こんにちは、小説家の岩井圭也です。 News Connect 文化欄のお時間です。
本日は、先週に引き続き、映画監督の松本優作さんをゲストにお迎えしています。
後編は、映画に熱中した少年時代から、自主映画ノイズでの監督デビュー、そして、全部僕のせい、ウィニー、透明な私たち、などの作品を経てThis is Iに至るまで、
松本さんがどのように映画監督になっていったのか、その歩みを伺いました。
あわせて、映画、配信ドラマ、地上波ドラマといった媒体ごとの描き方の違いや、今後取り組んでいきたいことについてもお話しいただきました。
それでは本編をどうぞ。
先週に引き続き、ゲストは映画監督の松本優作さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
先週に引き続いて、今週もお願いいたします。
お願いします。
ちょっと休憩中に話してたんですけれども、監督と作家ってちょっとだけ似てるところがあって、
それぞれ現場の話が必ずしも入るわけじゃないから自解しようみたいな話をちょっとしてたんですけども、
編集者の人も我々作家に見せる裏では、おそらく社内会議、じゃあどうやって通そうとか、
じゃあこの本の部数こうしてくれとかっていろいろ格闘がある中で、実は作家に入ってくるのはその結果だけ伝えてくれるから、
その経緯を忘れないようにしなくちゃねという話をして、
映画監督の方もやっぱりプロデューサーに関してそういうところあったりするんですか?
やっぱりその会社内でどういう風な話があるのかっていうのがやっぱり全部は全部知らないので、
どちらでも結果だけ聞くこともありますし、
だからそうですね、僕もいろんなことを想像しながら、考えすぎてもよくないなと思いながら、
一旦はあんまり考えすぎないようにしようと思いながら、
集中するための多分皆さんの配慮だと思うんで、
僕らが羨みしすぎるのがよくないかもしれないですけど、
今日は松本さんの後継歴というか、
どうのようにして今の松本さんが出来上がっていって、これから何をしていくかというところ、
さっきも前編も少しだけ聞きましたが、
ちょっと伺っていきたいと思うんですけれども、神戸のお生まれなんですね、
やっぱり映画少年だったんですか?
最初は野球少年だったんですけど、小中学生の頃まで、
総体を終わった後に、今まで野球しかやってこなかったんで、
やることがなくて、中3のレッスンを終わって、
そこからもう家に引きこもってずっとレンタルビデオ屋に毎日通うっていう、
高校受験はどうなったんですか?
もう全く勉強しなかったんで、言えないぐらい勉強しなくて、
高校行けるかどうかぐらいのレベルだったんですよ。
でも映画三昧だったんですか?
そうですね。
なんででも映画見ようと思ったんですか?
現実逃避じゃないですか、完全に。
でも本とかアニメとかじゃなくて、まあまあ映画だったんですね。
映画でしたね。もちろんアニメも昔から好きだったんですけど、
映画そうですね、最初のショーシャンクとか見て、
ハードなの行きますね、結構。
こんな映画あるんだとか見ながら結構そこからどっぷりハマっていって、
もう本当毎日何本も見るみたいな。
1日3本とか見てたんですか?
全然見てました。
中学生の集中力ですね。
そうですね、その分全く勉強しなかったという感じですけど。
1月とかに受験あるんですよね、たぶん2月とか。
ありましたね、でも受験勉強したことなくて。
おぼろげ、受験の時期も。
その頃に浴びるように映画見てって感じだったんですか?
見てました。
近所にあったんですか?レンタルビデオ屋さん見ると。
ありましたね、その代わり映画館がそんななかったんで、
僕はどっちかというとレンタルビデオ、レンタルDVDが多かったんですけど。
やっぱでも結局小中高ぐらいの時に摂取したエンタメとかで、
が自分の今の基盤になってるみたいなことがすごいありますよね。
僕も小学生の時に初めて自分で書室書いたのって、
やっぱり連載してた読み物が終わっちゃったからなんですよ。
すごい好きな読み物が終わっちゃって、
続きが読めないから自分で二代目のやつ書こうっていうのが初めで、
それ実はミステリーだったんですよ、児童向けミステリー。
やっぱり今もミステリーへの憧れというか、
自分でもちょっとだけ書いたりするんですけど、
やっぱそこってすごいベースになってるなとか、
やっぱ中学時代その当時見てもって、
すごい今自分の知育になってる感覚ってやっぱりありますか?
