1. SNSで"教育の未来を作る"ラジオ
  2. 価値観の違いを認めよう
2025-06-27 21:46

価値観の違いを認めよう

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貴島明日香さんとTV出演
サンクチュアリ出版と共同セミナー
クローズドASPでの登壇経験
運用代行事業でメンバー40人超え
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確かに数学の教員免許を持っているし
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サマリー

このエピソードでは、価値観の違いを理解し、それを活用する方法についての新しい視点が探求されます。特に、異なる価値観を持つ人々との関係を築くためのアプローチや、共感を育むことの重要性が語られています。また、価値観の違いを認め合うことの重要性や、それによって得られる新たな視点の吸収についても触れられています。他者の価値観を理解することで、自己成長や豊かな経験が得られるというメッセージが強調されます。価値観の違いを受け入れることで、自分自身を演じる意義が見えてくると考えられています。さらに、この過程を通じて新たな価値観を吸収し、それを武器として活用することが可能になるとされています。

価値観の違いと人間関係
今日の本題はですね、価値観の違いを武器に変える共感と成長の新法則というテーマでお話をしていきます。
ハッシュタグ企画で価値観の違いというのがありましたので、そこについて話そうかなという感じなんですけど、
価値観が違う相手とか考え方が違う人っていうのは、イヤが多でも会社員だったら無限大に近くの人、同僚上司とかいろんなところに出てくると思いますし、
基本価値観が一緒の人なんて基本的にいなくねって思ってるんですよね。そもそも論として。
価値観が一緒過ぎてヤバいって、結局その言葉が出るぐらいまだ価値観が一緒の人って、
そうそう出会えないというか、それでやってたら超まぶたちどころか親友になってるやんみたいなレベルだと思うんですよね。
しかもそれが心からの自己開示とかを仕切った上でこいつ価値観がずれてないところが一緒やんってなる。
そういう人もパートナーとか結婚相手とか選んだらきっと上手くいくでしょう。
でもそうではないと。むしろ多くの人たちは価値観が違うからこそそこに惹かれたりとか、価値観が違うから一緒にいるみたいなパターンすら多かったりするし、
会社とかそれこそ仕事だったりとかもそうやし、会社が一番多いかお友達でも何でもいいですけど、
そういう人たちの人間関係って基本的に価値観が違う人たち同士が一緒にいるわけじゃないですか。
皆さん風にわかりやすく言うとMBTIですら16種類あって、動物占いなんかに行ったら千何十種類とかあって、
なんかよくわからない占い家統計みたいなやつですらこんだけの種類がいると言われてるし、
人口分だけ違うとなってきたらもう価値観なんてみんな違うんですよっていうことになってくると。
そうなった時に価値観が違う人とどう関わっていけばいいかっていう時に、
ここで価値観が違う人との関わり方の対処法っていうのは2種類のゾーンがあります。
1個目が弾き飛ばすってパターンですね。
価値観が合わねえやつはいらねえ。そもそも来るな。パーンって弾くっていうパターン。
これはパターン1ですね。これは自分に権限がある場合はこのAパターンを取った方が楽でしょう。
俺こいつ合わねえとか、こういう人は絶対入れるなみたいな合わん入れないっていうゾーンを作って、
そこに対してフィルターをかけることによって、そこを超えたある程度会いやすい人だけをコミュニティ形成化していったりとか、
近くに置いたりとかコミュニケーションを取っていくことによって自分の心を保ちましょう。
これができる人は裁量権がある人とか、僕とかみたいな立ち位置の人ですね。
とかはこの裁量権Aパターンを取りやすいです。
一方Bパターンは何かというともう受け入れるしかないっていうパターンですね。
受け入れるしかない。何かっていうと嫌が多でも一緒に仕事をしているとか、
上司・部下の関係ですとか、同僚ですとか、これもう弾き音がないじゃないですか。
あんた転職しろよっていうね。
転職すれば全てが済むので、Aパターンに持っていくことはできるんですけど、
そうそう簡単に転職とか退職代行とかうんたらとかもいろいろあると思うので、
難しいですとなった時に、じゃあこのBルートの時はどうするかと。
僕もBルートになる時ってあります、立場が変われば。
緊張と価値観の理解
そういう時にどう感じ、どう考えるかっていう話を今日はさせていただきます。
この時に冒頭にもお伝えしたんですが、
僕はこの価値観の違いを武器に変える方法って、
僕緊張する人としない人と一緒だと思ってるんですね。
緊張する人しない人と一緒だと思ってるんですよ。
普通に思うんですけど、緊張するって何なんですかね。
緊張するってどういう状態?
