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2024-06-30 31:07

黙想集中瞑想三昧~瞑想とトランス~自分の枠を拡げる

しゅらさんの、瞑想での集中についての話の続きから

黙想と集中と瞑想が、いずれかの順番で行われ、最終的には三昧になる

三昧は生活の中に常に瞑想が入ってくるとのことで…


収録日:5月9日


#しゅらシュシュシュ

#樋口塾


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00:00
前回からの続き
考えという羊がちょっとやってきても飽きたなぁと思ってちょっと眺めてれば、なんか去っていくみたいなイメージでやっていくと、だんだん思考から離れていってリラックスして
で、その状態が集中という
集中という
の表現をしているのかなぁ なるほど、これは。なんか、えっと、集中
えっと、黙想集中、どっちか忘れちゃったんですけど、黙想ってあの黙るに思う黙想ってあるじゃないですか。はいはいはい。
黙想集中瞑想なんですよ、順番的に。
集中黙想瞑想か忘れてたんですけど。はい。
まず集中があり、その後黙想があり、最後瞑想があり。
で、最後、サマーディーっていう、ざんまいっていう。
ざんまい。 はい、あの、なんとかざんまいとか言う言葉があるじゃないですか。
それの意味で、意味っていう漢字で、サマーディーっていう、そこがもう生活も生活の中にも全て瞑想が入ってくるみたいな。
常に瞑想状態で。はい、瞑想ざんまいってことですかね。
そうそうそう、瞑想ざんまい。もともとは多分そのざんまい っていう言葉で使われてて、それが日常の言葉に転換したと思うんですけど。
そうなんだ。 うん、一応それがね、ヨガのね、教えなんですよね。
うーん。 教えというか。
だからその、呼吸とかを意識して、吸った吐いたに気づいて集中してって、で黙想かな、で静かになって、で瞑想がやってきてみたいな。
瞑想やってきてっていうか、瞑想状態に入る。瞑想は状態なんで。 瞑想という状態なんで、瞑想状態に入って、
うん。 でもその瞑想状態がね、よくわかんないですけどね、俺の体験者の人間で。 そうっすよね。そうっすよねー。
確かになー。 まあでも、
あ、すいません。でもその、
瞑想、まあいわゆる東洋的な瞑想で、その瞑想状態に入ったことはないんですけど。
ん?東洋的と西洋的があるんだ。 瞑想は割と東洋的か。
東洋的な瞑想って心を落ち着けることを目的としてるって。
03:06
心を落ち着ける。 そう、心を落ち着けて、
落ち着けるか、はい。 そう、落ち着けていく。
うん。 で、
まあ、内静していく。自分の内静に、内的なところを感じていくところが、東洋的なところはメインで。
うん。 で、かたや西洋の心理学とかの、
に関しては、関係性とかそういうのを メインとしてて、あまりこう、自分の内的なところにはアプローチしないみたいなのがあるんですけど。
うんうん。 だから、
何だろうな。 座禅とか瞑想って、その、
自分の周りで起きている、外側で起きている問題にはフォーカスしていかないんですよ。
うんうんうん。 自分の人間関係とか、今起こっている問題とかには別にアクセスはしない。
はいはい。 じゃないですか。ただ座る。
うんうん。 みたいな感じなんで。
うんうん。 ただその、西洋の心理学としては、その自分の今起きている問題はどういうことなのかっていうのに、
こう、フォーカスを当てて解決はしていくんだけど、
うんうん。 その、自分の内面がどうかっていうのには踏み込んでいかないんで。
その、感情的になんかこう、どういう身体感覚があるかみたいなのには、
あんまりフォーカスはしない。 踏み込めない。
西洋の心理学はっていうのがあって、
で、それをなんかこう、うまくこう、ミックスというかハイブリッドにさせたのが、
うんうん。 プロセス、思考心理学っていうのがあって、
へー、はい。 それが、僕が学んでるプロセスワークだったりするんですよね。
へー。 いいとこ取りっていうか、
はい。 自分の身体の身体感覚とか、動作とか感情とか気分とか、
うん。 まあ五感にもアクセスするし、
うんうん。 かといって、
えーと、今、現実的に起きている問題を、