めっちゃありますね。
だからやっぱり大人になるとどんどん見る時間ってなくなってくるじゃないですか。
本当になくなってきちゃうんですよ。
あと集中力持たなくなってきちゃうとか。
どっちかというと今頑張って見てるなっていうのも結構ある気がしていて、
昔はもう超自発的に、
だから一番ちゃんと楽しめてた時期だと思います。
大学ぐらいまでかもなって気がしますね。
それが仕事になってくると、
どんどんいろんなことを考えながら見てしまうっていうのは、
これ書評で使えるかもとか。
だから僕は比較的海外作品の方が結構プラットに見れますね。
でもそうかもしれないです。
プロになってからだと余計に嫌な感情とかがついてきちゃうから、
なんで俺がこれ書けなかったんだろうとか。
嫉妬心とかね、いろんなものが混じるんで。
うわ、このテーマ取られたとかそういう感情がきちゃうから、
確かにもう学生時代ぐらいまでだったなって思いますね。
印象に残ってる作品とかありますか?中学ぐらいで。
そうですね。
でも僕いなりっていう作品がすごく好きだったんで、
有名なのはレベナントとかバーダマンとかアカデミー賞取られてますけど、
まさにその初期作のアモールスペロスとか、
21グラムのビューティフルとか結構群像劇で、
そこから群像劇いいなと思って、
結構いろんな群像劇を見始めたりとか。
実際ね、その透明な私たちって群像劇も取られてたり、
やっぱり確かに影響がちょっとあるのかもしれないですね。
そうですね。
群像劇って主人公、一応いるんですけど、
人を描くよりかはその場を描いてる感じがしてて、
こういう表現の仕方あるんだとか、
なんか一つの物事を、
物事というか一個の、なんでしょうね、
仮に小道具でもいいんですけど、
これはみんな例えば持ってるとかだけでも、
話が繋がっていくんだなという、
群像劇の表現の面白さっていうのに結構魅了されたのが、
結構イナリティの作品だったなと思いました。
僕のバックは。
まあでも全く勉強せず、
高校はまあ進学はされてますもんね。
一応高校は、
はい、ギリギリ行ってます。
ギリギリ。
神戸だったのかそれも。
神戸でした。
神戸ですか。
高校時代もじゃあ映画どっぷりだったんですか。
高校の時はまあちょっとなぜかバンドとかもしてました。
いいですねサブカル。
バンドマンになりたかった時期もあった。
野球選手から本当はバンドマンでしたね僕は。
ギターだったんですか。
ギターやってました。
ギターだったんですね。
メロディックパンクが好きだったんで、
ハイスターとかエルレイとか。
でもエルレイぐらいですね。
ちょうどその時期ぐらい。
僕の時はエルレイが一番バーってなってた時で、
そこからやっぱり今流行っていたやつより、
昔の方がかっこいいっていう、
ちょっと高校生っぽい感じ。
俺はハイスターだけどみたいな感じでやってました。
いいですね。
それじゃあバンド活動を高校生の時やって、
それって高校卒業後とかも続けてらっしゃったんですか。
続けてたんですけど、
やっぱバンドでうまくいかないなっていうのはもう分かってきて、
そこからバンドのミュージックビデオとか動画撮ったりとか、
そういう感じから映像に入っていったんですけど、
元々映画はずっと見てたんで、
そこから映画に繋がっていくんですけど、
映像専門学校に行ったんですけど、
正直最初何でもよかったんですよ。
テレビでもいいかなとか、
ライブの撮影とか結構ぼんやりしてて、
たまたま映画学科みたいなのがあって、
僕映画好きだったんで一応映画に入ったんですけど、
最初撮った1本目の短編映画、
映画にもなってないぐらいのレベルなんですけど、
それをたまたま先生にめっちゃ褒められたのがきっかけで、
超勘違いしたっていうところからスタートです。
でもやっぱそれ大事なんですね。
勘違いは大事だなと。
勘違いして褒めてもらう。
僕も新人賞にめっちゃ投稿してる時に、
何でか知らないですけど、
なんか慣れると思ってる。
勘違いはあります。
天才かも俺みたいな、当時は思ってました。
それなんででも作り手側に行こうと思った?
なんかきっかけとかあったんですか?
