#24 レディオヘッドの日本盤贅沢説
2026-05-31 27:43

#24 レディオヘッドの日本盤贅沢説

改めてレディオヘッドのアルバムを味わって、その解説や対訳の豪華さに気づきました。超一流のアーティストとリスナーを繋げてくれる評論家、翻訳家の超一流の仕事に感動です。

対立項や矛盾を超越しようとする話に救われます。漫画「キングダム」と「バガボンド」と音楽家がつながりました。エンタメに救われながら、なんとか日常を生きています。

<大体のチャプター>

/コミュニケーションは苦手です/ 苦手だけどがんばってやっていること、ありませんか?/「俺はこういう人間だ」ってすごい言葉・・/

レディオヘッドのライナーノーツと歌詞カード/ 「Kings of Limbs」粉川しのさんと田中宗一郎さんのダブルライナーノーツ/ 対立項や揺らぎを超越したレディオヘッド/ 日本盤歌詞カードに込められた魂。訳者、山下えりかさん、中村明美さん/

漫画「キングダム」、レディオヘッドと同様に絶望を超える話/ 「バガボンド」矛盾を超えて自由になる話/ 音楽や文学や芸術に救われて日常を生きてます

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サマリー

このポッドキャストでは、吃音を持つパーソナリティが、コミュニケーションの難しさとそれに対する自身の葛藤を語ることから始まります。その後、レディオヘッドのアルバム「The King of Limbs」の日本盤の解説や歌詞カードの翻訳の豪華さに感銘を受け、その深遠な世界観について考察します。さらに、漫画「キングダム」や「バガボンド」に見られる、対立や矛盾を超越して自由や一体性を見出すテーマとレディオヘッドの音楽が共鳴することに触れ、芸術や文化が日常を生き抜く上での救いとなることを強調しています。

コミュニケーションへの葛藤と自己受容
どうもこんにちは、田中嘉人のスタマースタジオです。 この番組は、スタマー、つまり吃音の人である私、田中嘉人が、大好きな音楽や人文学を元に考えたことを一人で喋っていくポッドキャストです。
よろしくお願いします。 で、これちょっと吃音あるあるでもないかもしれないんですけど、僕は
吃音で、とにかくね、昔からコミュニケーションを苦手としております。はい。 で、いろいろコミュニケーションってあるんですけど、まあでも結構努力してるんですよね。
だから、こうあの変化があった人に噛み切ったりしてね、変化があった人に一声かけて気の利いた言葉を言えてないけど言おうとしてるんですよ。
それがね、自然にできる人は本当にね、すごいなーって。 やっぱそういう人はね、本当にコミュニケーションができるような人だよなと思うんですよね。
でもね、一応僕もね、頑張ってやるんですけど、そもそもね、僕もやっぱり自分自分のところが良くないところで、
そういう変化に気づかないことも結構あって。 だから近くでそういう会話をしてる人たちがいて、
え?みたいな感じで気づいてなかったんじゃんっていうのがわかるような感じでリアクションしちゃうとかね、そういうこともありますけど。
でもね、まあ一応頑張ってやろうとはしてるし、そういうコミュニケーションが必要だよなって、大事だよなとは一応思ってはいるんですね。
でもそういうのはわかっているんだけど、でもできないっていうのがまた地獄なんですよね。 まず地獄ってことでもないか。
まあそこでなんかもう本当にそんなこと気にしなきゃいいのに反省が始まっちゃうんですよね。 だから一生懸命頑張ってそういうことを言ったりして、
声かけたりして、でもぎこちなくなっちゃって。 その相手がすごい良い人な場合は、
そうなのよ、これねとか言って、こうだったんだけどさ、そろそろこうだと思ったし、それでちょっとこういうふうに切ったのよね、みたいな。
あれこれ喋ってくれるんですよ。で、うわ、逆に気遣わしちゃったみたいな。そういう感じは感じ取れるんですよね。
で、そこでその頑張ってこっちをやったのに、反省が始まっちゃうという。