心臓がドクドクなって、体中に寒気が生じてきて、
手先が震えるような感覚で、出るだけで体中が震えるような感覚です。
緊張状態って呼ばれるものって、これも進化心理学、生物学的観点で言ったら、
獲物に襲われる可能性があると。
僕らが死に至る、つまり生存的な死に至る可能性がある時に、
血の位置を、心臓から血を強く巡らせるって言った方がいいか。
あとは体を硬直させるような行動を取ることによって、
獲物に噛まれたり食べられた時に、出血多量で死なないようにするために、
緊張状態というのはそもそも起こるわけですよね。
でも今のところ、そういう生物学的な死というものに人間が否定することって、
日本にいる限りはとりあえずないじゃないですか。
生物にちょっと外を歩いてたら、急にとある動物に襲われて死にましたなってことは、
そうそうなことにおいてはないじゃないですか。
たまにありますよ、熊に襲われたみたいな。
それって、超田舎で山を歩いてないと熊には遭遇してないでしょ、猪とか。
っていう、よっぽど行かれた環境も、外れ地の環境にない限りは、
例えば渋谷を歩いてて熊に襲われましたなんてありえないじゃないですか。
どんな事件で話になるレベルで、緊張ってのが起こってしまう。
つまりこれは、人間でいうと生物学的なエラーが生じてるわけですね、一種。
生物学的な死に瀕していないのに、それと同じような緊張状態を発揮してしまうから、
人は緊張したりするっていうのがあるんですよ。
これと価値観の違いと、緊張が何が一緒なんだって話になってくると思うんですけど、
人はなぜ緊張するのかって話なんですよね。
ここで、とあるチャンネルとか、日々僕インプットを欠かさないっていうのはよく言ってる通りですけど、
ここで僕もそうだなって思ってるし、結局これだよなって思ってるのが何かっていうと、
緊張するとか、例えば分かりやすく言うと緊張するのが一番いい事例って人見知りですよね。
僕も昔そうだったので人見知りだったのが分かるんですけど、これって何かっていうと、
人見知りの人たちの特徴とか、あとは内向的な人の特徴って何かっていうと、
ミーメッセージっていう、自分に対して全部向くんですよね、その感情が。
自分はどう感じるかとか、私が怖いとか、私がこれこれ言ったら私がみんながどう思うかが怖い私とか、
みんながこう感じちゃうんじゃないかとして怖がっている私とかみたいなミーメッセージがめちゃめちゃ強いんですよ。
こうすると価値観が違う人になると、私がどう感じるかを見るんですよね、価値観の違う相手に対して。
この価値観の違う相手とこう触れ合った時に、私はどう感じるか、私はどう思うか、私はこうこうこう思う、
みたいなミーメッセージでめちゃめちゃ考えちゃうんですね。
そうすることによって価値観の違いとか認められるんですよ。
私は価値観の違う、こんな人と一緒にいると私はどんどん心が疲弊して、私は辛いね、私は大変なんだみたいな。
ミーメッセージレベルほど緊張も直らないし、価値観の違いを受容できないんですよ。
一方ですね、もう一個の考え方が言うメッセージっていう考え方があって、
あなた、相手がどう思うかだけをひたすら捉えていくっていう、相手に興味を持つってやつですね。
これをするといきなり変わります。相手に興味を持つ、相手がどう思うかだけなんですよ。
自分がどう感じるかをもう全部忘れるという、これが言うメッセージです。
