思って。
これ、買った時が子供が、もちろん生まれてなくて、
まだお腹にいるぐらいのタイミングかな。
とかで、うわなんかこういうの素敵やなみたいな、
自分も息子とこういうことをいつかしたいなみたいな、
そういうタイミングもあって結構好きやったりするんやけど。
そういうちょっとした未来を見てるじゃないけど、
半分憧れみたいなのもあるかもしれない。
なるほどね。
生き様なやな。
やっぱ生き様かっこいい人に憧れてるからな。いつまでたっても。
そういうとこない?
あるよ、それはもちろん。
そういうなんていうかな、変であればあるほどかっこいいからな。
そうやな。そういう意味ではちょっと変な人のエッセイが好きやね、俺。
一般人じゃなくて。
独立研究者とかなんか、哲学が好きな雑貨屋さんとか、
本めちゃくちゃ好きな人とか、本好きすぎて本読みまくってる人とか。
はいはいはい。
会社に居なさそうな人やな。
はい、そうやな。
でも変すぎひんっていう。
芸能人みたいな感じではないっていう。
だから、そうやな、ほんまにこう、
これ曖昧な話、曖昧なこと言うけど、自分のやりたいことみたいなのに忠誠誓ってるというか。
で、この子供と一緒に菜園作り始めるとかは、
まあ、商業的には全然意味ないもんな、あっきり言うと。
意味ないな。
まあそれは、別の意味では大きく意味があるからやってるんやろうけど。
そのスタンスやな。
そうやな。雑貨屋さんとかもそうやもんな。
決して儲かる職業じゃないというか。
でも雑貨が好きで、好きなのかどうかもよくわからんけど雑貨屋さんを営んでるみたいな。
で、お客さんこう変暇やなと思いながら物思いにふけたり本読んでたりするみたいな。
なんかそういうかっこよさ。
確かに。
中野はどういう系の本が好きなの?
知識獲得への探求心とフレームワーク
いやあ、そうやな。
そういうとエッセイはほとんど読まへんからな。
これが面白いよな。本が好きって言っても、エッセイ読まへん人ももちろんおるもんな。
うーん、そうやな。
うーん、なんやろ、なんかこういうのが好きなの。
でもなんかこう、うーん、なんか生きていく上でのツールみたいなのを獲得していきたいんやろうなとは思うけどな。
世の中ってよくわからんけど、あるフレームワークがあれば少し解像度が上がるというか。
だからなんかいろんな知識を獲得していきたいって感じはあるかもな。
うーん、なんか例えば、まあ主義思考はさておき資本論とかの入門書とかも一応読んだりしてんけど、
マルクスはそもそも資本主義みたいなところに対しての理解がすごくあったからこそ、
社会主義みたいなところを大局において進めていきたいみたいな橋があったんやと思うんやけど、俺の理解においては。
だからってなった時に、彼の理解における資本主義ってどんなんやみたいなところは、
なんかまあ今自分らが働いて給料もらうってなんやっけみたいなところを考える上での必要なフレームワークを共有してくれたりするから、
そういうことをずっとやってるかもしれない。
そういうフレームワークを得得できたりとか、こういうものの社会とか世界の見方をすると違った側面とか、
今俺が感じてることとかをもう少し理解できるようになるなみたいなところがあると、その本はいい本やなって思ったりするって感じかな。
前の責任の生成みたいな本も昔読んで、これもすごい良かったなとすごく思ってるんやけど、
前言った中道体っていう体が失われたことによって、世の中の捉え方が変わったんじゃないかみたいなのを論じてる本やけど、
この中道体っていうやつがあったら、もう少し生き方が変わるというか、見方が変わるみたいなところが結構あるなと思ったりして、
こういうのがあると、なるほどみたいな、やばいなみたいな。
世の中の原理原則とか絵の探求心というか。
そうだね。
それは人の行動原理も含むやろうし、もっとマクロな世界の行動原理というか。
ルールというか。
うん。
なんかもうそれをずっとやってるって感じするな。
元々だから物理が好きでというか、物の断りが脆いと思ったから物理やったけど、
社会科学的な断りというか、フレームワークというか、あと人文におけるフレームワークだったりとか、
いろんな切り口における理解するためのツールだったりとかフレームワークみたいなのを、
もうずっと探してるって感じだな。
なんかほんまにピュアな探求心があるっていう印象を受けたな。
そうだな。
生活してて気になったことについて勉強したいみたいな感じか。
うーん、そうやね。
ほんまなんかやっぱ、分からんことばっかりやからさ。
ほんまにピュアに思うから。
そういう感じかもね。
それを読み終わって、ああこういうことやったんかって、世の中の断りが少しだけ分かるようになって気持ちいいみたいな。
そうだね。
で、そういう気持ちで終わるのもあるし、やったらなんか俺はどう生きていこうかというか。
さっきの資本論の話もそうだけど。
あとは造評論とかも読んだりして、これ造評論の入門書というか。
造評論?
