すみません、ハニーさんがどういう方なのかをちょっとお聞きする前に始めてしまったんですけど、軽く何を普段されているのかお聞きしてもいいですか。
生まれ育ちは愛知県です。名古屋市っていうところで。
普通にサラリーマンになった後に環境の授業、環境総合研究所みたいなことをやりました。
その時にいろんな地球の環境だとか、生命、いろんなことを築いたっていうのと、娘が5歳で亡くなった時、難病だったんですよね。
その時にやっぱりこの命とか、小さい時からここ何しに来たんだろうって思ったりすることがよくあったから、そこで見えない世界っていうものにすごく体験させていただいたっていうのがあって。
ちっちゃい時は自然が大好きだったから、やっぱり自然は言葉を持っていないので、それを大便に、それ多いけど、そんなことができたらなみたいなことで今、公演とかワークショップとかリトリートとか、あと歌作ったり芝居作ったりとか。
すごい。手に渡る。
今メインはTシャツとかのデザインを起こして、メッセージをいろいろ。
ぜひ、ちょっと私の方で。
これですね。何て書いてあるんですか?
これはですね、手を離さないよっていうメッセージなんですけど、それを地球に対して、自然に対して、それから私自身が私に対して決して手を離さないからねっていうメッセージ。
これラブミードゥっていうのが僕たちの野望になっていて、これは自分を大切にっていう、結局環境問題とかいろんなことやってきて行き着いたのが、自分自身を大切にすることは地球を大切にすることだなっていう。
その辺また詳しく聞かせていただければなと思うんですけれども、ひさこさんの自己紹介と、その後に一行日記を教えていただいてもいいでしょうか?
はい、私はまだ沖縄に来ては1年と4ヶ月ぐらいなんですけど、私の人生的には長くバレーボールをやってきていて、
バレですね。
そうです。それで自分でもやったし、あとは子どもたちに教えるっていうことも長くやってきたんですけど、
今はこのハニーさんが、普段はヤスキさんって呼んでるんですけど、ヤスキさんがこういうデザインしたり、やりたいことができるサポートみたいなことを今やりたくて、やらせてもらってるんですけど、
一行日記でいいですか?
はい、よろしくお願いします。
一行日記は、今の選択でどんな未来でも見ることができるっていうのを今すごく感じています。
それって今、久子さんが何かを選択している最中だとか、そういうのも含まれていたりするんですか?
なんか本当にあれですね、今私がどう感じているかっていうことを実行に移すっていう、
今までちょっと前までの私だったら、心の中からこれがしたいって感じてたとしても、ちょっと今は無理でしょうとか、これが整ったらやろうねとかって自分に折り合いをつけて、
しなかったことがたくさんあったっていうことに気がついたから、今は今感じていることの最高を実行に行動に移すっていうことの積み重ねを、もうここ2年ぐらい。
最初のうちはすごい本当に清水の舞台から飛び降りるぐらいの勇気がいたんだけど、最近は2年ぐらい経ってようやくそれがスタンダードっていうか、ナチュラルになってようやく来てる感じです。
すごいですね、この2年前から自分の選択を心地良い選択をできるようになってきたっていうのと、何かきっかけみたいなのはありますか?
私の場合はもう本当にこの行事ともに、全部が強制終了みたいな状態になって、だけどその時に気づいたんですよね。
頑張ってやってきたっていうことをね、それでこれからの人生は自分のハートに従って選択したり、生きていきたいなっていうふうにすごく深く感じたのが2年前ぐらいだったので、
それを一個一個行動に移してきた感じです。
ありがとうございます。
ちなみに沖縄に来たこととか、ここの今お二人東ですかね?