でもやりたいこと、表現したいことは、
バンドやってた時も同じだったんですけど、
やっぱりバンドだと自分のギターの技術とか、
自分の力とかなりリンクしてくるんですけど、
映画だったらさっき前編の話したように、
人の力を借りて作れるっていうところが、
自分には力がなくてもできるなっていうところで、
自分に向いてるなと思ったっていうのはありますね。
そうか、僕はそこが全然違うんですけど、
本当わがままなんで、
最初の一文字目から最後の一文字目まで
自分のコントロールしたいっていう。
それが本当にやりたかったっていうのはありますからね。
でもすごいと思います。
ビジュアルアーツ専門学校大阪。
そうですね。
専門学校が進まれて。
その後は制作プロダクションに入って。
東京に上京して、
細かく言うと最初はアドマチック天国とかの
ロケ隊の撮影部だったんで、
だからアドマチでいろんな町回ってました。
あれってどういう収録のスケジュールになってるんですか?
もう朝から深夜まで。
とにかくいろんなその地の名所を巡って、
こういうお店パーンみたいなやつ撮って。
あと物取りとかご飯とか。
名物のご飯とか。
それも全部食べないといけないんで、
どんどん太ってくるんですよ。
食べさせられるんですよ。
誰かが食べないといけないですね。
大体そういうのは若い人に。
若い人に食べさせられるんで、
めっちゃ太るっていうのがありました。
全然食べる間ないのかなってイメージだったんですけど、
むしろ食べさせられる。
間もないんですけど食べさせられるっていう。
間もないし、食べさせられるし。
そんな感じです。
そこの制作プロダクションは色々やられてたんですか?
そこから制作プロダクションに僕が転職したっていう。
転職したんですね。
そこからいわゆる昔で言うVシネっていう、
当時僕がやった時はDVDシネマでしたけど、
劇場公開しない映画みたいな低予算ホラーの映画とかを撮るような会社で、
そこで演出部、制作部みたいなのを2,3年やってましたね。
そこではまだ自分で映画を作るっていうことはやられてなかった?
そうですそうです。
でも気持ちはあったりしたんですか?
学生の頃に自主映画やってたので、
いつか映画を撮りたいなと思って、
ただ上京するのに就職っていう口実を使ったっていう感じです。
東京行かなあかんなみたいな気持ちは?
あんかありました。行きたかったなとか。
やっぱり東京の方が人脈もあるし、
繋がるにはまず行かないといけないんだろうなっていうところがあります。
映画の難しいとこそこというか、
小説って本当に世界中どこでもやろうと思えばその日からできるんですけど、
映画ってそういうわけにいかないじゃないですか。
どうやって人と繋がれるかなとかが結構最初分かんなかったですね。
だからなかなか僕も実は繋がれなかったですね。
それがなかなか難しい最初の数年間。
地獄の数年でしたね。最初の。
やっぱり撮りたくても撮れないっていう。
撮れないですし、やっぱり当時本当に理不尽な現場ばっかりなので、
殴られるとなられるって帰れないとかで、
結構鬱になって一回感性戻ったりとかなんか結構やってましたね。
ADっていうことなんですか?
