#22 スマッシングパンプキンズの理想と悪夢
2026-05-24 29:55

#22 スマッシングパンプキンズの理想と悪夢

<大体のチャプター>

 「めくるめくライナーノーツ」では大好きなオルタナティブロックバンド、スマッシングパンプキンズのセカンドについてお喋りします。うすい感想ですが、アーティストってとんでもないな、って改めて思わせてくれる作品です。

 後半は、「資本主義と学校」というテーマの話です。社会が高度化して、世界一ひまなはずの小学生までもが、忙しく、息苦しくなってしまっている。そんな現状を日々現場で感じます。資本主義と、もうちょっとゆる~く生きていきたいものです。

<大体のチャプター>

スマパン「サイアミーズ・ドリーム」/ アルバムの二面性を象徴する名曲「today」/ ビリー・コーガンの二面性/ ビリーとジェームズ・イハの共作/ ビリーによるアルバムの総括

「資本主義と生きていく」を読んで考えた、学校と資本主義/ 学校教育の出口、資本主義社会への「就職」/ 最近の「イノベーション人材育成」教育/ 忙しい社会で「労働」するための訓練/ 適応障害になって気づいたこと/ 資本主義の幸せ=人間としての幸せ?

感想

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サマリー

このエピソードでは、まずスマッシング・パンプキンズのセカンドアルバム『サイアミーズ・ドリーム』を深掘りします。このアルバムは、ロックの夢が叶った証でありながら、同時に悪夢でもあったと評され、その二面性が特徴です。特に、自殺寸前から生まれたとされる楽曲「Today」は、その明るいメロディーとは裏腹に深い苦悩を抱えたビリー・コーガンの心情を映し出しています。アルバム制作におけるビリーの完璧主義や、メンバー間の極限の緊張感、そしてジェームズ・イハとの共作曲など、作品の多層的な魅力を解説します。 後半では、「資本主義と学校」というテーマについて考察します。現代社会では、本来最も暇であるはずの小学生までもが忙しく、息苦しさを感じている現状に触れます。学校教育が資本主義社会への「就職」という出口を目指し、時間、成長、数字、労働、お金、消費といった「6つの追手」に追われるシステムになっていると指摘します。イノベーション人材育成や非認知能力の育成といった教育の方向性も、結局は資本主義社会で求められる力に繋がっていると分析。適応障害の経験から、このシステムに適合できない子供たちの苦しみに気づき、資本主義社会の幸せが必ずしも人間としての幸せではないのではないかと問いかけます。最終的に、子供たちに資本主義仕様の人間を作るだけでなく、多様な生き方や幸せの形を伝えることの重要性を訴えかけています。

