そういう道もあるんだなっていうのを今ちょっと発見しました。
そうだから全然もうそのやり方で、
僕すごいいいなって思いました。
でも岩井さんの作品だと、
結構作品ごとに大きくそのホラーって、
いわばやっぱりこう抗議に見えて、
恐怖を書くっていう意味ではやっぱり共通してるんですけど、
岩井さんの作品だと一作ごとにテーマも違えば、
扱う題材も大きく変わっているじゃないですか、
そんな中でやっぱりご不安にならないんですか、
そのプロット、
まあでも一万字書くっておっしゃられたとは思うんですけど、
今回はこれですみたいな、
かなり一作ごとに作品の幅をどんどん広げられる中で、
書かれる上で結構やっぱりプロットとか、
聖地に立てないと不安になってきたりするのかな、
っていうのを勝手に思ったりしたんですけど。
いやーでも僕はジャンルはそうなんです、
いろいろ書いてるんですけど、
なんか書いてるっていう認識は実はそんなになくて、
僕の中で。
すごいねいろんなジャンル書いてっていう風に言っていただくこともありますし、
結果としてはそうなってるんですけど、
あんまなんかそこまで気にしてなくて、
なんか面白い小説の構造って、
そんなにめっちゃたくさんはないんじゃないかな、
っていう気もしてるんですよ、
それってなんかジャンル変わっても。
前回永井玲さんっていう哲学者の方に来ていただいたんですけど、
その時も少し話したんですけど、
なんかホラーとコメディってちょっと似てますよね、
みたいな話をして、
思ってなかったっていう方向の倒れ方の違いで、
ホラーになったりコメディになったりミステリーになったりするっていう話をしたんですけど、
だとしたら実は大きい構造としてはそんなに変わらないかもな、
みたいな気はしてて、
やっぱり僕の考えるちょっとこの方が美しいみたいなのがあるんですけど、
それはあんまり変わってないんですよ、
おそらくそのジャンルが変わっても。
それは門外不出なやつなんですかね。
ここがまだうまく言語化できてないんですけど、
僕は割と何ていうか、
ガンガン盛り上がりが来るような小説のタイプじゃなくて、
そのクライマックスの一点に向けて高めていきたいタイプなんですよ、結構。
そこの中で高めて盛り上げた後にもう一個最後上げる、
みたいなのが結構美しいと思ってて、
得意だ割と聞こえたと思って、
そういう意味で言うと実はミステリーでも、
ヒューマンドラマとかでも、サスペンスでも、
要はこの盛り上がりの波が同じであれば何とかなるだろうみたいな感覚があるので、
そこはジャンルによってっていうのはあんまりないですね、
どっちかというと僕は、
瀬須寺さんはホラーなんですけど、
読み味がかなり違うと思うんですよ、
それこそ一作目、二作目、
一作目の文庫本はちょっとまた変わってますけど、
本当に読語感がまた全然違うじゃないですか、
ホラーではあるけど、表現したいものとかが全然中身が違って、
そこが僕はむしろ結構すごいなって思って、
それこそホラーはカレー論でされてるじゃないですか、
あれはすごい僕納得したんですよね、
これは過去のゲストの方でもまた別の人でいたんですけど、
松本裕作さんという方がいらっしゃったんですけど、
ジャンルっていうのは入り口だと、
ジャンル入り口にしてその奥に自分の本当に表現したいものを持ってきたら、
たくさんの人に見てもらえるみたいな話があって、
もしかしたら瀬須寺さんがやられてることもそれに近いのかなと思ったんですよね、
そこは結構やっぱりかなり意識的にやっている部分ではあって、
そもそもホラーってあんまり市場の規模が大きくないジャンルですね、
嫌な人はずっと見ない、別に見る理由がないわけですよね、他の人たちに。
嫌いって公言されるジャンルってあんまりないですね、
ホラー嫌いって言う方はいらっしゃいますから、
私はお笑いが嫌いだって言ってる人とかはあんまりいない、
あえて見ないかなぐらいの方はいらっしゃるけれども、