相手がどう感じるかです。
つまり価値観が違う相手ってなった時に、価値観が違うってことは、相手はどういう人生生きてきたんだろうとか、
相手って何でここでこう感じるんだろうとか、相手はどうやったらこうなってくれるんだろう、楽しんでくれるんだろうとか、
自分に対するメッセージをシャットアウトするんですね。
言うメッセージっていうのは、自分がどう感じるかとか、自分がどう思うかなんていうものは無視。
相手がどう感じるかだけ振るみたいな感じにすると、緊張としなくなるんですよ。
人見知りしなくなるんですね。
何でかっていうと、結局人見知りとかって自分がどう感じるかが怖いから人見知りしてるだけで、
相手がどう思うか、相手に対して興味を持ってって話なんですよ。
恋愛テクニックの処方中の処方みたいな話ですよね。
相手に興味を持ちましょうみたいな。
相手の趣味とか、相手の経験してきたこととか、
なんで元彼と元彼女とはどうして別れたのか、相手に対して興味を持つっていう。
で、危機側に回ってあげるみたいなものもそうですけど、
相手に対して興味を持つと価値観の違いって面白いものになってくるんですよ。
価値観が一緒の相手ってさ、あり話してても面白くはないですよね。
だって特記入れた価値観が近いってことは、
あながち自分と同じような人生歩んでるってことなんですよ。
だから自分と全く違う人生歩んでる人が、
全く違う価値観を形成するわけだから、違った価値観を持つわけですよね。
だからその人の人生観とかに興味を持ってあげると、
価値観が違うことって、むしろ最高の状態じゃね?って思うことができるんですね。
だってつまり、その違う価値観を持ってる人の、
その違った価値観に興味を持ち、その相手の人生を知って吸収すれば、
自分のいくらでも新しい武器になっていくんですよ。
そう、いくらでも武器になっていくと。
今頭の中に燃え尽きた例え、ちょっと難しすぎる例えなんで、
わかる人だけわかってほしいんですけど、
呪術会戦の乙骨優太の領域展開みたいなもんですね。
わかった人はマニアです。
わかんなくていいです。
一旦自分で思いついて、これは難しすぎる例えだなって思ったんで、
ほっときます。
何かというと、単純に言うと、
相手のことを知って、相手の一部を知ることによって、
自分の中にコピーできるっていうことですね。
呪術会戦では、スクナとかもそれやるんですけど、
一度見たものをコピーするっていう、
あれか、ナルトのカカシの方がいいか。
ナルトでコピーニンジャの畑カカシっていうね、
有名なナルトとかサスケとかの師匠がいますけど、
シャリンガンの畑カカシと呼ばれていて、
本当に最近というか、
ナルトの最終話の方では、
コピーニンジャとしてのカカシっていうよりか、
カムイ使うね、
オビトのツイートなすカムイの飛ばすカムイしか使わへんかったから、
価値観の認識
忘れちゃったけど、
最初の頃はコピーニンジャの畑カカシってことで、
一度見た忍術を全部コピーするみたいな。
ところで有名だったんですけど、
話にそれと何が一緒なのっていうと、
価値観の違う相手と一緒にいたりとか、
価値観の違う相手で、
ミーメッセージというか、
言うメッセージを持った上で、
その価値観の違いを、
相手に興味を持っていろいろ聞くと、
その価値観を吸収することができたりするんですね。
簡単に言うと、
意味わかります?
