主体性の重要性
皆さんこんにちは、いずです。今日は主体性についてお話ししていこうかなと思います。
最後まで聞いてください。このチャンネルは、現役公務員の私が独立企業を目指すまでの日々をお届けするドキュメンタリーチャンネルとなっています。
今日は主体性について、ちょっとアウトプットしていこうかなと思ってこれにしたんですけど、
今、7つの習慣という本がありまして、知っている人は知っていると思うんですけど、
今その本を改めて読み直しているところで、この本を読みながら内容を日々アウトプットしてね、みたいなことも書いてありますし、
自分も今改めて読んでいて、そういえばそうだな、みたいなこともあったので、ちょこちょこその内容を読みながらアウトプットしていこうかなと思って、今日これにしたんですけど、
主体性について、本来主体性と自主性の違いがあるとして、
今回はそれは一旦置いておいて、主体性、ざっくり言えば自発的にというか、自ら取り組んでやるっていうところで、
っていう意味があるところで、それ以外にも、主体性は自分の人生の責任を引き受けることっていう
意味がありますよっていうのが書いてあったんですけど、
本来人間はもともと主体的な存在であると、
なので、私たちの行動は自分の決定と選択の結果、何を選択するかっていうところで行動に現れて、
その行動の結果が今の自分ですよっていうふうになってるんですけど、
人はその感情とか、一時的な感情とかそういった結果とかじゃなくて、
その感情を抑えて自分の価値観優先させることもできるし、
その価値観に基づいた自分の選択、自分で選んだ行動の結果、
行動しないっていう行動も含めて、その結果が全部自分のところにありますよっていう部分で、
これ今の自分に置き換えると、
まさにこれが意識的なのか無意識的なのかにせよ、
本にも書いてある通り支配されることを自分で選択したからそうなってるんですよっていう部分がすごい自分には
響いたというか刺さったというか、
おそらく無意識的に今までの自分は変わる不安よりも変わらない不満の方を多分選択してきて、
痛みを変わる不安、変わることを選ぶことによって生まれる不安とか痛み、
そういった結果よりも変わらないっていう行動をすることによって、
生まれる不満、そっちの方を選択し続けてきたんだろうなっていうので、
これはだから周りの状況とか条件とか他人とかそういうのも一切関係なく、
そういう選択を自分がしてきたからそうなっているわけで、
それが自分の人生ね、良くも悪くも行動するっていう選択も行動しないっていう選択も含め、
全部自分の人生の責任を受けることが主体性ですよっていうふうなのかなっていうところで、
今も本当変わりたい、意識的には変わりたいけど、
無意識的におそらく変わらないっていう選択をしていたりとか、
自分の中では変わる不安とか変わるその痛みよりも変わらないことで生まれる不満とか痛みを今選んでいて、
変わることによっておそらく自分の中でも意識的に多分変わる選択をすると、
多分家族と離れるっていう結果が痛みが多分生まれるんだろうなっていうところで、
そこが多分無意識的に受け入れられなかったりとかしていて、
結局その変わるっていう責任を、選択を自分でした時にその責任を引き受ける覚悟というか痛みを受け入れるところを嫌ってるんだろうなっていうのかなとも感じたり、
もしくはもっともっと深いところに入っていけばまた別の、それすらも家族と離れる痛みが受け入れられないっていうのすらも、
それはただの表面的な部分であって、もっと奥に何かあるのかなとも気になりはしますけど、
そういったところで、今ちょうど読んでいるところ、主体性というところで自分に刺さったので、今回はそれについてアウトプットさせていただいてシェアさせていただきました。
選択と責任
自分の現状を含めてですね、自分が今どう感じているかとか、この主体性という部分について自分がどう考えるかっていうところを今日はシェアさせていただきました。
今日はここまでにしたいかなと思います。ちょこちょこまた読んで感じたこととか、自分なりの
考えというか価値観をアウトプットシェアさせていただければなぁと思いますので、引き続き聞いていただければなと思います。
今日はここまでにしようかなと思います。今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。
もしよろしければ、「聞いたよ!」という意味も込めて、いいね、コメント、フォローとしていただければ嬉しいです。
それではまた次回の放送でお会いしましょう。バイバイ!