00:01
どうもこんにちは、田中嘉人のスタマースタジオです。 この番組は、スタマー、つまり吃音である私が、音楽や人文学を中心に一人で語っていくポッドキャストです。 よろしくお願いします。
スマッシング・パンプキンズ『サイアミーズ・ドリーム』の二面性
それでは早速コーナーです。 めくるめくライナーノーツ
このコーナーは、音楽についてたくさん語りたい、しかしどうしても内容が薄くなってしまうこの私が、大好きなCDアルバムについて、そのアルバムに寄せられているライナーノーツを元に紹介していくコーナーです。
第3回となります、今回のアルバムは、スマッシングパンプキンズのセカンドアルバム。 1993年のセカンドアルバムサイヤミーズドリームです。 2011年のデジタルリマスタリング版ですね。
このアルバムは、すごいアルバムです。 早速、今週の一説。
アルバムサイヤミーズドリームは、ロックの夢が叶った証拠の作品であると、同時に悪夢でもあった。
このライナーノーツを書いた人は、
これはデビッドワイルドという人で、このアルバムがリアルタイムで発表された1993年ではなく、このデジタルリマスタリング版に寄せられた2011年に書かれたもの。
2011年9月って書いてありますね。 そのデビッドワイルドのライナーノーツの冒頭文です。
ロックの夢が叶った証拠の作品であるんだけど、同時に悪夢だったっていう。悪夢。 夢が叶ったっていうのはわかるんですけど、悪夢っていうのはどういうことかっていうね。
このデビッドワイルドさん、調べたんですけど、このデビッドワイルドさんもやっぱりすごい大物みたいでですね。
この人は有名なローリングストーン氏で活動していたってことですね。 流れに渡ってこのローリングストーン氏のシニアエディターを務めたと。
多くのカバーストーリー、教師の特集やインタビューを執筆してきた人だと。物語性の高い文章が特徴だかって言ってるんですけど、このサヤミズドリームでのライナーノーツ、ほとんどがビリー・コーガンの
インタビューの言葉、スマッシングパンプキンズのフロントマンであるビリー・コーガンの言葉を中心に書かれているので、このデビッドワイルドさんの文章っていう感じではないです。
このサヤミズドリームに入っている日本語版の歌詞カードを見ると、ビリー・コーガンの言葉がいっぱいあります。
この全曲についてのビリー・コーガンの解説も載っているので、オリジナル版の発売から18年ぐらい経って、当時を振り返るようなビリーの話も聞けてとても面白いです。
というライナーノーツがこれは入っているんですけれども、まずこのアルバムについて説明していくと、一言で言うと、このライナーノーツやアルバムやビリーの話を聞いて、どんなアルバムかって思った時に、二面性がすごいあるなっていうのを思いました。
この最初のさっきの今週の一節での夢が叶うっていうのと、悪夢っていうね。夢と悪夢ですよ。このアルバムのサヤミズっていうのも、かつて結合創生時を指して使われた言葉。これ有名ですよね。
でもこれは直接的にその結合創生時のことを言っているのではなく、二人で一つであるよとか、あとは密接な関係だよとか、そういうのを表しているって言われてますね。このセピア色の双子の女の子のジャケットとかね。
有名ですよね。これじゃあどんな二面性が感じられるかというと、まずは曲の話からはいいですかね。この中で最も有名な曲と言ったら、Todayですよね。
で、この曲ちょっと明るい感じのドラマチックな感じのメロディーと曲調ですが、有名な話ですけど、ビリー自身の言葉を言うと、自殺寸前まで行った俺についてのみんなで一緒に歌える陽気な曲。どういう精神状態なのってことですよね。
このデビッドワイルドさんのライナーノーツに書かれているビリーの言葉を読んでいくと、このスマッシングパンプキンズの一作目のファーストアルバムのギッシュがすごいヒットして、
その中でファーストアルバムをさらに超えるヒットをレーベル側が欲しいんだけど、でもビリーとかは、バンドは同じようなもので超えてもう一回作ってヒットさせるっていう気はないと。
だからあれなんですかね。自分でハードル上げちゃったんですかね、ビリーはね。そのプレッシャーで、プレッシャーとかでビリーはいきなりうつ病になっちゃったと。
8ヶ月間ぐらい完全にやる気がなくなってしまったというので、自殺したいっていう強烈な思いが出てきちゃって、窓から身を投げるギリギリのところまで行った。その翌日の朝にベッドに座って書いたのが武装解除とTodayの2曲ということで、自殺ギリギリの時に生まれた曲。
で、その曲の歌詞がToday is the greatest day。今日が最高の日みたいな。これがねどういうことって感じなんですけど、20代の時に自分もつらかった時期があって、その時にねすごい救われたんですよね、この曲。
