じゃあ何か具体的にこれをやろうとか、こういうゴールにしようっていうよりは、とにかくまず戦争について話し合うことが必要なんじゃないかみたいな思いがあったっていうことですかね。
ヤギサキ そうですね。やっぱりウクライナのことについて、アーティストやミュージシャンの友人たちが新宿で大きな集会を作ったんですよね。
そこに喋ってって言われて、いやいや無理無理って言ったんですよ。しかもそれが明日、明後日みたいな。いきなり電話かかってきて、友達から。
なんかそこでステージで喋ってほしいんだけどって言われて、いやいや無理だよって言って、分かったって言って電話切られて、
でフライヤーが出たんですよね、告知の。そしたら永井レイと乗ってて。
もう出るしかない。 出るんだ私と思って、これはもう腹くくるしかないと思って、そこで喋ったんですよ。
あの時もう5000人くらいいたかな、新宿の飲み口にバスタ前っていうんですかね。
あの辺ですね。 そこでやったんですけど、その時に戦争は嫌ですと、戦争に反対ですっていう風にマイクを通して言ったんですよね。
で言った瞬間にめちゃくちゃびっくりして、あれ私これこんな大勢の前で、こんな風に決心して言ったことってなかったかもってことにすごくびっくりして、
で本にも書きましたけど、戦争っていうものが自分の背後にピタリとくっついて、うわなんだこれって顔見ようとしたけれどもそれが見えない。
じゃあもっとたくさんの人と考えたり、あるいは戦争反対って発音する場がちゃんと必要とか、そんな思いで始まってたのを覚えてますね。
でこの本のタイトルもそうですけど、戦争は漢字じゃなくてひらがなって書かれてるんですけど、これもこだわりですよね。
そうですね。漢字の戦争っていうと、戦争の話をするっていうと、どうしてもすごく具体的な歴史の話とか、それもめちゃくちゃ重要なんですけど、いわゆる戦争論みたいな。
戦争論ってほとんどよくあるのは安全保障論みたいになったり、なんかこう軍事的な、例えば地形がこうだからねとか、こういう兵器が有効でとか、そういう話にどうしてもなりがちで、
それもあると思うんですけど、前回の話とつながりますけど、どこからの視点なのかっていう思いになることがありました。
そういうなんかすごく超越的な立場からの戦争ってこうだよね、戦争とはこうだ、ロシアがこうだっていうことではなく、すごく柔らかい、柔らかいっていうのはいい意味だけじゃなくて、脆くて崩れやすくて不安定なんだけども、今ここから見えるこの戦争ってものを語り出してみたいっていう気持ちでひらがなにしたことがあります。
私もゲラーの段階で読ませていただいたんですけども、すごいびっくりっていうのが本当に僕の第一印象で、こんな形で戦争を語ってる本って本当に経験がなかったんで、本当に驚きました。
なんていうんすかね、やっぱりさっきおっしゃったように、戦争ってなると軍事的な話とか、じゃあ核を持つことはどうなのかとか、武器を売ることはどうなのかとかっていう話とか、あとは実際に戦争を体験された方、文学なんかだとやっぱりそっちがどうしても大きくなってしまいます、存在感として。
戦時中に体験したことの話とかっていうことになりがちだし、それももちろん大事なんですけど、でもすごい僕もなんかもどかしさをずっと感じてて、私も一回だけ戦争に関する小説を書いたことがあるんです。楽園の犬っていうタイトルなんですけど、南洋軍統が日本の自治的な占領下にあった時の話を書いたんですけど、
なんかすごいやっぱりもどかしさがずっと付きまとっていて、もどかしさそうですね、軽い罪悪感みたいなのがあったんですよ。全く戦争を知らない自分が、戦争をある種の推理小説なんですけど、エンターテインメントとして消費してしまっていいのだろうかっていうのはずっとあって、でもそれは今書くことにきっと意義があるはずだろうということで、