まあそうですね。AD、演出部、助監督とか。
助監督か。助監督、そうですね。
まあそういうなかなかハードな現場で。
はい、ハードでしたね。
思われつつ、2018年に短編映画日本製造Made in Japanが出ると。
そうですね。公開的にはこれが一番早いんですけど、
自主映画のノイズっていう長編映画が実は一番早くてですね、撮ったので言うと。
なので制作プロダクション辞めて、2016年ぐらいに長編映画を撮って、
そっから映画祭出したりとかして、一応2017年に映画祭で上映していて。
なるほど。難しいですね。デビューは2016年で数えた方がいいんですかね。
映画祭はそうなんですけど、デビューはなんか劇場公開を一応世間がデビューって呼んでるので。
なるほど。
映画祭で上映したからといって必ず劇場公開できるわけじゃないんですよね。
なるほど。
2年ぐらいなかなか劇場公開できずに、配給会社探したりとか、
自分で営業してみたりとかしながら、なかなか劇場公開のハードルがすごく高かったというところで、
結果2年かかってしまったっていうのはありましたね。
でも最初に本格的に撮った自主映画がノイズっていうんですけど、最初だったんですねこれが。
これでも学生時代に元になる短編映画みたいなのを撮ってたんですよ。
これをいつか長編にしたいなっていう。
結構そういうふうな監督さん結構多いんですけど。
秋葉原の事件とご自身のご友人の。
そうです。
亡くなってしまった友人がいて、無差別に人を殺すことと自殺することって根源的にどっか近いんじゃないかなっていうことからスタートした映画なんですけど。
そういうことをずっとやっていきたかったですし、自分の映画作りのスタートはそこなので、
それは今後作り続けていきたいなっていう。
映画、小説もそうかもしれないですけど、例えば何か大きな社会的な事件なり出来事があった時に、
だいたいその後に作品出ることって多いんですけど、そこで終わっちゃうというか。
メディアもそうだと思うんですけど、あの話、あの事件のニュースってもう全くやらなくなったねみたいな。
後を追わなくなるっていう。
そうそう、それは僕なんかすごい感じますね。
そこはやっぱり僕はちゃんと追っていきたいなっていうこともあって、
だから自分が年齢重ねていく中で、あの事件とどう向き合っていくのかっていうのを自分自身が知りたいから作っていくっていうのもあるんですけど。
本当は直後にみんな注目集まりますけど、当たりますけど全員5年後、10年後、15年後の人生があってみたいな。
そうですね。
そこで初めて15年後になって分かる影響とかも当然あると思う。
ありますね。なんか映画会社とかに提案するときに、最初この秋葉原の事件もいろいろな映画会社に出してたんですけど、
言い方、すごい言い方されるんですけど、もうこの事件、言葉選ばずに言うと旬じゃないよねみたいな感じの言い方なんですよね。
旬ってなんだよっていう感じで、そこに対するすごい行き通りみたいなものがあって。
なんかニュースバリュー的なことだったりもするんですかね。
話題だからとか、なんかそういうものなのかなみたいなことは思ったりとか。
なんかそうですよね。社会を賑わせるような事件もそうなんですけど、災害とかもそうだよなと思っていて。
そうですね。
それこそ神戸のご出身で、僕も大阪なんですけど、そんなに僕のところは揺れなかったんですけど、やっぱり阪神淡路のこととか。
でも30年ぐらい経って、年々注目度が下がってるのを感じるっていう風に現地の方もおっしゃってるのを聞いたりとかして。
でも本当はそういうもの全てそうですけど、旬っていうのはなくて、常に等価なはずだよなというのはそういう節目になるたびに僕も思いましたね。
なんかやっぱり僕、一個のテーマとしてはそういうものを風化させたくないなとか、自分自身が考え続けていきたいなっていうところから、
別にその時期関係なく自分が定期的にライフワークとしてやっていきたいなっていうのはあります。
僕もそうですけど、結局答え持ってるわけじゃないんですよね。絶対僕ら。
そうですね。
それをむしろ何かわかるんじゃないかと思って作ってるというか、ちょっとでも自分のことを知りたくて書いてるみたいな。
そうですね。
何で引っかかるのか知りたくて書いてるっていう感覚があります。
めっちゃあります。何でこの事件とかこういう出来事に自分がここまで興味を持って突っ込んでしまってるのかっていうのは、自分でもわかんない瞬間って結構あったりとか。
僕も本当にいやらしい話なんですけど、何で誰もこんな興味持ったなさそうなことを書いちゃうんだろうって思う時があるんですよね。
本当は商業作家だったらもっと書いた方がもしかしたら編集者とか読者に喜んでもらえるテーマがあるかもしれないのに、すげえニッチなことに興味持っちゃってるなとか。
僕昔水銀鉱山の話とか書いたことがあって、これ誰がここから入ってくるんだろうっていうのがわからないまま書いたりとかして、でもそれってやっぱ結局自分がそこに惹かれる理由を自分で知りたいから書いてるって感じがしますよね。
