インドネシアが2050年には日本を超えて世界4位の経済大国になり、新国ですので、産業ど真ん中を攻めていくことができて、かつ産業を作っていく日本社のシェアが90%近くあったり、日本語の学習者数は世界で2番目に多い。
先人の方々が気づいてくれたようなものを後世にも残していかないといけないのかなと。やるからには人生かけて命かけてベッドしたいよね。じゃあスタートアップ的にやっていこう。海外で勝てるプロダクトは何か。
同じように注目して参入しているプレイヤーとかいっぱいいるんじゃないかなと。
共謀らしい共謀みたいなことは現状インドネシアにはなくて、資金調達が肝の領域でもございますので、日本で資金調達ができるって一つ大きなポイント。
とつでも多くの現地の大きな課題を解決していきながら、日本にも貢献をしていきたいなと。人口が減少していく中で、いかに外貨を取り込んでいくか、海外で銃を作っていくか、円圧時代でもあれからこそ、現地の新国と日本がウィンウィンになるような関係を築いていけたらなと。
声で届ける企業家の物語、スタートアップNOW、MCの大稲荷です。
本日のゲストは、ムーブステクノロジーズ株式会社代表取締役の坂井たけとさんです。
ムーブスさんは、東南アジアのモビリティインフラを構築する日本初のスタートアップです。
2026年の5月、シリーズBラウンドにて42.6億円の資金調達を発表されたばかりとなります。
坂井さん、本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
坂井さんは普段はインドネシアにいらっしゃるんですか?
インドネシアにいるんですけれども、最近は日本と行ったり来たりといいますか、
それこそ資金調達ですとか、あるいは採用候補みたいな文脈で日本にも帰ってきておりますので、
本当に二極点生活みたいなことを今はやっております。
ありがとうございます。そんな貴重な仲を割いていただいて。
いいえ、とんでもないです。よろしくお願いいたします。楽しみにしておりました。
嬉しいです。ありがとうございます。でも生き生きしているとそれこそ、
たぶんあれですよね、今着ていらっしゃるのはインドネシアの清掃というか。
そうですね。民族衣装のバティックというものを本日着用してまいりました。
いいですね。たぶん見ている方はオシャレなTシャツを着ていらっしゃるかなと思うんですけど、
何ならスーツぐらいの感覚で着ていらっしゃるかなと思いますので、
それだけ現地に馴染んでいらっしゃっているかなと思います。
そして本日の配信では、坂井さんの過去の話ももちろんそうなんですけれども、
ムーブスさんがこれまで歩まれてきた道のりだったり、その辺りも全て拾っていきたいなと思っておるんですけれども、
まずはムーブスさんが今何をされていらっしゃるかという事業の概要を簡単に1,2分ぐらいですかね、
ご説明いただいてもいいでしょうか。
東南アジアのモビリティインフラを構築するという文脈で、
今はライドシェアのドライバーさんに向けて自動車のサブスクリプションサービスを提供しております。
現地がいわゆる公共交通機関が未整備でして、
ジャカルタの人口って世界で一番でして4000万人いらっしゃるんですけれども、
一方で公共交通機関の分担率というものが25%程度になっておりまして、
分担率って何ですか?
いわゆるこの移動の中で何が選択されているか、
例えば自家用車であったりですとか、
あるいは公共交通機関ですかみたいなものがあると思うんですけれども、
それが25%程度になってまして、
例えば東京で行きますと、東京首都圏で人口が3000万人ほどいて、
この分担率って60%ぐらいって言われてるんですけれども、
そういった意味では東京よりも人口が多い首都圏が分担率が低くて、
それぐらい公共交通機関が未整備という形になっております。
一方でインドネシア全体で行きますと、車両の保有率が10%以下になっておりますので、
そういった意味では皆さん移動はどうされているのかとなってくると、
グラブゴジェックという東南アジアのいわゆるウーバーのような
配車アプリのサービスがございまして、
こういったものが日常生活の足という風になってまして、
ただこういった方々がなかなか自分たちで車を持つことができなくて、
働きたくても働けないという構造になっていて、
これが現地のいわゆるライドシェアのサービスのボトルネックにもなっておりますので、
そういった意味では弊社がそこに対して車のサービスを届けながら、
そういったライドシェアのプレイヤーさんと一緒にですね、
モビリティインフラということを作らせてもらっているのが弊社のサービスとなっております。
例えば何か仮に日本みたいな歴史を一緒に辿るみたいなのを仮に共有するというか、
何かなぞっていただくのであれば、
そこで公共交通インフラはまずを整えに行きましょうみたいなやり方もある気がするんですけど、
一方でこの時代削後というか時代が急速に進みすぎてしまっていて、
ライドシェアの方が先に流行っていて、
なのでもうこっちが復習する方が確定しているような未来だということなんですか?
そうですね、おっしゃる通りです。
なので、いわゆるリープフロッグ的な文脈が新興国多分にございまして、
例えばライドシェアもそうですし、あるいは決済のサービスみたいなものも、
むしろインドネシアの方が進んでいるみたいなこともございますので、
そういった意味では先に進んでしまっていて、
なかなかそこの仕組み自体が整っていないということもございますので、
その穴を埋めるような形で弊社が今サービスを提供させてもらっております。
実は僕も多分2018年ぐらいなんですけど、
インドネシア、ジャカルタス住んでたことがちょっとあったですね。
そうだったんですか?住んでいらっしゃったんですか?
厳密にはたった2ヶ月間のインターンシップになるんですけど、
あの頃にジャカルタに行ってまして、
なので生鞘稲荷だって言いながら電話をしてみたいなのを。
そうなんですね。生鞘竹と。
これ以上続けられないですけど。
ありますよね。スラマソレシアンとか。
スラマソレシアン、はい。スラマパギーありますね。
あれをなんとか電話の受付を突破するためだけのスクリプトを覚えて、
あとは片言の英語と、
あと結果的に現地の日本人に対しての営業とかをしていたので、
実はそこまでではなかったんですけど、
ただ現地で見た光景っていうのは結構いろいろすごく残っているものがあって、
本当にジャカルタのセントラルのエリアって東京ですよね。
おっしゃる通りでして、発展度で言ったら、
日本からも結構日本の方が来ていただくんですけれども、
その方々も全然東京だねとか、
この辺周りのお家ちょっと遜色ないねみたいな話とかもあったりはしますので、
そういった意味ではジャカルタは明確に急速に発展しているなという印象がありますね。
すごいですよね。
高層ビルがあって、ただ出るとそこ目の前も工事でララララって。
本当そうなんですよね。
でも本当にものの目の前のでかい道路を挟んで奥行くと、
もう急に東南アジアの現地の方も集まっていらっしゃってみたいな。
不思議ですよね。
本当そうですね。
なので、私全然余談になっちゃうんですけど、
採用候補者の方とかがインドネシアに来ていただくときに、
もちろん弊社の事業領域見てもらうんですけれども、
一つやっているのが、56階とかにルーフトップバーがあるんですよ。
そこに来ていただくと、そこっていうのが、
現地の銀行さんで時価総額が10兆円前後あるような銀行さんのビルの上にルーフトップバーがあって、
そこから夜眺めると、
普段見ているジャカルタとまた違うジャカルタが見えて、
そういった意味で今後こういったところがより発展していくんだな、
みなさんモチベートされるみたいなところがあったりするので、
いろんな側面といいますか、いろんな絵を見せてくれるのがジャカルタの特徴かなと思っています。
確かに。
ちなみに、僕が2028年に行ったときっていうのは、
グラブゴジェックもめちゃめちゃひしめいてたんですけど、
今と比べるとどうなんですかね。
今の方がモッドって感じなんですか?
