こんにちは。パーソナリティーの野村貴文です。
本日のゲストは東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員の安川新一郎さんです。
安川さんは今年の4月に未来思考2045という本を出版されました。
現在の政治やテクノロジーの状況を分析した上で、2045年の未来がどのように進むのかというのを施策された本です。
今日はですね、日曜版でもおなじみの経営競争基盤CEO塩野真子さんもお招きして、これから20年の未来について語っていきます。
それではインタビュー本編をどうぞ。
それでは今日のゲストは、東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員の安川新一郎さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
そして今日はですね、日曜版でもおなじみの経営競争基盤CEO塩野真子さんにもお越しいただきました。よろしくお願いします。
本日はよろしくお願いします。
まずはですね、リスナーの皆さんに安川さんのプロフィールをご紹介させていただきます。
1968年生まれ、一橋大学経済学部を卒業されます。
野中育次郎ゼミで学ばれました。
マッキンゼ&カンパニー東京支社、シカゴ支社を経てソフトバンク、現ソフトバンクグループに社長室長として入社されます。
数々の大型投資案件に携わられてソフトバンク執行役員本部長などを歴任されます。
2016年にスタートアップへの投資支援や未来の人材開発を推進するグレートジャーニー合同会社を創業されます。
その後、大阪府市特別参与、東京都顧問県都政改革本部特別参与、
内閣官房政府CIO穂坂などを務められ、政府自治体に関するお仕事も手掛けられています。
今日はですね、そんな安川さんの新刊ですね、「未来思考2045」について伺っていきたいなと思っております。
非常に面白かったです。
ありがとうございました。
そしてこの本の推薦文も志野さんが書かれたんですよね。
はい、支援するから。
この本を書いた時に、まず志野さんに推薦文を書いていただく前提で、実際に読んでコメントいただきたいなと思っていまして、
実際にこの本結構AIとか知性学とか両方の要素、テクノロジーと知性学っていうのはかなり重要な要素だったので、
これも志野さんの3年前、4年前ですかね。
これはですね、5年前。
5年前です。
それも僕読ませていただいたので、
ある種オマージュというか、この本が手本とした本があるとしたら先輩というのがあれば志野さんだなと思ってまず読んでいただいたところです。
じゃあもう本を作ってる段階から志野さんは読まれていたんですか?
もう京都大学で公演というかセッションをご一緒する機会がありまして、
その後この本のお話をされてたんで、それでゲラですかね。
そうですね。
もうかなり最終の。
かなり最終の段階まで仕上がってからもう途中段階で読んでいただくよりも、
一応自分の中で完成しきった形の時に読んでいただいたっていうのは大きいですね。
そうなんですね。
じゃあお二人の関係は京都大学のセッションから始まったってことですよね?
そうなんですよね。
そうだったんですか?
そこからお会いしたのはこの本と半年ぐらいなんですけれども、
よく連絡させていただいたり、この本をまずは志野さんに読んでいただいて商評いただきたいなと思ったのがきっかけですね。
そういうことなんですね。
今日は本題としては安川さんの新著未来思考45でこれについて伺っていきたいと思うんですけど、
これもう本当にテクノロジーもあれば、知性学もあれば、国際政治、
そしてあとは人類とは何かっていうところ、
ありとあらゆる要素を現在および未来っていうのはどういう風になっていくかっていうことを
いろんな軸で分析されている本。
一つの2045年が一体どういう世界になっているのかっていうのを提示された本だと思うんですけど、
ちょっとまずは前提として、リスナーさんへのご紹介として、
未来思考、これ未来予測とは大きく違うっていうのが一つのキーワードだと思うんですけど、
この未来思考というのが一体どういうものなんでしょうか。
そうですね、未来予測っていうような形は、私も孫松橋社長とソフトバンクで14年間一緒に仕事をさせていただくときに、
やっぱりもう視点が違うとか、これからどういう事業が伸びていくのかっていうことで、
いろんな予測計画をやっていたんですけれども、
やはり孫社長にいろんな計画とか予測を提示しても時々めちゃくちゃ怒られるときあるんですよね。
それは要するに予測をしているだけで思考をしていないと。
そして行動の前提となる判断をしていない。
社長に結局判断を委ねているんですよね。こんな数字が出ましたみたいな感じで。
