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ようこそ、しょうこの美しきママライフラジオへ。 皆さん、誰のために生きているのか、わからなくなる日、ふとありませんか?
家族を思って頑張るほど、自分が何だか遠くなるような気がしたり、 ちゃんとしたりしているのになぜか苦しかったり。
このラジオは、そんなあなたへ、私を生きる、自然体でしなやかに美しく、 そんな小さなヒントを今日も届けたいと思います。
ママである前に、私であること、その当たり前を一緒に思い出していきましょう。
皆さん、おはようございます。週末はいかがでしたか?
昨日は、私が住んでいる地域は雨だったんですけど、土曜日は晴れていて、 午後はずっと息子と旦那と3人で公園にいたんですよね。
今日は、そこからの気づきをお話ししたいと思います。
何の気づきを得たということなんですけれども、
自分の感情を感じたとき、何かをね。
幸せを感じたり、楽しいを感じたり、悲しいを感じたり。
それを感じたときに、それを受け流してということを意識することなんですよ。
それに気づきました。どういうことか、何のこちゃって感じですよね。
感情を感じるということは、一度、私今これ楽しいって感じてるなって立ち止まること。
それを流すことっていうことは、この執着を手放して前に進むこと。
そればかり自分のすべきとかね、そういった執着を手放して前に進むこと。
この感情を感じて流すっていうバランスが、子どもと一緒にいると、
自分の人生にもなんですけど、すごく大切なんだよなっていうのを改めて気づいたんですよね。
公園に行った日のこと、土曜日なんだけれども、4歳の息子が、
ママ見ててねって運転の前に立ち止まったんですよ。
運転はそこの、いつも行ってる公園なんですけれども、
半年前くらいまでは、私が下で抱っこして抱えて、
体を添えてないとできなかった遊びなんだけれども、
その時息子は、ママと一緒じゃないとできないからと言ったりだとか、
何度も私の手を握って運転のところに行って一緒にやったりしてたんですよね。
けど土曜日は違って、自ら運転の前に立って、
汗かきながら、寒かったんですけどね、
思いっきり手を伸ばして、小さな体をグッと自分で持ち上げて、
その時、私の顔とか見ず、手も求めることなく、
必死で前を見て一人で進もうとしていたんですよ。
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でもすごいなって、その姿を見た瞬間、
本当に自分の中でも胸の奥が、なんだか熱くなるような感じを覚えました。
でもできるかな、落ちちゃうかもって不安に思う気持ちと、
見守ろう、信じようという気持ちが同時にやってきたんですよね。
息子が腕をプルプルさせながら、頑張って運転をやっていて、
私はその時、感情を感じて流すということもしていたんです。
どういうふうに流したかというのは、心配という感情が出ていたわけなんですよね。
怪我したらどうしようとか、失敗したらどうしようとか、
そういったところの心配の感情を感じていた自分を、
ふんふんと感じていたんだけれども、
でもそれは流して、いや違うな、彼のことを信じるべきだ今はという、
信じる方に意識を向けました。
きっとこれが私にとっての手放しに流すという練習の一つだったんですよね。
ただただ心配で声をかけちゃったりだとか、
大丈夫?落ちないようにね、なんて言ったら、
息子としては落ちちゃうとか、落ちたらどうしようという、
落ちるということに集中しちゃいますよね。
だから言われたら、よく声かけの本とかも読むと、
その単語に対して拾って脳が反応するという、
だから落ちないようにねって言っても、落ちないようにねって否定形で言っても、
それは脳は判断できないから、落ちたらどうしようと思ってしまうんですよね。
であれば、あと少しだよって、頑張れ、できてるできてるなんてね、
その時は私はもう彼を信じようって、最後までできるって信じて見つめていたので、
もう声はかけなかったんですけど、
自分は手をグッと握っていって手汗かいてたんですけどね。
それで見事頑張ってやり切ったんですよ。
息子はその時やり終わって、私を一生懸命探してすっごい笑顔で、
ママできたよなんて、泣きそうになりましたけど、
その笑顔には、今までだったらママと一緒じゃなきゃ嫌だとか、