価値観の違う人はわからん。
自分にとってめんどくさいし、
わからないから恥こうつって、
わかすか恥じいていくと、
わからないんですよね、
価値観の吸収
その人たちのことで結局一生。
なんでそうなっちゃったかというか、
なんでそうかというかわからない。
自分の中でその価値観を
トレースすることができなくなるんですよ。
でもちゃんと価値観の違う人に対して、
言うメッセージを持って授業していくと、
この価値観を持ったパターンの人を、
自分の中で取り込むことができるんですね。
これめちゃめちゃ僕大事だと思っていて、
意外とインスタ発信者に足りないのって、
これだと思ってるんですよ。
価値観の違う人とか、
価値観の違うものを需要するどころか、
弾き飛ばすわけでもなく、
何か否定しちゃうんですよね。
パーンって。
でもその価値観を、
ちゃんと需要するから、
その価値観を知って、
それを吸収すれば、
いくらでもそのカードっていうのを、
分かった上で使いこなせるようになるんですよ。
だから僕よくマルチする人とか、
インスタ講座とかで騙される人とか、
いろいろ詐欺に遭う人とかもそうですし、
インスタ全く知らない人とか、
そういう人を含めて、
いろんな自分にない価値観や、
パーソナルなポリシーを持っている人たちの、
人生観とかをひしぬほど深掘ったり、
聞いたりするのはそういうことで、
例えば講座成分だけ、
僕はその人の過去経験とか、
その人の大切な価値観とかを、
聞いていくことによって、
それを自分の中に取り入れることが、
一応できるわけですね。
この人はこう考えるってことは、
じゃあこの人の視点で考えたら、
こういうふうにダルスだろうな、とか言って、
そう言って、僕の場合は、
もともと感情派ってものが一切なかったけど、
自分にとって感情派っていう人たちを、
昔は否定してたんですよ。
感情的に生きてる奴らなんて、
意味がわからない。
論理的で合理性が必要やろうって思ってたところを、
この直近の1年間のところで、
逆にその価値観の違いの人たちの、
人生観とかを深掘ったりとか、
結構価値観に触れるような話とかを、
バンバンにしていって、
ここってこう捉えるんだとか、
ここでこう話すんや、みたいなものとかから、
それを自分の中に入れていって、
感情心理学ってものをまとめて、
自分にない価値観ってものを形成していって、
素の自分というか、
100%論理性のある自分はこう考えるけど、
今の自分だったらこうなるよねっていう、
使い分けが複数できるようになっていくんですよ。
こうすると、
価値観の違う相手との対処ってのは、
うざい時間ではなくて、
むしろその意味がわからない人の能力を、
吸収できる時間になるんですね。
人格の多様性
素晴らしくねっていうことなんですよ。
いかがですかね、この考え方。
価値観の違いっていうのは、
さっきやったとおり、
そもそも論として価値観の違うような相手と、
関わらないって方法はお勧めですよ。
僕もある程度はそうします。
理解する必要もない人たちっていうのは、
世の中に残念ですがたくさんいらっしゃるので、
っていうのは、
そもそも入れない、
弾くっていうのはもちろんやっておくけど、
その中でも、
そのフィルターを超えてきた中での、
価値観の違いってのは、
それはそれでもちろん、
無限大に出てくるわけですよ。
価値観の違いとか、
全然自分との視点が違うよって人は、
全然大に出てきますと。
ってなった時に、
その人たちの考え方を、
どこまで需要できるか。
どこまでその考えとかに対して、
浸透できるかってなってきた時に、
大事になるのって、
相手のことを言うメッセージ的に知って、
自分の中にガンガン吸収し続けていくこと。
自分の中でそのカードをどんどん増やしていって、
自分の伝えられる視点っていうのを増やしていく。
そうすると、
価値観の違いっていうのは、
むしろ、
相手のその価値観や考え方を、
自分に吸収して、
より良い、
素晴らしい、
進化した状態になれると。
ってなったら、
人権関係の衝突減ると思いません?