そうですね。当時に比べるとより一層生活インフラ化しているっていうこともございまして、
彼らが当時はまだまだモビリティっていう領域だったと思うんですけど、
それ以外にもフィンテックを始められたりとか、
そういった意味で本当にスーパーアプリ化して、
より現地でなくてはならないようなサービスになっていらっしゃいますね。
ありがとうございます。
ちょっと僕が聞きたすぎてインドネシアトーク繰り広げてしまったんですけど。
ありがとうございます。
別にインドネシア生まれとかでもゆかりがあるわけではないんですよね。
そうですね。私も実は初めてのインドネシアのきっかけは2018年なんですよ。
じゃあ同じタイミングで。
もしかしたら同じタイミングで言ったかもしれないんですけれども、
当時新卒で入った会社で出張でインドネシアに行かせてもらって、
そこで経済の効きからくる活気ですとか、
あるいは現地の実際の課題感もそうですし、
一番大きかったのが現地の人たちのポジティブさといいますか、
私がやっぱり出張期間中なので、
その期間内しっかり成果出そうとしたので、
新職構わず仕事をしていたんですけれども、
そういう時に現地のメンバーが、
だから日本人はうつ病になるんだよということを言われてしまって、
そういった意味では優しい面を持ってくれていて、
かつとはいえ課題に直面しているということがあって、
そういったところからこの人たちの課題を解決していきたいなと思って、
最終的にインドネシアに起業するに至ったという形になっています。
僕も大学4年とかだったので、
すごいインパクト強くて、
いつかこういうところに関わりたいなという気持ちは抱いたものの、
とはいえ今社会人になって数年経って、
まだインドネシアに戻れたりしていなくて、
この違いが何だろうというところは、
多分坂井さんのこれまで歩まれた人生と、
僕の歩まれた人生が違うからなのかなということは思っていますので、
ちょっとまたグッと遡ることになりますけど、
坂井さんについても聞かせて欲しくてですね。
僕それこそ事前に調べさせていただいていて、
他の起業家さん以上に、
やっぱりご家族ご両親から受けている影響がすごく大きそうだなと思っていて、
そのあたりどんな影響がありそうかみたいなところから教えてもらえますか。
そうですね。坂井家っていうと、
結構周りからもハッピーオーラすごいよねと言いますか、
結構楽しい家庭だよねみたいなことを言ってもらっていて、
一つ大きな違いでいくと、
坂井家恒例の年賀状みたいなものがあって、
私が5歳ぐらいの時からずっと続けていたんですけれども、
25年間ぐらい続けていたんですけど、
25年間?
私が30ぐらいなので、3年前から4年前ぐらいまでずっと続けていたんですけど、
毎年その年に流行ったもののコスチュームを着て、
その書く過程に、
初笑いよっていうことで年賀状を届けていくみたいなことをやらせてもらっていて、
例えば一番直近でいきますと、
私が鬼滅の刃の根塚を、
根塚なんですか?
カンジロウじゃなくて、
あえて根塚をやったりとか、
まるでヒョッコリ版やったりとか、
当時はめちゃくちゃ前とかでいきますと、
当時のサッカー日本代表のコスチュームを着てみたいなことをやってたんですけれども、
そういったものを通じて、
より人に笑いを届けていくみたいなところが、
モチベーションとしてあったみたいなところがあったりしたので、
結構そこがひとつきっかけと言いますか、
自分のコアを築いているものとしては大きいのかなと思っています。
発案者はお父様とかなんですか?
当時はそうですね。
なので何か来てみて、
それを届けたら、
いろんな知り合いの家族とかがめちゃくちゃ面白いねって言ってくれたので、
どんどん自分たちもいい気分になって、
より良いものより良いものみたいな形になって、
最後の方とか、
私も上京はしているんですけれども、
12月の頭ぐらいには家族会議がLINE電話とかで開かれて、
今年何するみたいなのが1時間ぐらいディスカッションして、
じゃあ今年はこれでいこうということで、
私は熊本出身なんですけど、
熊本に帰省したタイミングで、
それを実際に撮影して届けていくみたいなことで、
本当に数年前まで続けていましたね。
深職忘れて働いているさなかで、
今年の年末年始何撮影する会議をしたんですね。
お父様はお仕事も明るいことされていらっしゃるんですかね?
特にめちゃくちゃ特殊というわけではないんですけれども、
それこそ父は本当にサラリーマンとして、
これまで働いてきてますし、
母ももともとは、
私3人兄弟だったので、
そういう意味では専業主婦でしたし、
直近は子供が育っていったってところもあって、
お仕事もしているんですけれども、
めちゃくちゃ家庭的に起業家だったとか、
エンターテインディングでアーティスティックな活動をしていたというわけではないんですけれども、
そういった人を表せるとか、
みたいなところは結構好きな家族だったと思います。
なので、高校のOB会とか、
あるいはそういったところにも応援団とかをやっていたのが父だったりもしますし、
母もいわゆる友達と今でも仲良くしているみたいなところがあったりするので、
そういったポジティブな文脈というのは両親もあるのかなと思っています。
いいですね、なんかめっちゃいい家族ですね。
素敵です。
ありがとうございます。
今、ご家族の話をたくさん聞きましたけど、
ご家族以外で、それこそ幼少期、小学生ぐらいですかね、
坂井さんを形成した習い事なのか、スポーツなのかわからないですけど、
熱中されたこととかそういうのってありますか?
その意味でいくと、もちろん家族というところから少し発生するんですけど、
そういういろんなものに興味を持たせてくれたみたいなのは大きかったかなと思っていて、
習い事でいくと、日本舞踊を習っていたりとか、
あとはアトリエ教室に通わせてもらったりとか、
あと100人種の大会に出させてもらったりとかっていう、ちょっと特殊な。
だいぶ特殊ですね。
私、小学校からずっと大学まで大会で野球部で活動してきたんですけれども、
それ以外の文脈でもいろんな活動させてもらってですとか、
他は旅行に当時結構連れてってもらって、
熊本出身なんですけど、九州いろんなところ連れてってもらいましたし、
国内外含めいろんなところに連れてってもらったっていうところは大きいのかなと思っております。
一番大きなところでいくと、いわゆる歴史教育といいますか、
そういった小っちゃい頃から結構電気を読ませてもらって、
イジソンさんとかライト兄弟の本読ませてもらったりですとか、
あとは中学の頃に柴田陽太郎さんの坂の上の雲であった龍馬が行くとか、
あるいは山崎豊子さんの不毛地帯みたいなものを読ませてもらって、
そういった意味では海外に対しての日本みたいな文脈は、
結構当時からそういったところを通じて学ばさせてもらったというか、
インプットはあったので、そういった意味では今にもつながっている部分はあるのかなと思っています。
お父様がそういうのを用意されて読みなよみたいな感じだったんですか?
父もそうですし、祖父とか祖父母が結構そういったところが大きくてですね、
なので直接的には祖父からそういった歴史の勉強をさせてもらったりですとか、
あとは祖母がそれこそ長崎の出身で被爆経験とかもしていて、
小さい頃からそういった話とかをしてくれたりとか、
また祖母がドキュメンタリードラマとかを見るのが好きだったので、
そういったアフリカのドラマとかを見させてもらって、
日本と全然違うところがあるんだってところで、好奇心もそうですし、
そういったこう歴史的な背景とかを含めて学ばせてもらったみたいなところは大きかったのかなというふうに思っています。
いいですね、いろんな刺激を受けながら。
そうですね、そうですね。
じゃあ結果的に一番熱中したのでいくと野球にはなってくるんですか?