ファンタジーが嫌いだみたいな感じの方もあんまりいない、
ミステリー嫌いとかいないですもんね、
だけどやっぱりホラーはある種そういうジャンルでもあると思うので、
で、評価軸も結構独特で、
作品として面白いかとは別に怖いかどうか。
いやそう、それ面白いですよね。
で、本来であれば、私はストーリーに怖さは奉仕するべきだと思っているタイプなんですけど、
でもストーリーがない怖さもあるんですよね、すごくソリッドな、
不条理だから怖いっていうのも全然あったりするので、
だから受け取り手によって、
結構その評価軸、どこに軸足を置くかっていうのもかなり分かれてくる、
結構一元化しにくいジャンルだなというふうに思っていて、
だからそんな中で、
逆に言うと割と何やっても褒めてくれる人はいるし、
何やってもけなす人もいるみたいな。
ホラーに限るとジャンル小説の宿命的なところなのかもしれないですね。
だからそういう小さいパイの中でやっているからこそ、
むしろこんだけその中で自由だということを、
ジャンル外の方に向けてプレゼンして、
そのジャンルのファンを増やしたいっていうのは、
自分の中で結構宿題としてあったりはするので、
だからあえて作品ごとに大きく分けているみたいなところはありますね。
そうなんですね。
だからやっぱりその全然二つの時の読み合いが違って、
なんていうんですかね、
近畿地方って単行本と文庫でまた全然テーマが変わってると思うんですけど、
文庫の方は特に愛情みたいなものが強く出てますし、
汚れた政治巡礼は結構円魂というか、
そういうのがすごく色濃く出てる本だと思うし、
その怖さのルールはちゃんとあるけど、
根本にあるものが全部違う。
口に関するアンケートとかもそうですし、
そこら辺がすごくやっぱり多彩だなと思ってるんですけど、
ホラーを今後も描きたいみたいな気持ちはずっとありますか?
ホラー以外のジャンルもたまにはちょっと描きたいなみたいなのとか思いませんか?
難しくって、私ずっとホラーが好きだったので、
逆にあんまりホラー以外のことを描いている想像がつかないっていうのは正直ありますし、
ホラーを描きたいっていうのもあるんですけど、
2,3年とはいえ作家を続けていく中で何かを描く上で、
これってホラーで描く必要ないよねっていう問いに直面することは結構増えてきたなぁとは思っていて、
例えばそれってホラーというジャンルに落とす、
超常現象的なものに落とすということがテーマに対して誠実じゃないんじゃないかとか、
あとはそれをすることでテーマ性みたいなのが希釈されちゃうんじゃないかみたいなことにぶち当たることは結構増えてきたので、
たぶんそれが臨界点に達した時にホラーじゃないものを描き始めるんだろうなっていうのは、
ただまぁ私にホラー以外を描けというオファーをしてくる方はなかなかいらっしゃらないです。
そうですか?僕はこういう描き手なんでやっぱりすぐ他の人に他のジャンルを描かないんですかって言っちゃうんですけど。
それは岩井さんが本当にたくさんいろんなジャンルを横断されて描かれていらっしゃる、
ジャンルというかテーマを横断されて描けるということを多分身をもって証明していらっしゃる作家さんだから、
いろいろ編集者さんからご提案が来るんじゃないかなと。
でもあれですよ、今の状況で節子さんのHuman Fantasyとか出てきてもみんなかんぐりながら読む可能性がありますよね。
どっかで裏切られるんじゃないかみたいな。
逆にあんまり良くないですよね。最後まで裏切らないんで。
どっかに真っ暗なページが出てくるんじゃないかみたいな。
そうですね。
ホラーは確かに華麗そう。華麗だからかなりの答えでも正直かけちゃうというか、
無理にこれってホラーである必要ないのかっていう疑問って確かにあると思うんですけど、
でも逆に言うとそれでもなおホラーであり続けることの意味もある気がしてて、
それってホラーを拡張してる行為だと思うんですよ。