やっぱりコンサルタントのそういう雰囲気を最初に入社して社長室になったときは相当怒られまして、
要するになんでだろうって。
やっぱり孫社長は事業家だけど、こちらはコンサルタント社長が記念にいたんだから、
いろんなシミュレーションとかいろんなパターンでリスク分析をしたりっていうのを提示してたんですけども、
要するに孫さんから見たら事業オーナーシップがないというか、
本気でこれを成功させたい。もしくはなぜソフトバンクがもっと儲かるような前提で考えてないのかとかですね。
めちゃくちゃ怒られて。
そのときにやはり未来を予測することが重要ではなくて、
思考して判断して行動する。もしくは行動の根拠となるまで徹底的に思考を突き詰めることなんだろうと。
そういうようなことは僕も思っててですね。
そこから予測は当然必要なんですけれども、
予測で止まるのは思考せよ。さらには行動せよっていうことなんですよね。
今ちょうど日本もかなりいろんな経済もそうですし、
昨日なんていうの162円で、86年以来の円安とか、
転換点だと思うんですよね。ファブルが出てきて、日本はAIについて遅れているとか、
中国は当然完全に抜き切った後で、
知性学が米中対立で大きく変化しているとか、
この変化のときに未来は相当不安になってくると思うんですけども、
いよいよ私自身が孫正社長からも学びましたし、
自分のキャリアも通じて考えてきた未来をしっかり自分ごととして捉えて思考する。
その技法というものを書かせていただいたということになります。
そうですよね。一つ図式というか数式化して書かれてますけど、
未来予測っていうのが断片的なこうなります、こうなります、こうなりますっていうのを足し算していったものなんですけど、
未来思考っていうのはもうちょっと絵を描くっていうんですかね。
そうですね。やはり経営者を見ているとそうなんですけれども、
それは金税とコンサルタントを見ているときもそうなんですけれども、
担当はその業界だったりお客さんだったり、個別に見ればいいんですけど、
経営者っていうのは欠陥責任が伴うので、いかに経済の領域、ビジネスの領域で卓越していても、
やはりその為替レート一つで業績が大きく変わるときもあるし、
知性学的なリスクを織り込んでないと、
全く別の方向から大きな危機が来るわけなんですね。
それについては経営者が想定外でしたと言って、
株主が許してくれるか、職場従業員がそれで納得するのかというわけではないので、
経営者は相当多面的に考えていて、
ここ5年ぐらい特に私も企業研修とか次世代幹部研修とかで、
私自身が本当にビジネスパーソンとして気になっていたのが、
AIの動向と人工動態と知性学なんですね。
それについて特に5年前ぐらいは、
それちょっと我々の営業の筋に関係ありますかぐらいの感じだったり、
3カ年計画っていうの全くそういう要素とか盛り込まれてなかったりとかですね。
台湾有事はそんな本当にきますかねみたいな感じだったりですね。
AIもまだ20年ぐらい先のことじゃないですかみたいな感じだったんですけど、
いよいよこの5年、いろいろな危機が重なってきて、
まさにこのタイミングで出す必要があったのかなという感じがしてますね。
結構それこの5年の大きな変化ですよね。
私自身が研修やっているので資料を作って、
ずっと会社に定期的に説明するので、
私よりアップデートするだろうがいないんですよね。
AIの進化についても知性学の変化についても。
それぞれの専門家ではないんですけれども、
情報を集めてある一定のフレームワークで整理をして、
定期的にその企業の人たちとディスカッションするっていうのを、
続けていた結果、やはりこれ一冊の本にやろうということで、
そもそも8年前ぐらいからこの2045っていうことで、
未来を考え始めてはいるんですね。
私としてはIT業界の人間っていうのは2045って言うと、
これはシンギュラリティっていうのはみんな分かる、分かってます。
カーツ・ワイルドが2005年ぐらい、早くは1998年ぐらいに、
ムアの法則がこのままいくと2045年ぐらいに、
機械知性が人間知性の世界の相話を上回って、
新しい世界に行くっていうようなことを言っていたので、
2045って意識してたんですけれども、
ふと気づくとですね、1500年だなと。
1945年から100年なんだと。
確かに資生学的な大きな変化が起きるってなってくると、
やっぱりこの1580周年とか大きな節目になってくると、
やはり大きな枠組み自体に軋みが出てきているなと。
本当にその1500周年、日本にとっては終戦の1500周年ですけども、
世界ほとんどの国にとってみると戦争100周年なんですよね。
やはり戦後のアメリカ中心の秩序、
もう第二次世界大戦、あれだけの酸化、原爆の死亡も含めてですね、
ホルコースも含めて経験した世界が、