最後まで書いて本にしたんですけど、でもなんかずっと戦争について語る時に知らないのにみたいな気持ちがずっとやっぱあったんですよ。すごく遠くにいる人間がわが物顔で語ったり、小説を書いたりしてるような感じがして、なんかやっぱりどうしても気が引けちゃう感じがあったんですよね。
でもそれに対してこの戦争ってっていう本は、それでもいいんだ、むしろそれでも戦争のことみんな知ってますよねっていう、実は知ってますよねっていうふうに言ってくれる本で、そういう呼びかけられ方をされたことは今まで一回も多分なかったと思うんですよね。
だからなんかすごく新鮮に驚いたし、戦争もそうだし、例えば災害とかもそうだと思うんですよ。やっぱり東日本大震災だとか、私大阪なんですけど出身が阪神淡路の時はほとんど揺れなかったです。震度3ぐらいだったんです。
なんかやっぱりその神戸の人とかと比べたらうちは全然大したことなくてっていう、えっとね、被害はほとんどなかったんですけど、唯一あったのが母親の大きいオーブンの上に置いてあったメロンが落ちて割れたっていうのが唯一の被害だった。それすごい覚えてるんですけど。
メロンが割れてしまったっていう。 ああ、メロンなんだ。 そうなんですよ。ああ、みたいなメロンが。でも当たり前ですけど、うちはメロン1個で済んでるわけですよ、被害が。
ちょっと目を向ければ神戸ではビルが倒れ、火事が起き、たくさんの人が亡くなりっていう中で、自分が阪神淡路について何か知ってるような顔って、生じっか距離が近いだけにそれはしちゃいけないんじゃないかみたいな気持ちが結構あったんですよね。東日本の時も思いましたし。
でも実は知ってるのかな、災害についても。そんないろんなことをちょっと考えました。なんか読みながら。 うわー嬉しい。ありがとうございます。そうですね、やっぱ近いとか遠いっていうものがじゃあそもそも何なんだろうっていうことを問うショーもあるんですけど、
じゃあ何が私たち近いって逆に言えるんだろうと思うと、意外と私たちどんなことだって遠いんじゃないみたいな。自分の住んでる街のことだって下手したら遠いかもしれないよなとか、隣に一緒に住んでる人のことでさえ遠いかもしれないよな。じゃあ自分なんて最も遠かったりするかもなとか。
だから遠いとか近いとかそれの基準自体が不思議に思えてくるなっていうのもそうだし、あとその知っているっていうのも、戦争を知らない子供たちっていう有名なフォークソングがありますけど、それを不存にもひっくり返して、戦争を知っている私たちというところから始めたいというちょっと果敢なことを書いたんですよね。
すごくハラハラする言葉なんだけれども、それはまるで知ってるぞってなんか威張っちゃうことのように聞こえるんだけど、そうじゃなくて、私たちはもうみんな関係しちゃってるんだと。嬉しいとか悲しいとか関係なく。関係しちゃっていて。
たとえ、なので対話の場で、私は戦争のこと本当に何も知らなくてわからないんですっていう語りをする人っていっぱいいるわけですよ。でもそれを心の中で言葉にせずにぐるぐるぐるってなんとなくもやもやしてるのと、ちゃんとみんなで言うのとって運命の差なんですよね。
で、私戦争のこと知らないんですっていう仕方でもう戦争と関わってるじゃん。戦争のこと知ってるじゃん。それはあなたの戦争じゃないって思うわけですよ。で、ちゃんとそれを言うと、それで終わりなんじゃなくて、対話って常に変容し続けるので言葉も変わっていくし、あとちゃんと聞けたことがないとか言ったとしてもその場に20人30人いて、その場で誰かが語ってくれるわけですよ。絶対聞けるんですよ。
そういうことがあるんだとか。で、それによってそういえばおばあちゃんがって言って掘り起こされたりするんですよね。
で、それはアジア太平洋戦争についてはそんなに聞けてないっていうのはあるかもしれないけど、じゃあ私たちの生きる世界で戦争がなかったことってないはずで、そしたらじゃあニュースでも何でも見たり聞いたりしてるよなって。それを知ってるという風にして引き受け直すというか、語り直すみたいなことがもっとあってもいいんじゃないかなっていうことを互いに励まし合えるように。