なんかそれが一個の作家性みたいなものになっている部分もあるのかなとか、多分天の邪悪な部分というか、どっかカウンターというかオルタナティブな部分もあるんだろうなとか、そういうこと思いますけど。
そうですね、でも新しい文化ってオルタナティブなところから毎回出てくるので、その精神を絶対失っちゃいけないんだろうなとも思いますよね。テレビドラマとかにやっぱりしてもらえると、やったーみたいなメジャーなところに行けたぜっていう喜びが来るんですけど、すごい時間が経った後に、俺はどうなりたいんだったっけみたいな時期が絶対来ちゃうんですよ、ダウンする時期みたいな。だからなんかこのバランスって一生付き合っていくしかないんだろうなっていう。
そうですね、僕も本当それはすごく思いますね。なんかお仕事で取れることってすごく憧れた部分もあったんですけど、なんかそれだけやっていくと本当にこうただの職人になっていく感じというか、自分がやりたかったことって何だったんだっけっていうところの迷いみたいなものが出てきますね。
僕は10年間サラリーマンやってたんですよ。で、4年前にサラリーマン辞めて専業作家になったんですけど、やっぱなんか結局同じようなところに行くんだったらやってる意味ないなというか、結局なんか誰かの下請けっぽいこととか、それはなんかね、でもめっちゃ経緯もあるんですよ、そういうことができる人って。職人からの経緯はある一方で、でもなんかそれって会社員辞めた意味あんまなくないかとか思っちゃったりとか。
根本一緒のところになってないだろうかとかっていうのもなんか思ったりして、すごい40を手前にしてこんなに悩むんだみたいな。
そうですよね。なんか僕もそのやっぱり30半ばになっていく中でお金のこととか今後の生活のこととか20代の頃はあんま考えてこなかったことがいろいろ考えてきたりとか、じゃあ今後その10年20年経った時にじゃあ親の介護どうなのかなとか。
うちもまだ2人目の子供4歳だしみたいなのとか考えちゃうんですよね。
そこで仕事として整理させないといけないところと自分がやりたいところのどう両立させていくかっていうところがすごく悩みでもあります。
そうですね。やっぱりこのノイズ、メイドインジャパンはすごく初期衝動を感じるというか、そういうところは商業的なところは考えずにとにかく最後まで突っ走ったっていう。
そうそうですね。
含めてすごく僕も見ながら自分の衝動とかを思い出させてもらった感じがしてて。
ノイズは自主制作で作られたってことですね。
そうですね。自主映画で作りましたね。
これでも俳優さんね、伏瀬博史さんとか。
そうですね。
出てらっしゃったり。
結構意外と皆さんすごく応援したいと思ってくれる方たくさんいらっしゃるんで、そういうところに助けられたっていうのがありますね。
その後、メイドインジャパンの。
そうですね。公開まで2年空いてたんで。
その2年後になっちゃったんですね。
その2年で撮ってたみたいな感じですね。
商業デビューとしては2022年の全部僕のせい。
そうですね。これは商業デビュー作になりますね。
これだけ見てると、正直旗から見てるんですけど、すごい順調なんだなっていうふうに見えるんですけど、その間は商業デビューに至るまではなかなか難しい期間だったり。
そうですね。特にコロナもあって。
そうか。ちょうどコロナに入っちゃったんですね。
コロナって結構大きくて、僕自身その時期って商業的なデビューをできるかできないかの狭間のところでコロナみたいな。
いくつか亡くなった企画もあったりとか、結構ここでガツンって落ちるというか、もう撮れないんじゃないかみたいな。
そうですよね。映像舞台系のイベントライブ系の人たちとかって本当にそこで人生変わってる人いっぱいいますよね。
そうですね。エンターテイメントがどうしても最初に切られてしまう部分ってあるというか、一番大切なのはご飯とか、生きていく上では食べ物とか大事だと思うんですけど、
でもそこで思ったのがエンターテイメントというかこういうアートとかだからこそ人の心を救えることってあるじゃないですか。
ありますね。
だから改めて、なければいけないものにしないといけないんだなっていう思いはすごく感じたというか。
それは僕もそう思いますね。ノンフィクションでやったことがあるんですけど、東日本大震災の時に岩手だったかな。
近郊堂っていう書店さんだったと思うんですけど、当然しばらく閉まってて、再開した時にものすごい数のお客さんが来ると。
その時に一冊のジャンプを買わなかったんですよ、そのお客さんが。みんなで読もうと。買ってみんなで読んだんだったかな。
そのめちゃくちゃ回し読みしてボロボロになったジャンプが確かに周囲社にあるんですよ。
本が一冊しかない状況でボロボロでもやっぱりみんな漫画が読みたいと。本が読みたいんだと。