一緒にやりたいという気持ちから、
たぶん一昨日はママに見せたいって変わった気持ちがあったんですよね。
我が子の成長を感じて、この子は少しずつこうやってできることが増えて、
私から離れていくんだなぁなんて感じた時に、少しだけ寂しい思いもありつつ、
でもその寂しいっていうのは、
彼が一人で挑戦していく姿を育てた自分のね、とか、
彼が自分で自分のことをやる自立心が育っていたとか、
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それは私の中ではやっぱり誇らしいよなって思いました。
こうやって子どもの成長って、親が自分の感情を感じて流すことで、
初めて見えてくるものなんだなっていうのも気づきました。
でも急になんで運転できたんだろうと思って聞いてみたら、
どうやら保育園にもあるようで、ちょっとずつ練習をしていたようです。
そういった気づきも、すごく会話も弾んで、
もっともっと息子のことを知れたいい日だったなっていうのも思いました。
あと運転をやりきった息子も、満足そうな顔で私のとこに戻ってきて、
しばらくして疲れたんでしょうね。
寄りかかってきて、抱っこなんて言って一緒に座ってたんですけど、ベンチで。
頑張ったねってかっこよかったよなんて言うと、
息子もすごく満足そうな顔で、かっこよかったでしょなんて言って、
最近そのかっこいいって言葉が彼の中ではヒットしているようで、
嬉し恥ずかしいみたいなんですけどね。
けど、でもママのところが落ち着くななんて言ってくれて、
うーん、ずるいですよね。
せっかくこの感動して、成長に感動して見送ったのに、
でもやっぱりこうやって戻ってきてくれる?甘えてきてくれる?
でもそんな4歳だな、まだ4歳だななんていう姿を感じて、
私自身もほっこりとしたり、安心したりという感情がまた来ました。
でも同時に思ったんですよね。
私、この安心する、まだまだ4歳だな、もうなんて、
安心している自分もいたけれども、
でもそれって実は自分の中では、
土台には私がまだまだ息子と離れたくないんだなっていう感情があったんですよね。
だからそれってあんまり強く持ちすぎると、
本当に自分の中の子育て論みたいな、何々すべきとか、
あれをやるべきみたいなのがムクムクと出てきてしまうから、
そういうのをやっぱりちょっと流して、今の彼にとって、
今自分の息子が見ている世界を一緒に見てあげて、
それに適した声かけであったりだとか、
自分の中の感情にしていく、
心配じゃなくて信じるだとかね、
そういうのにしていこうというのを感じました。
こうやって親子っていつもこの繰り返しなんだなと思って、
ママ嫌いなんて言って離れていったりね、
でもちょっとすると戻ってきて甘えてきたりだとか、
でも何かに挑戦したり、運転もそうだったけれども、
自分で何か挑戦したり、
その後頑張った後はママだとパパに甘えてきたり、
そしてその度にママたち、ママの私も自分が何を感じたか、
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少しずつそれを今を味わう大切さの練習もしているんだな、
と思いました。
今何を感じたんだろう、私は。
息子の成長を見てとか、息子は甘えてきて、
後にやってくるタスクを見通してじゃなくて、
今こうやって触れている瞬間、
今見ている息子がやっている何か、
それを見て今を受け取る。
そう、焦らず比べずね、
その瞬間をただただ感じて受け取るというのも
必要ですよね、と思いました。
でもそうすることで子どもの成長も観察できるし、
また自分の心の変化も同じように見守っているということもできていると思います。
いかがだったでしょう、皆さん。
あなたが最近何かを自分の感情で感じたけれども、
何かに執着して流せなかったことってありますか。
きっとそれは一度立ち止まって思い返して見つめてみるだけでも、
きっとその時の記憶に対して自分の心が少し軽くなるんじゃないかと思いました。
この感情を無理に押し込めず、でも抱え込みすぎずにね、
こうやって受け流すことだとか、
でもそれって私たちが穏やかに生きる小さな習慣になると思いました。
今日も最後までお聞きいただきありがとうございました。
私たちは私たちのペースで、自分のペースで今週も乗り切っていきましょう。
月曜日ですね。頑張りましょう。
それではまた。