世界は造評でできているっていう本なんやけど、交換価値じゃないものを一旦造評としたら、どういう社会の見え方ができるかなみたいなことを考えるんだけど。
造評論なんて論があるんやな。
そうそう。
なんかそれを踏まえて、確かにそう理解、こういうものを据えると世界の見え方が変わるなっていうのを踏まえて、なんか聞いては、なんか他者と生きていくのは俺は悪くないなと思ったりして。
他者と生きていこうって。
他者と交流をしようみたいな。
とかなんか結婚してもいいかもなと思ったのが、割とこれを読んだからって。
結構だから人生にフィードバックしてるんやな。
まあそうかそうか本なんてそんなもんやもんな。
その程度に差はあれど、何らかのフィードバックはかかるもんな。
そうね。
結構そこ意図的にやってるんやな。がっつりフィードバック、世の理を明らかにして、自分にフィードバックするみたいな。
そうやな。てか、なんかその読書後、その感想文というか、自分なりにまとめるときに、結局落とし所ってそこにしがちって感じなのかな、そういう意味では。
なんか理解したというか、自分はこう理解したっていうところで置いておくのもいいのかもしんないけど、
なんかそれを踏まえて、じゃあ俺はどうなんやみたいなのを、なんかやっぱ考えがちなのかもしんない。
で、アクションしてみるみたいなところまでこうやったりする。で、効果を見てみるみたいな。
そうそうそうそう。
なんかその他社と生きるみたいな話は、そうやね、そのボランティアみたいな話も前話したとおりで、なんかいろんな本読んで、なんかそこに帰着したって感じだった気がするな。
読書術と積読の価値
その、たぶんすごい量、今このフェイスタイムの背景にたくさんの本が見えてるけど、きっとこれだけじゃなくて、すごい量読んできたやん。
はいはい。
それをさ、なんか俺は結構忘れちゃいがちやねんけど。
うん。
刹那的に満足して終わってしまいがちやねんけど。
はい。
こう、覚えてる、どうやったらそう覚えられる?それを聞きたよ。
反復できるぐらいまでこう、なんていうの、自分の中で整理するみたいなのが結構大事な気がしてて、だから俺は何回も読むねんけど。
この責任の生成とかも前、まあなんか拙いながら説明したと思うねんけど、これって429ページあんねん。
うん、分厚いな結構。見るからに。
で、これをなんかまあ、土作自分なりにして一本筋通すみたいなのを感想を書くときはやんねんけど。
で、その一本筋通すときにこう、うーん、自分の中でこう理解を落とし込むというか、っていう作業をしてて。
で、その作業すると、この引き出しやすくなるというか、自分の理解をこう整理してるから。
普通の日というか、先の未来においても、なんかその理解を割とスッとこう取り出せるというか、いうようになってる感じがするな。
結構もう自分の中に入ってるんや、それをやるから。
そうそうそうそう、てかそのためにやってるって感じ。
これももう多分5年ぐらい前、もっとなんか、5年ぐらい前かもな、日本で読むけど。
一応それぐらい話せるぐらいには覚えてるぐらいから。
この前だって何も見ずに喋ってたもんな。スラスラ。
そうやね。で、なんかそういう理解というか、一本筋通しておくと前もそうやし、何回かこう、なんていうかな。
これって、あの責任の生成を読んだ時のフレームワーク使えるなとかっていうシーンがやっぱりこう、日々の生活において出てくるから、そのたんびにやっぱ毎回思い出せるというか、引き出せるというか。
だからどんどんこう定着していくのかもしれない。
俺その作業をしてないからな、その読み終わった後の。結局本で自分はどう受け取ったんやっけっていう。
ちょっと飽き性やから。2週目とかもよっぽど気に入った本じゃないといかへんねんな。
いやでも、難しいよ。時間めちゃくちゃかかるし。今もう全然無理やもん。
時間ないもんな。
で、なんか、それのカウンターで今読んでる本が、なんか、寸読は安全な読書術であるっていう本を読んでるな。