そいつと関わる時だけ、
そっちのカードを切りゃいいだけなんですよ。
このカードを切ろうって言って。
自分の中の手札を増やしておくと、
ある意味、
俳優とか女優みたいなもんですよね。
星野アクア、
星野この星野アクアの名言を借りるなら、
嘘っていうのは自分を持ってくれる、
フィルターにもならないですよ。
自分のことを守ってくれる、
レベルで守ってくれると。
だから女優、俳優とか、
俳優みたいなものですよね。
僕からしたら俳優みたいなものなんですよ。
一種の。
でも俳優って言い過ぎると、
それが自分ではない自分を演じている
って感じに聞こえちゃうかもしれないですけど、
自分の中では、
この岡田壮太って呼ばれるこの存在の、
いくつかの強みっていう部分の、
そのパーソナル、
MBTIで言うんだけど、
このEとかのさ、
このそれぞれの4つの分類の
強さが変わるって感覚なんですよ。
それぞれで。
を随時カードとして手札で出しながら
コントロールしていくって感じなんですよね。
そう。
だから一番の素の自分みたいな、
その100%素の自分みたいなものは、
ほとんど誰にも見せないですね。
ほぼほぼ誰にも見せない。
そう。
本当に一人で寝る直前とかの、
ギリの時に見せるとか、
本当に家族とかパートナーとかの人と一緒にいる、
本当に深い時にだけ見せる
みたいな素の自分はあっても、
それ以外の時には、
全てその適材適者のカードを切ってる感じなんですよ。
このカードっていう、
この全てのカードは、
これまでの過去のいろんな人に対しての
Youメッセージによって得てきた、
こんな人っていうイメージ像を入れ込むんですよね。
インストールしてるみたいな。
それをその場その場で切っていくみたいな、
いう感覚なんですよね。
伝わる?
難しいですよね。
概念みたいな話なんですけどね。
そういう風にしていくって考えると、
いろんな人、いろいろ多様な価値観の人と、
価値観の違う人と関われば関わるほど、
このカードが増えるんですよね。
このまま俺は嫌われ役にならなきゃいけないって思ったら、
一番嫌われそうな役のカードを切ればいいんですよ。
でも心の自分の素の自分は本心では思ってないけど、
でも実際そのカードを切ってる時の自分は、
本当にその自分であるかのように振る舞えるっていう、
そういう感じなんですね。
だから僕はこの人前に出てこうやって、
この画面のここで喋ってる時は、
簡単に言ったらメンタリスト醍醐なんですよね。
僕の中では。
醍醐とかそういうカードを切ってる感覚なんですよ。
でも醍醐ともちろん話したこともないし、
その人の価値観を聞いたこともないけど、
本当に醍醐の全部の動画と、
Dラボの全部の動画を何回も何回も何回も何回も、
澄み切れるぐらい見て、
これ5,6年とか経ってるから、
さすがにその人の価値観考えを聞かなくても、
インストールはできるわけですよ。
それっぽいことを。
そのカードを使ってるんですよね。
この人前でこうやって喋るって時だけ。
ここで醍醐とかだったらどういう切り返しするかなとか、
どういう喋り方するかみたいなものとかを、
自分の中で何となくインストールした上で、
考えた上で伝えて喋っていくみたいな、
そういう感覚なんですよね。
だからこの表に出ているこの画面に映ってて、
何か人前で何かのテーマについて話してる僕っていうのは、
僕であり僕ではないみたいな。
すげえ中二病みたいな言い方になってますけど、
そういうわけで本当にそんな感じなんですよ。
それのせいでだからオフラインで会うと、
イメージと違いますねって言われるんだと思うんですよ。
オフラインの時のオフでの自分は、
オフラインとかで会った人の中で一番印象が良かった人とか、
価値観とか聞いてこの人ってすごい落ち着くし、
話しかけやすいなって思われる人のパーソナリティや、
その世界観をインストールしたカードを切ってるって感じなんですよね。
それぞれの場でとかっていう。
だから人格を変えるみたいな感覚なんですよ。
でも多重人格でも何でもないし、
普通に僕は自分の素の自分がある中で、
価値観の演技と自覚
それぞれの場面場面に応じて演じているっていうことだと思ってるんですよ。
これが最後のショーなんですけど、
こうすると価値観の違いが認められるし、
素の自分が攻撃されるわけでもないから、
変な衝突も起きにくいよってのがまずあるのも一個なんですけど、
今のこの話って、こうやって聞くと、
俳優じゃん、カメレオンやみたいな、
自分を出せないってなんか辛くない?ってなってるかもしれないんですよ。
これを聞いてる側とか、見聞きしてる人たちから、視点からしたら、
それやって楽しいの?みたいな感じるかもしれないですけど、
僕からするとむしろ逆だと思っていて、
逆ってどういうことかっていうと、
人って大なり小なり人前で演じてるだろうと思ってるんですよ。
人って大なり小なり。
演じてない人なんて世の中にほとんどいないだろうと思ってるんですね。
冗談抜きの天然キャラ以外は、絶対に何かしら演じてるわけですよ。
だって会社で働いてる時に、
家族に見せる自分と同じ自分の人なんています?
