あんなに吃音で苦しんでいたのにがんばってこれたのはなぜだろう? それはきっと、周囲の人に人格を認めたもらえたからだと思います。今の世の中に必要なのは、SNSのニセ承認や能力主義じゃなく、温かな人格の承認かも。そんなことを考えました。
後半の音楽のコーナーでは、MGMTの3rdアルバムを紹介します。サイケ好きな方におススメなアルバムです。
<大体のチャプター>
吃音でも「何とかなっていた」のは、人に認めてもらえたから/ 「ちいかわ」の考察から知ったこと/ 自分の場合は仕事をがんばるしかない/ ちゃんとした「承認」は大事/ 承認されにくい社会じゃがんばれない/
MGMTの3rdアルバム「MGMT」の紹介/ 1stはシンセロック、2ndはサイケ。果たして3rdは?/ 4th,5thアルバムについて/
「承認欲求」を正しく満たすこと/ がんばっている人は能力関係なく認められてほしい
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サマリー
このエピソードでは、吃音に悩んでいた過去から、周囲の人々に人格を認められたことで「何とかなった」経験を語ります。現代社会で失われつつある温かな人格の承認の重要性を説き、能力主義やSNSの偽りの承認ではなく、本来人間が持つ承認欲求を満たすことの大切さを訴えます。後半では、MGMTのサードアルバムを紹介し、実験的でサイケデリックなサウンドの魅力を解説します。
吃音との向き合い方と「何とかなった」経験
こんにちは、田中嘉人のスタマースタジオです。この番組は、喫音の人である私が喫音や喋ることについて、あれこれ一人で語っていく番組です。
スタマースタジオのスタマーというのは、喫音の人という意味です。で、私、喫音なんですけれども、まあね、今、何とかなったなあと思うんですよ。
もうすごい喫音に悩まされていた時代は、もう全然そんな風には思ってなかったんですけど、最近、ここ2年ぐらいですよね。
喫音の方は何とかなったなあって、あの思うんです。それはね、治ったわけではなく、何回か言ってるんですけど、やっぱり気にしなくなったってことなんですよね。
まだまだ突っかえちゃうんですけど、この多分ね、突っかえたり喫音が出るのが減ってるのはね、きっとね、気にしなくなったからなんですよ。
やっと、やっと慣れたなあっていう感じなんですよね。で、この今が何とかなったなあっていうのもあるんですけど、今振り返ると、すごい悩んでる時も何とかなってたなあって思うんですよ。
もうすごい抽象的なことばっかり言ってますけど、何とかなってたんですよ。だからまあ、要はそれで食を失ったり、生活苦になったりしなかったわけですよね。
それってね、すっごくありがたいこと。で、それ何でかなって考えたんですよ。それはね、やっぱりね、周りの人にちゃんと認めてもらったからだと思うんですよね。
だからね、認めてもらうとか認め合うとかね、すごい大事だと思うんですよ。だからもう例えばハンディキャップなくて完璧な人でも、もし認められなかったら、もうきっと辛くてしんどいと思うんですよね。
喫音とかハンディキャップあるかとかじゃなくて、認められることが大事なんだなって思ったっていう話をしようと思います。
現代社会の格差と自身の悩み
後半は音楽のコーナーで、今日はMGMTというバンドを紹介したいと思います。このバンドがね、いやマニアックかなと思いきやね、きっとね、意外と有名だと思うんですよ。
はい、じゃあ今日もよろしくお願いします。はい、でまずね、もう最近、頑張んなきゃなと思ってるんですよね。頑張んなきゃなって思ってるっていう話なんですけど、私、適応障害になりまして、うつの症状とかもあったんですよね。で、その原因は仕事なんですよ。
で、まあ元気になってきたから思えるんですけど、大したことなくはなかったんですけど、それでもそこまで考え込むこともなかったような、今思えばですよ、その時はもうどん底にいたので、そう思ってたんですけど、要はもっとしんどい人いっぱいいるじゃんっていうことなんですよね。