今までホラーがやらなかったことだと思うんですよ、これってホラーでやる必要あんのかっていうことって。
でもそれをあえてホラーであればホラーの枠がまた広がるっていう全体の。
だからそこはちょっと迷ってもやってみるっていうのも一つの手なのかなって聞いて思いました。
そうですね。そういう意味で言うと多分私は本質的にホラーっていうジャンルの書く、
さっきは言語化しやすいためにホラーっていう言葉を出したんですけど、
恐怖を書きたいっていうのはずっと通定していて、
それはだからホラーである意味があるのかなっていう問いに直面した時も、
恐怖である意味はあるよねっていうのはずっと一貫しているんですよね。
で、一方で私あんまりこうジャンル論みたいなものを好きじゃなくて、
個人的にこれは何とかなのかみたいな、ミステリーと呼んでいいのかみたいな、
あんまりこうそういう定義づけにとらわれずにいったいなと思っているんです。
だからまあ怖ければ何でもいいっていう考えで書いたりはしているので、
だからまあホラーじゃないものをホラーと一般的に定義できないものを書いたとしても、
多分怖いものであるっていうのはきっと変わってないんだろうな。
そこにおばけが出てこなかったとしても、
人間の後ろ暗い感情とか、何か恐怖を想起させるものを書くっていうのはきっと変わらないんだろうなっていうふうに思ってますね。
でもなんかまあそう、やっぱり今までホラー書かれてるんで、
ジャンル的な話が今日は多くなってますけど、
でも結局僕もそもそもジャンルを無視して書いてる人間なんで、
ジャンル論ってそもそも純文学の定義みたいな話でも定期的に話題になったりはしますけど、
なんかそれって定義ができたら何か面白いことあるのかな?
そうですね。
なんかそれってなんか逆に狭めちゃってないかなとか。
なんか岩井さんの作品をじゃあ一つ撮って、
これはミステリーなのかヒューマンドラマなのかっていうことを論じることにあんまり私は意味がないと思ってて、
別にそれは感想としてそういう言葉が出てくるのは全然、
そのまあ読者がどう、読者の方がどう評するか自由だと思うんですけど、
業界としてそこを定義していくことに何かしら、
マーケティング的な意味を差し置いて言うと、
作品の質を高めるという意味ではあんまり意味はなさそうな気がします。
ワキマなんかするんですよね。
そこを意識しなかったから書けた小説とかも僕も今まであって、
書いた後にこれ何なんだろうとか、
それこそさっき言っていただいたデビュー作の縁についての証明も、
青春小説っちゃ青春小説だけど、
なんかサスペンスっぽくもあるしみたいな、
よく分かんない小説ではあるので。
私は多分両方どちらとも読んでなくて、
さっきもお話しした通り、
フェルマーの最終定理からの流れだったんで、
天才の頭を覗けるという機会を得たみたいな。
で、読んでみると天才でもやっぱり人間なんだということが分かって嬉しいみたいな。
それはヒューマンドラマというならヒューマンドラマなのかもしれないですけど、
でもそれをヒューマンドラマっていう一言に収めちゃったら、
さっき私が言ったことが全部和一緒化されちゃうような気がしていて。
なんか確かに、
全然批判する意図はないんですよ。
帯にホラーって書くことはやっぱり正直それは必要というか、
必要だと思います。
だって分からないからそれがない。
でもホラーという三文字によって、
当然こぼれ落ちてしまうものがもう大量にあるというのもまた事実なので、
だからそれはもちろん本編読んでくださいということなんですけど、
そこに頼りすぎるのもちょっとあれなのかなという気がしますね。
キャッチコピーから逃げちゃうのは良くないなと思ってて、
ホラーって書くと多分きっとホラーとみんな読んでくれるんだろうけれども、
そこに魅力的な一言を書いて、
ホラーと言わずとも読み心地が分かるというのがきっと帯に書いてある文句の一番良いものなんだろうなという風に思ってます。
本当はジャンル的なものというよりは、