一番大きなところでいきます、そうですね。
なので小学校から結果として大学までずっと続けてっていう感じで。
大学もやってるんですね。
そうですね、はい。なので共同創業者も大学野球部の同期でして、
私が一応ピッチャーで、彼がキャッチャーで、バッテリーで会社を立ち上げたっていうと、
めちゃくちゃ綺麗なストーリーなんですけど、
だいぶじゃあ二人とも一切試合には出ていないので。
出てないですね。
全くそこはあれなんですけども、
同じ部活動で4年間一緒に活動した同期と一緒に会社を立ち上げております。
しかも大学慶応で、しかも野球、六大学野球なんですね。
いわゆる六大学野球の中でやらせてもらっておりました。
じゃあ高校までもかなりガチでやられてらっしゃったんですね。
そうですね。ただ熊本のいわゆる新学校と言われるようなところだったので、
めちゃくちゃ野球が強いかって言われるとそうではないんですけれども、
当時熊本の熊本市大会ってところで優勝させてもらって、
それが22年ぶりとかの優勝だったので、
そういった意味では分部領導みたいな形で、
いい経験はさせてもらったのかなと思っています。
大学は多分相当でも部員も多くて、まさにレギュラーではなかったみたいな話がありましたけど、
そこはどうだったんですか。意気込んで入っていって、やっぱりそれなりの挫折経験だったのかとか、
いろんな学んだものが他にあるのかとか。
ありがとうございます。それでいくと、まずもって200人いるんですよ、部員が。
すごいですね。
なので一学年、平均で40人から50人いるっていうのが一般的でして、
もちろん人数が多かったのもあるんですけれども、
私一浪して大学入っているので、そういった意味ブランクもあって、
大学1年生の春に早速肩の怪我をしてしまいました。
なので、本当にKO野球部で活躍したいって思ったんですけれども、
なかなか思うようにいかなくて、本当に2年間ぐらいはずっとリハビリ生活といいますか、
病院に通って、それこそ肩の手術とかも経験をしておりましたので、
思っていたものとは違うといいますか、結構苦労したといいますか、
悔しい4年間みたいなものも実際にはありましたね。
そのタイミングで怪我したら、全然ドロップアウトしていい気がするんですけど、
それでもなお役割を変えてい続けたっていうのはどうしてなんですか。
そこで逃げたら、今後何からでも逃げてしまう逃げ癖ついちゃうんじゃないかなって思ってしまったのが事実でして、
それはやはり大学上京させてもらって私立の野球部に入れてくれた親に迷惑といいますか、
親にお世話になっているからこそここは辞められないなっていうふうに思いましたし、
実際に野球部に入ってめちゃくちゃいい同期とか先輩後輩に恵まれたっていうところもあったので、
そういった意味では仮に自分が野球じゃないにしても何かしら別の方向で貢献はしていきたいなというふうには思い始めていたので、
そういった意味では4年間辞めずに続けておりました。
じゃあ自分の将来を考えた時の逃げたくないっていうのと、結構他者貢献的なところも当時から強く目にあったんですね。
そうですね。実際に例えば中学校とかの野球部ではキャプテンをやっていたり、
少し分脈されるんですけど生徒会長とかもやらせてもらっていたりとか、
高校もキャプテンはなかったんですけれども比較的チームをまとめる、
これを高校の同期が聞いたら違うだろうって言われるかもしれないけど、
結構ムードメーカー的にやらせてもらったみたいなところも一定はあったりしたので、
そういった意味で自分自身がプレイヤーではないんですけれどもチーム全体で勝っていくみたいなことはやりたいなというふうに思っていたので、
当時大学も、これしょうもない話なんですけど、自作コント集のリラクゼーションビデオっていうのを自分たちで作って、
それを試合前に見てもらってメンバーがそれでクスッと笑ってリラックスした状態で試合に挑めるみたいなことをやったりです。
あとはデータ版として実際に偵察をして、それでしさ出しをするみたいなことで、
少しプレイヤーではないんですけれども違う分脈でチームに貢献していこうということでやらせてもらっていたので、
そういった意味ではいい経験と言いますか、これまでってどうしてもレギュラーがゼであるっていう立場でずっとやってきたんですけれども、
組織っていうところで勝っていくみたいなことを経験させてもらったので、
そういった意味では挫折ではあるんですけれども、いい経験はさせてもらったなと思っています。
じゃあ4年間5年間は多分MAXでやりきっているってことですか?
はい、そうですね。おっしゃる通りです。
大学時代は基本的には部活オンリーって感じですか?
そうですね。本当に4年間博球だけを追ってと言いますか、大学にもまともに通わずって言ったらもしかしたら怒られるかもしれないんですけれども、
本当に野球中心の生活を当時はしておりました。
いわゆる今みたいにインターンをしたりとかそういうのってあったんですか?
当時はなくてですね、なので大学4年終えた後に、それこそスローガンっていうグッドファインドとかファストグローを運営している会社でインターンをさせてもらっていたので、
本当に卒業、卒業して休学するような形でインターン経験みたいなことは得らせてもらっておりました。
それはもう内定とかがある状態でやっていたってことですか?
当時はですね、大学の同期がスローガンに入社をすでにしていて、私が就活文脈でセミナーを聞きに行ったらたまたまその同期が働いている会社で、
その彼がなかなか成果が出せていなくて結構苦労していたので、彼が育っていくまでは私が面倒を見てあげようみたいな、ちょっとおせっかいな心が湧いてしまって、
そこで声をかけてもらったので、じゃあインターンしますということで、特段意識が高かったというよりは単純に友達がそこで頑張っていて応援してあげたかったので、インターンを始めたというような経験になっております。
普通、友達とはいえ辛そうでやってたら、そこ入りたいとは思わない気がするんですけど。
成果が出せないだけで、仕事自体とか会社自体はめちゃくちゃ素敵だったので、
そういった意味で彼が野球部からいきなり何もビジネスのイロハを知らない状態でっていうこともあったので、
それが例えば別の友達の別の会社だったらそこに関心を持ったと思うんですけれども、
たんたまそこだったので、そういった意味でそこに関心を持ってそのままシームレスに並べ込むように仕事を開始したって感じですね。
とはいえ、坂井さんも未経験という意味では同じスタートライン。
坂井 おっしゃる通りです。全く自分自身使い物になったかわからないですけれども、少しでも何かしら貢献できるものがあったということで、やらせてもらってました。
じゃあもうそのインターンが終わり就職になり、新卒とかだとどういうところに入るんですか?
坂井 新卒は先ほど少しお伝えしたグローバルモビリティサービスっていう東南アジアで自動車ファイナンスの事業を手掛けているスタートアップに入社をしておりまして、
そこに海外という文脈でまずはスタートしたっていう感じですかね。
結構そういう会社って東南アジアとか国際的なところに興味ある方とか、
社会課題的なところに興味がある人とかいそうな気がするんですけど、そっちの文脈っていうのは坂井さんにこれまで何かあったんですか?社会課題的なところか。
坂井 そうですね、社会課題っていう、なのでこの会社を分解したときに海外×社会課題ってなったときに、海外は先ほどお伝えしたような文脈なんですけれども、
そこでいくと私自身が社会課題っていうよりは金融みたいなところに関心を持った部分がありまして、
私自身熊本の課題の中からそれこそ奨学金とか教育ローンとかをうまく活用して私立の大学に通うことができて、
結果として私立の大学でまさに名門野球部みたいなところで色々学ばさせてもらって、
かつ結果として今の共同創業者も同じ大学ですので、そういったものがなかったらそれこそ今自分がここにいなかった可能性もあるので、
そういった意味で金融課題によって金融アクセスによってより生活が前進していけるよねっていうものがあったので、
社会課題っていうよりはどちらかというとこういった金融課題みたいなところに最初は関心があったっていう感じですかね。
なるほど。そしてそこの会社で、それはもうそういうのを進めていくっていうのかないしは今みたいな感じで、
結構いつか起業したいぞみたいなところがあってそういう会社を選んでるのかとかでいくとどんな感じですか?