場合によってはちょっとドキッとさせることでもあるんだけれども、でもそうやって語り合っていかないとみんながわからないですとか言って後ずさりしたところにこそ戦争がドカーンと入り込んじゃうので、そういう場が必要だなって書きながらもずっと思ってましたね。
それなんかやっぱそこがすごい発明というか、知らないっていうのは普通拒絶の言葉として受け取っちゃうじゃないですか。小説とか興味ないからって言われちゃうと、それって拒絶の言葉に聞こえるけど、お、興味ないっていう関わり方をあなた今しましたねっていうことじゃないですか。知らないという関わり方があるっていう。そこからできるんだっていう。僕はすごいこれはすごい発明だなと思って、絶対に逃がさないぞっていう。
でも本当にそうだと思うんですよ。知らないっていうことは知る余地が誰よりもあるっていうことを。めちゃくちゃここから始められるっていう意味でもあると思ってて。
いろんな世界でもハンカツが一番厄介ものみたいな言説がありますけど、本当に知らないっていうことはそこからいろいろ始められる。何でもできるっていうことだと思うんで、そこがこの本のすごい発明だなって思いましたね。
私の大好きな歴史学者の藤原達さんという方おられるんですけど、大尊敬してる方なんですけど、その方がパリシティアンについての本だったかな、そこで無関心や無知ももちろん恐ろしいことなんだけれども、それよりも恐ろしいのは、なんて言ってたかな、小理解みたいな。ちょっと知ってるっていうのが一番厄介だと言ってたんですね。
それはもうこれ自分わかってるって思い込んじゃうから、無知だと知らない知らない知らないって言って吸収があるんだけども、もう知ってるしこういうことでしょ、パリシティアンってこういうことでしょって。
特に例えばドイツの研究、ドイツ市とか研究されている方々の一部は、パリシティアンってこういう問題だよねって、歪症化してしまってた嫌いがあるんじゃないかって。それをまた新たに知っていくっていうのは、学びほぐすっていうアンラーンっていうフェーズを経なきゃいけないから結構大変なんだっていうようなこと書かれていて、うわあそうかもしれないって思うんですよ。
本当に知らないとかわからないって言えるってことがまずすごい大事だし。で、もしそのアンラーンっていうのもおっしゃる通り一人でやったら結構きついんだけど、でも大勢の人の中での対話でやると、はいはいどうせこういう話でしょなんて言ってアンラーンとか聞いてると、あれ?なんか全然思ってたのと違うみたいな。
よく聞くと勝手に学びほぐされるみたいな瞬間もあったりして、なんか対話ってありがたいなってめっちゃ思います。
面白いですね。やっぱり大人数でやるっていうのも一つ大事なんですかね。まあもちろん1対1もねあれだと思うんですけど、何人か行って全然違うところからそれこそまなざしが飛んでくるみたいなことが面白いんでしょうね多分。
私は共同体にだからこだわりますね。絶対複数でやりますね。1対1はほぼやらないと思います。
ああ、やっぱり学校とか、単位、職場とか。
いやー、本当様々ですね。教室もありますし、まあちょっと有志で集まったところもあるし、NPOもあるし。
なんかこう、複数であるということはそれだけポリフォニックであるというか、ポリフォニーということが非常に重要なんですよね。
常に私たちには、知ってるんだけど、もう知ってしまってるんだけど、でもなおやはり知らないことがこんなにたくさんあるっていうことを絶えず自分に思い出させないといけなくて、
それってやっぱりたくさんの他者がいないとできないし、そこが多様な場でなきゃいけないんですよね。
で、前回の配信でも緊張って言葉を言ったんですけど、ちゃんと緊張できるっていうのが特に戦争ってプロジェクトでは大事で、
で、なんかこう、ある場で、ある若い方が、自分本当に戦争のこと遠くて全然わかんないんです、みたいに。
もうなんか全然関係ないことだと思ってて、みたいに話されたんですね。
