田中嘉人のStammer Studio。 どうもStammerの田中嘉人です。
Stammerというのは、喫音の人という意味です。 私は喫音なんですけれども、そんな喫音の私が一人で喋っていくポップキャストです。
雑音や…雑音じゃない。 雑談…雑談が中心なんですけどね。雑音になっちゃってる。
私の声はつっかいつっかいで聞きづらいと思うので、雑音なんですけどね。
どうせ…すいません。雑談ですね。 ちょっと良かったら聞いていただけたら嬉しいです。
それでね、さっきも雑談を雑音と言い間違えたんですけど、
これね、頭の中で考えていることが私は喫音で2つあるんですよ。 喋っている時に。
何かっていうと、まずね、やっぱりつっかえないかな。 今つっかえたのおかしかったな。変な間だったな。
変なところで言葉が区切れちゃったなとか、そういうのをね、すごい考えながら同時に話すことも頭の中で再生しているので。
だからこれ、普通の人の2倍くらい頭を使いながら、普通の人の半分もないクオリティーの話しかできないんですよ。
それがね、喫音の私なんです。 一応ちゃんと話すことは決めてるんですよ、この終了する時に。
それでもそうなっちゃうんですよね。
今日は喫音の沼っていう話なんですけど、この喫音の沼っていうのは好きなものにハマっていく、あの最近言ってる沼じゃないんです。
本当の恐ろしい沼。ちょっとね、その話をしていきたいなと思います。
後半はね、職場のあるあるですね。
先生ならではのあるあるじゃないんですけど、職場のあるある、ちょっと昔のあるあるですかね。
どうでもいい話に参加しなきゃいけないっていう、そういうコミュニティーとか共同体ですから職場は。
そういうめんどくさいなって話です。
それでは今日もよろしくお願いします。
はい、言い間違いがひどいですね。
でね、これ何でかっていうとね、喫音の沼っていうのと関係があるんですよ。
なんか、よりポッドキャストを始めてから、自分の喋り方とか喫音とか使い方がね、めちゃくちゃ気になっちゃうんですね。
この前なんかね、最初のタイトルコール、田中良人のスタマーサジオ、どうも私スタマーの田中良人です。
これですね、これを何回も撮り直してるんですよね。
撮り直しても大して変わんないんですよ。
ちょっと間が空いてもいいやと思って最初始めたんですけど、もうなんか変な間が空いたり、変な行き過ぎですね、ブレス、会話のブレスが入ってくると、もうね、なんか自分で嫌になっちゃうんですよね。
で、撮り直しちゃったりしてました何回も。
で、撮り直すたびに悪くなっていくんですから。
それがね、喫音です。
一発勝負でいい、最初のやつで100点はもちろん出せないんですよ。
最初のやつの60点ぐらいでもいいんだっていう、そういう気持ちがないと、そういうマインドがないとね、喫音の人が喋る。
僕が小学校の先生なんで学校でも喋りますけど、そういうマインドがないとね、喫音の人が喋るっていうのはもうやっていけないわけです。
で、あとはですね、ちょっと喋れるようになってきてるんですよ。
喋れるようになってきてるからこそ、もっとこうしたいとか、もっとこの間がナクシーで喋れるようになりたいなとか、もっと噛むのを減らしたいなとかね。
そういうね、欲張っちゃう。
欲張っちゃうと、もっとミスが増えちゃうんですよ。
だからね、そういうのと葛藤というか、そういうのと戦ってるのが喫音の人なんですよね。
何回も言い直しちゃうんですよね。別に聞いてる方は子供たちとかね、授業中とか、聞いてる方は大して気にしてないのに、自分が気に入らない発音だったから何回も言い直しちゃうんですよ。
この人何回も同じこと言ってるみたいな感じになっちゃって、多分おかしいと思うんですよね。
自分が気に入るまで言い続けるみたいな。
そういうのがね、良くないのは、笑い飛ばせたらいいなと思うんですけど、そういうのここでこうやって喋ることによって消化できたらなと思ってます。
