何でしょうね。
でも、なんか、霧がいいから、お祝いしたくなるっていうのは、謎な感じがしますけどね。
それもあるかも。
あの、余粛っていう考え方、あらかじめ祝うとかですね。
あれが元旦なんですよね。
なるほど。
なので、前倒しで、おいって、年神様を迎えるということをするわけですが、
皆さんは、大祓いはね、宇治神さんで必ずやってますんで、明日。
だいたい、3時とか、だいたい、4時からの祝いもあるし、
朝からはあんまり、私は体験ないです。
いろんな神社さんが、だいたい午後の、そのくらいの時間帯が多いと思います。
好きな神社で、好きな神社っていうよりかは、やっぱご縁のある神社が一番いいので、
なので、特にわかんない人は、宇治神さん。
宇治神さんは神社長で調べればわかるので、
神社長で調べればわかります。
で、昔ね、特に、大原へに遠くまで行ってた時期が私あるんで。
おー、そうなんですね。
あの、この神社に行きたいっていうのが。
そういうのもいいと思いますよ。
経営者さんでよく言われるのが、サムカーさんとかね。
あの、まあ別にどこでもいいんですけど。
大原へに、その儀式に参加できなかったら、
あの人形が必ずあるので、それを奉納されるようにやってくれます。
住所と名前と年齢は数えどしで書いて出すと。
はい。
で、その宇治神様の大原へ参加すると、
まあ大体みんなで大原へのノリと唱えるんですね。
あのもうね、すごい邪腹でおられたやつを配られたり。
あの場所によってはもう、行事さんが喋って終わるっていうとこもあるんですけど。
大体私参加する時は、みんなにその冊子を配られて。
ペラ1枚が配られて。
で、みんなでもう大操場です。
一緒に言うわけですね。
読みにくいやつを一緒に。
かみかみしながら言うんです。
で、今日まあちょっとだけノリとの話っていうんですけど。
あのくそ長いやつ覚えなくていいので。
はい。
簡単な払いのノリとは、インターネットとか調べればわかります。
で、まあいろいろ詳しい人からするとね、変えられてるとかね、いろいろあるんですけど。
まあでもやっぱりその正しさもは確かに大事なんですけど、どの階層を求めるかだなって思います。
だから今できる範囲でできることをするってすごく大事だとは思う。
やっぱり気持ちが大事だから、そのネットでもいいし、神社でもらった紙でもいいし、それを想像するといいんです。
で、そのときに大事なことが一個だけあって、意味を理解するってことなんです。
ああ、そうなんですね。
意味わかんないことをいっぱい書いたら、だいたい地名とか、りさまの名前ぐらいなもんで。
で、あと、すごい、なんていうの、謙譲語?
なんかな、その辺は私も詳しくないんだけど、賢み賢み猛魔オスとか、賢まったフレーズで言ってるので、慣れないだけで。
だいたい書いてあるのは物語なんですよ。
どこどこにこの神が来て、何をして、カニカニして、で、この神が生まれて、みたいな。
ああ、なるほど。
だいたいそういう物語が書かれているので、それを理解しながら読むと、言霊で取ってくんですよ、命、この息が。
単なる文字として読むんじゃなくて、その意味もちょっと理解していきながら、一緒にノリと唱えていくと、やっぱりよりいいんですね。
そうです、そうです。払いたまえ、清めたまえはみんなわかるじゃん。
ああ、そうですね。
あれをちゃんと、払いたまえってお願いして、清めたまえもお願いしてるなっていう意識で言うんですよ。
なるほど。
ただなんか、空で払いたまえ、清めたまえと申すことを聞こし見せたとか言ってると、
なんかもう流れる音のだけ、これはあんまね、効果がないんです。
なるほど。じゃあ、少しでもちょっとその意味を感じながら、理解しながら、ちゃんとそれでノリと述べていくっていうところが、やっぱり意識として大切なんですね。
すごくそれ大切です。
般若心経は、もともとサンスクリット語、あれを、なんていうの、日本語、空海が漢字を当てて、
日本語読みって言ったらいいのかな、分かりやすく。
例えば、最後の、うんと、ぎゃーてーぎゃーてーってやつとかも、
えーと、なんだっけな、ぎゃーてーぎゃーてー、ハラソーぎゃーてー、
あ、ちょっと待って、サンスクリット語と混ざるんですよ。
最初から読めないといけない。
いろいろ混ざっちゃうんです。
そうそう、ぎゃーてーぎゃーてーはサンスクリット語で、がーてーがーてーなんですよね。
それ、いったいったって。
あー、なるほど。
うん。
で、えー、あー、もうだめだ、ハラサムがーてーが浮かんじゃった。
ボッティスバッハっていうのが最後、
あの、パワーカーがスバッハなんですけど、
それは、ボッティスバッハは、ブッダが向こうに行って、やったー、みたいな。
えー、あ、そういう意味なんですね。
ラックリ言うと、
はい、はい。
すごい、ちゃんと言えなくてごめんなさい。
ちょっとね、みなさんも調べてみていただくとわかるかもしれない。
丁寧に書かれてると、もう私はなんか、もう自分の中で、
ブッダ一体ヤッホーイで。
あ、いうか、そのイメージでもう言ってるんですね。
その、祝福がソワカに訳されてる、ソワカなんですよね。
あれ、もうほんとに、ほんとにそっちが流れちゃうと、
日本語の、日本語読みのあれが浮かびにくくなっちゃう。
あー、うん。
そう、もうだめだ、カバダから、よくやるね。
そうか、こういったノリトとかね、そういったね、ところも全部、
意味をまずちょっと知ろうっていう姿勢があると、いいかもしれないですね。
そうそう、意外とそういうのを見ると、あの、面白いと思いますよ。
般若心経の翻訳、いろんな人が翻訳してる。
それ見て、自分の好きな言葉とかニュアンスで全然いいんですよ。
なんか、正しさを求めると、やっぱり人って二元性、
いいか悪いかの世界に囚われてしまうので、
そんなに自分が受け取ったニュアンスが、一番しっくりくると思うから、
私みたいに、ブッダ万歳みたいに。
それでも全然OKっていうことなんですね。
そうそう、結局その単語って、独特の意味が、いろんな意味が含まれてる。
奥行きがすごいんですよ。
そうね。
その奥行きを感じれば感じるほど、
本当に祝福とか、祀福とか、そういう一言なんだなっていうのが、
その般若心経のやつからずっと追ってくと、分かるわけですよ。
いろんな、もう一切空って書いてあるけど、本当に一切空の世界で、
あの空色税空、空測税式っていうところに入って、
で、最後それで向こう行って、
はぁー、なんかもう、はぁーって感じなんですよ。
それを私流に翻訳すると、ブッダ万歳みたいな。
それに要約されるんですね。
それぐらい私の中では、判明を受けていても、
言葉にすると、ペラック、ブッダよかったね、みたいな。
ぜひね、皆さんもちょっと自分なりに、ちょっと読んでいただいて、
その感情を入れたりとか、そういうふうな意味をちゃんと捉えてやってみると、
せっかくの機会なのでね、こういった年末年始も、
もしお時間ある方いらっしゃれば、そういうふうにして取り組んでいただけるといいですね。