そしたら別の方が次に、じゃあいいですかって言って、すごく穏やかに、私はね、戦争と無関係であれたことは一度もありませんっておっしゃったんですね。
その方は在日コリアンの方だったんですね。で、私は、って言って、在日コリアンで、って言って、ご自身の出自も明かしてくださって、
で、すごい多分ショックを受けたんですよ、最初に話した時は。えぇ、みたいな。でもそれって、すごいことで、確かにそれを言わせてしまったっていうのはあるかもしれないんだけれども、
でも、お話ししてくださった在日コリアンの方、ちょっと心配で若干話したら、すごい楽しかったし、すごい大事な場で、よかったってご本人は言ってくださったから、ちょっとほっとしたんですけど、
それってやっぱり他者との関わり合いの中で、ちゃんと教えてもらえるとか、しまったさっきの言葉って足りなかったかもとか、ちゃんと反省できるとか、その発言が出ることが良くないって、
閉じちゃうんじゃなくて、ちゃんと半開きにしないながら、絶えずその言葉を吟味し合うみたいなことが、もっとあっていいのになぁって考えてますね。
確かにその方も、もっと怒ることも多分できたはずですよね、その場で。私は、それは違うと思いますっていうことも言えたけど、開かれる感じで話してくださったっていうのもすごい、その方の資質的なところも含めてすごく大きかったなと思いますけど、
ポリフォニーって文学の言葉でもありますけど、バフチンが、ドストエフスキーとかね、アノエル時にポリフォニーっていうことをよく言いますけど、
前回のそれこそ服装的な小説が優れてると思うみたいな話とも多分通じるんですけど、いろんな人の声とか、いろんな考え方とかが、一本のストーリーの中であっても示されてるっていうことが、実は物語でも重要なんですけど、
物語って紡ぐっていう言い方をするじゃないですか、紡ぐって言うと、一本の毛糸みたいなのがずっとニョコニョコニョコって伸びていくようなイメージかもしれないんですけど、僕はもっと中東の王朝がめっちゃいっぱいあって、ある時期からある時期まで並んでて、
で、この時期に終わって、あれでもこの時期には王朝が2つ滅亡しているみたいな、復活したみたいなとか、何個ものレーンがわーって走って、ある時にはここが途切れて、ある時にはここが走ってみたいな、もっと色とりどりのものっていうイメージなんですよね。
そう、ポリポニックであることって小説においてもすごく大事なことなのかなって話し合い、優れた小説ってもしかしたら対話に近いのかもしれないですね。 ミレイ そうですね、そう思いますね。
なんかそのいろんな声が聞かれることっていうふうに言うと、それもすごく一元的に捉えられてしまうことがあって、じゃあ戦争賛成派の人と反対派の人がいなきゃいけないってことですねって返されるんですけど、そんな単純な話はしてないと。
じゃあ何々派の人を全員呼びましょうみたいな、じゃあ3対3とかの比率にしますかみたいな、なんかそういう本当に数量化するような単純化された話になっていて、それでちゃんとバトルさせるってことですねみたいなことになっちゃうんだけど
そうじゃなくて、例えばじゃあ戦争反対という人たちの間でさえそこから見えてくるものとか、その手触りとか、なぜそうなのかとか聞いてきたこととか、死ぬほどバラバラなわけですよ。
それをまず聞かなきゃいけないし、だからその立場がAかBかとか、核兵器持つ派と排絶派がいるとかそういうことじゃなくて、むしろそのずっと手前というかの本当に広い広い私たちの生そのものみたいな中で見える戦争っていうのが一体何なのかとか、聞いてきたことは何なのかっていう話をしてるんですよと
同じ意見というのはないと私は思ってますね。でもだからといって全部がバラバラなのではなくて、しっかり重なったりとか必ず触れ合うところがあって、そこを確かめ合い、確かめ合うというか触れたり離れたりするっていうその複層性の中を一緒にいませんかって投げかけてますね
