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「ブナガヤにそそのかされて」|晶子さん|一行日記 #005|沖縄・喜如嘉
2026-09-16 1:21:12

「ブナガヤにそそのかされて」|晶子さん|一行日記 #005|沖縄・喜如嘉

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沖縄北部・大宜味村の喜如嘉で、小学校跡地を活用した施設の運営や、やんばるの工芸品を届ける店づくりに取り組む晶子さん。

今日の一行日記は「張り切ってるけど眠い」。

教育や環境、地域の暮らしについて、次々とやりたいことが浮かぶ一方、夜になると眠くなってしまう。そんな日々から、地域の内と外が混じり合う場所づくり、家族と仕事をする難しさ、学校の歴史やブナガヤの物語を絵本として次の世代へ残す試みへと話が広がります。

人生を10ページの本にたとえるなら、今は7ページ目。まだ動ける今、どうやって次へ渡していくか。軽やかに挑戦を続ける晶子さんの現在地に耳を傾けます。

▼ STORYS 人生物語

さまざまな拠点から届く、一人ひとりの日常と人生の物語。
一行の日記や、心に残る一冊を入り口に、その人の言葉に耳を傾けます。

感想

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サマリー

沖縄県北部、大宜味村の喜如嘉小学校跡地で施設の運営や工芸品店を手がける山上亜紀子さんは、「張り切ってるけど眠い」という一行日記の通り、多忙な日々を送っています。小学校跡地を活用した施設運営や、やんばるの工芸品店、宿泊施設、カフェの運営など、次々と新しい事業を手がける一方で、教育や環境問題、村づくりへの関心も高く、多岐にわたる活動を展開しています。東京出身で栃木県で陶芸家の夫と共に暮らしていた経験から、自然豊かな沖縄の北部への移住を決意。当初はハブなどの自然への不安もありましたが、それらを乗り越え、地域に根差した活動を続けています。亜紀子さんの人生観に大きな影響を与えたのは、ガルシア・マルケスの小説『百年の孤独』。この作品との出会いが、彼女の世界の見方を変え、現在の活動の基盤となっています。また、地域コミュニティの活性化にも力を入れており、月に一度のモアイ活動では、移住者と地元住民が交流し、新たな文化を創造しています。さらに、地域の歴史や文化を次世代に伝えるため、ブナガヤの物語を絵本にするプロジェクトにも取り組んでいます。亜紀子さんの軽やかな挑戦と、地域との繋がりを大切にする姿勢は、多くの人々に影響を与えています。

「張り切ってるけど眠い」という日常と多岐にわたる活動
STORYS 人生物語
ここは沖縄、ヤンバルの小さな集落喜如嘉。120年以上の歴史を重ねた小学校跡地にあるSTORYS STAND 喜如嘉から、この場所に関わる人の人生を紡いでいきます。
誰かの物語に耳をすすますことで、人と人、この場所と誰かをつなぐきっかけになるかもしれません。
STORYS STAND 喜如嘉のゆかです。
いつみです。
今日お話しいただくのは、喜如嘉小学校の山上亜紀子さんです。
亜紀子さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
それでは早速ですが、亜紀子さんの今日、今を表す一行日記を教えてください。
はい。
張り切ってるけど眠い。
その心は。
なんかいろいろやりたいことは次から次でと湧いてきて、
よし、これもやるぞって思うけど、夜になるとめっちゃ眠くなって、
今日もできなかったって思って、朝やろうと思っても朝起きれなかったみたいな、体力がない。
めっちゃ打ち当たりするけど。
ちなみに何をやりたいなっていうのが、あふれだしてるんですか?
なんか、こういう学校跡地みたいなことをやってると、
やっぱりなんかいろんなところに、自分も興味も持つし、話も来るっていうか、
こういうことできませんか?だったりとか、
っていうので、教育関係のこと、今ちょっと教育関係の子どもたちに向けて何かやりたいなっていうのとか、
あとは、大地の再生の土中環境とか、環境を整える活動をもっと広めたいとか、
あとは、政治にももうちょっと興味を持って、村づくりの土台になるようなこととかも、
自分が政治家になるっていうことではないけど、話せるような場所をこういう記事箇所で持てたらいいなと思ったりとか、
などでしたね。
STORYS STAND 喜如嘉小学校の運営と事業展開
森田くんさん?
そうなんです。
ちなみに、あきこさん、ヘッドホンが…
逆?
かなと思いながら。
右と左は合ってます。
合ってます。これでそのまま。
ちょっと聞こえ方。
変わりました。
あきこさん、今、何をされているのかというのを少しご紹介いただいてもよろしいでしょうか。
ここのスタジオがある木序家小学校の運営をしております。
木序家小学校っていうのは、127年の歴史を持つ学校なんですけども、そこが2016年に廃校になって、
ここの施設を借りて運営をする事業者を大義美村が募集していて、それに手を挙げて大義美村から学校を借りて運営を始めたのが2022年なんですけれども、
何をここでやっているかというと、空き教室がたくさんあるので、それをいろんな事業者さんに貸し出ししたりとか、
元々やっていたヤンバルの工芸品を販売するお店を持ってきて、引き続き運営したりとか、
あともう一つ、宿泊施設を作るっていうのも大きな計画の一つだったんですけども、
それが去年の7月25日のジャングリアと同じ日に開業して、どうだったんです。
かぶせてきたんです。向こうがね。
ようやく一年経ったところです。
ありがとうございます。
カフェも。
カフェもです。
同時オープン。
同時ではなかったですよね。
カフェは先にやってました。一階でね。
ちょうど今聞いて思い出したけど、ヤンバルホテル南名寝室と本当に同じタイミングで。
え、カフェ?
いや貴女川小学校が。2022年オープンだから。
あ、南名寝室さん。そっか。
なんか共に歩んできたなと。
本当ですね。
思いました。
オープニングに行ったことを思い出しました。あそこのコミカンの隣のところ。
いや本当に4年前ね。まだまだ全然寂しくて。貴女川小学校も。テナントさんもまばらだったりとかして。
なんかすごい雰囲気変わりましたよね。人が入ってきたり。まぁちょっと出入りもあったりする中ではありますけど。
そうですね。だいぶ賑やかになってきました。
ブナガヤにそそのかされて始まったポッドキャスト
あきこさんのなんていうか、世界観?あきこさんの世界観が少しずつ形になってきたなっていうのは実感。
私はすごいいいなと思ってるんですけど、何か実感ありますか?
自分でやってるとわかんなくて、だいぶ賑やかになってきたねとか1年ぶりぐらいに来た人には言ってもらえるんですけど、
世界観ってどんな風に映るんですか?
でもやっぱり大事にしてますよね。このブナガヤが宿る、そそのかされるっていう物語の世界。この現実と空想の狭間っていうの。
なんかやっぱり私たちもね、ここにいるとそそのかされてポッドキャスト始めちゃったりとかしてるあたり。
めっちゃ嬉しい。そういう風に思ってくれてるとは。
何やってんだろっていつも思ってます。
あきこさんが。
いや私たちも、私たち含めて。
そそのかされてるメンバーがね、ブナガヤに。
なんかさ、そわそわしてさ、何かやらなきゃって気になって。
2つも部屋を借りていただいてありがとうございます。
私はきっかけを作っただけで私が借りてるわけではないんですけど。
でもね、大いに盛り上げていただいて嬉しいです。まさかね、ポッドキャストスタンドができるとは。
ね、私もびっくりした。すごいあれよあれよという間にっていう感じだったよね。
初めはこの、メディアは作ろうっていう話は出てたんですけど、
ウェブメディアの話とか、教育の話も出てたんですけど、
ポッドキャストって初めに、2、3年前にこの話は出てて、
メディアをやろうっていう話は出てて、その時はポッドキャストのポの字も出てなかったので。
ポの字も出てなかった。
そう、こういうふうに動いていくと。
フォアの方に展開していくんだな。
でもそれで、しゅっちゃんがポッドキャストを始めてみたりとか、
いろんな人の人生を聞けるきっかけになったっていうのは面白い。
思いもよらぬ面白さがあるなと思いました。
なんかね、このチャンネルもめっちゃ楽しみですね。
はい、よろしく。
沖縄移住の経緯とヤンバルへの憧れ
あきこさんは、そもそもなんで沖縄に来たんですか?