うんうん。 問題にも取り、あの、問題を取り扱ってそっちにも入っていくみたいなことをするんですよね。
話を聞きながら。 うーん。
で、それを、そのプロセス瞑想、プロセス瞑想って言われる瞑想があるんですけど、
はい。 それはなんか静かに座ってるだけじゃなくて動いたりするんですよ。
へー。 うん。
そう、あ、なんかあの、しゅうさんに一回、あの話聞いたときに、なんかこう、動作してみてください、思いっきり動いてみてくださいみたいなことをやったの覚えてます?
あ、忘れたかも。そんなに忘れてない。 一番最初ですか?
06:03
うーん、一番最初、最初に何回かやったときの、
はい。 まあ、慶長の。
1回目か3回目だったと思うんですけど。
要はあの、なんだっけ、ナラヨガの方じゃなくてっていうことですね。
ナラヨガの方じゃなくて、はい。
いやー、動いてみてくださいはちょっと忘れちゃいました、ごめんなさい。ありましたっけ?
そう、うーん、確か動いてみてくださいって言ったいというか、
あとはまあ、しゅうさんの話聞いたときに、
うん。 やっぱり近い、あのご家族の話、お父さんだったり、
うんうん。 あの、奥さんだったりっていうのが出てきたので、
うんうん。
まあその、出てきた話を、今ここで、
うんうん。
感じて、元増幅っていうか、そのストーリーをこう、
みんな、話してみてくださいみたいなのを、
あー、それは、それは、はいはい。
はいはいはい。
それをやってくと、なんかこう、
迷走状態に、入っていく、
うん。
入っていく、
うん。
感じがするんですよ。
へー。
うん。
そうなんだ。
そう、まあ俺はなんですけど、
ほー。
うん。
あ、受けてるときってことですか。
受けてるときに、
はい。 今ここにいる感じがするんですよ。
うーん。
うん。
めちゃめちゃごめんなさい。
ちょこどきな質問かもしれないんですけど、
はい。
迷走状態と、いわゆるトランス状態って明確に区別されるもの?
それとも結構同一されるもの?
あー。
どうなんでしょう。
いやー、そこむずいっすよね。
うーん。
っていうのも、今聞いてて思ってたのは、
あの、途中で疑問が少し解消されたんですけど、
いわゆる迷走状態に入ってる人って、
まあ座禅とか組んでる人みたいに、
じっとしてるイメージがあったんですけど、
はいはいはい。
自分の経験的に、
まあごめんなさい、
迷走状態だったことはないかもしれないんですけど、
いわゆる迷走状態に何か近いものって言うと、
どっちかというと、
トランスって呼ばれてるものじゃないかなと思ってるんですね。
うーん。
まさにそうだと思います。
で、ただそれはなんか、
ライブとかでもうバカになっちゃってる。
熱狂的なトランスっていう感じとも違って、
何かに没頭していて、
気づいたらやったことが終わってたという感覚。
うんうんうん。
じっとしてるっていうよりも、
そもそも例えば僕だとランニングだったりとか、
ピアノ弾いてるときとかに、
気づいたら走り終わってたとか、
気づいたらどっか終わったみたいな感覚が、
人生で何回かあるんですよね。
09:00
へー。
やっぱり不思議なんです。
よくわかんないんですけど、
そういうふうに何かを覚えたときって、
あんまり覚えてないのに、
すごい良いものをできたなっていう自覚があるんですよね。
へー。
すごい長い距離を走っても全然疲れてなかった。
なんかいつも言わない家族が、
今のピアノは良かったよねって言ってくれたこともある。
明らかに何か頭が違うモードに入っていて。
おごりさんちょっと話がとちらかっちゃって。
何が言いたいかっていうと、
迷走状態とトランスが同一だ、もしくは近しいものだっていう予定のもとですけど、
さっき言ったあらゆる悟り的なものも、
個人的に個別化されるものでしかないみたいなことと同じで、
じっとすることだけが道じゃないんだろうなと。
さっきしゅらさんが思いっきり体を動かすとかっていうこと?
が、その迷走状態につながるみたいなこと。
それはあるよねって。
むしろ、いわゆる座禅を組めば迷走状態になれるみたいなのも、
実はそうなれる人たちがいるだけで、
道じゃない道を通ることで、
迷走状態に入れる人もいるんだろうなってことを今話してて思ったんですけど。
でもね、バリエーションを知らないと他の方法をトライできないよねって思って。
そうですね。