前に画家の江上越さんっていう方とお話したことが何度かあるんですけど、江上さんのテーマが絵画なんですけど、コミュニケーションだと。私のテーマっていうのは誤解なんだと。誤解がテーマになっているということで、そもそもコミュニケーションというのは分かり合うためにするものじゃなくて、互いの距離を知るためにするものなんだと
その原点が中国に留学されてた時に、確かその江上さんの名前を言ったら、なんかちょっと笑いが起きたんですよね。中国語でそれがすごくなんだっけ、一票のお米みたいなことをすごい言ってた。語調なんですよね。これがきっかけで溶け込めたみたいな話を聞いて、やっぱそれが結構原点というか、そこにあってコミュニケーションっていうのがすごく主題になってるんですけど
これいろんな考え方ができるエピソードだなと思ってて、一つは誤解って深刻なことだけでもない、実は人と人を近づけることでもある。意見の違いっていうとどうしても対立とか、お前は核がいいと思ってるのかとかそういう話になっていきがちなんですけど、でも実は誤解が人と人の距離を縮めることももしかしたらあるのかなとか
っていうのも思いましたし、その距離を知るってのは僕すごい好きだなと思ってて、私も人間と人間が100%理解することって無理だと思ってるタイプなんですよ、私も。でも分かり合おうとするから美しいって思ってるタイプで
だからそこで、何て言うんですかね、無理な期待をしないというか、自分たちには距離があるという前提の中で意見を交換し合おうよっていう試みがすごく大事なのかなっていう気はしてて
なんか戦争のことに対する距離感もみんな違うし、でもそれがいいんだと、だから自分にない眼差しが出てくるんだということなのかなってそう読みながら思いましたね
そうですね、それに自分で自分を誤解してることもあって、自分が言いたいことってそんなに分かってないんですよね、なんか喋りながら見えてくることがほとんどで
みんな別に準備してこないし、どんなに準備してきたとしても隣にいる人がいきなりランダムなこと言って、おーって動揺して言葉が生まれちゃうとかつい思い出しちゃうみたいなことが起きる
あ、そっか自分ってこんなこと考えてたんだなそういえばって、なりうるっていうことがとても大事というか、変容しうるっていう風にしとくのが
しとくっていうか、そうなっちゃうんですけどね、そこをちゃんと見たいなって思うんですよ
あと私あの戦争の話っていうと、なんかどうしても爆弾が降ってきてみたいな、ある種よくみんながイメージするような光景っていうのだけじゃなくて
本にも書きましたけど、何その話みたいな、わけのわからない話みたいなのもすごく好きなんですね
そうやって文学が描いてきたことで、なんなのって、それでとても印象的なのはある現場で教えてくださった方がいて
自分のおじいちゃんが戦争に行くときに、戦争に行くって決まったと、うわ決まったんだってなって
どうせ痛い思いをするならばって言って、背中にひょっとこのタトゥーを入れたっていう話を教えてくださって
これがなんか泣ける話なのか、なんかいい話なのか、なんの話なのかわかんないみたいな
なんでひょっとこなんだろうみたいな
面白いですね
本人すごく真面目に僕も見ましたみたいな、子供の時見せてもらって、確かにひょっとこでしたみたいな
なんかみんな笑っちゃうみたいな、でもなんかそこにすごく通説な、戦争に行くんだって死ぬかもしれない
じゃあって思うってものすごくよく想像できる
でもそこでひょっとこのタトゥーを入れるっていうその人間のなんか底力っていうか凄さ、凄み
なんか手触りがありますよね、本当のことなんだなっていう凄みがありますよね
ありますよね、なんかそこですごくこう家族と抱き合って泣いたとかもあったと思うんだけど
そこでひょっとこのタトゥーを入れるっていう選択肢の凄みっていうのもそうだし
でもそれをちゃんと皆さんに伝えてくださると、でそこで何なんだろうっていうなんていうかね
誤配がちゃんと起きるっていうか、ご本人はなんかあるのかもしれない、その人の思いみたいなのがあるかもしれないけど