普通に言うと、夫が陶芸家で、栃木家に住んでたんですよ。
ツインリンクモテギっていう、インディ500だったかなっていう、なんだっけ。
水素かなんかで走るレースが、ホンダのレース場が一番有名なところなんですけど、モテギっていうのは。
そこは陶芸の村で、400人ぐらい陶芸家がいて。
すごいね。そこで切磋琢磨してたんです。
その切磋琢磨、ここでやるのをちょっとなーって思ってた時に、何回か沖縄に旅行に来てて、
それでそのままっていうか、子供たちが小学校に入る前に引っ越したいって思って、
一応期限を設定して、たどり着いたのが高里だったっていう。
結構ディープ。
那覇とかチャタンとか、中南部に来るイメージ。女村とかね。
北部に憧れがあっても、ステップ移住みたいな感じで、とりあえず都市部に住んで、何かきっかけがあれば離島とか北部にステップ、段階を踏んで移住するっていうのが、
割とよく聞くところですけど、いきなり。
もともともっと田舎に住んでたから。
栃木の時に行ったことですか。
そう。隣の家まで100メートル以上あって、一番近い自販機まで車で10分とか。
車で10分、やばいですね。
でも結構今のギャラリーとかお宅があるところって、割と集落からも外れてますよね。
外れてるけど、歩いて10分ぐらいで郷土売店に行けるんですよ。
そうか。
だからそんなに、めっちゃ便利って感じ。そこに比べると。
そこでの栃木での経験が、心のハードルを下げてたっていうところはあるかもしれないですね。
そうですね。それからもうヤンバル山村一択だったですね。
いろいろ回ったけど、離島とかも行ったけど、やっぱりそこも川が流れていて、もっと大きな清流の中川っていう川だったんですけど、
ちょうど家の下が川の蛇行するところだったから、すっごい綺麗な景色。
あれはちょっと捨てがたかった景色だったんですけど、そういう川があって森があるみたいな。
ってなると、ヤンバルしかないなーってなって、ちょっと御苑があって、高里の公民館の前に。
御苑なかなかないですけどね。
でも御苑は結構探したらあったって。
大事ですね。探す。
そうそう。言ってるとなんかたどり着いて。
もともとこっちに捨てがあったとかではなくて、通い詰めて人に聞いたりとかした中で、御苑が生まれたって感じですか?
ハブとの共存と地域での暮らし
何回か聞きはしたんですけど、最終的にはうちの父親の知り合いのお嬢さんで大気味に住んでた人がいて、その人に紹介してもらって、
その人から人捨てに公民館の前の家が空いてるっていう話がきて、っていう感じでした。
ほんとそこからつながるって意外ですね。あこさん東京出身なのに、栃木じゃなくて東京経由で沖縄につながっていくんです。
本当ですよね。でもすごくいい御苑で、その方とがつないでくれてる人たちは今でもお付き合いしてるんですけど、沖縄狭いですね。
そうですね。
川沿いきれいですけど、沖縄だったらカエルがいて、カエルがいるところにはハブがいるから、あんまりおうちが立つってありますけど、最初怖くなかったですか?
ハブとか?
出ます?ハブ。
ここは出るっていうところはあるんですよ。仕事場にも入ってきたこととかもあるけど、出るところがわかってるから、大丈夫だし、前住んでたところもマムシとかはいたし、
家の中にヘビが入ってきたこととかあるんですよ。今の家でもあるけど。夜中トイレに行こうと思って行ったら、そこにヘビがいた。
前の家では、栃木の家では、なんかパソコンやってて、後ろはって振り向いたらヘビがいたとか。
結構、皆さん気軽に入って。
呼んでないけど。
気軽にお邪魔して。
そうなんですよね。
私たちは宿、集落の中でやってるんですけど、やっぱりよく聞かれるんですよ。ヘビ、ハブいますかって。
お客さんに?
はい。
いると思ってきてるから、いるじゃんみたいな。
そりゃいるでしょうね。
いるし、何だったら種類、毒があるヘビなのか、そうでないのかっていうのを、やっぱり教え込まれてるし。
なんていうか、いると思って生きてるから、それが怖いですよ。もちろんハブには近づいていけないし、ちょっかい出さないっていうか。
過剰に反応しないですよね。
さっき言ってくれたみたいに、いる場所にはなるべくこういうハブが出そうな季節には近づかないとか。
草むらに入らないとか。
必ず明かりを。
そうですね。先に発見するっていうか。
なるほどね。
石垣の隙間とかに手を突っ込まないとか。
そういうのが当たり前な感じで育ってるから、いますよっていうのを怖がらせるみたいで良くないなとは思いつつも、いることは事実だからいますよって。
でも交渉被害って本当に、例えば写真家さんが蹴飛ばして、向かってくるのを写真に撮りたいからちょっとちょっかい出したりとか。
捕まえて、にゅるっと出てきたやつにかぷって噛まれたりとか。
あとは畑、一番交渉被害が大きいのは噛まれる。
交渉被害っていうのが。
多いのは畑。やっぱり草刈りしてる時に噛まれるっていうのが。ハブにとってはね。
びっくりだしね。
びっくりだから。
ぴょーんって飛びかかってくるのか。
ぴょーんっていうか、そうですね。
とぐろまいてて、ところに気づかず草刈りが行って、パーンっていう感じかと思うんですけど。
足ですね。
足か。
足噛まれる。
なんか、役場時代にそういう会議とかにも参加してたんで、やっぱり山の中で噛まれるよりも畑なんですよ。
注意すべきなの。
へー。気づかないで。
でっていう。
出会い頭。
なので、居ます。
ハブは居ます。
居ます。
やんばる工芸店の始まりと地域への貢献
あっこさんは、土地議員からここに来て、ヤンバル工芸店をローソンの隣でやられてたじゃないですか、初め。
その工芸店をやるきっかけとかって何かあったんですか?
工芸店は、夫が陶芸をやっていて、イギミティグマっていう大義御村の工芸市を毎年4月にやってるんですね。
大義御村って人口3000人しかいないのに、工芸市をできるぐらいの人数の工芸家さんがなぜか集まっていて、
で、第22回とかだったかな、結構続いてるんですけども、
で、自分は焼き物の出店者として関わったりとかしててもいたし、
お客さんから毎年1回しかいっぺんに買える時がないっていうことをよく言われて、
これはいつでも買える、地元のものがいつでも買えるお店がこの辺にあったらいいんじゃないかって思って始めました。
ローソンの、今駐車場になってますけど、街もポンと決まった感じですか?
いくつかやっぱり場所は探してて、
どれだったっけな?
3つぐらいその時借りれそうな物件があったんだけど、色々迷った末、やっぱりここにしようって決めて、
何だったっけ?忘れちゃった。家賃が高いと思ったんだったか、
やっぱり貸したり貸さなかったりっていうあれだったのかな?ちょっと忘れましたけど、近いしあそこがいいなっていう。
いい場所ですよね、国道沿いで。
あそこは、私の古い記憶では蕎麦屋さんだったんですよね。食堂で、おくま食堂だったかな。
かんじゃんそばじゃん。
かんじゃんそばか。その前、小さい頃から蕎麦屋だったんですよ。
本当に覚えてるのが、座敷みたいなところがあって、おばあがもやしちくってるっていう。
一個一個ひげとってる姿が、食堂の中であって、その横でそば食べてるみたいな。
すごいでも、ファンのお客さんがいて、地域の食堂として。だからあそこは結構商売が成り立つっていうか、
いつ、ローソンもね、すごい人気ですけど。
ローソンの前からあったのかな?