当時はそれこそ海外で事業を作っていける人材になりたいっていうことで、
まさに起業だったっていうよりはそういった事業家人材になりたいなってところが先だったって形になってますね。
それを思うようになっていったのはどうしてですか?
そこは明確にあって、そこがそのスローガンに入った時に代表の当時社長をやっていらっしゃった伊藤さんって方にお話しさせてもらったんですけども、
私が少しこれも長くなってしまうかもしれないんですけど、当時大学までは内閣総理大臣になりたいって思ってたんですよ。
すごい夢ですね。
これ中学時代からずっと思っていて、だからこそ高校とか大学もいろんな選択肢の中でそういったところを選んだみたいなところがあるんですけど、
実際に大学時代も現役の政治家の方であったり政治家経験者の方にお話をさせてもらって、
当時そういった方々に内閣総理大臣になりたいですって話をすると、まずは政治といえどその中心は経済だから、
まずはミクロ経済というか、そういった会社に入ってビジネスのイロハを学んだ方がいいよ、仕組みを学んだ方がいいよって言われて、
であれば就活をした方がいいなっていうところがまず1対1ステップと、次のステップがさっきの伊藤さんなんですけれども、
その伊藤さんに内閣総理大臣になりたいんですけどどうしたらいいですかって若気の至りもあって質問させてもらったときに、
伊藤さんが逆に言うけど、坂井君が内閣総理大臣になって欲しい人ってどんな人って言われたときに、
孫さんとかあるいはファーストリーの柳井さんとかがやってくれたら明確に日本よくなると思いますっていうふうにお伝えしたところ、
そうだよね、明確に社会を変えてくれるイメージがあるのってやっぱり起業家というかゼロから新しい価値を草の根的に作った人だよねって言われて、
そのタイミングでめちゃくちゃすんと腹落ちしたっていうところがあって、そういった意味では将来的に今まさに起業としてっていうところであるんですけれども、
こういった新しい価値を出していくとかみたいなことをやろうとすると、ゼロから1を作っていけるような事業家人材になることがまずは先決なんじゃないかなというふうに思いましたし、
あと当時伊藤さんに言われたのが政治家になりたいって言うけど、それって手段の目的かだよねっていうふうに結構ビシッと言われてしまったみたいなところもあって、
そういった意味でそのタイミングで明確に少し考え方が変わって、事業家人材みたいなところを目指し始めたって感じですかね。
その後その新卒で入った会社を辞められて次のステップに行く時っていうのはどんな動機なんですか?
そのタイミングで1回本当にインドネシアにとにかく渡って何かしら立ち上げようみたいな感じになって、それが2020年の3月ぐらいなんですけれども、渡ったタイミングがまさにコロナだったんですよ。
どんぴしゃんもどんぴしゃですよね。
そうなんですよ。なので当時渡ったはいいものの本当にビジネスも成り立つような環境でもないですし、当時インドネシアで行きますとビザがそもそも発行されないみたいな状態でしたので、
このタイミングでずっとインドネシアに滞在し続けるのはなかなか難しいかもなっていうふうに思いまして、一旦ソフトバンクに入社をするので、
そういった意味では起業しようとしたんですけれどもそこで挫折と言いますか、なかなかうまくいかないなってところでまた改めて1回会社に入り直したっていう感じですね。
さっきまでの話を聞いていると、その時の坂井さんだったら何が何でもそこに残り続けそうな印象もありますけど、どうしても無理って感じだったんですか?
そうですね。冷静に見たときにこの環境で事業をやるっていうのはあまり健全ではないなっていうふうに思いまして、
もちろん私も野球部って言いますか、ちょっと盲信的にやっていくってところはあるんですけど、こういった引き決めみたいなところもあったので、ここは健全じゃないなって思って、
ビジネスジャッジ的にも一旦は日本に帰国した方がいいなと思って戻ったって感じですね。
で、ソフトバンクですか?
そうですね。ソフトバンク株式会社なので、いわゆるブロードバンド事業とかをやっているところに入社をしておりました。
それは何をされたんですか?
当時は事業戦略活部っていうところで、いわゆるブロードバンド事業のPL管理ですとか、あるいは戦略策定みたいなところをメインにやらせてもらっておりました。
結構急にそれこそコンサル卒の方とか頭いい方々がやりそうな領域な気がしますけど。
そうですね。ExcelとかあるいはPowerPointみたいなことを主には扱うような部署でした。
それはもともと得意だったのか、意図的にわざとそれを取りに行ったのか?
おそらく意図的みたいな感じでして、どちらかというと私がスタートアップで事業を作っていくみたいなところだったので、
そういった意味ではあえて逆と言いますか、大企業でかつ管理と言いますか、そういったところをやっていく部署、数字を取り扱う部署でしたので、
ひとときにこのタイミングは違う経験を取りたいなっていうふうに思ったので。
特にソフトバンクさんがそういった文脈でいきますと、確かに大きくはあるんですけどベンチャーマインドを持っていらっしゃって、
せっかく早いのであればそういった自分が将来作っていきたいような会社に入ってみるのも手だなというふうに思って、
一応ソフトバンクに入社をしたという経緯になっています。
そこからまたソフトバンクを卒業されて起業されるっていうのは、その間もずっと何か考えられていらっしゃったのか、
なんか外部要員があってついに海外にまた行ったのかでいくとどんな感じですか?
当時、共同創業者の北口とプロジェクト的にいくつか趣味領域のプロジェクトを立ち上げようというようなプロジェクトがありまして、
そこで例えば当時やっていたのが野球版の球児向けのライトアップですとか、
あるいは野球向けのヤフー知恵袋みたいなプロジェクト的にやろうとしていたんですけども、
まあでかくするの難しいなみたいなところを正直客観視してしまったところがあって、
北口と2人で話し合った結果、やるからには人生かけて命かけてベッドしたいよねということで、
じゃあスタートアップ的にやっていこうって思い始めたのが2002周年の後半ぐらいみたいな形になってまして、
そこから海外で勝てるプロダクトは何かっていうところとかを考え始めて徐々に起業に至ったっていう感じですね。
とはいえ、さっきおっしゃってたような事業を構想されてた方々が今みたいな事業に行き着くってあんまり思えないんですけど、
どういうマインドセットの変え方だったのか、ないしは事業の探索の仕方を明らかに変えたのかとかそのあたりでどうだったんですか。
ありがとうございます。そこでいくと、やはりグローバルで勝っていきたいみたいな文脈が一番大きかったんですけれども、
私のところは先ほどお伝えした通りなんですけれども、北口の場合がですね、新卒で33に入社をしていて、
その後にインド発のホテルチェーンのスタートアップのオヨに入社をしていて、そこで新規事業の一人目のメンバーとしてジョインをしているんですけれども、
間違っていなければ彼が入社したタイミングで数十人ぐらいで、それこそ半年とか1年で1000人ぐらいまで増やしていくみたいなスケール感でやっていらっしゃったっていうことがあって、
そういった意味で彼としてはグローバルのスタンダードがこういったところが世界線としてあるのであれば、自分自身もそういったところでやってみたいなみたいなところがあって、
私自身グローバルがもともとやりたかった、彼もオヨの経験をもとにそういった気持ちが芽生え始めたっていうタイミングだったので、グローバルでやっていきたいなっていうところがまず持ってあって、
その中でいろいろアイディアとかも考えていったんですけれども、自分自身たちが買っていけるのであれば、アメリカでやるとか、あるいは日本活からグローバルでやるっていうよりは、
私も行かせてもらっていたインドネシアっていうところかける自分持ち権があったモビリティファイナンスのフィールドっていうところが相性がいいのかなっていうふうに思って、最終的にそこにたどり着いたっていう感じですね。
割と坂井さんの経験とか思いが強めに事業領域に反映されつつみたいな。
比較的そうだと思いますね、はい。
インドネシアに移って、割とデイワンからユーザーがつき始めみたいな事業もリリースし始めてたみたいなことを拝見したんですけど、これはどんなスピードだと思ったんですけど、何があったんですか?