今それ誰も聞けないわけですよね、でそこでヤギさんとかとも後で何度も話すんですけど
でもさ、背中に入れるってことは自分が見れないよねって、ひょっとこの、で面白い顔じゃないですか
だから人を笑わせたかったのかなとか
あって抜いてひょっとこ出てきたらちょっと笑っちゃうかもしれない
うわーなんかわかんないけどめでたいなとか、なんかそんなことしたのかもねって
なんかこう想像する、したかもしれないししなかったかもしれないね、それ決めないちゃんと
でもなんか誤配されようとするというか、じゃあ誤配とは何かってことでもあるんだけども
なんかそのいろんな解釈を開いておくみたいなことが起きたりして
そのおじいさまはもういらっしゃらないですけど、こうやって手渡してくれて
でみんながそれについて喋って、いやーこれを、でうっかりそれがまた30人ぐらい
で私これをこんなポッドキャストで喋るからまたたくさんの人に聞かれて
ある種継承みたいなのが起きるわけですよね、なかったことにならないっていう
だとこのくらいにぎやかな場に撒いてしまうみたいな継承が、継承ってすごくちゃんと丁寧に行われるものである一方で
こういう話があったらしいって、こう民話とかね物語ってそうだと思うんですよ
ある種無責任にバッと撒かれるみたいな、でもみんなが忘れないようにちゃんとするみたいな
なんかそういうことが戦争の話でもっとあっていいなって考えてますね
そうですね面白い、インパクトあるし忘れないですもんなかなか背中にひょっとこ入れてた人の話
いたんだそういう人がって思いますよね
思います、なんかやっぱフィクションを考えるのは仕事の人間からすると思いつかないと思いますもん
書けない
書けないなーって思いますもん、すげーって
あとこの話、いろんなエピソード出てくるんですけど
僕これはすごいと思ったのは和田実乗さんのエピソードで
今の東大で政治学を学ばれた青年なんですけれども
大竹海兵団というところで人間魚雷の訓練を受けるとか
そのまま人間が特攻するっていう兵器なんですけれども
この人が家族との手紙のやり取りをしてるのが残ってるんですよね
これが僕本当にすごいなと思ったんですけど
文末に早々って書くんですけどね
その手紙の中ではもちろん検閲とかも多分受けるだろうし
家族をわーって非難するようなことを書いていて
で最後早々丸って書いてるんですよね
でこれ中を見ると早々の後に苦点をつけた時は
不本意ながら書いた内容だよっていう取り決めを家族としていた
これはすごいぞと思って
家族、だからどんなに家族を非難する文面を書いてても
最後に丸が一個ついてるだけで
これは申し訳ない本当に不本意なんだけど書いてることなんだよっていうことが
家族にだけ伝わるっていう
でも丸だから当然誰も気に留めないで検閲も通るっていう
これはすごいわと思って
ちょっとこのエピソードも
多分頭で考えただけじゃ絶対思いつかないなって思っちゃいましたね
そのね小さな丸一つだけで世界をひっくり返すんですよね和田さんはね
これは全部嘘なんだよっていう風に書かされたんだよっていうことを
そのたった小さな丸で表すっていうことのそれもすごみですよね
本当の話ですし
でもその切実さがあったんだねっていうことがめちゃくちゃ伝わってくる
そうですね
なんか言葉ってこういう風に使えるんだなみたいなことを
教えてもらったような感じがしましたね
このエピソードはすごく残ってますし
あと読みながらずっと思い出してたのは
名古屋市美術館に何年前くらいかな
2,3年前くらいにたまたま寄ったんですよ
福井に行く用事があってちょっとだけ余裕があったので
乗り換えの名古屋で降りて
名古屋市美術館って僕それまで正直一回も行ったことなかったんですよ
メインの展覧会がすごい人気のところで行列ができてたから
これはダメだと思って時間もないから
ちょっと企画展だけ見て行こうって言って空いてる方はって言ったら
猛獣画廊壁画復元プロジェクトっていうのやってたんですよ