実際、最近、適応障害になってうつの症状とかも経験したので、それがどれだけのものかっていうのもわかるので、わかるっていうか想像ができるので、だからこそ生まれた曲なんでしょうね。
そう、でもなんか、いつだったかな。マッシングパンプキンズが復活した時に、その時オリジナルメンバーはビリー一人しかいなかったけど、その時のなんか音楽雑誌のインタビューとかを読んだら、
もうTodayを歌ってた頃作ってた頃の俺はもういないんだみたいな、あれはもう完全に過去に続いての曲に今やなっているみたいなことを何かで言ってた気がしますね。これは正確な話じゃないんですけど。
そういう、このTodayはこのアルバムの二面性を表す、象徴する曲。で、あとはこの緻密さと、あと純粋さとか無垢さがあるみたいな。
で、バンドメンバーの人間関係もほぼギリギリまで行っていたから、そういう緊張感があるとかっていうふうに一般的には言われてますよね。
で、あとはこのビリーの、2011年の時にビリーがこのアルバムを振り返って言ってたのが、これはもう完璧なアルバムだったっていうふうに言ってますよね。
完璧にイメージ通りに仕上がったという意味でこのアルバムを凌ぐものはないだろうねって言ってますよね。
ビリーは生まれつき立つ構築主義者なんだけど、だからどっちだかってアルバムの方が立派でピカピカのよりも気に入ることが多いんだけど、
でもこのアルバムに関してはこうしておけばよかったとかの後悔する必要が全然ないおかげで、とてもハッピーな気分なんだって。
で、このデビッドワイルドさんのライナーノッズに載せられている言葉を読み上げましたけど、こういうふうにビリーは言っています。
だからこのビリーも複雑な人ですよね。結局完璧主義者なんじゃないのかなっていう。
まあわかんないですけどね。
だからこのアルバムもプロデューサーとこのビリーがどんどんどんどん二人で進めちゃったから、
あと完璧な演奏を求めてドラマに900テイクぐらい何回も撮らせたり、
あと気が遠くなるほどギターを緻密にオーバーダビングしているそうですね。
全然その辺はわからなかったですけど聞いただけじゃ。
とんでもない狂気のような気の遠くなるようなレコーディングをしているわけですね。
制作をしているわけですね。これきっとね。
ちょっと嬉しかったのは、僕はこのスマッシングパンプキンズのギタリストのジェームズイハが好きなんですけど、
これクルリが主催している京都音楽博覧会っていうの10年ぐらい前にジェームズイハが来たんですよ。
ちょっとおじいさんみたいになったジェームズイハが。
というふうに生で見たりもしているのでね。
このスマッシングパンプキンズ時代の初期の写真とかかっこいいんですよね。
見た目もエキゾチックな感じがするというかね。
ちょっとアジア人っぽいビジュアルでね。かっこいいんですよね。
ギターもかっこいいんですよね。美しいしねリフがね。
メンバーの緊張がもう本当に極限にまで達してた中で、
バンドを離れるメンバーとかがいる中で、このビリーがイハと2曲を共作していると。
だからこのジェームズイハの美しいリフからメロディを作ったみたいなことを言ってますよね。
マヨネーズっていう曲とか、あとソマっていう曲ですね。
マヨネーズはファンの人気がすごい高い曲らしいです。
ソマもジェームズのあの美しいリフから生まれた曲なんだってビリーは言ってますよね。
結構入っている曲もトゥデイに代表されるように、
メロディとか演奏とかフレーズが美しいんだけど、
あとすごいギターのオーケストラみたいな音の洪水じゃないけど、
で結構重いテーマを歌ってますよね。
さっきも言ったけど、自殺とか自動虐待とかね。
だからBBCとかで流すの禁止された曲もありますよね。
ロールだっけな?武装会場?
でこのライナーノーツは最後までビリーのインタビューではあるんですけど、
ビリーは最後にこのように言ってます。
このサヤミーズドリームをスマッシングパンプキンズの装壁のもう一枚と言われる、
メランコリーそして終わりのない悲しみと比べて、
2011年の時にビリーが言っていたのが、
バンドの理想を移したアルバムとバンドの現実を移したアルバムっていうので、
たぶん理想を移した方がこのサヤミーズドリーム、
現実を移した方がメランコリーそして終わりのない悲しみだと思うんですけど、
それぐらいね、もう本当に完璧にイメージ通りに仕上がった、
緻密な完成度の高いめちゃくちゃすごいアルバムっていう、
そういうアルバムですね。
ということで今回のめくるめくライナーノーツは、
スマッシングパンプキンズ1993年のセカンドアルバムのデジタルリマスター版ですね。
サヤミーズドリームを紹介しました。
改めまして田中良人です。
資本主義と学校教育の現状
後半はですね、最初に話題を言っちゃうと、