それこそ印象的なセリフだったりとか、
これを読んだ時にこういう気持ちになってとかっていうことが表現できると一番良いんだと思うんですけどね。
だから恐怖のどの辺が良いですか。
僕はあんまり恐怖をテーマに書いたことがないんですよ。
ホラーは書いたことがなくてと呼べるものは。
なんか読んで嫌な気持ちになる書誌とかは書いたことあるんですけど、
なんか恐怖っていうのはあんまなくて。
そうですね。
なかなか言語化がやっぱり難しいなっていう風には思ってるんですけど、
でもやっぱりなんだろうな。
例えば幽霊とかそういう話になってくるのであれば、
分かんないっていうところに対しての知的好奇心みたいなのは多分、
作品の中で下支えする分野。
それが多分きっとミステリーっていうジャンルとホラーっていうジャンルが接近してくるところだろうなと思いますし、
あとは例えば辻村さんだったりだとか足澤さんが書かれてらっしゃるような作品のものって訳は出てこないんですけど、
人の内面のドロドロとした感情みたいなものに触れる作品もあると思うんです。
それも私はホラーだと思っているんですけど、
恐怖を想起させるものだと思っていて、
そういうものっていうとオカルティックな話ではなくて、
きっと自分が思っていたけれども見ずに蓋してた感情みたいなのを突きつけられたときに、
それは嫌な気持ちになるっていうのは当然あるんですけど、
同時に発見だと思うんですよね。
人のまだ名前がついてない負の感情みたいなものを発見できる。
喜びって言うとちょっと悪臭に聞こえますけど、
でもそれによって人間理解が進むってことですね。
だったりだとか、あとはお二方が書かれてらっしゃるものとかは、
作品によってそれぞれあると思うんですけど、
嫌なまま終わらないものであることは多いですよね。
だけどどこまで行ってもそれって人間だよねっていうことこそが、
メッセージとして伝わってくるみたいなところはやっぱり好きだなっていうのは。
だからちょっとお化けみたいなものが出てくるものとそうでないもので、
きっと自分が感じている面白さの軸って変わってくるんだろうなっていうふうに思います。
今でもお話し聞きながら僕も思い出したんですけど、
犯罪小説とかは僕も書いたことがあって、
例えばキスイキって小説は無差別殺傷犯が出てきて、
それを記者が取材するっていう話なんですけど、
要は割と書きたかったのは、
誰がいつこうなるかわかんないよっていうことを書きたくて、
無差別殺傷犯も全然関係ない人ですじゃなくて、
誰でももしかしたらなり得るかもねみたいなことを書きたくて書いたんですけど、
それも言ったら恐怖なのかもしれないし、
もしかしたら私もホラー作家だったのか?
ホラー書いてたのかもしれないってちょっと思いましたね。
きっとだから多分世の中にはホラーっていうラベルがついてないけれども、
恐怖っていうものが作品の核にあって評価されてる作品とかは、
すごいたくさんあると思ってますし、
それが多分私が思うホラーだなっていうふうに。
そうですね、短い言葉でまとめてなんですけど、
不の感情を経由して人間存在について知っていきたいっていう、
そこの興味、好奇心、推進力みたいなものが多分あるのかもしれないですね。
自分自身はお化けがいるかどうかっていうのはまだ確定はしてないんですけど、
例えば幽霊だったりだとか、
その逆も例えば神様みたいなものが存在しなかったとして、
じゃあなぜ生まれたのかっていうと、
多分人間が営みを送る上で必要だから生まれてきたと思うんですよね。
それはきっと人間研究みたいなものの一端であると。
だからそこを通して人間とはこういうものなんだっていうことを、
しかも死とか生とかに関わる部分ですから、
プリミティブな感情として発見できるっていうのは、
ある種魅力の一つだったりするのかもしれないですね。
面白いです。
すごいなんか自分もホラーを書いてたのかもしれないと思いました。
急にホラーが身近に思えてきた気が。
全員ホラーです。