もしくすると、いわゆる仏門の修行みたいなのは、
めちゃくちゃ体を動かすタイミングと、体を全く動かさないタイミングという、
両極端なことを繰り返すことで、
どちらか自分に合うほうでもしかすると、
迷走状態に入れるようにするものなんじゃないかなと。
例えば、体を動かすことで迷走状態に入れるタイプの人が、
修行の掃除だったりとか、
体を動かしたり修行中に迷走状態に入ることで、
最初は座禅では迷走状態に入ることができなかったんですけど、
次第に座禅をしながら、じっとしてても迷走状態になれるようになっていく。
それが、さっき話したざんまい状態に近づいていることで、
逆もしかりで、体を動かすことで迷走状態になれなかった人が、
座禅を組むことで迷走状態を退属することで、
次第に日常の雑務になったりとか。
12:04
雑務って言っちゃダメですね。
なんて言うんでしたっけ。
え?ダメなの?
いやいやいや、仏門ではなんか言いますよ。
日常生活の過時的なことを厳密にしてもらう。
サムって言うんですか?
サムエのサムですよね。
そうそう、日常のサムをやりながら。
話をもう一回戻すと、
座禅によって迷走状態を退属した人は、
次第に仏門の修行でのサムの中でも、迷走状態に入ることができる。
ごめんなさいね、ちょっと話を総合すると、
一般的に迷走状態に入るみたいなのは、
座禅だったりとか。
じっとして自分の意識の内面に集中していくようなことを通して、
迷走状態に入るっていうのが、
結構ステレオタイプ的なイメージだと思うんですけど、
そうじゃなくて、それもやりつつ、
めちゃくちゃ腹が動かすみたいな。
両極端なことをやっていって、
その中で自分に、次第に実は迷走状態に入っていけるんじゃないか。
そういうことを妄想ですけど考えました。
そうだと思いますよね。
迷走状態に入って何がいいかというか、
何をしようとしてるかっていうのは、
人それぞれだと思いますけど、
それで言うと、やっぱり自分というのを広げたいんですよね。
自分というのを。
やっぱり新しい世界というか、
さっき宿着の話もしてましたけど、
ここまでしかないと思ってた。
思ったらもうそこまでじゃないですか。
自分で限界を決めてしまったらもうそこまでなんだけど、
もっと大きいというか、
自分の決めた限界よりも外の自分があるはずだと思ったときに、
例えば空に閉じこもってるというか、
空に閉じこもってるというあれだけど、
どんどんどんどん拡大していったときに、
今の自分という、自分と他を分けている境界みたいなところに必ず、
必ずぶつかるかどうかわかんないですけど、
15:00
自分と他の境界があるとすれば、
自分ってここまでなんだなという境界が必ずあるじゃないですか。
自分が自分と認識している領域ってあるじゃないですか。
それがどこまで広げられるかっていう話で、
で、瞑想はその自と他の境界をなくしていくっていう作業だと思うんですよ。
その境界を広げていくのか、壊していくのか、それは別として、
その瞑想というか、自分も他人もないよみたいな、
その境界を溶かしていくのを、瞑想だったり念仏だったり、
だから、そういう自分と他人の境界がないってことがわかった人が、
なんか、ちょっとどういう方向に言ってるかわからない話があるんですけど、
例えば、方法は何でもいいと思うんですよ、瞑想さんが言ったように。
自分の限界なのか境界なのか何でもいいですけど、
その底を突破したり壊したりするために、
瞑想だったり念仏だったり、同じこと言ってますけど、
念仏だったらその生身だ仏をずっと唱え続けて、
自分が生身だ仏なのか、生身だ仏が自分なのか、みたいな、
境界を崩壊するほど、唱え続けるみたいな。
あ、そんな感じなんだ。
うん、たぶん思想、
日本の仏教ってそういう思想的なところが抜けちゃってるっていうふうに、
松田美優弦さんもおっしゃってたことがあるんですけど、
中岩唯識みたいなところのバックボーンが抜けちゃってるんで、
ちょっと説得力がないなーみたいなこと言ったんですけど、
念仏言えば昔、今もありますけど、踊り念仏とかもあるんですよね。
聞いたことはある、確かに。
それはもう本当に踊り狂って、
それこそ、最初は生身だ仏、浄土系なんですけど、それも。
浄土系なんですけど、空也聖人だったかな。