あとね、最近は結構大丈夫になったんですけど、しょうやりの仕方とかね、がわかるようになったんですけど、昔はね、喋ることにすっごい疲れちゃってました。
若い時、力がすごい入っちゃったりね。
でもね、力を入れて腹から声出していかないと、声が出ないんですよ。
乗らないというかね、口の中まで来てくんないんですよ、声が。
口先だけでね、何か言えないんです。
でね、若い時はね、金曜日の6時間目とかね、クタクタなんですよね、若いのに。
金曜日だからこれで終わりだから頑張ろうみたいな、そういうテンションにもならなかったのかな。
でね、金曜日の6時間目にね、道徳の授業とかね、入ってるとね、これしんどいんですよ。
何がかっていうとね、道徳ってね、お話が教科書に載ってるんですけど、なんとかくんとなんとかくんが争いました。
結局謝れなかったみたいな。さあ皆さんどうですかみたいなね。
そういうのを考えるんですよ、みんなで。
やっぱり素直な気持ちになって、ちゃんと自分の悪いことは認められた方がいいよね、みたいな。
そういう授業ですよね、道徳って。
そういう価値を教えるやつね。
そこでね、反読って言って読み聞かせるんですよ、お話を。
それがね、もうつっかえつっかえではなくなったんですけど、すごい気持ちを込め、あんまり気持ちを込めて読んじゃいけないと言われてるんですけど、
気合い入れて振って、そういうテンションで反読に入っていかないと、すごいドモリまくるんですよね。
気合いが入ってないと。
で、あと疲れてると。
金曜とかね、もう言葉がつっかえまくる。
なのですごい気合い入れて読むわけです。
そうするとね、さっきも言ったけど、頭の中で二つのことを考えてるんでしょうね。
今、つっかえたなとか、今、声出たなとかっていうのと文章を両方、頭の中で同時に考えてるから、
疲れて、そういう二つのことを同時に考えてる自分が、さらに上の方から、優待離脱みたいなのが見えてきちゃって、
気がフワーッと遠くなってくるんですよ。
もう訳わかんなくなってるんですよ。
今何やってんだ、俺みたいな。
で、物語の主人公が、今でも覚えてるのはコレッティ君と、あと何だっけな、もう一人。
今でも覚えてるのは忘れてる。覚えてないんですけど、
あっ、エンリーコ君だ。
そういうね、どこの国の物語なんだよって思うんですけど、
そういう物語があるんですよ。結構定番だと思うんですよね。
なんか二人が喧嘩してるやつなんですけど、そのコレッティ君とエンリーコ君が逆になっちゃうんですよ。
自分の頭の中で。
で、無事に読み終わっても、授業の中で、
今エンリーコ君が定義出して殴りかかろうとしたけど、
ん?コレッティ君か?みたいな。
どっちがどっちだかわかんなくなって、
そうすると、教師がそんな状態だと子供は余計混乱して、
まともに二人の登場人物の立ち位置がわかんなくなっちゃって、
全然気持ちとかも考えられないっていう。
授業として崩壊しちゃうんですよね。
うわ、やっちまったとか思いながら、もうそれで気が遠くなりながら、
そういう風にね、金曜日の午後とかやってたんですよ。
本当にね、喋ることにはね、すごいパワー使って疲れちゃうんですよね。
で、あとね、経験を積んでからは、
割とね、そういう疲れ方はしなくなったんですけど、
学年主任とかになってからはね、
最近若い先生が多いから、若い先生は1年目とか2年目の人と必ず毎年のように組むんですよね。
同じ学年を持つことを組むって言うんですけど、
その先生たちに1年目とか2年目だからこういうことも教えておかないとこの先困るだろうなとか、
こういう言い方はすると自信なくなっちゃうかなとか、
そういうのをすごい考えて、これも言わなきゃ、あれも言わなきゃって、
これから保護者にこういうトラブルがあったからこういうテーマをするんですとかって言ってくれると、
待ってよと、どういうパターンだったみたいな、どんな喧嘩だったって、
その保護者の人、どんな人みたいな、
てことはまずここから入った方がいいねとか、