あの敷地に食堂があって、ローソンができて、蕎麦屋さんが工芸店の前にあった。以前は蕎麦屋さんでしたよね。
そう、クリーチャーの蕎麦屋だった。
工芸店になって、今は駐車場になってるっていう。あれ全部食堂だった気がする。
ローソンができる前は。
結構広い。
広い。
奥間食堂。
だったかな?ちょっと間違ってたら教えてください。
それは初めて聞いた。くんちゃん蕎麦が、1回代が変わったのは、なんとなく後悔した。
そうですね。うちのおばちゃんもバイトしてました。
結構ね、4,5年たってからもね、蕎麦くださいって。
あれ?蕎麦は?みたいな。
だからすごくね、ファンが多かったんだなと。
いい場所だった。
いい場所だったよね、あそこ。
なんか前にいつみとも話したけど、土地によっては、なんか続かない土地ってあるじゃないですか。
喜如嘉小学校跡地での挑戦と地域性
あるよね。
続くというか、なんかね、人が出入りしやすいというか、いい気の持った場所に1号店というか、初めのやっぱり来てるというか。
そういう意味で言うと、この基助科省とか、私たちも集落の中で授業してますけど、もともと商売をやってない、本当にゼロ。
何も、その商売系も何もないっていう。
小学校ですかね。
ここでやるっていうことが、すごい勇気っていうか、勇気でしかないじゃないですか。
だって何のマーケティングとかも機能しないっていうか、やったことないし。
近隣でそういう類似な事例があるわけでもないし、どうなるのか予想もつかないっていうところで、なんか思い切ってビジネスを起こすって。
どうかしてますよね。
どうかしてますね。
そそのかされた。
でもそれこそ、もう何百回と聞かれてるかもしれないですけど、ここで基助科省をやろうって、あこさんが手を挙げたっていうのは、どういう思いというか。
やっぱり私、東京出身なんで、ここめちゃくちゃ環境がいいじゃないですか。
ほんと毎日、長男が1年生、延べ8年か9年ぐらい、毎日のように送り迎えとかでここに来るんですけど、
ほんといい場所だなっていつも思ってて、桜も咲くし、果物もなるし。
奥の桜。
桜をこの校舎を取り囲んでいて、官王会っていうイベントがあったんですよ。
それは子どもたちが俳句と短歌と詩を応募して、父兄たちもそれを応募できるんですよ。
で、有識者。要は基助科に住んでいる元教員の方たちとかが、それを協議して賞を選ぶっていうのをやって、
その官王会の時にそれを張り出して、みんなで公表するみたいな。
そんなイベントを。
文化的だね。
で、張り切って毎年出す人とかいるんですよ。
素敵。さすが。
そうなんだ。
かなりレベル高くて、良い子だなと思って、自分も張り切ってやったけど、全然立ち打ちできない。
流感ではなく俳句なんですね。
普通の日本の学校教育みたいな。
教員の方たちが審査しているっていうのもあるのか、ちょっとその経緯はわからないんですけど。
今私たちも基助科に住んでるんですけど、この前、基助科の区長と集まりの時に、基助科の区長が言ってたんですけど、
ジャナグスクは文化の集落で、基助科は政治の集落って昔から言われてたって言ってて、
政治、やっぱりここから革新派っていうか、古い習慣をどんどん変えていこうみたいなものが起こった。
何か聞いたことあります?
社会党とか共産党とかは基助科から。
いますよね、共産。
そうですね。
山城善孝さんが社代党を作った人。
そういう感じだった。
そうなんだ。
結構そういう政治的な話はよく耳にするし、すごい関心度も高いし。
今でもね。
確かに。
議員さん何人いるんだろうって感じ。
本当そうですよね。
やっぱ大気味の政治的なカラーを作っているのも、基助科発信っていうかね。
なるほど。
こう言ったら他の集落の人がいや違うって言うかもしれないんですけど、そういうキーになる人がやっぱり基助科にはいるなっていうのを済んでて実感しますね。
確かに。
それこそあこさんがさっきやりたいことの中に政治的なこととかっていう話をしてたじゃないですか。政治的っていうか暮らしのこと。
モアイ活動と集落のコミュニティ
私もわりといつ見とは違う接点の中で、あこさんとこういうことやりたいねみたいな話をする中に、暮らしのことをもっとどうできるかなとか、子供のこととかっていう話をしてたので。
ちょっと嬉しかった。変な意味じゃなくて、基助科がそういう場所で人々の暮らし、政治って暮らしだと思うんで、そういうことをこう密接な地域なんだなっていうのは、へーって思ったね。
嬉しい気持ち。
一方で伝統文化も息づく集落でもあるから、本当に見どころがある場所だなと思いますね。
ものづくりもそうだし、場所譜とかね。
やっぱりこう、今基助科小学校って半分ぐらい移住してきた方で、ものづくりに関わっている方が中心になっていると思うんですけど、やっぱりもう一個のコミュニティですよね、ここが。
基助科小。
モアイもやってるしね。
月に1回のモアイ。
ね、月に1回のモアイ。
私たちも入ってますけど、毎月楽しみです。
なんか、こんなモアイのメンバーがそれぞれ授業を持っててから、毎月志向を凝らしたおもてなしがあって。
すごいよね。
すごいよね。
この前のタイダさんファミリー。
スマイルフォトね。
スマイルフォトのタイダさんファミリーは、ファミリーデイっていう位置づけで、子どもたちもみんな参加できるような感じで、基助科小学校はないんでね、宝探ししたり。
宝探しのシナリオ作ってね。
そこまでやるかって思ってびっくりしちゃった。
大人がね、ちょっと飲み食いしてワーワーしてる間、あれ、子どもいないなって思ってたら、エリカさんが子どもたちを連れて冒険の旅へ出てたっていうシナリオを片手に。
娘が、ここでこれやったよって後で教えてくれて。
すごいな、私できない。
常に100%全力投球してくれる夫婦。
ちょっとハードで上がりましたよね。
いつみたちの時も楽しかったよね。
南米新室のヘドミソキ、ヘド。
そうですね。ヤンバルホテル南米新室のリニューアルオープンしたところで、たき火しながら語り合いましたね。
やっぱり私たちも、モアイメンバーに集落案内をできたのはすごい良かったなって。
集落の解像度が上がったって言ってくれたのは嬉しかったです。
お泊まりしてね、それがないと多分、やっぱり行ってないと思うから、ご招待いただいて貴重な機会でした。
またやりましょう。
15人、17人ぐらいいるもんね、モアイメンバーは。
もう終盤に差し掛かってるのかな。
そうですかね。
まだですよ。だって17人ぐらい。
そっか、中盤ぐらい。
来月もね、面白そうなスポキネ。
東村のスポーツ記念館のいつかさんのやつもね。
前々回のたかこさんのモアイの時は、たかこさんが監督した映画をみんなで見て、すごい面白かったし、その後語り合えたのも楽しかったですね。
感想を作った人とコミュニケーションで。
絵本も読んでくれて、どれもめっちゃ質が高くて、大満足だった。本当に楽しかった。
なんかこの、私が知ってるオーソドックスなモアイではないんだけど、なんかニューカルチャーになってるよね、このモアイが。
みんな自分の持ち手を、毎回親が企画して、自分のできるところをやるって。
それもニューカルチャーなの?
親モアイもちろんやってますけど、旅行とかですね。うちの親は旅行の積み立てしてアメリカ行ったりとか。
同級生モアイでしょ?
そうそう。バノ・ヴィントンの部活のモアイが、今何十年やってるんだろう。母も一緒にそのモアイに参加して、毎月。
お父さんのモアイだけど、お母さんも一緒に?