踊り念仏っていうのをやってたりして、踊ることによって悟りを目指すみたいなのもあるし、
だからいろんな方法はやっぱりあると思うんですよ。
18:08
で、何を言いたかったかと、何に対して、俺この話をしたのかちょっと迷子になっちゃったね。
いやいや、でもなんか、うん、そう、すげー、僕も似た感覚持ってるし、
なぞぐさんが言われたことに対する答えみたいな感じで受け取れた気がしてますね。
僕の言葉でうまくまとめられないけど。
僕はまた感覚的には本当に近いんですけど、
自分の境界を広げるなり壊すなりみたいなのに近いって僕の中では思ってるんですけど、
一言で言っちゃうと、中洋とか中道みたいなところに戻るために瞑想だったり、
前回の収録の時みたいなメタ認知しすぎでしょみたいなのを、僕的にはやってるつもりなんですよね。
何者にもとらわれすぎないって言うとちょっと、それもざっくりしすぎてるんですけど、
何かにこだわって目くじら立て始めた瞬間にちょっと僕、危険!みたいな、僕のビビリがそういう風に言うんですよね。
で、だから前回の話で言うと、それが超手前で早めに発動しすぎてるんですけど、
こういう埋葬の仕方じゃないと、みたいなことを目くじらまで立てちゃうと、
あれだから本当は希望はあるけど、極端な話、セラミックになったとしても、
本当にそれが周りの人たちが望むんだったらもうそれすら受け入れるぐらいな感覚が、
みたいなことを多分言いたかったんですよね、僕ね。
本当にそれまで全部オッケーにしちゃったら何でもオッケーになっちゃうじゃんって言われちゃうとそれまでなんですけど、
自分の中ではどっちかっていうと、こうじゃないとダメみたいなのに対しての、もっと緩やかな中心に戻るみたいな感覚があったので、
そういう意味で事故と他者の境目をなくしていく的なところは感覚的にめっちゃ近いなと思ったんですよね、今話聞いてて。
無理やり最初のクラッシュトークに接続させちゃう話なんですけど、
僕がそんなに面白くもないゲームにバタンってなって体調崩しちゃったんですよ。
ゲームしたら別に面白かったんですけど、そんなそこまでのものじゃないよねってぐらいのゲームに、
21:05
健康を返すほど止めり込んじゃったみたいなことで、夢中になったけどたぶん迷走状態とはほとんど同じ。
それは直感的な話なんですよ。
一方でさっき話したように、僕が今で言う迷走状態に入るには座禅みたいな、
いわゆるじっとして集中するみたいなことが必要になるっていうのを思ったときに、
思ったのは、現代社会だと何もしないってことができないなって。
何もしないことが贅沢だみたいな、何て言うんでしょう。
何かの情報、誤解以外の何かの情報を完全に遮断する状態に自分を持っていくっていうのがすっごい難しいんだよなって思ったんですよね。
さっき、僕が楽器の演奏とかでトランス状態に入れるようになった。
迷走とは違うかもしれないけど、トランス状態的なことになったっていうのは、
そのときにそれに入れたときは、たぶん自分が楽器を弾いていて、
音が鳴ってるってこと以外の何者も感じてなかったと思うんですよね。
たぶん自分の身体から受けるフィードバック以外のものを完全に遮断できてるという状態だと思うんですよね。
めちゃくちゃ単純に言うと、他社だと、
自分の身体から受けるフィードバック以外のものを完全に遮断できてるという状態だと思うんですよね。
自分の身体から受けるフィードバック以外のものを完全に遮断できてるという状態だと思うんですよね。
ただ何も感じてるもの以外は感じてない。
どう言ってるんですかね。
どう言ってるんですかね。
めちゃくちゃ単純に言うと、他社だったりとか、
他社とは全く違うね。
他のものの意図だったりとか、システムの影響を受けずに住んでいるって感じ。
他社の言葉だったり、人間関係だったりとか、目線もそうですし、
現代社会で言えば、テクノロジーが次から次へと混んでいって見せるとするような、
資本主義的な、ああいうシステムのような意図から完全に逃れるっていうのは、迷走状態なのかな。
24:03
そういうことをするのはなかなか現代社会ではできないし、
せっかくに何か動き続けることができても、
じっとするみたいなことって基本的に現代社会に来てる家では、
必要とされないし、やれない。
だからこそ、今この現代社会では、いわゆる迷走と呼ばれるものは、
