00:03
田舎社労士さだきちの路傍観察日記 第0.5回 実験会継続中です。
訳あって、都会の会社を退職したさだきち。 よくさだきちゃんって呼ばれるんですけど、日々をぽーっと観察して、考えたことをお話しするポッドキャストです。
前回聞き返してみたら、ホワイトノイズがとっても多くて、うわってなって、これどうしようかなって思ったんですけど、
やっぱ一番ひどいホワイトノイズの原因がPCだったので、PCを閉じてBGMを一回実験的に消してみました。
ちょっとね、蛍光灯の電気の音もするし、いっぱいいっぱいホワイトノイズがあって、若干音声ちょっと難しいねって思っちゃいました。
でもね、かといって文字か、文字にするとちょっと時間かかるんだよなみたいなところがありまして、模索をしております。
ほらほら、沈黙するとさ、BGMがないと不安になったり間が持たなくなっちゃうからね、どうしようかな。
今日考えたのは、正しいことを言ってどういうことかなってすごく今日思うことがあって。
同業者とたまたまお話をしたんです。
その時にやっぱり言ってたのが、正しいことを知っている、少なくとも法的には正しいことを知っている可能性が高い我々が、
正しいこと、法的に正しいことを知らない人に対して正しいことを言えるんだけど、
03:16
でもその人からお金をもらって私たちは生活をしているわけだから、正しいことを押し付けられないというか、
たとえ私たちがどんなに正しくても受け入れてもらえなかったらそれまでなんだなみたいなことをとっても感じました。
だからといって二つ論点があって、正しいことを、それでも言うべき時ってたまにあって、
例えばここでこの話をしないと、この話を理解してくれないと、この先嫌なことが起こるなって分かったりするときは、
もしかしたら命に変えてもって言ったら大げさかもしれないけれども、
たとえ契約を解約されても言うべきことはあるのかもしれないなって。
もう一つは、正しいことを受け入れなかったことで、私たちが話している相手が不利益をこむることがあって、
その責任は残念ながら私たちは取れないから、言いましたよってことは文章や文字というか残して、
それでその人の好きなようにさせるみたいなことはよくやるんです。
でもそれをやったところでうまくいかなくて、やっぱりうまくいかなかったねってなっちゃうと、それはそれでムカつかれるやんって。
06:01
なんであのとき言ってくれんかったの?
言いたいみたいな、言いたいはないみたいな不毛なところが繰り返されて、そのときのために証拠を取っておく。
これ言ってるんですけどねって。
それはちょっとわかる。実務的にそれがとても有効だっていうのはわかるし、
私たちも私もそうするんだけど、それってなんかしんどいなって思っちゃって。
海戦前夜っていう映画があって、
簡単に言うと、戦前にエリートたちが集められて、戦争のことを研究したら絶対日本負けるっていう結論が出て、
みんなで負けるからやめようぜって頑張るんだけど、時代の空気や国の人たちにその声が届かず、理解されず、結局負けてはみたいな。
私立を元にしたエンターテインメントなんですけど、やっぱり彼ら正しいことを言ったとって、受け入れられなかったんだよね。
もちろん正しいことを言うにはリスクもあって、彼ら家族を人質に取られてたけど、でもそれでも正しいことを言った。
話の中ではそういう構成になってて、そんだけ頑張ったけど、やっぱり間違った方向に世の中も政治も進んでしまって、結局彼らの言う通りになって、ああああみたいなところで終わるんですけど。
もっと別の論点があるのはよくわかるんですけど、ちょっと今それをチャチャ入れるのは割愛させてもらって、もう一つちょっと別の話があって、私もやっぱり正しいことを押し付けがちだっていう風に女子に言われたことがあって、
09:15
まあそうなんだよなって思ったんだけど、よっぽど正しいことを言ってもやっぱり受け入れられないよな。
じゃあ失敗させる?見守る?それも時として本当に破滅が待ってる時には言わないといけないこともあって、言わなかったことによって私たちはきっと責任を感じるんだろうなって思ったりして、だからなんかどうしたらいいんだろうねみたいなのはすごい思いました。
時と場合によるし、その人の人間的な大きさとかいろいろあるんだけど、難しいね。
田舎シャロー氏佐田吉のロボ観察日記、第0.5回、実験回BGMなしで、多分ホワイトノイズちょっと減ってる気もするけど、あんま良くないかな。
この話の続きはまた明日。またね。