で、それがね、チーカワですね。チーカワ。チーカワっていうか、チーカワの考察。要はそこの中身には深入りはしないんですけど、格差社会がすごいって話ですよね。
本当にもう搾取される側がもう階級じゃなくて、身分がもう固定されちゃってて、もう絶対変われないと。頑張ってもどうせ無理。もうみんな諦めてるっていうね。小さな幸せがあればいいよ、このままでっていう。
もう無理に戦わなくていいよって。頑張ってもね、どうせ無理なんだから、また嫌な思いしてまた絶望するだけなんだから、もう無理させるなよと。今ある小さな幸せだけでもう十分だと。
そういう感じに世の中がなっちゃってると。もうそこまで格差社会がいっちゃってると。そういう空気らしいんですよね。怖いなって思うんですけど、ずっとこの生活が続く恐怖っていうね。
だからその中で楽しいこと探していこうみたいな、もうそれでいいじゃんっていうのはちょっとわかるんですけど、でもそのレベルが僕はまだ全然恵まれてる方だっていうことに気づいたんですよね。
だからもっと頑張れよって自分に対して思ったんです。僕の悩みは、小さな幸せが欲しいから仕事は7割でいって、趣味で生きがいを作っていきたいけど、それも自分の能力じゃ無理だなっていう、その程度の悩みだったんですよ。
だから仕事がなくなる心配とか収入が大きく減る心配とか不安とか、もうお先真っ暗っていうそういう不安じゃないから本当に生ぬるかったなと思うんですけど、だからね、もっと頑張らなきゃだなと思ったんですよね。
何を頑張ろうかって思ったんですけど、まあいろいろ回って、やっぱ仕事じゃんと。で、なんでそう思えたかっていう、仕事頑張らなきゃと思える人は幸せだと思うんですよね。
僕も仕事にやりがいをなくして見失っててもう嫌だってなってたんですけど、でもそうなる種類の仕事じゃないんですよね。教師なんですけど、言ったらやりがいなくても頑張れば最終的に自分に返ってくるというか、自分のためになる仕事だと思うんですよ。
専門性を磨いていけて、公務員なんで給料も安定してますし、そう簡単に職を失うこともないですしね、福利構成もちゃんとしてますし、一応表面的には人を大事にしていこうみたいな空気もあるしね。
業務面ではブラックな面もあるかもしれないですけど、一応そういう仕事なので、まだ頑張る価値はある仕事なのかなと思ったんですよ。そうじゃない状況で苦しんでる人はいっぱいいるわけですからね。
仕事を頑張っていったとしても、スキルとか能力とか身についていくわけでもなく、成長していくわけでもなく、人に認められるわけでもなく、給料も多くなくみたいな、そういう苦しい状況の人もいっぱいいると思うので、
仕事頑張ろうと思うことは、それだけ幸せだろうと、頑張れよって自分に対して思ったんですよね。
承認の重要性と社会への提言
一応曲がりなりに専門職としてやって来られたのは、辞めなかったのは、やっぱり認めてもらっていたからかなと思うんですよね、人に。
だから最近、承認欲求が批判されることはありますけど、いや承認大事っていう、ただSNSの承認じゃないですけど、承認じゃダメですけどね、あれは偽承認ですからね。
直接人から必要とされる、認められる、能力も認められるかもしれないけど、能力とか努力を認められるかもしれないけど、人格を認められるとか、存在を認めてもらえる、最初は能力なんてないんだからね。
僕なんかも喫煙で全然うまくしゃべれなくて、やっていけんの教師としてみたいな時期もずっとあったので、そこでもそんな能力がない、ダメな自分を認めてくれる人がいたわけなんですよ、きっと。
それがやっぱり何とかしてくれたんですよね。知事からの何とかなれじゃないけど、何とかしてもらったんですよ、そういう周りの人の承認に。
やっぱりそういうので、人間の核というか、自信とかが積み重なっていくと、コンプレックスあってうまくいかないことばっかりでも、また頑張ろうって思えてるわけですよね。