これが全く行くまで本当に知らなかったんですけど
何だろうここって入ったんですけど
3つ大きい壁画がバーンって飾ってるんですよ
そこに白熊とかライオンとか虎とか書いてあるんですよ
これが猛獣壁画なんですけど
これ何なのかっていうと
1948年に東山動物園に寄贈されたものを復元した壁画だったんです
どういうことかというと戦時中猛獣たち殺されちゃうんですね
動物はみんな殺されて
東山動物園戦後動物が全然いないと
猛獣なんかそんな簡単に取り寄せられるものじゃないから
子供たちにでもライオンとか見せてあげたいっていうので
壁画で復元して見せてあげてたんですよ
10年くらいだったかな
その後本当に猛獣が連れて来られるようになって
壁画はお役目を果たして終わったんですけど
それを復元させたっていうプロジェクトだったんです
たまたまだったんですけど本当に
僕それを本当に
えーとそんなことあったんだと思って
なんとなくかわいそうな像みたいな
独りのリンゴ食べさせられちゃって
みたいな話はもちろん聞いたことあったんですけど
でもどの動物も当然そうだし
それを壁画でもいいから
なんとかして見せてあげたいみたいな人たちが
やっぱ当時いたんだみたいなこととか
だからそれも戦争の一側面というか
戦争の現場だけじゃない
動物園にだってその影響があったし
もっと言うと戦争が終わって10年20年経っても
なくならないものなんだっていうところは
その壁画を見たときにすごい思ったんですよね
なんかやっぱその
当事者だけが語りうるものではやっぱりないんだなって
その文字を書いたときの画家の人の気持ちとか
もうある意味当事者だし
だから知らないっていうことは
全く知らないってことはないのかなってすごく思いましたね
本当ですね
それに今の話で思ったのは
いわゆる知られている話っていうものも
結構固定化されちゃう
かわいそうな像なんて超有名な話なんで
絵本ですからね
でもそれもすごい大事である一方で
じゃあその後にどうなったかっていう
別に誤字伝って意味ではなくて
それを壁画で見せたいと思った人がいたんだとか
それを見た人がいたんだとか
そしてそれをちゃんと今の話ですもんね
プロジェクトとしてしようとした人がいたんだとか
それを例えば一人一人が
そのフライヤーを作った人もまたいるわけですよね
なんとかプロジェクトって
その人どういう仕方で気持ちでそれ作ったんだろうなとか
本当にたくさんの人がいるんだなっていう
だからどうしてもエピソードとして
さっきのエンタメとして商品みたいな話ありましたけど
話になっちゃう本当にただの
あまりにも言われすぎると
でもそこにそういう話を聞くと
いや生きた人間の話なんだこれはっていうか
人が生きてて生き続けていて
生きてきたんだってことに気づかされるっていうことが
大事な感じがしましたね
それを復元しようと思うって
なんか悲劇があるらしいじゃんみたいな
復元しちゃおうだけでは絶対ないというか
絶対に何かその戦争というものに対する
感情があってやってることだと思うし
それをちゃんと実現させるどこまで行くっていうのは
ものすごい能力があってそこにもエネルギーも感じるし
またちょっと話飛ぶんですけど
この戦争っていうのが出てきますけど
原爆の図僕も見に行ったことがあって
埼玉のバスに乗って行くところに
茂木美術館
あるんですけど
それをやっぱ
すごいって言ったら本当にあれなんですけど
すごいとしか言えなくて
逆に人間の想像力の限界をすごく感じちゃったんですよ
想像だけじゃこれ描けないなって思ったんですよね
だからもう本当に想像力は無限大みたいなことを言うけど
想像力で描けることって本当一部かもなって
ちょっと思っちゃったんですよ
すごすぎて
僕はもちろん戦争体験してはないんですけど
原爆の図見た後ってちょっと体験した気になっちゃうんですね
原爆というものを
自分もそこに居合わせたような気になってしまうというか
もう居合わなくそれこそ当事者にさせられる感覚がすごくあったんですよね