座礼を組んでじっとするような感じで、
僕の中でステレオタイプで根付いてたんじゃないかなと思ったんですね。
おそらく一般的に迷走と言われるのは、静かなイメージで捉えられてると思うんですけど、
たぶんそういうことなんじゃないか。
何もしないでいるって言ってたんですけど、
何者にも影響を受けずに済むという状態にどうやって持っていくってことが、
何でしょう。
意味は言えるすべきですけど、
僕としては結構仮になる考え方かなと思ったんですけど。
肝心なところは聞き取れなかったかもしれない。
何者にも影響されずに済むという状態に自分を持っていくってことが、
大事な取り拭き考え方じゃないかなと。
考えて捉え方じゃないかなと思ったんですけど。
なるほどなるほど。
それはそう思う。
そうですね。
確かにそうですね。
演奏やってるとき、30分朝はやってますけど、
確かにその30分くらいしかスマホを触らない時間はないかもしれないですね。
あと寝てるときかな。
スマホないパソコンなり。
パソコンはね、仕事とかしてるからあれだけど。
何かの情報を得てるじゃないですか。
仕事にしてもスマホにしても。
情報に接してない時間っていうのは本当それしかないし。
特に最近やっぱりXとか見てると、
最近じゃないですけど、体調が悪くなってくるんですよね。
体調悪くなってくる?
うん。体調悪くなってくるんですよ。
最初はなんかいろいろ面白いゴシップみたいなことがこういうことあったんだって思うんですけど、
そのリプライとかを見ていくと、どんどん悲しくなってきたりとか。
27:06
そうなんだ。
こんなにすごい言われるんだとか。
極端な意見がいっぱいあるなーとか。
そうなんだ。
それに対して俺はこう思う、ああ思うっていう風に考えていくと、なんか体調悪くなってくるんですよね。
そっかー。
考えても無駄だって思って言い換えるんですけど。
今考えても無駄だみたいなのがたぶん、なんていうんだっけ、粛々えるみたいなことかなと思って。
あー、そうそうですね。
そこで気持ちよくすり払えないんですよね。
そう。感情移入をしようと思えばいくらでも移入できちゃうんですよ。
こういうケースはこうだろうとか、いろいろ断片的にXとかだと情報が伝わってきて、
想像で埋めなきゃいけないところがいっぱいあったりするんで、
こういうケースの場合、これはこうだろう、これはこうだろう、ああ、あれはああだろうみたいなのを埋めていって、
その前提で俺だったらこうするみたいなのをいくらでも考えられちゃうんですよね。
そうなんですかね。
恐ろしいのは、やろうと思ってそう言っていくんじゃなくて、自然にそういう風に考え始めちゃうんですよ。
そうなんだ。
よし、じゃあこれちょっと考えてみようとかじゃなくて、見てたらどんどんどんどんハマり込んでいって、
気づいたらすごい疲れてるとか、なんでこんなに疲れたんだろうみたいな。
のになったりするんで。
そっか。
俺は経験なかった。
だからしゅうさんはそのXをもちろん使ってますけど、ニュースとかもほとんど今触れられてないじゃないですか。
そうですね。
やっぱり我々悪口みたいになっちゃってますね。
いやいやいや、全然全然。
この前、名作さんと名古屋にあったときも、今回新幹線で俺行ったんですけど、
今回ゴールデンウィーク中は新幹線が全部指定席だったんですよ。
なるほど。
事前に予約してないと座れませんっていうのを、結構テレビとかでも、ネットはわかんないですけど、テレビとかでは散々言ってたんですよ。
CMとかだって。
30:01
今年の望みは指定席ですみたいなのを。
でもそれでも、それを知らずに乗り込んできちゃう人がいるんですよね。
いるでしょうね。
乗り込みるんだ。
そうそう。それで乗り込んできて、え、なんで座れないんですか?みたいなのを車掌さんとか、今警備員さんもいらっしゃるんで、新幹線の中。
その人に、え、なんで?みたいな話をしてるんですけど、
でも、やっぱり若い子たちはテレビとか見てないから、それを気づかないよなみたいな。
若い方だったんですか?
若い方でした。
20代でした。
だから、接してる情報とかによって、興味が来るあれは違うから。
次回へ続く。
31:07

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