すごくそこに上があって、もちろん異色獣が揃っている状態っていうのはすごく大事なんですけど、異色獣だけでもやっぱり生活を送るってもしかしたら難しいのかなとか。
そういうのはすごく感じますね。
そうですよね。心を救うというか豊かにできることってやっぱりこういう作品だったりとかする部分ってあるんだろうな。
そうですね。それこそ壁画とかの時代からまでいっちゃうとあるわけで。
なんならいいよりも先にもしかしたらあったかもしれないぐらいなので。
そこはずっと僕も不要不急って言われることに対してはずっとちょっと半分疑問みたいなのがずっと残ったりしてますね。
そうですよね。自分自身もそういうものに作品とかに触れて今生きてるれるなっていう部分あるなと思ったんで。
そうか。でも2022年に全部僕のせが公開ってことはめちゃくちゃコロナど真ん中の時期に撮影して編集してっていうことですよね。
やってました。
ですよね。大変でしたよね。
本当もう撮れるかなとかそのロケ場所がなかなか使わせてもらえなくて
僕らは千葉で撮ったんですけどそこはまだすごく優しくて受け入れてくれたんですけど。
密になった時点で撮影クルーが密になった時点でもうダメだってなっちゃうわけですよね。
そうですそうです。なので基本的にここで撮影しないでくれって言われるんですよ。
そこで撮影場所すごく探すの大変だったなとか今いろいろ思い出しました。
それって苦労に苦労を重ねてデビューをされた作品で主演の白鳥原人さんは法治映画賞で新人賞と
キネコ国際映画賞でCIFEJ賞受賞ということでその他にも数々の映画賞にノミネートということで
僕もやっぱ今まで見てきた中でも全部僕の性がもしかしたら一番好きかもしれないですね。
これってデビュー作ではないんですけど商業として商業デビューではあるわけで
そうですね一応。
これはこれでまた一つの意思表明というかそういうやっぱり気持ちはあったんですか。
ありましたね。やっぱりこれの映画小田切城さん出てくださってるんですけど
小田切さんに最初に言われたのがやっぱりデビュー作はその監督のまず意思表明というか
俺はどういう監督としてこれからこの世界に入っていくんだっていうことの証明だから
絶対そこはもう曲げるなっていうことを教えていただいたんですけど
まさにそこなんだろうなと思いますしみんなそういう視点で見てるんだろうなっていう
だからヒットさせることも大事なんでしょうけど
どっちかというとやっぱりもう俺はこういう作家監督なんだっていうことを
出すことにもうとにかく徹底したっていうのはあるかもしれないですね。
その部分ってできるだけ言語化するとどういうこれを撮りたいこれを表明していくっていうのはどういうものだったんですか?
僕はでもやっぱりこう社会の中でそのこぼれてしまってる人たちとか
実はたくさん存在するんだけど見えてないまたは見ようとされない部分とか
そういうものをやっぱり映画を通して世の中に出していきたいってところが
一番大きな自分がやっていきたいことではあるんで
そこを自分としては一番出したいなっていうところの意味で撮ったかなと思いますね
なんかすごくこう悲惨に描こうと思えば多分もっと悲惨に描けた話だと思うんですけど
でもすごい不思議なのがずっと前編抜け感があるというか
やっぱりそれは織田義理さんの演じるキャラクターもあるんですけど
なんでかあんまりグーッとはならない図に見られるみたいなところ
でもやっぱ最後の一言っていうのはすごい重く響く
そこのバランス感覚みたいなのも含めての意思表明なのかなっていう
要は撮るスタンスみたいなのを作って
確かに苦しいものを苦しいままっていうのが一番結構見る側も苦しいですし
この作品に関してはペーパームーンっていう映画があって
それを結構参考にしてたんですけど
女の子と詐欺師みたいな2人の話なんですけど
その軽妙なやりとりとかが面白くて
そういうバランスってかちょっと笑えるけど
でも現実はっていうようなことは
そうですねちょっと細かいですけど
こいつ多分お金貸してって言うんだろうなって思ってたらやっぱり言ったとか
でもそれどうやってお金調達するんだろうなって思ってたら
そっちはやっぱり全然思ってもない方向だったとか
そういう予想と裏切りみたいなのもあってすごい面白かったですね
ダギリスさんがすごい面白い人なんで
いろいろ遊びながらやってくれましたね
面白かった人でしたね
翌年2023年にウィニーが公開されるということで
これが商業第2作というか
これは2作目ですね2作目になりますね
これはちょっとテイストとしてはまた変わって
天才エンジニアの金子勲さんとファイル教育ソフトウィニーをめぐる話ですけれども
これある種並行でやられてたっていう感じなんですか
そうですね並行で本は書いてましたね
基本やっぱり並行でいくつもやってるものですか
もう結構10何本並行でやってますね
今も10何本並行でやってますか
今やってますね
ええ
だからもうずっといろんな本書いたりとか
何が動くか分からなかったりとかもするんで
そうかだからその10何本が全部ゴールまで行き着くわけとは限らない