なんか純粋に絵画ってすごいなって思いましたし
それは今回の戦争の中での写真
ヤギさんの写真でもすごく感じたんですよね
例えば橋の上から撮った空の写真とかあるじゃないですか
あれは多分原爆が落ちた時と同じ日同じ時刻に撮った写真だと思うんですよね
それ自体は言ったら空の写真なんですけど
原爆のことは想像できない人でもその空模様に関しては
自分と引きつけて考えることができちゃうよなとか
そうだと思います
そういうことも含めて
写真とか絵画とかっていうビジュアル表現みたいなことの凄みをすごく考えましたね
マルキ美術館の原爆の図を被爆者の方がご覧になって
本当に私もゼックみたいな
呆然みたいなすごい作品体験じゃないですか
でもやっぱ被爆者の方があれをご覧になって
美しすぎるって言ったっていう話があると
大江健三郎の広島ノートって彼もすごく取材をして
丹念に書かれてそれもやっぱ被爆者の方々に
こんなものではなかったって言われて
それを大江さんも丹念さんもですね
その通りですねって引き受けるわけですよね
それも全くその通りだっておっしゃるっていう
ここまでしてもみたいな
やはりそれを超える本当に現実の鮮烈さみたいなこと
体験の凄まじさみたいなことも同時に受け取るわけなんですけど
だからといっておっしゃったように
体験した人だけが語れるわけでももちろん
語る資格があるとかではなくて
そういうものを介することで私たちが語れることってあるし
それを聞いてしまった見てしまった
私として語ることってこんなにもあるんだなって思うわけですよ
丸木入丸木敏は沖縄洗脳図っていうのを描いてるんですね
沖縄に先馬美術館っていう素晴らしい美術館があって
そこにあるんですけど
それは沖縄洗脳体験者の方からものすごい話を聞いて
その方々をモデルにして描いてる絵なんですよね
だから丸木入敏の体験ではないんだけども
でも聞くという体験を通してあんな凄まじい作品をまた描いていて
だから当事者かどうかっていう議論って
それこそ震災でもものすごいやっぱり
一つの線引きになって語れなさみたいなことを生み出したんだけれども
そこに翻弄されながらも
でもそこを越えていく道を見つけたいみたいな
そういう思いが結構この戦争ってプロジェクトにはありましたね
そうですね
なんかそこはいろんな世界に対してそうで
もっと言うと戦争とか以外のことであっても
やっぱり当事者じゃないのに語ってることって小説家って毎回そうなんですよ
毎回当事者じゃないくせに
自分が体験しましたみたいな顔をして書くんですけど
僕いろんな小説書いたことがあるんですけど
例えば雪山の出鳴りってね
マッキンリーにまたもう一回解消されちゃいましたけど
あれに単独統領を目指す女性の話とか
僕登山全くしたことないんですけど
すごいな小説家ってすご
97年の返還直前の香港の話とか
僕香港行ったことないんですけど
すごい
戦争どころか何も経験しないのに書きまくってる勝手なことを
でもだからそれって絶対にあるんですよ
これ違うよっていうことが
例えば事実関係に限らず実感とかも含めて
絶対にあって実際に言われたこともありますし
面と向かって言われたこともあるんですけど
本当にでもそれは本当にその通りですと言うしかないんですよね
本当にもう常にフィクションであるっていうことの
何か限界を感じながらやってるんですけど
でも同時にフィクションであるっていうことは
誰の話でもないんですけど
だからこそ誰の話でもなれるというか
それがフィクションなのかなと思ってるので
ある種僕は勝手に当事者のフリをすることは結構いつもやってることがあるんですけど
でもやっぱ戦争とか震災とかになると
急にやっぱこう身構えちゃう部分もあったんですけど
いやでもそれ全部同じことだなってすごい思ったんですよね
何だってそうだっていうか
何だって知らないし同時に知っていることもあるんだなっていうか
やっぱこれはもう本当に今までにないような
やっぱアプローチだったなっていうのをすごく感じましたね