▶話した内容
東京大学・酒井邦嘉教授ら×マンガ制作コアミックスの研究で、おなじマンガでも紙で読むとタブレットより脳活動が省エネ化することがfMRIで実証された(学生25人・PLOS One・2026年6月)/中身が同じでも紙か画面かという"うつわ"の違いだけで脳の働きが変わる=うつわが運ぶのは情報だけではない/生成AI全盛のいま紙の『ぴあ』『学研の科学』『学研の学習』が次々復活し、共通して「触れる刺激」が価値とされている/メディアの歴史は物→Web→アプリ→AIと効率化の過程で「触覚」だけを削ぎ落としてきた/スマホはツルツルのガラス一枚で、目と耳には届くが手には何も届かない/触覚は人間が最初に発達させる最も原始的で身体に近い感覚(赤ちゃんは触って世界を覚える)/紙の「厚み」は情報量を重さとして手に渡し、質感やめくる抵抗まで指が受け取っている/手を動かして失敗して覚えたことは自転車のように身体に刻まれて忘れない/触れられるものには痕跡(ヨレ・折り目・書き込み)が残って愛着を生むが、デジタルには痕跡が残らない/AIが情報処理を引き受けるほど人間に残るのは「身体を持っていること」で、判断の土台は触覚をともなう原体験から育つ
▶松浦シゲキのプロフィール
https://my.prairie.cards/u/shigekixs
▶番組へのお便りその他は下記のフォームからお願いします。
https://shigekixs.notion.site/234a6020e72d807d9858d3e7e01a501e?pvs=105
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
00:03
松浦シゲキの、それでもメディアは面白い。
この番組、それでもメディアは面白いは、 メディアコンサルタントで
コミュニケーションプランナーの松浦シゲキが、 ありとあらゆるメディアの器を
こねくり巻きながら語り尽くします。
さて、今回のテーマは。
皆さんこんにちは、松浦シゲキでございます。
ちょっとすいません、先週休んでしまいましたけど、 今日もしゃべっていきたいと思います。
今日はですね、何の話しようかなというふうに 思ったんですが、
触れるという話をしようと思いました。
何かですね、つい先日発表された、 すごく面白い研究というところを
まず紹介させてください。
東京大学のですね、坂井先生という方が いらっしゃるんですけど、その研究チームが
漫画制作のコアミックスという会社と 一緒にやった研究で、
2026年の6月に発表されたものですと。
何やったかというと、大学生と大学院生、 合わせて25人に同じ漫画を読ませるんです。
ただし、片方は紙の本で、もう片方は タブレットで読ませると。
その後、脳の働きをFMRI、つまり脳のどこが 働いているかを血色で見る装置で計測したと。
そしたらはっきり差は出たと。
紙で読んだ人の方が脳の活動が節約されていたと。
具体的には、読んでいる時には左脳の 言語を司る部分、内容について問題に答える時には
右脳の前頭葉、この辺りの活動が、 紙で読んだ方が省エネだったということで。
裏返すと、タブレットで読んだ人は、 同じ内容を処理するのに、
脳が余計に頑張らないといけなかった ということになると。
研究チームは、これを紙の読書の方が、 脳活動が効率的になることを初めて
脳科学的に辞書したと言っておりますと。
論文もですね、学術誌にちゃんと載っているそうです。
これね、とっても面白い研究でして、
なんでかというと、中身は同じ漫画ということで、 ストーリーも絵もセリフも全く同じ。
違うのは、紙か画面かという器だけ。
その器の違いだけで、脳の働き方が変わってしまう。 同じ中身なのにですね。
じゃあ、紙の何が脳を楽にしているのか。
自分はですね、そのヒント、触れることに あるんじゃないかなというふうに思っております。
だから今日はですね、この触れるという一点に 絞って話したいなと、触覚ですね。
手触りと言ってもいいんじゃないかなと思います。
でまぁ、なんで今この話をするかというとですね、 ちょうどここ最近、紙の雑誌が次々と復活していますと。
あのピアさん、復活しました。
2026年4月6日に月刊ピア、 飛ぶピアという形で復活しましたと。
B5で約100ページのフルカラー、価格1000円。
03:00
ピアはね、2011年に休館しているので、 約15年ぶりの復活。