そうです。初めはグループだったんですけど、結婚して、子供ができてって言ったら、そのモアイメンバー、配偶者さんとかがコミットしたりとか。
私もだからそのモアイに、子供の時一緒に行ったりとか、モアイメンバーと一緒に、父のモアイメンバーと一緒に旅行に行ったり。
県外じゃないけど、県内のホテルとかに一緒にお泊まり行ったり、川遊び行ったりとかっていう、家族ぐるみのモアイ。
だからああいうイメージです、モアイって。
県外の近しい人たちが集まって、飲んだりしながら、たまにお金貯めてって、どっかでぽんって行くみたいな。
イメージ、でも、あ、そうね、この前買ったモアイの本。
これめっちゃ面白そう。
見えない見えない。
また読んでない。
沖縄のモアイ大研究っていうので。
2人モアイとかね、100人モアイとかこっちに書いてあるから、ボランティアモアイとか、なんかすごいモアイいろいろあるんだなっていう。
さっきパラパラ見たけど、内田で言うと異業種化モアイに入るのかなって思ってて。
確かに自分たちの仕事っていうのをお互い見せながら、新しいシナジーを生んでいくっていうのはすごい面白いなと思いつつ。
一方で家族ぐるみの付き合いもでき始めてるっていうのも面白い。
それはちょっと地域モアイみたいなところもあるし、そこは面白いなと思う。
多様な人々が集まる場の創造
結構なんか、前回しゅっちゃんが来てくれたときに、基準化症は半分移住して来てくれてる人、半分地元の人っていう中で、みんながあんまりよそ者扱いしないっていうか、
あんまり境目がなくてみんなで仲良くするっていう感じで、こういうモアイも沖縄出身の人とか地域の出身の人もそうだし、
県外から来てここに移り住んでる人たちが緩やかに混じり合うみたいなのは、すごい基準化症の特色っていうか、いい雰囲気だなっていうのをすごく感じましたね。
なんかね、そういう自分が何か目指してるものが運営者としてあるとしたら、ちょっとその辺はなんかあって、
大学時代だったかな?高校は私立に行ってて、エスカレーターで大学に行ったんだけども、それから社会人になったんだけど、
特に私立の高校だったりすると、バックグラウンドがみんな似てるんだよね。
大学に行くと、ちょっとそれが狭まりはするんだけど、そのバックグラウンドが同じっていうのが、あんまり面白くないって思って。
居心地はいいけど、すごく世界が狭いじゃない。
で、それを今思い出したけど、社会人になってからもバーベキューを突然思い立ってやった時があって、
その時も会社の人とかだけじゃなくて、大学の友達だけじゃなくて、いろんな人がわーって来たんだよね。
それがすごい面白いなと思って、そういうの昔から好きかもしれないです。
混ざり合う感じが。
こっちに来た時は、地域っていうのは、選んでみんな住んでるわけじゃないじゃないですか。
学校とかは選んでいく側面があるかもしれないんだけど、地域はそうじゃないから、結構いろんな立場の人がいるなって思って、面白いなと思ったけど、
地域性みたいなすごく強いものもあるから、それはそれで一つの小さな狭い世界でもあるから、
でも自分はそこにいいとこどりができるよそ者っていうポジションで入って、
この小さい狭い世界が、何かいいところもあるけど困ったこともある場合に、
自分は人から何か言われても、別に耳に入ってこないポジションにいるから、ちょっとかき混ぜたり、壁を通す役割ができるのかなみたいなのはあるんですけど、
オープンではありたいけど、でも施設を運営する立場として、入れないものは入れないっていうのもあるんですよ。
そこら辺をどう舵取りみたいなのはありますね。単に私の好みなのか、自問することもあるんですけど。
でも大事、好みってちょっとあれですけど、それが今融合して、いつみが言ってた、はじめに言ってた、あっこさんらしい場が生まれてるっていうのは、
山上あき子だから作れてる場所なのかなっていうのはすごく感じるよね。
いつみとの出会いと関係性
ちなみにいつみとの出会いっていうか、私より長いからね。
もちろん工芸店で会議をしてるっていうのは知ってて、役場の職員の時にも何度か買い物に行ったりとかしてて、お客さんとして、存在は知ってました。
初めて言葉を交わしたのが友達の結婚式だった気がする。
あ、そうか。
高校の同級生の結婚式で、私は高校の同級生だから普通じゃん。
世代的にね。
あっこさんいるわけ。
友達にも前から言われてて、すごいヤンバルに面白い人がいて、絶対気が合うと思うから会ってほしいって言われてたんだよね。
私知ってるし、でもなんかその時はちょっとあき子さんのイメージってマダムな感じがして、
今もマダムなんだけど。
今もマダムなんだけど。
なんかちょっと怖いではないけど、なんか近寄りがたいみたいな勝手に思い込んでて、その結婚式で、はじめましてみたいな認識してもらったかなって思う。
そのマダムって近寄りがたくて怖いって思われるのやばいよね。
いやいやいや。
話が。
いやいや、なんかこれはもう私側の問題ですね。
いやでもなんかそう、怖いないちゃーとか思われてるっていうなんか自覚はあって、ちょっと今話そらしちゃったけど。
自覚あるの?
あるの。
そういう反応されてたから。
でも怖くないないちゃーとかもいるじゃん、なんかスッとこう入れる人。
シュッちゃんみたいな。
そうそうそう、ああいうさ、容量がいいやつとかいるけど。
ちょっとはっきり物を言う人ってそういうイメージあるのかな。
確かに、うちらはびっくりするかもしれない。だからアブラートな人が多いじゃないですか。
ああそうか、はっきり言わない。
はっきり言いそうな雰囲気があるってことでしょ。
雰囲気がある。
雰囲気がある。
確かに。はっきり言ってるわけではないですから。言いそうな雰囲気。
それかもし出さないようにしないとなとか今思ったんだけど。
私もだからいつみさんのことは聞いてて、あの時にそういえばそうでしたね。
今にはもうあんまり会わなくなっちゃったけど。
確かに。
引っ越しちゃったから。
そうですね。
子育て期を経て社会との再接続
読書会で出会ったんでしたっけ、私の同級生と。
そもそもなんかいろいろ自分でやってなかったんですよね、ずっと。
子供が子育てしてるの理由に、何だろうな、何もやってなくてなんとなく力を持て余してて、
あんまり充実してない時代が子育ての時代だったとか言って。
あんまり上手にできないから、これはこれみたいな、これやりながらこれみたいなのもできなかったし、なんかきっかけもなくて。
で、なんかもんもんとしてて、でもなんか子供生まれちゃったし、沖縄に来て。
そろそろって思ったら生まれて、またそろそろって思ったらまた生まれてみたいな感じで。
嫁お子さんがいらっしゃいましたね。
そうなんですよ。で、3人目の時は沖縄で産んでみたいなって思ったんだけど、
4人目の時は正直、なんかちょっとダークサイドにいきそうになった。
もうね、っていうのを経てで、そろそろっていう時に、何だっけな、
だからもうずっと外の社会と触れてなかったから、社会と触れるっていうのがどういうことかっていうのがわかんなくなってて、
新しい友達とかもなんか、子供関連の知り合いとかしかいなかったから、
で、なんかすごく久しぶりになんか自分でやってみようと思って、
人発行フル本市っていうのが、那覇で毎年恒例でやってる。
はい、はい。
っていうのに、平山夫妻さんっていう場所を作ってみた。
彼女が本好きで、で、それに出したっていうのを聞いてて、
あ、私も出してみたいなって思って、なんかちょうどタイミング良かったから出してみたんです。
そしたらなんかヤンバルの人はヤンバルの人でまとめられてて、で、そこにいたの、彼女は。
で、もう1人その時、名護支社に勤めてた、新聞の会社に勤めている人。
で、今、ヤマブックスの棚主もやっている人も一緒で、
で、読書会やらないみたいな話になって、
で、名護と、まあその町周りで、ヤンバルの人たちで読書会を始めたんですけど、
なんかそれが、そう私の久しぶりの社会との接点だったんですよ。
へー。
それで、なんかほんとそれがきっかけで、いろいろなんかちょっと文章も書いてみようかなとか、
なんか主催するみたいなそういうのも楽しさとかも覚えて、
それがきっかけでいろいろやりたい人になったって感じ。
へーすごい。
なので彼女はめっちゃすごいきっかけの人。
しかもその時40何歳で、平成生まれの、平成生まれ。
ギリギリ昭和なんですよ私たち。
あーそっかそっか。
風間に。
風間。
あ、そっかそっか。
そうだね。
まあでも、そのぐらいの20代の友達ができたっていうのもめっちゃ嬉しくて、
だから私が40代半ばぐらいだったかな。
で、その新聞社の人は30代で、彼女は20代。
あーすごい、世代がね。
そうそうそうそう。
もうバックグラウンドも本っていうのだけでつながったっていうのも、すごい自分としては気に入っていた。
新鮮な出会いだったわけです。
そうなんです。
人生に影響を与えた一冊『百年の孤独』
本好きなイメージすごいあります、あこさんって。
うん、その、ねー最近読めてない、眠すぎて読めてないけど、結構昔は好きでした。
なんかちょうど本の話になったので、
今日、えっと、あこさんの人生に影響を与えた本作品っていうのをちょっとお聞きしたいなと思ってるんですけど、
お聞きしていいですか。
はい。
こんなのもいちいち音入るように。
大丈夫?
