「人のため」それは建前で、本当はそれ自分がやりたいだけなんじゃない? そう感じる誰かの行動、自分の行動ってありませんか? 僕は吃音ということもあり、人にどう思われているか気にしてきたせいか、逆に人のことも無駄に気にしてしまいます。人や自分の「実は自己中」な行動や言動に反応してしまう自己中警察。彼らは、今日も心の中でパトロールをしているのです・・
<大体のチャプター>
「それ結局自分のためじゃない?」に反応する自己中警察/ 仕事は誰かのため?自分のため?/ 「だれかのために」が嘘くさく感じる時/ 「子どものため」じゃなく「自分のため」な先生たち/ 承認欲求や自己愛ではない軸で動ける人になりたい/ 自分が自己中警察に捕まってしまう時
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サマリー
このエピソードでは、吃音を持つ田中嘉人さんが、自分の中に潜む「自己中警察」について語ります。誰かのための行動に見えても、実は自分のためではないかと厳しく判定してしまう心理に焦点を当て、特に教師の仕事における「子供のため」という言葉の裏側や、承認欲求、自己愛から解放されたいという願望を吐露します。自身の経験や周囲の事例を挙げながら、自己中心的な行動や言動に反応してしまう「自己中警察」の存在と、それに囚われずに純粋に他者のために行動できる人物への憧れを語る内容となっています。
「それ結局自分のためじゃない?」に反応する自己中警察
田中嘉人のスタマースタジオ どうもこんにちは、私スタマーの田中嘉人です。
スタマーとは、吃音の人という意味です。 そんな吃音の人である私が、一人で喋っていくボッドキャストです。
今日もよろしくお願いします。
はい、私、吃音の人なんですけれども、 吃音だからかどうかわからないんですけど、
結構こじれたところがあって、 すごい人を見ちゃうんですよね、厳しく。
だから自分が喋っているところとか、 自分の吃音が人からどう見られているのかなって気にしすぎちゃう、
裏返しというか、それかわからないですけど、 すごく人を見ちゃうんです。
人のどういうところがすごい気になっちゃうかというと、 これ何か誰かのためにとか言ってるけど、結局この人自分のためじゃないとか、
小学校の先生をやってるんですが、 これ子供のためにとか言ってるけど、結局その先生自分でやりたいだけじゃないとか、
そういうね、結局自分なんじゃないの?みたいなのを、 すごい厳しく判定して考えちゃうんですよね。
だからこう、自己中警察というか、 そういうところが自分の中にね、かなりあるなーっていうのを、
最近思ったんですね。 これって多分もう考え出しちゃうと、
そのことがね、その行動とか言動が、 その人がしたいだけなのか、本当に誰かのためなのかとか、
そういうのって多分境界はないと思うんですよね。 両方でもいいと思うし、
あとはその人間なんだから、別に自分中心でも自分自分でも、 しょうがないじゃん、いいじゃん、人間くさいじゃんっていうね、
そっちの方を思えればいいんですけど、 そう思えない自分もいるみたいな、そういうちょっとね今、
ちょっとこじれちゃってるんですよね。 そういう、こう、自己中警察である、
ちょっと自分の、今日は話です。 はい。
仕事は誰かのため?自分のため?