それで頑張ろうって思えれば、たまには成功することもあるから、また自信つけて、また認めてもらってとか、そういうふうな良い循環になっていくんですよ。
だからもう仕事嫌だとかやりたくないとか言ってたんですけど、結局今のこの質問が何とかなってるっていう状況になったのは、仕事で出会った人たちのおかげ、周りの人たちのおかげなんですよね。
そういうのもあって、もっと頑張れよ自分って思ったんですよ。でもね、やっぱりそういう話が言ったり来たりしてますけど、そういう環境で仕事ができない社会ですよね、きっとね。
もう本当にコマの一つとしてしか見られてないとか、認められるどころか、もうないがしろにされたり傷つけられるっていう、嫌な思いばっかりするっていう、人格を否定されたり、ひどい扱いを受けたり、理不尽なことばっかりとかね。
そういうね、もう認められるとは認め合うとはかけ離れた労働環境の人がいっぱいいると思うんですよね。それは希望がないですよ。それはきついですよね。それ頑張ろうなんて言われたくないですよね、そんなところで。
だからやっぱり証人を求めてSNS行っちゃうのも分かりますよね。だからSNSに頼らなくても、偽証人じゃなくて本当の証人がちゃんとね、たくさんある世の中になるといいですよ。
そのためには僕先生なんで、やっぱり子供をSNS方面に持っていかれないように、たくさん認めてあげなきゃいけないと。能力をつけてあげたいとか、社会で通用する人材にするとかの前に、
まずこの認められない世の中で、認められない社会の中で、能力があろうがなかろうが、やっぱり人格を認めてあげたいなと思うんですよね。他の人にも認められる子になっていけるようにしなきゃいけないので、だから頑張ろうと思ったっていうのはそういうことなんですよね。
こんな恵まれてる自分が頑張ろうと思える自分が頑張らないと、もうみんなどんどんもういいよ、もういいじゃんって、もう無理だよ、変わんないよっていう、もうやだっていう、みんながそういうふうになっちゃうので、
そうならないこと、そういう方向にしないことが恵まれている人の役割なのかなとかね、そんなことを考えました。
仕事への意欲と恵まれた状況の自覚
はい、というので、もう毎日働きます。仕事をちょっと頑張ろうと思います。それが自分のためになるっていう、そういう道がまだある。100%なるわけじゃないかもしれないけど、自分のためにもなるっていう、そういう可能性がある。それだけ幸せっていうね、そういうのを忘れていましたね。はい、という話です。
はい、番組のお便りも募集しています。概要欄に投稿フォームがありますので、本当に気軽に送ってください。送っていただけたらとってもめちゃくちゃ嬉しいです。ぜひぜひ紹介させていただきます。よろしくお願いします。
音楽コーナー:MGMT 3rdアルバム紹介
ということで、この次は音楽のコーナーです。めくるめくライナーノーツ。はい、このコーナーはCDアルバムをライナーノーツの言葉の力を借りて紹介するコーナーです。
ライナーノーツ、今はもうサブスクばっかりですけど、CDに日本語のタイ訳付きのCDが入ってますよね。あれを読みながら、またそのCDアルバムを聴くとすごい面白いんですよ。
ということで、今日紹介するのはMGMTというバンドですね。2013年のサードアルバムMGMTです。バンド名をアルバムのタイトルにしたっていうものですね。このMGMTというのは2人組です。
ポップデュオ、アンドリューヴァンウィンガーデンとベンゴールドワッサーの2人組のポップデュオ。このMGMTのサードアルバムMGMTのライナーを書いたのは中村明美さんです。このMGMTはニューヨークブルークリンハウスのバンド。
アートの学校で2人が出会ったらしく、当時というか出てきた時にアートロックデュオなんて呼ばれてましたね。やっぱりアートロックデュオだけあって、ジャケットがいいんですよね。