二度と戦争というのを起こしてはいけないということで、
国際連合ができ、経済復興のためのIMFみたいな枠組みができたりとか、
ああいう枠組みが全部100周年を迎えるんですよね。
国連設立100周年とかですね、
中国、ロシアでいうと反ファシスト、
祖国解放戦争が100周年とかになるんだけど、
本当にその100周年を迎えられるのかっていうような危機感ですよね。
この間に第三次世界大戦的なことがもう一度起きると、
新たな戦環境を生きていただけで、
1500年と祝うというかですね、
節目を迎えることができるのかというのはもう一個、
1985を足す100ということで思ったんですね。
あともう一つ、これは日本でもいよいよ本当に当たり前に言われている、
少子高齢化っていう課題についても、
いよいよ大きな課題に、社会福祉の課題だとか、
財源の問題だとかになってきて、
ふと気づくと1970年生まれ、私よりちょっと下の方々が、
段階ジュニアなんですけれども、
その方々が後期高齢者75歳になるということで、
1970足す75というのが2045になると。
高齢化自体はどんどん進む。
少子化と高齢化の傾向は変わらないので、
高齢者はそれ以降も増えていくんですけれども、
その変化点として、最後の塊として、
いわゆる生産人口になってきた塊、
氷河期世代と言われていますけれども、
その人たちが後期高齢者になる。
氷河期世代と言われてきている人たちは、
非正規雇用の方も多いですし、
単身者も多い。
その方々がいよいよ後期高齢者で医療とか、
社会的にそういう高齢者の存在になって、
生き始めるのが1945ということで、
この3つ見るだけでも2045というのは
大きな節目になるぞというふうに思ったので、
2045というのを一つの大きな危機として、
未来志向していかなきゃいけないという
提言をさせていただいているというか、
そういう本になります。
後で詳しくお伺いしますけど、
今3つ挙げていただいただけではなく、
かなり多くのものが重なっていますよね、2045年って。
そうですね。
私も東京大学でプロジェクトをやっているのは
エナジートラスミッションイニシアチブとか、
G7が数年前にゼロエミッションというのを
ターゲットにしたのは2050年だったり、
計算するとちょうどCO2の削減のボリュームとか、
実際2045年ぐらいに排出量の限界が
来てしまうんじゃないかとか、
そういうことも言われていて、
2045年に気候変動、まさにここ数年は
誰もが体験している数日前の台風が2つ来て
洪水状態になっているのもそうですし、
昨日一昨日でもパリで42度だとか3度だとか
っていう熱波が来て人々が亡くなっているとか、
いよいよ気候という本当にファンダメンタルなところも
2045年に向けていよいよ危機的な状況になっているな
というふうに思っています。
ちょっとこの本では現状認識ですね、
過去の経緯から見た現在どうなっているのかというお話と、
あとはそこから一体どういうふうな未来になっていくのか
というところを描かれていまして、
まず現状認識から伺っていきたいと思うんですけど、
スカーさんが未来意識法の2045年で指摘されているキーワードが
統合化と分散化というものが起きていると、
もう一方が記号化と多元化というものが起きている。
これっていうのがここ何十年かを見てきた
1つの今の流れなんだというお話だと思うんですけど、
ちょっとそれについて詳しく真意を伺ってもいいですか。
そうですね、私自身もここ数年いろんな現象を見ていて、
私自身がやっぱり社会人になった時に
これから大きなグローバリゼーションの時代になっていくだろうと、
当時も言ってたんですね、バブルの頃でしたけれども。
日本企業も何社か泣いてもらったんですけれども、
やっぱりこの外資系の会社でグローバルに自分が挑戦できるか
というのを行ってみよう、チャレンジしてみようということで
金税という会社に入って、チャンスがあったので
シカゴ本社というかシカゴ事務所の方にも行かせていただいて、
やっぱり自分が英語で仕事をしてドルで稼いでっていう体験をしたり、
その後、孫正義さんと一緒になると、孫正義さんの目線は
完全にグローバルなので、ジョイントベンチャーをマイクロソフトとやると言っても
日本だけでは留まらなくて、世界中でジョイベントを一緒に作ろうぞ
というような形で発想してますし、
中国がこれから伸びるということになると、私も本にも書きましたけど、
本当に社長出張の最初の頃だったんですけれども、
中国出張で行って、15分で100億アルバムの出資を決めてきたみたいなことを
そうですか、みたいな感じなんですけども、目線が完全にグローバルなんですね。
要するに孫さんはインターネットとかITの目線で見たんですけれども、