面白いのは、ただ懐かしさで戻しているわけではなくて、 中身は思いっきりAI使っていますと。
編集にAIを最大活用して、紙面のQRコードから スマホで動画に飛べるとか、
タイトルがですね、飛ぶピアなどの、 紙からデジタルで飛ぶという意味なんですね。
つまり、デジタルですね、中身は。 なのに、わざわざ紙で雑誌ましたと。
あとですね、もう一つ、子供向けで言いますと、学研の科学。
手回し発電機とか、組み立てキットとか、 フロック付いてくるやつですね。
自分くらいの世代だと、あのフロックにワクワクした 記憶がある方もですね、多いかと思うんですけど、
これもですね、ちょっと前なんですけど、 2022年に復活してますと。
最盛期には、科学と学習を合わせて670万部。 すごいですね。
日本の小学生の3分の2ぐらいが読んでたっていうね、 とんでもないメディアだったわけですが、
しまいしの学研の学習の方も、2026年4月から、 今年の4月から16年ぶりに復活してますと。
で、これらのですね、復活を伝える言葉の中に 共通して出てくるフレーズがありますと。
触れる刺激。 手で触れられること自体に、新しい価値があるという 言い方されてますね。
さっきのね、東大の研究となんとなく繋がってくる 感じしませんかと。
それで言うと、なぜ触れるんだろうという話ですけど、
メディアの歴史をですね、触覚、触れるという軸で 振り返ってみると、
メディアはある意味ですね、ずっと触覚をね、 杉を落としてきたんですよね。
昔はジョゴってモノですね、それで言うと。 手に取ってみたいな話で、新聞も雑誌も本もレコードもね、
手に取ってめくって重さがあって触れるもの。 それがウェブになると画面の中に映りましたと。
アプリになってもっと手軽になりましたと。 そして今AIになってですね、画面に話しかけたら答えが返ってくると。
どんどんどんどん便利になって効率上がっていった技術の進歩ですね。 それは間違いなく進歩でございます。
で、その進歩の過程ですっぽり抜け落ちたもの、 これがね触覚ですかね、それで言うと。
まあこれね、スマホ、タブレットもそうですけど、 つるつるのねガラス1枚じゃないですかね。
新聞読んでも、漫画読んでも、論文読んでも、ゲームをしても、 指に返ってくる触覚は全方の位置。
つるつるとした冷たいガラスでございます。 まあ何を読んでいても、何に触れてもいないと。
情報は目と耳には届いております。 でも手には何も届いていないと。
で、ここらへんがやっぱまあ大きい話なんでしょうね。 先ほどの研究でタブレットだと脳は余計に働いていたというのも、
たぶんここと無関係じゃないかなというふうに思うんですよ。
そもそもやっぱ、語感っていうぐらいですからね。 それで世界確かめてきましたと。今もそうですけど。
赤ちゃんとかね、何でも口に入れて握って舐めて触って世界を覚えていくと。 一番最初に発達する感覚みたいなところではあると思うんですよね。
一番原始的で、一番身体性があるみたいな話だと思うんですよね。 見るよりもさらに手前に触れるがあって、触れて初めて、
06:05
それが本当にあるかどうかというふうにわかるという感じですね。 そこらへんが原始的な感覚っていうところが、ある意味そこが重さだったりとか
時間だったりとかいろいろあったんですけど、デジタルメディアはそこを捨ててきたという表現が正しいかどうかわかりませんけど、
なくしてきたわけでございます。そう考えると、今の紙にしろ何にしろ触るっていうところはですね、
ただの懐かしいという話じゃないんじゃないかなと思うんですよね。 捨ててきた触覚っていうところをもう一度拾い直そうかなという話かなと思うんですよ。
紙の冊の厚み。ピアはB号で約100ページですけど、手によった瞬間ってもちろん情報力があって、体でわかると思うんですよ。
重さとか厚みとかね、わかりますと。デジタルにはないですよね。 スクロールバーで見ることはできますけど、視覚情報ありますけど、手にずっしりとくる重さ。
身体で言うと何も感じない。紙は情報量、重さとしてある程度渡してきますから、これ自体はそういう意味があります。
紙の表面の質感もそうですよね。ザラッとしたマット紙、ツルッとしたコート紙。めくる時の感覚。
例えばフロコの部品によったらプラスチックの軽さとか、全部指が受け取っている情報、目で読んでいる内容とは別に、手がその紙、雑誌、人格みたいなものを