全く限らないですね
どれくらい行き着くものなんですかその10何本あるうちの
僕は比較的まだ行き着いてる方ではあると思うんですけど
だから諦めない限り終わらないっていうのはありますよね
そうかなるほど10年かけようが20年かけようが
公開まで行けばゴールまで行けるわけですからね
やっぱりよく高層10年とか言われますけど
確かあるよなっていうか
確かに
もちろん10年ずっと何かやってるわけじゃないと思うんですけど
諦めずにいた10年なんだろうなっていうのはすごい思います
そうですね僕もでも言われてみればありました
そうですよね結構皆さんある気はします
ありましたねデビューした頃にプロット出したけど全然ダメで
だいぶ経ってからじゃあ書きましょうってなるとかやっぱあるんで
諦めないってことが大事なかもしれないですね
そうですね何かこう置いておいて
何か確かに5年経ったらまたその時思ってたことと違ったりとか
逆に言ってたことが当時理解されなかったけど今すごく分かるとか
何かそういう面白さはありますよね
このウィニーでやっぱり多分松本さんの名前を知ったという方も
多いんじゃないかなと思うんですが
この反響みたいなものはやっぱり感じられましたか
そうですねやっぱりそもそもこのウィニー事件自体が
やっぱりある特定の分野の人たちにとってはすごく関心興味あるものだった
っていうのがまず一番大きいですし
やっぱりその何でしょうね映画をやった時に国会とかで
結構ウィニーが取り上げられることが増えたんですよ
だから何か変わったかとかはまだ分からないんですけど
特に今だとAIのこととかで
2023年とかも当時結構AIのことを議論されていて
その議論をされる時に例えで出されたのがウィニーだったりもしたので
映画を通して国会でも少しこういうふうな話題になるっていうのは
何か自分たちが作ってるものが少し届いてたりとか
何が変わるか分からないけどもしかしたら何か社会を変えれるかもしれないみたいな
さっきの未解決事件の捜査が再開するみたいなことじゃないですけど
そういう手応えがこの時あったっていう
そこでありましたね
自分の中でそこが一番大きかったかなって思いますね
じゃあ今後も特にどれっていうのは選ばずに
その時々で好きなものを言っていく
そうですね
ただやっぱり自分は映画を作りたい人間ではあるので
最近ちょっと劇場映画で言うと
2023年のミニ以降
劇場映画は撮れてないっていうのがあるので
自分としてはこれからはちょっと
映画を絞ってちょっとやっていきたいな
というのがありますね
やっぱりその中でも大きなテーマというか
やっぱりこぼれ落ちてしまう人たちの
生活を描くこととか
っていうところは一貫してやっていきたい
そうですね
ずっと全部それやる必要ないかなと思ってるんですけど
定期的にそれはやりたいですし
全然違ったテーマの作品に見えても
実はそういう部分があるとか
それは隠しても多分出てしまう
そうなんですよね
それもすごく僕最近ずっと思ってて
いろんなジャンルを描いてると
僕結構いろんなジャンルを描きがちなんですけど
いろんなジャンルを描いてるけど
結局にじみ出るものって絶対ある
そうですよね
これやっぱり岩井さんなんだなみたいな
のがやっぱり読者も感じる部分あると思うんで
そういうふうになるといいなっていう感じはしますね
すごい自己模倣が怖くて
そうなっちゃう
多分容易にそうなってしまうんだろうなって
ものづくりの世界とかって
それがすごい怖くて
縮小再生産みたいにどんどんなっていくのが怖い
っていうのもあって
結構いろんなの僕やっちゃうところあったりもしますね
でも僕もそこはすごく近いなと思いました
僕も結構いろんなことに挑戦したいですし
自分自身がいろんな世界見てみたい部分もあったりとか
あとこれ詩人の監督がやってたんですけど
意外と自分がここ得意だっていうことに
気づけてなかったみたいな
それありますね
やってみたら思ったより評価されたぞみたいな
ありましたそういうこと
僕もなんかまだ
でも感覚としてはありました
僕はそうですね
音楽とか作るときに
意外と全く好きでも
興味でもなかった部分もあったんですけど
やってみると意外とちょっと得意な部分あるかもとか
は思ったりもしました
なんか僕も最初はちょっと
中間小説っぽいというか
順文もある程度一時点読んできたりとかして
その中でもエンタメをやってきて
ちょっと中間っぽいところが向いてるのかなとかって思ったら
去年ありがたいことに連続テレビドラマとかでしていただいて
意外とそうかやってみると
こっちで評価されたりすんだなみたいなのとか
やってみないと分かんないことって本当にいっぱいありますね
特に最初から狙ってるわけでもないんですよね
そうですね
でも結果的にやっぱそんなに
読んでもらえるんだみたいなのとか
やってみないと本当に分かんないなって思いましたね
その小説家の方からして
映像化されるっていうのはどういう感覚なんですか?