そう。そこをやります。
東さんに今いるっていうところ、ヤンバルにいるっていうところで、このヤンバルに来るきっかけみたいなのをお二人に、何がきっかけでこの地域に、
ヤンバル、沖縄といえば那覇とか、言っても茶壇とか、観光で来るところはここが多いかな。
住むってなっても、なかなかこのヤンバルに来るっていう方は経由というか、珍しいかなと思うんですけど、こう二人の選択の中でどうしてこの地に。
僕は初めて沖縄に来たのは19歳ぐらい、今66だから47年ぐらい。
ほぼ毎年、毎年じゃない、毎年沖縄は休まず来てたんですよね。
多い時は滞在延べ日数2ヶ月ぐらいの時もあったりしながら、でも訪れてきて。
その時にこの北部もよく好きで来てたけど、その前は標高1200メートルの山の上に暮らしていた時に、
次っていうのはもう沖縄しかちょっと浮かばないっていう時があって、
でも結果ヤンバルに落ち着いたとしか言えないんです。
うまく説明難しいし、自然がやっぱり大好きだから、自然のある場所っていう選択になったし、そういうふうに導かれたかな。
なるほど、導かれた。
私も貴重感に住むのは自分が選んできたというよりかは、ちょっと導かれてきたのかなっていうのも感じつつ、
ひさこさんのお話。
私も若い頃には何回か沖縄には来たことあったんですけど、
本当観光客として来てたから、南部の方来ても女村とかその辺ぐらいまでしか来たことなかったんですけど、
ハニーさんが出会うことができて、初めてそれこそ2年前にヤンバルの方に来ることができて、
その時にはもう衝撃でしたね。
その時は10日間ぐらいいたんですけど、
もう自然の中で海に行き、山に行き、自然の中にいるだけで、この10日間の間で自分の何かが開いていくっていうのをすごく感じて、
本当に考えるっていうよりは、もう体感するからしょうがないみたいな感じで、ここはすごいなっていう感覚でした。
だから住むとしたら、このヤンバルの山村がいいって思っていました。
ありがとうございます。
なんかすごく頭で、洗濯の話にもつながるかなと思うんですけど、
頭で考えるっていうよりは、もう心とか、体がもう染み込んだというか反応したっていうところで、
じゃあここが本当に私にとってきっかけだなと。
10日いた時に日に日に本当の久保さんが出てくる。
やっぱり作能で社会を見渡して、外を気にしながら嘘の自分を作っていくのが取れていって、
表情とか言葉とかが本当に変わっていくっていう。
それはこの2年間通してずっとあり続けたことだし、僕もそうです。
お互い影響し合って自然に助けてもらってっていうのはすごいリアルだよね。
なんかこの今お二人、初めに見せていただいた絵にもやっぱり通じる、
自分が大事とかっていう話が一番コンセプトとして可愛いあるっていうところで、
少しその辺も今なぜTシャツを作り始めたのかとか、
どういうメッセージでこの絵を描いているのかっていうところもお二人にちょっとお聞きしてもいいですか。
とにかく短く話すと、僕は割と環境のことをやってきたんですよね。
日本も海外も講演会やったりとか、あとドキュメンタリー映画撮ってもらったりとか、
本も4冊ぐらいは出していたりとか、そういうことをしてきたんですけども、
それをやればやるほどちょっと苦しくなっている世界もあったんですよ。
最初の頃はみんなが注目してくれて、
ハニーさんはーみたいになっていくんだけども、
例えば言葉でね、地球を愛しましょうって言ったときに、
僕のここから出ていった言葉は純粋に一つなんですけど、
いろんなところに巡っていったりとか、変化していったりする世界があるんですよね。
一人の人が発している言葉なんだけども、言語の限界、
限界っていうか、こんなぐらいの思いがあるんだけど、
今僕が知っている言葉にはこれしかないからっていうもので出していって、
ある意味愛って言っても、いろんな解釈がある。
それが言葉でずっと繋がっていくっていうところの不自由さもあるし、
そういうつもりで言ってないけど、ある人にとっては面白くなかったりとか、
科学的根拠がないとか、いろんなことがあるっていうことで、
話して駆けずり回ったんですよね。
そのときにやっぱり最終的には身体と心を痛めたんですよね。
もうちょっと無理みたいな世界になっちゃったんですよ。
今、助けてもらって、もうそういうことはきっと二度とできないかな、
ぐらいのことがあったけど、せっかくここで暮らさせてもらって、
自分の伝えたいことを伝えて、やれることをやって生き切りたいと思ったんですよね。
突き抜けて生き切って帰っていきたいと思ったんですよね。
だけど言語表現で伝えきれないけど、音楽とかお芝居とか絵とかデザインだったら、
その人の解釈で見る人聞く人の解釈でもいいんですよね。
人のハートの中には必ず愛の音差みたいなのがあって、
音差ってこういうのでポーンって響くと、同じ周波数の音差っていうのがあるんですよ。
あれって振動して全部鳴り出すっていう仕組みがあるんですよ。
ワンワンワンワンっていう。
それはもう誰もあがらうことができなくて、
僕が今言ってすべては愛でできてるってここにも書くんですけど、
抗う。
抗えない。
こういう表現で伝えるのが今は一番しっくりきてる。
求められてる場所でお話し会とかするんですけども、
ある意味この振動がみんなに伝わっていったらいいなって思いがあるから、
その時にはやっぱりアートで伝えるのが一番いいなと思って、
今そういうやり方を選択してるっていうことです。
Tシャツとか絵とかお芝居とか歌とか。
お芝居はどういう内容をされるんですか?