学校都市本主義っていう話題なんですけど、
ちょっと硬そうな感じですよね。
でもこれね、ずっと思っていることの答えが、
人文書を読んでて、これかもなってちょっと思ったんですよね。
資本主義と生きていくっていう本を読んだんですよね、
品川浩介さんの。
これを読んで思ったのが、
学校もね、完全に資本主義に飲み込まれてるじゃん。
今に始まった話じゃないんですけど、
そういうのを感じたのでそういう話です。
これ考えたきっかけが、私小学校の先生なんですけど、
いつからだろうな。でもなった時くらいからな。
とにかく忙しいんですよ。
忙しくて何かに追われるように仕事をしてるし、
子供もすごい忙しくて、
学校だけじゃないですけどね、今の子はね。
なんかコチカメのセリフに、
りょうさんが言ったかどうか覚えてないですけど、
いや、小学生なんか世界一暇なはずだろみたいな。
そんなセリフがあった気がします。
世界一暇な、暇じゃないんです。
全然暇じゃないんですよね、小学生がね。
教員やってても、子供との時間を楽しむみたいな。
ないんですよもう。
子供と一緒にいて、先生やってんなみたいな。
そういう感じってやっぱね、
自分が年取ってきたからかわからないですけど、
年々なくなっていきますね。最初の頃はまだあったのかな。
何かに追われるように。
だから教師も自分が追われてるから子供を追い立てちゃって、
追われるっていうのがね、
この資本主義と生きていくっていうので、
資本主義で6つの追手が、
我々を追いかけてくると。
その6つの追手が、
時間、成長、数字、労働、お金、消費。
お金、消費以外の時間、成長、数字、労働っていうのが、
すごいね、小学生とか学校の生活に入り込んでるんですよね。
お金、消費もゆくゆく繋がっていくと思うんですけど。
あと今ね、不登校過去最多ですよね。
だからもうこの学校の生活に適応できない子はいっぱいいるわけですよね。
何から話せばいいのかっていう。
でもこれかな、やっぱり。
まずその学校教育の出口がっていう話はよく言われますけど、
片話ですね。
日本は大学受験があって、
その向こう側に就職があるから、
その就職が出口。
就職っていうのは社会に出ること。
その社会はどういう社会かっていうと、
資本主義。
こうなっちゃってるからね。
もうしょうがないんですけど。
で、その社会の一歩手前の大学はどういうところかというと、
数字を取って入るところですよね。
もうだからここを目指しても、
単純に点数とか数字に追われてるわけですよね。
たぶん就職活動も結局、
数字に直接じゃないけど関係してるんですよね。
これ採用試験受けた時の話ですけど、
臨時教員を何年かやってたんですよ。
その時で。
で、ある自治体を受けたら、
模擬授業と面接と筆記があったんですけど、
筆記試験は超勉強していったんですよね。
それでそれぞれの点数が取れて、
模擬授業も結構点数高かったんですよ。
それで落ちたんですよね。
で、見たら面接がめちゃくちゃ低いんですよ。
しかもその面接を思い出すと、
ほとんど経歴しか聞かれてないんですよ。
しゃべる練習もしてったから、
そんなにキツ音も出なかったしね。
しかも長くなかったからね。
え?って。
なんならスラスラ言えた方だったけどなみたいな。
経歴しか聞かれてねえよほとんどみたいな。
それがすごい点数低かったんですよ。
だからこれね、たぶんこの
資本主義と生きていくっていう本の中に
書いてあったような気がするんですが、
結局その出身大学でしょ?
で、面接では明るくてハキハキしてて、
ほとんど印象しか面接では見られてないみたいな。
それが日本の就職試験だよみたいなことがね、
確か書いてありましたよね。
教員採用試験なんかね、
人物重視とかって言ってるんですよ。
そういう出口がそこですからね。
だから学校もいまだに数字を取る教育なんですよ。
結局学力テストのとかね、テストあるしね。
結局数字で測ってますからね。
数字とか、あと記号ABCとか二重丸とか
あの中で評価つきますからね。
で、1、2、3ね。評定つくしね。
で、あと最近はイノベーション人材を育てようとしてます。
で、これイノベーション人材って、
要は自分で課題っていうか世の中のニーズ見つけて、
そこにビジネスを見出して、
ビジネスチャンスを見出して、
自分で生み出していくみたいな。
で、自分もビジネスを必要としている人も
幸せになるウェルビングみたいな。
そういう考えなんですけど、
これじゃあ数字じゃないじゃんって思うかもしれないですが、
これ実は数字ですね。
結局数字取れないとビジネスはできないですからね。
その社会に必要なことって言ってるけど、
多くの人が求めてないと、
それは仕事にならないので、
結局そういうのを図る力ですよね。
が求められてるわけですよ。
そういうののために今探究学習とかやってますけど、