大丈夫です。
それも、なんか楽しんで。
人生に影響を与えた本。
これは、ガルシア・マルケスの100年の孤独っていう本があるんですけど、それです。
私、事前に実はあこさんに簡単なアンケートをお送りして帰ってきた時に、
え、なにこれ超難しそうと思って、ちょっと調べて、なんかやっぱ難しそうと思って閉じたんですよ。
閉じつこうみたいな感じで。
そしたらいつみに、ねー知ってる?って言ったら、知ってるって言って。
タイトルとね、作家さんぐらいは聞いたことあるっていうだけで、
あとでも、この孤独っていうのから一番遠い人だと思ってたから、
このタイトルでもすごいなんかびっくりしたっていうか、だって子供4人もいて、
で、いつも喜塚賞のみんなに囲まれて、
なんていうか話の中の中心にいる人だから、
なんかこの本をチョイスするっていうのがびっくりしました。
内容どんな本なのかとか。
あのね、すごい長い本なんですけど、
マコンドっていう架空のラテンアメリカの地方の村をそこに移ってきて開拓する一家の話なんですよ。
で、その一家の100年の話で、
で、その開拓してからいろんなことが起きましたっていうことを淡々と書いてるんですよね。
で、なんか起承転結があるわけじゃなくて、
こんなことがあって、あんなことがあって、こんなことがあって、みたいなことをずっと書いてるんだけども、
なんかね、コセ・アルカディオ・ブエンディアっていう人が、
お父さん、それを開拓してきたお父さんで、
で、その人が途中でなんか追いぼれて、庭の木にずっとつながれているわけ。
どうして?認知症みたいな感じですか?
うるさいからとかそう、ただつながれて、雨が降っても風が吹っても、
何年経ってもずっとそこにいるの、みたいな感じ。
途中でだから、多分なんか亡霊なのか、生きてるのか分かんなくなってたりとか、
で、なんか次男の弱々しかった人が、なんかどっかに出てったと思ったら、なんかめっちゃ好戦的な大佐になって帰ってきたりとか、
あとなんか、土を食べる女の人とか、
あの、すごく絶世の美女だけど口が聞けなくて、男の人がいっぱい寄ってくるけど、
最後になんかご飯食べながら、シーツかなんかが上から降ってきて、天国に行っちゃったりとか、
あとなんか、蝶々が常になんかひらひら待っている、周りを待っている男の人が出てきたりとか、
あとなんか、チョコレートを飲んで空を飛べる神父さんとか、
神父さんっていうのは、なんか新しい文化として入ってきたのかな?
あと空を飛ぶ絨毯を持ってきた、なんか発明家とか。
え、ファンタジーですか?
えっとね、一応なんか、マジックリアリズムっていうジャンルらしくて、
初めて聞くジャンルかもしれない。
そうね、すごい、魔法っていうか、なんていうの、おとぎ話みたいな、なんていうのかな、
だけどすごくリアリティがあるわね、これをずっと読んでると。
で、結構ラテンアメリカだからなのかもしれないけど、
割となんか、性的なところとかも出てきて、
何せなんか、性欲とか物欲とか食欲とか、そういうのにみんな忠実に生きている。
だから、はちゃめちゃなんだけど、人間ってそうだよね、みたいな感じの話で、
でもなんかずっと、私はコンクリートに囲まれたOL時代をやっていたから、
そことめちゃくちゃ対極にあって、
で、この不思議なことが起こり続けるっていう話にどっぷり使ってると、
不思議なことが起きている世界が普通の世界、
で、このコンクリートの世界が、実はなんかググアみたいな、
偽物の世界がこっち、みたいな気持ちにさせられる本で、
それでなんかちょっと、人生の見方が、世界の見方が変わったと思うんですよ。
で、なんかそういう空気を、ヤンバルの森の中とかではめちゃくちゃ感じるんですよ。
それで、だから私はこの本のおかげでというか、ヤンバルに住んでるって思ってたんです。
すごい。
なんか全然想像してたのと違う。
なんか100年の孤独って言うからさ、すごい寂しい本かと思ってました。
何をもって孤独って言ってるのかっていうのも投げかけられてるのかなと思うんですけど、
もしかするとずっとこの人が出入りしてるけど、繋がれてるおじいちゃんが感じてるのかもしれないし、
このすごく強くなって帰ってきた、あの次男。
もう結局なんかいっぱい人殺すけど、何も興味が残ったみたいな話だったのか。
ちょっとそこら辺はよくわかんなかったけど、
基本みんな好き勝手やってるけど、人間って孤独ですよね、みたいなことなのかなとか。
なんか実は、ネットフリックスで配信が決まったっぽくて。
やったんじゃない?
やってるんですかね。やってるのかな?
たまたま見つけて、ネットフリックスにもあるんだったら、わりと有名な本だった。
ノーベル賞かな?文学賞何年か。ずいぶん前だけど。
ネットフリックスのやつも、もう2、3年前じゃないかな。
じゃあ、前ですね。
でも、ちょっと見たけど、なかなか表現、再現は難しいんじゃないかな。見てみてもいいと思うんだけど。
本自体も、スノー君によると、ヤマブックスのスノーさんによると、流行ったらしい。1年前ぐらいに。
ヤマブックスでというわけではなくて、世間的に文庫本が出たからだったかな。
なんかちょっとフィーバーした時があった。
そうなんですね。全く知らず、なんだろうって思って、恥ずかしい感じですけど。
ぜひ読んでみてください。
聞いてください。
誰もうんとは言わない。
そうなんですね。
あっこさんって、大学では文学とか学んでたんですか?
高年期とプロテイン、そして憧れの存在
違います。法学部。恥ずかしくて、恥ずかしすぎる。
本のイメージがすごくあって、一時期ヤマブックスでも棚主、私もやってたんですけど、棚主された。
今はやってる。ただ放置してるだけ。
秋子の部屋だった。
秋子の部屋。
この説明書きを直して、なんかちょっと面白くしようって思って、2ヶ月ぐらいいたんですよ。
眠くてね。
さっき、このポトキャストの修読が始まる前に、実は私に疑心してるんですけど、なんだったっけ、あっこさんが妊婦だし、高年期だしっていうのを言い訳に生きてるっていう話をしてて、
なんか、このもんどころが目に入らぬかじゃないけど、高年期なんだからいいでしょっていう予想で使おうと思って。
使えるときに使いましょうよ。
うちらは同時に来るから、高年期が。
私も来てると思う。
あっこさんに相談したの。たぶん、年末とかな、去年の。
そういえばそうだった。
来てると思うんですよとか言ったら、プロテイン。
そうだった。
すごい、その宗教が流行った時があったよね。
プロテインを。
これがいいっていうプロテインを。
私も腰痛がって言ったらプロテイン。
プロテインもらったしね。
あっこさんが。
買ったよね、新しく。
あの後買ったね。
買って、プロテインやってます。
聞いた。
聞いてる?