それでですね、このMGMTはファーストアルバムがとてもブレイクしました。そのファーストアルバムはオラキュラースペキュタキュラーって言うんですけど、いきなりグラミー賞にノミネートされるような、その中のKIDっていう曲が21世紀のアンセムだみたいな風に言われたような、めちゃくちゃブレイクしたアルバムです。
それはね、シンセロックと言われてます。で、そのファーストアルバムのブレイクだけじゃなく、この2人がね、このアンドリューとベンがファッションとか思想とかライフスタイル、そういうジャンルでも若者のカルチャーを牽引する存在になっていたわけです。
でもですね、僕はね、このファーストよりセカンドアルバムでハマったんです。セカンドがいいんですよ。Congratulationsって言うんですけど、これはね、サイケなんです。サイケデリック。こっちのアルバムが好きになったんですよね。
で、これはLinerによると80年代のUKポストパンクにも影響されているらしいです。80年代のUKポストパンクっていうのを調べたらThe CureとかJoy Divisionとか、その他にいっぱい名前があってましたけど、ちょっと全然僕はわかってなかったですね。
それでだからね、ファーストアルバムがシンセロック、セカンドアルバムがサイケで、やっぱね、セカンドアルバムでファーストアルバムみたいなポップさを期待したファンもいっぱいいたようなんですよね。
そこでこのサードアルバム制作前にバンドは、今度サードアルバムはレーベルの言うことを聞いてポップのアルバムを作るよって冗談で発言したらしいんですよ。そこで今週のこのLiner Notesの一節です。
結果、Congratulationsよりさらに自らが深く追求したコンサート、シンセポップからはさらに離脱し、ドラムマシンを使い80年代ハウスなどのエレクトロニックに影響されたエクスペリメンタルなポップジャムが展開されるサイケデリックロック作となった。
もっとサイケになっちゃったんですよ。もっと尖ったサイケになっちゃったのがこのMGMTのサードアルバムですね。このサードは一番尖ったアルバムと言われてますね。彼らの作品の中で。
このサイケデリックのところがいいんですよ。ここでも中村あけみさんの言葉を引用するんですが、それが一番わかりやすいんですけど、こう書いてあります。
確かにアルバムは全体として無意識と意識の間をさまよう、まか不思議なサウンドに仕上がっている。もうトランス状態になるような意識を持っていかれるような、脳内を支配されるような、そういう抽象的な、音わけわからないけど最高みたいな、そういう音楽空間に浸れるんですよ。
サイケデリックアルバム。実験的なところもあるんですよね。いろんなことを試してるんですよ。このアルバムは結構いろんな曲がノイズや電子音や即興的なサウンドとか音楽のコラージュで構成されていると書いてあります。
実験的なんですよね、作り方も。実験的なアルバムっていいですよね。僕は好きなんですけど、あれじゃないですか、ビートルズのリボルバーとかも実験的なやつなんじゃないですかね。そういうね、実験的で抽象的でサイケデリックなアルバムですね。これは2013年に出してますね。
このアルバムのタイトルなんですけど、自分たちのバンド名をアルバムのタイトルにつけてますが、最初はなんかね、皮肉っていうか冗談でね。よく何枚かアルバムを出した後で自分たちのバンド名のアルバムを出すよね、みたいな。最初は皮肉ってやろうと思ってたらしいんです。
でも他のアルバムのタイトルの候補名も考えていたんだけど、それがね、結構あまりに酷かったらしく、結局バンド名を冠したタイトルに落ち着いたらしいです。そんなエピソードもあります。
このバンドのディスコグラフィーをもうちょっと話していくと、この4枚目がね、シンセポップへ回帰するんですよね。これはダークな感じの、2018年かな。これリトルダークエイジって言うんですけど、ちょっとだからポップな方向に戻っていくんですよね。