だから向こうも別に全然気にしてないと思うんですよね。 そういうね、めんどくさいんですよね。自分っていうか、僕めんどくさいなって自分のこと思うんですけど。
あとまあそういう、たまに職場でね、そういうふうなそのちょっとした相手の変化に気づくような会話をできる人がたくさんいるところにたまに出会うんですよね。
私小学校の先生なので、やっぱ小学校の先生は見ている子供のそういう変化にちょっとしたことを言ってあげる、気づいてあげる、それがあなたのことをちゃんと見てますよっていうおさえになるから、
そういうのを大人同士の関係にもやってくれる人がね、いっぱいいるところはすごい良い職場ですよね。
人格者がいっぱいいるなみたいな感じで思っちゃって、それだけではいいんですけど、僕なんかねまた自分のこと考えちゃうから、自信なくして気遅れしちゃうんですよね。
ああ、俺はダメだみたいな、こうはできないよみたいな。また反省しちゃうっていうかね、いらない、そういう反省もいらないなと思うんですよ。
ということで、そういうことないですか?そういうこと。自分の性格上とか、苦手なんだけど、
必要だってわかってるから頑張ってやってる。でも結果なかなかできるようにならない。
諦めようかなみたいな。そういうことももしあったら教えてほしいです、お便りで。
だからもうね、諦めてもいいと思いますけどね、もうね。
あのビッグダディじゃないけど、俺はこういう人間だじゃないけどね。昔めちゃいけた岡村さんがすごい言ってましたね、マネしてね。
あれ、若い時はダメだろそれじゃって、自分、こんなに自分で自分を全肯定する人、何も変わろうとしない人、ダメだろとかって、
まあそのドキュメンタリーをよく見もしないで思ってた時期ありましたけどね。すごい言葉ですよね。俺はこういう人間だ。
その後にね、文章が続いてますよね、カッコで。
だから全て認めろ、受け入れろ、そっちが譲れ、そっちが理解しろっていう。
まあそこまで思って言ってないと思いますけど、すごいなあっていうね。
だからそれじゃいけないだろうと、昔は思ってましたけど、最近は、自分ってこうだよな、仕方ないか、諦めるかみたいなのも、
ちょっと必要だなとは最近ちょっと思いますね。 ということで、
今週もやっていきます。
レディオヘッド「The King of Limbs」の日本盤の魅力
メクルメク!ライナーノーツ!
はい、ということで今週のアルバムはレディオヘッドです。
レディオヘッドの2011年の8作目のアルバム、
The King of Rhythms。
一応レディオヘッドは、多分ですけど今のところ2016年のThe Moon Shaped Poolっていうアルバムが最新だと思うんですよね。
それで、もともとライナーノーツが付いてなかったのか、私がなくしちゃったのか、それとも入ってない版を買っちゃったのかわかんないんですけど、
Moon Shaped Poolにライナーノーツが入ってなかったんですよね。
で、その前のアルバムを見たらすごい豪華なやつが入っていました。
これはダブルライナーノーツで、当時スヌーザーの田中聡一郎さんとロッキングオンの小川忍さんの
ライナーノーツが両面で入っているっていう、めちゃくちゃ豪華だな。
でもね、Kid Aのライナーノーツも見たらそうでしたね。
Kid Aのライナーノーツは、これも田中聡一郎さんと山崎陽一郎さん。
めちゃくちゃ豪華ですよね。
でもね、このKid Aのライナーノーツはね、すごい薄いんですよ。ペラペラ。
なんかの包み紙ぐらいの、こういう音。これね、ペラペラですよ。まあいいや。
で、このKing of Rimsのこのね、ライナーノーツはすごいしっかりしてますけど。
これいい紙。かっこよくていい紙です。
そんなライナーノーツから、今週の演説は小川忍さんの方からここだっていうところを自分的に選びました。
頭脳と肉体、世界と自分の対立光は無効となり、ここにはあるがままをすべて受け入れ、そして吐き出す無限の循環が生まれている。
はい、この一節がこのアルバムだけじゃなく、
OKコンピューターより前からのレディオヘッドがこのアルバムまでたどり着いた変遷の過程とか歴史を文章で表してるなと思ったんですよ。