私はね、正直、飲んだりとかなく。
私。
そうなんですけど、聞いてるかわかんないね。
気休め。
まだ真剣に、その宗教に加入できておらずで。
向き合ってみようっては思ってない。
まだそこまで困ってないんじゃない?
なんか、プロテイン飲んだら太るかもみたいなのを読んで躊躇してるんだよね。
動かなかったら、あんま良くないんじゃない?みたいなのって言われて。
読んだのかな?
そうなのかなって。
去年から10キロぐらい太って急に。
やばーと思って。
ちょっと躊躇してます。
それを高年期のせいにしてるよ。
高年期だから、年齢的なものがあるかしらと思いながら。
でも、あっこさんって、話だいぶずれるんですけど、私といつみの憧れなんだよね。
面と向かって言うと恥ずかしい。
言われる方も恥ずかしいんだけど。
すごい憧れがあって。
前に、年齢の話なんですけど、あっこさん55歳、年齢言ってもいいですか?
言ったよね。
言っちゃった。
おめでとうございます。
なった時に、もうゴーゴーだよねみたいな話をいつみとしてたのを覚えてます。
え、なんだったっけ?
55歳の誕生日の時に、いいっすねあっこさんゴーゴーですねって言った。
っていうことでしょ?私がたぶんそういうこと言って。
ブレーキも踏まないのゴーゴーってやばくない?みたいな話をしてて、眠たいって言ってるんだけど、
私から見たら本当にいろんなことを、ブレーキを踏んでるかもしれないけどゴーゴーやってる感じがあって、
前回いつみとのポッドキャストを撮った時にも、ここに50代があんまりいないっていう話もして、
でもその中で、戦闘に立ってというか、いろいろやってる50代ってめちゃめちゃかっこいいし、
50代っていうことを抜きにしても、あきこさんのマダムっていつみ言ってたけど、しなやかさとか、
あとはしっかりしてるんだけど、すごいお茶目なところがあって。
そう、なんか軽やかなんだよね。
なんかすごい、それ私にないなと思って。
いや私さ、なんか威厳のあるおばさんになっていきそうで。
いきそう。
でしょ?なんかもっと怖いと思う。
しかもなんかちょっと普通にパワハラしてる。
マジで気をつけなきゃって思うけど。
あきこさんちゃんとてへみたいなところがあって、
お茶目だよね。
可愛らしいなと思う。
威圧感がないんだよね。付き合いやすくって。
最初は入り口はマダムだって話しかけにくいマダムだったけど。
家族との事業運営の難しさ
知ってしまえば。
しかも若い子たちともね、なんかそんなに隔たりなく自然に、20代の子とかもそれこそ一緒に企画したりとか。
そうだね。長男くんも守護できで。
もう事業もサポートしてて。
家族でやっぱり事業するって結構、うちもそうなんですけど、結構難しいところもあるじゃないですか。
最初ゆかさんと事業やってた時もあったんですけど、今一周回ってここで合流してますけど。
そうだね。
やっぱりうまくいかなくて。
もうちょっとやってられないわって言ってゆかさんが退職した時もあったから。
近すぎるとね、なんか難しいなと思ったりして。
なんかね、史上が入るから。
史上が入ります。
すごく難しい。
家でもね、なんかやっぱそういう話になっちゃったりとか。
ああそうか。
普通の上司とかには言わないことを言っちゃうみたいなこととかもあったりして。
なかなかね。
メリハリが仕事と。
そうだよね。いや、そうですよ。
どう折り合いをつけてるんですか?特に息子くんと。
これちょっと聞いてて。
そうね、折り合いはつけてない別に。
でもどうしようとか、どうしてくれようとかよく思ったりもする。
してくれようって思ったりもする。
でもそれがその、史上によるものかとか、なんか分析とかもして、
じゃあこれはこうだからとかって、ぱぱぱぱこうね。
なんか経営者として、いろんな働いてくれてる人たちのいろいろについては、そういう風に分類するべきと思ってるけど、なかなかできないね家族だと。
そうですよね。
ほんとそう。
私、姉と一緒に会社を経営してるから、
そうよね。
全然話できないですよ。
そうか。
全然相談なんてできない。
多分お互いにそう。
そうか。もうそういうものっていう感じでやってる。
そういうもの、なんかもうそれはあんたがやってよみたいな。
なるほどね。
感じで。
感情的な感情。
だからまあ認めるね、すごいちゃんとやってくれてるなとか、仕事をぱぱぱぱってやってくれてるなとか、
そういうすごくありがたいなって思ってる部分はあるけど、
ありつつ、その史上の部分で普通以上にカーッとなっちゃうんだよね。
あるあるですね。
そういうところで、あっこさんと私のビジネスってすごい近いところにあるじゃないですか。
宿やってるとか、ツアーもやってるし、
まあちょっとベースがどこにあるかっていうのがちょっと違うだけで、
この集落の中で思いを持って、ある意味ちょっと社会的なことも、ことがベースにあるっていう、
すごい神話性があるし、家族を巻き込めながらやってるっていうのもあるし、
私はたぶんあきこさんへの憧れてる、たぶん10年後の自分を見てるのかもしれない。
ビジネスに関してはね、私の方がもう後輩だし、
いやいや。
いつみさんから学ぶ出来事がたくさんあるので、
こちらこそです。
そんなあれです。
絵本制作と次世代への継承
なんかこう、しゅっちゃんとポッドキャストやるときに、何日か前からこれ話そうとかって思って、
この集落に臨んだんですけど、あっこさんとは結構話してるから、
ここであえて話したいことっていうのが全然思い浮かばなくて。
そうですね。この間もね、楽しくあっちでね、話せたから。
そうですね。
でもこっち、聞いてる人はこっちが初めての人多いからね。
そうだよ、そうだよ。
ぜひなんか。
なんかありますか?
なんかありますか?
でもなんか、あっこさんの人隣は一通り喋れたんじゃないかな。
なんかかいつまんで聞いてるけど。
そうだね。
ちなみにそう、今忙しい忙しいって、だけど眠たいっていう中で、
でもここだけはちょっとやっぱり、やらなきゃじゃなくてやっていきたいなみたいな。
なんかあります?
今この瞬間に、これ人生の何ページのところで言おうかなと思ってたんだけど。
じゃあそのまま。
そこに行っていい?
この一冊の楽さんの人生が一冊の本だったとしたら、今この本の何ページ目になると思いますか?
7ページ目。
でも10ページ中みたいな。
聞いてたのかなっていう方ぐらい。
え?一緒?