これ話がずれますけど、これがもう難しい。
頭良くないとね、これもう子供もできないしね、
先生も頭良くないと考えられない、これ。
これ設計するのがね、すごい時間かかるし、
働き方改革と逆行しますね。
これを真面目にやっていると、
なんか01で生み出すんだとかって言ってると、
大変なことになりますね。
あとはね、これさっきの話は、
ちょっと今だからこその話もありますが、
そんな風にやることが高度化してますよね。
だからね、多分不適用が増えてるんですよ。
だからできない子とかついていけない子が増えてるけど、
これね、子供が悪いんじゃないと思います。
やることが多くなったり、難しくなったりして、
だから水準が上がっちゃってて、
ついていけない子が増えてるだけですよね。
よく学校での指導、
特に小学校とかに生活指導とかってありますけど、
だから時間守れとかね、
先を見通して行動しようとかね、
状況を見極めて動きましょうとかね、
計画的に勉強していってとかね、
そういうのを非認知能力とかとも言われますけど、
身につけろと言われるんですが、
これもまあ必要だなと思うじゃないですか。
これって多分資本主義の社会で必要な力なんですよね。
まあ日本の社会、朝8時とか9時から
8時間くらい拘束されて、
労働して、その労働中は
その仕事に集中することを求められると。
仕事ができるとかって言葉、
最近昔よりすごいいますよね。
仕事ができる人になるためには、
時間守るとか先見通すとか、
あと言語能力とかもかな、
要点をつかむとか、プレゼンとか、
コミュニケーションとか、読解力とか、
っていうのをすごい今、教科書も変わっていて、
国語とかそんなのばっかりやるんですけど、
これ全部、資本主義の社会の中に必要な力ですよね。
そういう、まあそれは当たり前じゃんと思うかもしれないんですけど、
これは当たり前を疑わないとね。
でも本当にね、学校も踏ん刻みなんですよね。
本当に仕事してるのと同じだなって
子供の立場になると思いますよ。
で、その日に体育があるから朝着替えて、
着替えも何分までにとか、何分でとか言われて、
朝の活動が10分間あって、
その後、理科室に行くから道具準備してとか、
並んでるとか、
で、理科の授業、授業中は授業に集中しなさいと、
仕事中は仕事に集中しろっていう考えと同じですよね。
で、終わったらまたっていう風にやってって、
その間に休み時間の間に運動会が近かったら練習がありますと、
自分の係りがこれですと、
で、この係りができるように家でこういうことをしていきなさいと、
本当だから仕事と同じじゃないですか。
仕事の準備をするとかプレゼンの準備をするよとかね、
何日までにとか、
で、提出するものがあって期限があって、
作成しなきゃいけない資料があってとか、
それ全部同じじゃないですか。
まあ当たり前ですけどね。
だから本当にこの労働を前提とした社会を生きるため、
で、その社会がやっぱり忙しくなってて、
行動化して難しくなってるから、
そりゃ学校の中もそうなるんですよ。
これは息苦しいよね。
そりゃ不登校増えるわけです。
適応障害から見えた資本主義社会の息苦しさ
で、僕も適応障害になりましたが、
なる前は今言ったようなことを、
頑張れ頑張れって言って成長しろって言って、
この成長っていうのも資本主義の追っての一つですよね。
どんどんどんどん成長することが楽しいんだよみたいな。
嬉しいでしょみたいな成長してできるようになると。
まあそうなんだけど、
終わりのない成長っていうのは地獄ですよね。
これなんかビジネスパーソンとかの思考ですよね。
成長し続けることが嬉しいっていう。
それが生き甲斐になってくると、
ブラック企業とかに囚われちゃったり、
利用されたりしますよね。
僕も適応障害になる前、
そういうのを言ってたんですけど子供たちにね。
でもやっぱりついていけない子もいたんでしょうね。
本当に悪いことをしたなと思いますけど、
でも別に僕が、
もともと大枠は考えたことじゃないしね。
自分が適応障害になって、
これもなんか、
自分が学校についていけない、
仕事についていけないし、
クオリティー下がっちゃうし、
ミス出るし、
かといってそれを全部なくさないように
完璧に仕事しようとしたら体調崩すし、
みたいなところで、
あ、待ってよと。
そういう子もいるんじゃないの?
っていうのに気づいたという。
やりたくてもできないんですよね。
努力したくてもできない。
あとは何か特性があってね。
特別支援教育を必要とするような子たちの特性があって、
頑張りたいんだけど、
これができるようになりたいんだけど、
言われてること分かってんだけど、
できねえんだよっていうね。
だからそういう人たちが多分苦しいでしょうね、
っていうことが僕も気づいたと。
でもね、