でね、昔はそうじゃなかったんですかね。 やっぱり多分先生っていう仕事が、子供のために何かをする仕事なので、
そこで考え出しちゃったっていうのもあるかもしれないです。 多分仕事って、結局誰かのためにやるものが仕事なので、
なんか世の中は、誰かの仕事でできているみたいな話もありますけど、 誰かが誰かのためにやって、お金をもらってっていう、そういうのが仕事なので、
自分以外の人のためにやるのが仕事。 基本的にはそうだと思うんですけど、それにとらわれちゃっても、
なんか人に厳しくなっちゃうなって思うんですよね。 だからそれで結構ね、なんか労働とはとかね、仕事とはみたいな
本を読んだり、そういうポッドキャストを聞いちゃったり、 もうなんか哲学的な方まで行っちゃったりして、ちょっとヤバいなって
思う時もあるんですよね。 でもやっぱりね、昔から疑問に思ってきたことではあります。
で、やっぱ先生なんて最初にも言ったけど、特に 誰かのためにっていうのは自己犠牲じゃないけど、利短の精神じゃないけど、そういう仕事ですよね。
だからやっぱり、校長とか教育委員会の人とかね、 子供のためにとか、すごいもう言うんですよ。
言いすぎて、ちょっと嘘くさくなっちゃってるぐらい、みんな言うんですよね。 でそれに対していちいち、はぁ?みたいな風に
ちょっと噛みついちゃうじゃないけど、心の中で疑問に思っちゃう時が結構あるんですよね。
これ自己中じゃない?これ自分がやりたいだけじゃない?みたいな 過去に感じた例を
ちょっとまず言っていきます。 まずね
「だれかのために」が嘘くさく感じる時:具体的な事例
すごい上の世代ですね。 飲み会で自分を囲んでほしい人。
これ最近はもういないですかね。なんか若い時に校長とかの人たちでいましたね。
でもこれどこの会社でもいるんじゃないですか。 ちょっとさ、最近みんなこう疲れてるしさ、
頑張ったしさ、一区切りあったからさ、ほらさ、みんなで集まってさ、 ちょっと飲んで
疲れを癒やそうよ、みたいな。 それ自分が飲みたいだけでしょ、みたいなのってよくあると思うんですよね。
でその人が自分で企画するわけじゃないみたいなね。 まあそれはよくあると思うんですけど、例えば自分がもうすぐ退職だとか
そういう時に やっぱり自分を囲んでほしいんだなっていう雰囲気を出している
校長先生がいました。 でもその人いい人だったからね。でもねすごい出ちゃってるんですよね。
でそれを察して下が動くみたいな、まあ公務員文化ですかね。 まあ良くない文化ですけど
昔はそれが普通だったんでしょうね。 あとはね、さっき退職っていう話をしたんですけど
退職、最近コロナがあったからないのかな。 退職する先生がいる時にやっぱりその先生のためにやっぱり会を開くんですよね。
でそのね、退職挨拶、そういうちょっとした飲み会ですよね。 ちょっといいところでみんなでこう飲むみたいな、その退職する先生に花束を用意するとか
お世話になった先生が一言言うとかね。 でもやっぱりクライマックスはその本人の挨拶なんですよ。その人が主役の日。
でね、そこで自分自分じゃない人って すっと挨拶終わるんですよね。早みたいな。いやいやだから尊敬している先生とか
いやいや、あなたの教員生活は人づてに波乱万丈だったって聞いてますよって。
こんな大変なことがあったけどみたいな話、人づてに聞いてますよ。 ちょっと喋ってほしいですよみたいな。
そういう人に限って すって終わらせちゃうんですよね。
特に退職する人が何人かいる場合とか、周りを気遣うんですよね。 私なんかの話でじゃないですけど、いやいやそういう人の話、そう聞きたいんですよと。
で、その次に喋る人が、私は全部で何個の学校に行ってとか10個の学校に行ってとか
まず最初の学校でとか、全部1個1個学校でのエピソードを喋り出しちゃう人もいますよね。
いやまだあと9校分ある。 あと9校分聞くんだ。
昔は厳しくて先輩の先生にお茶出しの仕方からまずは、そういう話、今は聞きたくないですよとかね。
この人はやっぱちょっと自分自分なのかなっていう僕の中の自己中警察がちょっと反応しちゃいますよね。
これ取締り対象かな。ちょっと切符を切らなきゃかなこの人はっていう。 なっちゃいますよね。
でもまあそれはね長年やってきた最後なので 許せるというか
まあ そのくらい許してあげなきゃみたいなねのは僕も思いますよ。そんなに厳しい警察じゃいけないと。
でもねちょっと嫌だなって思うのがね、昔いたんですけど これ特殊な例ですよね。なんか3月になると
自分のクラスの子供たちに毎年 来年は私いないかもしれないみたいなこと言ってる人がいたらしいんですよ。
またクールぽこですけどそういうやつがね いたらしいんですよ。