これは余計心配させちゃうから言わない方がいいねとか、
自分の中でその人のことを、その人の対応を1回全部考えてあげちゃうんですよね。
家保護ですかね。
でもそういう上司が今いないなと思うから、
僕なんかそうしてもらったんだよね、昔。
そうすると余計疲れちゃうんですよ、これも言わなきゃとかね。
それでね、特に年度の始めとかね、4月とかね、これもやってあれもやってとかね、
向こうも全然わかんないから、そういうのを全て教えるんですけど、
そこで喋り疲れちゃうんですよ。
よく喋れるなと思うんですけど、やっぱり気合い入ってるんでしょうね。
それでやっと午前中終わったとかつって、昼飯になるんですよ。
昼飯になっても休憩はできないわけですよ、僕は。
なぜなら喋んなきゃいけないんです。
なんで喋んなきゃいけないかっていうと、
社会人1年目とかで、この前まで働くとかしてなかったと。
しかも結構異常な職場ですから、小学校って。
先生たちの世界ってやっぱりね、忙しさも尋常じゃないし、
物事を処理していくペースもすごいんですよ。
だからもうクタクタになってるんですよね。
しかも緊張もしてるだろうからね、向こうは。
だからそういう状態だから、昼休み?
まだ緊張してると思うから、喋んなきゃって思っちゃうんですよね。
思わなくてもいいのかもしれない。
で、例えば新潟の出身なんですとかって言ったら、
知りもしない新潟の知識とかを適当に言って、
あと話回さなきゃって思っちゃうんですよね。
で、なんかよくわかんない。
新潟のスーパーにね、ベルクってある?みたいな。
それわけわかんない話になっちゃったり。
あの、新潟ってショッピングモールとかめちゃくちゃ広いの?とか、
駐車場とかすごい広いの?みたいな。
ちょっと田舎でしょ?みたいな。
そういうわけわかんないね。
あんまり良くない話題をおっしゃったりね。
でも向こうは1例目でこんなおじさんの先輩がこうやって一生懸命喋ってくれるから、
一生懸命答えてくれるんですよ。
そうするとこれ何の話してんのかなっていう。
おじさんと若い女の子が、わけわかんない話してるだろうなっていうのとかね、
自分ですごい気になっちゃうんですよね。
まあ、授業が始まれば給食とかが始まるからいいんですけどね。
ただそういう一緒に喋りながら、先生同士が喋りながら飯食うっていうのは滅多にないような仕事なんですけど。
同僚同士かね。
だからこそたまにそういう機会があるとすごいね、何喋ればいいんだっけって思っちゃうんですよね。
仕事の話してもいいけどね、どうしてもなんもなかったら、
今日は食べながら聞いて、午後はまずこれやってとか言っちゃうんだけど、
それ絶対嫌だよなって思うんですよ。
はい、はいって聞いてくれるんですけど、全然話が進んでないんですよね。
そりゃそうだろって。
午後の話なんか聞きたくねえよ、午前中やっと終わったのによみたいな。
そういうね、いろんなことを考えちゃうんですよね。
だから喫煙なんですけど、立場が上がって喋んなきゃいけなくなってくると、
こうなってくるとね、また新しい沼にね、こうはまっていくんですよ。
授業とかでは子どもに喋ってるしね。
そう、給食の時間とかもね、これは子どもとの話ですけど、
やっぱね、クラスの子どもたちの仲がより深まるように、やっぱりね、僕もいろいろ話すんですよ。
で、おとなしい子たちとかのグループとかの給食で入ると、
この子たちをどうしても仲良くしたいなっていう思いで、
いろいろね、下手くそなMCみたいにね、話を回そうとするんですよね。
でね、学校の話とかでもいいんですけど、僕の経験上、やっぱどうでもいい話をするっていうのがね、
先生と子どもたちの信頼関係、子ども同士の絆みたいなのを深めるので、
だからさっきの、同僚でいうと仕事の話ばっかりするんじゃなくて、
違うどうでもいい話もするみたいな。
そういうのがね、子どもと先生の関係にも当てはまるんで、