この言葉の後に続けて小川さんが書かれているのが、トムヨークのミクロコスモスが溶け出して世界と一体化したようなとてつもない地線に彼らはついに立ってしまった。
これは本当にやっぱりね、プロの書き手の人はすごいですよね。そういうアルバムなんだってすぐわかりますよね。
反対面のタナソーさんのこのライナーノーツを見ると、この前のアルバム、このキングオブリムスの前のイン・レインボーズっていう配信でね、話題になった。
当日サブスクの例明記だったんですかね。
このアルバムに買う人が自分で値段つけていいみたいなことをトムヨークやってましたよね。
僕は普通に、そんなね、こんなスーパーアーティスト、スーパー芸術家、僕なんか凡人の考えも全く及ばないような
すごいアーティスト、音楽家、芸術家の人の作品を理解もできない奴が、自分で値段なんかつけられるわけないじゃんって僕は当時思った気がします。
いやいや、絶対つけられない値段なんかみたいな。本当にそっちで言ってみたいな。
で、普通に紙屋けのアルバムを買ったっていう。そうでしょ。値段なんかつけられないですよ。
こんなさ、本当に好きなだけで何の価値もわかってない人間だから、何の芸術性もわかってないし、芸術的などっかりとかも絶対ないしね。
薄いし。いやいや、こっちが値段なんかつけられませんよと。
あなたがチヘドを履くような思いで作ったものに対して、こんな超一流のもの、何してくれてるんですかと。
そういう気持ちでしたね。
何の話だ。
それイン・レインボーズの話。
で、そのイン・レインボーズが、そうそうそうそう。
イン・レインボーズが金澤さんに言われると、これまでのレディオヘッドの中で1位、2位を争う最高傑作って言ってますね。
レディオヘッドの全キャリアにおいても1位を争う最高傑作とも言える前作イン・レインボーズ。
そうなんだっていう。
何が凄いかも、どれが特に凄いかも僕なんか分からないですから。
そのイン・レインボーズの次のアルバムですね、このキング・オブ・リムス。
で、このキング・オブ・リムスの歌詞世界について金澤さんも説明してくれてて、
だから結構神話とか宗教的な感じとか精神世界というか、そういうモチーフでこのアルバム全体が構成されている、歌詞が構成されているのかな。
もちろん曲もだと思いますけど、この獣霊千年を超える木とかね、ラグナロクとかユグドラシルとかね、
あとゲーテが提唱した全ての植物のアーキタイプである原植物とか、オカルティズムとかスピリチュアルなイメージを
凄いこの作品に使ってるとレディオヘッドは、っていう風に説明をしてくれてるんですよ。
で、なぜレディオヘッドがここに至ったかっていうのが、この小川忍さんの方の説明から凄く分かりやすく伝わってきて、
それがさっき言った、この頭脳と肉体、世界と自分の対立子は無効となり、ここにはあるがままを全て受け入れそして吐き出す無限の循環が生まれている。
トムヨーグのミクロコスモスが溶け出して世界と一体化した。
だからこのOKコンピューターの前は、何か対立子があったみたいですね。
頭脳と肉体とか、それとあと世界と自分、その対照化を目指したのがキットAだったらしいですね。
そこから何作かあって、その過程でロックを否定したり、その逆にバンドサウンドに立ち返ってみて肉体性を奪還しようとしたり、
2つの対立子をそれぞれに行ったり来たりして、由来でキットAからインレインボーズへ至ったと書いてあります。
で、このキングオブリムスではもうそんな揺らぎは存在しないと。
一体化したと、自分と世界が一体化して溶け出したみたいな、そういう宗教的な感じ、仏教的な感じなんですかね。
実際、このアルバムが前半4曲と後半4曲で、曲の感じが分けられるらしくて、そのちょうど真ん中に位置するのがロータスフラワー、ハスですよね。ハスの花。
ハスの花っていうのは仏教に出てくる花だから、仏教とか自然とか精神世界とか地球とかガイアとかアニミズム信仰とかね。
これ、タナソーさんの解説に書いてあることで、どこか野蛮で禍々しくもあり、だが同時にたくましく慈悲深い、そういう太古の自然とか精霊たちのイメージが出てくるっていう。