出版が8ページ目だったんだよね。
10ページ中の8ページって言ってて。
フリーペーパーとかジンとか。
ジンみたいな感じで。
揃えてきたのかなっていうぐらい。
ちょっとあまりにもいろいろ一緒にやりすぎて、同じ犬同士だから。
何考えてるのかとか、感覚的なところはお互いわかるっていうか、同じだなって思うところがすごく多いので、すっごいやりやすいんですけど、シュッちゃんとは。
そこまで一緒じゃなくていいよねみたいな。
え?8ページ目なの?10ページ目。
でもあこさんも10ページ目の7ページ。
だって私の方が。
シュシュちゃんは2冊目出るかもねとも言ってましたね。
私はもう終わり、閉じることとかも考えないといけない年齢だから、そういう意味でもう真ん中は過ぎてて、
でもまだ動けるから、どうやって渡すかみたいな。渡すためのことをやらないといけないっていうふうには思ってるんですけど、
今ちょっと頑張ってるのが絵本作りなんですよ。
で、このブナガヤのシュッちゃんが作ってくれたいろんなキャラクターの絵本を作って、
木序課小学校の歴史だったり文化だったりを、それこそファンタジーみたいなポップなやり方で残したいっていうのがあって、やってるんですけど、
さっきね、百年の孤独っていう本があまりにも好きすぎて、成功読っていう沖縄タイムズの読書欄みたいなのがあって、そこを1回書いたことがあるんですよ。
それを読み返して今日来たんですけど、自分っていうのもなんだけど、めちゃくちゃいい文章だなって思ったんですよ。
すっごいそれ、力が入って、エネルギー注いで、一行一行、手に大葉まで全部すごく、点の打ち方とか、点はここでは入れないような、わざと長い文章にして、
ガルシア・マルケスとか、別の中上賢治っていう作家さんがいるんですけど、その人の文体もちょっと読みにくい感じなんですよ。わざと。
たぶんね。でもそういうのが好きで、ちょっとそれを意識して書いてみたりとか、めっちゃ気合い入ってるな、この文章って思って読んだんですけど、
なんか、絵本を買ってが違って、すっごい苦労して、なんか子供にもわかりやすくとか、病患で読ませるとか、大人にはこれを伝えたいけど子供にはこれをわかってほしいとか、
もう、なんていうのかな、とにかくすごい。で、残すとか思うと、新聞のコラムじゃなくて、これを形に残すって思うと、すごいプレッシャーっていうか、これでいいんだろうかって常に思って、ぐらぐらぐらぐら揺れている段階です。
動画制作とブナガヤの物語
タイトルとか決まってるんですか?
学校とぶながやとか、学校のぶながや、ぶながやと学校、みたいな感じ。
じゃあ、この小学校とぶながやのつながりを感じられるようなタイトルにする感じですか?
楽しみだね。
動画、最近制作してましたけど。
そうでした。透明な声のゆかさんがナレーションしてくれて。
あれもすごい評判良かったです。
本当ですか?その動画の説明も、じゃあ良かったら。
はい。これは、学校が廃校だった時から、私たちが教室に入ったっていうところまでの物語を、本当のことと、ちょっと偶和的な要素を織り混ぜて書いた話で、きのぼりトカゲの視点で書いてるんですけども、
それを絵本作りとか、キャラクターを動かすっていうことをやるのに、それを動画にしようかって言って、
この間のある4周年の感謝祭の前夜祭っていうのを、クラファンをしてくれた人たち対象にやった時に発表するっていうことで、ゆかさんにナレーションをお願いしました。
このスタジオで撮らせていただいて、1回こうNGで、私緊張しちゃって、すごい噛んだりとか、漢字が読めなかったりとかして、違うと思うよとか優しく教えていただいて、恥ずかしいと思いながら、すごく貴重な体験を私もさせていただいて。
YouTubeとかで見れますよね。
YouTubeで見れます。すみません、何回も撮り直しお願いしちゃって。
いいいいい、楽しい。トカゲも彼ですかね。
そうです。
映ってる。キノコリトカゲの物語で。
ゆかさんの声がね、とってもいい。
ありがとうございます。
不思議な出来事と精霊の存在
声のお仕事お待ちしてます。
急に。
今の話の中であっこさんに聞こうと思ってたことがあったのに、忘れちゃったから、おしゃべりしてる間に思い出してきて。
雑。
何だったかな。
何ですか。
何かちょっといい、しゃべっていい?
動画の中に出てくる、セーラー服の虫取り網を持った女の子っていうのがいるじゃないですか。
この界隈に、でも本当にそれ本当の話なんですよ。
ここに、あそこのトイレの中庭に抜けるところあるじゃないですか。
ここに一人の男の電気工事の人が立ってて、ここに二人の人が立ってて、なんかしゃべってるときにこっちをスーって通ったんだって。
二人見てるわけ。
すごい。
で、上になんか家あるんですかって言うから、ないけどって言ったら、いやと思ってて。
でもさ、セーラー服の人がさ、虫取り網持ってるってのもおかしいじゃん。
不思議ですよね。
で、聞いたら昔は家があったらしいのね。
あの裏山、サーナの裏山の方から。
で、通過黒になってて、なんとかさんっていう人があったかっていう。
沙田区長さんも知ってるけど。
で、だからまあそれ出るのかなって話してて。
したら、このブラガヤの絵本を作ってるときになんか、これ本当にブラガヤにこう私たちリスペクトが足りてないんじゃないかみたいな、こうわーってなったときがちょっとあって。
それで、ちねんさんにお願いして、ちょっとブラガヤ。
カミングアーの、ちょっとスピリチュアな能力を持ってる方に。
そうそうそう。
に、私たちのこのやり方でいいんですかみたいなのをちょっと見てもらったりとかしたら、
精霊っていうのは呪ったり恨んだりするような存在じゃなくって、
すごい軽いポワンポワンっていう存在だから、そういうのは心配しなくていいけど、
私たちが心配してるようなことはないけど、
この人間みたいな扱いをするのは違うよね。
擬人化みたいな。
そうそうそう。
そういう人間じゃないから、そこはちゃんとしてほしい、ちゃんとした方がいいかもねっていうような形で、
でもそのときにわーってなってるときに、
一回、前の三徳の教室あったじゃない?
あそこのドアがちょっと開いてて、
なんか黒板に書いてるなーと思って、中に入ったら、
金玉小学校って書いてあったんですよ。
で、擬人化の字は間違ってて、
で、その位置的にもね、子供が書くにはちょっと高いぐらいの、大人がちょうど書くぐらいの位置だねって言われて、
で、それを高田と梅田の人に見せたら、
これは、がきゃ先生だって言ったんだけど、
後から漢字が違うってことが分かったんだけど、
だけどもしかすると、誰かはね、
でも一個だけ漢字が違うだけなんだよね。
で、その先生は中学の先生であったんだけど、
そのときはここに中学があって、
で、その売店の人の恩師だったんだって。
すごく優しい先生。
結構高齢ですね。
そう、今70、80ぐらいかな。
で、とっても優しい先生だったとかって言うんだけども、
そのときは、その中学はセーラー服だった。
だからなんか時空があそこ歪んでるのかもって。
なんかあれか、それで思い出したんですけど、
あっこさんにも写真送ったと思うけど、
そこのお部屋を借りてたときに、
ちょっと内装工事というか、ちょっと中を整えるっていうときに、
ここのおばあちゃんが木塚出身の子がうちのスタッフでいて、
その子がこんな感じでいいですか、作業終わりましたみたいな、
報告写真を撮って送ってくれたんだけど、
その赤い玉がめちゃくちゃ写り込んでて、
全然わかんないわけ。
なんていうの、ビフォーアフターって撮ってくれてたのに、
何を何したぐらいこの赤い玉に邪魔されて、
全然この写真がわかんなくて、
いやこれ撮り直しだよっていうような写真を送られてきたときがあって、
でもなんか写り込むのも面白いじゃない。
全然何か写真、何が完了したのかわかりませんでしたみたいな、
写真をあっこさんに送って、
あっこさんがブナガヤだねって言って、
そのときは半分、でもまぁ程度だしね。
普通ああいう精霊っていう玉みたいなやつですか?
この白い玉がよく写るやつなんだっけあれ。
オーブ。
白いけど、あれは赤かったよね。
赤かったですね。
ブナガヤですか。
ブナガヤにしたい。
あの辺って思ってるけどなんか。
何かあるかも。集まりやすいのかも。
すごい。思い出しましたか?