先生たちとか学校がね、
悪いことをやってるっていうわけじゃないんですよね。
だってもう資本主義っていう社会はしょうがないんだから、
その中で生きていける子を
こっちは育てなきゃいけないから、
だから6つの追手に追われていく、
そいつらが求める力を、
ミヒャエル・エンデの桃の時間泥棒じゃないですけどね、
その人たちが求める力をつけていかないと、
社会の中で生きていけなくなっちゃうから。
個性を伸ばすとか、
その子たち、その子に会ったとか、
強みを生かすとか、
って言ってるけど、
結局それは、
社会の前提には必ず会ってなきゃいけないわけですよね、
生きていくためには。
その社会の前提にまずもうついていけない、
そこから外れる人はどうするんだよっていう、
多様性なんでしょみたいなのは思いますね。
っていうのに最近気づいたっていう、
そういう話ですね。
なんかでも最近オルタナティブスクールとか、
ありますけどね、
結局ゴールがね、
その子が生きていく、
幸せに生きていくっていうことがゴールだから、
でもそれってすごく難しい問いですよね。
資本主義の中で、
幸せになることが、
果たして人間としての幸せなのかっていうことを、
多分問い直さないと、
資本主義の中で幸せになれれば幸せでしょ、
だからこういう力身につけるんだよ、
だったら話はシンプルで楽ですけど、
そこについていけなくて、
幸せに既になってない子はいっぱいいますからね。
で、これ今に始まった子じゃないですよ。
今ね、40代とか50代のひきこもりの人もいるから、
親がずっと子供の世話をしたまま、
子供が50代とかになり、
親が亡くなりみたいな、
これ今に始まったことじゃないですよ、これ。
昔からの問題。
じゃあどんな力をつけてあげなきゃいけないのか、
っていうのを考えますよね。
資本主義の中でやっていける力をつけることが正解なのか、
そうじゃない何か大切なことを教えてあげられる人になりたいですよね。
今学校の先生はね、
そういう自分の信念を持っている方もいらっしゃいますけど、
資本主義の中でやっていくっていう能力を、
今支出能力とかって言うんですよね。
たぶん次の学習指導要領の改定も、
そっち方面でさらに改定されていくんじゃないのかなと思った。
資本主義仕様の人間。
資本主義仕様の人間を作ることに、
やっぱり今学校教育は追われてる。
先生も追われてます。
先生が子供を追い立てちゃってるところもあると思いますね。
みんな真面目だからね、先生はね。
良くない?それやんなくてって。
いいよ、学力テスト。
めんどくせーから白紙で出しちゃえばとか言ったら、
ぶっ飛ばされますからね。
これは一つの視点ですけど、
こういう学校の先生が見てる方向とは真逆の視点から
見られてたらいいんですけど、ない。
という最後、暗い感じで終わっちゃいましたけど、
もう良くないっていうのが僕の意見ですが、
資本主義仕様の子にしていくのがもう良くないっていうには
覚悟がいりますよね。
それで路頭に迷ったらどうするんだ、子供が将来って言われちゃうからね。
はい。だからその答えは見つかりません。
ちょっと難しい話になりましたが、
だから息苦しさの正体っていうのがね、
やっぱり学校も社会も同じなんだろうなっていう、
そういう話です。
はい。ということで、ちょっと後半は真面目な話でしたけどね。
でももうこれしょうがないからね。
だからこの資本主義と生きていくっていう本は、
悲観するんじゃなくて、
僕今かなり悲観しちゃいましたけど、
悲観するんじゃなくて、付き合っていくしかないよっていう。
そのためにはやっぱり勉強して知って解き明かして、
そういうしんどさとかの正体を知ってないとだよっていう。
だから前回かな、前回僕が言った
人分知は武器になるっていう本と似てますよね。
ということでやっぱりこう、
メタになんで今こうなってんのかなっていう風に見ることが、
本当の自分らしさじゃないけど、
本当に自分が好きなものとか自分が信じるものを
見つけて追い求めていくことになるんじゃないのかなっていうことですよね。
何だっけこの、規範の内面化でしたっけ。
だから知らず知らずのうちに、
資本主義で生きてれば資本主義の考え方に染まっていっちゃうわけですよね。
子供とかね。
だから違う考え方も教えてあげなきゃいけないですよね。
承認欲を満たす以外の幸せなんか腐るほどあるようじゃないけどね。
それを僕がどれだけ知ってるのかわからないですけど、
まずは伝えたいとか教えたいとかの前に、
自分が知りたいのでね、
こういうことをまた考えていきたいなと思います。
はい、ということで田中良人のスタマースタジオでした。
ありがとうございました。
29:55

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