受け取ってくるという話ですね。昔々私もワイヤードを復活する時に、私はデジタルの人間でしたけど、やっぱりワイヤードの紙の表紙、
コーティングされた紙の表紙があるからこそワイヤードみたいなのは非常に強く感銘を受けましたし、
遡る私20代ね、ほんのちょっとですけど、紙の仕事。紙の仕事って別に印刷の仕事じゃなくて、本当に紙そのもののお仕事もですね、
昔々してたってこともあるので、ちょっとだけわかるんですけどね。いうのもあって、紙ならではの手触りっていうのはね、好きだったりとかします。
あともう一個、学研の科学の話に戻すと、あれの基本はね、結局手を動かすことだと思うんですよね。
手回し発電機、自分の手でぐるぐる回す。なかなか上手くいかない。あのガチャガチャした手応え、やっと覚えた時のオッという感じね。
答えだけ知りたいんだったら、あのなんて言うんですかね、手回し発電機の仕組みだけ知りたいんだったら、今AIで聞けばですね、3秒で帰ってきて、
何だったら図解すらしてもらいますと。手回し発電機の仕組みはって言えばね。でも自分の手で回して失敗して指で覚えたことは頭で理解したのとは別の場所に
残るかなという感じですね。学研さんも失敗を含む体験を通じた学び方が大事だというふうにも言ってるかなと思います。
でこれがまあ体で覚えたってことで忘れないんですよね。自転車の乗り方、言葉で説明できる
じゃあできるんですけどね。できるんですけどやっぱり1回乗れるようになったら何年かぶりでも乗れるっちゃ乗れる。体が覚えている。
それと同じで手を動かして触って失敗して身につけたものは知識として手にあるんじゃなくて
09:05
体の方に刻まれていると。私これ知恵の一部みたいな話してるんですけど、だから強いかなと思うんですよね。
でまぁ後はね触れることの大事な側面もありましてね。触れられるものは全てね何かしらも残りますと。後も残りますと。
本題に並んだセブ用紙、読み込んでヨレヨレになった文庫本とか、ページの角を折ろうが書き回ろうが、コーヒーをこもそうが、これ全部
自分がその本に触れた後なんですよね。ものとして手元にあるから自分との関係性が物理的に刻まれていくと。
デジタルにはねこれがなかなかないですね。何百冊読んでもKindleの中身はいつまでもずるっとしてると。
まあもちろんブックマーク機能あるんですけどね。触れた痕跡が残らないというところがあると、まぁね
そこはやっぱり記憶のところでちょっと違ってくるかなと思うんですが。で、あのメディアの器っていう話いつもしてますけど、情報を運ぶための色々なものだと普通は思われているかもしれませんが、
はい、まあ中身の情報を届けるための器でしょうと。
で、ただもう今私はですね、それはもう触覚すらも運んでないの?というふうに思うんですよね。
あの冒頭でね、あのご説明した研究がまさにそれかなぁと。神が同じ漫画でも、神で読むのと画面で読むのでは脳の働き方が変わると。
これやってね、器が運んでいるのは情報だけじゃなくて、まあという何よりの証拠かな。まあ手で動かしたりとかその手の触れてるっていうのも
情報だと思うんですけどね。最終的に脳に格納されるんで、それで言うと。
まあ同じね、映画館の上映情報という中身でもツルツルの画面で受け取るのと、紙のページを指でめくりながら、
まあその重さは手さやると一緒に受け取るとでは、まあ体の入り方、刻まれ方、情報の刻まれ方、脳への刻まれ方が違うかなという感じですね。
器の食感が変わると運ばれてくる体験がね、まるごと変わるみたいな話かなと思うんですね。
で、これメディアに限らずだと思うんですけど、デジタルカッツのですね、まあ言ってみれば触覚を削いで
効率を上げてきた歴史かなと。それはそれで正しいんですよ。大好きです私。ただまあ削った結果、こぼれ落ちたものがありますと、それがまあ
触れるという体験かなとね。まあ今の紙回帰っていうところは懐かしいわけじゃなくて、こぼれ落ちた触覚っていうところをもう一度
うつわとして組み立て直しているというところはあるのかなというふうに思いますと。
何度も言うんですけど、デジタル自体を否定しているわけじゃないですよ。私デジタル大好きですからね、それでいうと。
効率はAIに任せる、その上で効率では作れない触れる体験というところを別の体験で取り戻すって流れがですね、私は役割分担として
着てるんじゃないかなというふうに思うんですよ。私はですよ、相変わらず紙はKindleで買います。