思い出せなかったです。
こんなに重要じゃなかった。
次のタイミングで。
特別な部屋ってあるかも。
私たちの宿も、
なんか特別な部屋があって、
ここにもっとお客さんが入れば、
もっと事業がうまくいく気がするっていうような部屋があったりとか、
そういう感じがするってこと?
なんかそういう感じがする。
何か不思議なことが起こってるわけではないんだけど、
でも、起こってるのかな?
どっちが起こってるのか。
すごくつながりを感じるっていうか。
そこに泊まった人が。
泊まった人もそうだし、私自身も。
何かそういうの。
見える人も言ってた。
ブナガヤの宿泊の部屋は、
部屋ごとに精霊の名前がついてるんですけど、
彼女はキノボリトカゲの部屋と、
ブナガヤの部屋に泊まったことがあって、
彼女はキノボリトカゲの部屋の精霊ととっても仲良くなって、
帰る時にまた来るからねって涙流れの別れをした。
素敵。
すごーい。
素敵な感受性なのかな?
見える人か違うか。
見えるんでしょうね。聞こえたりとかね。
不思議だね。
でもブナガヤの時はそうでもなかった。
そうなんだ。相性があるのか。
聞こえたり、見えたりって、私自身そんなないっていうか、
あります?
ないけど、なんか最近ちょっと明確に見えたりはないけど、
なんかちょっと感じたりとか、これはあれそれかなとかいうふうに
なことは増えてきたかも。
なんかそれで言うと、やっぱツアーとかでユタさんとか
カミンチュの血筋と感性の高まり
カミンチュさんとかって言われるような方々と、
長時間、もう丸2日とかいたりすると、
私でも何か感じ取れる、感度がめっちゃ上がるっていうのはある。
例えばだけど、うちのひいおばあちゃんがカミンチュやってたっていう
集落があって、ひいおばあちゃんって会ったことないんですよ。
私が生まれる前にはなくなってるし、
最近、本当に去年かな?写真が見つかって、
その存在を初めて認識した。
カミンチュやってたんだ。本当に首都小族が来て杖持ってる写真が見つかって、
こういう人がご先祖様にいたんだなっていう認識をして、
ツアーの中で話の流れで、実は私この集落に母がこの集落出身で、
実はひいおばあちゃんがカミンチュやってたんですっていう話をしてて、
結構、ゆたさんが私のおばあちゃん、ひいおばあちゃんの、
なんか波長が合うんでしょうね。めっちゃキャッチしてくれるんですよ。
おばあちゃんがこう言ってるとか、いろいろ教えてくれたんですけど、
そのうちに2日目ぐらいになると、
おばあちゃんの声とか聞いたことないのに、
なんか聞こえる気がする。すごいうるさいみたいな。
シャワー浴びてても、すごい話しかけられてる感じがするっていうか、
すごい感高い声で、すごいわーわー言ってるけど、
何言ってるか聞き取れない。聞こえてるっていう感覚なのか、
そうでないのかわからないんですけど、なんかうるさいっていう感覚だけがあって、
言葉としては認識することはできなくて、音でもないんですよね、その感覚だけ。
それは、やっぱりこういう人といると、そういう感度って高まるんだなって思った。
これが最近、5月ぐらいの話で。
もう1個は、娘が生まれたときに、
接し提供者のお家に、娘が生まれました、ありがとうございますみたいな、
お礼参りというかご挨拶に行って、
その接し提供者のお父さんお母さんもいて、お姉さんもいて、
その家庭が結構差高い家庭で、
お姉さんもディタの仕事をしてたりとかもしてて、
メインでは普通に会社員やってるみたいなんですけど、
依頼があればそういうお仕事もしてて、
日常的にお祈りっていうかね、するようなお家庭っていうのを後から知ったんですけど、
すごいこの接し提供者の方を、
このお家のおばあちゃんがかわいがってくれてたんだ、
だからおばあちゃんにもご挨拶しましょうみたいな感じで、仏壇のところにご案内されて、
すごい綺麗な静かな場所なんですけど、
すごい私はそこに入った瞬間、うるさいっていう感覚があって、
わーわー言われてるっていうか、なんか静かなんだけど、
すごい騒がしいっていう感覚があって、
そしたらこのお姉さんが、おばあちゃんが手たたいて喜んでるって言って、
すごい家族で喜んでくれてたんですよ。ありがとうねーみたいな。
それは正直私でもわかった。
言わなかったけどその時、すごい歓迎されてるっていうのが感じ取れましたね。
たまにそういうことがある。
本当にこれは何て言うかな、確信がある感覚があるんですよ。
受け継いでるのかもね、いつも。
でもこれだけ?たまにしか発動しない。
なんかそういうチャンネルみたいなのがパカッと開くのかな。
でもなんか友達でその差高い友達がいたんですけど、聞きたくもないのに聞こえちゃって、
なんかちょっと気が触れる人もいるってよく言うじゃないですか、沖縄って。
都寺に行ってました、ちゃんと挨拶しながら。
うまく付き合えなかったらやっぱり苦しいっていう人いっぱいいるもんね。
だからいつも修行したら開くなら開くで、なんかチャンネルを合わせるみたいなそれこそ。
そこにエネルギーを割くかどうかなって思うけど、
こういうね、周りにそういう差高い人たちがいるとやっぱり自分の感度も上がっていくっていうのはあるから、
たぶん秋子さんといるだけでもまたなんかこっちの波長で何か広がっていくものもあるのかな、感覚的なもの。
でもそうじゃない?なんかこんなに集落の中で儲かるか儲からないかわからないビジネスを起こして、
大きな流れとブナガヤにそそのかされて
いや本当すごいことだと思うよ。
続けられるっていうことも含めてさ、やっぱり意味があるんじゃないかなって思っちゃうもん。
私以外の何か大きな意思が働いてるのでは?って思わざるを得ないっていうか、そうであってほしいっていうか。
でもやっぱりね、こういうのができちゃうっていうのも不思議なことじゃないですか。
私だけの力では当然ないと思うし、もちろん周りのみんなのおかげっていうのもあるけど、
もっと大きな力が身に見えない何かが働いてるような気もするし。
なんかそれはすごくあるなっていう、なんかそういうなんか大いなるものみたいな大きなものに、
なんかやりなさいってあっち側が言ってやってる人はすごくいるなと思う。
その人の意思というよりかは、その大きな流れの中でなんか気づいたらやることになってたとか、そそのかされたとか。
でもやっぱその人がこう動くことで、何かやっぱ風、その場の雰囲気とか人の流れとか、何か新しい事業が生まれたりとかっていうのは、
なんかそれこそいつみとかあこさんとかは、なんかそのね、あのぶながえにそそのかされたのもそうかもしれないし、
そそのかされたこそ、なんかこのもしかしたら大きなものがぶながえに行きなさいって、そそのかされに行きなさいって、
なんかそういう2人かなと思いました。私はなんかそういうふうに思っている。
でもいたずらもされるからね。
うーん、そうだね。
ぶながえは。
そうね。
騙されないようにしないといけないからね。
ちょっとそのコミカルなところもね、いいなと思うの。なんかあんまりこう肩肘張ってるところなんかちょっとこう、みたいな。
そうそうそうそう。ちょっと肩の力が抜けてるみたいな。ところもすごくかわいいなと思う。
ありがとうございます。
物語の締めくくりと今後の展望
まあ今日はこんな感じでですかね。
はい、ありがとうございます。
ありがとうございます。
楽しいおしゃべり。
本当ですね。
おしゃべりだったね、楽しく本当に。ありがとうございました。
はい、ありがとうございます。
ストーリースタンド記事課では、沖縄ヤンバルに暮らす人、働く人、通う人、関わる人の人生の物語を紡いでいきます。
今日の物語が小さな出会いのきっかけになりますように、あなたのなぜここにいるのかという物語もぜひ聞かせてください。
感想やメッセージ、公開収録の参加は概要のURLからお送りください。
それではまたお会いしましょう。
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