朝の散歩と今週の振り返り
はい、sonoです。おはようございます。朝の散歩から反省会です。というわけで、今日は、金曜日、今週暑かったなぁと、ところですかね。
昨日は、割と作業に集中をしていて、家に奥さんも子供もいて、家族3人で過ごすみたいな日でしたね。
まあ、と言いつつ、仕事中は書斎にこもっているので、なんだかリビングにいる2人を感じながら仕事するっていうのが近い。
まあ割と、溜めていた仕事とかも含めて進めていたから、若干スッキリした気分もありつつ、
なんだろう、クロードのリミットも来てしまったので、割と手作業でまとめる。ある意味理想なんだけども、問題、問題っていうのかな。
まあ今週は月曜日が休みだったので、なんか実質3日しか出ないと思うと、出てない気も。
朝はちょっとね、手元のプライベートの方の作業とかした後に軽く出たんだけども、出かける時間が遅いのもあって、
割と照りつける中で、
歩くっていうよりは日陰でちょっと休みつつ、 まあ日の光を浴びるみたいな日、
日でしたね。散歩なのかよくわかんないけども、 そんな感じです。
山田五郎さんの訃報とSNSの礼儀
で、そうだなぁ、まあそういう意味でなんか結構区切りが ついてる感もあるんで、
ちょうど今頭を締めていたっていうかぼんやり 見ていたのは、
なんかたまたま twitter x で見てて、
山田五郎さんが 亡くなったことに対して、
公式の発表が出る前にツイートとかが出てきたことについてのコメントで、
なんか結構 わずっていて、
公式とかまあ遺族の方が
了承した形で知らせが出るまでの間、仮に知ったとしても、
その sns とかに発信するっていうのは 礼儀というか、
ちょっと残念だよね、みたいなのに対して、 いやいや公式に縛られるみたいなものではないでしょう、
みたいな感じの返しと、
いやなんかそれは 公式動向というよりは、
まあ遺族の方の気持ちが出る前に その件を取り立てるような、
取り上げるようななんかことっていうのは 慎みがないみたいな話で、
まあなんかすごくその 新しい文化が、
まあ日本の 古来というか伝統的な
慎み深さみたいなものに対して 影響していっているんだなぁと、
まさになんか潰れていっているんだなぁ、 みたいなことを感じさせるものだなぁと思う。
公人とSNS時代のアイコン
まあね多分取り扱う話題がその山田幸郎さんっていう、
まあそのいろいろ日本のいろいろなことに詳しい、
昔からというか、最近のその昔の文化とかそういうものに詳しいっていう人を取り扱うからこそ、
まあなんかより強くそういう感情が出てきたりとか、
まあフォーカスしやすいっていうのはあるのかもしれないけども、
なんかね、すごく現代的というか時代と関係することだなっていうふうに思ったりは、
で、なんかそれは逆にその、
まあちょっと前に考えていたスターとか、
まあそういうマイケルジャクソンとか、
リリウム・モンローの時代のその後人っていうのかな、
公の人っていうのと支持の区別と、
まあ今はSNSで日常も含めて全部をさらけ出す、
逆に良いことも悪いこともすぐに回るっていう、
なんか頃がすごくなんていうか、象徴的だなって思う。
まあ後人は後人としての立場っていうか、
ある意味忖度っていうのを受けられないような時代になって、
まあ逆に言うと、メディアに対して作り込むことができない、
する余地がないみたいな世界で後人っていうのをやっていく、
っていうことの難しさを感じるし、
まあそういう世界になった時に、
公の人っていうのを目指さなくなるっていうのは、
当たり前でデメリットが大きいからね、
なんかあるいは何かを成し遂げようっていう時も、
すごくやりづらい環境になるんですよね。
なんかこうある意味すごく難しい世界だなと思っていて、
昔後人っていう立場は象徴でもあるし、
やっぱり周りも含めて作り上げたみたいなところもあるけども、
それ故に自分たちとは隔絶したものっていうのも担保されて、
まあ逆に言うとついていきやすいもの、存在に。
アイコンが作れない現代社会
今は何というか、端末デバイスの問題もあるし、
そこからカルチャーとか人の価値観だったりも変わってきて、
何でもかんでも晒すのがいい、晒していいみたいな感じになった時に、
全てをさらけ出して、
それでも他の人と隔絶した違いを持っている人っていうのが存在するのかと。
もちろん老悪的にすごい悪いこととか道徳的じゃないことっていうのを
好んでしない人っていうのはいるだろうけども、
じゃあミスをしない人がいるのかって言ったらいないし、
なんかそうなった時にアイコンみたいなものが作りづらいというか作れなくなり、
あるいは隔絶した違いっていうのを出すために、
より極端に走るみたいなことが起きる。
それはそうで、単純に人間としての違いって言ったら、
その生物の枠の中に、幅の中にしか収まらないし、
環境っていうものが、いわば今の風潮によって差がなくなっていく中で、
下駄とか履けないで人の差なんてつくわけがないっていうか、
ついたら変な話だし、
でも一方で差がつかないとアイコンにならないっていう、
すごく矛盾した状態が出て、
そうすると切り取って極端にして一瞬で消えるみたいなものは作れるかもしれないけども、
ずっと隔絶しているっていうのはとても難しい。
ある意味どこかで生活を変えて、山に籠るみたいな感じで生活を変えても、
メディアに出てきたときに、ちょっとした振る舞いでやっぱり同じようなことが起きるから、
接触した瞬間に陳腐になるみたいな状態で、
なんていうか、それがそれでいいのかなみたいなのをちょっと違和感も感じつつ、
ただ目の前で起きている変化っていうのを感じて、
すごく今日は気になったなって思ってましたかね。
今日のまとめ
ちょっとお休みモードに近くなってきたけれども、今日も一日頑張ると思います。