これはですね、2021年の12月にインドネシアに渡ったんですけれども、それこそ事業開始は2022年の1月からなんですけど、当時明確に課題は明確なんですよね。
なので今でもお客さんめちゃくちゃ、例えば今でいきますと月間で1万件ぐらいのお申し込みいただいてるんですけど、当時からそういった引き合い湧いてあることが確信あったので、
そういった意味である程度資金を準備した上で現地で事業を開始したら、やはり需要は明確にあってお客様もすぐに欲しいっていうことだったので、すぐにお客様がつき始めて契約に至っていただいて車を提供し始めたっていう形にはなってました。
そういう車というハードを持ってるわけじゃないですか。結構な資金、最初から必要なんじゃないかなと思うんですけど、そこはどう訓練していくんですか?
ここはそれこそ最初、広告さんとかからお金を調達させてもらったりですとか、あるいは資本金で一定貯金もありましたので、そこから資本金にして、そこから車に変えていくってこともそうですし、
あとは2022年に初期タイミングでジェネシアベンチャーズさんからご出資をいただきましたので、いわゆるしっかりと届けていくっていう観点でいきますと、そこが一番のブレイクスルーではありました。
じゃあ最初に移住というか現地に行かれて、最初の頃に苦戦したことじゃないですけど、どんな壁を乗り越えてきたのか?
そこでいくとやはり事業環境の違いみたいなところが一番大きくてですね。
事業サイドとあるいは組織サイド2つお話いたしますと、事業サイドでいくとやっぱりそもそも生活インフラとか事業インフラが違うので、
余震をどうつければいいかですとか、あるいは車の改修のオペレーションをどうしたらいいのかみたいなところが結構難易度が高くてですね。
よく伝えている話としては、当時弊社の社員としてメンバーとして働いてくれていたメンバーの奥さんが車が欲しかったので、
じゃあうちのサービス契約してよということで契約をしてもらったんですけれども、
途端連絡が途端につかなくなってしまって支払いも止まってしまってみたいな形に途中でなってしまって、
そのタイミングで私たちも問いかけをしようとして旦那さんといいますか弊社の会社のメンバーに話をしたところ、
全然連絡してないみたいなことを言っていて、何なんだろうと思ったら実はこの旦那さんが奥様が第一夫人じゃないといいますか、
インドネシア宗教的なもので複数人奥様がいらっしゃるみたいなケースもあったりして、
そういった意味で自分の責任の範囲外ということで全然コミットしてくれなかったということがあって、
全然連絡がつかなかったので住所とかを特定しとか、あるいはGPSを取り付けているので、
この会社のメンバーとか共同処刑所の北口とかがバイク2台で2人乗りしてカーチェイスして、
そこで車を回収しに行くみたいなこととかをやらせてもらって、
そういったこともあって、そもそも宗教上の違いであったり制度の違いみたいなところがやはり事業にも影響してくるってことがございますので、
初期そういったところはやはり最初キャッチアップといいますか、
ラーニングみたいなところは結構大変だったなというふうに思っております。
それはもう何なんですかね、国民性ってインドネシアの方々良い人はめっちゃ多いですよね。
そうですよね、めちゃくちゃポジティブで良い人はいるんですけども、やはり制度上みたいな話ですとか、
あるいは一定の国民性の違いがあったりするのも事実ではありますので、
そういった意味では日本人ってそれこそ真面目に払うみたいな、真面目に支払いをしていただくみたいなケースってあると思うんですけれども、
インドネシアの方とかで行くと一定、そもそも収集感とかも違うので、
少し遅れながら払うみたいなのもそんなに特殊じゃないといいますか、みたいなスタンスとかもあったりするので、
そういったところを日本の前提をラーニングすることと、インドネシアの基準をラーニングするみたいなところは結構最初はいろんなキャッチアップみたいなことをやりながら事業をやらせてもらってました。
今のも関係すると思うんですけど、前者の予信が取りづらいみたいなところはこれは何でなんですか?
ここはやはりそういった信用情報が未整備みたいなところが大きくてですね、日本で行きますとJICさんであったりCICさんみたいな信用情報機関みたいなものが一般的にありますし、
かつこれまでに何かしらの金融サービス受けてこられた方の方が、それこそクレジットカードもそうですし、家のローンであったり車のローンみたいなものがあると思うんですけれども、
インドネシアで行くとこういった信用情報機関のデータすらもまだまだ未整備であったりですとか、
あとはこういった銀行の口座がそもそもないであったり、そういった金融サービスをこれまで使ったことがない方が多いので、
なかなか予信をつける側の立場になってくると、どうジャッジすればいいのかわからないみたいなこともあったりするので、そういったところが最初は一つ苦労はしましたね。
それはどうにかできるものなんですか?
今は徐々にっていうところがあるんですけど、そういった意味で最先端のテクノロジーを使いながら、そういったデータを自分たちで取得してくるですとか、
そういったところで取得したデータを、私たちの中でオリジナルで料理するといいますか、そこで重みづけをしながらジャッジメントをするということで、徐々に徐々に今はアップデートっていうところができてきております。
実際にさっきの事例みたいに痛みを伴いながら、この事例だと黄色信号だとか、そういうのもありつつって感じなんですかね。
なのでそういった意味ではこういった蓄積みたいなところが一つ競合優先にもなってくるところはございますので、しっかりとこういったなかなか余信が汲めない方々の余信データみたいなところは積極的に取っていきたいなと思っています。
さっきまでおっしゃっていただいたような、なんでインドネシアが熱いのかとか、なんでモビリティなのかみたいなところってすごく外部環境的な話で、
同じように注目して参入しているプレイヤーとかいっぱいいるんじゃないかなとか、ないし他の方が強かったりとかありえるんじゃないかなって思ったりもするんですけど、
そこで実際どうなのかとか、その中でどう思うと気づいているのかみたいなところでいくとどんな感じですか?