デジタル情報革命に国境はないという発想で、
これからも相当なグローバリゼーションが起きるなというのが、
僕の過去30年のビジネスバックグラウンド、どんどん進んでるなと。
身近にワールドベースボルクラシックとか、
太谷翔平みたいな選手が活躍してるのを見ると、
一つの大きな統合化のマーケットになっているなと。
我々もまた海外出張に行ったりすると、学生で80年代に旅をしてた頃と、
今は出張に行くとホテルはどこにいたようなところに泊まって、
空港で売ってるものはどこの空港でも同じですし、
移動中もネットフリックスだとか、アマゾンプライムだとか、
世界中で流行ってる同じものを見てですね、
人々と喋ってる話題も一緒だし、
マッキーネで働いてると、
それぞれがバケーションをとって行った場所も好みのワインも大体見てたりすると、
そういう世界性の人は結構いるなと。
ただ、実はマッキーネだったり、
そういう人たちって一部のエリートと言われる人たちだって恵まれた人たちであって、
統合化してるけれどもそれは一部の人たちだなというふうに思ったり、
その人たちがやはりマッキーネというのが一つの記号ですし、
ハーバードだとか東大だとか、
メジャーリーグだとか、
そういう一部の人たちはグローバルに共通の記号化した存在になって、
BTSなんかもそうですし、
昔だったら海外、日本国外のアイドルのことって
ビートルズとかそれ以外だとほとんど誰も分かってなかったと思うんですけれども、
おしかつはグローバルに、
おしかつは僕はやらないんですけれども、
やってる友達に言うと、
本当にみんなで他国籍に連携してカメラを撮ったり、
席を取り合ったりとか、
そのとき知り合ったエステンジャーグループで、
お互い連携しながらグローバルに
ある種の記号化した存在をしてますよね。
この辺が統合化した中で、
人々の意識が記号化しているという考え方です。
一方で分散化というのは、
統合化しているのであれば、
一つの大きな秩序に向かっていくべきではないか、
価値観も含めてですね。
それが我々、それこそ歴史の終わり、
フランシス・トクヤマが想像した
冷戦構造という、
第二次世界大戦の後にも引き続いていた、
ある種の緊張感ですね。
核戦争の恐怖みたいなものはなくなって、
みんなほっとしたと思うんですよね。
ロシアも一つの経済圏に入ってG8になる、
中国がWTOに加盟して、
民主化していくだろうというような、
期待感があったんですけども、
実際そうはなっていないというのは、
アクター自身が分散化しているというか、
いろんな国家だとか政府、国民国家だけが、
プレイヤーになっているわけではない。
国内産業で国内企業だけが、
産業になっているわけではない。
これもデジタリゼーションというか、
グローバリゼーションの影響だと思うんですけども、
やはりGoogleが突然競合として、
自分の目の前に立ちはだかって、
カーナビ事業を取っていってしまうとかですね。
そういうことでたくさん起きるんですよね。
あとグライナーの戦争を見ていても、
戦争をやっているのは、
ワグネルだったり民間傭兵だったりとかですね。
いわゆるプレイヤーが全然分散化していたりする。
象徴的なのはメディアですけれども、
まさに私がここで発信させていただいているように、
いわゆる地上波とか新聞とかに出なくても、
いろんな人がいろんな形で発信できて、
それが一気にネットを通じて拡散して、
影響力を持つことができる。
だからいわゆるオールドメディアとややされるように、
メディア空間とか文化を形成する主体も
非常に多様になっている。
分散しているっていう。
これが僕のいう分散化ですね。
その分散化した主体が分散化してくると、
当然いろんな価値観も多元化してくるし、
多元化した価値観が集まりやすくなるというか、
存在感を発信しやすくなる。
だから推しのグループっていうのも
一つの多元化した価値観かもしれませんし、
ある種のコミュニティというものも
たくさんできてくるようになるし、
それがそれぞれに、
属性ごとに、
相互にリスペクトされるべきだ。
それが究極的にSDGsの考えだったりとか、
いわゆる多元性、多様性を尊重する価値観だと思うんですよね。
なので、記号化した意識だけれども、
それぞれにまた多元化していると。
昔は逆に言うと、
一人一人がまだ身体性を持った属性の中で、
ある種一つの正解というか、
一元的な価値観だったと思うんですよね。
男性優位だったりとか、
もしくは白人優位だったりだとか、
ある種の成功の事例みたいなものだとか、
価値観で一つだったので、
それが多様になったり、
一人一人の多元的な存在にスポットが当たるっていうのは、
生きやすい時代にはなっているんですけれども、
それはそれでまた新しく複雑な文化要素とか、
人々の意識を形成している。