そう考えると、すべて一つのものにたどり着いたんだな、みたいな。そういうアルバムらしいですね。
ここまで解説してくれるんですよね。本当にありがたい。
さらにこれだけじゃないんですよね、このアルバムの凄さは。歌詞カードを見たら英語の詩がないんですよ。英語の詩が書かれてないんですよ。それはアーティストの意向でっていう注釈がついてるんですけど。
英語の詩はないんですけど、日本語の大訳はついてるんです。しかもそのペラペラの白い日本語の大訳の紙が挟まってるんじゃなくて、元々のアートワークのブックレットっていうか、すごいアートな感じのブックレットに日本語が書かれてるわけですよね。
これが普通に英語を訳したものじゃないなってすごい史跡なんですよ。ちゃんと詩として作られてるんですよね。本当に日本語でトムヨークの詩の世界がすごく感じられるような言葉選びだったり、リズムだったり、文章だったりするんですよね。
あれ?と思って、なんかこれ違うぞこの大訳、普通の大訳とはと思って調べたら、託したのは山下えりかさん。英文歌詞はアーティストの意向により記載されておりません。掲載されている日本語大訳はアーティストにより提供された英文歌詞に基づくものですって書いてあるんですよ。
だから、レデュヘッドから提供された英文歌詞に基づいて、再構築までいかないけどしてるんじゃないですかね。日本語でそのまま訳すんじゃなくて、言葉を引っ張るだけじゃなくて、トムヨークが表そうとした世界を表現するとこういう詩になるんじゃないかみたいな、そこまで考えてるんじゃないですかね。
とちょっと思って、ちょっと普通じゃないぞと思って調べてみたんです。これはAIで。またAIですから、本当かどうかわからないですけど、一応ね、AIにこのソースはどっから引いてるって聞いたら、そのAIは山下えりかさんのブログの記事とか、あとはそれぞれの雑誌のコラムとか解説とかインタビューの端々で言ってる言葉を全部総合して、
AIはそれを回答してくれたらしいんですよ。そのAIの回答によると、レデューヘッドの歌詞はもちろん、これはそうだろうなと思ったんですけど、文法的にあえて崩されていたり、直訳すると意味が通じなくなっちゃうやつを、どの日本語が一番この詩を表すのに適切か、トムヨークの世界を表すのに、レデューヘッドの音が鳴らしているものを表すのに適切かっていうのを考えるだけじゃなくて、
トムヨークがその時どういう精神状態で何に対して言ってるのか、その言葉を選んでるのかっていう背景を徹底的に汲み取ってるらしいです。これすごすぎますよね。英語わかる人が聞いた時に感じることを、日本語しかわかんない人でもわかるようにしてくれてるってことだと思うんですよ。
すごいプロフェッショナルな仕事。本当にこのダブルライナーノーツといい、タイ役といい、日本版豪華。これ日本人がね、イギリス人とかの次にレデューヘッドの世界、すごい入るんじゃないですかね。
日本人でよかったっていう、本当に日本版豪華っていうのが発売から今10年ぐらい経って、もっとか15年ぐらい経って、わかりましたよ。ここからは余談になるんですけど、この次のアルバムね、ムーンシェイプとプール。
もう山下やりかさんなのかなと思ってもう一回歌詞カードを見たら、これは違う方で、これは中村明美さんという方で、それまでのキングオブリムスまでは結構ずっと山下やりかさんが多くを手がけていたらしいんですよ。
ムーンシェイプとプールでは中村明美さんが起用されたらしいんですけど、このムーンシェイプとプールはトムヨークの大切な人との別れ。だからすごく歌詞が生々しくて内静的で深い喪失感に満ちていたらしいですね、このムーンシェイプとプールの方は。
より剥き出しの歌詞になっちゃったらしいんですよ。そこで山下さんはバンドの美学とか世界観を構築できる翻訳からしいんですけど、中村さんはアーティストの剥き出しの感情やリアルな呼吸を伝える翻訳が魅力らしくて、それぞれ魅力が違って。