ありがとうございます。そういった意味では、今スタートアップ的に競合らしい競合みたいなことは現状インドネシアにはいなくてですね、
ここは大きく2つあるのかなと思っていて、1点目がこの事業領域って、いわゆる資金調達が肝の領域でもございますので、そういった意味では日本で資金調達ができるって一つ大きなポイントになってまして、
世界的に見ても日本の金利ってめちゃくちゃお安いじゃないですか。インドネシアで調達しようとすると、リース会社さんからのリースの両立が年利で10%超えてくるみたいな形だったりするので、
そういった意味では弊社が日本側でお金を調達できるっていうのは非常に大きなポイントなのかなと思っております。
2点目がオペレーションの部分でして、先ほどお話したような改修であったり余震のオペレーションを構築するときに、なかなか現地の方々がここの領域に対してしっかりと最後のラストワンマイルの改善みたいなことを突き詰めるっていう形ではなくてですね、
そういった意味では日本企業って、例えばユニクロさんがしっかりとオペレーションを構築されたりですとか、トヨタの看板方式みたいなものあると思うんですけれども、
そういったオペレーションのラストワンマイルの改善によって競合優先を築いていらっしゃる会社さんって非常にたくさんあられると思ってまして、
そういった意味では新興国のファイナンス領域って非常にこの領域、このオペレーションみたいなのが起軸になってくるんですけれども、
そういった意味では日本人が比較的得意なキーパービリティを持っているってところは競合優先の一つなのかなというふうに思っています。
あとはそういう新興国みたいな切り口でいくと、インドネシア以外の国にも世界中あるわけじゃないですか、
そこでは似たようなモデルとかっていうのはあったりするものなんですか?
今いくつか似たようなプレイヤーさん出てきておりまして、例えばナイジェリア発のムーヴさんっていう会社さんでいきますと、
すでに1ビリオンUSD以上資金調達をしていらっしゃって、ナイジェリアを基軸にアフリカを中心に展開をしていらっしゃったりですとか、
あとはメキシコのOCNって会社さんがすでに150億円以上資金調達をされていらっしゃったり、
あるいはインドでも、例えばさっきのムーヴさんがインド展開をしていらっしゃったりですとか、
インドでもそういったモビリティファイナンスの事業者のスタートアップさんっていうのが出てきて、現地のプレイヤーさんが出てきておりますので、
そういった意味では、そういったマーケットを間違ってないんですけれども、インドネシアでいくと競合がまだ出てきていないので、
まずは私たちがリードしていきたいなと思っております。
東南アジアとかでくるといたりするんですか?
東南アジアでいっても、それこそそこまでまだメインのプレイヤーさんっていうのが出てきていなくてですね、
そういった意味では、また東南アジアの中でもインドネシアが一番主戦国ではありますので、
人口も東南アジア全体で6億7千万人ぐらいあるんですけれども、
インドネシアがそもそも3億人ぐらいいますので、
そういった意味ではまずはインドネシア取れるかどうかってところが、東南アジアをリードできるかどうかってところが決まってくるのかなと思っています。
他のエリアでリードしているとか、先ほど言っているような規模感の事業者さんもあるけれども、
とはいえやっぱり一つの国ごとに張っていかないと、簡単に横転はできない。
おっしゃる通りですね。
あとはその事業ってサイドでいくと、シリーズBっていうふうに掲げてられちゃいましたけど、
そういう意味ではもう明確にPMFとかはしている状態なのかなと思うんですけど、
それなんかいつぐらいに感じたのかとか、何が象徴的にそれを思ったのかとかいくとどんな感じですか?
ありがとうございます。そこでいくと、それこそシリーズAのタイミングでまさにPMFみたいなものは完了ができていて、
今のタイミングでいくとどちらかというとまさにスケールフェーズに入っていたみたいな形なんですけれども、
シリーズAのタイミングからまさにもう引き合いがめちゃくちゃくるようになっていて、
それこそさっきお伝えしたように月での申込が数千件に上り始めてみたいな状況でしたので、
そういった意味ではしっかりと車のオペレーションも回せていて、
かつ引き合いもめちゃくちゃあるっていう綺麗なシリーズAのタイミングに来ていて、
かつこのシリーズBのタイミングまででいくと、
次のステップとしていかに供給サイドといいますか資金調達サイドを弊社側が整えられるかっていうところが一つのテーマでしたので、
そういった意味では今回もちろんエクイティもそうなんですけれども、
メガバンク2校さん含む5校からエクイティよりもデッドの金額の方が多いという形で調達することができましたので、
まさにこれから急拡大をしていけるようなフェーズに来ているという状況です。
ちょっと戻って、シリーズAでPMFをしたタイミングでグッと引き合いが増えたっていうのは、
これは何でだったとか何を仕込んだのかとかでいくとどうですか?
そのタイミングでいくとまさにGTMといいますか、
ドライバーさんのコミュニティとか、あるいはそういったドライバーさんのライドシェアのプラットフォーマーさんとかから、
一定お申し込みがいただけるようになってきたというところもありましたので、
そういった意味である程度サービスとして確立されていたものが、
マーケティチャンネルに獲得したらかなり引き合いが増えるようになったので、
そういった意味ではもうこれから後は伸ばすだけだなみたいなフェーズには当時になりました。
まさにそのマーケティチャンネルの話でいくと最大手のグラブさんと提携されているというのがあると思うんですけれども、
これはいつぐらいに、どういう経緯で提携して、実際何をやっているのかでいくとどんな感じですか?
そこでいきますと、経緯でいきますと、
昨年、2024年の末ぐらいですかね、すみませんここが厳密に荒れたんですけれども、
一部の地域からまずはスポット的にやっていきましょうみたいな形で、
一部の提携はやらせてもらっていたんですけれども、
彼らとしてもやはりこれから彼らのサービス自身が強化していくためには、
このボトルネックのところがドライバーの供給というところがありまして、
そこでより密になってお話をしていこうというところで、
やはり契約締結みたいなところのお話を、
2025年の春か夏ぐらいからスタートさせてもらって、
そこで最終的に契約に至ったというのが、
昨年の秋から末にかけてというタイミングでしたね。
今は結構事業も地盤が固まってきていて、資金もがっつり供給というか確保している状態だと思うんですけれども、
これは市場の中での供給量というか、今何合目ぐらいにいるのかというか、
実はかなり手前ですごく巨大な市場が広がっているのかとか、
そういうのってどんな感じなんですか?
そうですね、まだまだ1号目にも達していないんじゃないかなと思ってまして、
それこそ実際にライドシェアのドライバーはそうなんですけれども、
インドネシア全体でいくと、それこそ車の売買って年間で2,300万台ほど、
中古車と新車を合わせて売買されておりますので、
そういった意味ではそれに比べるとまだまだ高々数千台みたいな規模感になっておりますので、
実際に数字で見てもまだ1%にも見立っていないという現状がございますので、
そういった意味では会社のメンバーにも現状に甘んじることなく
上だけ目指していこうみたいな形でコミュニケーションを取らせてもらってますね。
最近はこのライドシェアという領域だけでもかなりの台数というか市場があるし、
ないしはライドシェア以外のシンプルに個人へのリースじゃないですけど、
みたいなところの拡張性とかもあったりするんですか?
そうですね、なのでライドシェアのドライバーさんへのサービスということを中心に、
車の領域もそうですし、車のファイナンスという領域も広いですし、
そういった意味ではより一つでも多くの社会課題といいますか、
オポチュニティというところに対してアプローチはしていきたいなと思っています。
例えばでいくとどんな領域見据えてますとかいる限りでありますか?
そこでいきますとやはり一番近い領域でいくと車のファイナンスというのがシンプルかなというふうには思ってまして、
ライドシェアのドライバーさんというのもその中の一部でしかないのも事実ですので、
そういった意味では一般的にこの車を欲しいんだけれども、
なかなか車のファイナンスがつかないという方に対してサービスをお届けしていくということは実現していきたいと思っています。
ありがとうございます。
ちなみに組織でいくと、結構現地にいらっしゃるということでいくと、
現地メンバーがかなり多くてみたいな感じなんですか?