で実際先生って結構3月の終わりぐらいには来年自分がどういう 移動するかどうかとかわかってるんですけど
移動しないってわかってた時もあるはずなんですよねその人。 だけどいないかもよとか子供に毎年言ってるらしいんですね。
だから 別れをおしませたいんでしょうね。
最後 3月の終わりに自分が子供たちとそのクラスが解散する時に
先生ありがとうございましたってサプライズされたかったら言われたいんでしょうね。 来年いないかもよっていうことによって
自分も最後かもよみたいな 自分への感謝をさせようとしているのがちょっとこれは許せないですね。
毎年言うって
すごいですよね。これはもう10年くらい前の話ですけどでもそんな年がいってる人じゃ なかったから
これはねもう逮捕。 これは事故中警察逮捕ですね。よくね学校の先生で言うんですよ。
後輩への指導とドラマ演出
いやいやあんたのために先生のために子供がいるんじゃないんですよと。 子供のためにあんたがいるんでしょ先生がいるんでしょっていう
その通りだなぁと思いますよね。 これ言いましたね。
あとよくいるのが これはどこの業界でもかな
後輩に自分の経験を語りたい人。 だから自分がやってきたことと同じことをしてほしい。
自分がしてきた苦労と同じ苦労をして同じように乗り越えて同じ喜びを感じてほしい。
つまり自分と同じになってほしいんじゃんこいつみたいな。
いますよね。 これもちょっと切腹ですよね。切腹禁なきゃですよね。
最近は 自由な教育だから子供の個性を尊重して余白を与えて自由に子供の好きなように
学ばせるんだとかって言ってるくせに後輩には それをしない。自分と同じことをしてねみたいなしてほしい。
これはたぶん親とかでもそういう人いると思うので、人間ってそうなんですかね。
あとね、まだまだあるんですけど、なんかね
ドラマをやっちゃう先生がいるんですよ。 子供が全然言うことを聞かない時に
このクラスでは授業やりませんとか言って、職員室に言われて帰っちゃって
その先生は単人の先生じゃないんですよ。 単人の先生じゃない先生が授業をやってて、子供が言うこと聞かなくて
このクラスではやりませんとか言って、若い単人の先生とかが慌てて、なんとか先生すいませんみたいな
子供と話し合うんですよね。あの授業どうだったみたいな、あの態度みんなどうだったみたいな
謝りに行こっかみたいな。その過程をこれ、教室から出て行って授業放棄した先生は
その過程をやりたかっただけなんじゃないのかなみたいな。 その
ドラマがやりたいだけなんじゃないんですかみたいな人はいますよね。 これはまあ若い単人の先生からしても迷惑ですよね。
ちょっと子供と話し合っていきますみたいな。 じゃあちょっと謝りに行った方がいいよこれみんなみたいな。
で、ゾロゾロゾロゾロ職員室に行く。それで良くなればまあいいのか。 昔結構あったと思いますね。こういうひと幕は。
運動会実施への固執と組織的な行動
これはちょっとすごく嫌悪感がしちゃったんですけど、 なんか運動会の日のことなんですよね。
どうやら雨が降りそうだと。 もう先日からすごい降って、これやんだとしても校庭ぐちゃぐちゃで多分運動会できないんじゃないかと。
そういう時はまあ結構よくあるんですけど運動会シーズンだと季節の変わり目なんでね。 そういう時になんか朝、
その運動会の日の朝の何か3時とか4時とかまだ暗いうちから
勇士の志のある先生が集まって、なんかスポンジとかで校庭の水吸い取って
やってるんですよ。 旗から見ると何としても運動会を実施して実現するんだみたいな先生たちの献身的な行動に思うと思うんですよ。
でもね、これがね僕的には ちょっと違反キップかなぁ
と思うんですよね。
みんなで一生懸命暗いうちから、だから水を吸い取るんですよね。 で、次の日晴れる
っていう計算があるんなら、まあいいとは思うんですよ。 でも次の日も雨っていう時にどう考えても無理じゃんっていう時でも
なんかやりたがるんですよね。先生ってギリギリまで諦めないみたいな。 何としても子供の一大行事を
成功させるんだみたいな。それが表向きの気持ち。 でもね裏は延期したくないだけなんですよね。
延期したくないって言うのもわかるんですけど、 保護者とかねその日に休み取っちゃってるから
とかいろいろあと地域の人たちにも 偉い人が来てくれて挨拶してくれるとかね
いろいろあるんでしょうね。その管理職側は。 で
一番は延期したことによるクレームが怖いだけなんですよ。 延期したとしてもいやギリギリまで今日はやろうとしましたよ
職員で朝からそうでで頑張ったんですけど ダメでしたすいませんみたいな感じのことを言いたいんでしょうね
子供のためじゃないですよね。本当に子供のためだったら早く判断するんですよ。 そこは責任者は