これね
本当に二問二問ですけど
本当に結論で言うと人それぞれだとは思うんですよ
絶対に自分の世界を維持したいという人ももちろんいるでしょうし
僕は割となんか無邪気に喜んじゃいますけど
要は作品への入り口が増えるっていうことなので
どんな形であれ僕は基本的には嬉しいなと
そっちきっかけに小説の方に入ってくる
そうですね本当に理工的なんですけど
僕最終的に小説を読んでくれる人が増えるなら
結構何でもいいというか
そういう意味では結構自分勝手なとこあるかもしれないですね
でもその目的というかそこが明確ですもんね
小説を読んでもらうっていうところが
そうですね小説を読んでくれる入り口が1個増えるっていうのは
読書人口増やすっていう意味では間違いなく
いいことのはずなので
結構僕はポジティブに捉えます毎回
私もそうですね
本当人それぞれなんだろうなっていうのもね
逆に小説とか漫画の映像化って
すごい気使う部分いろいろあるんだろうなとか
それこそ実在の方とかもあるでしょうし
でも僕小説とかだとやっぱりその本作品に
すごい時間と両力をかけられてる部分があるじゃないですか
だからどうしてもそこをリスペクトしないと
そもそも破綻するっていうのはすごく思いますね
なんか好き勝手にタイトルだけを変えて
実は中身全然違うやんとか
それはなんか作品のクオリティとして
そもそも上がりにくいんじゃないかなっていうのは
すごく思ったりしますけど
対人的な気遣いとかっていう以前の問題として
リスペクトがないと内容が良くならない
ならないと思いますね
その時間その両力に今から立ち向かえられるかっていうと
なかなかそこを超える時間がかけられるかとか
難しい部分があるのでそこを借りながら
確かにそこをじゃあなぜ原作したんだっていうところに
立ち帰っていくんでしょうね
そこの中で自分だったらどういうふうに見せるかとか
ただただ映像化するだけだとやっぱり意味もないと思うんで
そこのバランス難しいなと思うんですけど
そうですねやっぱり入り口増えるからなんでもっと言いつつ
もちろんなんていうか超えてくる時もあるっていうか
自分が思ってた以上の答えがもらえるというところがあって
映像化ってそれは本当になんていうか
変えて良かったなっていうこっちを気分でやりますし
超えていってくれた時が一番嬉しいかもしれないですね
忠実にやってくれた時よりも変えて超えていってくれた時の方が
嬉しいかもしれないですよね
それは作り手として映像の作り手として
一番嬉しい言葉だなと思いますね
もちろん超えていくのは頻繁にあるわけではないと言いつつ
やっぱりそれが一番嬉しいかもしれないですね
そういうものを目指して自分も原作者の方であったり
原作と向き合っていきたいなというのはありますね
今後もそこを軸にしつつ陸上映画などもやっていかれるということですね
陸上映画をまずやっていきたいなという感じですね
海外の映画祭とか海外の公開とか
日本だけじゃなくて世界に広げていければなと思ってます
ありがとうございます
ということで2週にわたって松本雄作さんからお話を聞きました
松本さんありがとうございました
ありがとうございました
ニュースコネクト文化欄お相手は岩井啓也でした
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