そうですね。今連結で110名なんですけれども、うち100名はインドネシア側のインドネシアのメンバーになってまして、
日本人ファウンダーの日本企業なんですけれども、
日本人の方がむしろマイノリティというだいぶ特殊な環境で事業運営してまして、
残りの10名については5名がビジネス職で現地駐在をしてくれていて、
もう一方の5名がエンジニアの方々で日本からフルリモートで開発をしてもらっております。
それ以外にもちろん業務委託のエンジニアの方が追加で5名とかいらっしゃって、
一部業務委託であったり副業で関与いただいている方はいらっしゃるんですけれども、
マジョリティは今はインドネシアのメンバーになっています。
おそらく何か意図的に色々試行錯誤の末、そういう割合とかメンバーの配置にしている気がするんですけど、
ここはどういう感じで辿ってきたんですか?
そうですね。むしろ最初は共同創業者と2名だけで、
それ以外は全てインドネシアのメンバーではあったんですけれども、
今後のスケールを見据えていくと、やはり結節点といいますか、
しっかりと会社を吸収力を保ってやっていくには、
優秀な方々に入っていただく必要があるなというところで、
ここは特段国籍であったり、こだわってはなかったんですけれども、
先ほどお伝えしたようなオペレーションみたいなところでいくと、
やはり日本人の方が、日本企業で働いたことのある方の方が
キーワードビリティが現れるなというところがあったので、
日本本社採用を開始したというのが、
2024年ぐらい、2年前ぐらいの話ですね。
現地の方々の、いわゆるマネジメントも、
良い人たちとはいえ結構難しい記憶があって、
当時僕が在籍していた会社もすごく離職率が高いなとか、
転職が当たり前なんだなみたいなことがあったりしたんですけど、
そことかってどうです?
そうですね。確かに一定程度流動性が高いのも事実ではあるんですけれども、
ただ一方で、弊社で初期から働いてくれたメンバーは、
マネージャー陣に関しては、それこそ4年丸々働いてくれてるみたいなメンバーもおりまして、
そういった意味では、より優秀な方には機械であったりですとか、
あるいは昇給みたいなものを含めて、
よりインセンティブを設計してあげられるような形にはしておりますので、
例えばインドネシアって、いわゆるジョブディスクリプションベースで、
そこまで職を変えないのが一般的だと思うんですけれども、
弊社でやった時にジョブローテみたいな形で、
例えば予信チームにいたメンバーがHRチームで働いたりですとか、
HRチームで働いたメンバーがビジネスサイドで頑張ってもらったりとか、
そういった意味では現地にはないような、
日本型の経営スタイルを現地に取り込んで、
それがむしろ一定ワークしているみたいなところもあったりしますので、
そこはグローバルだからといって、変に言語をせずにと言いますか、
日本人としてやり得るような、あるいは私たちが慣れているような経営スタイルで、
今は組織制度とか組織運営みたいなことはやらせてもらっています。
それは合理的だからやってるってことなんですかね。
そうですね。
なので、当時変に遠慮してしまったみたいなところがあって、
なかなか私たちもインドネシアのスタイルに馴染めなかったみたいなところがあったんですけれども、
であれば私たちが一丁目一番地でしっかりとやり得るような、
原理原則に基づいてやろうってところが当時思ったので、
結果として初年度のタイミングで、それこそMVPちゃんと定めてですとか、
早いタイミングから制度設計みたいなこともやらせていただいて、
徐々にそれを回してきている最中ではあります。
あとそれこそ日本人がさっきおっしゃっていただいたポジションとかはあると思うんですけど、
それこそ今MVPさんが気になると、入っていきたいぞってなった時には、
どういうポジションとかどういう活躍の場が出せるのかみたいなところからいくとどうですか。
ありがとうございます。大きく3つほどありまして、
1つ目がVizDevと2つ目がエンジニアリングのポジションと3つ目がコーポレートのポジションになってまして、
1つ目のVizDevがまさに現地に駐在をしていただいて、
今既存事業もありますのでそこの何かしらのチームに入ってもらって、
1チームから見ていただいて徐々に複数チーム見てもらいながら、
いわゆるマネジメントポジションとして企画であったりマネジメント設計みたいなことをやってもらうポジションになっております。
今いわゆる現地の既存事業に関しては、
今3人ほどのいわゆるもともとVizDevのメンバーが現地に駐在をしてくれていて、
3人を中心に今回してもらっているような形です。
2つ目のエンジニアリングのメンバーがこれはフルリモートで日本から開発をしてもらうんですけれども、
日本からのリモートにはなるので、
より現地にしっかりと主体的にプロアクティブに入っていただく必要があるんですけれども、
今でいきますと私たちが2マンセル体制みたいな形で、
エンジニアのメンバーがより事業サイドにも染み込んでいただくみたいな形になっているんですけれども、
この間も5月に2人のエンジニアのメンバーが現地に出張に来てくれて、
現地の生々しいところまで見てもらって、
現地のVizサイドと直接コミュニケーションを取って、それをプロダクトに反映していくみたいなことをやらせてもらっているので、
そういった意味では知的な刺激に飢えているといいますか、
有識な方では知的好奇心が高いと思いますので、
新興国みたいなこれまで経験したことがないような領域でプロダクトを作っていきたい、
より事業に染み込んでいきたいみたいな方には是非フィットをしていただけるのかなというふうに思っていますので、
是非入っていただきたいと思っております。
コーポレートはいわゆるバックオフィスみたいなところで管理サイドを中心にやっていただける方を今募集しているというのは、
3ポジションを今ご用意できるのかなと思っています。
もう事業の改造度も徐々に上がってきて、
採用とか組織のことも上がってきたところになるんですけど、
改めてムーブスさんってどんな未来を描いているのかなとか、
何を思いながらやっているんだろうみたいな気持ち、ビジョンみたいなところも気になっているんですけど、
この辺りももう一段落を教えてもらえますか。
ここでいきますと、一つでも多くの現地の課題、大きな課題を解決していきながら、
かつ現地はもちろんなんですけど、日本にも貢献をしていきたいなと思っておりまして、
現地の課題の解決はある程度イメージつくかと思うんですけれども、
一方で今後日本をいかに元気にしていくかですか、
日本の経済を成長させていくかって一つ大きなポイントだと思うんですけれども、
もちろん日本でも素敵なスタートアップさんがいらっしゃる中で、
とはいえ日本の人口が減少していく中で、いかに外貨を取り込んでいくか、
海外で銃を作っていくかってところが一つ重要なポイントだなというふうに思ってまして、
そういった意味では、そういった時代だからこそ、
円圧時代でもあるからこそ、弊社としては海外に別頭していきたいなというふうに思っておりまして、
そうなってくると、アメリカとかいろんな選択肢がある中で、
新興国っていうところが、弊社としては日本の方々の能力みたいなところを多分に発揮できるフィールドだなというふうに思っておりますので、
一人でも多くのバイタリティーのある、あられる方々が一緒に来ていただいて、
現地で課題を解決しながら、それによって外貨を稼いでいくということで、
現地の新興国と日本がウィンウィンになるような関係を築いていけたらなというふうに思っております。
ちなみに外貨って話でいくと、今だとやっぱり日本の方が強かったりするのかなって思ったりするんですけど、
インドネシアがこれからガンガン上がってくるっていう感じなんですか?