それ、興味あるな。
これなんか、なかなか熱い話で。
ちょっとまだ読んでるときやからこれも生に状態けど。
なんかその、読んだって状態ってそもそもなんやっけみたいな話があって。
一回本の上をね、目を滑らしたら、それはほんまに読んだのかみたいな。
その状態やわ、俺は。
で、じゃあ寸読ってそれ読んでないんやっけっていう問いをこの本ではしてきて。
目を通すのと、読んでなくて積んでるのと、
例えば初めにだけ読んだやつと、何回も読んだやつと、
実はほぼ等価なんじゃないかと、等しい価値なんじゃないかと。
結局忘れていくもんだとしたときに。
割と読んでるものは読んでなかった、読んだものも実は読んでないものと、
ほとんど等しくなっていくし、忘れていくから。
本が手元にあるという事実だけが同じであると。
でなったら、寸読っていうのは実は読んでるのとかなり近しくなってくると。
それ理屈じゃない。
いやなんか、で、その寸読は読んでいるのと等価であるっていうのはちょっと言い過ぎかもしれんけど、
ここでこの本が一番言いたいのはなんか、
寸読っていうのも全然悪くないよっていう話をしていて、
なんでかっていうと、現代社会においては情報量があふれ返ってて、
いろんなものが流れていくと。
で、そのときに情報の取捨選択っていうのはむっちゃ難しくなってきていて、
で、寸読をしていくっていうのは自分のビオトープを形成するってこの本では言ってるんだけど、
なるほど、いい表現。
つまり、情報の生態系を自分なりに構築していく作業であると。
だからこう流れていく、情報が流れていく日々、いろんな情報があふれていくと。
で、なったときに自分の好きなものとか、自分の興味あったものとか、自分の気になるものみたいなのを
ピンとむずれてきに置いておく、形成しておくことによって、
自分が何が好きかとか、自分の興味みたいなところを置いておいて、
情報のビオトープを形成していくと。
いいな、素晴らしいな。
本棚見たらその人がわかるもんな。
そうだね、だから全然いいんじゃないって話があって。
気になるのはじゃあ買っていきましょうと、読めないとしても。
そうそう。
もったいないって思いがちやけど、それは意味がある行為なんですと。
そうです。
それは本買っちゃうな。
ここで言ってるのが、買ったっていう時点でやっぱり自分なりに何かを思ったわけやから、
それだけでも語る価値があるんじゃないかって話をしていて。
俺がいろんな本読んで、この本がこうやったみたいな説明するのもあんねんけど、
この本買った時ってこういうことやってとか、
なんでこの本買ったとかっていう時点でも語れるとすると、
もうそれでもいいのかもしれないなと思ったりすると。
そういうのを今読んでる本で何か思い始めたと。
確かに、なんで買ったかみたいなんてそんな普段考えないけど思い出せるもんな。
思い出せるよな。マジで全部思い出せるレベルで思い出せる。
思い出せる。
作家・森田真生との出会い
この僕たちはどう生きるかの森田雅夫さんのやつは、トークショーみたいなのを聞きに行ってん俺。
そこまで?
で、この人のことは知らんかったんやけど、この人と一緒に対談してた人のことが好きで。
富川岳さんっていう東野で獅子踊りやってる作家さんやねんけど。
で、まあ移住者やねん。東京から。
なんて人やっけ?
富川岳さん。
で、結構地方創生とか、なんか最初はそういうので東野に移住して。
で、東野でそういうの、そういう活動をやりつつ、その獅子踊りっていう郷土芸能団体に入って自分で郷土芸能をやる中で、
なんか最初は地方創生から入ったけど、今はもうがっつり東野にこう暮らして。
夏は獅子踊りをしながら、厳しい冬は作家活動をしてみたいな。
結構作家にシフトしていってんねんけど。
このウェブサイトめっちゃ活かしてるな。
結構なんかオシャレな感じやね。
オシャレ。だいぶかっこいいね。
えー。
時代を作るなんとかみたいなのにもちょっと選ばれた人みたいな。
えー。オーブスかなんかの?