紙は買いませんっていうところなんですけど、それは情報として触覚の情報量というところも、まあ好む好まないというと
好むんですけど、これって情報の保持、物理的な情報の保持っていった時に、スペースっていうところに対しての
12:07
やっぱり効率化というか省力化っていうところを考えると、私はですね、もし
無限に本が受ける空間に住んでるんだったら、無限に本を買います、それでいうと。これは間違いないです。
今東京の家に住んでるからこそ、ある意味の効率化省力化っていう形で紙の本を買ってないだけで、ここはもう
取捨選択なんですよ。本当に無限に本が受けるんだったら無限に本買ってます。Kindleで買ってません、それでいうと。
みたいなところはあります。買ってませんって言うとあれだな。持ち歩きとかそういうことを考えるとKindleでも買いますが、両方
買ってるでしょうね。間違いなくね。っていう話だと思うんですよね。そこは。なんで
こんなに触れるっていうのは効いてくるかというと、やっぱりAIこれだけ賢くなるとですね、情報処理の仕事っていうところは
どんどんAIに渡っていくと。調べる、まとめる、予約する、答えを出す。この辺りはですね、もう人間やるより早いし
性格ですと。で、人間に最後まで残るもの何かってね、あっちこっちで喋られてますけど、私はですね、フィジカル
身体制っていうところそのものだと思うんですよね。触れて確かめて体でこれだと感じること。これはAIには絶対できないと。
まあ、あの情報の蓄積としては触覚すら、多分情報の何かっていうのは残りますよ。
触れるっていう行為自体も最終的に電気信号になって脳に残ってるって話なんですから。
そこも一緒に覚える可能性はあるっちゃあるんですけど、人ならではないかなと。
人間がですね、何か自分はこれが良いと思うという判断するとき、この判断っていうところは、
効率的に集めた情報からも得られるっていうのはあるんですけど、ただ個人的には非効率でもいいと思うんです。
実際に触れた、手を動かした、体で確かめたっていう現体験の蓄積からじわじわ育っていく。一時情報の蓄積から
育っていくものかなと思います。だからですね、紙が運んでいる、触れるっていう体験はただの懐かしさじゃなくて、
人が人として判断するための一番下の土台っていう話ではないかなというふうに思うんですよね。
なんで私も未だに本屋さん行きますし、別に紙の本自体読みますしね。かつこれ紙だけの話じゃないかなと思うんですよね。
この番組でもちょいちょい言ってますし、私は大好きな話で言うと、リアルな場所に足を運ぶことですね。
生身で誰かと会うこと。自分の手で何かを作ること。効率だけ見たらですね、全部遠回りなんですけど、
でもその触れる遠回りかの何かしらが身体に刻まれないものがあると思うんです。
AIが効率を引けてくれるんだったらこそ、人間は逆に触れられるものの方に価値を見出していくんじゃないかなというふうに思ってまして、
私最近で言いますと、音楽もAIさん作れるじゃないですか。作れるんですけど、私ですね、最近そういう意味では楽器また買い直してますね。
ちっちゃなミニキーボードを買いました。それでミディに接続してですね、ちょっとしたシーケンサも買いましたので、これで打ち込みとかやってみようかなみたいな、
15:08
今気持ちになってます。いやー鍵盤弾くと楽しい楽しい。それで言うと。
あのメディアの器をね、こねくります人としてはですね、ここがこれからすごく面白くなるんじゃないかなというふうに思ってます。
効率はですね、ガンガンガンガンAIに渡していきます。その分、器は触れる体験を運ぶという一番体に近い仕事、立ち返れるんじゃないかなというふうに思います。
紙の復活というとあれですけど、復活というかね、なんていうかね、そういう話はこの入り口の一つなんじゃないかなというふうには思う次第。
ここ行かせるべきだと思うんですよね。いろんなメディアビジネスにおいて、この新体制というところが効いてくるんじゃないかなというふうにここ最近思っている次第です。
はい、そんなところで今日はおしまいにしたいと思います。
それでもメディアは面白い。本当に1年に1回、そんなことないな、2、3年に1回やるようなことはやってますけどですね、この話をしてまた皆さんとですね、聞いてる皆さんとまた会いたくなったというような感じでございます。
はい、また来週しゃべりたいと思います。はい、本日はありがとうございます。
16:31
コメント
スクロール