結構どうでもいい話をしようとするんですけど、そうするとね、話題探しが大変。
なんかね、一回ね、なんか好きなコンビニは?とか、こう一人ずつ言ってもらったり、
まあ、クソMCだなって思うんですけど。
でね、そういう話がね、最終的にね、
好きなたこ焼き屋は?っていう話題を振ったんですよ。
あの給食のグループで子どもたちに。
そのとき5年生か6年生の大きい子たちですね。
でね、そんな都会にじゃないからね、たこ焼きチェーンが銀だこしかないんですよ。
だからみんな、うーんって子どもたちが困っちゃって、銀だこです。
あーそうだよね。美味しいよね。
じゃんとかさんは?
銀だこ?みたいな。
そういえば銀だこしかないよね、この辺みたいな。
そういうことになっちゃうんですよ。
だからもう常に喋ってるんですよね。
喋ることを考えてるんです。
で、一回ね、適応障害になったっていう話を違う回でしたんですけど、
適応障害のちょっと前くらいかな、その年かな。
本当にね、そういう喋ることに疲れちゃって。
でも別に嫌な人とかいないんですよ。
食い捨てに寝たくなくなっちゃって。
で、その職場の中で一人の時間が本当に欲しくなっちゃって。
一回ビオトープのね、田んぼのとこでね、水の音を聞きながらね、ぼーっとするっていう。
そういうなんか変なルーティーンができた時期がありました。
ちゃぽちゃぽちゃぽちゃぽちゃぽちゃぽって水の音をね、
校庭の端っこにあるビオトープの田んぼに聞きに行っちゃうんですね。
今思えばその時からやばかったのかな。
それは病気になるわなっていう。
でね、またこれも職場での会話とか話なんですけど、
最近はなくなったんですよね。
でもね、昔小学校ってやっぱり女性が多い職場で、
特におばちゃんね。
それはね、よく小学校だとね、お姉さん方とかって言うんですよね。
おばちゃんのベテランの人たちが幅を利かせてるというか、力を持ってる学校だと。
でもよくない学校だと派閥とか分かれてて、すごい大変なんですよ。
そういうお姉さま方とかってなんかね、そういう因果なのかな。
因果っていうか、おばちゃん先生たちっていうさっき言えばそれを隠すというか、
失礼のないように言う言葉なんでしょうね。
どこがお姉さまだよって思うんですけど。
若い女の子の先生とか、目つけられないようにそういう言葉を使って
お姉さまたちに相談した方がいいですかね、みたいな。
ああ、おばちゃんね、みたいな。
めんどくさいから相談した方がいいよね、みたいな。
とは言わないけどね、僕は心の中で思ってるわけです。
そのお姉さま方がね、やっぱりね、悪口にならないように気をつけて話すんですけど、
孫の写真の見せ合いがすごいんですよ。
孫の、特に生まれた時かな。
基本スマホとか携帯に入っている写真を見せ合うんですけど、
たまにアルバム持ってきちゃう人いるんですよね。
すごい見せ合ってるのはいいんですけど、そこでね、
田中さんとか言ってね、僕も呼ばれちゃうんですよ。
別にいいよ、見たくないよ、だって。
こんなこと言ったら教師としてはいけないけど。
赤ちゃん、みんな同じでしょって。
みんな可愛いってことですよ。
そんなにね、分かんないよそんなに違いとか。
別に可愛いって言えばいいんですけど。
赤ちゃんは好きで可愛いし癒されるんですけどね。
人のスマホを覗きに行くほどじゃないんですよね。
話だけでいいよね、お孫さんができたんですが。よかったですね。
それは本当に心から言えますよ。
でもね、見ないようはね、ちょっと違うよねって。
でも孫ならまだいいなって思うんですよね。
これね、めんどくさいっていうか、やだなじゃないな。
どうかなって思うのはね、結婚式の写真。
息子さんと娘さんの結婚式の写真だったら嬉しいのかな。
でもね、例えば若い先生で職場の中で結婚した人がいますと。
そうするとね、なんかね、結婚式の写真持ってきなよとかね。
前撮りの写真持ってきなよとかね。
鳴ってる学校が一回あった。
えーって、見せなきゃいけないの?
