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#1_全ては関係性でできている_身体知的哲学
2026-09-07 10:08

#1_全ては関係性でできている_身体知的哲学

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サマリー

このポッドキャストでは、話し手が自身の「自己」は固定された実体ではなく、他者の視線の交差点上に存在する関係性によって成り立っているという東洋思想や仏教的な立場からの見解を述べています。人格は状況や他者との関わりによって変化し、実体がないからこそ生きるのが楽だと語ります。しかし、その関係性の根源には母親との関係性が基礎にあると分析し、全ては変化可能であるという考えを示しています。

自己の実体と関係性
田舎社労士さだきちの路傍観察日記 第1回
分け合って都会の会社を退職したさだきち よくさだきちゃんって呼ばれるんですけど日々をぼーっと観察して
考えたことをお話しするポッドキャストです。
今日は関係性の話、ずっと考えていることがあって
私って本当にここにいるんだろうかみたいな実存的な問いってあると思うんですけど
多分自分っていうのは私はないっていう
どっちかというと東洋思想というか仏教的な立場の人で
で、なんでかっていうと 自分の性格って人によって私は変わるんです
その人が どういう人なのかっていうのを
感じて喋るから だから
ある人が教えたい人であれば私は教えられる側になり ある人が教えを超えたい人であれば私は教えを与える側になる
みたいな その人によって変わる関係性その人が望む関係性によって
私の人格は変わります えっと常に私はこうだっていうものは
全く私にはありません なので
場とかその人の感性とか そういうものによって人格が全く違ってくるので
それほど 自分というものにこだわりがありません
むしろ関係性で全てが成り立っていると思っているので 自分はない
もっと言うと自分というか事故っていうのは 他者の視線の交差点上に
存立していて実態がないとまで思っているので それほど
生きるのが大変ではありません なぜなら生きやすいようにすればいいからです
なので 人の印象というか
私が他者から抱かれるイメージっていうのは なんというか何なんだろうこの人みたいな違和感は必ずあるはずです
なんかそこそこ賢いようなそこそこ頭の回る人だけどでも それが何なのかわからないみたいなその実態の無さを
感じられる方がきっと違和感としては感じられる方が多いんだと思います ただそれで実態があるかというとそうではなくて
その人が 私から何を引き出しているかみたいなところなので
なのでなんだろう 私というものの実態はありません
繰り返しになりますが私という事項は他者の視線の交差点上にあるもの 創立しているものであってその多角的な視点の上に
成り立つ虚像こそが私なので実態がないんですね そんな生き方をしてたら苦しいだろうみたいな
意見もあると思うんですけど 残念ながら
人格というのは その時の気持ちとか体の調子とかによってずいぶん変わります
これは私が20年かな 抗精神病薬を飲んできて得た結論で
人格というのはそれほど固定されたものではないです その時の脳内物質というか
攻撃性も 論理的思考能力もすべてその時の
状況に依存しています なので
性格もそうです コアな性格は
ない その時の脳内の物質によっていくらでも変わります
だから変わることも可能だし 頑固に変えないことも可能です
それはその人の意思です なので私には実態がない
あるとすれば その視点の交差点
である私という身体性があるだけです 私を見ている人
複数の人が見ています そこの
交差点は 残念ながらそこには肉体があります
なので その身体性からは逃れられない 体の檻からは出られないんです
心は自由なつもりですけど ただし体の檻からは出られない
っていう感じです 私の実存的というか
問いに対する答えはこれです 私には実態がない
ただし体としての実態はあるので そこに交差点が発生するみたいな感じです
関係性の根源と変化の可能性
でもこれを言ったところでなかなか 理解してもらえないこの感覚なのでずっと
黙ってきたような 形なんですけどでも
いろいろ考えた結果はやっぱりたどり着いているので そんなに間違ってないし
こっちの方が気楽に生きれるんじゃないかなって思っています ただ関係性の交差点であるわゆえに
私は関係性にはとても悩みます その悩みの根源が何かなって考えた結果
やっぱりたどり着いたのが母親との関係性です その人が人間関係とかこの世界との関係
この自然との関係を築くにあたって一番基礎にしているのは母親との関係だと思います
母親との関係がダメだから全てダメとかそういう極端な考え方をするつもりは全くなくて
その最初の関係性がその人の考え方の基礎になる 基礎になるからこそそこからそれを批判することもできるし変えることもできるからです
そこが固定化はされないという自由が関係性という考え方にはあります すべては変わっていく諸行無常であり
変わらないものは何もないから 逆に言えば変えることも可能だと思います
エピソードの締めくくり
田中シャロウ氏佐々木地のロボ観察日記 第1回
関係性の話でした 佐々木ちゃんは
ダイエット中です さすがにちょっとこの
体という入れ物をメンテしないといけない年になってきました ただね今日は大雨ですね
大雨 走れないじゃん
この話の続きはまた来た またね
10:08

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