これが統合化しているけれども、
主体が分散化している。
いわゆる構造体として一つの大きなシステムになっているんだけれども、
そのアクター自体は分散化してしまっている。
その中で記号化した意識っていうのもあるけれども、
それぞれにまた一方でかなりたくさんの
多元的な価値観とか存在っていうのが
許容されているし、実際存在もしている。
これが僕の世界の構造は統合化していて、
アクターが分散化している。
人々の意識はその中で非常に記号化していて、
多元化している。
そういうふうに現状分析をしたということですね。
結構お話が上がっていると、
相反するものが割と両立しているというか、
グローバリゼーションなんですけど、
力を持ったプレイヤーは分散しているし、
記号化、数値化とも言われていますけど、
みんな再生数を見る。
人気のものに人気が集まるみたいなことなんですけど、
一方で価値観っていうのは
どんどん多元化しているというような状況ですよね。
なので普通の人だと、
これを部下とかいうわけなんですよね。
自分の日本だったり、
働いている会社だったりというところで、
一生頑張っていけば、
コツコツコツコツ目の前の仕事をやっていれば
人生は非常に幸せに終わったっていうところから、
海外から突然強豪が登場するとか、
自分の声を脅かす存在が、
突然テクノロジーの側から現れるとかですね。
やはりその80年間って今、
わりとしおんさんの意見も逆に聞きたいところですけれども、
本当に自分たちが育った時代っていうのは、
必ずしも今と比べて豊かだったかとか、
いろんな社会問題もあったし、
差別もあったんですけれども、
やはり戦争はなかったし、
基本的に世界は良くなっていく。
テクノロジーはいろんな問題を解決してくれる。
政治はいろんな問題があるけれども、
少しずつ少しずつ、
自由で民主的で個人の尊厳が守られる社会に、
政治家も少しずつ良くしていってくれている。
大統領っていうような存在は尊敬される人がなっていて、
いろんな意見の対立があっても、
世界は一つの大きな良い方向に人類は向かっていると思えたのが、
90年代ぐらいまではだった気がするんですけど、
30年ぐらいは世界各国で不満があったりとか、
不安があったりとか、
そういうことになっているのは、
この4つの構造があるんではないかなと。
構造と意識の文脈があるんではないかなというふうに思っているんですね。
ちょうど塩野さんにも現状認識を変えたいなと思っていたんですけど、
今のお話を踏まえた上で、
塩野さんは今どういう時代だというふうにご覧になっていますか?
安川さんのこの御著書で、
今を考えるにあたって、
その2倍ぐらい過去を見た方がいいみたいなお話があって、
どれくらいの間尺で過去を見るかということもあって、
私は他のところでもよくお伝えしますけれども、
この戦後というものが、
80年そして100年になっていく中で、
大きな歴史の中ではたまたま安定していたというふうに、
後の歴史学者が思うかもしれないと。
戦後の秩序として、戦後国際秩序として、
米国主導の西側主導の秩序が形成されて、
それがある種のリベラルな民主主義国家が増えていくし、
ルールベースでみんなが民主主義的なところで暮らしていくよという、
ナラティブがあったと思うんですけれども、
それに対して実はそれは米国が作った秩序だろうと、
見なす違う国家・国家・国もあったということが分かりましたし、
それを米国内であったりとか、
西側、今の欧州内で考えると、
一部のグローバリスト、リベラルなグローバリストということに期待したんだが、
その期待を裏切られて、自分たちは忘れ去られてしまったみたいな。
そこに対してアウトサイダーとしてのトランプ大統領が、
アウトサイダーに賭けたいという忘れられた人々の思いを、
ある種、集めていった。
それはトランプ的なるものとして集めていった、そういうタイミングだったみたいので、
割とそういう揺り戻しが起きていて、
ちょっと面白いのは日本がそこまでいろんなことに変化していないっていう。
変化しない安定感を持っているっていう。
逆にそれがむしろ評価されているみたいな。
それは面白いポイントがありますけども、
そういったことがやっぱり起きていく中で、
まさにこの安川さんの未来志向は、私最初に読ませていただいたときに、
その網羅性にびっくりするっていう。
何かが何まで書いてあるなんて。
網羅性がありそうだね。
やっぱりビジネス経営のご視点を持っていらっしゃるんで、
ビジネスの軸ありながら、まさに政治、テクノロジー、
そして今お伝えしたような秩序の変遷みたいのがあるので、
ある種ビジネスパートソンとしても、
これぐらい知らないともうちょっと意思決定できないなみたいな形を出されていって、
そこにおいてまさに変わり目というのと、