見てもらいたい人もいるからいいのかもしれないですよね。
女性は嬉しいかもしれないですよね。
やっぱり自分の晴れ姿が見てもらえるっていうのは。
結婚式に行けなかったからさ、見せてよみたいな感じなのかな。
そう思うと悪くないんですかね。
でも僕が結婚した時はコロナちょうど前ぐらいだったから。
あと忙しい職場だったから、そんな風にはならなかったのかな。
だから良かったんですけど。
僕なんかね、前撮りとかも正直きつかったぐらいですからね。
やっぱ先生同士とかで結婚しちゃうとね。
そういう見せてみせてみたいなのが文化があったのかな。
でやっぱりね、ほら見なよとか言われるんですよ。
別に見ても、見て何を言えばいいんですかって。
奥さん綺麗ですねとか、かっこいいですねとか。
そこは興味ないでしょう。
そういうの見せられるのがめんどくさい人いっぱいいるんじゃないですか。
ほら教頭先生もとか言って、おばあちゃん先生が言うんですよね。
教頭がね、結構スンとしてる感じとかで、私はいいですとかって言うと、
何よあの人、せっかく呼んでやってるのにとかって怒られてるんですよ、おばあちゃんに。
だからじゃあ俺は、呼んでくれてありがとうございます、輪に入れてくれてありがとうございますみたいな感じで。
で、全然多分見てるとき目が死んでたと思うんですよね。
人の家族の話題はね、そんな興味ないんですよね僕はね。
子供もいないし、それにはちょっと深い訳というか諸事情があるんですけど、
授からなかったんですよね。
不妊治療とかも何年もして、やっぱり妻もすごい大変そうで、
僕も仕事が大変だった時期なので、きつかったんですけど。
でも子供は欲しかったんですよね、本当はね。
でもまあね、今二人とも切り替えてるんで、ちょっと明るくいきたいなと思うんですけどね。
それでね、ちょっと話がずれるのかな。
うちの妻はやっぱり結構欲しかったんですよね、子供がね。
だからこそなのか、笑い話として聞いて欲しいですけど。
うちの妻がね、職場でスマホの待ち受けを子供にしてる子正規社員にすごいキレてて、
スマホの待ち受けに子供の写真してるからキレてるんじゃないんですよ。
そいつが仕事ができないらしいんですよ。
同年代で、うちの妻は非正規。
そいつは正社員の立場が部長とか出産とかって言ってたかな。一応公務員なんですよね、妻も。
そいつがね、仕事できないくせに育児休暇か、それで帰るからすごいキレてるんですよ。
どうせ家帰っても戦力にならないだろうみたいな。
家事の戦力にも仕事でも使えないんだから、家帰っても家事の戦力にならないだろうみたいな。
すごい言ってるんですよ。偏見で。
そういうのを笑ってね、二人で話せるくらい、ちょっと今は切り替えてますけどね。
っていう、ちょっと最後話がずれましたね。
そういう人の家族の話っていうね。
僕はめんどくさいなって思うっていう、そういう話です。