だから今回は山下さんじゃなくて中村さんっていうふうにしたっていうふうに調べると出てきて、そこまでしてくれるのかと。一応この情報も雑誌に書かれている記述とか、二人が直接それを語っているってことはほぼないらしいんですけど、インタビューのはしばしでレグヘッドの言葉に触れているところとかを分析したんでしょうね、そのAIがね。
だからお二人はやっぱりこういうふうに訳したよとか、こういう人があってこうしましたとかっていうのはほぼ語らないらしいですね。本当に読み手に委ねるような日本語の訳にしてくれてるんだと思うんですよ。
だからもうなんかそれ翻訳っていうか、それもうクリエイターですよね。作家、作家ですよねもうね。レディオヘッドのアルバムの日本版ってそこまでしてくれてるっていう。これはもっと音楽ファンとして、ロックファンとしてね、このありがたさをもっと感じなきゃいけないなっていうのは思いました。
ということで今週のめくるめくるアイナーノーツレディオヘッドザキングオブリムスでした。
改めまして田中良人です。
ということでレディオヘッドを紹介してきました。
芸術・文化が日常を支える力
これエンタメって言っていいかわからないですけど、芸術とかエンタメとかを創作してる人もすごいし、すごく伝えようとしてる。その価値とかその世界を本当に理解して、伝えようとしてくれる人もすごいですよね。
でもエンタメで言うとね、あれですね、僕の大好きな漫画、キングダムの最新刊が出ましたね。
でね、その中でもさっきのレディオヘッドのキングオブリムスの世界とね、ちょっとこれ、え?って繋がるじゃんっていうところがちょっとあったんですよ。その話なんですけどね。
詳しく内容はキングダムの詳しく内容は言わないですけど、最新刊では弓使い同士の対決があって、両方とも道を求めるもの。
武道者っていう、過去のキングダムの過去界というか、それで言うと封建っていうね、いましたね、シンの、シンがやっと倒した武将がいましたけど、あと教会とかもそうですけどね、武道者としてこの文の極みを目指してるわけですよ。
で、それの弓バージョンですね。弓使いの話。もう本当になんか哲学的ですよね。哲学的で、なんか的があるから弓を要るんだけど、的がなくなったらどうすんだみたいなことかな。
それなんか哲学的な話になってきてて、めちゃくちゃ強い弓使いの人が一回戦に出るのをやめてるんですよね。それをリボックが突き伏せてまた戦に引っ張り出して、シン軍にすごい打撃を与えるんですけど、それは前回までの話ですけどね。
で、なんでその人が戦に出なくなったかというと、もう何をやっても変わらないと平たく言うと世界は。戦でいくら相手を倒しても相手はまだまだ出てくると、いくら死んでもまた別の人が戦で戦おうとすると。味方も同じだと。世界はちょっとも変わらないと。
で、もう道はなくなったと、これは。ここには道はないと。法権も最後に道なんかなかったんじゃないかみたいな、そういうシーンがありましたけど。でね、その概念を超えてくるんですよね、これね。すごいですね、本当に作者の人はね。
でね、それが、飛進隊にいる弓使い。お父さんからかつて教わったことでその概念を超えてくるんですよね、その価値観というか哲学を超えてくるんですよね。自分が目指す道がこの世にないって思うことは傲慢だって言うんですよね。
これどういうこと?って思ったんですけど、自分がこういう世の中がいいとか、僕で言ったらこういう学校がいいとかね、こういう先生がいいとかね、今世の中がこうでき苦しいからもっとこうがいいとかね、でもそれ無理じゃんって思うことは傲慢だってことですよね。自分の思い通りに仕事をしてるってことだから。
すべて受け入れて、キングダムの場合は、これは主人公のシンの生き様にも繋がりますけど、人と一緒に共に手を取り合って、そういうどうにもならないことを受け入れて進んでいくんだっていう、その哲学で超えてくるんですよね。もう道がないじゃん。この世界は戦ばっかりで悲しいことばっかりで、どうにもならない、もう道はないっていうのを超えてくるんですよね。
ちょっと感動しちゃいましたね。だからあれですよね、さっきのレビューヘッドもそうだったんですかね。トムヨークも。なんか相対するものがあったけど、それが全部合わさって溶け合って、一つの宇宙になって、それをそういうアルバムに足したみたいな、そういう作品を作るに至ったみたいなのになったのかなと思って。