そうですね。もちろん一定程度短期のものはあるんですけれども、
今後インドネシアが伸びていくってことになると、やはり円安が進んでいくっていうのも事実なのかなと思っておりまして、
そういった意味では、いかにそういった今後伸びていく、今後期待されるような海外への需要を起こして、
外貨を稼いでいくことは非常に重要だなというふうに思っております。
ありがとうございます。それこそ、結構、さっきの孫さんだったりだとか、柳井さんとかも意識されてる部分あると思うんですけど、
ムーブスさんも、そういう本当にレジェンダリーな会社になり得るポテンシャルっていうのはあるのかとか、
どんなふうに捉えてらっしゃいますか?
ありがとうございます。そういったポテンシャルっていう観点で言うと多分にあるのかなと思ってまして、
今、インドネシアがGDPがちょうど1980年ぐらいの日本と同じぐらいの規模感になってまして、
そういった意味では当時まさにソフトバンクって言われてたりとか、それこそファーストリーテイニングで柳井さんが社長に就任したタイミングがそれぐらいだったりするんですけれども、
そういった意味ではそこから日本の経済の成長に伴って、今や日本を代表するような、世界を代表するような会社さんになられておられますので、
そういった意味ではインドネシアが2050年には日本を超えて世界4位の経済大国になるっていうふうに言われておりますので、
そういった意味ではしっかりと経済の成長とともにその成長を取り込むことができれば、私たちもそういった会社になることも十分に可能なのかなっていうふうに思ってまして、
例えばなんですけれども、シンガポール初にCグループっていう会社さんが現れるんですけど、これが2009年の創業で、今時価総額でいくと10兆円前後になっていて、
そういった意味では創業間もない会社さんっていうのが、それこそ日本の代表するような会社さんとも遜色ない規模感までなられているってこともそうですし、
今インドネシアで一番大きいとされている物流の会社さんが創業10年とかなんですよね。
そうなんですよ。
なので、そういった意味では、そういった産業ど真ん中の会社が創業10年とか若い会社が作れているっていうのも事実でございまして、
そういった意味では日本とかでいくとやはり成熟していた産業とかがある中で、そこをいかに良くしていくかっていうと文脈だと思うんですけれども、
弊社の場合は新興国ですので、そういった産業ど真ん中を攻めていくことができて、かつ産業を作っていくですとか、あるいは社会インフラを作っていくだったり、
そういった産業をリードしていけるような会社を作っていけるのも十分にポテンシャルがあるのかなっていうふうに思ってまして、
私たちはそういった会社を目指していきたいなと思っています。
いいですね。ここまで多分50分ぐらい経ってる気がするんですけど、最後まで聞いてくださった方々にもう一声ぜひ届けたいメッセージとか、
多分相当語っていただいた気がするんですけど、何かありましたらぜひお願いします。
そうですね。もちろんこの産業みたいな文脈もそうなんですけれども、
日本のプレゼンスみたいな話でいくと、なんとなく日本のアニメが現地で流行っているみたいな皆さんご認識あられるかと思うんですけど、
それ事実でして、例えば日本の配信アプリを通じて日本のアニメが現地にタイムに流通されるので、
現地のメンバーとかも今週のワンピースみたいなことって声かけてくれたりするんですよ。
それ以外で言っても、例えばインドネシアって日本社のシェアが90%近くあったりですとか、
あとは日本語の学習者数でいくと世界で2番目に多いみたいな風になっていて、
それこそまだまだ日本のプレゼンスが高いのは事実なんですけれども、
そういった先人の方々が気づいてくれたようなものを、やっぱりちゃんと後世にも残していかないといけないのかなと思ってまして、
例えば最近BYD、中国のEVメーカーがそれこそインドネシアの日本社のマーケットシェアの画像を崩しにかかっていて、
それこそ去年のデータとかでいくと4,5%ぐらいBYDさんが膨れ上がってみたいな形になってますし、
あるいは韓国の会社さんでいきますとそれこそK-POPであったり、あるいは韓国ドラマみたいなものが人気ですので、
そういったエンタメみたいな文脈でいくとアニメ以外はこぞって会社のメンバー、韓国コンテンツについて話をしていたりってことで、
そういった意味で東アジアの方々といいますかね、東アジアの国であったり会社っていうのが現地に攻め込んできているので、
そういった意味では相対的にはやはり日本のプレゼンスが今後下がってきていってしまうのではないかっていうところもございますので、
そういった意味では外貨を稼いでいくってこともそうですし、日本のプレゼンスを今後も高め続けるってことをやっていこうとするには、
今まさにチャレンジしていく人の総和が増えていく必要ってあるなと思ってまして、
これが10年後ってみんな気づいてると思うんですけれども、今しっかりとちゃんと置きにいていくからこそ波に乗れるって文脈あると思いますので、
私たぶん10年後も同じこと言ってると思うんですけれども、より一人でも多くのチャレンジャーの方々が東の海を渡ってグランドラインといいますか、
より世界で戦っていけるような仲間を募集していきたいなというふうに思っております。
僕個人的に聞きたい最後の論点として、やっぱりグローバル意識している企業家ないし、グローバルで働きたい、海外で働きたいって方は結構増えてきてると思うんですけど、
とはいえその時に描いてる海ってどっちかというと西の海な気がしてて、その点っていうのは坂井さんはどういうふうに思ってるんですか?
坂井 そうですね、やはり私自身からするとアメリカでチャレンジするってめちゃくちゃすごいなと思ってまして、
勝とうとした時にアメリカの企業って周りがめちゃくちゃすごすぎるってあると思うんですよね。
そういった意味では海外っていう文脈の時に比較的インドネシアとかでいきますとまだまだ課題だらけで、かつプレイヤーが足りてない。
その中でも比較的日本人のケーパビリティーが生きていくっていう観点でいくと非常にフィットするのかなと思っておりますので、
そういった意味でグローバルっていうチャレンジの中にぜひ東南アジアだけじゃなくて新興国っていう文脈をぜひ含めていただけるといいのかなって思いますし、
いきなり新興国行っても何やればいいかわからないみたいなとこあると思うんですけど、
そういった意味では一度弊社に入っていただいてっていうちょっと歌い文句になってしまうんですけれども、
弊社に入っていただいてそこから羽ばたいていただく方もいいのかなっていうふうに思っておりますので、
一人でも多くの抗議での新興国チャレンジの同士っていうところは増やしていきたいなと思っています。
ありがとうございます。東南アジアの魅力も十分伝わったかなと思いますので、
ムーブスさん気になる方はぜひ概要欄にいろいろ坂井さんだったり、
ムーブスさんのリンクとかもね貼ってみたいなと思いますので、コンタクトとらめてみるといいかなと思います。
聞いていただいた方も坂井さんもありがとうございました。
じゃあ終了です。
ありがとうございます。
エネルギー量がすごい。
声張っちゃって結構すいません。
すごいですね。
100、170パーを常に出してるみたいな。
すいませんすいません。単純に声がでかかっただけかもしれないです。
元気なくなることないですか坂井さんは。
でも大学時代本当に、これぶっちゃけベースで大学時代は結構肩の怪我とかして悩んでたというか、
しょげてた期間で終わったので、
あの期間があるからこそ今があるなって思いますね。
起業してからはないですか。
起業して大変なことあるんですけど、
共同創業者の北口もいますし、
ベース経験楽しいじゃないですか。
この話したら周りの人が結構笑ってくれたりするんで、
普通に前しか向いてないなというか前進しかないなと思ってるんで、
それは全然そんなに苦労は、苦労はというか、
ネガティブになるみたいなことは今までなかったかもしれないですね。
北口さんの存在も大きいし、失敗とか苦しいことも全部ネタに転換するマインドセットが。
そうですねそうですね。