実際にもうすでにやったものだと。
でも基本的にやっぱり自然とか愛をテーマにしている。
気になりますね。
YouTubeでふなわし屋敷ステーション、お芝居とか入れると出てきますけど、
駅のホームが舞台で、東京山手線みたいな道回り外回りっていうのがありますよね。
出演者3人で駅のホームのベンチに2人の女性が座って、不思議な駅員さんがいて、
外子さんと内子さんっていう設定なんです。
外子さんは山口さんの外回りをぐるぐるぐるぐる回ってる。
内子さんは内回りをぐるぐるぐる回ってる。
外子さんは外のせいに全てして生きてる。
あれが悪い、これが悪い、それが悪い、あれが悪い。
親が悪い、先生が悪い、政治が悪い、国が悪いとか。
成り立ってる人なんです。
内子さんは自分をずっと責めてるんです。
私なんかできるわけがない。
その2人がベンチでバッタリあって、
内々みたいな不思議な駅員さんに導かれて、
最終的には乗り続けてる外回りと、乗り続けてる内回りから脱していくお芝居なんです。
へー、なるほど。
ちなみに、坂さんはそれ、否定してないんですか?
否定してないです。
まだ出会ってなかったんですか?
作った時は。
作った時は。
へー、なるほどですね。
たくさん。
これは本当に今話してきたみたいに、僕たちは自然の一部っていうよりももしは自然そのものだっていう。
そうですよね。
でもそうじゃないように暮らしてしまっているから、
そこをもう一回元へ戻っていくっていうことが今すごい。
いろんな天候とかいろんなこと見てても大事だなって感じていることとか。
例えばこれヘドミサキに行ったときに虹を見せられて、
ある感覚、言葉を受け取った感じがあったときに、
雨だけでも光だけでも虹はなりませんよっていう感覚。
だから言い悪いっていろいろ個人個人で、
それいいけどさこれ良くないよねって、
これはこれいいと思うよっていう、
でもそれはどうかなっていうものをちょっと超えていかないと。
だからこの世は水と光でできているっていう感覚があって、
その両方があってこそ僕たちはある。
食べ物にしても太陽の光いっぱい浴びて、
雨の耳をいただいて、僕たちそれをいただいたりしますけども、
だからそのジャッジしていく世界っていうか、
自分を上げるために人を下げていく世界を終わらせていかないと、
そうすると綺麗な虹が出て、
ヤンバル虹見るチャンス多いですよね。
だからああでも美しいなって思うんですよね。
だからそういう合図をすごい出してくれてると思うんです。
自然観、目に映るすべてはメッセージっていう歌がありましたけど、
そういうものと丁寧に暮らしてきた琉球の人も、
日本の人もそういうことが丁寧に汲み取れて、
そして暮らしに反映できた人たちと思うんですよね。
それが今、スピードとか便利とかいろんなもので教えちゃっていますけど、
そういうのを取り戻していけたらいいなって。
それは暮らしの一つ一つの中にすべてあるから特別なことじゃなくて、
その一番最初の根本が自分を愛しするっていうことなんですよね。
自分の体が喜ぶものを食べてあげる。
無理をさせない。
心地いい男を選択してあげる。
みんな一人一人すごい才能を持って生まれてきてるから、
金太郎雨みたいにこれもあれも全部できなきゃダメだってことはないんですよね。
そういうのを尊敬し合っていける。
補い合っていける。
っていうのが割とこの土地はやりやすいかなって。
ジャッジしないっていうのは一つ、ストーリースタウンド記事課でもすごく大事にしている物語。
物語って人の人生なんですけど、物語をジャッジしないっていうところが一つあって、
例えば声が大きい人とか偉い人とか。
だからいろんな意味でこの物語はああだとか、その人の人生とかその人のあり方とかって、
ああだこうだ言いやすい。
特に今の時代っていろんな情報を使っている中では、ただもうあるもの、あるがままではないんですけど、