ほとんどいないでしょ。
上司と話す自分が、
自分の素の100%素の自分と一緒ですなって人が、
どれだけいるかって言ったら、ほとんどいないと思うんですね。
友達と話す自分が100%素の自分かって言ったら、
その仲の良さ度合いによって、
全然自己解除する量って変わってくるじゃないですか。
形は違いでもみんな演じてるんですよ。
演じてることを自覚して、その自覚してる解像度、
メガネの度数がどれくらい高いかだと思うんですよね。
結局。
それがいわゆる解像度って呼ばれるものだと思うんですけど。
だから僕はこの演じてるとか、
事例から得る成長
価値観の吸収とか、
それの解像度を言語化しきっちゃって、
極限まで高めてるから、
こうやってまるでカードみたいな切り方みたいな表現として、
自分の中ではそう考えてるから、
なんかすごい論理的な、
すごい俳優みたいな考えの概念として言ってるけど、
人はどんな人であれ大なり小なり演じてるやろうと思ってるんですね。
この人とうまくやらなきゃいけないから、
ちょっといい感じなキャラでやっとこうみたいなのって、
絶対にあるじゃないですか。
大なり小なり。
だから自分のそのキャラの演じるみたいなところの、
カードを増やすっていうところを通してもそうだけど、
価値観の違いっていうのを受容したりとか、
いい感じに武器に変えていくには、
結局みんな武器としてカードを使ってるんですよ。
形は違い。
その解像度を高め続けていくこと。
じゃあどうやったら高まるかっていうと、
こういう人もいるんだっていう人の事例を知るしかないと思ってるんですね。
結局こういう場でこういうことをやる人って、
こういう時にこういう考え方を持ってるっていう事例の数、
だと思ってるんですよ、全ては。
僕は結局全て結局過去のこの経験則からの、
来ているものの集合値が今日の自分を映すっていうのが、
僕の考え方なんで。
知識教養がめちゃめちゃあるじゃんとか、
めちゃめちゃ不可思議詳しいじゃんっていう、
自分って何でかって言ったら、
過去にそれぐらい知識教養についてのインプットの事例の数が多いから、
今反対するわけですよね。
人は基本的にどんな物事であれ、
過去の経験や過去の見てきたものから、
新しいものを生み出すわけですよね。
100%01のアイデアなんてものは、
世の中に絶対に存在しないわけですよ。
全て人という頭で考えてる時点で、
全て過去の経験則から、
あるものないものっていうのを振り分けた分類した上で、
新しい0から1の概念っぽいものを生み出してるけど、
01とは言われるけど、これは結局、
過去の収束経験値からのアイデアレーションで過ぎないわけですよ。
全ては。
だから結局、
事例を増やすことが、
価値観を認めたりとか、価値観の違いをむしろ自分の武器に変えたりするために、
マストで必要な条件なんじゃないかなって個人的には思ってるってことです。
なので価値観が違う相手とかを見た時は、
むしろ喜んで、やった!
こいつのこといっぱい知ったら、
自分の中に新しい武器が増えるぞ!
みたいな感じで向き合ってみたりすると、
面白いんじゃないかなっていうのが、
今日のメッセージでございました。
21:46

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