それをする人もいますよね。そういうふうにされる校長先生もいます。 これはねそういう人の方が僕は尊敬しますね
でもギリギリまでうだうだやってる学校があるんですよね でそのなんか
朝3時とか4時に集まって 5時頃ね1回休憩をしてるんですよね職員室でね
やりましたねとか泥だらけですよとかビチュビチュですよとかみたいなそれでなんか校長が ほらほら朝飯買ってきたぞみたいなおにぎりコンビニで買ってきたぞ
ありがとうございますみたいな それがねその
一連の流れが滑稽だなぁっていう ちゃばんじゃんっていう
何やってるのって 結構思っちゃうんですよね僕は
そんなことでそれでやっぱりなんかそこに来てる人が偉いみたいなね先生たちの中でも どうしてもそんな早く普通ねそんな早くこれないですよ
どうしてもそんな早くねこれない人がいっぱいいるわけです で
家の都合とかつけて一生懸命5時ぐらいに頑張ってきた人 あーもう終わってますよみたいないやーみたいなやれることをやったよねみたいな
で一生懸命来たのになこの人みたいなそういう時間に来なきゃいけないみたいな そう一生懸命ギリギリまで諦めずに戦っている人が偉いみたいな
そういう空気がねやっぱりましたよねそれはもう 集団で謙虚ですよねもう
もうそれはねみんなで組織的な犯罪ですよねそれは よくないなって思いますよね
だから文句言われたくないとかギリギリまで諦めないでありました その姿を見てください認めてくださいっていう
自分自分の姿勢 これがね見苦しい
これは逮捕ですよね見苦しくて そういうやっぱも先生も所詮人間なん
自己愛を超えて他者のために生きる
ですよねでしょで公務員は公務員だし そういうところがね気になっちゃうんですよね
でもそういうのも許せなきゃいけないなって最初に言いましたけど
許せなきゃいけないなって思うんですけど人間だからね でもやっぱり
どう育てる仕事だから 自分自分じゃいけないと思うんですよね結局他の仕事とは違って先生っつーのは
まあそういうちょっと潔癖なところが僕はあるんですけどね
でもやっぱりそれ本当に尊敬できる人は 自分が認められたいからとかそういう基準じゃなく判断してますよね
そういう人にやっぱ僕はなりたいんですよ 結局自分を愛してるっていうのが諸悪の根源なのかな自分は愛しすぎちゃってる
みたいなのがね 結局愛なんですかねなんかシーナリンゴとかも曲の中で愛だろ言うなればとかって
言ってた曲がありましたら何の良い曲だったかなぁ 結局怖いなんでしょうね人に向けた周りに向けた自分に向けたじゃないね自己愛じゃない
やつ その精神を持って
仕事を越したいなぁと 特に教師という仕事なんだからっていうのを
ちょっと思うわけですでも結局自分じゃんっていうのってこの世の中多分昔も昔 あったのか昔の方があったのかな
昭和の方がなかったような感じしますよね でも
もう 王じゃない人もほんと純粋にマンの
ことを考えている子供のためですが本当に子供のためになることをやっているっていう 自分がどこじゃなくてねそういう尊敬できる人も
人もいますよねきっとね 時代は関係ないか
はいそうですね時代は関係ありませんそういう人に自分自分じゃない人ありたいと 自分が自分の中にいる自己中警察に捕まっちゃいけませんからね
ただ捕まってますけど子供を無駄に感動させちゃうとかね ちょっとさやりすぎだろうみたいな
それ自分が酔いたいだけじゃみたいな 自分が捕まる時はありますよね
ちょっと後輩の先生にちょっと自分の経験語りすぎてますよと それお前が言いたいだけだろって自分に対して言ってる時と思ってる時とかね
ちょっとこれは 要らないことを喋ったなぁなんか自分の語りに酔ってるだけだなぁみたいな
いう反省もよくありますしね 怖いですね正しいことをしているつもりでも
これからこれが必要なんだとかこの学校にはこれが必要なんだとか この子のためにはこれが必要なんだって
信じすぎちゃうとねいつの間にか自分 で暴走してるだけっていう
結局なんか人のためって思いすぎちゃっても 自分のためになっちゃってると自分の思いを実現させたいから自分のため
になっちゃってるパターンもあるしね怖いですよねこれね
いやー そういうのずっと考えていくんだろうなぁと思いますこれからも
そういうのとたぶん戦っていくんだろうなぁと思います はいということで
ちょっと今日はノンストップできてしまいましたが
自分警察事故中警察 の話でした
これをね超越している人はかっこいいですよねー たまにいますからねぇ
焦がれるなぁ はい
では今日も終わりたいと思いますここまで聞いてくれた人もしましたら本当にありがとうございました はいでは終わりです
22:52
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