その人生を見つめるというか大切にするっていうのはすごく、
同じ意味か分からないですけど、ジャッジしないっていう言葉にすごく私も今共感して、
良い社会、良い社会、なんて言うんですか、良い社会ですかね。
心地いいね。
だから要するに、恐れ不安、心配、恐怖を感じながらっていうよりは、
安心とか喜びとかいう世界を感じられるっていうのはとても大事かなって。
この自分が心地よいっていうところがこの軸において、
もう一つ外に一緒に心地よさを共有するとか、
心地よい暮らしになるっていうところで考えると、
ハニーさんとか日沢子さんとかこういうことができるかもね、みたいなのってありますか。
急にぶっこんでしまったので、あれなんですけど。
結局自分の真ん中をちゃんと捉えているっていうこと。
だから今はどうしても外からどう見られているか。
ここでどう評価されるか。
いいねがいくつついたか。
どれだけの人が見てくれたかっていうところ。
そうすると誰かの目を気にしながら生きている自分。
自分の真ん中からずれるんですよ。
頑張らなきゃとか。
だけどそれは散々やってきて、自分の中心に全てあるんですよね。
だから僕たちはちっちゃい違和感を徹底的に話し合っているんですけど、
で、どういうことどういうことって、場合によってはストローの角度について3時間ぐらい話したりするわけですよね。
よしわかったっていう。
でもすごいそういうことを大切にしているので、深まっていくんです。いろんなことが。
やっぱりいかに外に向いたエネルギーを内側の中心に持っていくか。
で、その中心に定まった時に起きてくることの素晴らしさというか奇跡というか、それを感じ始めると本当にいいよね。
人目を気にしながらフォトキャストを撮らないと。
中心が決まった時に何かが起きるっていうのが、このさっきワンワンワンワンの世界にあるのかな。
それが一人一人が中心を捉えると、
ハニーさんとか久子さんの場合は表現アートだったりとかっていうところで、また別の表現があったりとか。
いろんな人の表現がワンワンワンワンとシンクロするというか共鳴しあって、
それがまた心地よい、気持ちが良い、暮らしが安い社会につながっていくのかなみたいな感じですかね。
全人類全ての人は漏れなくアーティストなんですよ。
こういうのができるとか絵が描けるとか、すごく美味しい料理が作れるとか、お米が作れるとか、家が作れるとか。
僕らも手をモチーフにデザインしてるんですけど、この手っていうのはティーボードを叩くだけのためにあるんじゃないんですよ。
これで作り出せるものがいっぱいある。
それは100人いたら100通り、1000人いたら1000通り、1万人いたら1万通りの才能があるんですよね。
だからそれを真ん中に入ると、それが分かってやれるようになる。
決してあの人みたいになりたいなとか、いいですよね。
憧れるのは大事だし、ああなりたいっていう好調心は大事だけど、その人にはなれないですからね。
そうですね。
どこまで行っても。
だから私自身を目いっぱい生きてあげるっていう。
それをやると、そういう人とつながってくるよね。
すごく頷くなと思いながら、自分の軸に行き、でもそもそも気づいてないとか、自分の軸が何なのかとか、なかなか難しいと思うんですよね。
そういうワークショップやりたいですね。
割と今そういうのやってるんだよね。自然な中で、ある意味自分の声聞くっていうか、半日ぐらいでもできるようなワークショップやってたりとか。
そうなんだ。
割とそういうのしてるよね。
うちでも。
ぜひぜひ。
すごく大事なことだなと思って、自分の中心を置くっていうことを。
どうしてもね、誰にどう見られてるかなとか、いいねがどれぐらいついたなとか。
ウワウワされやすい世の中かなとも思いながら、そこを一緒に見つめていけたら嬉しいなというふうに思いましたっていうところで。