多分それやったと思う。
えー。
この人、もともと田舎に住みたいみたいなところからこの人のことを知って。
なるほどね。
で、作家もやられてるから本とかも出してて。
で、その民族学みたいなのも好きやから東野に行ったりとかしてる中で、この人が踊ってる獅子踊り見たりとか、この人が書いた本読んだりとかで。
で、京都に来て、なんかその本の出版記念にトークショーするみたいなんで、イベントがあったからそれを聞きに行ったよ。
で、それの対談の相手がこの森玉さんさんで。
で、全然畑が違う二人やけど、方やその研究の文脈からいろいろ。
この人何研究してるんですかって聞いたら神羅万象を研究してますみたいな言われて。
最初はなんかめっちゃ好かれたと思って嫌な気持ちあって。
でもよくよく、こう本とか読んだりするとほんまにそうやね。
ほんまに神羅万象について研究してて。
いろんなことについて。
その対談が面白くて、この人の本が売ってたから買って。
で、サインももらったんやけど。
で、サインに村田さんへプレイって英語でプレイって書いて。
遊べみたいな。
祈りじゃなくて。
Lの方、プレイって書いて。
なんやねんと思ってたんやけど。
でも後になって結構響いてきて、うわなんか、そうか人生やっぱりしっかり遊んでいこうみたいな。
それなんかそのエッセイの内容というか。
それともなんか通じるものか。
もうほんまに畑に、庭にな畑作って。
子供とそこで土遊びしたりとか。
いやほんまにそういうのを体現してはる人やね。
でも研究、独立研究者なんてもう遊んでるようなもんやん。
自分のほんまに興味のあることに対して、こう、なんていうか、研究していくって。
遊び、遊びや。
なんていうか言葉、誤解して取られたくはないけど。
遊びやなって思うね俺は。
おもろいことしてはんなみたいな。
いやまあそうやな。
やりたいことやってるなって感じ。
とかまあもう全部に対して言えるもんなほんまにこういう話は。
そうやんな。
そうそうだから穴がちこう、今読んでる本の言ってることも間違ってはないような気もして。
読書との向き合い方の模索
だからこう何回も読んでね、一本筋を通してなんか理解を深めるみたいなことをやらんくてもそれは読んでると言っていいんじゃないかと。
慰めてくれたんや。落ち込んでたから俺が。
いやいやほんま俺もさすがにもう時間全然取らへんから。
最近読書に対しての落とし所というか折り合いのつけ方をちょっと模索しててんけど、ちょっと気楽にいこうかなって思い始めたというか。
本好きなんです、俺もですってなったときに一見仲間やって思いがちやけど、
確かに。
全然仲間じゃないこともあるな、そのなんか蓋開けてみたら。
いやそうなんやな、その本好きって言ったときにこう、どんな本読むんですかとか、どんな本読むん?ってなったときにマジで答えに気がするねんな俺。
でも今のことを言えばいいんじゃない?その世の理を知れる本が好きですみたいな。
終わってるやろ。
いや終わってないと思うけどな。
全然本が合わへん。
最近その話というか、あれで言うと、俺この本好きってなったときにどういうのって言われたときにどう返そうかなっていうのって、
なんかキノクニアの人文大賞っていうのがあって、
これなんかキノクニアの書店員と読者がその年に出た人文賞ベスト30みたいなのを決めてんねんけど。
おーあったあった。今ウェブ見てる。
だいたいこれやって。なんか昔、大学生のときとかに読んでた本とかマジでこれのほぼこれやって。
俺これやんってめっちゃ思って。
言えるやん。
いやでもこれ言ったところでみたいなのも結局あんねんけど。
だから俺はなんか人文書なんやっていうのをそこでなんか結構思った。
この宇野恒博さんの庭の話とかよく出てくるわ、名前。
出てくるよな。
俺はここの辺やなっていうのをちょっと前に思ったんよ。
これ好きそう中野。内在的多様性批判。ポストモダン人類学から存在論と展開。
これいいな。いいページやなこれ。ちょっと眺めたら。
これでも毎年やってるから。そう。毎年の見たらおもろい。
ほんまやな。
じゃあちょっと好きなものシリーズは一旦一旦一言ということで。
だいぶ来ましたね。
ではでは。
お疲れ様でした。
またねー。
おやすみー。
おやすみー。
48:00

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