あと先ほど安川さんもおっしゃいましたけども、
われわれは、われわれっていうか、
インターネットの出現も、
AIの出現も、シンギュラリティも全部見れそうじゃないですか。
そうなんですよ。
確かにそうですね。
本当にそうなんですよね。
時代がそうですよね。
たまたま、私も自分でしおのさんに言っていただいて思ったんですけど、
私がインターネットでやったのは、きのうコンサートの93年で、
社会人3年目で、これ幸運ですよね。
やっぱりある通信会社のマルチメディア戦略で、
当時は放送と通信の融合とか、放送をどういうふうに取り込んでいくか、
既存ビジネスとしては大きいので、
でもそうではなくて、やはりデータ中心になるんじゃないか。
パケットベースのIPプロトコルで、
全てデジタル化すれば放送そのものもデジタル化するんじゃないか。
そこに93年ぐらいに気づいて、
結果的にインターネットとかICTの領域を決めて思い切りやらせていただいて、
99年に41歳か42歳ぐらいの孫正一さんに出会って、
そこにオールインするというか、
それは僕にとっては最初にグローバルな会社に行って、
ICTの存在とかインターネットの存在に出会って、
99年って早い段階で、
インターネットというもののビジネスに飛び込んでいくっていうのは、
非常に大きな流れには乗っていたなというふうに思いますね。
ちょうど今、しろのさんから、
たまたま安定をしていた時代で、
安川さんからは世界は良くなっていくっていうふうに、
なんとなく90年代まではみんな思っていたんだけど、
それがどうもそうじゃなかったんじゃないかっていう、
これまで平手グループは多分、
信じてきた価値観っていうのが揺らいでいる時代なのかなっていうふうにも思うんですけど、
その上でちょっと未来の話を伺っていきたいなと思いまして、
今後どういう変化が起きるのか、
6つの軸で安川さんが整理されているのが、
すごい興味深いなと思いました。
それがどういう軸かっていうと、
まずはテクノロジーですね、これは10年ぐらいの変化で、
特に本当にAIであり、
そこから仕事及び我々の能力っていうのが変わっていくと、
2番目が人工動態ですね、
これが100年ぐらいの変化で、
生産年齢人口っていうのが激減していくと、
そして3番目が知性学、
これも100年ぐらいの変化で、
先ほどもおっしゃった、
1500年の節目というのと、
秩序がどんどん不安定になっていくと。
4番目が文明、
これ1000年ぐらいのスパンで、
経済成長というのは限界を迎えるんじゃないかという話ですね。
5番目人類学、
これは1万年スパンの変化で、
我々の身体自体が、
テクノロジーによってどんどん変わっていく、
言論編集もそうですし、
埋め込むようなテクノロジーというのもあったりしますね。
最後に地球環境ですね、
これが10万年以上の変化で、
気候変動というのが分岐器にも超えてしまったというものなんですけど、
これはちょっと短期的な変化もあれば、
長期的なというものもあるんですけど、
やっぱり1番なんでしょうね、
まず来るのはやっぱりテクノロジーという感じなんですかね、
それでいうと。
そうですね、先ほどしおのさんがおっしゃっていただいて、
ビジネスパーソンの視点でかなり網羅的に書いているという風に
言っていただいたんですけれども、
もう少し付け加えるとですね、
私はたまたま、本当にたまたまなんですけれども、
ビジネスパーソンとして、
ソフトバンクにいた後に、
自分で会社を始めたときに、
これはたまたま私自身が人類学とかに興味があったり、
大きな変化点に立ちかかったときに、
孫政社長はやっぱり人類史的な視点で見ていたんですね。
よく産業革命から情報革命という話だったりとか、
アリストテレスとか、
そういった哲学から人間の幸せは何なんだというのを
ビジョンを作るときに、
ギリシャ哲学をかなり読み込んだり、
ビルゲーツもそうですけれども、
ITのスティーブ・ジョブズもそうですけれども、
テクノロジーで社会を変えるという人たちは、
相当人間の本質的な部分の
人類史だとかビッグヒストリーというのを見るんですね。
私もそれに参考にしながら、
これから人類が大きく変えていくような
テクノロジーとか社会全体を俯瞰してみようということで、
先ほどご紹介いただいたみたいに、
グレートジャーニーという会社を立ち上げさせていただいて、
これは人類進化の拡散の旅という
人類学的な意味があって、
アフリカから世界に拡散していくのを
グレートジャーニーという名前を付けたんですけれども、
その会社を作った後に、
東京都の小池都政の
第一期の都政改革の仕事が来て、
非常勤の都職員として
オリンピック調査だとか、
築地移転の問題だとかに、
極めて政治的な問題に関わることになって、
