1. その、帰り道に振りかえり。
  2. 朝の散歩から。取り止めのない..
朝の散歩から。取り止めのない振り返りをした話 from Radiotalk
2026-08-13 12:01

朝の散歩から。取り止めのない振り返りをした話 from Radiotalk

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サマリー

パーソナリティのsonoさんが、朝の散歩(実際は朝のお茶)から、お盆明けの仕事の振り返りや子育てについて語ります。自身の特性と親からの影響、そして「毒親」という概念について深く考察し、息子への接し方に悩む様子が描かれています。また、現代社会における「敬老の精神」の希薄化と儒教的価値観の変容についても言及し、多岐にわたる思索を巡らせています。

朝の挨拶と仕事の振り返り
はい、sonoです。おはようございます。 朝の散歩から、反省会ですと。
まあ言いつつ、散歩は、今日はしてないですかね。
朝の、お茶をして、家に戻るところです。
えっと、昨日は、お休み明けだったので、少しキャッチアップしつつ、お盆なんでね。
周りも休んでて、そんなに、進んでる案件とかはなかったんですけど、
積み残してた、休み前にちょっと残してたやつを片付けて進めてた感じですかね。
あとは、夕方近くから勉強を見てというか、勉強をやれっていう話から勉強を見たりとかもしてましたかね。
子育てと親の呪いに関する考察
割と難しいですよね。自分の特性が、もともと先天的なものなのか、
それとも単純に親と同じ環境にいるというか、親の指摘するところも結局自分の性格というか特性に合わせてだから、
何か映るのか、割と締め切りまでやらなかったりとか、あまりチョキのことに手を付けないみたいなところを、
自分は危機感をベースにして進めてるけど、その危機感を持つのに惜しかったりみたいなので、
進めるのが良いことなのかなってちょっともやもやしつつも、それじゃない形で進めるのも難しいし、
一度進めた経験もないと進められないしっていうので、難しさがあるなと思い、
なんか叱ったりとか進めたり、環境も似てるのもあるし、親のコンプレックスを押し付けていて、
そこばかり指摘するみたいなところもあって、より欠点が似てくるみたいなのってあるよなと、
結構親の呪いみたいなのがあるよなと思いながら、思ったりもしながら進めるかなと、
そう思い返すと、この前のサマースクールの旅行の時とかも合流したとき、
なんか怒ったりして、半ば理不尽だよなって思いながら、そんなにがっつり叱るところでもないけども、
自分のコンプレックスにも引っかかるぐらいにどうしても気になって行ってしまう。
せめてできるだけ自分の気持ち、矛盾しているものでも説明はしようぐらいには思うけど、
それすら圧迫にもなるだろうし、だんだん気持ちが落ちてきたという、
作業中の横を通るので少し雑音が多くなるかもしれないけども、そんなことも考えたりしてたかなというところですかね。
何かしら成長なのかはわからないけども、経験だったりとかあるいは変化を息子が重ねていくことはあるにはあるんだけども、
そこに何というか過剰に毒が乗っているような気もしつつ、なんだろうね、毒みたいなもんだなという気をしたりはします。
あるいは単純な甘えなのかもしれないですね。
息子がより大きくなって独立性も高くなっていくにつれて、大人として任せる、個人として任せるみたいな部分も増えつつ、
それを言い訳に、なんていうか、ハードな体験になることも与えてしまっているような気もする、悩み、悩む、
家族とかに言ったら、そんなの持ってるんだったらやるんじゃねえよみたいな感じの話な気もするし、気をつけなきゃなと思うし、気をつけてある程度は気をつけているのをより頑張らなきゃなというのもあるんですけど、
AI作業と寝不足の現状
そんなことをつらつら考えて、ちょっとぐるぐる回っている感じは、今日は明け方まで作業をしているというか、見守るに近いんだけど、
ちょっとAI使ってやっていたので、少し寝不足気味なところはあるかなという感じだね。
敬老の精神と社会の変化
あと朝のお茶の時間に少しウェブを見ながら、ちょっと気になっていたのが、経老の精神っていうような前提が、
亡くなるよね、亡くなってきてるよね、だしこの先も亡くなるよねっていう、その経老の精神で若い人が年老いてる人を助けるみたいなのを美徳だし、それがある程度社会的に回るということがなくなり、
困っている人を助けられる人が助けるみたいな風に変化していくという、年齢とか所得だけではタグ付けされない区切りで助けます。
なんかサイクルを回さないとな、システムを回さないとなみたいな話が少しだけバズってて、
そこについてるコメントとかも、そうだよね、亡くなるよねとか、あるいはお金持ちの老人は自分で自分のことをするのがいいよねみたいな話が出ていて、
なんていうか、根本的には経老の精神っていうのは受教的な価値観だったりの一部であるので、それだけがなくなるっていうよりは全体として受教的な価値観だったり教育っていうのが薄れすぎてることによるものなのかな。
一面的に見つつも、弱肉強食の世界に行くんだけど、それでいいのかなみたいなことも合わせて取り留めもないけど、いつも通りなのか、いつもと違うのか、そんな。
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