だから本当に対立効じゃないんだよねっていうことですよね。これ矛盾とかでもないんだよねっていう。こっちが正しくてこっちが違うとかじゃないんだよねっていうね。そういうのを、それって多分日本的ですよね。仏教的なのかな。結構そういうのを感じましたね。
井上武彦さんのバカボンドでもそういうシーンありましたよね。戦わないのが一番強いとかね。戦う前から勝つのが分かっているほど強ければ戦う必要はないと。結構一番出てる勘の中で最後の方かな。
で、武蔵が気づくシーンがあって、人が歩んでいく道は、天によって完全に決められていると。でも、だからこそ人は完全に自由なんだよっていう、そういうシーンがあるんですよね。
だから、すべて権力者に支配されていたり、やりたくもないことさせられたり、自由がなかったり、自分の意思で何もできなかったり。で、あと自由に生きているように見えて、この道しかなかったなみたいな。こういう生き方しかできなかったんじゃんみたいな。
結局自由がなかったんじゃないかっていう。結局誰かに決められて、自分の意思で何か1個も決められてこなかったんじゃないかみたいなのを思う時ってあると思うんですけど、そういう風に道、でもそれは天によって全部決められていると。天によって決められているからこそ完全に自由なんだっていうのが、うまく説明はできないんですけど、バカボンドを読むとすって分かるんですよね。
それがこのレディオヘッドのキング・オブ・リムズの全部一体になっている。人智を超えたもの。そういうのとイメージが繋がるというか。
よく自分なんかないとか、宗教的な話でね、自分なんかないとか、自我を捨てるとか言いますけど、それもちょっとね、最近分かった気になってるんですよね。
自分自分だとね、本当に苦しいんですよね、それね。だからといって自分で考えないわけじゃないですけどね。
たぶん昔の仏教とか宗教ってそういう人のような苦しみから解放されるためのものなんだと思うんですよ。で、そういうのを追い求めている人は宗教家だけではなく、芸術家とか創作をしている人もそういう境地を追い求めていたり、そういう答えを探しているというか、真理かな、真理を追求してるんでしょうね。それを表現性としてるんでしょうね。
というのでね、そういう音楽とか漫画とかの今日話でしたけど、だからカルチャーがね、面白いんですよね。これ人文学と言っちゃってもいいと思うんですよね、音楽もね。漫画の中にある哲学とかもね、哲学的な深い部分とかもね、面白いですよね。
という、ちょっと感動したという話です。はい、ということで、今日モンスターマッサージをやってきました。また日常に戻っていって、些細なちっぽけな自分とかどうにもならないこととか、面倒くさいこととかね、最初に話したようなコミュニケーションが面倒くさいとか、思うようにできない自分、自信なくすわとか、反省だ、またみたいな。
に戻っていくんですけど、やっぱりそういう日常じゃない、もっと高いところの視点っていうか、それを感じさせてくれる人文学とか芸術とかカルチャーとかね、そういうの本当に最高。
人間を育てるのは、文学が人間を育てる、文学の役割は人間を育てることだ、みたいな名言が確かだと思うし、前ちょっと言ったかもしれないですけど、本当に最近思うのは、私は教師ですけど、人を育てるのは人だとか、教育だとかって言うけど、結局芸術とか、そういうものなんじゃないですか。
創作されたものとか、そういう文化、文化なんじゃない、みたいなのは思いますよね。そういうのを伝えてくれる音楽評論家とかね、そういうのを凡人に伝えてくれる、橋渡しをしてくれるプロフェッショナルたちがいると。
ありがたいですよ、幸せですよ、という話ですね。ここまで聞いてくれた人は本当にどうもありがとうございます。ということで、今日もここで終わりたいと思います。どうもありがとうございました。
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