まず僕自身がビジネスの世界と、
やはり行政の世界、
誰一人取り残さないという世界、
それこそスウェーデンとかインドネシアの国家予算並みに
ある行政を動かすという
コックピットに乗っている人たちの
目線って全然違うんですよね。
その時に初めてビジネスパーソンではなくて、
政治とかどう動くんだと、
いわゆる議会っていう、
僕なんかやっぱり議会って、
社長がOKって言ったらOKでしょって思っちゃいがちなんですけど、
都知事がそう決めたら。
ある意味発信力と
頭の回転の鋭さとか、
小池都知事も
孫社長も似ていてですね、
どちらもある意味マイノリティであり、
おじさんと戦っていくみたいなところに似ていて、
私は非常に小池都知事とも仕事をさせていただいて、
興味深い経験をしたんですけども、
やはり行政の目線を持ったということと、
あとは試合補佐官として、
自分も行政の中で勝目が先で、
富士通のパソコンをもらいながらですね、
一生懸命2年ぐらい仕事をしたっていうのがあって、
行政官がどんな目線で
国民を見てくれているのかとかですね、
そこはかなり包摂的な視点というのが出たのがあると思います。
なので、当然スタートアップとして、
地球環境問題だとか食料問題とか、
社会課題解決というのは様々なスタートアップがありますし、
NPO的なものでジェンダーギャップに取り組んでいる人たちも、
グラスルーツ的なところは僕は支援していたんですけど、
行政側からやっぱり気候問題もそうですし、
コロナ対策をどういうふうにやっているかとか、
行政の中からも見えていたんですよね。
それが私にとっては非常にこの俯瞰的に
そういうものを見る経験があって、
僕自身が思ったのはなぜここまで、
悪い人はいないわけなんですよ、本当に。
よく言われる陰謀論とか全くなくて、
むしろおそらく高市総理もそうだと思いますし、
官邸周辺もそうだと思うんですけど、
新しく起きていることに必死に対応しているだけで、
今日も一日なんとかしのいだというのが現状だと思っていて、
それが起きるということはやっぱりITによる
フィルターバブルだとかテンションエコノミーだとか、
相当民主主義に影響を与える要素が大きいなというのが、
一番目のテクノロジーの要素ですね。
まずデジタルテクノロジーが何を影響を与えているんだろう、
民主主義だとか世論形成だとか、
謎のキャンセルカルチャーとかですね。
そういったものがまず一番目に、
AIの前にありました。
実際にアテンションエコノミーを研究されている
慶応大学の教授の先生だとか、
メディアの中でもそういうフィルターバブルとか、
そういうのを研究されている方、
この本にも何冊か紹介させていただいてますけども、
ここは結構バカにできないというか、
特に2015年あたりからですね。
気高く言うと2012年あたりから、
オルバンショーもそうだし、
いろんなネタニア風、
イスラエルのネタニア風ですとかですね、
やっぱりデジタルのSNSを使った
ポピュリスト的な動きっていうのは、
あの頃から出てきて、
ブレグジットっていうのもやはり、
絶対SNSの影響が強かったと思いますし、
ケンブリッジアナリティカみたいなのが出てきたのはそのあたりだったり、
トランプ大統領典、一番最後に出てきた大物の
SNSが生んだポピュリストだと思うんですけれども、
その影響がまず、テクノロジー影響があるなと。
これは10年単位ぐらいですね。
これから、本当に企業研修とか言ってるんですけれども、
やはりクロードコードみたいなのが出てきて、
エージェンティックAIっていうのがかなり出てきている。
私の周りの飲食店を経営している人とかでも、
自分一人でですね、全く非エンジニアで、
全くそういうバクランない人が、
顧客管理システムだとか、
自分の使いやすいようなシステムを作ってたりするので、
割と一般の人とか、
個人事業主の方がAIを活用している時代が来ているので、
ここ1、2年で、来年の今頃本当に、
本当に人事の人が担当者が集まって、
AIをどういうふうに組織にするかっていうのは、
巨大セミナーが開かれているような感じになると思います。
本社はどうしますか、みたいなですね。
それがテクノロジーの影響として一番大きいんじゃないかな、
というふうに思いますね。
逆に西野さんに聞きたいんですけれども、
実際に経営現場の方々とディスカッションされて
そういう議論ってあります?
ありますけれども、
やっぱり全体で見ると
日本はちょっと特殊だなって思っていて、
それがご存じのように
今、AI導入コンサルを大量採用みたいなことを
しているのと、
あとこれはだんだん経営者も若い人もいますけれども、
やっぱり日本は少子高齢化、
人工胴体の要素が強いので、
割とAIで仕事を終わっても
怒られない国っていう感じはしています?