でね、ここのリトルダークエイジっていうタイトルトラックも入ってるんですが、これがコロナの時期にTikTokでブレイクしたらしいですね。だから今で言うとこのサカナクションの夜の踊り子的なブレイクの仕方ですかね。
なんか調べたら、いろんな動画のBGMに使われたらしいです。踊るとかじゃないのかな。いろんな動画のBGMにこのリトルダークエイジっていう曲が使われて、2年後3年後にバズるっていう、そういう曲が入ったアルバムですね。
で、今5枚目のアルバムまで出してます。5枚目は2024年に出しているLoss of Lifeっていう、これはインディ独立して自主レーベルになってから出したアルバムです。ということで今日はMGMTの3rdアルバムを紹介しました。めくるめくライナーノーツでした。
承認欲求の再考と他者の承認
はい、だからね、承認欲求ばっかりとか言ってよくね、僕も思ってましたけど、悪く思ってましたけどね、やっぱ承認欲求っていうのはバカにできないんですよ。やっぱり人は認められたいし、無条件で認められたっていう経験がないと、やっぱ心の芯じゃないけどね、強くなんないんですよね。
なんか自分の心にね、ベースキャンプがないと帰ってこれる場所がないと頑張れないんですよ。やっていけないわけですよね。だからもうそういうのがない世の中になってるから本当に怖いですよね。
みんなね、それはね、その個人のせいじゃなくて、それはすぐ心折れますよ。こんな絶望ばっかだったらね。そうしたら今度はね、自分の子供だって認められなくなりますからね。
こんな自分が認めてもらってないのに、こうしんどい思いばっかりしてんのに、人のことなんか認められませんから、どんどんどんどんね、心が貧しい世の中になっちゃう。怖いですね。
だからそう、まだ頑張ろうと思える人はやっぱりね、頑張らなきゃダメなんですよね。僕も頑張らなきゃダメだなって思いました。
なのでね、もしここまで聞いてくれた人いましたら、ちょっとでも頑張ろうという気持ちが残っていれば、一緒に頑張りましょう。何をだよっていうのはね、ちょっとわからないですけど、仕事頑張ろうって話じゃないですからね。
仕事じゃなくても頑張ることいっぱいありますからね。だからあれですよね、趣味が好きすぎて極めて、そっちですごい承認されちゃって認められちゃって必要とされる人っていますよね。すごいですよね。それでもいいしね。
僕の場合はそれは無理だなと思ったから、仕事の方頑張るしかねえかっていう風に思ったっていうところもあるんですけど。あとは、いろんな人を認めていかなきゃだなって思いました。
よくアンガールズの田中さん、僕好きですけど、このクソ人間がよーとかって言ってますけど、あれ面白いですよね。あんなはっきり言うっていう。クソ人間もいますけどね。
僕の同級生で中学校のとき仲良かったやつと、5、6年前に10年ぶりとか15年ぶりに会ったら、そいつがもう30も後半なのに、飲み屋に行く道でスカジャンみたいな服のポケットに手突っ込んでくちゃくちゃガム噛んでて、
プッて道にガム吐いてましたからね。こいつクソ人間だなって思いましたけど、30いくつになってもそんなことやってるって、こいつはもうどうしようもないなと思いましたけどね。
そういう人もいますけど、もちろん友達なんでね、そいつのいいところも知ってますけど、人をよく見て、その人能力があるなしじゃなくてね、人格を認めるじゃないけど、別にクソ人間は無理に認めなくてもいいか、いいですけどね。
とにかく、自分の周りにいる人かな、仕事で関係してる人とかね、頑張ってる人は認めていきたいなと思います。
ということで、もしここまで聞いてくれた方いらっしゃいましたら、本当にありがとうございます。一緒に頑張りましょう。
はい、では今日もこの辺で終わりたいと思います。田中よしとのスタマースタジオでした。ありがとうございました。
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