確かにそうです。
どちらかというと。
もともと人手が不足しているんで。
よくやってくれましたという感じ。
これは僕もともとマッキンゼだったので、
3年ぐらい前にマッキンゼが
人手不足、経済成長においてどういった形で、
経済成長において人手不足が
大きな影響になるのか、
それともロボットとかAIによって
雇用がなくなることが問題なのかっていう
バランスの分析をした結論があるんですけれども、
結論から言うと、もっと人手不足の
削減が大きくて、
6千万人ぐらいというのは3千万人ぐらいになるので、
半減ぐらいするので長めで見たら。
そっちの影響が大きくて、
雇用自体はなくならない。
ただGDPを今のペースで維持するのであれば、
その半分の人間で維持するのであれば、
生産性を2.5倍ぐらい上げなきゃいけない
という分析だったんです。
これ結構肌感であっていて、
2.5倍っていうとそういうものとか
ぼんやり思うお客さんとか思うので、
僕はいつ手に入ってるんですけれども、
要するに1日今日会社に行ったらやろうと思ってたことを
午前中ぐらいで終わらせて、
午後は翌日火曜日の仕事を終わらせてるぐらい、
さらに水曜日のちょっとした仕事も
終わらせて帰るのが2.5倍ですよって。
それは嫌だなって。
きついですね。
それぐらいそう思うと、
AI使いたいとか使いたくないとかじゃなくて、
資料なんかAI作ってパッと出すようにしないと
仕事もあんないし。
働くことの人間の尊厳は、
全員当事者じゃないですか。
多分どの年代も当事者で、
30代だろうが40代だろうが50代だろうが、
みんな当事者だと思うんですけど、
人手不足で、
そもそも不足しているものが増えるから、
AIが導入されたとしても、
仕事があり続けるみたいな未来もわかるんですけど、
一方で自分のやってることがどんどん置き換えられていくような
みたいなことは、
結構みんな実感として持ってると思うんですよね。
そこにどう向き合うかって、
結構大事な問題だなと思うんですけど。
そうですね。
特にやっぱり、
どこまでが人間の創造性か、
みたいな問いは結構突きつけられて、
例えばですけども、
クリエイティブな仕事で、
AIにいくつかの選択肢を考えさせて、
じゃあ5個ぐらい例出してって言って、
その中の1つを選ぶ行為も創造性なのか、
みたいなのがそこら中で起きていて、
そうすると自分が作ってないみたいな気もしてる人もいて、
ただそれってやっぱりテクノロジーが進化するごとに
よく起きてたことで、
だからどこからどこまでが自分なんだ、
っていう問いであったり、
身体性の方はどちらかというと、
ここからここまで自分がわかりやすいんで、
そっちの方が生きるのが楽っていうか、
身体を使うような仕事の方が生きるのが楽みたいな
思想は出てくるかもしれないです。
僕も結構楽観的で、
逆にここ30年ぐらい私も職場見てると、
昔の職場よりかなり人間が思考も行動も
マニュアル化されてきたというか、
金質化されてきて機械化されてきて、
本当はもうちょっとお客さんに現場で判断したいとか、
もう少し感情労働の部分もあってもいいんだけども、
そういうことやってると偉くなれないとか、
仕事が終わらないっていうので、
特にコンプライアンスだとか、
特にこの訂正庁の中で、
組織もかなり手順化、マニュアル化したんだけども、
それ自体がごっそりとAIに取られるぞって、
急にマニュアル人間の仕事がなくなるって言ってるんですよね。
でも仕事をもっと丁寧にやったり、
お客さんにもっと丁寧に接したりとか、
付加価値を出すとか、差別化になるということがわかれば、
結構昔の仕事の仕方とか、
もっと手触り感のあるサービスの提供とか、
もっと家族的な、人間的な職場っていうものに、
ゆとりを持っていると。
だから若い人はもう、
AIはギンギンに使うんだけれども、
やっぱりすごく仲間意識が強いとか、
別の価値観だとか、
もっと哲学的な議論に時間を割くかもしれないですよね。
要するにこの仕事は弊社でやるべきかどうかみたいなことを、
全社で徹底的に議論して、
あえて受けないとかって、
その会議に7割ぐらいの時間使うけど、
作業自体をやると決まったら、
実行自体はもうAIにさせてしまう。
そういうすごく絶妙に、
顧客、社会的なパーパスという言葉もあんまり好きじゃないですけども、
存在感がある会社にするために、
そこにすごく議論とかエネルギーを使うっていうのがリアルかなと。
それおっしゃる通りですね。
実行フェーズの構数がどんどん圧縮されていくってことですよね。
その以前の、我々は一体何者であるのかとか、
どの軸で仕事を選ぶのか、
何の価値を社会にもたらしたいのか、
っていうところに対する時間が増えていくということですかね。
それはちょっと希望が見えますね。
昔はそういう議論を結構してたはずなんですけれども、
やっぱり規模が大きくなったり、
システマティックに動かなきゃいけなくなった時に、
子が子を殺して、
ドゥアーになってたんだと思うんですよね。
その時に、この間サム・アルトマンが言ってて面白かったのが、
アイデアマンの復権とか言っていて、
やっぱりアイデアだけ言ってる奴ってちょっと馬鹿にされてたんだけど、
今アイデアだけ言ってた実装自体は秒で終わっちゃうので、
そういう内部な理想論を言ってる人間が価値があって、
いや行動かけなきゃ意味ないだろうとか、
いやとにかくこれは目標必達でやり切るんだみたいな、
コンプライアリーギリギリだったり、
相当部下のメンタルを追い込むような
ドゥアーの人たちが、
ある種、評価されてたんですよね。
結果とかボトムラインパクトとか、
いろいろなこと言われてましたけど、
そういう人たちが居場所がなくなっていくって意味においては、
僕はそういう捉え方の方向に持っていければ、
人の価値っていうのはまだまだ、
人がもう本来時間を使うべきだった会社の業務とか、
時間っていうのはあるんじゃないかなとは思ってる視点ですけどね。